646 / 878
最新章
646 皇帝
しおりを挟む
「ぐあぁ……! い、いったいなにをしたっ……!?」
飛び退いたせいでバックリと切り裂かれてしまった右足を押さえながら、地面に蹲る護衛の男。
そんな男を指しながら、ほらね? とカレン陛下に声をかける。
「ご覧の通り、この男じゃ実力が足りてません。なので力ずくで神器をお譲りするのは難しいんですよねー」
「これを……貴様がやったと言うのかっ!? い、いったいなにを……!?」
「単純にその人の剣を根元から叩き折って、折った刀身を右足に突き刺しただけですよ? そこまでバックリいっちゃったのは、剣を突き立てられた事にも気づかず後退しようとしたその人の自業自得ですね」
まさか剣が刺さってる状態でバックステップするとは思わなかったんだよなぁ。
おかげで想定よりも随分と大怪我を負わせてしまったよ。
……なんかさっきからこの2人に対して、想定外の大怪我を負わせばかりじゃない?
見た目的にもグロいし、治療しちゃおうか。
「それじゃあちょっと失礼しますねー?」
「くっ、来るな……! く、くそっ……! 剣さえ、剣さえあれば……!」
せっかく治療魔法を使おうとしてるのに、近付く俺に怯えて後ずさっていく男。
治療魔法は距離があると効果が届かないんだから、逃げるんじゃないっての。
「痛かったら右手を上げてくださいねー? 生命の黒。再生の銀。活力の赤。刻みし針を戻して治せ。流れし時を早めて癒せ。我願うは命の灯火。神意を纏いて轟く福音。キュアライトー、っと」
「なっ……」
「欠損してないなら、多分俺の治療魔法で事足りると思うけど……。完治しなかったら言ってください。その時はごめんって謝りますんで」
「謝るだけ!? そこは何とかしてくれるんじゃないのかっ!?」
流石に治療中の男は反応せず、カレン陛下が思い切りツッコミを入れてくれた。
治療中の男のほうは、次第に閉じていく自分の右足を固唾を飲んで見守っている。
「いや、キュアライトで治せなかったらお手上げですよ。俺はエリクシールなんて持ってませんから」
「あっ……。いや、つい口を挟んでしまったが、治療魔法を施してもらえるだけでもありがたい。あの一瞬で殺されてもおかしくなかっただろうに……。礼を言う」
今場硬直気味の男に変わって、皇帝カレンの方が俺に感謝を述べてくる。
なんかこの護衛の人、うちに来てからずっと空回りして陛下に迷惑かけてない?
護衛の男はなんの反応も返してくれないけれど、ここから見る限りでは右足は完治してるっぽいかな?
「さてカレン陛下。今日のところはこれでお引取り願えませんかね?」
「……えっ!?」
感謝の言葉から一転、帰れという俺の言葉に仰天する陛下。
えっ、じゃないよ。
神器を渡せないなら、これ以上アンタらに付き合うメリットなんか無いっての。
「い、いや……! 貴様には悪いが、こちらにも引けぬ事情が……」
「任意での譲渡も、力ずくでの奪取も出来ないんじゃ、現時点で神器をお渡しする方法が無いでしょう? そして陛下の用件は神器の譲渡だったはず。ならこれ以上ここに居ても時間の無駄では?」
「待て待て待て待てっ!! 確かに最終的な目的は神器の獲得だっ、それは認めるっ! だが、流石に今日明日で神器を譲ってもらうつもりでいたわけではないぞっ!?」
「あ、そうなんですか?」
「キュールと貴様の婚姻祝いをきっかけに、まずは貴様と顔を繋ごうとしか思ってなかったからなっ!? 性急に話が進みすぎて、私の方が困惑しているのだぞっ!?」
あ~。そう言えばキュールのお祝いに来たとは言ってたっけ。
じゃあ陛下的には今日は本当に挨拶だけのつもりで、軽い気持ちで足を運んだのかもしれないな?
「……あれ? じゃあなんでこんな流れになったんだっけ?」
「貴様が我らの応対を面倒臭がったからではないかーーーーっ!!」
ボソッと呟いた俺の独り言を耳聡く拾ったカレン陛下は、魂から搾り出すような渾身のツッコミを俺に浴びせてくる。
エルフの姫であるリーチェもツッコミ属性持ちだし、この世界では身分が高くなるほどツッコミ適性が増していくんだろうか?
