異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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8章 新たな王と新たな時代2 亡霊と王

607 現実 (改)

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「私と夫との間にティムルという娘がいたのは、事実です……」


 ティモシーに案内された寂れた武器屋の奥さんが、とうとうティムルという娘が居た事を認めてくれた。

 これで何とか話が聞けそうだ。


 ……けど、いったい何の話をすればいいんだろ?


「……よく考えたら俺らって、ティモシーに案内されて貴女に引き合わされただけだったな」


 奥さんが嘘なんか吐くから遠回りしちゃったけど、本来俺達はティモシーに無理矢理引き合わされただけなんだよなぁ。

 次の流れはティモシーに確認するのが筋かなぁ。


「なぁティモシー。奥さんにも会ったことだし、俺らはもう帰っていいの?」

「いい訳ないだろ!? 話をする為に装備を買い占めたんじゃねぇのかよっ!?」

「そうなんだけどさぁ。そもそも何の話をするとか決めてないんだよ。お前が両親に会えって言うから付き合っただけでさ」

「ぐっ……! そりゃそうだけどよ……! ティムルも興味なさそうにしやがってぇ……!」


 恨めしそうに向けられるティモシーの視線を、退屈そうな欠伸で迎え撃つティムル。

 そこでティムルに恨み言を言うのはお門違いだろ。今回の話はお前が主導してるんだから。


 俺達側からは話が進まないと判断したティモシーは、慌てて母親の方を振り返る。


「お袋もなんとか言ってやってくれよ! そこに居るのはティムルなんだ! 俺の妹でお袋の娘のティムルなんだよっ!」

「……ティモシー。そちらの方が娘のティムルかどうかはさておいて、貴方は私とお客様の紹介もしてくれないのねぇ……」


 詰め寄るティモシーに、心底呆れたように盛大に溜め息を吐いて見せる奥さん。


 そう、未だに奥さん呼びなのは、お互いの名前も知らないからなんだよ?

 普通は両者を引き合わせたティモシーがお互いを紹介するもんじゃないの~?


「どうやら息子に任せておくと話が進まないようなので……。申し訳ありませんがお客様、当店にいらした理由を説明していただけますか?」


 はっきりと母親に無能宣告されるティモシー。

 またしてもぞんざいに扱われるなコイツ。


 でも今回は流石に同情出来ないよ。俺も迷惑被ってる側だもん。


「ティモシーにつれてこられただけ、と仰るのでしたら、このままお帰りいただいてもお引止めは致しません」

「なっ!? お袋、アンタ何言って……!」

「ティモシー! いい加減頭を冷やしなさいっ!」

「ひっ……!」


 相変わらず母親に怒鳴られると、すぐに黙り込んでしまうティモシー。

 こいつ、この調子で本当にノッキングスレイヤーの幹部なんてやっていけてるんだろうか?


 ティモシーと違ってどうやら奥さんは理性的な方のようで、俺がティムルと共に訪れたからといっても変に慌てたりはしていないようだ。


「お客様を無理矢理引っ張ってきておきながら、応対は私たちに投げっぱなしなんて……! 職人かどうか以前に人として、大人として恥を知りなさいっ!」

「ぐっ、ぐぬぬ……」

「息子にはもう口を挟ませませんので、どうかお客様の話を聞かせてもらえますか? ……話す事など無いというのであれば、それでも構いませんが」

「話す事は……あるかな」


 ティムルという娘がいたと認めた以上、この女性がティムルの母親である可能性が高い。

 だからティムルがここで過ごしていた時の様子とかを聞きたいとは思うんだけど……。


 けれど当事者であるティムルが我関せずと傍観を決め込んでいる今、俺の口からこの女性に聞くべきことってなんなんだろうなぁ?


