異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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8章 新たな王と新たな時代2 亡霊と王

637 コスト (改)

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「ん~。おっきい家を建てておいて良かったのっ」


 せっせと書類を運びながら、溜め息混じりにニーナが呟く。


 ロストスペクター協力の下、レガリアが保管していた資料を全て押収したんだけど、その量は想像を遥かに超えていた。

 マグエルの自宅にはとても入りきらなそうだったので、ニーナに断ってアルフェッカ近郊の別荘に資料を運び込んでいるのだ。


「だけどお嫁さんじゃなくて書類を運び込む事になって、ちょっとだけ複雑なの~……」

「……ニーナ。この別荘を俺のお嫁さんで埋め尽くそうとしなくていいからね?」


 複雑そうな表情にニーナにちゅっとキスをして、俺は現状でも充分すぎるほど満足している事を行動で示していく。

 多分伝わらないだろうし、伝わってもお嫁さんを増やす流れに変わりは無いだろうけどなっ。


 手分けして資料を運び込みながら、キュールたち究明の道標の3人には早速資料の整理をお願いする。

 キュールに整理整頓は期待していないけれど、資料の分類には役に立てるだろう。


「優先して知りたいのは一般には知られていない歴史の真相と、ノーリッテが俺達に対して使用してきたマジックアイテムの製法だね。その辺を優先して整理してくれる?」

「ノーリッテがダンさんに使ってきたのって……。確か移魂の命石、呼び声の命石、貪汚の呪具にサモニングパイル、だったっけ?」

「さっすがキュール。当事者でもないのに良く覚えてるねぇ?」

「それだけ凶悪で印象に残るラインナップってことだよ。ダンさんが無事なのが信じられないくらいにね?」


 じゃあマジックアイテムから調べてみるねと、資料を厳選し始めるキュール。

 歴史学者っていうくらいだから歴史の資料を優先するかと思ったけど、レガリアの資料は全部読んだとか以前言ってたんだっけ。


「その中でも特に、貪汚の呪具のことは知っておきたいんだ。アウターを新しく生み出さなきゃいけない以上、異界の扉を開く参考にしたいからね」

「あれ? そっちは整合の魔器を研究することで実現を目指すんだと思ってたんだけど? 貪汚の呪具なんて危険なマジックアイテムを持ち出す必要あるのかい?」


 かつてノーリッテの研究に参加させられていただけあって、ノーリッテが使用してきた危険なマジックアイテムのことも詳細に把握している様子のキュール。

 新しいアウターの設置には、所有者の魂を媒介して異界の扉を開く貪汚の呪具ではなく、大気中の魔力を集めてアウターを生み出す整合の魔器を用いるべきではないのかと問いかけてくる。


「キュールの言いたいことは分かるし、貪汚の呪具をそのまま使って犠牲者を出すつもりはないんだ。だけどよく考えたら、整合の魔器の再現だけじゃ不十分な気がしてきてさぁ」

「……どういうことだい? レリックアイテムの再現だけでは不十分って?」

「いやさぁ。整合の魔器って大気中に漂ってる、いわば余分な魔力を集めてアウターを生み出すわけでしょ? それをもう1ヶ所に設置してしまったら、大気中の魔力を2分してしまうことになると思ってさ……」

「…………あっ」


 俺の指摘に固まってしまうキュール。


 やっぱキュールも失念してるよね。

 聖域の樹海は、他のアウターとは一線を画す場所だったって事を。


 他のアウターは異世界から魔力が流れ込んできた結果発生しているのに対し、聖域の樹海はこの世界に漂う魔力を用いてアウターを発生させるレリックアイテムで、両者の機能は本質的に異なってくる。

 簡単に区別するなら通常のアウターはこの世界の魔力を増やす為に機能していて、聖域の樹海は魔力を回収する役目を担っている場所なのだ。


 これから人口が増えていくと予想されるこの世界においては、新たに異界の扉を開いて魔力の総量を増やした方がいいはず。

 だから仮に整合の魔器をもう1つ設置する場合にも、それとは別に異界の扉を開くべき……というか開かないといけないはずなのだ。


「守人たちから聞いた限りだと、聖域の樹海って余分な魔力を森に変換する機能を持ってるって話だったでしょ。だから余剰分の魔力が無ければ新たなアウターが発生しない可能性もあると思うんだ」

