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695 赤子
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始まりの黒を攻略したら、アウターの人工発生実験の経過を観察しに来よう。
そんな予定をすっかり忘れてヴェルモート帝国に直行してしまった俺達は、ひと晩たっぷりと英気を養ってから慌ててエルフェリア精霊国に転移した。
「んー……。変化ない、か?」
丸4日空けての経過観察だけど、植物のドームもそのまま残っているし、魔物が発生した形跡も無い。
ひと目見た限りでは異界の扉に変化は感じられないけど……。
「みんなはどう? 俺にはなんの変化も無いように見えるけど、何かに気になる点はあるかな?」
「う~ん……。上に伸びている木が生長してる気がするけど、はっきりは分からないの~。ティムル、熱視はどう?」
「こっちも同じよニーナちゃん。異界の扉に変化は感じられないわ。目に見えるような変化は起きていないんじゃないかしらぁ」
どうやらお姉さんの熱視を用いても、この場に変化は見受けられないようだ。
異界の扉が閉じた様子も無いけれど、植物のドームの中がアウター化していたりはしないらしい。
キュールも触心を使ってくれているようだけど、先ほどから顔を顰めて首を傾げている様子から、明確な変化を感じ取れていないように見えるな。
熱視でも触心でもダメなら、あと残っている手は……。
「そうだ。精霊魔法はどうだろう? 確か精霊魔法で植物の声が聞けるって言ってなかったっけ?」
「え~? 声が聞こえると言っても、漠然とした感情みたいなものを感じ取れるだけだよ? とても触心以上の情報が得られるとは……って、アウラの練習にはちょうどいいのかな?」
「えっ、私?」
チャールとシーズと談笑していたアウラが、突然リーチェに名前を呼ばれて困惑したような眼差しを向けてくる。
そんなアウラにお構いなしに、大きなおっぱいを盛大に揺らしながらアウラに駆け寄るリーチェ。眼福である。
「精霊魔法を使うと、植物の感情を感じ取ることができるんだ。危険も無いし難度も低いから、アウラの精霊魔法の訓練にピッタリの課題だよー」
「……ほんとかなぁ? リーチェママの言う簡単ってアテにならないんだよね~?」
「ほんとほんとっ。植物の声を聞くのは初歩的な技術なんだよ。疑う暇があったら試してみてくれたらいいよっ」
アウラからのジトーッとした視線を受け止めながら、とにかく試してみろと伝えるリーチェ。
そんなリーチェをいぶかしみながらも、素直に精霊魔法を行使し始める素直な娘をよしよしなでなでしてあげたい。
「ん~っと……。こう、かなぁ?」
「いい感じだよ。自分と植物を精霊魔法で繋げるイメージをするといいと思う」
「植物と、私を繋げる……」
「魔法が繋がったら、ゆっくり相手の事を意識するんだ。今この木は何を思っているんだろうってさ」
「この木が何を……。ねぇ、貴方は今、何を思っているの……?」
リーチェの指導に従って精霊魔法を行使するアウラ。
魔力のほうは昨晩からこれでもかってくらいに注いだ後だから、枯渇する心配はないだろう。
魔力も精霊魔法も不可視だけれど、アウラが精霊魔法を使っているという認識を持って様子を眺めていると、なんとなく植物のドームの上の方から、薄ぼんやりとした緑色の魔力が降りてきてアウラと繋がっているように見える……ような気がする。
俺の気のせいかもしれないけれど、リーチェが満足げに頷いているので気のせいではないのかもしれない。
「どうかなアウラ? この木からはどんな感情が伝わってくる?」
「……ぼんやりしてて、なんだか良く分からない、かも? 強いて言うなら……眠そう、かな?」
「眠そう? どういうことだろ」
首を傾げたリーチェからも、見えないながらも翠色の魔力が伸びたような気がする。
熱視を発動しているティムルも俺と同じように視線を動かしているので、やはりリーチェも精霊魔法を使ったようだ。
一瞬何かに集中するように目を閉じたリーチェは、自慢の巨大おっぱいを協調するように腕を組んで、そしてやっぱり首を傾げてしまった。
「ん~? 確かに眠そう……というか、もしかして寝てる?」
「へ~? 木とかお花も眠ったりするんだ? 感情が読み取れるなら、食事や睡眠も必要でも不思議じゃないのかな?」
リーチェの呟きを聞いたニーナが、ほうほうと興味深そうに目を輝かせている。
お花のお世話が趣味のニーナは、植物の声を聞ける精霊魔法に興味津々の様子だ。
「あっ! そう言えばダンが、お花って声をかけてあげると早く育つって言ってたのっ! 木にもお花にやっぱりも心があるんだねっ!? ならもっともっと大切にお世話しなきゃなのーっ」
「うんうん。植物にもちゃんと心はあるんだよ。知性みたいなものは殆ど感じないんだけどねー」
ニーナが出した回答に、うんうんと満足げに頷くリーチェ。
でもそろそろ腕を組むのは止めて欲しいんだよ? そんなに強調されるとつい手が伸びちゃいそうだからね?
