異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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692 ※閑話 失伝 光

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 なんとかガルオースから逃れた私は、ひとまず研究所に戻って崩界で傷ついた体を癒すことにした。

 研究所には私が居なければ入ることは出来ない。ここなら間違いなく安全だ。


「こんな体で迎えに行っても返り討ちにされるだけだから……。ごめんベル、少しだけ待ってて……!」


 アルフェッカに置きざりにしてしまったベルのことは心配だけど、彼女が居なければガルも子供を作ることが出来ない。

 だから悪いようにしないと言っていた彼の言葉は恐らく本心のはずだ。


 崩界で傷つけられた私の体と魂の治療には思った以上の時間がかかりそうだったけれど、私が斃れたら全てが終わってしまうだろう。

 まるで自分に言い訳をするように、研究所で治療に専念する日々が続いた。


 私は治療を理由に、息子に裏切られた現実と、娘を見捨てて逃げた事実から目を逸らしたかっただけなのかもしれない。




 傷の療養中は、今まで停滞気味だった魔法強化の研究に没頭した。

 結局ガルがあのように横暴になってしまったのは、精霊魔法と長い寿命が彼に特別性を与えてしまったのだろう。


「魔法強化が一般的になれば、ガルの優位性はかなり弱まると思うけど……。だけどそうなったらガルだって魔法強化に手を出すはずよね……?」


 一般社会に魔法強化を施す方法に目処は立ったけど、それを普及させていいものなのかどうかは私1人では判断できなかった。

 こんな時にコルが居てくれたら、的確で明確な答えを示してくれたはずなのに……。


「……泣き言を言っても始まらないよね。コルはもう居ないんだから」


 コルもミルもカルももう居ない。

 息子にも裏切られ、娘も見捨ててしまった私は、この世界で本当に独りぼっちになってしまったんだ……。


 そう思うと衝動的に全てを投げ出してしてしまいたくなったけれど、3人に貰った命を捨てるわけにはいかないと、歯を食い縛って孤独に耐えた。





「かなり時間が経ってしまったけど……。ベルに会いに行かなきゃいけないよね……」


 研究所で療養を始めてから数年の月日が流れた。

 崩界によって深刻なダメージを受けていた私の体は、戦闘に耐えうる状態まで回復するのにこれほどまでの時間を要した。


 時間が経てば経つほど、アルフェッカに赴くのが怖くなる。

 見捨ててしまった娘と顔を合わせるのが恐ろしくて仕方が無い。


 だけどここでベルに会いに行かなければ、この世界に来てからしてきたこと全てが無駄になるような気がして、震える心を奮い立たせて研究所の外に出た。


「もう油断はしないわ……! 同じ手はもう食わないんだから……!」


 アルフェッカに到着した私は、常時広範囲に精霊魔法を展開して、常に周囲を警戒することにした。

 これはガルに居場所を知られてしまう危険性も無くはないけど、テレス人並の魔法強化が出来ていないガルが精霊魔法に気づくのは難しいはずだ。

 仮に気付かれたとしても、こうやって警戒しておけば前回のような不意打ちは防げるはず。


 私は細心の注意を払いながら、ガルに連れ去られたベルの行方を捜した。


「……ガル!? と、その隣りに居るのは……ベルだ……!」


 捜索をするまでもなく、ガルオースもベルベッタも直ぐに見つかった。

 見つかったと言うか、前回ガルと再会してベルが連れ去られた場所に、2人ともそのまま住んでいるようだった。


 気付かれない距離で気配を殺して観察していると、2人は隣りに寄り添いながらも一切交流する素振りを見せず、言葉はおろか視線すら合わせることがなかった。

 ガルの周りには常にベルではない女性が侍らされていて、ベルの周りには小さな子供が常にくっついていた。


 ……距離があるけど直感で分かった。あの子はエルフの子供なのだと。


「2人の間に子供が出来たのは朗報だと思うけど……。仲が良さそうには見えない、よね」


 エルフの子供が生まれたなら、もういいんじゃないのか。

 そんな考えが頭をよぎり、このままアルフェッカを立ち去りたい気持ちを必死に押し殺して、私はベルとの接触を試みたのだった。



「久しぶりだね母さん。体、もう大丈夫なの?」


 私の身体能力と精霊魔法があれば、人知れずベルと接触するのは簡単だった。

 あっさりと接触できたベルは、私に敵意も憎悪も向けることなく、崩界で傷ついた私の事を心配してくれた。


「もう大丈夫よ……。でも、ベルこそ大丈夫だったの?」

「ん、大丈夫と言えば大丈夫かな。夫は私に興味なさそうだけど、おかげで敵意も無さそうだから」


 再会したベルに、私が逃げた後の話を聞かせてもらう。


 私を躊躇無く殺そうとしたガルだけど、その一方でベルには意外なほど紳士的に接してきたようだ。

 エルフの子孫繁栄の重要性を熱心に説き、決してベルを無理矢理手篭めにしようとすることは無かったそうだ。


「母さんを殺そうとした彼のことは許せないけど、一応夫なりに信念はあるみたいなんだ。彼の理想の実現の為の最大の障害は母さんだって思ったみたいで、あんな事をしたみたいなの……」

「……ガルにどんな想いがあっても、崩界を私に向けたことは絶対に許せないよ……!」


 ミルが生涯を賭けて開発した人類の希望を、よりにもよって私に放つなんて……!


