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684 談笑
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「思ったより早い到着だったな? ダン殿のことだから大幅に遅れてくるものだと思っていたが」
顔を合わせるなり、ゴブトゴさんが重めのジャブを放ってくる。
ゴブトゴさんとの待ち合わせに遅れたことってそんなに無いはずなんだけど、すっかり俺は時間ギリギリまでみんなとイチャつく男として認識されてしまっているようだ。
……俺自身はあんまり遅れたことないけど、もしかしたら他のみんなは結構毎回遅れてたりしたのかもしれない。猛省しよう。
エルフェリア精霊国から帰還した俺達は、手早く入浴と食事を済ませてスペルディア王城に顔を出した。
今回は家族全員で参加することを認めさせてあるので、キュールやシャロは勿論、チャールとシーズも一緒に始まりの黒に潜る予定だ。
食事も入浴も多少急いだ自覚はあるけど、それ以上に異界の扉の前でひと晩中みんなとイチャイチャ出来たからか、今日は割とスムーズに家を出ることが出来たのが幸いしたようだ。
いつも出かける時は、玄関から外に出るのが1番大変だもんね。主に俺のせいで。
登城した俺達は、どっかの馬鹿殿下あたりに絡まれないようにと直ぐにゴブトゴさんが引き取ってくれて、今はゴブトゴさんの執務室でのんびりと談笑中というわけだ。
さすがは宰相の執務室だけあって、我が家の家族全員が寛ぐにも十分な広さだ。
「別にダン殿の遅刻を見込んでいたわけではないが、まだこちら側の準備が整っていなくてな。悪いがここで暫く待ってもらう事になるぞ」
「へ? 準備が整っていない割にはゴブトゴさんはのんびりしてるね?」
「無論私の準備は終わっている。なんやかんやとゴタゴタしているのは王族の方たちでな。彼らの要望を聞いていたら日が暮れてしまうから、時間だけ決めて放置して来たのだよ」
「相変わらず王族に容赦ないね……。でも今日の準備に限らず、ゴブトゴさんっていっつも忙しなく動き回ってるイメージがあるんだけど、他の仕事も大丈夫なの?」
「おかげさまでな。ダン殿とシャーロット様のおかげで即位式は大盛況のまま幕を閉じた。王国民も皆前向きになってくれていて治安も非常に良い状態が続いていて、余計な仕事が一切無いのだ。おかげで昨晩はぐっすりと休ませて貰ったよ」
おお、そんなつもりはなかったけれど、即位式の成功はゴブトゴさんの業務を減らす効果もあったらしい。
昨晩俺達が異界の扉の前でイチャついている頃、ゴブトゴさんは久しぶりに家族とゆっくり過ごしたそうだ。
「正直な話をさせてもらうのなら、地域監査員がごっそりと居なくなってしまっているからな。王国の運営にも少なからず悪影響は出るだろう。が、今は気にしない事にしたのだ。王国民が前向きであるなら、宰相の私が暗い顔をするのもつまらんからな」
「あ~……追放した本人だからあまり口出し出来ないけど、今までは地域監査員に依存しすぎてた印象はあるよ。王国の9割くらいの貴族は腑抜けだったからさぁ」
「ははっ。ダン殿は優しいな。はっきり領主共は無能だと言えばいいものを。だが笑ってもいられん。新王の即位に託けてなんとか是正していければいいんだが……」
「失礼しますゴブトゴ様。ヴェルモート帝国皇帝、カレン・ラインフェルド様がお見えになりましたがどちらにお通しすれば良いでしょう?」
ゴブトゴさんと話していると、執務室の外からカレン陛下の到着を告げられる。
新しい王様が即位しても、賓客の対応を求められるのは宰相のゴブトゴさんのようだ。
部屋の扉は閉じたままで、扉の向こうに入る兵士さんに声をかけるゴブトゴさん。
「ご苦労。両王陛下には報告してあるな? 何か要望はありそうだったか?」
「いえ、両陛下ともゴブトゴ様の判断に従うと仰っております。必要だと判断したら遠慮なく呼び出して欲しいと」
「なるほど。始まりの黒に向かう前に両陛下にも挨拶して欲しいところだが、とりあえずカレン陛下はここにお通ししてくれ。両陛下には改めてご報告させてもらうと伝えるように」
「はっ! それでは失礼します!」
扉の前の兵士さんが去っていく。
しかし、即位した両陛下もゴブトゴさんの指示に従うなら、実質ゴブトゴさんがスペルド王国の支配者なのでは?