「だけどそれにしたってこの木の感情はフワフワしてるって言うかぼんやりしてるって言うか、はっきり定まっていない感じなんだ。植物の中でも感情が希薄って言うか……」
「ふわふわ、ぼんやりか……。って、それって寝惚けてるんじゃないの?」
「寝惚けている……? いや、眠いは眠そうなんだけど、その眠いって感情自体が定まっていないというか……。口で説明するのが難しいなぁ……!」
「……眠そうなのは間違いないんだけど、自分が眠いんだーっていう感情が分かってないっていう感じに思えるんだ。そう、まるで眠気を知らない、みたいな……?」
アウラから追加で情報が齎されるものの、余計に良く分からなくなってしまう。
恐らくこの木は眠っている、もしくは眠気を感じている状態なのだろう。それは間違いない。
だけどこの木自身が、自分が眠いという状態に陥っているのに気付いていないってことか? なんだそりゃ?
「感情が分からない……。眠気を知らない……。 そんなことって……あっ」
みんなで精霊魔法の結果に首を捻っていると、チャールがあっと小さく呟く。
その声に反応して彼女を見ると、チャールは何かに気付いたかのように大きく目を見開いて植物のドームを見上げていた。
「……チャール。何を思いついたんだ?」
「えっ……? あ、いや大した事じゃないよっ? ただなんとなく思いついただけの話だから……!」
「大した事じゃなくても思いつきでも、間違っていてもいいから教えてくれる? 今チャールが思いついたことを聞きたいんだ」
大した事じゃないからと慌てるチャールを宥めて、何を思いついたのかを質問する。
こっちとしては現状お手上げだ。精霊魔法の結果に意味があったのかどうかすら判断出来ない。
チャールがそこから何かを読み取れたっていうなら、是非とも聞いておかなきゃなるまいよ。
自分の思いつきに自信が無いのか、チャールはなかなか話そうとしてくれなかったけれど、間違っていても大丈夫だよと根気良く問いかけ続けた結果、ただの思いつきだけどと前置きして答えてくれた。
「ひょっとしてだけどさ。この木、まだ赤ちゃんなんじゃないのかなって……。な、なんとなくっ! なんとなくだよっ!?」
「いや、確かに4日前に生まれたばかりだろうし、そういう意味では赤ちゃんには違いないと思うけど……」
「えっとね? 小さい子供の面倒みたりすると、自分が眠いってことも分からずにどんどん機嫌が悪くなっていく時があってさ。ほんとにちっちゃな子供って、眠いとかお腹が減ったって感情すら認識できないよねって……」
自分の体験談を交えながら必死に説明してくれるチャールだったけど、俺が上手く理解できずに困惑しているのを感じ取ってしまったようで、段々尻すぼみに声が小さくなっていく。
いや、赤ちゃんって説を否定するつもりは無いんだけど、この木が赤ちゃんだったとして、それに何か意味があるの? って思っちゃうんだよなぁ。
チャールには申し訳ないけど、意味のある情報だとは思えない。
けれどチャールの親友であるシーズは、俺とは違った視点でチャールの説明を解釈したようだ。
「生まれたての赤ん坊ってことはよ、この木はこれからどんどん成長していくってことだよなっ!」
「へ? そりゃそうでしょ。むしろどんどん大きくなってもらわないと困るって言うか……」
