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8章 新たな王と新たな時代2 亡霊と王
604 伝統 (改)
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「俺の所有奴隷であるカイメン。お前にドワーフ族の代表者を務めてもらうぞ」
ドワーフ族の中で代表者になれそうな人が見つからなかったので、面倒臭いのでカイメンに丸投げする。
そんな軽いノリでカイメンをドワーフ族の代表者に任命してやったのはいいんだけど、俺に絶対服従するとか言っていたくせに全然了承する気が無さそうなカイメン。
絶対服従ってどういう意味だったっけなぁ……?
「というかさ、いい加減気付けカイメン。ドワーフ族はその他力本願で責任転嫁なところを直すべき時が来てるんだって事を」
「た、他力本願だとぉ……!? ど、どういう意味で言って……!」
どういう意味も何も、言葉通りの意味しかないっつうの。
重要な選択を迫られた時に、流れに身を任せるような奴が代表じゃ食い物にされて終わるだけだ。
だからここで、ちゃんとお前の意思でドワーフの代表に就任してもらうぜカイメン?
「アウラに縋って救われようとしたり、他種族に怯えて名匠の加護を失ったり、ドワーフ族の歴史は逃げの歴史だ。物事の本質から目を背け、本質を直視する事を避けるその下らない精神性、今ここで自覚してもらわないと困るんだよ」
「い、今を生きるドワーフを否定するだけではなく、ドワーフ族が歩んできた歴史さえも否定するのか……!?」
「ガルクーザから逃げ、他種族から逃げ、現実から逃げ続けてきたお前らドワーフ族は、現在も辛い現実から目を逸らし続けてるんだよ」
逃げることそのものが悪いと言っているわけじゃない。
時には困難と正面から向き合わずに問題を先送りにすることで、その時には見付けられなかった解決策が見つかることだってあるだろうからな。
クラメトーラを逃げ出して大商人に成り上がり、クラマイルの人々を救済し続けていたカラソルさんみたいな人だっているのだ。
ティムルのように、望まぬ男に弄ばれてなおドワーフ族の頂点を極めたお姉さんだって居るんだよ。
「現代の貧困、困窮は先祖のせいにして目を瞑り、クラマイルに人を追い出して優越感に浸り、自分が職人として成長できなくなっている事から目を逸らし、自分がしてきたことを忘れたようにティムルを賞賛して、自分たちの価値観の破綻から目を背け続けやがって。そのくせ我が強く我が侭とか、付き合うこっちの身にもなって欲しいんだよ?」
ティムルやカラソルさん、幸福の先端のサウザーなんかを見ても、ドワーフ族とは本来思慮深く知性に溢れる種族のはずなんだ。
だけどクラメトーラという閉鎖空間に長く浸ってしまったドワーフ族たちは、思考を放棄し同胞を貶め、種族として完全に停滞してしまったように感じられる。
「クラメトーラのドワーフたちは忘れてしまっているのかもしれないけど、グルトヴェーダの外側にも世界が広がってて、沢山の人たちの暮らしがあるんだよ」
「そ、そんなことは言われずとも……!」
「みんな家族や大切な人の生活を少しでも良くしたいって、必死になって頭を回転させてんの。今の思考停止したドワーフ族じゃ、他の種族と寄り添って生きるのも難しいよ」
他の種族と生きていくことになった時、今のドワーフ族では他種族の負担にしかなれない。
食い物にされて利用される価値すら見い出されず、切り捨てられて見捨てられる可能性だって低くないんだ。
「いい加減現実を見ろドワーフ族。お前らがクラメトーラで引き篭もっている間に竜人族は繁栄し、魔人族は研鑽し、そしてエルフの里も開かれたんだ。お前らが優越感に浸れる要素なんて何処にも残ってないんだよ」
「……待て。エルフの里が開かれたとはどういう意味だ? 奴らは頑なに他種族との交流を拒んでいたはずだ」
「……エルフたちはエルフェリアを飛び出して王国中で活動してるよ」
押し黙っていたカイメンがようやく口を開いたと思ったら、まさかのエルフに反応しやがったよ!