まぁ判断に従うとあえて明言している以上、持っている権限は宰相のゴブトゴさんよりも王である両陛下の方が上なんだろうけど。って当たり前か。
「っていうかゴブトゴさん。隣国の皇帝陛下を宰相の執務室なんかに通してよかったの?」
「カレン陛下がそういったことを気にしない方なのは分かっている。カレン陛下ならダン殿やキュール殿の居るこの場に通されることを望むはずだしな」
「ああ、それはそうだろうけど……」
確かにあのカレン陛下なら、王国との外交よりも友人である俺やキュールと親交を深めようとこっちに接触してくる気はする。
だけど王国のメンツ的に、隣国のトップを宰相の執務室に通すのはありなんだろうか……?
「カレン陛下に合わせて俺らが移動しても構わなかったよ? あまり俺達に気を使う必要は……」
「気を使っているわけではないのだが……。ダン殿に城の中をあまり歩き回られると問題が起きそうでなぁ……」
「ひどっ!? 主に馬鹿殿下のことだろうけど、それって俺のせいじゃなくない!?」
「それにダン殿だけでなく、カレン陛下もあまりスペルディア王族とは上手くいってなくてな……。王族の方に不用意に会わせたくないのだ」
おや? どうやら俺に対する軽いディスりはゴブトゴさんなりのジョークだったようだ。
俺に城の中を歩いて欲しくないのは本当なんだろうけれど、カレン陛下をこっちに通した理由は俺だけじゃないらしい。
「シモン陛下を袖にしたことで嫌われてるって話は聞いてるけど、他の王族とも仲が悪いの?」
「悪い、というかカレン陛下が一方的に嫌っている形だな。だが無理も無いのだ。カレン陛下を出世や保身に利用しようとする者、女性としての関係を迫るものなど、この国の宰相として恥ずかしくなるほどだからな」
「うわぁ……。あの親にしてその子ありって感じなのね……」
先王のシモン陛下とは仲が悪いとは聞いていたけど、その子供達も大概だったみたいだなぁ。
よくよく考えれば、無能が故にレガリアに担がれたスペルディア家と、実力主義のヴェルモート帝国で皇帝に君臨するカレン陛下は、どう頑張っても相容れる訳ない気がするね?
「失礼します。カレン陛下をお連れしました」
「入っていただいてくれ」
「失礼します。どうぞご入室ください」
「失礼するぞ宰相殿……っと、ダンとキュールではないか! なるほど、宰相殿は気が利いているなっ」
部屋に入室した瞬間に俺達に気付いたカレン陛下は、破顔一笑して即座に俺の隣りに腰を下ろした。
……なんで俺の隣りなんだよ? キュールの隣りに……って、キュールが微妙に助かった~って顔をしているな?
「はぁ~……。おはようございます陛下。なんで一直線に俺の隣りにきやがるんですかねぇ?」
「はっはっは! キュールは微妙に嫌そうな顔をしていたからなっ! いつも嫌そうにしてるダンの方がまだマシだと思ったのだ!」
「嫌そうな顔をしてたから近付いたと言われると打つ手がありませんが……」
だろう? と得意げに笑顔を浮かべるカレン陛下。
何気にこの人、距離の縮め方がエグくない?
「つうかお1人なんです? 俺達の家に1人で来るのも信じられないのに、王国の中枢にお1人で来るとか正気です?」
「はっはっは! ここには世界最強の友人が居るではないかっ! 私の命、お前に預けるぞ!」
「そんなに気軽に国家元首の命を預けられても困るんですけど……。本当にお1人でいらしたんですねぇ……」
「まぁな。帝国の上層部は貴様との交流の重要度は認めたが、王国との付き合いを未だあまり重要視しておらんのだ。なので王国に行くなら勝手にどうぞ、と追い出されてきたのだ」
いちいち茶化しながら説明されるから分かりにくいけれど、ヴェルモート帝国側がスペルド王国との国交を重要視していないのは恐らく本当なのだろう。
そもそも今回の趣旨がイントルーダーの体験会なんだけど、イントルーダーって存在自体が殆ど知られていないから、今日の集まりの重要性を理解出来ていないのか。
いや、それにしたって皇帝独りで送り出すかねぇ?
