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8章 新たな王と新たな時代2 亡霊と王
622 ※閑話 失伝 来訪 (改)
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「○×▽□! ○○×□!? ◇□☆◎!!」
「ごめーん、もうちょっとだけ待ってねー……。もう少しで……」
言葉が通じない相手に構っても仕方ないので、適当に相槌を打って作業を進める。
ミルが異界の扉の直ぐ近くで保護した人は全部で6名ほど。
そしてその全員とは全く言葉が通じなかった。
けれどジェスチャーをすれば意思の疎通が可能だったことから、言葉が通じないだけで、彼らが私たちと同程度の知性を秘めた人間であることは疑いようもなかった。
なのでひとまず食事を提供しつつ、現在はコルから正式なオーダーを受けて、彼らとコミュニケーションを取る方法を開発しているところなんだ。
「え、え~っとぉ……? つ、つまりこの世界の魔力を仲介させて、お互いの言葉の意味を相手の魔力に直接届けるってこと?」
「うん。原理としては精霊魔法を使った通信と一緒だよ。だけどこの人たちと私達の宿している魔力がちょっと違うみたいで、その橋渡し役にこの世界の魔力を使おうと思ってるんだ」
首を傾げるコルに返事を返しながら、大急ぎでマジックアイテムの開発を進めていく。
異界の門から現れ、体に宿す魔力が私たちとは微妙に違うこの人たちは、テレスとも違う世界の住人だと思うのが自然だ。
そんな人たちが、どうしてテレスと繋がっている異界の門から現れたのかは分からないけど……。
それを聞く為にも早くコミュニケーションを取らなきゃねっ!
「ここをこうして……。よしっ、完成っ! コル、コレを皆さんに渡してもらえる?」
たった今作り上げたプレート状のマジックアイテムを、来訪者に渡して欲しいとコルに手渡す。
初めて作ったマジックアイテムだけど、開発に用いた魔力が私にマジックアイテムの完成を確信させてくれた。
「なぁに、このカードみたいなマジックアイテムは? これを皆さんに持たせるだけでいいのかしら?」
「うん。そのマジックアイテムは持っているだけで、この世界の魔力を通して意志の疎通が図れるっていう効果があるんだ。あ、一応効果範囲は人間に留めておいたよー」
「サ、サラッと言ってるけどとんでもないアイテムじゃないの……? 流石は天才魔法技師メルトレスティね……」
「そういうのはいいから、早く渡してきてあげて。きっとあの人たちも会話が出来なくて不安でいっぱいだと思うからさ」
「あ、ごめんごめん。これを持たせるだけでいいのよね? 早速行ってくるわ」
コルは私に軽く頭を下げながら、出来上がったばかりのマジックアイテムを持って来訪者たちの元へ走っていった。
まったく、別に謝らなくていいのにー。コルは根が素直だからなぁ。
「あっ!? わ、分かる、分かりますっ……! え、私たちの言葉も通じてるんですか……!? す、凄い……!」
保護していた皆さんは、お互いの言葉が理解できるようになったことにしきりに驚いている。
心配はしてなかったけど、どうやらマジックアイテムの開発にはちゃんと成功したみたい。
私達の言葉も相手に伝わるし、相手が喋っている言語も魔力で変換されて、私たちの知っている言葉になって耳に届いてくれる。
でも保護した人たちが驚くのは分かるとして、なんでミルやカルまでドン引きしてるのかしらぁ~?
「い、異世界……!? ここは俺達が居た世界じゃないって、えぇ……!?」
「この世界にはまだ名前が無くて、生きているのも私たちだけなの」
私がカルとミルを追い掛け回している事を完全にスルーして、コルが早速お互いの事情を説明する。
あの場に居ても私が出来ることは何も無いから、ここはこのまま2人をとっちめてあげないとっ。待てーっ!