割と長々と説教しちゃったのに、まさか全スルーされちゃった?
「カラソルさんから聞いてないの? カラソルさんなんて普通にエルフと組んで街作りしてるんだけど?」
「エルフと共に街作りだとぉっ……!? ほ、本当なのかカラソル……!? ドワーフとエルフが手を取り合うなど……!」
「本当ですよ。ただまさに今のカイメンさんのように、恐らく信用されない話だと思いまして、あえてお話しなかったんです」
ドワーフとエルフと仲良く街作りをしていると言っても信用してもらえないのね。
それどころか商売人って時点で評価が低いカラソルさんがエルフと共に街作りをしていると知ったら、何も事情を知らない馬鹿共がカラソルさんを叩く材料にすらしたかもしれないなぁ。
「実際にお会いしたエルフの皆さんは腰が低く真面目な方ばかりで、ドワーフ族に浸透している一方的な印象を抱いて接してしまった事が恥ずかしいくらいでした」
「い、一方的な印象……。ここでもまた、先人より伝わった知識との乖離があるのか……」
カラソルさんの答えにショックを受けた様子のカイメン。
……だけど、ちょっと変な反応だな?
仲が悪いはずのエルフと仲良く作業をしている事に驚いているんじゃなくて、先祖から伝わった知識が間違っている事にショックを受けているのかよ?
「……皮肉なものよねぇ。アウラの研究といい名匠の知識といい、他の種族と比べて先祖の教えを正しく受継いできたドワーフ族が、その教えに縛られてしまっているなんて……」
「ティムル?」
「ドワーフ族にとって先人の教えは絶対なの。職人を敬い技術を尊ぶドワーフ族だからこそ、連綿と受継がれる先達の知識には最大限の敬意を払われるものなのよ」
技術と伝統を重んじるドワーフ族にとって、先祖を否定するのは容易なことじゃないのだと教えてくれるティムル。
先人を敬う心が間違っているとは思わない。
けれど、先人を敬うあまり隣人を蔑ろにしてしまっては意味が無いのだ。
「絶対って……。先人の教えが間違っている場合や、時代と共に常識が変わったりすることだってあるでしょ? 永遠不変の絶対的な真理なんて存在しないんだからさぁ……」
「あはーっ。だからドワーフ族は頑固者だって思われるわけよぉ。間違っていても非効率でも彼らは……いいえ、私たちドワーフ族は先祖の教えに背くことが出来ないからねー」
「その先祖の教えに疑問を持ったお姉さんが言っても、微妙に説得力が無いんだよ?」
「先祖の教えに背いただけで売り飛ばされた私が言うのよ? 私以上に説得力を持って語れるドワーフなんか居ないんですけどーっ」
売り飛ばされた過去までネタにして、笑って話してしまうティムルお姉さん。
お姉さんの青い瞳は森羅万象全てを捉えることが出来るっていうのに、他のドワーフの目はちょっと曇りすぎなんじゃないかなぁ?
一連の流れで次々と先祖の教えを否定され、気が抜けたように椅子に背中を預けているカイメン。
その様子はまるで抜け殻のようで、とてもドワーフ族の種族代表を務められる気力を感じない。
「……ねぇティムルさん。ちょっと聞いていいですか?」
「んー? なぁにシャロ?」
どうしたものかなーと頭を悩ませていると、俺の腕の中で寛いでいたはずのシャロが、少し遠慮がちにティムルに問いかける。
俺を飛び越えてティムルに話しかけるのは、シャロにしては珍しい反応かな?
「私に答えられることだったら何でも聞いてくれて良いわよぉ? 何が知りたいのかしらぁ?」
「じゃあご主人様のいいところを100個挙げてくださいますかっ! ……と言いたところですけど、今はそんなことを語る場面ではありませんね」
腕の中のシャロとティムルに惚気られるって、滅茶苦茶魅力的な提案だから大いに語って欲しいんだよ?
