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8章 新たな王と新たな時代2 亡霊と王
628 正念場 (改)
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「タルナーダさんは俺と一緒に来てくれ! ヴィアバタに派遣されてきた地域監査員を俺に教えて欲しいんだ!」
戸惑うタルナーダさんを引っ張って、2人で直ぐに奈落を脱出する。
まんまとレガリアの思惑通りに領主に目を向けてしまった事に気付いた俺は、恐らく本命のレガリア構成員である地域監査員を捕えるべく、ヴィアバタの領主タルナーダさんと共にヴィアバタへと直行した。
領主が連れ去られたことで監査員も異変に気付いた可能性もあるけど、タルナーダさんを連れ去ったのは1番最後だ。
しかも正面から堂々と訪問した上で連れ去っているから、俺と共に領主が居なくなっても、グルトヴェーダへの工事の件で一緒に視察にでも行ったのだろうと、周囲の人間には不自然に思われていなかった筈……。
組織レガリアのことだから、領主に異変があったら直ぐに逃げるように指示されていてもおかしくない。
だから監査員を捕えられる可能性が最も高いのは、タルナーダさんを自然に連れ出せたここしかないだろ……!
「タルナーダさん。俺は貴方のヴィアバタを思う気持ちを疑ってないんですよ。だから協力して欲しい」
「きょ、協力とは……!? わ、私は戦いどころか運動すらまともにしたことないんだ。とてもダンさんに協力できるとは……」
「難しい事をしてもらうつもりはないですよ。俺と一緒に普通に帰宅して、何事も無かったように振舞いながら地域監査員のところまで案内してくれればそれでいいです。後は俺がやりますから」
万全を期すなら、タルナーダさんを隷属化してしまうべきかもしれない。
……けどそれはしない。したくない。
たとえタルナーダさんに裏切られる可能性を残してでも、タルナーダさんの想いをこれ以上裏切りたくはない。
「た、確かにその程度なら私でも出来そうだな……」
普通に帰宅して普通に振舞って欲しいという俺の願いに、タルナーダさんは少し拍子抜けしたように息を吐く。
「誘拐までしておきながら協力させてしまって済みません。でももう王国の民を苦しめ続ける組織にはご退場願いたいんですよね」
「いや、ダンさんの言い分も理解したよ……。あのレガリアを潰す以上、これほど強引な手段に出たのも頷ける……。ただ、全部終わった後には1杯奢ってもらうがね」
「1杯と言わず、1樽差し上げますよ。だから全て終わらせて、アーティザンスウィートで乾杯しましょう」
「おや、お帰りですか旦那様?」
それは楽しみだとタルナーダさんが笑ってくれたところで、門番の男性がこちらに気付いて声をかけてきた。
転移前に気配遮断していたけど、領主邸前で普通に談笑してしまった為に遮断効果が失われてしまったようだ。
だけどちょうど談笑していたタイミングだったので、タルナーダさんもそのままの流れで門番を労い、笑顔のままで領主邸に戻ることが出来た。
「監査員は何も無ければ執務室にいると思う。だがもしもそこに居なければ、彼らの住居などは分からないんだ」
「領主邸に住み込みで働いているわけじゃないんですね」
「ああ。地域監査員は土地土地の領主とは一定距離を保つ必要があるとかで、毎日監査員自らがどこからか領主邸に足を運んでくれるんだよ」
「尤もらしい理由付けですね……」
癒着や不正を防ぐ為だと言えば文句も言いにくいし、逆にそんな監査員から不正を持ちかけられれば大喜びで乗ってしまいそうだ。
組織レガリアらしい、人の悪意に付け込んだ最悪の立ち回りだな。
「執務室ってどのあたりです? 以前お邪魔した時の応接室の近くだったりします?」
「いや、執務室は2階の中央だね。1階の応接室とは距離が離れてるよ」
タルナーダさんからの情報提供を元に、生体察知と魔物察知を全開にする。
屋内なので反応が鈍いけど、魔物察知には何の反応も無くて、2階の中央付近には数人の生体反応が、それぞれ別々に動いているように感じられた。
異変に気付いてバタついている感じは無く、使用人が部屋を掃除して回っている印象かな?