 しかも魔法強化されていない状態の人が崩界を使えば、使った人は間違いなく命を落としているはずなのだ。

 ガルにどんな信念があろうとも、他人の命を使い捨てにするような彼の振る舞いを許してあげることは出来そうもない。


「私も母さんと同じ、彼のことは許せないわ。だけど彼が居なければエルフ族は滅んでしまうしかないから……」


 だから、受け入れる。

 一瞬だけ寂しそうに笑ったベルは、このままアルフェッカで彼の子供を生み続ける事を決意していた。


「私のことは大丈夫。友達も出来たし子供も居るから、母さんが居なくても生きていけるよ。彼の事は大嫌いだけどね?」

「ベルぅ……。ごめんね……。不甲斐無い母さんでごめんねぇ……」

「母さんは何も悪くないでしょ。悪いのはあの馬鹿夫なんだから。だけどあの馬鹿夫と離れて暮らすって選択肢は無いんだ。子供の為にも、エルフ族のためにもね」


 ベルは思ったよりも理性的な対応をされたことで、自分の運命と状況を受け入れて、そしてガルを受け入れた。

 ガルを好きになれない感情を押し殺して、エルフ族の繁栄の為に彼の子供を生み続ける事を選んだんだ。


 アルフェッカでの暮らしは、母さんが思っているよりは悪くないんだよと、精一杯の笑顔を見せてくれるベル。


「私もアイツも母さんの子供だけどさ。母さんはもう、エルフのことは忘れていいと思うんだ」

「えっ……。それってどういう……」

「私も助けを求めるほどの不幸じゃないし、エルフ族もこれから数を増やしていくはずでしょ。だからエルフ族の存続はもう母さんの手を離れたと思っていいんじゃないかな?」


 エルフ族が私の手を離れた……? 私が居なくても、もう繁栄していけるの……?

 命と共に託された3人の願い、私は叶えてあげることが出来たのかな……?


「母さん。エルフ族はもうエルフ族だけで生きていけるよ。そもそも王様を名乗るどっかの馬鹿は母さんの協力を拒んでいるんだし、もう母さんがエルフの為に尽力することなんてないよっ」

「エルフ族が自立したのなら、これ以上の介入は過干渉……ってこと?」

「そういうことかな? それに1度母さんを殺そうとした以上、あの馬鹿夫が母さんと手を取り合うのはもう無理だと思う。だから母さんはもうエルフ族から手を引いて、自分の事を考えて生きていいからね……」


 逞しく成長した我が娘の強さに、母親代わりの私の方が圧倒されてしまう。

 母親に見捨てられてこの地に置き去りにされたベルは、それでも私を恨むことなく健やかに成長してくれたみたいだ。


 ガルに裏切られて全てが失敗したように感じていたけれど、娘がこんなに素敵な成長を遂げてくれたことで、今までの全てが報われた気がした。

 この日を最後に私は研究所に引き篭もり、一旦自分の体をメンテナンスすることにした。


「次に目覚めるのはいつになるか分からないけど……。下手に起きているとベルの事が気になって仕方ないから、かえってちょうど良かったかな……」


 ナーチュアクレイドルに入り、もう1度私自身を調整しなおす。


 崩界で傷ついたのは肉体だけではなく、私の本質、魂まで傷付けられていた。

 更には救命導着も機能不全を起こすほどにバラバラにされてしまったから、私にはもう悠久の時を生きることは出来ないだろう。


「ごめんねガル。私は貴方が許せないから、貴方に魔法強化は残してあげない。貴方が死んだ後の世界で、職業システムを広めさせてもらうから」


 私の私情でこの世界に生きる全ての人に苦労を強いる事になるのは、流石の私も心が痛む。

 だけど王として振舞う男が私を拒み、私の殺害を目論んだのだ。私の親友が残してくれた、始界の王笏を私に向けて。


 許せない。許せるはずがない。

 他でもない息子のガルオースが、私がずっと3人を愛していた事を知っているはずのガルオースの暴挙を、このメルトレスティが許せるはずがないのだ……!