だけど俺のおねだりの表情をまるっと無視して、真面目な様子でティムルに問いかけるシャロ。
「ドワーフ族が先人の教えを大切にしているという事が分かりました。それを否定される事がドワーフにとっては最も許せない行為であるという事も理解できました」
「うんうん。許せないって言うか、信じられないっていう方が近いかもだけどねー。ドワーフにとって、先人の教えって価値観そのものだからさー」
「では逆に、そんなドワーフたちが最も喜ぶことってなんですか?」
「へ? 私たちが喜ぶこと?」
シャロの質問は予想していなかったらしく、キョトンとした表情を浮かべながらシャロに聞き返しているティムル。
しかしシャロの真面目な表情に、すぐに表情を引き締めて真面目に考え出した。
「一概に全てのドワーフがこうだとは言えないけど……。やっぱり何かを作っている時が1番楽しいんじゃないかしらぁ?」
「なるほど。ありがとうございますティムルさん。……だそうですよ、ご主人様?」
参考にしてくださいとばかりに、少し得意げな表情を浮かべるシャロ。
カイメンの様子に悩んでいる俺を見て、咄嗟にティムルに確認してくれたようだ。良妻すぎぃ。
人前なのでちゅっとシャロのほっぺにキスをして、回答してくれたティムルのほっぺにもちゅっとキスをする。
グルトヴェーダの外側に目を向けたドワーフ族に何を作ってもらえばいいのかなんて、そんなの決まってるよなぁ?
未だに放心状態のカイメンと多くのドワーフたちに向かって、思い切り声を張り上げる。
「なぁドワーフ族! 先人の教えに縋るだけじゃなく、先人の教えを元に未来を築いていく気は無いか!?」
作るという概念の拡大解釈かもしれないけれど、せっかく他の種族も手を取り合っているのだから、ドワーフ族にも協力してもらってこれからの新しい時代を築いていきたい。
カラソルさんとクラマイルの人々が確立したスキルを用いない素材加工技術は、新しい時代を迎えるこれからのスペルド王国にはなくてはならないものになるかもしれないのだ。
「お前ら職人に分かりやすく言ってやるなら、先人の教えは基礎の部分なんだよ。基礎をしっかり守りながらも状況に応じて技術を変化、追求するのが職人ってもんじゃないのか?」
「……貴様。貴様はドワーフに伝わる知識や技術、伝統を蔑ろにするつもりではないのか……?」
「俺が馬鹿にしてるのは、いつだって目の前に居るお前らだけだよ」
……さっきドワーフの歴史は逃げの歴史とか言っちゃった気がするけど、忘れた事にして勢いで乗り切ろう。
「先人の教えを絶対として、今を共に生きる同胞達を蔑ろにしているお前たちの事を馬鹿にしてるんであって、精一杯生きて一生を終えた先人たちの教えを否定したいわけじゃない」
ご先祖様たちは未来の子孫のことを思って、自分たちが生涯を終えるまでに体験した様々な知識や技術を後世に引き継いでくれたんだろ。
その知識や技術が間違っていたとしても、その想いは決して間違っちゃいないと思うんだ。
っていうか本来伝統ってさ。最も大切な本質の部分だけを受継いで、細かい部分は時代と共に変化していくものだと思うんだよ。
時代が移り変われば環境も常識も変化して当たり前なのに、450年以上前の教えを律儀に守り続けて同胞に困窮を強いるなんて、そんなの教えを残した先人たちも困惑するだろ。
「ガルクーザの脅威に晒された時代は終わり、それに備えて発足されたアルケミストとホムンクルス計画も終わりを告げた。これからは先人が生きたことのない新しい時代が訪れるんだ。だからこれからの時代を生きるお前たちが新しい教えを学び、そして残して伝えていかなきゃならないんじゃないの?」
「新しい時代に、新しい教え……」
「今この時代に名匠が生まれ、スキルに頼らない加工技術が生まれたのだって偶然じゃないかもしれない。この2つに意味を持たせるのは今を生きているお前らなんだよ。いつまでも人任せにして甘ったれてんな」
衝動のまま一方的に捲し立ててしまってちょっと恥ずかしい。