「そんなわけでね、本来居ないはずの貴方達との出会いには本当に混乱してるの。貴方達は何処の誰? どうやってこの世界に辿り着いたのかしら」
「え、えぇっと……。まだ信じられない部分も多いんですけど……」
混乱している6人になるべく敵意を示さないように気をつけながら、最優先で確認しなければいけない事を質問していくコル。
どうやらこの人たちは望んでこの世界に現れたわけじゃなさそうだけど、私たちと敵対する意志があるのか、そもそもどうやってこの世界に訪れることが出来たのかを知らなければいけない。
コラプサーが通れないように異界の門の拡張を抑制したはずなのに、外から異界の門を開けられたら堪ったものじゃないもんね……。
「私たちが居た世界には魔法なんて存在してませんでした……。凄いんですね、魔法って」
「魔法が凄いんじゃなくて、凄い魔法を即興で開発した誰かさんがぶっ飛んでるんだけどね。それで?」
どうやら彼らの元居た世界には魔法文明は発展しなかったらしく、固形の燃料を消費することでエネルギーを得る文明を築いていたらしい。
越界の概念が無い彼らの世界には名前がつけられていなかったそうだけど、彼らが住んでいた国はガイアと呼ばれていたようだ。
「……それで、ですね。突然ガイアに、言葉の通じない謎の集団が現れたんですよ。今にして思えばあれ、皆さんと同じ世界から来た人たちだったんですね……」
「……他の越界調査隊がガイアに転移したのね。魔法文明が発展していないってことは魔力が少ないってことでしょうし、大転移魔法陣の転移先に指定されてもおかしくないわ」
「その人たちの話題で連日ガイアは大騒ぎでした。会話こそ通じなかったけどとても理性的な人たちだったそうで、ジェスチャーやイラストなんかを使って意思の疎通を図っていたそうですよ」
ガイアには魔法文明が発展しなかった割に、繁栄していた文明はとても高度だったようだ。
突如現れた越界調査隊とも理性的に交流して、その様子はガイア全域に常に共有されていたらしい。
「……なんで他の調査隊員は言葉が通じないのに、メルは即興でこんなマジックアイテムを作れちゃうわけ?」
「決まってるじゃんミル。メルって全然自覚無いけど、マジでぶっ飛んだ天才なんだぜー? メルの年齢で魔法技師になることすら異例なのに、越界調査を託されるほどの超エリートなんだよ、この娘ってば」
越界調査を任されてるって意味ではお互い様でしょーっ!
私は別に天才でもなんでもなくって、3人と一緒にいる為に沢山勉強しただけですよーだっ。
「けど……、越界調査隊の方が見えられて10日程度経った頃でしょうか……。突如空が割れて、中からなんだか悍ましく禍々しい雲みたいな、薄気味悪いガス状の何かが噴き出してきたんです……!」
「それって……!」
「間違いないね……。コラプサーだ……!」
コルが驚愕し、ミルが緊張した面持ちで呟きを返す。
突如空を割って出現し世界を終焉に導くのは、テレスに現れた時とまったく同じ流れだった。
「その後はもう何がなにやら……。ガイア中が一致団結して、雲が広がるのを抑えようとしたんです……。でもっ……! でも何をやっても効果が無くてっ……!」
「雲に触れた部分から何も無くなっていくんですよっ!? 人も建物も、空気も地面も……! まるでそこには最初から何も無かったみたいに、本当に何も残らなくて……!」
コラプサーは魔力を喰らって終焉を導く存在だ。
コラプサーの雲状の体に触れた物質は瞬く間に魔力に分解され、そしてコラプサーに吸収されてしまう……。
魔力とは万物の根源たる要素だから、コラプサーが通ったあとには本当になにも無い虚無だけが残されるんだ。
まるで始めて訪れた時の、真っ暗なままのこの世界のような――――。
「……その後は、正直何も分かりません。どうやってここに辿り着いたのかも、そもそもどうして自分が生きているのかも、説明出来ないんです……」
日に日にガイアはコラプサーに飲み込まれ、数日のうちに滅亡を迎えてしまったそうだ。
私たちがこの世界にやってきてから既に数千年単位で時間が経過しているのに、ガイアに越界調査隊が現れてか10日程度しか経っていないって情報は気になるけど、皆さんが嘘をついているようには見えなかった。
どうやらこの6名は全く面識の無い相手らしく、けれど言葉が通じることでお互いをガイアの人間だと認識することが出来たようだ。
それぞれが全く別の場所に居たはずの6人に1つだけ共通していたのは、意識を失う直前に眩い光に包まれたという証言だけ。
「……恐らくだけど、その光は越界調査隊が無差別に越界転移を発動したんじゃないかしら? もしくはコラプサーのせいで、偶発的に転移対象者を無差別に選択して発動してしまったのかもしれないけど……」
聞いた話を元に、ガイアの人たちがこの世界に転移して来た原因を推理するコル。
ここからはガイアの人たち抜きで、私たち4人で今後のことを話し合うのだ。
当のガイアの人たちは、話が終わると1人、また1人と倒れる様に眠ってしまって、今は6人とも静かな寝息を立てている。
自分の居た世界の滅亡に直面し、死んだと思ったら安全な異世界に居ると知ったことで、緊張感から解放されて一気に気が抜けてしまったのかもしれない。
彼らも私たちも等しくコラプサーの被害者だ。
見捨てるわけにはいかないよっ!