「もう、終わりでいいよね……? 最後に残ったメンバーとして、越界調査隊J-0385は無期限の休暇を終えて、ここに正式に終了を宣言させてもらうよ、みんな……」


 ナーチュアクレイドルの中で、誰にも聞こえない独り言を呟いた。

 今更こんな宣言になんの意味も無いけれど……。私ももう、独りで越界調査隊で居続けるのは限界なんだ。


「コル、カル、ミル、私たちはやるべき事をやり遂げたんだよ……。だけど会いに行くのはもう少しだけ待ってね……」


 自分の魂に溶け合った3人に語りかけながら、私の意識は静かに失われていったのだった。





  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「良かった。エルフもドワーフも竜人も魔人も人間も、ちゃんと数を増やしてくれたみたい」


 私がナーチュアクレイドルから目覚めたのは、ベルと別れてから少なくとも数千年……もしかしたらもっと長い月日が流れた後の世界だった。


 かつてガルオースによって独裁政治が敷かれていたアルフェッカも、ガルに支配される前の穏やかで平和な場所に戻っていた。

 どうやらガルの死後、エルフ族は世界樹の近くを自分たちの生活圏として、アルフェッカの地を明け渡したらしかった。


「ま、過去の事に気を取られている余裕は無いか。早くやるべき事をやらないと……」


 ナーチュアクレイドルで私の体は万全の状態になったけれど、傷ついた魂を元に戻ることは出来なくて、私の寿命は残り数十年しか残っていない見込みだった。

 今更長生きする気なんて毛頭無いけれど、この世界に職業システムを根付かせるまで死ぬわけにはいかない。


 私は世界中を旅して、職業と名付けられた魔法強化システムを普及していった。


「な、なんだこれ……!? イ、インベントリって……!?」

「こ、これは神の祝福ではないのですか……!? 貴女は神様では!?」


 職業の力を得た人々は、その強力な恩恵を前に私の事を神格化し始めた。

 ふふ。3人はとっくに女神様として崇められているのに、私はこんなに時間がかかっちゃったみたいだよ。


「私は神様なんかじゃありませんよ。この力は私が齎したものではなく、この世界に始めから存在していた力なんですよ」


 私の元に人が集まり、私を崇拝する人たちが大きなコミュニティを形成し始めた。

 始めはそんなものに興味はなかったのだけど、私を妄信し、自分で考える事を放棄し始めた人々の姿に、かつてガルに支配されていた当時のアルフェッカの姿を連想する。


 ……このままじゃダメだ。人を救うのは人でなければいけない。

 特別な力を持った誰かが人を支配するのではなく、あの3人のようにどこまでも他人を思いやれる人こそが人々を導いていかなければならないはずだ……!


「かつてこの世界を人の住める世界にしてくれた慈悲深き変世の3女神の教えは、心に差し込む光のように私たちを正しい道へと導いてくれるはずです。私の名はトライラム。3つの光を心に宿す、この世に生きる1人の人間です」


 祝福の女神と称えられ、人々からも神としての振る舞いを求められたけれど、私は徹底して人として振舞う事に拘った。


 特別な誰かに依存して生きるようでは未来が無い。

 かつて私たち4人が手を引いたあとも立派に繁栄してくれたように、みんなには自立して生きていける強さがあるのだから。


 トライラム教会はどんどん大きくなって、私の賛同者と支持者もどんどん増えていった。

 そこでみんなに協力してもらって、簡単には辿り着けない場所に簡易型魔法システムを設置した。


 ここは攻めるに難く守るに易い天然の要塞だ。ガルのような危険な思想を持った人物が現れても、簡単に制圧することは出来ないはず。

 魔物からも防衛しやすく、これで私が死んだ後も職業の加護が失われる心配は無くなったと思いたい。


 私はグルトヴェーダと呼ばれる山岳地帯に火山弧を連想し、そこに設置した簡易型魔法強化システムをフォアーク神殿と名付けることにした。


 フォアーク神殿の眼前に広がる終焉の景色に、この世界を生み出した時に4人で発動した精霊魔法を思い出す。

 あの時はまだ本当になにもない空間でしかなかったこの世界が、こんなに広く美しい世界に変貌を遂げるなんて思ってもみなかったなぁ……。


「これでもう、やり残したことは1つも無いよね……?」


 全てをやり終えたと確信した私はトライラム教会を人に託し、独り研究所に戻る事にした。

 3人と一緒に長い時間を過ごしたこの場所で、最期の時を迎えたいと思ったから。


 独りでこの世界に残されて辛かった。

 ガルに裏切られて……、ベルと一緒に生きられなくて悲しかった。


 だけど私は、最期の最後までしっかりやり遂げることが出来たんだ。そう信じられる人生だった。


「ねぇみんな……。私たちは優しい世界を作り上げることが出来たのかな……?」


 薄れゆく意識の中で思わず零れてしまった私の呟きに、なんとなく3人が笑って頷いてくれたような気がしたのだった。
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