俺って結構こういうところあるよなー。
俺の叱責を受けたドワーフの多くは未だ困惑した様子を見せていて、ハゲのファルゲンさんなんかは明らかに頭にハテナマークが浮かんでいる。
けれど本当に一握りではあるけど、何名か目の冷めたような吹っ切れた顔をし始めた者も出てきている。
「優秀な者にただ頭を垂れるだけじゃ不十分なんだよ。これからの時代は誰もが自分で考え、自分で行動しなきゃいけない時代なんだ。だからまずはカイメン。今のドワーフの代表を務めるお前が、今までのくだらない価値観をぶっ壊して見せるべきじゃないのか?」
「……だが俺は過去に取り残された者だ。これからのドワーフの未来を担うのは、これからを生きる若い者達であるべきじゃないのか……?」
「その若い世代が生き易いように、古い慣習や負の遺産を片付けるのも先達の役目だとは思わないのか? お前が言っているのは今抱えている問題を後進に押し付けているだけだ。だから甘ったれんなって言ってんだよ」
自分の席を後進に譲るその姿勢は立派だけどさ。問題や負債を残したまま席だけ譲られても困るんだよ。
地位にしがみつかれても邪魔だけど、問題を解決せずに逃げ出されても迷惑なんだ。
自分の事を過去の亡霊なんて言っているなら、もう失うものなんて何も無いだろ。
きっちりと過去の負債を全部清算してから亡霊になりやがれ。
「もう1度言うぞカイメン。お前がドワーフ族の代表になれ。お前が1番優秀だと認めた俺やティムル、カラソルさんに従うのではなく、それらを差し置いて自分で考え進む背中を、全てのドワーフに示してみせろ」
「若い世代に背中を見せる……。それが俺の果たすべき役割であると言うのか……?」
「ずっと代表を務めろとは言わないよ。でも1回目の種族代表会議までは時間が無さ過ぎる。だからまずはお前が代表になって、お前たちアルケミストが苦しめ続けてきた同胞に報いてみせろ。そして後進をしっかり育て上げてくれ。それが出来るまで隠居なんかさせないからな?」
なんで俺が忙しく動き回ってるのに、奴隷のお前が隠居しようとしてるんだって話だよ。
アウラを引き取った事に後悔なんて1つも無いけど、アウラを引き取ったことで俺の夢の寝室生活が1歩遠退いてしまったのは事実なんだから、責任取ってドワーフの代表くらい務め上げろってんだ。
俺の指名に異議を唱える者も現れなかったので、暫定的にカイメンがドワーフの代表者に就任することになった。
元々ドワーフ族の最高責任者だったカイメンが種族代表になる事は自然の流れだったようで、補佐のカラソルさんの評価も一変している為、驚くほどすんなりと話が終わってしまった。
グルトヴェーダ、そしてクラメトーラ関係はかなり苦労させられたからちょっと釈然としないものを感じなくもないけど、これでようやくドワーフ族からも手を引く事ができそうかな?
あとはドワーフたちで話し合って欲しいと告げて、集会所を後にする。
「ティムルもシャロもお疲れ様ー。名匠ティムルお姉さんが厄介事に巻き込まれなくて良かったよー」
「あはーっ。きっと名匠の私よりも優れたどっかの職人さんのおかげねー? まだ陽も高いし、帰る前にいっぱい可愛がって欲しいわぁ」
「それでしたらカラソルさん繋がりで夢の一夜亭にでも行きません? 私は数え切れない殿方とあの宿で過ごしたことがありますけど、ご主人様と利用した回数はまだまだ少ないので」
「それは上書きをお願いしてるのかなー? それじゃ他の男との情事なんて記憶から消し飛ばすほど可愛がってあげ……」
「待ってくれ! ティムルと……妹と話をさせてくれないかっ!」
ティムルとシャロとの夢の一夜に思いを馳せている俺の背中に、制止の声がぶつけられる。
そう言えばそんな話もあったなぁと思いつつ振り返ると、そこには自称ティムルの兄のティモシーが肩で息をして俺達を追いかけてきていた。
う~ん……。お姉さんも興味無さそうなんだけど、話くらいは聞いてあげるべき……なのかなぁ?