この穏やかな雰囲気なら、監査員は異変に気付いていないだろう。
「それじゃ案内お願いします。無事に監査員を捕獲できたら、タルナーダさんのことはそのまま解放させていただきますね」
「……乗りかかった船だ。できれば最後までつき合わせてもらえないかな? 家の者には工事の視察に向かうと言えば怪しまれないだろうから」
2階の執務室に向かいながらタルナーダさんに解放を約束すると、意外にも最後までつき合いたいという申し出を受けてしまった。
タルナーダさんの解放が遅れても、俺の負担が増えるというほどでもないか?
「俺としちゃ構いませんが、領主1人で出かけても怪しまれないものなんですか?」
「監査員も同行すれば怪しまれないだろうね。輸送路の工事に関して、国と領主と施工者であるダンさんで何か機密でも扱うのだろうと思われるだろうさ」
「あー。そう言えば俺の持ちかけた工事って、国の許可を受けた正式なものでしたね……。なるほど」
「そ、そう言えばってなんだい……!? 巻き込んでおきながら不穏なことを言わないでくれよ……? っと、ここだ」
話をしているうちに辿り着いた1室の前で足を止めるタルナーダさん。
俺が声を出すのは遠慮して、無言でタルナーダさんに頷いて入室を促す。
タルナーダさんも少し緊張した面持ちで頷きを返したあと、領主であるのに執務室のドアをノックする。
「失礼。タルナーダだ。リリート監査員、入っていいかな?」
「領主様? 本日は朝からどこかにお出かけになっていたと聞きましたが……。あ、どうぞお入りください」
「うむ。失礼させて貰うよ」
比較的若そうな男性の声に入室を許可され、気配遮断を発動しつつタルナーダさんと共に執務室に足を踏み入れる。
そして相手が俺の存在に気付く前に無詠唱の従属魔法を使い、中に居た壮年の男性を隷属化する。
「あれ? リリート監査員? 何を固まって……」
「正直に答えろ。お前は領主を監視、利用する為に送られてきたレガリアの構成員か?」
室内に生体反応は1つだけ。
リリート監査員というタルナーダさんの声掛けにも返事をしていたのだから、この男が疑惑の地域監査員に間違いないハズだ。
「えっ!? ダンさんなにを言って……」
「……はい。私はレガリアから派遣されてきた、レガリアの構成員です」
「へっ!? リ、リリート監査員……!?」
「黙ってて済みません。もう彼を隷属化して自由を奪ってますので、彼に気にせず喋って平気ですよ」
戸惑うタルナーダさんに簡単に事情を説明しながら、隷属化したリリートに俺の許可無しには生命活動以外の全ての行動を禁止するよう無言で指示する。
自身が隷属化されたと聞いて驚愕の表情を見せるリリートを鑑定すると、そもそもリリートというのも偽名らしい。
「リリートは偽名で、本名はスカイーパっていうらしいですね。タルナーダさん的にはリリートのほうが呼びやすいですか?」
「な、な……!? ぎ、偽名って……!? なんでそんなことが……」
「済みませんが説明はあとで。今は奈落に戻りましょう。出来ればリリート以外の監査員も可能な限り捕えたいですからね」
戸惑うタルナーダさんをスルーして、リリートを連れて再度奈落へと転移する。
転移前にタルナーダさんはちゃんと外出を告げて、使用人の人も深く聞かずに了承してくれたので、少なくともこれでヴィアバタが混乱することは無いだろう。
奈落の元竜人族飼育施設に戻り、リリート本人に監査員がレガリアの構成員であることを説明させると、領主連中の殆どが顔を青褪めさせてしまった。
「ば、ばかな……。そんな馬鹿な事があって堪るか……。もしも我が街の監査員がレガリアのスパイだとしたら……。今までやってきた事が全部把握されて……!?」