「じゃねーよダン! 植物としての生長じゃなくて、思考や感情面での成長が期待できるって言ってんだ!」
そうじゃないんだと俺の言葉を遮るシーズ。
自分が感じている興奮を俺と共有出来ないのがもどかしいと、続きの説明を捲し立ててくる。
「これってすげーことだろ!? ダンの実験、大成功ってことじゃねーかっ!」
「え、と……? ごめんシーズ。よく分からないよ。なんでそうなるの?」
「なんでって、この木が赤ん坊で、成長と共に感情や思考能力も獲得出来るならさっ! ダンが死んだ後もアウターの管理が続いていくってことじゃねーかよっ!」
「あっ! そ、そうですよ旦那様! 招きの窓と等価の天秤を取り込んだこの木に遺志や感情があるなら、しっかりと育ててあげれば未来永劫異界の扉を管理してくれる悠久の番人になってくれるのではないですかっ!?」
聖域の樹海で生きてきたヴァルゴが、興奮した様子でシーズの説明を引き継いでくる。
マジックアイテムを内包した木に思考能力を持たせることで、異界の扉からの魔力供給が続く限り半永久的に生き続けられる不死の番人が出来あがる……?
もしもそんなことが出来たなら、俺達の死後の心配すらする必要がなくなるだろう。
ヴェノムクイーンのような存在にマジックアイテムを掻っ攫われるような事態も防げるかもしれない……?
「まだアウター発生してねーみたいだけどさっ! どっち道、俺達はコイツの経過観察を続けなきゃいけねーだろっ? だからその時に必要な教育をしてやれるんじゃねーかなっ!?」
「異界の扉の保護だけでなく、管理や調整、果ては防衛までこなすマジックアイテムだって……!? そそそ、そんな物が作れたら、それこそ神の所業……! 世界樹の創造に他ならないよっ!!」
チャールとシーズのアイディアを聞き、キュールのスイッチが完全に入ってしまったようだ。
既にいくつかレリックアイテムと同等の性能を持つマジックアイテムの開発には成功しているけれど、キュール的には世界樹とレリックアイテムを別枠扱いしているようだな?
「幸い我が家には植物の世話が趣味のニーナさん、精霊魔法が使えるリーチェさんとアウラがいる……! この世界樹の苗木と意思の疎通を図ることは決して難しくないはずだ……!! うおおっ……! もももっ、燃えてきたぁーーーっ!」
「落ち着いてキュール! テンション上がりすぎて別人みたいになってるから! アウター発生前からそのテンションじゃ先が思いやられるんだよーっ!?」
「興奮せずにはいられないよっ!! 教育が出来るのであれば異界の扉を広げるように教えることもできるはずだからねっ! この木が思考能力を持つなら、最早全ての成功が約束されたといっても過言じゃないよっ!!」
「そもそもその思考能力と教育の余地がまだ確定情報じゃないからねっ!? 落ち着いてっ! 落ち着いてってばキュールさーん!?」
「ねぇリーチェ。この木は植物にしても珍しいって言ってたわよね?」
テンションマックスのキュールを抱きしめて、落ち着くように頭やお尻をよしよしなでなでしている俺をスルーして、真面目なテンションのティムルがリーチェに確認している。
お姉さんが話を引き継いでくれるなら、俺はキュールを押し倒しても……って、直ぐに海に戻らなきゃダメだから無理かぁーーっ!