「確かに……! それどころか下手をすると、聖域の樹海も非アウター化してしまう可能性すらあるのか……!?」

「異界の扉を開く呼び水の鏡が神器レガリアで、大気中の魔力を調整する整合の魔器はレリックアイテム扱いだからね。アウター発生の順番としては、異界の扉を開くほうが先だと思うんだよ」


 神話をどこまで鵜呑みにしていいのか分からないけど、元々この世界には魔力が存在していなかったらしいからな。

 それを抱擁の女神イザラカルタとかいう女神様が異界から魔力を引き込んでこの世界は始まったらしいし、人が増えた分は異界から魔力を引っ張ってくる必要があると考えるべきだ。


「それに整合の魔器で発生したアウターには、最深部にもアウター周辺にも魔力壁が発生しないっぽいからね。境界壁が発生してくれないと安全面でちょっと心配なんだ」

「なる、ほど……! 異界の扉を内包していないから聖域の樹海には境界線たる魔力壁が無かったのか……!」

「壁が無いとアウター内で発生した強力な魔物が外に出て来やすくなるし、最深部でしか得られないスキルジュエルなんかも手に入らないって事になっちゃうでしょ? スペルド王国に来たくないロストスペクターが生きていくためには、通常のアウターが少なくとも1つは……って、あれ?」


 興奮気味に何かを呟いているキュールから目を離すと、他の皆も資料整理の手を止めて、驚愕したような表情を浮かべながら俺を見詰めていた。

 そんな中、ニーナ1人だけが欠伸をしながらせっせと資料の運び込みを続けている。可愛い。


「どしたのみんなー? 手を止めてると、いつまで経っても終わらないよー?」

「じゃないよーっ!! ダンっ! 今君は自分が何を語っていたのか分かってるのかいっ!?」

「ううん?」

「そこは分かっててよーっ!? なんで当然のように知らないって即答するのさーっ!? 今君は、この世界の根幹に触れてるんだよーっ!?」


 俺に全力のツッコミを浴びせてきたリーチェが、頭を抱えながら体を激しく振っている。

 おかげでリーチェの特大おっぱいもばるんばるんっと弾けてくれて、リーチェの叫びが頭に入らない。


「……ね~えダン? 異界の扉を開くなら、ダンの持ってる呼び水の鏡を使えばいいんじゃないかしらぁ? わざわざ貪汚の呪具を研究する必要はあるのぉ?」

「ん~。それがさぁティムル……。識の水晶も始界の王笏も人の寿命や感情を代償とするのに、呼び水の鏡だけアウター化のリスクがあるだけで、代償らしい代償を支払わなくていいっておかしいと思わない?」

「まさかっ……!? 呼び水の鏡にも代償が要るのかいっ!?」


 問いかけてきたティムルではなく、ブツブツと独り言を言っていたはずのキュールが驚愕の声をあげる。


「そんなに驚くことかな? 神器をノーコストで使用できる方がおかしくない?」

「いや、だって……!! 通常の空間をアウター化するリスクが代償なんじゃなかったの……!?」

「最初は俺もそう思ってたけど、リスクとコストは別なんだよ。だから使用には他に代償が必要なはずなんだ」


 始界の王笏がコストとリスクが表裏一体になっちゃっているせいで勘違いしてしまったけど、アウター化は使用上のリスクであって、呼び水の鏡の起動コストは別に存在しないと辻褄が合わない。

 それこそ呼び水のように、神器を動かすための初期魔力コストはアウター化とは別の話のはずだ。


 だけどその時、1人で黙々と資料を運びこんでいるニーナの姿が目に入る。


「……みんな。まずは資料の運び込みを終わらせよっか」

「「「ええ~っ!?」」」


 ニーナとアウラ以外のみんなが、不満げに合唱する。

 ターニアやシャロも興味あるんだ? ちょっと意外かも。


「えーっ、じゃないのっ。さっきからニーナだけが動いちゃってるでしょ。皆でやればすぐ終わるんだから、ササッと終わらせて落ち着いて話をしようよ」

「へ? 私は別に構わないよダン? そのまま皆とお話してていいのー」


 うん。ニーナならそう言ってくれるとは思ってたけど、だからこそみんな気まずそうなんだよ?