「お、お終いだぁ……! 監査員が協力してくれると言うから……! く、くそぉぉ……! あんなことするんじゃなかったぁぁぁ……!」
どうやら各地の領主たちは地域監査員を全面的に信用して、色々と好き勝手やってきたようだ。
勝手に絶望している人たちは放置して、リリート(偽名)を家族に預ける。
「ラトリア。ヴァルハールには監査員は居ないんだよね? シルヴァが当主になった今でも居ないの?」
「居ないはずです。元々ヴァルハールでは監査員をあまり重用していませんでしたからね。シルヴァがルーナ竜爵家当主に就任したのはダンさんがレガリアを壊滅させたあとですし、その間は私がゴブトゴ様との連絡役になっていましたから間違いありません」
そう言えば、レガリアを壊滅させた褒賞としてシルヴァの当主登録を急いで処理してもらったんだっけ。
ノーリッテもゼノンも死んで半壊滅状態に陥っていた組織レガリアは、ヴァルハールに新たな監査員を送り込む余裕も無かったんだろうな。
「了解。それじゃステイルークに行ってレオデックさんのとこに居る監査員を捕えよう。ニーナ、ターニア、一緒にきてくれる?」
「了解なのっ! おじいちゃんにも協力してもらうのーっ」
「ウチでいいのダンさん? 領主を誘拐した街の監査員を優先した方が良くないかなー?」
「いや、一か八かの場所に賭けるより、確実に捕えられる場所を優先しよう。コイツらは下っ端じゃないはずだ。緊急時の避難場所とかも共有してると思う」
リリートに俺の言葉の真偽を問うと、物凄く複雑そうな表情でしっかりと頷いてくれた。
リリートさえ居れば充分な気もするけれど、フロイさんやラスティさんが居る街にレガリアの残党が潜伏してるのは気分が悪いしな。さっさと排除しよう。
「ティムル。キュール。2人はリリートから情報を引き出せるだけ引き出しておいてくれる? 自傷行為や逃亡行為、嘘を吐くことなんかを全部禁じておくから、残党狩りに役立ちそうな情報の確認をお願い」
「了解よー。お姉さんに任せなさぁいっ」
「私も了解だ。元レガリアの協力者だった立場から色々聞いてみるよ」
ティムルとキュールが力強く頷いてくれる。
本当ならリリート本人にレガリアについて自主的に喋らせたところだけれど、漠然とした情報だと隷属契約の隙間を塗って情報を秘匿される可能性があるからな。
例えば『レガリアについて知っていることを話せ』という指示を出すと、リリートが話せる情報が多すぎて、こっちが知りたい情報を後回しにして秘匿することが出来てしまう。
なので今回は『こっちが聞いた事に嘘偽り無く答えろ』という指示を出して、聞きたいことをこっちから限定する事にしたのだ。
「リーチェ、ラトリア、シャロ。領主たちの覚えがいいお前たち3人で領主たちの協力を取り付けて欲しい。タルナーダさんにも協力してもらえば説得力も増すと思う」
良く知らない人物に説明をされるよりも、顔や名前だけでも知っている相手に話をされたほうが聞く耳を持ちやすいだろ。
もしも3人に劣情を抱く奴がいたら、キュアライトで治療可能な範囲でならボコってもいいと許可を出し、監査員の捕縛に協力してくれた領主には、監査員捕縛成功と共に解放することも告げておく。
「ムーリ。チャール。シーズ。お前たちはスペルディアのトライラム教会に行って、一応国から送られてきている人物が居ないか確認してきてくれ。今にして思えば、ムーリを弄ぼうとしていたガリア司祭とか、レガリアとの関係があった気がして仕方ないからな」
「……確かに。調べれば直ぐに発覚したことだったのに、数十年に渡ってシスターを食い物にするなんて、ガリア単独の犯行だったと考える方が不自然ですか……! 直ぐに司教様や教主様に進言してきますっ」