「……そうだなぁ。話を始める前に自己紹介をしておこうか。俺はダン。一応ティムルの旦那だよ」

「ティムルの……。あ、私はクラーラ。主人はティッタと言います」

「クラーラさんね。それじゃ俺がこの店に足を運んだ理由だけど……」


 今回の話には関わってこないであろうシャロの事は名前だけの紹介に留めて、俺がこの店に足を運んだ理由を話す。


 妻のティムルも15歳の時にクラメトーラから売り飛ばされていて、ティモシーの話と妻の過去に共通点を感じなくもなかった。

 妻は売り飛ばされる前の事を殆ど覚えていなかったので、妻の過去に少しでも触れられるならと、ティモシーの話に乗ってクラーラさんたちに会いに来た、と説明した。


「……なるほど。お話はよく分かりました」


 余計な口を挟まずに俺の話を聞いたクラーラさんは、小さく頷き息を吐く。

 そして少し緊張した様子でティムルに話しかけてきた。


「ティムルさん。失礼ですがご年齢を伺っても?」

「私? 私は今年で33になりましたよー」

「33……。であれば確かに貴女はティモシーの言う通り、私と主人の娘なのでしょうね……」


 年齢と名前で確信するか。

 この世界では平民はファミリーネームを持っていないけど、その分人口も少ないから同名の人もあまり居ないのだろう。実際会った事ないし。


「ほっ、ほら見ろっ! やっぱりお前は俺の妹のティ……」

「黙れティモシー。次にひと言でも余計な口を開いたらまた萎縮させっからな」

「ひっ……」


 騒ぎかけたティモシーに邪魔をするなと釘を刺しておく。

 コイツ、集会所でも話の流れをぶった切ってたし、ティムルのことがなくても普段から空気の読めない奴っぽい。


「クラーラさん。まず最初に言っておくけど、別に俺もティムルも貴方達の生活を脅かそうとは思ってないからね。ここに来たのは単なる好奇心だと思ってくれて良いよ」

「主人の言う通りです。もしもクラーラさんが私の母親であったとしても、申し訳無いけど私は覚えていないので……。特に思い出したいとも思ってないから、雑談のつもりで応じてもらえれば充分です」

「……貴女が私達のことを覚えていないのも無理ないかもしれませんね。それほどに私たちとあの娘は関わってこなかったから……」


 ティムルからの決別の言葉に、自嘲するように渇いた笑いを浮かべるクラーラさん。

 娘に覚えられていなくても無理はないって、いったいこの人たちはティムルとどのように接してきたんだろう?


「クラーラさん。貴女達は幼い日の妻をどのように扱っていたの? それと、さっき1度娘の存在を否定したのはどうして?」

「……まだ幼かった娘は、本当に気軽にドワーフ族のタブーを口にしてしまいました。その為決して外に出すわけには行かず、私と主人の中では娘はいなかった事になっていたんです」


 娘はいなかった事に、なっていた……?

 その言葉に胸の奥で何かが燻ったような気がしたけれど、両側から伝わるティムルとシャロの体温が俺を落ち着かせてくれる。


「……それじゃ、いなかった事になっている娘の存在を、今こうやって認めたのはなぜ?」

「改まって何故と問われると言葉に窮するのですが……。店の商品全てを購入していただいたお客様……ダンさんへの感謝のつもりだったのかも……」

「あ~、そういう……」


 郊外だし扱ってる商品の品質は低いしで、誰がどう見ても流行ってなさそうだもんなこの店。

 思いがけず大金を売り上げてしまったことで昂揚し、つい口が滑ったって感じかな?


「若き日の私と主人……ティッタは、それはもう燃え上がるような大恋愛の末に結ばれました」


 ティムルの存在を認めたことで心の箍が外れたのか、尋ねるまでもなく自分から堰を切ったように話し始めるクラーラさん。

 余計な口を挟まず、黙ってクラーラさんの言葉に耳を傾ける。


「お互いさえいれば何も要らないと、これからの2人の未来は幸福で輝かしいものになると信じて疑いませんでした。……けれどそんな私たちに待っていたのは、ありふれた現実という名の地獄だったんです」