ドワーフ族の中で代表者になれそうな人が見つからなかったので、面倒臭いのでカイメンに丸投げする。
そんな軽いノリでカイメンをドワーフ族の代表者に任命してやったのはいいんだけど、俺に絶対服従するとか言っていたくせに全然了承する気が無さそうなカイメン。
絶対服従ってどういう意味だったっけなぁ……?
「というかさ、いい加減気付けカイメン。ドワーフ族はその他力本願で責任転嫁なところを直すべき時が来てるんだって事を」
「た、他力本願だとぉ……!? ど、どういう意味で言って……!」
どういう意味も何も、言葉通りの意味しかないっつうの。
重要な選択を迫られた時に、流れに身を任せるような奴が代表じゃ食い物にされて終わるだけだ。
だからここで、ちゃんとお前の意思でドワーフの代表に就任してもらうぜカイメン?
「アウラに縋って救われようとしたり、他種族に怯えて名匠の加護を失ったり、ドワーフ族の歴史は逃げの歴史だ。物事の本質から目を背け、本質を直視する事を避けるその下らない精神性、今ここで自覚してもらわないと困るんだよ」
「い、今を生きるドワーフを否定するだけではなく、ドワーフ族が歩んできた歴史さえも否定するのか……!?」
「ガルクーザから逃げ、他種族から逃げ、現実から逃げ続けてきたお前らドワーフ族は、現在も辛い現実から目を逸らし続けてるんだよ」
逃げることそのものが悪いと言っているわけじゃない。
時には困難と正面から向き合わずに問題を先送りにすることで、その時には見付けられなかった解決策が見つかることだってあるだろうからな。
クラメトーラを逃げ出して大商人に成り上がり、クラマイルの人々を救済し続けていたカラソルさんみたいな人だっているのだ。
ティムルのように、望まぬ男に弄ばれてなおドワーフ族の頂点を極めたお姉さんだって居るんだよ。
「現代の貧困、困窮は先祖のせいにして目を瞑り、クラマイルに人を追い出して優越感に浸り、自分が職人として成長できなくなっている事から目を逸らし、自分がしてきたことを忘れたようにティムルを賞賛して、自分たちの価値観の破綻から目を背け続けやがって。そのくせ我が強く我が侭とか、付き合うこっちの身にもなって欲しいんだよ?」
ティムルやカラソルさん、幸福の先端のサウザーなんかを見ても、ドワーフ族とは本来思慮深く知性に溢れる種族のはずなんだ。
だけどクラメトーラという閉鎖空間に長く浸ってしまったドワーフ族たちは、思考を放棄し同胞を貶め、種族として完全に停滞してしまったように感じられる。
「クラメトーラのドワーフたちは忘れてしまっているのかもしれないけど、グルトヴェーダの外側にも世界が広がってて、沢山の人たちの暮らしがあるんだよ」
「そ、そんなことは言われずとも……!」
「みんな家族や大切な人の生活を少しでも良くしたいって、必死になって頭を回転させてんの。今の思考停止したドワーフ族じゃ、他の種族と寄り添って生きるのも難しいよ」
他の種族と生きていくことになった時、今のドワーフ族では他種族の負担にしかなれない。
食い物にされて利用される価値すら見い出されず、切り捨てられて見捨てられる可能性だって低くないんだ。
「いい加減現実を見ろドワーフ族。お前らがクラメトーラで引き篭もっている間に竜人族は繁栄し、魔人族は研鑽し、そしてエルフの里も開かれたんだ。お前らが優越感に浸れる要素なんて何処にも残ってないんだよ」
「……待て。エルフの里が開かれたとはどういう意味だ? 奴らは頑なに他種族との交流を拒んでいたはずだ」
「……エルフたちはエルフェリアを飛び出して王国中で活動してるよ」
押し黙っていたカイメンがようやく口を開いたと思ったら、まさかのエルフに反応しやがったよ!
割と長々と説教しちゃったのに、まさか全スルーされちゃった?