「え、えぇ~……? 孤児を売り飛ばしてるんでしょって言った時、私教会中に笑われたんだよー? そんな教会にレガリアと通じてる人が居るかなぁ……?」
「あくまで疑いってわけだな。教会関係者っつってもピンキリだしよ。教会と取引がある商会とか、部外者だってある程度は教会に出入りしてっからな。確認はしておくべきだぜチャール」
ま、正直に言えば俺も教会にレガリアの構成員が潜んでいるとは思ってないけどね。
思ってないけど、監査員のことなんか全く頭に浮かんでなかったから、教会の中に潜んでいるレガリアの構成員を見逃している可能性は無視出来ないんだよ。
だから教会の事情に精通している教会関係者自身に、トライラム教会の内外に潜む脅威を洗い直して欲しいんだよね。
「ブレスで領主達をビビらせたフラッタは、このままここで領主達を監視しててくれる? 暇になったら外に出て適当に買い食いしていいから、なるべくここで目を光らせていて欲しいな」
「了解なのじゃっ。と言ってもここに残る者も多いし、妾は殆ど出番が無さそうじゃのー」
「もしそうなら、好きなだけ食事しながらゆっくりしてていいからねー」
フラッタをよしよしなでなでしながら、食事代と言って王金貨5枚ほど渡しておく。
いくらフラッタでも過剰な食費だとは思うけど、足りないよりは多めに渡しておけば安心だ。
「ヴァルゴとエマは協力してくれる領主を選定して、そいつらを1人1人帰しがてら監査員の捕獲をお願い。恐らく監査員は偽名を使ってるはずだから、鑑定を使えば逆にすぐ分かるはずだ。ただし失敗したら監査員は自死すると思う。その覚悟を持って一気に意識を刈り取ってね?」
「……なるほど。だから魔迅を使えて殺人にも慣れた私が選ばれたわけですね。了解しました。お任せを」
「となると、私はヴァルゴさんの案内役といった感じですね。ヴァルゴさんが監査員の捕獲に集中できるように取り計らうのが私の役割であるわけですか。畏まりました」
人が死ぬかもしれないことを平気でヴァルゴに頼むのは気が引けるけど、こんなことはヴァルゴにしか頼めないからな……。
長年ラトリアに付き添って戦い続けて、かつ王国の貴族事情にも詳しいエマをサポートに据えれば磐石の体制のはず。
「みんな、ここがレガリア壊滅への正念場だよっ。全員全力を尽くして過去の亡霊を退治しようねっ」
「……正念場と言われると、好きなだけ食事しながらゆっくりしてていいと言われた妾の立場が無いのじゃが?」
立場が無いなら座ってていいからねとフラッタにキスをしてから、ニーナとターニア母娘を伴ってステイルークへと向かった。
正体さえ分かればもう逃がさないからなあ。
レガリアの残党共め、一網打尽にしてやるわーっ!
戸惑うタルナーダさんを引っ張って、2人で直ぐに奈落を脱出する。
まんまとレガリアの思惑通りに領主に目を向けてしまった事に気付いた俺は、恐らく本命のレガリア構成員である地域監査員を捕えるべく、ヴィアバタの領主タルナーダさんと共にヴィアバタへと直行した。
領主が連れ去られたことで監査員も異変に気付いた可能性もあるけど、タルナーダさんを連れ去ったのは1番最後だ。
しかも正面から堂々と訪問した上で連れ去っているから、俺と共に領主が居なくなっても、グルトヴェーダへの工事の件で一緒に視察にでも行ったのだろうと、周囲の人間には不自然に思われていなかった筈……。
組織レガリアのことだから、領主に異変があったら直ぐに逃げるように指示されていてもおかしくない。
だから監査員を捕えられる可能性が最も高いのは、タルナーダさんを自然に連れ出せたここしかないだろ……!