「あ~そうでしたそうでした。応対が面倒臭い上に神器も手放せるなら一石二鳥って感じで、つい?」
「つい、じゃないわっ!! 確かに場所の移動を嫌ったのは私だが、そこからまさか神器の譲渡の話まで飛躍するとは夢にも思っていなかったぞっ!? 突然神器を放棄された此方の身にもなってくれぇ……!!」
「…………ぷっ」
ツッコミが止まらないカレン陛下の様子を見たキュールが、堪えきれないといった様子で笑い出す。
「あっはっは! 陛下のこんなに取り乱した姿は初めて見るよ! どうやら夫の紹介はこれ以上必要なさそうですね?」
「嫌というほど思い知らされたよっ! むしろキュールがどうやってこの男に寄り添っているのか、そっちの方に興味が湧いてきたくらいだっ!」
「いや~、寄り添っていると言うか押しかけたと言うか、ちょっと説明が難しいところですねぇ……」
照れ臭そうに頭を掻きながら、ちょっと待ってくださいねと、俺の方に向き直るキュール。
「ごめんダンさん。出来れば陛下の話を聞いてあげてくれないかな?」
「よく言ってくれたキュールーーっ! 頼む! 話をさせてくれーーーっ!」
「家にお招きするのが嫌なら場所は変えてもいいよ。王城はお嫌みたいだけどね。……ダメかな?」
普段のぶっきらぼうで飄々とした態度と違い、申し訳無さそうに上目遣いでお願いしてくるキュール。
キュールが研究のこと以外で上目遣いでおねだりしてくるなんて、カレン陛下のことを思いのほか大事に思っているようだ。
とりあえず上目遣いが可愛かったので、抱き寄せて唇を重ねる事にする。
「ん、待って……。待ってダンさん。陛下が、陛下が見て……んっ……」
甘い吐息で素敵な事を呟くものだから、『かつての上司の前で夫と唇を重ねる行為に恥じらいを感じるキュール』という素敵なシチュエーションを暫く堪能してしまった。
1分以上たっぷりとキュールの恥じらいを堪能している間、カレン陛下は少し呆れたような顔を浮かべつつも大人しく待ってくれていた。
「はぁぁ……。恥じらうキュール、滅茶苦茶可愛かったよ~。今夜はいっぱい可愛がってあげるからねっ」
「や、やりすぎだからぁ……。足、力入らない~……」
「大丈夫大丈夫。ちゃーんとだっこしててあげるからねー」
腰砕けになったキュールを、さっとお姫様抱っこする。
そのシチュエーションにまた赤面しながら、腕の中でバタバタと力なく暴れるキュールが最高に可愛いっ。
「こーらキュール。あんまり暴れると、また力が抜けるまでキスしちゃうよ?」
「下~ろ~し~て~っ……! 陛下の前でなにしてるのさぁ……!」
「何って、夫婦円満なところを見ていただいてるだけだよ。せっかく婚姻のお祝いに来てくださったんだからね。仲睦まじいところも見せておかないと。ちゅっちゅっ」
「や~め~て~っ! あとで好きにしていいから、陛下の前では自重して……。んっ……。み、見ないで陛下ぁ……んん……」
バタバタと脱出を試みるキュールに、宣言通りキスの爆撃を開始する。
普段あまり恥じらいを持たないキュールが恥ずかしがる姿が、ここまでの興奮を生み出すとはっ……!
口が離れた瞬間に陛下に懇願する姿とか、最高に興奮しちゃうなぁっ!
キュールの抵抗が無くなって、両腕がダラリと垂れ下がるまでひたすら舌を絡め合わせ、最後にキュールが反り返るほど強くした全体を吸い上げてからキスを終了した。
「えーっと、どうします陛下。この場で立ち話します? それとも場所を変えられますか?」
「ぅおいっ!? 今までの全ての流れを無視していきなり話を戻すんじゃないっ! っていうか話を続けてくれるのかっ!?」
「こんなに可愛いキュールが見れたのは陛下のおかげのようですしね。お礼というわけではありませんが、お話くらいはさせていただきますよ」
「良くやった……! 良くやったぞキュール……!」
噛み締めるようにキュールを賞賛するカレン陛下。
だけどキュール本人はぐったりしていて、せっかくの陛下のお言葉は耳に届いていないっぽいな?