「カラソルさんから聞いてないの? カラソルさんなんて普通にエルフと組んで街作りしてるんだけど?」
「エルフと共に街作りだとぉっ……!? ほ、本当なのかカラソル……!? ドワーフとエルフが手を取り合うなど……!」
「本当ですよ。ただまさに今のカイメンさんのように、恐らく信用されない話だと思いまして、あえてお話しなかったんです」
ドワーフとエルフと仲良く街作りをしていると言っても信用してもらえないのね。
それどころか商売人って時点で評価が低いカラソルさんがエルフと共に街作りをしていると知ったら、何も事情を知らない馬鹿共がカラソルさんを叩く材料にすらしたかもしれないなぁ。
「実際にお会いしたエルフの皆さんは腰が低く真面目な方ばかりで、ドワーフ族に浸透している一方的な印象を抱いて接してしまった事が恥ずかしいくらいでした」
「い、一方的な印象……。ここでもまた、先人より伝わった知識との乖離があるのか……」
カラソルさんの答えにショックを受けた様子のカイメン。
……だけど、ちょっと変な反応だな?
仲が悪いはずのエルフと仲良く作業をしている事に驚いているんじゃなくて、先祖から伝わった知識が間違っている事にショックを受けているのかよ?
「……皮肉なものよねぇ。アウラの研究といい名匠の知識といい、他の種族と比べて先祖の教えを正しく受継いできたドワーフ族が、その教えに縛られてしまっているなんて……」
「ティムル?」
「ドワーフ族にとって先人の教えは絶対なの。職人を敬い技術を尊ぶドワーフ族だからこそ、連綿と受継がれる先達の知識には最大限の敬意を払われるものなのよ」
技術と伝統を重んじるドワーフ族にとって、先祖を否定するのは容易なことじゃないのだと教えてくれるティムル。
先人を敬う心が間違っているとは思わない。
けれど、先人を敬うあまり隣人を蔑ろにしてしまっては意味が無いのだ。
「絶対って……。先人の教えが間違っている場合や、時代と共に常識が変わったりすることだってあるでしょ? 永遠不変の絶対的な真理なんて存在しないんだからさぁ……」
「あはーっ。だからドワーフ族は頑固者だって思われるわけよぉ。間違っていても非効率でも彼らは……いいえ、私たちドワーフ族は先祖の教えに背くことが出来ないからねー」
「その先祖の教えに疑問を持ったお姉さんが言っても、微妙に説得力が無いんだよ?」
「先祖の教えに背いただけで売り飛ばされた私が言うのよ? 私以上に説得力を持って語れるドワーフなんか居ないんですけどーっ」
売り飛ばされた過去までネタにして、笑って話してしまうティムルお姉さん。
お姉さんの青い瞳は森羅万象全てを捉えることが出来るっていうのに、他のドワーフの目はちょっと曇りすぎなんじゃないかなぁ?
一連の流れで次々と先祖の教えを否定され、気が抜けたように椅子に背中を預けているカイメン。
その様子はまるで抜け殻のようで、とてもドワーフ族の種族代表を務められる気力を感じない。
「……ねぇティムルさん。ちょっと聞いていいですか?」
「んー? なぁにシャロ?」
どうしたものかなーと頭を悩ませていると、俺の腕の中で寛いでいたはずのシャロが、少し遠慮がちにティムルに問いかける。
俺を飛び越えてティムルに話しかけるのは、シャロにしては珍しい反応かな?
「私に答えられることだったら何でも聞いてくれて良いわよぉ? 何が知りたいのかしらぁ?」
「じゃあご主人様のいいところを100個挙げてくださいますかっ! ……と言いたところですけど、今はそんなことを語る場面ではありませんね」
腕の中のシャロとティムルに惚気られるって、滅茶苦茶魅力的な提案だから大いに語って欲しいんだよ?