 2人が結ばれた当時、旦那さんのティッタさんは工房の見習い職人でクラーラさんは大地の工廠の親方の娘という、所謂身分違いの恋をしていたそうだ。

 当然周囲の大人たちは2人の仲を認めるはずもなく、けれど若い2人の情熱の炎も消えることなく燃え上がり、周囲の反対を押し切って2人は婚姻を結んでしまったそうだ。


「大地の工廠の親方の娘って……。クラーラさんってエウレイサの娘か何かなの?」

「いえ、私は先代の娘で、エウレイサ様とは血縁にはありません。先代の親方である父は既に他界しております」


 先代も職人連合の重鎮だったとするなら、クラーラさんは良いとこのお嬢様ってわけだ。

 道理でこんな小さな店を構えている割に、俺達への応対がやけに丁寧だと思ったよ。


 そう言えばクラメトーラのクラって、職人って意味の言葉なんだっけ。

 クラと名付けられたクラーラさんは、ひょっとしたら俺が思う以上に身分の高い人だったのかもしれない。


「主人と結ばれた事に後悔はありません。ですが、幸せになれたかと言われたら……」

「……何があったの? いくら周囲の反対を押し切って結ばれたからって、大地の工廠の親方の娘をそんなぞんざいに扱ってくるわけ?」


 大地の工廠のエウレイサって、確か今代の職人連合の長とか言ってたよな? なら先代だってそれなりの地位に居たはずだ。

 先達を崇拝するドワーフ族なら、親方衆の血縁者に酷い扱いはしないと思うんだけどなぁ?


「私も主人も甘く見ていたんです。ここクラクラットで、年長者の意見を蔑ろにするという行為の重大さを……」


 当時の想いがぶり返してきたのか、悔しそうに歯噛みするクラーラさん。

 周囲の反対を押し切って強引に婚姻を結んでしまったティッタさんとクラーラさんだったけど、婚姻を結んだ事を境に周囲の態度は一変してしまったそうだ。


 当時見習いだったティッタさんは破門され、けれどクラーラさんの家が職人じゃないのは格好がつかないと、街外れに小さな店を開く事を許された2人。

 しかし魔物狩りの数も少なく、素材の供給もアウター管理局に調整されているこの地で職人連合の協力無しに商売を営むことはかなり難しく、袂を分かったかつての実家に頭を下げて生活費を無心しなければならない日々だったらしい。


「実家にお金を借りに行く度、私たちは笑い者にされるんです。それ見たことか。年長者の言う事を聞かないからだと、私たちを若い衆に対する見せしめのように扱って……」

「……ティムル以前に、両親が既に冷遇されてたのかよ」


 クラクラット、クラメトーラという閉じたコミュニティで最も重要視されている年長者の声を無視して我を通したティッタさんとクラーラさん夫妻は、想像すらしていなかったほどの冷遇に晒されてしまったそうだ。

 お金の無心の対価に肉体関係を迫る者も少なくなく、愛する夫のために操を立てるか、愛する夫の為に体を差し出すか、クラーラさんはいつも極限の二択を迫られ続けていたそうだ。


 ……そんな扱いをするくらいなら、始めから何がなんでも2人の婚姻を阻止しろって感じだけど。

 この世界での婚姻はステータスプレートに誓うだけで良いので、両者を監禁でもしない限り止めるのは難しいからなぁ……。


「幸いその頃にはティモシーがノッキングスレイヤーに参加して、生活費を稼いで家にお金を入れてくれるようになりまして。なんとか望まぬ相手と肌を重ねずに済んだのですがね……」

「へぇ? やるじゃんティモシー」


 ここでティモシーの空気が読めない性格が良い方に働いてくれたわけか。

 道理で店主であり敬われるべき父親が、ティモシーに対してあまり強く出ないと思ったよ。


「でも家族ぐるみで冷遇されてたんなら、ティモシーがお金を稼ぐ事に妨害のようなものは無かったわけ?」

「さっきも言ったろ。ここじゃ職人よりも上に見られる職業なんかねぇってな。職人じゃなくて魔物狩りなんかを目指す俺を妨害なんて、職人共のプライドが許さねぇのさ」

「うわぁ……。どうでもいい上に馬鹿馬鹿しい理由だった……。ま、それで生活費を稼げたのは不幸中の幸いだったね」


 ティモシーの魔物狩り活動には妨害などを受けることは無かったそうだけど、魔物の数が限られている暴王のゆりかごでの活動はそれほど儲かるわけではなく、ティッタさん一家は常に苦しい生活を強いられていたそうだ。