「で、ではここで話をさせてくれ! 場所を変えている間に貴様の気が変わられては敵わんからなっ」
「陛下がそれでいいならいいんですけど……。皇帝陛下を立ち話させるなんて恐縮ですねぇ」
「今更過ぎるわそのリアクションはっ! 恐縮する場面は大分前にいくらでもあっただろうっ!?」
「ですが陛下。話と言っても、私と陛下の共通の話題と言ったら神器しかないのでは? 神器の話が進まない状態で、いったい何の話をされるおつもりでしょう?」
「私の話を聞いているのかいないのかハッキリしてくれぇ……! 貴様の情緒変化にまるでついていけぬではないかぁ……」
頭を抱えてしゃがみ込むカレン陛下。
カレン陛下が復活するまでは、キュールとのお楽しみを再開しちゃおーっ。ちゅっちゅ。
「オホン! 既に仲睦まじいようで何よりだが、改めて祝福させてくれ」
あ、どうやら陛下が復活したみたいだ。キュール、続きはまたあとでねー。
姿勢を正して俺とキュールに向き直った陛下は、穏やかな笑顔を浮かべて俺達を祝福してくれた。
「ダン。キュール。婚姻おめでとう。研究一筋のキュールに先を越されるとは夢にも思わなかったが、なぜか我が事のように嬉しく思うぞ。末永く幸せにな」
「陛下……。ありがとうございます。……夫の腕の中からで恐縮ですが」
未だ赤面しながら陛下に感謝を述べるキュール。
だけどいくら恐縮しても、絶対に逃がしてあげないよーっ?
「ですが、陛下なら相手は選り取り見取りでしょう? 私に先を越されたと仰るくらいなら、陛下もお相手を探されれば宜しいではないですか」
「ふんっ。確かに貴様の言う通りだがな。選べる相手の中に選びたい相手が含まれているとは限らんのだ」
「…………っ」
ん? 護衛の男が何かをグッと飲み込んだような顔をしているぞ?
今の陛下の言葉に反応したのだとしたら、陛下に惚れてるのかなこの男。
だとしたら今の反応は、陛下に選んでもらえないのか、陛下が選べる相手の中に自分が含まれていないのか……。
「私の話はいいのだ。どうせ今は情勢が不安定で、色恋に現を抜かしている余裕など無いしな」
「情勢が不安定って?」
この世界ってスペルド王国、ヴェルモート帝国、エルフェリア精霊国の3国しか存在してなくて、エルフェリアは滅亡寸前、スペルドはレガリアに牙を抜かれてスッカスカのはず。
帝国の規模は知らないけど、国相手ににちょっかいを出すような勢力が他にいるのかな?
「我が帝国は実力主義を掲げている国家なのだがなぁ。それゆえに皇帝の座も絶対では無いのだ」
「ああ。情勢って帝国内の話なんですね。でも、皇帝って世襲じゃないんですか?」
「実力主義を掲げる国のトップが世襲制では格好がつかんだろうが。帝国民に最も支持されたものが皇帝となるのだ。極論を言えば、王国民の貴様だって皇帝になれるのがヴェルモート帝国だ」
どうやらこの世界の帝国は、出自も身分も一切問わず、実績による帝国民の信頼を勝ち得た者が皇帝となるらしい。
異世界なのに選挙制を採用しているのかな? なんて思ったらそれどころじゃなかった。
どうやら以前聞いたマジックアイテム、オーダーディフューザーが、帝国民の信頼を自動集計して皇帝を選出しているそうだ。
「国民の支持は常に記録されていてな。その合計値が年明けに公開されるのだ。1年を通して集計が行なわれる為、1度の失敗で即失脚する心配は無いが、常日頃から帝国民に審査されていると思わねばならんのだよ」
皇帝の任期は基本1年。
だけど国民から支持されれば、何年でも継続して皇帝となることも可能なんだそうだ。
「皇帝となって、今年で6年目となるのだがな。私はまだ22歳、地盤が固まっていないのだよ」
「えっ、22歳で6年目って……。陛下は16歳の頃から肯定として君臨されてるんですかっ……!?」
「まぁな。だが油断は出来んのだ。今は若さと容姿で嵩増ししている状態だからな。容姿は加齢と共にどうしても劣化してしまう。ゆえに私の支持者は少しずつ、だが確実に減り始めているのだよ」
どうやら16歳という若さと、リーチェやフラッタと比べても遜色の無い美貌のおかげで、カレン陛下は帝国で絶大な人気を誇っているらしい。