「ダンが訝しがるのも分かるが、こう見えて私はカルナス将軍に次ぐ程度の戦闘能力は持っているのだぞ? ゆえに自分より弱い護衛など連れて歩きたくもないのでな、こうして1人で行動させてもらっているわけだ」
「あ~……。護衛の必要が無いんじゃなくて、護衛の意味が無いってことですかぁ」
カレン陛下より腕の立つ護衛を用意できないなら、むしろ単独で行動する方が理に適っている気がする。
自分より実力の劣る護衛なんて邪魔なだけだし、役に立てるなら壁としてだ。
しかし壁にしてしまうと、せっかくの人材を無駄にしてしまうことになるからな。
ならばいっそ独りでって流れなのだとしたら、カレン陛下は帝国民に随分信用されているんだろうね。
「ということで、本日は貴様やキュールの友人として貴様らと共に行動させてもらいたい。面倒をかけるが宜しく頼む」
「俺としては構わないですけど、マーガレット、ガルシア両陛下と親睦を深めなくていいんです? ってか深めなくていいのゴブトゴさん?」
「ふむ。一応両陛下にもお伺いを立ててみるが問題ないと思っている。今回はイントルーダーを出現させるのが目的で、それなりの危険が想定されている場だからな。カレン陛下が安全だと判断する行動を優先すべきだろう」
「本当に大丈夫? 王国のメンツを潰したーとかで恨まれたりしない?」
「確かにその可能性はあるが、アウターエフェクトでさえ両陛下とバルバロイ殿下くらいしか遭遇経験がない話だ。イントルーダーという未知の脅威に備えるのは難しいだろう。イントルーダーとの遭遇経験のある両陛下なら下らぬプライドに囚われることもないだろうしな」
へぇ? 馬鹿殿下ってアウターエフェクトとの遭遇経験はあるんだ? 意外と言えば意外だな。
しかしゴブトゴさんの言う通り、マグナトネリコが原因で解散したっぽい断魔の煌き出身の両陛下なら、イントルーダーに対して変に見栄を張ったりすることなく現実的な対応をしてくれるのかもしれない。
「さて。それでは私は王族の皆様の様子を見てくるとしよう。一応時間は決めたが、連中がごねたら多少時間が前後するやもしれん。ダン殿とカレン陛下にはもう少し待ってもらう事になるだろう」
「ん、了解。ただ始まりの黒の探索もしなきゃいけないわけだから、出発が遅れれば遅れるほど解散も遅くなるから気をつけてね」
「それもお伝えしてあるが、都合の悪い事は記憶に留めてくれないのが馬鹿どもでな。自分が出発を遅らせておきながら解散が遅れるとゴネるのがスペルディア王家の連中だ。連中に理屈は通じんよ」
「うわ……。お近づきになりたくねぇ~……」
「後で軽食でも運ばせよう。先の事は一旦忘れて寛いでいてくれ。では失礼する」
これからその連中と顔を合わせるというのに、嫌な情報ばっかり伝えないで欲しいんですけど……?