「でもさー。なーんでコラプサーはガイアに現れたのかねー? 大転移魔方陣に選ばれた上に魔法文明が発展してないんだ。魔力の少ない世界にゃ間違いないだろうにさー?」
「……越界調査隊が現れたから? メモリーボックスで警告されていたように、越界転移に反応してコラプサーが自ら動き出してしまった、とか……」
「でもっ……! いくら越界転移には膨大な魔力が必要だからって、魔力の少なかったとしか思えないガイアに態々コラプサーが出向くかなっ……!?」
ミルの口にした推論に、つい声を荒立ててミルを問い詰めてしまう。
ミルはただ1つの可能性を口にしただけで、ミルだって何も分からない状況なのにそんなことしても意味無いでしょ……!
「メルの言う通り、コラプサーの行動に違和感を覚えるね」
しかしミルは取り乱す私に構わず、それどころか私に同意を示しながら話を進めてくれる。
「コラプサーは魔力に反応する存在のはずだ。いくら越界転移に反応したからといって、魔力の少ないガイアに行くのは理屈に合わない。ガイアは意外と魔力に溢れた世界だった、とか?」
「コラプサーを理屈で語るのはナンセンスな気もするけど……。少なくとも行動原理は単純だものね。仮に越界調査隊の転移した異界の門が開きっぱなしだったとしても、コラプサーがガイアに赴く必要性を感じないわ」
誰よりもコラプサーに脅威を感じているコルだからこそ、コラプサーがガイアに赴いた事に違和感を覚えているようだ。
魔法文明が発達してなくて、魔力が少ないと思われるガイアがコラプサーに狙われた理由かぁ……。
「んー……。デウス・エクス・マキナで無限の魔力を得たから、魔力の多寡に関わらず世界を滅ぼすようになった、とかじゃないよね……?」
「それは無いと思うわ。あいつは世界の終焉を望んでテレスに現れたわけじゃないからね」
私の想定はコルに即否定される。
自分の意見が否定されたのは残念だけど、コラプサーが魔力を求めて動いているのは間違いないはずだとコルは確信しているようだ。
「コラプサーに意思みたいなものは恐らく無くて、単純に魔力を求めるだけの存在ってのがテレスの出した最終判断でしょ。だからこそデウス・エクス・マキナを取り込んだ後、暫くの間は動き出さなかったんだしね」
「……今して思えば、越界の大転移魔法陣がコラプサーの再行動のきっかけになった気がするね。今更言っても仕方が無いことだけど……」
私たちが越界転移した事が原因でテレスが滅亡してしまった……。
そう考えると心が押し潰されそうになるけれど、だからと言ってテレスの人々が他に取れる手段なんて無かったんだよね……。
コラプサーが動かないうちに避難先を探すなんて、むしろ当たり前すぎる行動だったと思うし。
「……越界調査はテレスの総意よ。私たちが責任を感じる必要は無いわ。もし責任を感じても、それでテレスが復活するわけもないんだから、今は忘れて目の前の事に集中なさい」
「コルぅ……」
「今重要なのはねメル。デウス・エクス・マキナを取り込んだあとのコラプサーの行動原理に変化が起きてるっぽいことよ?」
無理矢理明るい声と表情を作ったコルが、今すべき事を示してくれる。
テレスの滅亡に責任を感じる暇があるなら、テレスの滅亡からコラプサーの情報を少しでも多くかき集めるんだ……!
「この世界はテレスからの魔力流入を止めるわけにはいかないんだから、コラプサーに狙われるリスクは常にあるの。けどコラプサーの行動原理を知ることが出来れば、奴を呼び込まなくて済むかもしれないでしょ?」
「魔力流入……。まさかそういうこと、なのかぁ……?」
「はいカル。何か思い至ったならちゃんと言語化して。外れてても構わないから」
だけど私なんかが頭をフル回転させるよりも早く、カルがはっとしたような声で呟いた。
カルの小さな呟きを耳聡く拾ったコルは、パンパンと手を叩きながら呆れた様子でカルに話の続きを促した。
「言語化って苦手なんだよなー……。ええっと、この世界って魔力が存在してなかったから、異界の門を開いた瞬間、テレスからスッゲー勢いで魔力が流入したじゃん? 無理矢理異界の門を押し広げるほどの勢いでさー」
「ええ。だから新しい異界の門をあえて開いて、広げられていた異界の門の拡張を抑えたばかりよね。コラプサー自身に門を開かれたら意味が無いってことは、ガイアが滅亡したことで証明されちゃったけど……」
「あ、そっか……」
保護した皆さんの話を聞くと、ガイアにはコラプサー自ら赴いたようにしか思えなかったもんね……。
コラプサーが通れないように異界の門を小さくキープしても、コラプサー自身に無理矢理押し広げられたら防ぐ手段なんて無いよ……。