だけど俺のおねだりの表情をまるっと無視して、真面目な様子でティムルに問いかけるシャロ。
「ドワーフ族が先人の教えを大切にしているという事が分かりました。それを否定される事がドワーフにとっては最も許せない行為であるという事も理解できました」
「うんうん。許せないって言うか、信じられないっていう方が近いかもだけどねー。ドワーフにとって、先人の教えって価値観そのものだからさー」
「では逆に、そんなドワーフたちが最も喜ぶことってなんですか?」
「へ? 私たちが喜ぶこと?」
シャロの質問は予想していなかったらしく、キョトンとした表情を浮かべながらシャロに聞き返しているティムル。
しかしシャロの真面目な表情に、すぐに表情を引き締めて真面目に考え出した。
「一概に全てのドワーフがこうだとは言えないけど……。やっぱり何かを作っている時が1番楽しいんじゃないかしらぁ?」
「なるほど。ありがとうございますティムルさん。……だそうですよ、ご主人様?」
参考にしてくださいとばかりに、少し得意げな表情を浮かべるシャロ。
カイメンの様子に悩んでいる俺を見て、咄嗟にティムルに確認してくれたようだ。良妻すぎぃ。
人前なのでちゅっとシャロのほっぺにキスをして、回答してくれたティムルのほっぺにもちゅっとキスをする。
グルトヴェーダの外側に目を向けたドワーフ族に何を作ってもらえばいいのかなんて、そんなの決まってるよなぁ?
未だに放心状態のカイメンと多くのドワーフたちに向かって、思い切り声を張り上げる。
「なぁドワーフ族! 先人の教えに縋るだけじゃなく、先人の教えを元に未来を築いていく気は無いか!?」
作るという概念の拡大解釈かもしれないけれど、せっかく他の種族も手を取り合っているのだから、ドワーフ族にも協力してもらってこれからの新しい時代を築いていきたい。
カラソルさんとクラマイルの人々が確立したスキルを用いない素材加工技術は、新しい時代を迎えるこれからのスペルド王国にはなくてはならないものになるかもしれないのだ。
「お前ら職人に分かりやすく言ってやるなら、先人の教えは基礎の部分なんだよ。基礎をしっかり守りながらも状況に応じて技術を変化、追求するのが職人ってもんじゃないのか?」
「……貴様。貴様はドワーフに伝わる知識や技術、伝統を蔑ろにするつもりではないのか……?」
「俺が馬鹿にしてるのは、いつだって目の前に居るお前らだけだよ」
……さっきドワーフの歴史は逃げの歴史とか言っちゃった気がするけど、忘れた事にして勢いで乗り切ろう。
「先人の教えを絶対として、今を共に生きる同胞達を蔑ろにしているお前たちの事を馬鹿にしてるんであって、精一杯生きて一生を終えた先人たちの教えを否定したいわけじゃない」
ご先祖様たちは未来の子孫のことを思って、自分たちが生涯を終えるまでに体験した様々な知識や技術を後世に引き継いでくれたんだろ。
その知識や技術が間違っていたとしても、その想いは決して間違っちゃいないと思うんだ。
っていうか本来伝統ってさ。最も大切な本質の部分だけを受継いで、細かい部分は時代と共に変化していくものだと思うんだよ。
時代が移り変われば環境も常識も変化して当たり前なのに、450年以上前の教えを律儀に守り続けて同胞に困窮を強いるなんて、そんなの教えを残した先人たちも困惑するだろ。
「ガルクーザの脅威に晒された時代は終わり、それに備えて発足されたアルケミストとホムンクルス計画も終わりを告げた。これからは先人が生きたことのない新しい時代が訪れるんだ。だからこれからの時代を生きるお前たちが新しい教えを学び、そして残して伝えていかなきゃならないんじゃないの?」
「新しい時代に、新しい教え……」
「今この時代に名匠が生まれ、スキルに頼らない加工技術が生まれたのだって偶然じゃないかもしれない。この2つに意味を持たせるのは今を生きているお前らなんだよ。いつまでも人任せにして甘ったれてんな」
衝動のまま一方的に捲し立ててしまってちょっと恥ずかしい。
俺って結構こういうところあるよなー。