実際に応対するゴブトゴさんを前に文句も言えないんだけどさぁ。
ゴブトゴさんが出ていって直ぐにシャロが俺の隣りに座り、カレン陛下の隣りにはキュールが座り込んだ。
既に何度も登城経験のある仕合わせの暴君メンバーは寛いだ様子で、アウラとチャール、シーズの3人は初めて訪れたスペルディア王城にしきりに感心している様子かな。
「カレン陛下。イントルーダーを滅ぼすと、そのアウターでは魔物に襲われなくなってしまいますけど大丈夫ですよね? 後になって話が違うとか言ってこないでくださいよ?」
「ほう? それは初耳だったが問題ない。始まりの黒に潜る機会など今回を置いて他にあろうはずも無いからな。別のアウターには影響は無いのだろう?」
「ええ。あくまでイントルーダーを討伐したアウターに限った話です。帝国領のアウターでは通常通り魔物が襲ってくるはずですよ」
「くくく。貴様らだけしか知りえぬ情報はまだまだありそうだな? 貴様らを帝国に招く日が楽しみだ」
「あ~そんな話もありましたね。ちなみにそれっていつ頃になりそうなんですか?」
「ん? 貴様らさえ良ければ直ぐにでも来ていいぞ? 私からすれば王国に通うよりも楽だしな。なんなら始まりの黒を脱出したその足で帝国に招待しても構わんぞ?」
前々から決まっていた帝国観光の話は、帝国側の用意は既に整っているようだ。
確かに即位式まで待ってもらうって話だったから、即位式が終わったタイミングで招待できるように準備しておくのは当たり前かぁ。
ヴェルモート帝国にあるという海も見てみたいし、移動魔法が普及しているこの世界では別荘暮らしをしながら仕事をするのも簡単だ。
ヴェルモート帝国でバカンスを楽しみながらエルフェリアの経過観察や、教会の旧本部施設の調査を行うのもなんら問題はない。
これはあとでみんなと相談して、反対意見が無ければそのまま行っちゃおうか、ヴェルモート帝国。
その後数時間程度待たされる事になったのだが、カレン陛下との談笑が思いのほか盛り上がり、あまり退屈せずに出発の時を迎える事になった。
城から支給された5日分ほどの水と食料を受け取り、始まりの黒の入り口である始黒門に足を運んだ。
「アナザーポータルがあるとは言え、備えは必要か。でも本当にカレン陛下の分までこっちで管理していいんです?」
「無論だ。私は友人のことを疑う気はないからな。それに荷物を持っていてはいざという時に戦えん。貴様らよりも実力の劣る私はなるべく身軽でいたいのだ」
「現実的ですね。皇帝としてのプライドよりも安全を優先するってことですか……って、あれ?」
俺達が始黒門に到着すると、既に20~30名の人が始黒門の周りで待機していた。
そこでどっかの馬鹿殿下ことバルバロイ殿下が、ニヤニヤしながらこっちを見ているのがちょっと気に障るんだけど……。
その馬鹿殿下の隣りに立っている人物が問題だ。
「……どういうことだ? 何故貴様がここに居る、カルナス……!?」
その人物を見て、カレン陛下が不愉快そうに眉を顰める。
馬鹿殿下の隣りに立ってこちらを静かに見据えているのは、カレン陛下の護衛を解任され他帝国最強の剣士、カルナス将軍だった。
カレン陛下が何も聞いていないっぽいのも気になるけど、なんでよりにもよって馬鹿殿下と一緒にいるんだ、この男?