「だからさー。その魔力流入が問題なんじゃないのかって思うわけさー」
「んん……? ごめんカル、もうちょっと噛み砕いて」
「だからさー。この世界みたく、魔力の少ないガイアにはテレスから膨大な魔力が一気に流れ込んだわけじゃん? その流入する魔力の勢いを感じたコラプサーは、その流入した魔力を追っかけてガイアに転移したんじゃねーのー? って」
「待ってよカル! それはおかしいだろ!? その理屈で言ったら、既にこの世界にはコラプサーが現れてなきゃ理屈に合わないっ!!」
カルが飄々と述べた仮説に、さっきの私のようにミルが噛み付いた。
けれどカルはそんなこと分かってると言わんばかりに、肩を竦めながら言葉を返す。
「おいおいミルってば忘れたのかー? この世界って始めはスッカラカンだったけど、今は別の魔力で満たされてるじゃんかー」
「あっ……!? カルの精霊魔法による魔力変質……!」
「別にコレを狙ったわけじゃねーけど、この世界の魔力が少し変質してくれたおかげで、異界の門の周辺に境界線が出来てんでしょー? 多分あれが蓋の役割をしてて、テレスからの魔力流入量を他の世界よりも少なく抑えててくれたんだと思うわけさー」
「……つまり、異界の門の拡張を抑制した私の判断、もしかして大正解だった?」
「私の仮説が正しいと決まったわけじゃないけどねー。決まったわけじゃないけど、1つの異界の門を必要以上にデカくすんのはヤベー感じがするなー……」
ま、勘だけどねーとおどけるカルに、私たちは言葉を返せない……。
確かにカルの話は勘だけに頼った暴論に近い推論だけど、大きな矛盾は感じられない。
魔力を追いかけるだけのコラプサーは、流入先の魔力が乏しい世界など知ったことではなく、その世界に流れ込む魔力を追ってガイアに現れた……!?
「……仮にカルの推論が正しいと仮定するわ。その場合は結局、この世界は安全なのかしら? それとも危険なの?」
「……悪いコル。それは正直なんとも言えないなー」
私がカルの推論に衝撃を受けている間に、コルが慎重な口調でカルに問う。
けれど問われたカルの答えは、残念ながら『分からない』だった。
「私の推論が正しければ、この世界よりもテレスからの魔力流入量が多い他の世界が全部滅びるまでは安全じゃないのーって感じ? 一定の魔力流入量を超えたら動き出すのか、流入量が多い順に片っ端から滅ぼしてるかは判断がつかないぜー」
「……ガイアの民がこの世界に転移してきたけど、今のところコラプサーが出現する気配は無いわ。ひとまず安全だと判断しましょう。それで今が安全だとして、将来的にも安全に過ごすにはどうすべきなのかしら?」
「……異界の門を複数開けてでも、1箇所からの流入量を減らすべきだろうなー。根本的な解決にゃならねーけど、時間稼ぎはしてくれっと思うねー。後は出来れば始めに開いた門を、閉じるなり狭めるなりしたいところかー」
「なるほど……」
世界全体の魔力の流入量は変わらなくても、1ヶ所あたりの流入量を減らすことでコラプサーの目に留まる可能性を下げるわけか……。
仮にカルの言っている事が正しければ、この方法は他の世界を犠牲にすることで成り立つ非道な作戦なのかもしれないけど……。
だからと言って、居るかどうか確かめようもない犠牲者の為に、自分の命を諦めようって気にはなれないよ……!
「分かった、メル? あとは貴女に任せるからね」
「……へっ!? ま、任せるって、何をっ!?」
「始めの門を閉じる方法に決まってるでしょーっ? 門をこじ開けるほどの魔力が流入している異界の門を放置はしておけないし、いざって時の為に異界の門を閉じる方法を確立しておく必要があるわ」
「異界の門を、閉じる方法……」
そうか……。テレスからの魔力流入で勝手に開きっぱなしになっている異界の門は、放置してたら広がるばかりで自然に閉じることはまずありえないのか……!
だから外部から力を加えて強制的に閉じる方法を見つけておかないと、いざって時にコラプサーから身を守る手段が無い……!
「頼りにしてるわよメル。天才魔法技師としての力、信じてるからねーっ」
「ちょっ!? まさか丸投げする気じゃないでしょうねー!? 煽てたって騙されないわよーっ!?」
自分に課せられた仕事の重圧に押し潰されそうになった瞬間、コルのからかうような言葉で肩の荷がふっと軽くなった気がした。
全くコルったら、直ぐに私の心の中を察しちゃうんだもんなー。ほんっと頼りになるリーダーだよ。
だけどコル! 絶対に協力してもらうんだからねー!? 丸投げなんて許さな……って逃げるなーーっ!!