「リーチェ的にはどう思う? キュールたちが言ってるみたいに、植物に本当に教育できるくらいの知性があるのかしら?」
「ん~……。キュールには悪いけどぼくは半信半疑かな……。ただ言われてみれば、確かに幼いような気がするよ。アウラもそう思わない?」
「え~、私に聞かれても分かんないよ~。木に精霊魔法を使ったのだって初めてだったんだからねー?」
「アウラは比較出来ないから、今はリーチェの感覚だけしか参考に出来ないみたいね。で、リーチェもこの木が特別であるようには感じると……。でも仮に知性があるとして、なんでこの木が知性を持ったのかしらぁ?」
「それは恐らく、異界の扉より常に魔力が注ぎ込まれておるせいだと思うのじゃ。アウラに他の種族の魂を定着させたのと同じように、異界より注ぎ込まれる大量の魔力がこの木に知性を与えたのではないかのう?」
おお。リーチェの感覚は本人も懐疑的みたいだけど、フラッタの説明は結構説得力があるな。
魔力は万物の根源で、擬似生命体の魔物も、聖域の樹海の木々やアウラのような存在だって生み出しているのだ。
なら大量の魔力を受け止めるこの木に自我が芽生えたって不思議じゃないと言えば不思議じゃないかもしれない。
「あはっ! 意志があってもなくても、私たちがちゃーんとお世話してあげるのっ! なんたって私たちとダンが協力して生み出した木なんだから、それってもう私たちとダンの間に生まれた子供と言っても過言じゃないのーっ!」
「過言だよーーー!? いくらなんでも過言が過ぎるよニーナーー!? この木を大切に育てるのはいいけど、流石に子供と思うのは無理があるよーーーっ!?」
テンションがマックスを振り切ったキュールを宥めていると、まさかのニーナ司令官までテンションが最高潮を振り切ってしまった模様。
確かにみんなとの子供が作れるように日々試行錯誤しながら注ぎ込んでいる事は認めるよ!?
だけどその結果生まれたのが世界樹なんて、流石に受け止め切れないんだよーっ!?
そんな予定をすっかり忘れてヴェルモート帝国に直行してしまった俺達は、ひと晩たっぷりと英気を養ってから慌ててエルフェリア精霊国に転移した。
「んー……。変化ない、か?」
丸4日空けての経過観察だけど、植物のドームもそのまま残っているし、魔物が発生した形跡も無い。
ひと目見た限りでは異界の扉に変化は感じられないけど……。
「みんなはどう? 俺にはなんの変化も無いように見えるけど、何かに気になる点はあるかな?」
「う~ん……。上に伸びている木が生長してる気がするけど、はっきりは分からないの~。ティムル、熱視はどう?」
「こっちも同じよニーナちゃん。異界の扉に変化は感じられないわ。目に見えるような変化は起きていないんじゃないかしらぁ」
どうやらお姉さんの熱視を用いても、この場に変化は見受けられないようだ。
異界の扉が閉じた様子も無いけれど、植物のドームの中がアウター化していたりはしないらしい。
キュールも触心を使ってくれているようだけど、先ほどから顔を顰めて首を傾げている様子から、明確な変化を感じ取れていないように見えるな。
熱視でも触心でもダメなら、あと残っている手は……。
「そうだ。精霊魔法はどうだろう? 確か精霊魔法で植物の声が聞けるって言ってなかったっけ?」
「え~? 声が聞こえると言っても、漠然とした感情みたいなものを感じ取れるだけだよ? とても触心以上の情報が得られるとは……って、アウラの練習にはちょうどいいのかな?」
「えっ、私?」
チャールとシーズと談笑していたアウラが、突然リーチェに名前を呼ばれて困惑したような眼差しを向けてくる。
そんなアウラにお構いなしに、大きなおっぱいを盛大に揺らしながらアウラに駆け寄るリーチェ。眼福である。