 そんな生活の中でクラメトーラの地を否定するティムルの発言は、ティッタさんにとってもクラーラさんにとっても、とても聞き流せるような発言ではなかったらしい。


「息子のティモシーは魔物狩りを志し、娘のティムルはこの地を否定する発言をしました。このこともまた散々責められまして……」

「……年長者の言う事を聞かないから、お前の子供は職人を目指さないんだー、ってこと? イカれてるなぁドワーフ族」

「……辛い日々の中、私も主人も心が磨り減っていくのが分かりました」


 ドワーフ族がイカれてると発言しても、その発言を咎めることなく続きを語るクラーラさん。

 クラーラさんも心の奥底では、ドワーフたちの価値観に疑問を抱いてしまっているんだろうな。


「あんなに恋焦がれたティッタとの夫婦生活がこんなに色褪せた日々になるなんて……。そんな時に娘がこの地を否定したんです。私もティッタももう、これ以上の生活には耐えられなかった……」

「だからティムルを閉じ込めて、目を逸らして、極力関わろうとしなかったってことか……」


 早い話が育児放棄をしたわけだ。

 クラーラさんたちも限界だったみたいだし、単純に彼女達を責めるのもまた違う話なのかもしれないけれど……。


「……今にして思えば、私は娘に八つ当たりをすることで心を落ち着けていたのかもしれません」

「八つ当たり?」

「自分と主人がしたことを棚に上げて、クラメトーラを否定する娘のせいでこんな生活を強いられていると……。そんな風に思い込んで、娘を拒絶しひた隠しにして……」

「あ~……。だから顔を合わせる度に罵倒してきたわけねぇ……。正直細かい内容は覚えてないけど……。あれってストレス発散だったのねぇ」


 クラーラさんの懺悔のような告白に、薄れていたティムルの記憶が重なったようだ。

 幼い日に母親に罵倒された記憶に、なるほどーと感心するように何度も頷いているティムル。


 そんなティムルの小さな呟きに、大きく目を見開いて驚くクラーラさん。


「貴女は……。貴女は本当に娘のティムルなのね……」

「ま、一応そうみたいね? 貴方の娘だった時の記憶はあまり無いんだけど」

「覚えているのは娘を罵倒している姿だけ、ね……」


 あっけらかんとした態度のティムルに、悲しそうに表情を曇らせるクラーラさん。

 ティムルを娘だと認識したからこそ、その娘になんの執着も持たれていないことが悲しいのだろう。


「なんて最低の母親、最低の家族だったんでしょう……。私と主人が幸せになる方法なんて、始めから無かったんでしょうか……」


 クラーラさんの懺悔のような後悔の言葉は、誰にも反応されずに宙に薄れていく。

 けれど情報が断片的過ぎて、彼女に返すべき言葉が見つからない。


 周囲の反対を押し切ってまで愛する人と結ばれたのに、その婚姻が原因で袋小路のような閉塞した日々に悩み続けたクラーラさん。

 愛する人を諦めても想いを貫いても、結局は幸せになる道なんてなかったんじゃないだろうかと、自分が選んだ道に疑問を持ち、自分の選択を信じられなくなってしまったようだ。


 日々の生活の疲れとストレスを、娘のティムルにぶつけることで何とか平静を保っていた、か。


 ……笑っちゃうねクラーラさん。

 貴女はクラクラットの職人連中に拒絶され、冷遇された日々を耐え忍びながら、その一方でまだ何も分からない幼い娘に同じ事を強いていたのだから。


 誰もが口を噤んだ店の中で、ティムルとシャロから伝わる温もりだけが俺の心を暖めてくれていた。
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