そう。支持ではなくて人気なのだそうだ。
「皇帝の座を狙う者には老練な者が多いからな。確実に実績を重ねて、私の支持者を確実に奪い続けているのだよ。だから神器を手にして、私こそが皇帝であると示したかったのだがなぁ……」
「俺としても、陛下が受け取ってくれるならお預けしたいんですけどねぇ……」
いくら互いの利益が一致していても、肝心の神器を渡せないんじゃどうしようもない。
道具の癖に生意気だぞーってね。
「いやダンよ。先ほども言ったが、今日中に神器を手に入れるつもりは流石に無かったのだ」
「あ、確かに仰ってましたね。ってことは、本日は本気で挨拶にいらしたんですか」
「そうだぞ? キュールの婚姻祝いに託けた貴様との顔合わせだったのだ。どうやら神器もまだまだ受け取れそうもないが、予定通りと言えば予定通りではあったかもな」
にやりと笑った陛下は、服が破けて肌が露出している右手を俺に差し出した。
「神器の所有者ダンよ。ヴェルモート帝国皇帝、カレン・ラインフェルドだ。神器を受け取ってやれなくて済まないが、まずは私と友人になってはくれないか?」
「妻の友人である陛下と親しくさせていただくのは構わないんですけど……」
「けど、なんだ?」
「私の両手は現在妻を支えるのに精一杯でして……。握手はまた今度にしていただけませんかね?」
俺が握手を断る理由を聞いた陛下は、一瞬きょとんとした表情を浮かべたあと、腹を抱えて笑い出した。
陛下に笑われているキュールが、赤面しながら恥ずかしそうに縮こまっているのが可愛すぎるぅ。
ひとしきり笑った皇帝カレンは、握手は俺の手が空いている時に、次回は必ず先触れを出すと言い残して、護衛の男と共にようやく帰ってくれたのだった。
飛び退いたせいでバックリと切り裂かれてしまった右足を押さえながら、地面に蹲る護衛の男。
そんな男を指しながら、ほらね? とカレン陛下に声をかける。
「ご覧の通り、この男じゃ実力が足りてません。なので力ずくで神器をお譲りするのは難しいんですよねー」
「これを……貴様がやったと言うのかっ!? い、いったいなにを……!?」
「単純にその人の剣を根元から叩き折って、折った刀身を右足に突き刺しただけですよ? そこまでバックリいっちゃったのは、剣を突き立てられた事にも気づかず後退しようとしたその人の自業自得ですね」
まさか剣が刺さってる状態でバックステップするとは思わなかったんだよなぁ。
おかげで想定よりも随分と大怪我を負わせてしまったよ。
……なんかさっきからこの2人に対して、想定外の大怪我を負わせばかりじゃない?
見た目的にもグロいし、治療しちゃおうか。
「それじゃあちょっと失礼しますねー?」
「くっ、来るな……! く、くそっ……! 剣さえ、剣さえあれば……!」
せっかく治療魔法を使おうとしてるのに、近付く俺に怯えて後ずさっていく男。
治療魔法は距離があると効果が届かないんだから、逃げるんじゃないっての。
「痛かったら右手を上げてくださいねー? 生命の黒。再生の銀。活力の赤。刻みし針を戻して治せ。流れし時を早めて癒せ。我願うは命の灯火。神意を纏いて轟く福音。キュアライトー、っと」
「なっ……」
「欠損してないなら、多分俺の治療魔法で事足りると思うけど……。完治しなかったら言ってください。その時はごめんって謝りますんで」
「謝るだけ!? そこは何とかしてくれるんじゃないのかっ!?」
流石に治療中の男は反応せず、カレン陛下が思い切りツッコミを入れてくれた。
治療中の男のほうは、次第に閉じていく自分の右足を固唾を飲んで見守っている。
「いや、キュアライトで治せなかったらお手上げですよ。俺はエリクシールなんて持ってませんから」
「あっ……。いや、つい口を挟んでしまったが、治療魔法を施してもらえるだけでもありがたい。あの一瞬で殺されてもおかしくなかっただろうに……。礼を言う」
今場硬直気味の男に変わって、皇帝カレンの方が俺に感謝を述べてくる。
なんかこの護衛の人、うちに来てからずっと空回りして陛下に迷惑かけてない?