顔を合わせるなり、ゴブトゴさんが重めのジャブを放ってくる。
ゴブトゴさんとの待ち合わせに遅れたことってそんなに無いはずなんだけど、すっかり俺は時間ギリギリまでみんなとイチャつく男として認識されてしまっているようだ。
……俺自身はあんまり遅れたことないけど、もしかしたら他のみんなは結構毎回遅れてたりしたのかもしれない。猛省しよう。
エルフェリア精霊国から帰還した俺達は、手早く入浴と食事を済ませてスペルディア王城に顔を出した。
今回は家族全員で参加することを認めさせてあるので、キュールやシャロは勿論、チャールとシーズも一緒に始まりの黒に潜る予定だ。
食事も入浴も多少急いだ自覚はあるけど、それ以上に異界の扉の前でひと晩中みんなとイチャイチャ出来たからか、今日は割とスムーズに家を出ることが出来たのが幸いしたようだ。
いつも出かける時は、玄関から外に出るのが1番大変だもんね。主に俺のせいで。
登城した俺達は、どっかの馬鹿殿下あたりに絡まれないようにと直ぐにゴブトゴさんが引き取ってくれて、今はゴブトゴさんの執務室でのんびりと談笑中というわけだ。
さすがは宰相の執務室だけあって、我が家の家族全員が寛ぐにも十分な広さだ。
「別にダン殿の遅刻を見込んでいたわけではないが、まだこちら側の準備が整っていなくてな。悪いがここで暫く待ってもらう事になるぞ」
「へ? 準備が整っていない割にはゴブトゴさんはのんびりしてるね?」
「無論私の準備は終わっている。なんやかんやとゴタゴタしているのは王族の方たちでな。彼らの要望を聞いていたら日が暮れてしまうから、時間だけ決めて放置して来たのだよ」
「相変わらず王族に容赦ないね……。でも今日の準備に限らず、ゴブトゴさんっていっつも忙しなく動き回ってるイメージがあるんだけど、他の仕事も大丈夫なの?」
「おかげさまでな。ダン殿とシャーロット様のおかげで即位式は大盛況のまま幕を閉じた。王国民も皆前向きになってくれていて治安も非常に良い状態が続いていて、余計な仕事が一切無いのだ。おかげで昨晩はぐっすりと休ませて貰ったよ」
おお、そんなつもりはなかったけれど、即位式の成功はゴブトゴさんの業務を減らす効果もあったらしい。
昨晩俺達が異界の扉の前でイチャついている頃、ゴブトゴさんは久しぶりに家族とゆっくり過ごしたそうだ。
「正直な話をさせてもらうのなら、地域監査員がごっそりと居なくなってしまっているからな。王国の運営にも少なからず悪影響は出るだろう。が、今は気にしない事にしたのだ。王国民が前向きであるなら、宰相の私が暗い顔をするのもつまらんからな」
「あ~……追放した本人だからあまり口出し出来ないけど、今までは地域監査員に依存しすぎてた印象はあるよ。王国の9割くらいの貴族は腑抜けだったからさぁ」
「ははっ。ダン殿は優しいな。はっきり領主共は無能だと言えばいいものを。だが笑ってもいられん。新王の即位に託けてなんとか是正していければいいんだが……」
「失礼しますゴブトゴ様。ヴェルモート帝国皇帝、カレン・ラインフェルド様がお見えになりましたがどちらにお通しすれば良いでしょう?」
ゴブトゴさんと話していると、執務室の外からカレン陛下の到着を告げられる。
新しい王様が即位しても、賓客の対応を求められるのは宰相のゴブトゴさんのようだ。
部屋の扉は閉じたままで、扉の向こうに入る兵士さんに声をかけるゴブトゴさん。
「ご苦労。両王陛下には報告してあるな? 何か要望はありそうだったか?」
「いえ、両陛下ともゴブトゴ様の判断に従うと仰っております。必要だと判断したら遠慮なく呼び出して欲しいと」
「なるほど。始まりの黒に向かう前に両陛下にも挨拶して欲しいところだが、とりあえずカレン陛下はここにお通ししてくれ。両陛下には改めてご報告させてもらうと伝えるように」
「はっ! それでは失礼します!」
扉の前の兵士さんが去っていく。
しかし、即位した両陛下もゴブトゴさんの指示に従うなら、実質ゴブトゴさんがスペルド王国の支配者なのでは?
まぁ判断に従うとあえて明言している以上、持っている権限は宰相のゴブトゴさんよりも王である両陛下の方が上なんだろうけど。って当たり前か。
「っていうかゴブトゴさん。隣国の皇帝陛下を宰相の執務室なんかに通してよかったの?」
「カレン陛下がそういったことを気にしない方なのは分かっている。カレン陛下ならダン殿やキュール殿の居るこの場に通されることを望むはずだしな」
「ああ、それはそうだろうけど……」
確かにあのカレン陛下なら、王国との外交よりも友人である俺やキュールと親交を深めようとこっちに接触してくる気はする。
だけど王国のメンツ的に、隣国のトップを宰相の執務室に通すのはありなんだろうか……?
