異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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8章 新たな王と新たな時代2 亡霊と王

608 他人 (改)

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「私と主人が幸せになる方法なんて、始めから無かったんでしょうか……」


 クラーラさんが零した悔しさの滲んだ疑問の言葉が、寂れた武器屋の店内に溶けていく。

 クラクラットの外れの小さな武器屋で、誰もが口を開き辛い気まずい空気が漂っていた。


 クラーラさんの話とティムルの記憶が重なった事で、ティモシーが言っていたことが本当で、ティムルがクラーラさんの娘という事が確定した。

 けれどせっかく判明したその事実に、喜びを表す者はこの場にはいなかった。


「……話してくれてありがとう、クラーラさん」

「…………いえ。こちらこそありがとうございます。おかげで自分の過去の過ちに……娘に向き合うことが出来たように思えますから」


 ゆっくりと頭を下げて、俺に感謝の言葉を伝えてくれるクラーラさん。


 言葉を言い終えて再度俺に見せてくれた表情には、疲労が色濃く表れていた。

 見たくない過去に正面から向き合うのって、本当に消耗するからなぁ……。


 そんなクラーラさんを一旦放置して、俺たちを引き合わせたティモシーに声をかける。


「……これで満足かティモシー?」

「あ? 満足かって、そりゃどういう……」

「お前の望み通り、かつてティムルがこの家の娘だった事はほぼ間違いないと思う。で? これからどうしたいんだ?」

「……これか、ら?」


 俺の問いかけに、馬鹿面を晒して首を傾げるティモシー。


 コイツ、何のプランも無しにティムルとクラーラさんを引き会わせたのかよ?

 家族として一緒に暮らしたいとか、名匠になったティムルとお近付きになりたいとか、そういった打算すらないのかコイツには……?


「正直クラーラさんの様子を見る限り、彼女は娘との再会を望んでいたようには見えないけど? ティムルとの血縁関係を証明して、お前はいったい何がしたかったんだって聞いてるんだよ」

「な、なにって……。俺はただティムルが俺の妹だって、それを証明したくって……」

「つまりティムルがお前の妹だってほぼ確定した以上、もうお前の用件は済んだってことでいいんだな?」

「えっ、そ、それは……! それは……。あれ? そう、なのか……?」

「ちっ……」


 アタフタとしながら首を傾げるティモシーにイライラさせられる。

 幸いティムルはさほど気にもしていないようだけど、お前は軽はずみな行動でティムルだけじゃなく実の母親であるクラーラさんも傷つけかけたっていうのに……。


 この空気の読めなさのおかげで救われたこともあったようだけど、流石に辟易させられるよ。


「覚えとけティモシー。人の過去はそんなに軽々しく暴いていいもんじゃないんだ。お前、あと1歩でも何かを間違えていたら俺に殺されてたってこと、絶対に忘れんな」

「ひっ……!? な、なんで……!? 妹を妹って言っただけじゃ……」

「18年も前に別れたら、血が繋がってようがとっくに他人なんだよっ!!」


 どこまでも空気の読めないティモシーの発言に、つい我慢できずに怒鳴り散らしてしまう。

 この想像力の欠如した男に何を言っても、他人の気持ちなんて汲み取ることはできないってのにな……!


「逆にお前だったら許せるのか!? 見ず知らずの他人に端金で売り飛ばされ、遠い地で奴隷として生きることを強いられてなお、血が繋がってるってだけで全部許せるのかよっ!?」

「そ、そんなの分かるかよっ!? 俺はこの地から1歩も出たことが無いってのに……!」

「はぁぁぁぁ~……」


 ティモシーの返答に、怒りを抱いたことすら馬鹿馬鹿しく思わされてしまった。

 冷遇され続けてきた環境のせいもあるのかもしれないけど、コイツには自分以外の誰かを気遣える配慮は一切無さそうだ。


「ティムルと一緒に暮らしたいとか、ティムルに家計を助けて欲しいとか、何か目的があるのかと思えばただ妹だと証明したかっただけとはね……。呆れるよ」

「な、な……!? き、聞かれたから答えただけじゃねぇか……! それがなんでそこまでボロクソに言われなきゃ……」

「お前が何の考えも無しに動いてることは良く分かった。話しかけて悪かったな。もう俺の前で2度と口を開くな。許可無く口を開いたら問答無用で殺してやる」

「ふぐっ!?」


 不満を垂れ流していた口を、自身の両手で慌てて塞ぐティモシー。

 ……なんかこいつ、怒られたときだけ反応が異常に早いよな? 怒られ慣れてない?