「ごめーん、もうちょっとだけ待ってねー……。もう少しで……」
言葉が通じない相手に構っても仕方ないので、適当に相槌を打って作業を進める。
ミルが異界の扉の直ぐ近くで保護した人は全部で6名ほど。
そしてその全員とは全く言葉が通じなかった。
けれどジェスチャーをすれば意思の疎通が可能だったことから、言葉が通じないだけで、彼らが私たちと同程度の知性を秘めた人間であることは疑いようもなかった。
なのでひとまず食事を提供しつつ、現在はコルから正式なオーダーを受けて、彼らとコミュニケーションを取る方法を開発しているところなんだ。
「え、え~っとぉ……? つ、つまりこの世界の魔力を仲介させて、お互いの言葉の意味を相手の魔力に直接届けるってこと?」
「うん。原理としては精霊魔法を使った通信と一緒だよ。だけどこの人たちと私達の宿している魔力がちょっと違うみたいで、その橋渡し役にこの世界の魔力を使おうと思ってるんだ」
首を傾げるコルに返事を返しながら、大急ぎでマジックアイテムの開発を進めていく。
異界の門から現れ、体に宿す魔力が私たちとは微妙に違うこの人たちは、テレスとも違う世界の住人だと思うのが自然だ。
そんな人たちが、どうしてテレスと繋がっている異界の門から現れたのかは分からないけど……。
それを聞く為にも早くコミュニケーションを取らなきゃねっ!
「ここをこうして……。よしっ、完成っ! コル、コレを皆さんに渡してもらえる?」
たった今作り上げたプレート状のマジックアイテムを、来訪者に渡して欲しいとコルに手渡す。
初めて作ったマジックアイテムだけど、開発に用いた魔力が私にマジックアイテムの完成を確信させてくれた。
「なぁに、このカードみたいなマジックアイテムは? これを皆さんに持たせるだけでいいのかしら?」
「うん。そのマジックアイテムは持っているだけで、この世界の魔力を通して意志の疎通が図れるっていう効果があるんだ。あ、一応効果範囲は人間に留めておいたよー」
「サ、サラッと言ってるけどとんでもないアイテムじゃないの……? 流石は天才魔法技師メルトレスティね……」
「そういうのはいいから、早く渡してきてあげて。きっとあの人たちも会話が出来なくて不安でいっぱいだと思うからさ」
「あ、ごめんごめん。これを持たせるだけでいいのよね? 早速行ってくるわ」
コルは私に軽く頭を下げながら、出来上がったばかりのマジックアイテムを持って来訪者たちの元へ走っていった。
まったく、別に謝らなくていいのにー。コルは根が素直だからなぁ。
「あっ!? わ、分かる、分かりますっ……! え、私たちの言葉も通じてるんですか……!? す、凄い……!」
保護していた皆さんは、お互いの言葉が理解できるようになったことにしきりに驚いている。
心配はしてなかったけど、どうやらマジックアイテムの開発にはちゃんと成功したみたい。
私達の言葉も相手に伝わるし、相手が喋っている言語も魔力で変換されて、私たちの知っている言葉になって耳に届いてくれる。
でも保護した人たちが驚くのは分かるとして、なんでミルやカルまでドン引きしてるのかしらぁ~?
「い、異世界……!? ここは俺達が居た世界じゃないって、えぇ……!?」
「この世界にはまだ名前が無くて、生きているのも私たちだけなの」
私がカルとミルを追い掛け回している事を完全にスルーして、コルが早速お互いの事情を説明する。
あの場に居ても私が出来ることは何も無いから、ここはこのまま2人をとっちめてあげないとっ。待てーっ!