護衛の男はなんの反応も返してくれないけれど、ここから見る限りでは右足は完治してるっぽいかな?
「さてカレン陛下。今日のところはこれでお引取り願えませんかね?」
「……えっ!?」
感謝の言葉から一転、帰れという俺の言葉に仰天する陛下。
えっ、じゃないよ。
神器を渡せないなら、これ以上アンタらに付き合うメリットなんか無いっての。
「い、いや……! 貴様には悪いが、こちらにも引けぬ事情が……」
「任意での譲渡も、力ずくでの奪取も出来ないんじゃ、現時点で神器をお渡しする方法が無いでしょう? そして陛下の用件は神器の譲渡だったはず。ならこれ以上ここに居ても時間の無駄では?」
「待て待て待て待てっ!! 確かに最終的な目的は神器の獲得だっ、それは認めるっ! だが、流石に今日明日で神器を譲ってもらうつもりでいたわけではないぞっ!?」
「あ、そうなんですか?」
「キュールと貴様の婚姻祝いをきっかけに、まずは貴様と顔を繋ごうとしか思ってなかったからなっ!? 性急に話が進みすぎて、私の方が困惑しているのだぞっ!?」
あ~。そう言えばキュールのお祝いに来たとは言ってたっけ。
じゃあ陛下的には今日は本当に挨拶だけのつもりで、軽い気持ちで足を運んだのかもしれないな?
「……あれ? じゃあなんでこんな流れになったんだっけ?」
「貴様が我らの応対を面倒臭がったからではないかーーーーっ!!」
ボソッと呟いた俺の独り言を耳聡く拾ったカレン陛下は、魂から搾り出すような渾身のツッコミを俺に浴びせてくる。
エルフの姫であるリーチェもツッコミ属性持ちだし、この世界では身分が高くなるほどツッコミ適性が増していくんだろうか?
「あ~そうでしたそうでした。応対が面倒臭い上に神器も手放せるなら一石二鳥って感じで、つい?」
「つい、じゃないわっ!! 確かに場所の移動を嫌ったのは私だが、そこからまさか神器の譲渡の話まで飛躍するとは夢にも思っていなかったぞっ!? 突然神器を放棄された此方の身にもなってくれぇ……!!」
「…………ぷっ」
ツッコミが止まらないカレン陛下の様子を見たキュールが、堪えきれないといった様子で笑い出す。
「あっはっは! 陛下のこんなに取り乱した姿は初めて見るよ! どうやら夫の紹介はこれ以上必要なさそうですね?」
「嫌というほど思い知らされたよっ! むしろキュールがどうやってこの男に寄り添っているのか、そっちの方に興味が湧いてきたくらいだっ!」
「いや~、寄り添っていると言うか押しかけたと言うか、ちょっと説明が難しいところですねぇ……」
照れ臭そうに頭を掻きながら、ちょっと待ってくださいねと、俺の方に向き直るキュール。
「ごめんダンさん。出来れば陛下の話を聞いてあげてくれないかな?」
「よく言ってくれたキュールーーっ! 頼む! 話をさせてくれーーーっ!」
「家にお招きするのが嫌なら場所は変えてもいいよ。王城はお嫌みたいだけどね。……ダメかな?」
普段のぶっきらぼうで飄々とした態度と違い、申し訳無さそうに上目遣いでお願いしてくるキュール。
キュールが研究のこと以外で上目遣いでおねだりしてくるなんて、カレン陛下のことを思いのほか大事に思っているようだ。
とりあえず上目遣いが可愛かったので、抱き寄せて唇を重ねる事にする。
「ん、待って……。待ってダンさん。陛下が、陛下が見て……んっ……」
甘い吐息で素敵な事を呟くものだから、『かつての上司の前で夫と唇を重ねる行為に恥じらいを感じるキュール』という素敵なシチュエーションを暫く堪能してしまった。
1分以上たっぷりとキュールの恥じらいを堪能している間、カレン陛下は少し呆れたような顔を浮かべつつも大人しく待ってくれていた。
「はぁぁ……。恥じらうキュール、滅茶苦茶可愛かったよ~。今夜はいっぱい可愛がってあげるからねっ」
「や、やりすぎだからぁ……。足、力入らない~……」
「大丈夫大丈夫。ちゃーんとだっこしててあげるからねー」
腰砕けになったキュールを、さっとお姫様抱っこする。
そのシチュエーションにまた赤面しながら、腕の中でバタバタと力なく暴れるキュールが最高に可愛いっ。
「こーらキュール。あんまり暴れると、また力が抜けるまでキスしちゃうよ?」
「下~ろ~し~て~っ……! 陛下の前でなにしてるのさぁ……!」
「何って、夫婦円満なところを見ていただいてるだけだよ。せっかく婚姻のお祝いに来てくださったんだからね。仲睦まじいところも見せておかないと。ちゅっちゅっ」
「や~め~て~っ! あとで好きにしていいから、陛下の前では自重して……。んっ……。み、見ないで陛下ぁ……んん……」
バタバタと脱出を試みるキュールに、宣言通りキスの爆撃を開始する。
普段あまり恥じらいを持たないキュールが恥ずかしがる姿が、ここまでの興奮を生み出すとはっ……!