「タルナーダさん。俺は貴方のヴィアバタを思う気持ちを疑ってないんですよ。だから協力して欲しい」
「きょ、協力とは……!? わ、私は戦いどころか運動すらまともにしたことないんだ。とてもダンさんに協力できるとは……」
「難しい事をしてもらうつもりはないですよ。俺と一緒に普通に帰宅して、何事も無かったように振舞いながら地域監査員のところまで案内してくれればそれでいいです。後は俺がやりますから」
万全を期すなら、タルナーダさんを隷属化してしまうべきかもしれない。
……けどそれはしない。したくない。
たとえタルナーダさんに裏切られる可能性を残してでも、タルナーダさんの想いをこれ以上裏切りたくはない。
「た、確かにその程度なら私でも出来そうだな……」
普通に帰宅して普通に振舞って欲しいという俺の願いに、タルナーダさんは少し拍子抜けしたように息を吐く。
「誘拐までしておきながら協力させてしまって済みません。でももう王国の民を苦しめ続ける組織にはご退場願いたいんですよね」
「いや、ダンさんの言い分も理解したよ……。あのレガリアを潰す以上、これほど強引な手段に出たのも頷ける……。ただ、全部終わった後には1杯奢ってもらうがね」
「1杯と言わず、1樽差し上げますよ。だから全て終わらせて、アーティザンスウィートで乾杯しましょう」
「おや、お帰りですか旦那様?」
それは楽しみだとタルナーダさんが笑ってくれたところで、門番の男性がこちらに気付いて声をかけてきた。
転移前に気配遮断していたけど、領主邸前で普通に談笑してしまった為に遮断効果が失われてしまったようだ。
だけどちょうど談笑していたタイミングだったので、タルナーダさんもそのままの流れで門番を労い、笑顔のままで領主邸に戻ることが出来た。
「監査員は何も無ければ執務室にいると思う。だがもしもそこに居なければ、彼らの住居などは分からないんだ」
「領主邸に住み込みで働いているわけじゃないんですね」
「ああ。地域監査員は土地土地の領主とは一定距離を保つ必要があるとかで、毎日監査員自らがどこからか領主邸に足を運んでくれるんだよ」
「尤もらしい理由付けですね……」
癒着や不正を防ぐ為だと言えば文句も言いにくいし、逆にそんな監査員から不正を持ちかけられれば大喜びで乗ってしまいそうだ。
組織レガリアらしい、人の悪意に付け込んだ最悪の立ち回りだな。
「執務室ってどのあたりです? 以前お邪魔した時の応接室の近くだったりします?」
「いや、執務室は2階の中央だね。1階の応接室とは距離が離れてるよ」
タルナーダさんからの情報提供を元に、生体察知と魔物察知を全開にする。
屋内なので反応が鈍いけど、魔物察知には何の反応も無くて、2階の中央付近には数人の生体反応が、それぞれ別々に動いているように感じられた。
異変に気付いてバタついている感じは無く、使用人が部屋を掃除して回っている印象かな?
この穏やかな雰囲気なら、監査員は異変に気付いていないだろう。
「それじゃ案内お願いします。無事に監査員を捕獲できたら、タルナーダさんのことはそのまま解放させていただきますね」
「……乗りかかった船だ。できれば最後までつき合わせてもらえないかな? 家の者には工事の視察に向かうと言えば怪しまれないだろうから」
2階の執務室に向かいながらタルナーダさんに解放を約束すると、意外にも最後までつき合いたいという申し出を受けてしまった。
タルナーダさんの解放が遅れても、俺の負担が増えるというほどでもないか?
「俺としちゃ構いませんが、領主1人で出かけても怪しまれないものなんですか?」
「監査員も同行すれば怪しまれないだろうね。輸送路の工事に関して、国と領主と施工者であるダンさんで何か機密でも扱うのだろうと思われるだろうさ」
「あー。そう言えば俺の持ちかけた工事って、国の許可を受けた正式なものでしたね……。なるほど」
「そ、そう言えばってなんだい……!? 巻き込んでおきながら不穏なことを言わないでくれよ……? っと、ここだ」
話をしているうちに辿り着いた1室の前で足を止めるタルナーダさん。
俺が声を出すのは遠慮して、無言でタルナーダさんに頷いて入室を促す。
タルナーダさんも少し緊張した面持ちで頷きを返したあと、領主であるのに執務室のドアをノックする。