「そんなわけでね、本来居ないはずの貴方達との出会いには本当に混乱してるの。貴方達は何処の誰? どうやってこの世界に辿り着いたのかしら」
「え、えぇっと……。まだ信じられない部分も多いんですけど……」
混乱している6人になるべく敵意を示さないように気をつけながら、最優先で確認しなければいけない事を質問していくコル。
どうやらこの人たちは望んでこの世界に現れたわけじゃなさそうだけど、私たちと敵対する意志があるのか、そもそもどうやってこの世界に訪れることが出来たのかを知らなければいけない。
コラプサーが通れないように異界の門の拡張を抑制したはずなのに、外から異界の門を開けられたら堪ったものじゃないもんね……。
「私たちが居た世界には魔法なんて存在してませんでした……。凄いんですね、魔法って」
「魔法が凄いんじゃなくて、凄い魔法を即興で開発した誰かさんがぶっ飛んでるんだけどね。それで?」
どうやら彼らの元居た世界には魔法文明は発展しなかったらしく、固形の燃料を消費することでエネルギーを得る文明を築いていたらしい。
越界の概念が無い彼らの世界には名前がつけられていなかったそうだけど、彼らが住んでいた国はガイアと呼ばれていたようだ。
「……それで、ですね。突然ガイアに、言葉の通じない謎の集団が現れたんですよ。今にして思えばあれ、皆さんと同じ世界から来た人たちだったんですね……」
「……他の越界調査隊がガイアに転移したのね。魔法文明が発展していないってことは魔力が少ないってことでしょうし、大転移魔法陣の転移先に指定されてもおかしくないわ」
「その人たちの話題で連日ガイアは大騒ぎでした。会話こそ通じなかったけどとても理性的な人たちだったそうで、ジェスチャーやイラストなんかを使って意思の疎通を図っていたそうですよ」
ガイアには魔法文明が発展しなかった割に、繁栄していた文明はとても高度だったようだ。
突如現れた越界調査隊とも理性的に交流して、その様子はガイア全域に常に共有されていたらしい。
「……なんで他の調査隊員は言葉が通じないのに、メルは即興でこんなマジックアイテムを作れちゃうわけ?」
「決まってるじゃんミル。メルって全然自覚無いけど、マジでぶっ飛んだ天才なんだぜー? メルの年齢で魔法技師になることすら異例なのに、越界調査を託されるほどの超エリートなんだよ、この娘ってば」
越界調査を任されてるって意味ではお互い様でしょーっ!
私は別に天才でもなんでもなくって、3人と一緒にいる為に沢山勉強しただけですよーだっ。
「けど……、越界調査隊の方が見えられて10日程度経った頃でしょうか……。突如空が割れて、中からなんだか悍ましく禍々しい雲みたいな、薄気味悪いガス状の何かが噴き出してきたんです……!」
「それって……!」
「間違いないね……。コラプサーだ……!」
コルが驚愕し、ミルが緊張した面持ちで呟きを返す。
突如空を割って出現し世界を終焉に導くのは、テレスに現れた時とまったく同じ流れだった。
「その後はもう何がなにやら……。ガイア中が一致団結して、雲が広がるのを抑えようとしたんです……。でもっ……! でも何をやっても効果が無くてっ……!」
「雲に触れた部分から何も無くなっていくんですよっ!? 人も建物も、空気も地面も……! まるでそこには最初から何も無かったみたいに、本当に何も残らなくて……!」
コラプサーは魔力を喰らって終焉を導く存在だ。
コラプサーの雲状の体に触れた物質は瞬く間に魔力に分解され、そしてコラプサーに吸収されてしまう……。
魔力とは万物の根源たる要素だから、コラプサーが通ったあとには本当になにも無い虚無だけが残されるんだ。
まるで始めて訪れた時の、真っ暗なままのこの世界のような――――。
「……その後は、正直何も分かりません。どうやってここに辿り着いたのかも、そもそもどうして自分が生きているのかも、説明出来ないんです……」
日に日にガイアはコラプサーに飲み込まれ、数日のうちに滅亡を迎えてしまったそうだ。
私たちがこの世界にやってきてから既に数千年単位で時間が経過しているのに、ガイアに越界調査隊が現れてか10日程度しか経っていないって情報は気になるけど、皆さんが嘘をついているようには見えなかった。
どうやらこの6名は全く面識の無い相手らしく、けれど言葉が通じることでお互いをガイアの人間だと認識することが出来たようだ。
それぞれが全く別の場所に居たはずの6人に1つだけ共通していたのは、意識を失う直前に眩い光に包まれたという証言だけ。
「……恐らくだけど、その光は越界調査隊が無差別に越界転移を発動したんじゃないかしら? もしくはコラプサーのせいで、偶発的に転移対象者を無差別に選択して発動してしまったのかもしれないけど……」
聞いた話を元に、ガイアの人たちがこの世界に転移して来た原因を推理するコル。
ここからはガイアの人たち抜きで、私たち4人で今後のことを話し合うのだ。
当のガイアの人たちは、話が終わると1人、また1人と倒れる様に眠ってしまって、今は6人とも静かな寝息を立てている。
自分の居た世界の滅亡に直面し、死んだと思ったら安全な異世界に居ると知ったことで、緊張感から解放されて一気に気が抜けてしまったのかもしれない。
彼らも私たちも等しくコラプサーの被害者だ。
見捨てるわけにはいかないよっ!