 みんな優しいから、ニーナ1人に働かせていた事をちょっぴり後悔してるんだね。


「呼び水の鏡に関しては作業しながら解説するから、まずは運び込みを終わらせちゃおう。俺もそろそろベッドの上で話がしたいしさ」

「っはぁぁぁ~……。まさか不意打ちでこんな話を聞かされるとは思いませんでしたよ? まったく旦那様ったら、油断も隙も無いんですからぁ」

「ダンさんっ! 作業するから早く早くっ! 早く続きを聞かせて欲しいのーっ!」


 溜め息を吐きながら作業を再開するヴァルゴと、ニーナと並んで資料の運び込みを再開しながら話の続きをねだるターニア。

 ニーナは興味無さそうなのに、ターニアは興味津々の様子だ。


 俺も資料の運びこみを再開しながら、リーチェの風魔法に言葉を乗せて解説を始める。


「通常空間のアウター化。これが呼び水の鏡のリスクだと思っていた。だけどそれじゃあアウター内では魔力の流入が止まることへの説明がつかないと思わない?」

「あっ……! ってことは、たとえ通常空間がアウター化しても、魔力の流入は自然に止まる、の……!?」

「そう。多分だけど呼び水の鏡には安全装置のような機能が備わっていて、過剰に異界の扉を開かないようになってるんだと思う」


 奈落の底で見た魔力の奔流は、正直俺でもある種の恐怖を感じる光景だった。

 魔力は確かに万物の根源たる要素なのかもしれないけれど、アウター周辺に魔力壁の境界線が出来ていたり、余剰分の魔力を引き受ける整合の魔器が用意されている事から考えても、魔力は多すぎても危険なんじゃないだろうか?

 だから神器レガリアの1つである呼び水の鏡は、際限なく異界の扉を開き続けるレリックアイテムなのではなく、不足した魔力を補う為に小規模のアウターを発生させるマジックアイテムのような気がするんだよねぇ。


 検証はしないし、そもそも出来ないけどさ。


「さっきキュールに探してもらった貪汚の呪具の資料に載ってたんだけどさ。貪汚の呪具って所有者の魂を動力にして異界の扉を開くマジックアイテムなんだけど、所有者が生きている限りは本当に小さな穴しか開いてないみたいなんだよね」

「あ、ああ。アウター周囲の境界線を見れば分かるけど、この世界って異界から流入してくる魔力を押し留める機能が自然に備わっているんだ。だからこの世界の魔力の干渉が少ない、人の体内を通して異界の扉を開く必要があるんだよ……」


 俺の解説に、資料に載っている以上の情報を捕捉してくれるキュール。

 更に補足するのであれば、所有者が死んだ瞬間、動力として利用されていた魂の全てがマジックアイテムに注ぎ込まれ、爆発的に異界の扉が押し広げられてしまうそうだ。


 ちなみにティムルがマモンキマイラと遭遇した時のように、貪汚の呪具を破壊した時も同様に暴走する。

 マジックアイテムの破壊によって異界の扉の大きさを調整する機能が失われる為、使用者の体内に莫大な魔力を注ぎ込まれ、一気に魔物化してしまうらしい。


 回収した資料によると、貪汚の呪具でイントルーダーを生み出した事例は存在しなかったとのことだ。

 ノーリッテは宿り木の根とも同化していたし、ティムルに滅ぼされたどっかのジジイはネフネリさんと一緒に取り込まれてしまったことで、想定以上の異界の扉が開いてしまったということなんだろうか?


 それとも、ノーリッテやジジイが抱いた想いがそれほどに強かったのか……。


「ともかく、人が作ったマジックアイテムで小さな異界の扉を開けるのにも、ヒト1人の魂を用いる必要があるんだよ。だから呼び水の鏡にだって、必ず魔力は必要になるはずなんだ」

「……呼び水の鏡は異界からの魔力を呼び込む神器なのじゃろう? であれば、異界から呼び込んだ魔力で発動しておるのではないのか?」


 呼び水の鏡が常時発動していて、初期魔力は必要ないのではないかと確認してくるフラッタ。

 始界の王笏が勝手に輝きを放ったり、神器が常にインベントリで管理されてきた事を根拠にしているようだ。


「現にダンが呼び水の鏡を拾った時は、その場にノーリッテは居なかったのじゃろう? 神器はインベントリに収容しなければ勝手に発動してしまうのではないかの?」

「ううんフラッタ。始界の王笏が光り輝くのは神器が発動してるわけじゃないんだ。じゃないと無差別に崩界が放たれる大量破壊兵器になっちゃうからね」


 始界の王笏が自己主張激しく輝くのは、所有者の魔力か魂に共鳴しているんじゃないかなぁ?