「カレン陛下に合わせて俺らが移動しても構わなかったよ? あまり俺達に気を使う必要は……」
「気を使っているわけではないのだが……。ダン殿に城の中をあまり歩き回られると問題が起きそうでなぁ……」
「ひどっ!? 主に馬鹿殿下のことだろうけど、それって俺のせいじゃなくない!?」
「それにダン殿だけでなく、カレン陛下もあまりスペルディア王族とは上手くいってなくてな……。王族の方に不用意に会わせたくないのだ」
おや? どうやら俺に対する軽いディスりはゴブトゴさんなりのジョークだったようだ。
俺に城の中を歩いて欲しくないのは本当なんだろうけれど、カレン陛下をこっちに通した理由は俺だけじゃないらしい。
「シモン陛下を袖にしたことで嫌われてるって話は聞いてるけど、他の王族とも仲が悪いの?」
「悪い、というかカレン陛下が一方的に嫌っている形だな。だが無理も無いのだ。カレン陛下を出世や保身に利用しようとする者、女性としての関係を迫るものなど、この国の宰相として恥ずかしくなるほどだからな」
「うわぁ……。あの親にしてその子ありって感じなのね……」
先王のシモン陛下とは仲が悪いとは聞いていたけど、その子供達も大概だったみたいだなぁ。
よくよく考えれば、無能が故にレガリアに担がれたスペルディア家と、実力主義のヴェルモート帝国で皇帝に君臨するカレン陛下は、どう頑張っても相容れる訳ない気がするね?
「失礼します。カレン陛下をお連れしました」
「入っていただいてくれ」
「失礼します。どうぞご入室ください」
「失礼するぞ宰相殿……っと、ダンとキュールではないか! なるほど、宰相殿は気が利いているなっ」
部屋に入室した瞬間に俺達に気付いたカレン陛下は、破顔一笑して即座に俺の隣りに腰を下ろした。
……なんで俺の隣りなんだよ? キュールの隣りに……って、キュールが微妙に助かった~って顔をしているな?
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「はっはっは! キュールは微妙に嫌そうな顔をしていたからなっ! いつも嫌そうにしてるダンの方がまだマシだと思ったのだ!」
「嫌そうな顔をしてたから近付いたと言われると打つ手がありませんが……」
だろう? と得意げに笑顔を浮かべるカレン陛下。
何気にこの人、距離の縮め方がエグくない?
「つうかお1人なんです? 俺達の家に1人で来るのも信じられないのに、王国の中枢にお1人で来るとか正気です?」
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「まぁな。帝国の上層部は貴様との交流の重要度は認めたが、王国との付き合いを未だあまり重要視しておらんのだ。なので王国に行くなら勝手にどうぞ、と追い出されてきたのだ」
いちいち茶化しながら説明されるから分かりにくいけれど、ヴェルモート帝国側がスペルド王国との国交を重要視していないのは恐らく本当なのだろう。
そもそも今回の趣旨がイントルーダーの体験会なんだけど、イントルーダーって存在自体が殆ど知られていないから、今日の集まりの重要性を理解出来ていないのか。
いや、それにしたって皇帝独りで送り出すかねぇ?