「ごめんねクラーラさん。確かに貴女の言う通り、コイツに口を開かせると全然話が進まないみたいだ」

「……大変失礼しました。この子は昔からそういうところがありまして……。自分の話ばかり喚き散らして人の話を聞かなくて……」

「ぐっ……!」


 しっかりと自身の口を両手で押さえ込んだまま、不満そうに唸るティモシー。

 この、自分に危険が及ぶと判断した時だけ従順になるのも、周囲の人間から見たら腹が立つ要因の1つになるよなぁ。


 「もしかしたら私たち夫婦への不満や反抗心がそうさせたのかもしれませんけれど……。この年齢にもなって自身の振る舞いを親のせいにされても困りますからね……」

「ま、確かにこいつが置かれた環境は特殊だったろうからね。家に生活費を入れたりと根っから悪い奴では無いんでしょ。ただ付き合ってると疲れるってだけで」

「ダンさんのように寛容な判断をしてくれる方ばかりではないので……。この子は私たちとも関係なく、この子個人が嫌われていまして、おかげで妻も見つからず……」

「……問答無用で殺すって言った俺が寛容に感じるほど、トラブルメーカーなんだねぇコイツって……」

「「はぁ~…………」」


 クラーラさんと同時に深いため息を吐いてしまう。

 けれどティモシーへの尽きない愚痴のおかげで、さっきまで漂っていた気まずい空気は霧散してしまったように思えた。


「改めて言っておくよ。俺達はティモシーに声をかけられたから興味本位でついてきただけで、クラーラさんたちの生活を脅かそうとは思ってないんだ。出来ればクラクラットに来るのもこれっきりにしたいと思ってるし」

「んーっ!?」

「そうでしたか……。お客様のおかげで当分生活には困らないでしょうし、私としては大変ありがたかったです。本当にありがとうございました」


 ティモシーを完全に排除したことで、クラーラさんは俺達への対応を店に来た客へのものへと変化させた。

 ティムルに謝りたいとか、娘を引き取りたいとか言い出す気は一切なさそうだ。


「……無責任に思われるかもしれませんが、私の知らないところで娘が幸せになっていたと知れて少しホッとしました。娘同様、私も娘のことなんてとっくに忘れ去ってしまったと思っていたんですけどね……」

「私は逆にちょっとがっかりしちゃいましたね。かつての自分の生家がこんなに寂れていたなんて。そして兄がこんなに空気の読めない人物だったなんて知りたくなかったですよ」

「空気を読めない子だからこそ、私たち家族への冷遇に必要以上に心折られる事が無かったのかもしれません。貴女を前にこんなことを言うのは憚られますが、ティモシーが居なければ私たちはもうこの世にはいなかったと思いますよ」

「変に気を遣わなくても大丈夫ですよ~。私たちには血縁以外の繋がりなんて、1つだって無いんですからねー?」


 右手をひらひらさせて、自分への気遣いは無用だという意思表示をするティムル。

 そんなかつての娘の姿を見たクラーラさんは、少しだけ寂しそうな表情になった。


「それじゃそろそろお暇しますよ、きっと俺達はもう2度とこの店を訪ねる事は無いと思います」

「……はい。本日はお買い上げ、本当にありがとうございました」

「2度と会うつもりは無いので、妻の生家への結納代わりに、少し独り言でも零させていただくとしますよ」

「結納……? それって……?」


 おっと、この世界には結納の概念は無かったかな?

 クラーラさんは戸惑った表情を浮かべて首を傾げてしまった。


 そんなクラーラさんに構わず、俺は独り言を話し始める。


 間もなくクラクラットに戦闘職の転職魔法陣が設置される予定であること。

 クラメトーラとの陸路が既に確立されていて、今後は移動魔法で運べない生活必需品が大量に運び込まれる予定であること。

 スペルド王国では装備品が不足していて、鉄製武器や鋼鉄製武器でも恐らく需要が見込めるという事。

 そしてどれだけ生産スキルを使用したところで、魔物を狩って職業浸透を進めない限りは、いつまで経っても職人として成長出来ないという事。


 上手く扱えればここから逆転することも出来るんじゃないかという情報を、とりとめなく羅列していく。

 クラーラさんが1番驚いた話題はグルトヴェーダに道を拓いたことで、1番興味を示したのは職業浸透に関する話題だった。


「そん、な……! 職業浸透って……! そ、それじゃ職人としての成長に、職人連合との軋轢なんて何も関係が無かった……!?」

「さっきクラーラさんは言ったよね? 自分たちが幸せになる方法は最初から無かったのかもって。だけど貴女達が幸せになる1番の近道は、奇しくもそこの馬鹿息子が示してくれていたんだよ?」

「んっ!? んんーっ!?」


 自分が褒められたと勘違いしたティモシーが、水を得た魚のように自分を指差して飛び跳ねている。

 煩いなぁコイツ。口を開かなければ騒いでいい、なんて言った覚えは無いんだよ?