 少なくとも俺は魔力は込めていないし、崩界も発動していない事から、始界の王笏が起動していないことは間違いないと思うんだよ。


 呼び水の鏡の場合、恐らくひとたび異界の扉が開けば、あとは異界から流れ込む魔力を用いて効果を発揮し続けるのだろう。

 では、肝心の異界の扉を開く為に必要な魔力はドコから引っ張ってくるのか。


「これは俺の想像でしかなくて、もしもこの説が合っているのにしても、絶対に検証する気なんて無いけれど……」


 呼び水の鏡と同じく神器である始界の王笏が真価を発揮する為には、使用者の魂を捧げる必要があった。

 そして、小さな異界の扉を開ける為に、人の魂と繋がる必要がある貪汚の呪具。

 呼び水の鏡が置かれた場所で起きた、フレイムロードによる虐殺劇。


 ……つまり、呼び水の鏡に必要な代償は――――。


「……呼び水の鏡の起動に必要な代償はさ。多分生贄、なんじゃないかな……」

「「「なっ……!?」」」


 俺が語った最悪の予想に、ニーナまでもが作業の手を止めて絶句する。

 硬直したみんなに構わず作業を続けながら、俺は最悪の解説を続ける。


「始界の王笏も識の水晶も、代償として人の魂に干渉してくるでしょ? だから呼び水の鏡も同じだと思う。……だからノーリッテは滅ぼしたんじゃないかな。旧開拓村を」

「ま、まさか呼び水の鏡に捧げる為に、開拓村を……!? ですがご主人様、当時の開拓村の人口は1000人に届きそうなくらい居たはずですっ。異界の扉を開くにはそれほどの犠牲が必要だと仰るのですか……!?」


 俺も知らなかった旧開拓村の人口を口にしながら、シャロが問いかけてくる。


 1000人規模の生贄が必要な神器なんておぞましすぎる。

 シャロが驚愕するのも無理はない。


「……多分だけど、開拓村の住民全てが殺されてしまったのは呼び水の鏡のせいじゃないだろう。俺の前の所有者は、人の命なんてなんとも思ってなかったから」


 いくら異界の扉を開き、異次元の壁を越える神器と言っても、1000人を超える生贄が必要だなんてコスパが悪すぎる。


 面倒臭がりのノーリッテのことだ。

 村民を皆殺しにすれば足りるだろう、くらいの軽いノリでフレイムロードを嗾けたんじゃないかな。


「呼び水の鏡に必要な生贄の量が分かっていなかった可能性もあるけど、多分計算するのが面倒だったんじゃないかな。とりあえず皆殺しにしておこう、みたいな」

「……ノーリッテ。確かに彼女ならありえますね……。そう言えば槍持つ鬼の生贄となった72名も、自分の命をあっさり捨ててしまっていましたか……」


 精霊魔法によって、俺の耳に直接届けられるヴァルゴの呟き。

 ノーリッテに限らず、レガリア共は自分の命すら大切にすることが出来なかったんだな。


 ……そう考えると、ロストスペクターの連中が即日王国を出ていったのも少し分かる気がするよ。

 全てに優先して、自身の命よりも王国に仇なす事を優先する人生なんて家族に強いたくはないもんな……。


「……さ、まずは作業を終わらせよう。嫌な話をしちゃったから、早くみんなに触れたいんだよーっ」


 努めて明るく振舞って、残りの資料を運び込む。

 みんなを嫌な気分にさせちゃって申し訳なかったけど、神器の所有者になりたくないっていう俺の気持ち、みんなも少しは共感してくれたかなぁ?


 共感してくれたとしても、みんなに神器を託すわけにはいかないんだけど、さ。
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