「でもさー。なーんでコラプサーはガイアに現れたのかねー? 大転移魔方陣に選ばれた上に魔法文明が発展してないんだ。魔力の少ない世界にゃ間違いないだろうにさー?」
「……越界調査隊が現れたから? メモリーボックスで警告されていたように、越界転移に反応してコラプサーが自ら動き出してしまった、とか……」
「でもっ……! いくら越界転移には膨大な魔力が必要だからって、魔力の少なかったとしか思えないガイアに態々コラプサーが出向くかなっ……!?」
ミルの口にした推論に、つい声を荒立ててミルを問い詰めてしまう。
ミルはただ1つの可能性を口にしただけで、ミルだって何も分からない状況なのにそんなことしても意味無いでしょ……!
「メルの言う通り、コラプサーの行動に違和感を覚えるね」
しかしミルは取り乱す私に構わず、それどころか私に同意を示しながら話を進めてくれる。
「コラプサーは魔力に反応する存在のはずだ。いくら越界転移に反応したからといって、魔力の少ないガイアに行くのは理屈に合わない。ガイアは意外と魔力に溢れた世界だった、とか?」
「コラプサーを理屈で語るのはナンセンスな気もするけど……。少なくとも行動原理は単純だものね。仮に越界調査隊の転移した異界の門が開きっぱなしだったとしても、コラプサーがガイアに赴く必要性を感じないわ」
誰よりもコラプサーに脅威を感じているコルだからこそ、コラプサーがガイアに赴いた事に違和感を覚えているようだ。
魔法文明が発達してなくて、魔力が少ないと思われるガイアがコラプサーに狙われた理由かぁ……。
「んー……。デウス・エクス・マキナで無限の魔力を得たから、魔力の多寡に関わらず世界を滅ぼすようになった、とかじゃないよね……?」
「それは無いと思うわ。あいつは世界の終焉を望んでテレスに現れたわけじゃないからね」
私の想定はコルに即否定される。
自分の意見が否定されたのは残念だけど、コラプサーが魔力を求めて動いているのは間違いないはずだとコルは確信しているようだ。
「コラプサーに意思みたいなものは恐らく無くて、単純に魔力を求めるだけの存在ってのがテレスの出した最終判断でしょ。だからこそデウス・エクス・マキナを取り込んだ後、暫くの間は動き出さなかったんだしね」
「……今して思えば、越界の大転移魔法陣がコラプサーの再行動のきっかけになった気がするね。今更言っても仕方が無いことだけど……」
私たちが越界転移した事が原因でテレスが滅亡してしまった……。
そう考えると心が押し潰されそうになるけれど、だからと言ってテレスの人々が他に取れる手段なんて無かったんだよね……。
コラプサーが動かないうちに避難先を探すなんて、むしろ当たり前すぎる行動だったと思うし。
「……越界調査はテレスの総意よ。私たちが責任を感じる必要は無いわ。もし責任を感じても、それでテレスが復活するわけもないんだから、今は忘れて目の前の事に集中なさい」
「コルぅ……」
「今重要なのはねメル。デウス・エクス・マキナを取り込んだあとのコラプサーの行動原理に変化が起きてるっぽいことよ?」
無理矢理明るい声と表情を作ったコルが、今すべき事を示してくれる。
テレスの滅亡に責任を感じる暇があるなら、テレスの滅亡からコラプサーの情報を少しでも多くかき集めるんだ……!
「この世界はテレスからの魔力流入を止めるわけにはいかないんだから、コラプサーに狙われるリスクは常にあるの。けどコラプサーの行動原理を知ることが出来れば、奴を呼び込まなくて済むかもしれないでしょ?」
「魔力流入……。まさかそういうこと、なのかぁ……?」
「はいカル。何か思い至ったならちゃんと言語化して。外れてても構わないから」
だけど私なんかが頭をフル回転させるよりも早く、カルがはっとしたような声で呟いた。
カルの小さな呟きを耳聡く拾ったコルは、パンパンと手を叩きながら呆れた様子でカルに話の続きを促した。
「言語化って苦手なんだよなー……。ええっと、この世界って魔力が存在してなかったから、異界の門を開いた瞬間、テレスからスッゲー勢いで魔力が流入したじゃん? 無理矢理異界の門を押し広げるほどの勢いでさー」
「ええ。だから新しい異界の門をあえて開いて、広げられていた異界の門の拡張を抑えたばかりよね。コラプサー自身に門を開かれたら意味が無いってことは、ガイアが滅亡したことで証明されちゃったけど……」
「あ、そっか……」
保護した皆さんの話を聞くと、ガイアにはコラプサー自ら赴いたようにしか思えなかったもんね……。
コラプサーが通れないように異界の門を小さくキープしても、コラプサー自身に無理矢理押し広げられたら防ぐ手段なんて無いよ……。