「ドワーフ族の貴女たちが、店を捨てるという選択をするのは難しかったかもしれない。魔物狩りだってアウター管理局に管理されている以上妨害されることもあったかもしれない……」

「…………」

「けれど最後の最後、クラーラさんの夫が職人じゃないと格好がつかないという年寄りの戯言を無視してノッキングスレイヤーになっていれば、ティッタさんはもう少し良い物を作れるようになっていただろうね」

「…………っ」


 黙って俺の言葉を聞いていたクラーラさんは、最後の指摘を聞いてビクンと体を跳ねさせた。

 周囲の反対を押し切ってティッタさんと婚姻を結んだくせに、最後の最後で日和ったせいで困窮を強いられていたんだよ?


 勿論職業浸透の知識も広まっていないし、アウターに自由に出入りすることも出来ないクラクラットが特殊な環境だってことは分かってるけどさ。


「妻を俺と出会わせてくれた事は心から感謝するよ。だから言わせてもらうね?」


 ティッタさんとクラーラさんの人生は、苦悩と苦痛に満ちた本当に辛い日々だったのだろう。

 そんな日々に疲れ果てたクラーラさんに無知を打つようなことは言いたくないけれど、聞かれた以上は突きつけてあげるよ。


「クラーラさんとティッタさんは周りの意見を無視して我を通したのに、最後の最期で我を通しきれなかったから幸せになれなかったんだよ?」

「そんな……! そんなこと言われたって、クラクラットで年長者に逆らっては生きて……!」

「……あのさぁクラーラさん。最初に年長者に逆らって婚姻を結んだ人がなに言ってるの?」


 やると決めたからには半端が1番良くないんだよ?


 親方衆に逆らっても破門されるとは思ってなかった?

 店を構える事を許されたのに、素材は回されずティッタさんは職人として成長出来ないとは思ってなかった?


 悪いけどクラーラさんもティッタさんも、何の覚悟もなく甘い考えで添い遂げようとしか思えないよ?

 若年結婚ってそういうものなのかも知れないけど、いくらなんでも考えが甘すぎる。


「ティモシーを見なよ。周囲の意見を聞かずに我を通し続けて、だからこそ家計を助けられるくらい稼げて、ノッキングスレイヤー内で幹部まで成り上がったんでしょ」

「そ、れは……」

「それに比べてティッタさんは破門されながらも職人である事に拘り続け、家族を守れず娘を売り飛ばし、クラーラさんの貞操さえ危うかったんでしょ? クラーラさんはティッタさんを肯定していたけど、悪いけど俺はティモシーの方がまだ現実を見てると思う」


 ティモシーと言葉を交わした感じ、幹部っていうより患部扱いされてる気がして仕方ないけどな……。

 それでもティッタさんが稼げなかった生活費を稼ぎ、ギリギリのところでクラーラさんを守ったのがティモシーの方であったことは紛れもない事実なのだ。


「中途半端に折れちゃったのがクラーラさんたちの問題だったんだと、俺は思うよ。折れるなら最初から折れて、貫くなら貫き通す覚悟が必要だったんだ。クラクラットでそれが難しいのは分かってるけどさ」

「……年長者の言う事を素直に聞けない甘えと、最後まで我を貫き通せない弱さこそが、私たちの辛い日々を形作ってしまったというんですか……」

「しょせん第三者からの意見だと思って聞き流してよ。俺はクラクラットの常識も、当時ティッタさんとクラーラさんが置かれていた状況だって知りもしないんだから」


 さてと、餞別はこれで全部かな?