口が離れた瞬間に陛下に懇願する姿とか、最高に興奮しちゃうなぁっ!
キュールの抵抗が無くなって、両腕がダラリと垂れ下がるまでひたすら舌を絡め合わせ、最後にキュールが反り返るほど強くした全体を吸い上げてからキスを終了した。
「えーっと、どうします陛下。この場で立ち話します? それとも場所を変えられますか?」
「ぅおいっ!? 今までの全ての流れを無視していきなり話を戻すんじゃないっ! っていうか話を続けてくれるのかっ!?」
「こんなに可愛いキュールが見れたのは陛下のおかげのようですしね。お礼というわけではありませんが、お話くらいはさせていただきますよ」
「良くやった……! 良くやったぞキュール……!」
噛み締めるようにキュールを賞賛するカレン陛下。
だけどキュール本人はぐったりしていて、せっかくの陛下のお言葉は耳に届いていないっぽいな?
「で、ではここで話をさせてくれ! 場所を変えている間に貴様の気が変わられては敵わんからなっ」
「陛下がそれでいいならいいんですけど……。皇帝陛下を立ち話させるなんて恐縮ですねぇ」
「今更過ぎるわそのリアクションはっ! 恐縮する場面は大分前にいくらでもあっただろうっ!?」
「ですが陛下。話と言っても、私と陛下の共通の話題と言ったら神器しかないのでは? 神器の話が進まない状態で、いったい何の話をされるおつもりでしょう?」
「私の話を聞いているのかいないのかハッキリしてくれぇ……! 貴様の情緒変化にまるでついていけぬではないかぁ……」
頭を抱えてしゃがみ込むカレン陛下。
カレン陛下が復活するまでは、キュールとのお楽しみを再開しちゃおーっ。ちゅっちゅ。
「オホン! 既に仲睦まじいようで何よりだが、改めて祝福させてくれ」
あ、どうやら陛下が復活したみたいだ。キュール、続きはまたあとでねー。
姿勢を正して俺とキュールに向き直った陛下は、穏やかな笑顔を浮かべて俺達を祝福してくれた。
「ダン。キュール。婚姻おめでとう。研究一筋のキュールに先を越されるとは夢にも思わなかったが、なぜか我が事のように嬉しく思うぞ。末永く幸せにな」
「陛下……。ありがとうございます。……夫の腕の中からで恐縮ですが」
未だ赤面しながら陛下に感謝を述べるキュール。
だけどいくら恐縮しても、絶対に逃がしてあげないよーっ?
「ですが、陛下なら相手は選り取り見取りでしょう? 私に先を越されたと仰るくらいなら、陛下もお相手を探されれば宜しいではないですか」
「ふんっ。確かに貴様の言う通りだがな。選べる相手の中に選びたい相手が含まれているとは限らんのだ」
「…………っ」
ん? 護衛の男が何かをグッと飲み込んだような顔をしているぞ?