俺の叱責を受けたドワーフの多くは未だ困惑した様子を見せていて、ハゲのファルゲンさんなんかは明らかに頭にハテナマークが浮かんでいる。
けれど本当に一握りではあるけど、何名か目の冷めたような吹っ切れた顔をし始めた者も出てきている。
「優秀な者にただ頭を垂れるだけじゃ不十分なんだよ。これからの時代は誰もが自分で考え、自分で行動しなきゃいけない時代なんだ。だからまずはカイメン。今のドワーフの代表を務めるお前が、今までのくだらない価値観をぶっ壊して見せるべきじゃないのか?」
「……だが俺は過去に取り残された者だ。これからのドワーフの未来を担うのは、これからを生きる若い者達であるべきじゃないのか……?」
「その若い世代が生き易いように、古い慣習や負の遺産を片付けるのも先達の役目だとは思わないのか? お前が言っているのは今抱えている問題を後進に押し付けているだけだ。だから甘ったれんなって言ってんだよ」
自分の席を後進に譲るその姿勢は立派だけどさ。問題や負債を残したまま席だけ譲られても困るんだよ。
地位にしがみつかれても邪魔だけど、問題を解決せずに逃げ出されても迷惑なんだ。
自分の事を過去の亡霊なんて言っているなら、もう失うものなんて何も無いだろ。
きっちりと過去の負債を全部清算してから亡霊になりやがれ。
「もう1度言うぞカイメン。お前がドワーフ族の代表になれ。お前が1番優秀だと認めた俺やティムル、カラソルさんに従うのではなく、それらを差し置いて自分で考え進む背中を、全てのドワーフに示してみせろ」
「若い世代に背中を見せる……。それが俺の果たすべき役割であると言うのか……?」
「ずっと代表を務めろとは言わないよ。でも1回目の種族代表会議までは時間が無さ過ぎる。だからまずはお前が代表になって、お前たちアルケミストが苦しめ続けてきた同胞に報いてみせろ。そして後進をしっかり育て上げてくれ。それが出来るまで隠居なんかさせないからな?」
なんで俺が忙しく動き回ってるのに、奴隷のお前が隠居しようとしてるんだって話だよ。
アウラを引き取った事に後悔なんて1つも無いけど、アウラを引き取ったことで俺の夢の寝室生活が1歩遠退いてしまったのは事実なんだから、責任取ってドワーフの代表くらい務め上げろってんだ。
俺の指名に異議を唱える者も現れなかったので、暫定的にカイメンがドワーフの代表者に就任することになった。
元々ドワーフ族の最高責任者だったカイメンが種族代表になる事は自然の流れだったようで、補佐のカラソルさんの評価も一変している為、驚くほどすんなりと話が終わってしまった。
グルトヴェーダ、そしてクラメトーラ関係はかなり苦労させられたからちょっと釈然としないものを感じなくもないけど、これでようやくドワーフ族からも手を引く事ができそうかな?
あとはドワーフたちで話し合って欲しいと告げて、集会所を後にする。
「ティムルもシャロもお疲れ様ー。名匠ティムルお姉さんが厄介事に巻き込まれなくて良かったよー」
「あはーっ。きっと名匠の私よりも優れたどっかの職人さんのおかげねー? まだ陽も高いし、帰る前にいっぱい可愛がって欲しいわぁ」
「それでしたらカラソルさん繋がりで夢の一夜亭にでも行きません? 私は数え切れない殿方とあの宿で過ごしたことがありますけど、ご主人様と利用した回数はまだまだ少ないので」
「それは上書きをお願いしてるのかなー? それじゃ他の男との情事なんて記憶から消し飛ばすほど可愛がってあげ……」
「待ってくれ! ティムルと……妹と話をさせてくれないかっ!」
ティムルとシャロとの夢の一夜に思いを馳せている俺の背中に、制止の声がぶつけられる。
そう言えばそんな話もあったなぁと思いつつ振り返ると、そこには自称ティムルの兄のティモシーが肩で息をして俺達を追いかけてきていた。
う~ん……。お姉さんも興味無さそうなんだけど、話くらいは聞いてあげるべき……なのかなぁ?
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