「精霊魔法を使うと、植物の感情を感じ取ることができるんだ。危険も無いし難度も低いから、アウラの精霊魔法の訓練にピッタリの課題だよー」
「……ほんとかなぁ? リーチェママの言う簡単ってアテにならないんだよね~?」
「ほんとほんとっ。植物の声を聞くのは初歩的な技術なんだよ。疑う暇があったら試してみてくれたらいいよっ」
アウラからのジトーッとした視線を受け止めながら、とにかく試してみろと伝えるリーチェ。
そんなリーチェをいぶかしみながらも、素直に精霊魔法を行使し始める素直な娘をよしよしなでなでしてあげたい。
「ん~っと……。こう、かなぁ?」
「いい感じだよ。自分と植物を精霊魔法で繋げるイメージをするといいと思う」
「植物と、私を繋げる……」
「魔法が繋がったら、ゆっくり相手の事を意識するんだ。今この木は何を思っているんだろうってさ」
「この木が何を……。ねぇ、貴方は今、何を思っているの……?」
リーチェの指導に従って精霊魔法を行使するアウラ。
魔力のほうは昨晩からこれでもかってくらいに注いだ後だから、枯渇する心配はないだろう。
魔力も精霊魔法も不可視だけれど、アウラが精霊魔法を使っているという認識を持って様子を眺めていると、なんとなく植物のドームの上の方から、薄ぼんやりとした緑色の魔力が降りてきてアウラと繋がっているように見える……ような気がする。
俺の気のせいかもしれないけれど、リーチェが満足げに頷いているので気のせいではないのかもしれない。
「どうかなアウラ? この木からはどんな感情が伝わってくる?」
「……ぼんやりしてて、なんだか良く分からない、かも? 強いて言うなら……眠そう、かな?」
「眠そう? どういうことだろ」
首を傾げたリーチェからも、見えないながらも翠色の魔力が伸びたような気がする。
熱視を発動しているティムルも俺と同じように視線を動かしているので、やはりリーチェも精霊魔法を使ったようだ。
一瞬何かに集中するように目を閉じたリーチェは、自慢の巨大おっぱいを協調するように腕を組んで、そしてやっぱり首を傾げてしまった。
「ん~? 確かに眠そう……というか、もしかして寝てる?」
「へ~? 木とかお花も眠ったりするんだ? 感情が読み取れるなら、食事や睡眠も必要でも不思議じゃないのかな?」
リーチェの呟きを聞いたニーナが、ほうほうと興味深そうに目を輝かせている。
お花のお世話が趣味のニーナは、植物の声を聞ける精霊魔法に興味津々の様子だ。
「あっ! そう言えばダンが、お花って声をかけてあげると早く育つって言ってたのっ! 木にもお花にやっぱりも心があるんだねっ!? ならもっともっと大切にお世話しなきゃなのーっ」
「うんうん。植物にもちゃんと心はあるんだよ。知性みたいなものは殆ど感じないんだけどねー」
ニーナが出した回答に、うんうんと満足げに頷くリーチェ。
でもそろそろ腕を組むのは止めて欲しいんだよ? そんなに強調されるとつい手が伸びちゃいそうだからね?
「だけどそれにしたってこの木の感情はフワフワしてるって言うかぼんやりしてるって言うか、はっきり定まっていない感じなんだ。植物の中でも感情が希薄って言うか……」
「ふわふわ、ぼんやりか……。って、それって寝惚けてるんじゃないの?」
「寝惚けている……? いや、眠いは眠そうなんだけど、その眠いって感情自体が定まっていないというか……。口で説明するのが難しいなぁ……!」
「……眠そうなのは間違いないんだけど、自分が眠いんだーっていう感情が分かってないっていう感じに思えるんだ。そう、まるで眠気を知らない、みたいな……?」
アウラから追加で情報が齎されるものの、余計に良く分からなくなってしまう。
恐らくこの木は眠っている、もしくは眠気を感じている状態なのだろう。それは間違いない。
だけどこの木自身が、自分が眠いという状態に陥っているのに気付いていないってことか? なんだそりゃ?