「失礼。タルナーダだ。リリート監査員、入っていいかな?」
「領主様? 本日は朝からどこかにお出かけになっていたと聞きましたが……。あ、どうぞお入りください」
「うむ。失礼させて貰うよ」
比較的若そうな男性の声に入室を許可され、気配遮断を発動しつつタルナーダさんと共に執務室に足を踏み入れる。
そして相手が俺の存在に気付く前に無詠唱の従属魔法を使い、中に居た壮年の男性を隷属化する。
「あれ? リリート監査員? 何を固まって……」
「正直に答えろ。お前は領主を監視、利用する為に送られてきたレガリアの構成員か?」
室内に生体反応は1つだけ。
リリート監査員というタルナーダさんの声掛けにも返事をしていたのだから、この男が疑惑の地域監査員に間違いないハズだ。
「えっ!? ダンさんなにを言って……」
「……はい。私はレガリアから派遣されてきた、レガリアの構成員です」
「へっ!? リ、リリート監査員……!?」
「黙ってて済みません。もう彼を隷属化して自由を奪ってますので、彼に気にせず喋って平気ですよ」
戸惑うタルナーダさんに簡単に事情を説明しながら、隷属化したリリートに俺の許可無しには生命活動以外の全ての行動を禁止するよう無言で指示する。
自身が隷属化されたと聞いて驚愕の表情を見せるリリートを鑑定すると、そもそもリリートというのも偽名らしい。
「リリートは偽名で、本名はスカイーパっていうらしいですね。タルナーダさん的にはリリートのほうが呼びやすいですか?」
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転移前にタルナーダさんはちゃんと外出を告げて、使用人の人も深く聞かずに了承してくれたので、少なくともこれでヴィアバタが混乱することは無いだろう。
奈落の元竜人族飼育施設に戻り、リリート本人に監査員がレガリアの構成員であることを説明させると、領主連中の殆どが顔を青褪めさせてしまった。
「ば、ばかな……。そんな馬鹿な事があって堪るか……。もしも我が街の監査員がレガリアのスパイだとしたら……。今までやってきた事が全部把握されて……!?」
「お、お終いだぁ……! 監査員が協力してくれると言うから……! く、くそぉぉ……! あんなことするんじゃなかったぁぁぁ……!」
どうやら各地の領主たちは地域監査員を全面的に信用して、色々と好き勝手やってきたようだ。
勝手に絶望している人たちは放置して、リリート(偽名)を家族に預ける。
「ラトリア。ヴァルハールには監査員は居ないんだよね? シルヴァが当主になった今でも居ないの?」
「居ないはずです。元々ヴァルハールでは監査員をあまり重用していませんでしたからね。シルヴァがルーナ竜爵家当主に就任したのはダンさんがレガリアを壊滅させたあとですし、その間は私がゴブトゴ様との連絡役になっていましたから間違いありません」
そう言えば、レガリアを壊滅させた褒賞としてシルヴァの当主登録を急いで処理してもらったんだっけ。
ノーリッテもゼノンも死んで半壊滅状態に陥っていた組織レガリアは、ヴァルハールに新たな監査員を送り込む余裕も無かったんだろうな。
「了解。それじゃステイルークに行ってレオデックさんのとこに居る監査員を捕えよう。ニーナ、ターニア、一緒にきてくれる?」
「了解なのっ! おじいちゃんにも協力してもらうのーっ」
「ウチでいいのダンさん? 領主を誘拐した街の監査員を優先した方が良くないかなー?」
「いや、一か八かの場所に賭けるより、確実に捕えられる場所を優先しよう。コイツらは下っ端じゃないはずだ。緊急時の避難場所とかも共有してると思う」
リリートに俺の言葉の真偽を問うと、物凄く複雑そうな表情でしっかりと頷いてくれた。
リリートさえ居れば充分な気もするけれど、フロイさんやラスティさんが居る街にレガリアの残党が潜伏してるのは気分が悪いしな。さっさと排除しよう。
「ティムル。キュール。2人はリリートから情報を引き出せるだけ引き出しておいてくれる? 自傷行為や逃亡行為、嘘を吐くことなんかを全部禁じておくから、残党狩りに役立ちそうな情報の確認をお願い」
「了解よー。お姉さんに任せなさぁいっ」
「私も了解だ。元レガリアの協力者だった立場から色々聞いてみるよ」
ティムルとキュールが力強く頷いてくれる。