 ティムルの母親だと分かってついつい余計なことまで言っちゃったけど、今日初めて会った良く知りもしない相手に知ったような顔でなんだかんだと言われては気分も害するだろう。


「クラーラさん。最後にこれだけ渡しておくよ」


 ティムルとシャロを抱き寄せながら席を立ち、テーブルの上に王金貨を5枚ほど並べてみせる。

 手切れ金みたいでちょっと嫌だけど、困窮しているクラーラさんたちには現金を渡すのが1番喜ばれそうだからね。


「俺もティムルも今後はクラーラさんたちと関わる気は無いよ。けれど貴女が妻の母親なのは間違いなさそうだから餞別だ。どうか生活の足しにして欲しい」

「生活の足しって……! こんな大金をそんな気軽に……!」

「気にしないで受け取って。俺達はお金に困ってないからさ。でも追加でお金を要求されても突っ撥ねるから、そのお金は大切に使ってよ。じゃねー」

「あっ、あのっ……! ま、待って、待ってください……!」


 俺達を引きとめるクラーラさんの声を無視して、ティムルとシャロを連れて店を出る。


 クラーラさんは俺達を追いかけたそうにしているけれど、テーブルに並べられた王金貨を拾うことも放置することもできず、結局席を立つ事はなかった。

 最後まで優柔不断で決断出来ない姿を見せ付けられちゃった気分だよ。


 これ以上邪魔が入らないよう、一旦クラメトーラの入り口、本来外部の人間が転移を許可されている場所まで転移する。


「……ごめん2人とも。とても2人の事を可愛がってあげるような気分じゃなくなったから、このまま奈落に直行していいかな? 今はなんだか家族みんなの顔が見たくってさ……」

「ん……。残念ですけど仕方ありませんね。確かにこのままえっちするような流れではありませんし……」

「あはーっ。ダン、そんなに落ち込まなくて良いのよー。私は本当にあの人たちのことは何とも思って無いんだからねー?」

「へ?」


 笑顔で語りかけてくるティムルの言葉が一瞬理解できなくて、つい間の抜けた反応を返してしまった。


 俺が、落ち込んでるって?

 ティムルがクラーラさんたちに何の感情も抱いていない事は、俺だって充分分かっているつもりなんだけど……。


「ダンは彼女たちが私の家族だと知って、そして彼女たちが生活に困っていると分かっているのに見捨てる自分に落ち込んでるんでしょ?」

「……そんなこと、無いと思うんだけど」

「敵対さえしなきゃ誰の不幸も許せないなんて、ダンったら本当にしょうがない人ねーっ」


 ニコニコしているお姉さんを見ていると、それだけで気持ちが軽くなってくるような気がした。

 だけど気持ちが軽くなるって事は、やっぱり俺はティムルの言う通り落ち込んでたってことなのか?


「でもアレだけお金と知識を提供して、更には彼女たちの弱さまで指摘してあげたんだから、貴方全然見捨ててないからねー?」

「ですよねぇ? 王金貨を8枚も置いてきておいて、これで見捨てたって認識は流石に無理がありますよ」


 俺の両側から聞こえるティムルとシャロのくすくすという笑い声に、沈んでいた俺の気分もどんどん軽くなる。


 別にクラーラさんたちの生活を援助したいとは思ってなかったんだけどなぁ……。

 お金を置いてきたのはティムルを産んでくれたことへの感謝というか、お礼みたいな意味合いのつもりだったんだけど。


「貴方はニーナちゃんとフラッタちゃんのお母さんをこの世の誰よりも幸せにしちゃったからねー。私の母親らしいクラーラさんを不幸なままにしておくのは許せなかったんでしょっ。でもねぇダン~……?」


 一旦言葉を切ったティムルは、俺の反応を待たずに自分でポータルを発動した。

 だけど俺はポータルの転移先よりも、お姉さんの言葉の続きの方が気になって仕方が無い。


「血が繋がっているだけの他人を幸せにしようなんて思わないでいいの。その思いはぜーんぶ魂で繋がっている私たちに向けてくれたら、お姉さん嬉しいわーっ」

「……血が繋がってるだけの他人、かぁ」


 ティモシーと話している時は、俺も同じ事を思ったはずなんだけどな。

 思ったよりもティッタさんとクラーラさんも苦しんで生きてきたと知って、何とかしたいと思ってしまったのかもしれない。


「お姉さんが他人だと断言するなら、過去のティムルを思って恨む必要も、今のティムルを思って感謝する必要も無い、のかぁ……」

「貴方はいつだって、自分が愛する家族のことだけ考えていればいいのよーっ。だから早く会いに行きましょっ。私たちが愛する、大好きなみんなのところにねーっ」


 ティムルに引っ張られるように、彼女が発動したポータルで転移する。

 転移先は奈落の入り口で、そこから直ぐにティムルはアナザーポータルを使用してくれた。


 笑顔で頷くティムルにキスをして、私も私もとねだるシャロにもキスをして、俺は愛する家族の元に向かう為にティムルの設置したアナザーポータルに飛び込むのだった。
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