「感情が分からない……。眠気を知らない……。 そんなことって……あっ」
みんなで精霊魔法の結果に首を捻っていると、チャールがあっと小さく呟く。
その声に反応して彼女を見ると、チャールは何かに気付いたかのように大きく目を見開いて植物のドームを見上げていた。
「……チャール。何を思いついたんだ?」
「えっ……? あ、いや大した事じゃないよっ? ただなんとなく思いついただけの話だから……!」
「大した事じゃなくても思いつきでも、間違っていてもいいから教えてくれる? 今チャールが思いついたことを聞きたいんだ」
大した事じゃないからと慌てるチャールを宥めて、何を思いついたのかを質問する。
こっちとしては現状お手上げだ。精霊魔法の結果に意味があったのかどうかすら判断出来ない。
チャールがそこから何かを読み取れたっていうなら、是非とも聞いておかなきゃなるまいよ。
自分の思いつきに自信が無いのか、チャールはなかなか話そうとしてくれなかったけれど、間違っていても大丈夫だよと根気良く問いかけ続けた結果、ただの思いつきだけどと前置きして答えてくれた。
「ひょっとしてだけどさ。この木、まだ赤ちゃんなんじゃないのかなって……。な、なんとなくっ! なんとなくだよっ!?」
「いや、確かに4日前に生まれたばかりだろうし、そういう意味では赤ちゃんには違いないと思うけど……」
「えっとね? 小さい子供の面倒みたりすると、自分が眠いってことも分からずにどんどん機嫌が悪くなっていく時があってさ。ほんとにちっちゃな子供って、眠いとかお腹が減ったって感情すら認識できないよねって……」
自分の体験談を交えながら必死に説明してくれるチャールだったけど、俺が上手く理解できずに困惑しているのを感じ取ってしまったようで、段々尻すぼみに声が小さくなっていく。
いや、赤ちゃんって説を否定するつもりは無いんだけど、この木が赤ちゃんだったとして、それに何か意味があるの? って思っちゃうんだよなぁ。
チャールには申し訳ないけど、意味のある情報だとは思えない。
けれどチャールの親友であるシーズは、俺とは違った視点でチャールの説明を解釈したようだ。
「生まれたての赤ん坊ってことはよ、この木はこれからどんどん成長していくってことだよなっ!」
「へ? そりゃそうでしょ。むしろどんどん大きくなってもらわないと困るって言うか……」
「じゃねーよダン! 植物としての生長じゃなくて、思考や感情面での成長が期待できるって言ってんだ!」
そうじゃないんだと俺の言葉を遮るシーズ。
自分が感じている興奮を俺と共有出来ないのがもどかしいと、続きの説明を捲し立ててくる。
「これってすげーことだろ!? ダンの実験、大成功ってことじゃねーかっ!」
「え、と……? ごめんシーズ。よく分からないよ。なんでそうなるの?」
「なんでって、この木が赤ん坊で、成長と共に感情や思考能力も獲得出来るならさっ! ダンが死んだ後もアウターの管理が続いていくってことじゃねーかよっ!」
「あっ! そ、そうですよ旦那様! 招きの窓と等価の天秤を取り込んだこの木に遺志や感情があるなら、しっかりと育ててあげれば未来永劫異界の扉を管理してくれる悠久の番人になってくれるのではないですかっ!?」
聖域の樹海で生きてきたヴァルゴが、興奮した様子でシーズの説明を引き継いでくる。
マジックアイテムを内包した木に思考能力を持たせることで、異界の扉からの魔力供給が続く限り半永久的に生き続けられる不死の番人が出来あがる……?
もしもそんなことが出来たなら、俺達の死後の心配すらする必要がなくなるだろう。
ヴェノムクイーンのような存在にマジックアイテムを掻っ攫われるような事態も防げるかもしれない……?