本当ならリリート本人にレガリアについて自主的に喋らせたところだけれど、漠然とした情報だと隷属契約の隙間を塗って情報を秘匿される可能性があるからな。
例えば『レガリアについて知っていることを話せ』という指示を出すと、リリートが話せる情報が多すぎて、こっちが知りたい情報を後回しにして秘匿することが出来てしまう。
なので今回は『こっちが聞いた事に嘘偽り無く答えろ』という指示を出して、聞きたいことをこっちから限定する事にしたのだ。
「リーチェ、ラトリア、シャロ。領主たちの覚えがいいお前たち3人で領主たちの協力を取り付けて欲しい。タルナーダさんにも協力してもらえば説得力も増すと思う」
良く知らない人物に説明をされるよりも、顔や名前だけでも知っている相手に話をされたほうが聞く耳を持ちやすいだろ。
もしも3人に劣情を抱く奴がいたら、キュアライトで治療可能な範囲でならボコってもいいと許可を出し、監査員の捕縛に協力してくれた領主には、監査員捕縛成功と共に解放することも告げておく。
「ムーリ。チャール。シーズ。お前たちはスペルディアのトライラム教会に行って、一応国から送られてきている人物が居ないか確認してきてくれ。今にして思えば、ムーリを弄ぼうとしていたガリア司祭とか、レガリアとの関係があった気がして仕方ないからな」
「……確かに。調べれば直ぐに発覚したことだったのに、数十年に渡ってシスターを食い物にするなんて、ガリア単独の犯行だったと考える方が不自然ですか……! 直ぐに司教様や教主様に進言してきますっ」
「え、えぇ~……? 孤児を売り飛ばしてるんでしょって言った時、私教会中に笑われたんだよー? そんな教会にレガリアと通じてる人が居るかなぁ……?」
「あくまで疑いってわけだな。教会関係者っつってもピンキリだしよ。教会と取引がある商会とか、部外者だってある程度は教会に出入りしてっからな。確認はしておくべきだぜチャール」
ま、正直に言えば俺も教会にレガリアの構成員が潜んでいるとは思ってないけどね。
思ってないけど、監査員のことなんか全く頭に浮かんでなかったから、教会の中に潜んでいるレガリアの構成員を見逃している可能性は無視出来ないんだよ。
だから教会の事情に精通している教会関係者自身に、トライラム教会の内外に潜む脅威を洗い直して欲しいんだよね。
「ブレスで領主達をビビらせたフラッタは、このままここで領主達を監視しててくれる? 暇になったら外に出て適当に買い食いしていいから、なるべくここで目を光らせていて欲しいな」
「了解なのじゃっ。と言ってもここに残る者も多いし、妾は殆ど出番が無さそうじゃのー」
「もしそうなら、好きなだけ食事しながらゆっくりしてていいからねー」
フラッタをよしよしなでなでしながら、食事代と言って王金貨5枚ほど渡しておく。
いくらフラッタでも過剰な食費だとは思うけど、足りないよりは多めに渡しておけば安心だ。
「ヴァルゴとエマは協力してくれる領主を選定して、そいつらを1人1人帰しがてら監査員の捕獲をお願い。恐らく監査員は偽名を使ってるはずだから、鑑定を使えば逆にすぐ分かるはずだ。ただし失敗したら監査員は自死すると思う。その覚悟を持って一気に意識を刈り取ってね?」
「……なるほど。だから魔迅を使えて殺人にも慣れた私が選ばれたわけですね。了解しました。お任せを」
「となると、私はヴァルゴさんの案内役といった感じですね。ヴァルゴさんが監査員の捕獲に集中できるように取り計らうのが私の役割であるわけですか。畏まりました」
人が死ぬかもしれないことを平気でヴァルゴに頼むのは気が引けるけど、こんなことはヴァルゴにしか頼めないからな……。
長年ラトリアに付き添って戦い続けて、かつ王国の貴族事情にも詳しいエマをサポートに据えれば磐石の体制のはず。
「みんな、ここがレガリア壊滅への正念場だよっ。全員全力を尽くして過去の亡霊を退治しようねっ」
「……正念場と言われると、好きなだけ食事しながらゆっくりしてていいと言われた妾の立場が無いのじゃが?」
立場が無いなら座ってていいからねとフラッタにキスをしてから、ニーナとターニア母娘を伴ってステイルークへと向かった。
正体さえ分かればもう逃がさないからなあ。
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