「ダンが訝しがるのも分かるが、こう見えて私はカルナス将軍に次ぐ程度の戦闘能力は持っているのだぞ? ゆえに自分より弱い護衛など連れて歩きたくもないのでな、こうして1人で行動させてもらっているわけだ」
「あ~……。護衛の必要が無いんじゃなくて、護衛の意味が無いってことですかぁ」
カレン陛下より腕の立つ護衛を用意できないなら、むしろ単独で行動する方が理に適っている気がする。
自分より実力の劣る護衛なんて邪魔なだけだし、役に立てるなら壁としてだ。
しかし壁にしてしまうと、せっかくの人材を無駄にしてしまうことになるからな。
ならばいっそ独りでって流れなのだとしたら、カレン陛下は帝国民に随分信用されているんだろうね。
「ということで、本日は貴様やキュールの友人として貴様らと共に行動させてもらいたい。面倒をかけるが宜しく頼む」
「俺としては構わないですけど、マーガレット、ガルシア両陛下と親睦を深めなくていいんです? ってか深めなくていいのゴブトゴさん?」
「ふむ。一応両陛下にもお伺いを立ててみるが問題ないと思っている。今回はイントルーダーを出現させるのが目的で、それなりの危険が想定されている場だからな。カレン陛下が安全だと判断する行動を優先すべきだろう」
「本当に大丈夫? 王国のメンツを潰したーとかで恨まれたりしない?」
「確かにその可能性はあるが、アウターエフェクトでさえ両陛下とバルバロイ殿下くらいしか遭遇経験がない話だ。イントルーダーという未知の脅威に備えるのは難しいだろう。イントルーダーとの遭遇経験のある両陛下なら下らぬプライドに囚われることもないだろうしな」
へぇ? 馬鹿殿下ってアウターエフェクトとの遭遇経験はあるんだ? 意外と言えば意外だな。
しかしゴブトゴさんの言う通り、マグナトネリコが原因で解散したっぽい断魔の煌き出身の両陛下なら、イントルーダーに対して変に見栄を張ったりすることなく現実的な対応をしてくれるのかもしれない。
「さて。それでは私は王族の皆様の様子を見てくるとしよう。一応時間は決めたが、連中がごねたら多少時間が前後するやもしれん。ダン殿とカレン陛下にはもう少し待ってもらう事になるだろう」
「ん、了解。ただ始まりの黒の探索もしなきゃいけないわけだから、出発が遅れれば遅れるほど解散も遅くなるから気をつけてね」
「それもお伝えしてあるが、都合の悪い事は記憶に留めてくれないのが馬鹿どもでな。自分が出発を遅らせておきながら解散が遅れるとゴネるのがスペルディア王家の連中だ。連中に理屈は通じんよ」
「うわ……。お近づきになりたくねぇ~……」
「後で軽食でも運ばせよう。先の事は一旦忘れて寛いでいてくれ。では失礼する」
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「ほう? それは初耳だったが問題ない。始まりの黒に潜る機会など今回を置いて他にあろうはずも無いからな。別のアウターには影響は無いのだろう?」
「ええ。あくまでイントルーダーを討伐したアウターに限った話です。帝国領のアウターでは通常通り魔物が襲ってくるはずですよ」
「くくく。貴様らだけしか知りえぬ情報はまだまだありそうだな? 貴様らを帝国に招く日が楽しみだ」
「あ~そんな話もありましたね。ちなみにそれっていつ頃になりそうなんですか?」
「ん? 貴様らさえ良ければ直ぐにでも来ていいぞ? 私からすれば王国に通うよりも楽だしな。なんなら始まりの黒を脱出したその足で帝国に招待しても構わんぞ?」
前々から決まっていた帝国観光の話は、帝国側の用意は既に整っているようだ。
確かに即位式まで待ってもらうって話だったから、即位式が終わったタイミングで招待できるように準備しておくのは当たり前かぁ。
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これはあとでみんなと相談して、反対意見が無ければそのまま行っちゃおうか、ヴェルモート帝国。
その後数時間程度待たされる事になったのだが、カレン陛下との談笑が思いのほか盛り上がり、あまり退屈せずに出発の時を迎える事になった。
城から支給された5日分ほどの水と食料を受け取り、始まりの黒の入り口である始黒門に足を運んだ。
「アナザーポータルがあるとは言え、備えは必要か。でも本当にカレン陛下の分までこっちで管理していいんです?」
「無論だ。私は友人のことを疑う気はないからな。それに荷物を持っていてはいざという時に戦えん。貴様らよりも実力の劣る私はなるべく身軽でいたいのだ」
「現実的ですね。皇帝としてのプライドよりも安全を優先するってことですか……って、あれ?」
俺達が始黒門に到着すると、既に20~30名の人が始黒門の周りで待機していた。
そこでどっかの馬鹿殿下ことバルバロイ殿下が、ニヤニヤしながらこっちを見ているのがちょっと気に障るんだけど……。
その馬鹿殿下の隣りに立っている人物が問題だ。
「……どういうことだ? 何故貴様がここに居る、カルナス……!?」
その人物を見て、カレン陛下が不愉快そうに眉を顰める。
馬鹿殿下の隣りに立ってこちらを静かに見据えているのは、カレン陛下の護衛を解任され他帝国最強の剣士、カルナス将軍だった。
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