「まだアウター発生してねーみたいだけどさっ! どっち道、俺達はコイツの経過観察を続けなきゃいけねーだろっ? だからその時に必要な教育をしてやれるんじゃねーかなっ!?」
「異界の扉の保護だけでなく、管理や調整、果ては防衛までこなすマジックアイテムだって……!? そそそ、そんな物が作れたら、それこそ神の所業……! 世界樹の創造に他ならないよっ!!」
チャールとシーズのアイディアを聞き、キュールのスイッチが完全に入ってしまったようだ。
既にいくつかレリックアイテムと同等の性能を持つマジックアイテムの開発には成功しているけれど、キュール的には世界樹とレリックアイテムを別枠扱いしているようだな?
「幸い我が家には植物の世話が趣味のニーナさん、精霊魔法が使えるリーチェさんとアウラがいる……! この世界樹の苗木と意思の疎通を図ることは決して難しくないはずだ……!! うおおっ……! もももっ、燃えてきたぁーーーっ!」
「落ち着いてキュール! テンション上がりすぎて別人みたいになってるから! アウター発生前からそのテンションじゃ先が思いやられるんだよーっ!?」
「興奮せずにはいられないよっ!! 教育が出来るのであれば異界の扉を広げるように教えることもできるはずだからねっ! この木が思考能力を持つなら、最早全ての成功が約束されたといっても過言じゃないよっ!!」
「そもそもその思考能力と教育の余地がまだ確定情報じゃないからねっ!? 落ち着いてっ! 落ち着いてってばキュールさーん!?」
「ねぇリーチェ。この木は植物にしても珍しいって言ってたわよね?」
テンションマックスのキュールを抱きしめて、落ち着くように頭やお尻をよしよしなでなでしている俺をスルーして、真面目なテンションのティムルがリーチェに確認している。
お姉さんが話を引き継いでくれるなら、俺はキュールを押し倒しても……って、直ぐに海に戻らなきゃダメだから無理かぁーーっ!
「リーチェ的にはどう思う? キュールたちが言ってるみたいに、植物に本当に教育できるくらいの知性があるのかしら?」
「ん~……。キュールには悪いけどぼくは半信半疑かな……。ただ言われてみれば、確かに幼いような気がするよ。アウラもそう思わない?」
「え~、私に聞かれても分かんないよ~。木に精霊魔法を使ったのだって初めてだったんだからねー?」
「アウラは比較出来ないから、今はリーチェの感覚だけしか参考に出来ないみたいね。で、リーチェもこの木が特別であるようには感じると……。でも仮に知性があるとして、なんでこの木が知性を持ったのかしらぁ?」
「それは恐らく、異界の扉より常に魔力が注ぎ込まれておるせいだと思うのじゃ。アウラに他の種族の魂を定着させたのと同じように、異界より注ぎ込まれる大量の魔力がこの木に知性を与えたのではないかのう?」
おお。リーチェの感覚は本人も懐疑的みたいだけど、フラッタの説明は結構説得力があるな。
魔力は万物の根源で、擬似生命体の魔物も、聖域の樹海の木々やアウラのような存在だって生み出しているのだ。
なら大量の魔力を受け止めるこの木に自我が芽生えたって不思議じゃないと言えば不思議じゃないかもしれない。
「あはっ! 意志があってもなくても、私たちがちゃーんとお世話してあげるのっ! なんたって私たちとダンが協力して生み出した木なんだから、それってもう私たちとダンの間に生まれた子供と言っても過言じゃないのーっ!」
「過言だよーーー!? いくらなんでも過言が過ぎるよニーナーー!? この木を大切に育てるのはいいけど、流石に子供と思うのは無理があるよーーーっ!?」
テンションがマックスを振り切ったキュールを宥めていると、まさかのニーナ司令官までテンションが最高潮を振り切ってしまった模様。
確かにみんなとの子供が作れるように日々試行錯誤しながら注ぎ込んでいる事は認めるよ!?
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