「だからさー。その魔力流入が問題なんじゃないのかって思うわけさー」
「んん……? ごめんカル、もうちょっと噛み砕いて」
「だからさー。この世界みたく、魔力の少ないガイアにはテレスから膨大な魔力が一気に流れ込んだわけじゃん? その流入する魔力の勢いを感じたコラプサーは、その流入した魔力を追っかけてガイアに転移したんじゃねーのー? って」
「待ってよカル! それはおかしいだろ!? その理屈で言ったら、既にこの世界にはコラプサーが現れてなきゃ理屈に合わないっ!!」
カルが飄々と述べた仮説に、さっきの私のようにミルが噛み付いた。
けれどカルはそんなこと分かってると言わんばかりに、肩を竦めながら言葉を返す。
「おいおいミルってば忘れたのかー? この世界って始めはスッカラカンだったけど、今は別の魔力で満たされてるじゃんかー」
「あっ……!? カルの精霊魔法による魔力変質……!」
「別にコレを狙ったわけじゃねーけど、この世界の魔力が少し変質してくれたおかげで、異界の門の周辺に境界線が出来てんでしょー? 多分あれが蓋の役割をしてて、テレスからの魔力流入量を他の世界よりも少なく抑えててくれたんだと思うわけさー」
「……つまり、異界の門の拡張を抑制した私の判断、もしかして大正解だった?」
「私の仮説が正しいと決まったわけじゃないけどねー。決まったわけじゃないけど、1つの異界の門を必要以上にデカくすんのはヤベー感じがするなー……」
ま、勘だけどねーとおどけるカルに、私たちは言葉を返せない……。
確かにカルの話は勘だけに頼った暴論に近い推論だけど、大きな矛盾は感じられない。
魔力を追いかけるだけのコラプサーは、流入先の魔力が乏しい世界など知ったことではなく、その世界に流れ込む魔力を追ってガイアに現れた……!?
「……仮にカルの推論が正しいと仮定するわ。その場合は結局、この世界は安全なのかしら? それとも危険なの?」
「……悪いコル。それは正直なんとも言えないなー」
私がカルの推論に衝撃を受けている間に、コルが慎重な口調でカルに問う。
けれど問われたカルの答えは、残念ながら『分からない』だった。
「私の推論が正しければ、この世界よりもテレスからの魔力流入量が多い他の世界が全部滅びるまでは安全じゃないのーって感じ? 一定の魔力流入量を超えたら動き出すのか、流入量が多い順に片っ端から滅ぼしてるかは判断がつかないぜー」
「……ガイアの民がこの世界に転移してきたけど、今のところコラプサーが出現する気配は無いわ。ひとまず安全だと判断しましょう。それで今が安全だとして、将来的にも安全に過ごすにはどうすべきなのかしら?」
「……異界の門を複数開けてでも、1箇所からの流入量を減らすべきだろうなー。根本的な解決にゃならねーけど、時間稼ぎはしてくれっと思うねー。後は出来れば始めに開いた門を、閉じるなり狭めるなりしたいところかー」
「なるほど……」
世界全体の魔力の流入量は変わらなくても、1ヶ所あたりの流入量を減らすことでコラプサーの目に留まる可能性を下げるわけか……。
仮にカルの言っている事が正しければ、この方法は他の世界を犠牲にすることで成り立つ非道な作戦なのかもしれないけど……。
だからと言って、居るかどうか確かめようもない犠牲者の為に、自分の命を諦めようって気にはなれないよ……!
「分かった、メル? あとは貴女に任せるからね」
「……へっ!? ま、任せるって、何をっ!?」
「始めの門を閉じる方法に決まってるでしょーっ? 門をこじ開けるほどの魔力が流入している異界の門を放置はしておけないし、いざって時の為に異界の門を閉じる方法を確立しておく必要があるわ」
「異界の門を、閉じる方法……」
そうか……。テレスからの魔力流入で勝手に開きっぱなしになっている異界の門は、放置してたら広がるばかりで自然に閉じることはまずありえないのか……!
だから外部から力を加えて強制的に閉じる方法を見つけておかないと、いざって時にコラプサーから身を守る手段が無い……!
「頼りにしてるわよメル。天才魔法技師としての力、信じてるからねーっ」
「ちょっ!? まさか丸投げする気じゃないでしょうねー!? 煽てたって騙されないわよーっ!?」
自分に課せられた仕事の重圧に押し潰されそうになった瞬間、コルのからかうような言葉で肩の荷がふっと軽くなった気がした。
全くコルったら、直ぐに私の心の中を察しちゃうんだもんなー。ほんっと頼りになるリーダーだよ。
だけどコル! 絶対に協力してもらうんだからねー!? 丸投げなんて許さな……って逃げるなーーっ!!
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