今の陛下の言葉に反応したのだとしたら、陛下に惚れてるのかなこの男。
だとしたら今の反応は、陛下に選んでもらえないのか、陛下が選べる相手の中に自分が含まれていないのか……。
「私の話はいいのだ。どうせ今は情勢が不安定で、色恋に現を抜かしている余裕など無いしな」
「情勢が不安定って?」
この世界ってスペルド王国、ヴェルモート帝国、エルフェリア精霊国の3国しか存在してなくて、エルフェリアは滅亡寸前、スペルドはレガリアに牙を抜かれてスッカスカのはず。
帝国の規模は知らないけど、国相手ににちょっかいを出すような勢力が他にいるのかな?
「我が帝国は実力主義を掲げている国家なのだがなぁ。それゆえに皇帝の座も絶対では無いのだ」
「ああ。情勢って帝国内の話なんですね。でも、皇帝って世襲じゃないんですか?」
「実力主義を掲げる国のトップが世襲制では格好がつかんだろうが。帝国民に最も支持されたものが皇帝となるのだ。極論を言えば、王国民の貴様だって皇帝になれるのがヴェルモート帝国だ」
どうやらこの世界の帝国は、出自も身分も一切問わず、実績による帝国民の信頼を勝ち得た者が皇帝となるらしい。
異世界なのに選挙制を採用しているのかな? なんて思ったらそれどころじゃなかった。
どうやら以前聞いたマジックアイテム、オーダーディフューザーが、帝国民の信頼を自動集計して皇帝を選出しているそうだ。
「国民の支持は常に記録されていてな。その合計値が年明けに公開されるのだ。1年を通して集計が行なわれる為、1度の失敗で即失脚する心配は無いが、常日頃から帝国民に審査されていると思わねばならんのだよ」
皇帝の任期は基本1年。
だけど国民から支持されれば、何年でも継続して皇帝となることも可能なんだそうだ。
「皇帝となって、今年で6年目となるのだがな。私はまだ22歳、地盤が固まっていないのだよ」
「えっ、22歳で6年目って……。陛下は16歳の頃から肯定として君臨されてるんですかっ……!?」
「まぁな。だが油断は出来んのだ。今は若さと容姿で嵩増ししている状態だからな。容姿は加齢と共にどうしても劣化してしまう。ゆえに私の支持者は少しずつ、だが確実に減り始めているのだよ」
どうやら16歳という若さと、リーチェやフラッタと比べても遜色の無い美貌のおかげで、カレン陛下は帝国で絶大な人気を誇っているらしい。
そう。支持ではなくて人気なのだそうだ。
「皇帝の座を狙う者には老練な者が多いからな。確実に実績を重ねて、私の支持者を確実に奪い続けているのだよ。だから神器を手にして、私こそが皇帝であると示したかったのだがなぁ……」
「俺としても、陛下が受け取ってくれるならお預けしたいんですけどねぇ……」
いくら互いの利益が一致していても、肝心の神器を渡せないんじゃどうしようもない。
道具の癖に生意気だぞーってね。
「いやダンよ。先ほども言ったが、今日中に神器を手に入れるつもりは流石に無かったのだ」
「あ、確かに仰ってましたね。ってことは、本日は本気で挨拶にいらしたんですか」
「そうだぞ? キュールの婚姻祝いに託けた貴様との顔合わせだったのだ。どうやら神器もまだまだ受け取れそうもないが、予定通りと言えば予定通りではあったかもな」
にやりと笑った陛下は、服が破けて肌が露出している右手を俺に差し出した。
「神器の所有者ダンよ。ヴェルモート帝国皇帝、カレン・ラインフェルドだ。神器を受け取ってやれなくて済まないが、まずは私と友人になってはくれないか?」
「妻の友人である陛下と親しくさせていただくのは構わないんですけど……」
「けど、なんだ?」
「私の両手は現在妻を支えるのに精一杯でして……。握手はまた今度にしていただけませんかね?」
俺が握手を断る理由を聞いた陛下は、一瞬きょとんとした表情を浮かべたあと、腹を抱えて笑い出した。
陛下に笑われているキュールが、赤面しながら恥ずかしそうに縮こまっているのが可愛すぎるぅ。
ひとしきり笑った皇帝カレンは、握手は俺の手が空いている時に、次回は必ず先触れを出すと言い残して、護衛の男と共にようやく帰ってくれたのだった。
1
お気に入りに追加
1,820
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます
neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。
松本は新しい世界で会社員となり働くこととなる。
ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。
PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる