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8章 新たな王と新たな時代2 亡霊と王
598 首脳 (改)
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「まだこっちの受け入れ準備が整ってねぇんだ。だから悪いけど徒歩に付き合ってくれや」
クラクラットのアウター管理局を出た俺達は、迎えに来ていたマイスとタリクの案内に従って、徒歩で職人連合の集会所に向かう事になった。
でもなー。弄り甲斐のある2人との会話は楽しいんだけど、案内なら美人なお姉さんを派遣してもらいたいものだよ、まったく。
腰を抱き寄せているティムルとシャロの下腹部に軽く手を当てて、不自然に見えない程度に撫で回して気を紛らわせよう。
「話には聞いておりましたが……。本当に女性の方を殆ど見かけませんね?」
クラクラットの街並みを見たシャロが、女性ドワーフをほぼ見かけない事を疑問に思ったようだ。
ティムルとシャロがいなかったら、男性成分100%のムッサい時間を過ごさなきゃいけなかったところだよ。なでなでさわさわ。
「ほら。俺の可愛いシャロが聞いてるだろ。とっとと答えろよマイス」
「今の質問だったのかよっ!? なんで俺がその女の疑問に答えなきゃ……って、そう言えば前回の獣人の女は何処いったんだよーーーっ!?」
「質問に質問で回答すると、会話の成り立たないアホ扱いされちゃうよ? ニーナは今回呼ばれてないから連れてこなかっただけだから」
ぶっちゃけ前回も呼ばれてませんでしたけどね?
でも前回は強制連行で、こっちの都合は完全に無視されてた形だしノーカンでしょ。
今回も呼ばれてないシャロを連れてきてるのは、流石にノーカンには出来ない気もするけど?
「ザッケんなよーっ!? あの獣人の子も滅茶苦茶可愛かったのに、今度連れてる2人もとんでもねぇ美人じゃねぇかーーっ! お前みたいなのがいるから俺がモテねぇんだよ! 独占すんな! 独り占めするんじゃねえええっ!!」
「モテない事に悩んでるって事は、女性も普通に暮らしてるってことだよね? その割には全然女性を見かけないんだよな。クラマイルでは普通に居たのにさ」
「なーに言ってんだよダン。男は仕事をして女は家を守るもんだろ? 女たちは家を守ってるに決まってるじゃねぇか」
ギャーギャー騒いでいるマイスに変わって、現代日本だったらぶっ叩かれそうな差別発言を当然のように語るタリク。
チラリとお姉さんのほうを見ると、呆れたように肩を竦めている。
どうやらタリクだけが前時代的な考え方をしてるわけではなく、ドワーフ的には一般的な価値観っぽいな。
「特にここは工房が並ぶ職人街だからな。緊急の用事でもない限り女子供は殆ど出歩かないぜ?」
「ドワーフ族の価値観に口を出す気は無いけど、女性が出歩かないんだったらマイスがモテないのは出会いが無いせいじゃないの? むしろそんな状況でどうやって家庭を築いてるのさ?」
「殆どは幼馴染とか、あとは年寄衆の紹介だな。普通に生活してっと家族以外の女と接する機会って殆どねぇからさ」
へぇ~。平成よりもっと前の日本ってこんな感じだったのかな?
婚姻がある程度強制されていれば、こんな不毛の大地でも子孫繁栄できるものなのかもしれない。
「ねぇねぇティムル。シャロ。これってドワーフ族だけじゃなく、王国全体でもこんな認識なの?」
「んー。多少の男性優遇はあるかもしれませんね。例えば女性王族はどうやっても王にはなれないのがしきたりでしたから」
「へ? じゃあマーガレット新王陛下ってどうやって即位したの?」
「ゴブトゴがねじ込んだんです。彼も父には振り回されておりましたし、王の不在を良い事に色々是正してるみたいですね」
ゴブトゴさん、ほんっっっっとうにスペルディア家が大嫌いだったんだなぁ……。
シャロを迎える時に随分軽いノリでボンクラシモン前陛下に色々押し付けてるなぁとは思ってたけど、あれって死人に押し付けまくってる責任の中の1つでしかなかったのかぁ……。
「ゴブトゴさんってどっかの馬鹿殿下をこき使ってるから、馬鹿殿下の能力は疑ってないんだよね? 馬鹿殿下を馬鹿陛下にする話は無かったのかな?」
「あの馬鹿は国民から思い切り嫌われてますからね。気に入った女性を寝取ったりすることもザラですから。その点マギーは国民からの信頼も厚いですし、国政をこなせる能力もありますので」
「人に嫌われても我を通す馬鹿殿下よりも、人に嫌われない為に尽力するマーガレット新王陛下の方が王としての資質が高いと判断されたわけだ……。スペルディア家を嫌いなゴブトゴさんが推すくらいだから、王の資質はお持ちなんだろうねぇ」
俺の事は蛇蝎の如く嫌ってるマーガレット新王陛下だけど、彼女の自己愛は自己中心的とは少し違って、承認欲求が強いって感じの印象だ。
新王に即位すれば彼女の承認欲求は最大限に満たされるだろうし、その評価を落としたくなくて善政を布く事が期待できるもんなぁ。
「あとは……。単純に体力で劣る女性を軽視する人が居なくもないですね。ただ、戦える人ほど職業補正の影響の大きさを知っていますので、口や態度に出す人は少ないでしょうか?」
「うんうん。職業補正は男女に区別無く齎されるものなのに、どうやってこんな価値観が生まれたのかな? 女性の魔物狩りなんて珍しくもないのにねー?」
「まったくです。クラクラットは一般の方にまでこんなに深く女性軽視の価値観が蔓延っているとは思いませんでしたよ」
「ほら、ここってクラメトーラのど真ん中だから。スペルド王国と同じに語っちゃ駄目なのよー」
シャロと顔を見合わせて首を傾け合っていると、反対側のティムルお姉さんがちょっと呆れた様子で教えてくれる。
「ここって戦闘職のギルドも無いし、そもそも魔物狩りが自由に行えないじゃない? だから職業補正の力よりも、素の体力、腕力が重視されちゃったんじゃないかしらー?」
「うわっ、頭わるぅ……。職業補正を男女で共有できれば働き手が倍になるのに……ってそうか。働き手が増えても仕事が無いのかぁ」
今の人数でも困窮していたのに、畑仕事や商いなんかも成り立たない土地なんだよねここ。
女性が働けないっていうよりも、男女に関わらずこの地で生きていくのはもう限界って状況だったっけ。
「そんなドワーフ族の中で唯一名匠に到達したのがお姉さんってのが笑えるね。元凶がアルケミストたちのホムンクルス計画だったにしてもさぁ」
「でも暴王のゆりかごは開放されたんでしょ? なら今後はかなり状況が変わってくると思うわよー。ねっ、マイスさん?」
「へっ!? えとっ、その……! そ、そうっす、ねっ……!?」
モテないことを悩んでいたマイスは、突然女神ティムルに話しかけられてしどろもどろになってしまった。
男子校の生徒かお前は。
……って、多分みんなこんな感じなんだろうな、ここの若い男たちって。
女性に免疫の無かったマイスに女神の応対は荷が重すぎたようで、その後は何を話し掛けても上の空になってしまった。
そんなマイスを見たタリクも、チラチラとシャロのほうを気にし出してしまったので会話が止まってしまった。
俺の女を変な目で見るんじゃないって窘めたいところだけれど、こいつらってほんと悪気や悪意を感じないから扱いに困るんだよなぁ……。
そんな微妙な空気が漂い始めた頃、ちょうど良く集会所に到着したのだった。
前回も足を運んだので案内は必要無いと、なんかモジモジしているタリスとマイクをスルーして集会所に足を踏み入れる。
するとそこには意外な人物が待っていた。
「どうもダンさん。今日は宜しくお願いします」
「カラソルさん!? なんで貴方が職人街の集会所に居るわけっ!?」
いつも通りの柔らかい物腰で俺を出迎えてくれたのは、事ある毎に利用しているラブホ……じゃなくて夢の宿グループの会長のカラソルさんだった。
商売人のカラソルさんは職人連中には支持が得られないって話だったのに、まさかここで会うなんて思ってなかったよ……。
「……お前がこの者を推薦したのだろうが。だから協力を仰いだまでだ」
「え……?」
カラソルさんの登場に驚いていると、更に別の人物に声をかけられてしまう。
その男が居るのにも驚いたけど、カラソルさんでびっくりしすぎたせいでリアクションが取れなかった。
「……カラソルさんがここに居るのも意外だけど、お前が居るのもびっくりだよ。カイメン」
カラソルさんに続いて姿を現したのは、クラメトーラの困窮の根源であったホムンクルス計画を主導していたアルケミストたちの最後の生き残り、カイメンだった。
以前アウター管理局に来た時は局長のタヌークさんと知り合いっぽかったから、アウター管理局と仲が悪いらしい職人連合の連中と一緒に出てくるのは結構意外だ。
「ふんっ。意外でも何でも無い。アルケミストのメンバーは職人連合から選出されるのだからな。アルケミストのメンバー全員が職人連合の出身なのだ」
「あれ、そうなんだ? タヌークさんと親しげに話していたから、てっきりアウター管理局の方と関わっているものだとばっかり思ってたよ」
「ドワーフではない貴様に言っても分からんだろうが、ここクラクラットで要職に就いている者は全て職人連合出身だ。我らドワーフは職人ではない者の話を軽んじがちだからな」
ティムルに『知ってた?』と視線だけで問いかけるも、ティムルも首をフルフルと振って知らなかったと返してくる。可愛い。
職人を尊ぶドワーフ族だから、上に立つ者全てが職人連合出身と言われても意外だとは思わないけど、副局長のタァツネさんが言っていた話と微妙に矛盾する気がするなぁ。
……分からない事は素直に聞いちゃうに限る。
「以前アウター管理局の副局長に、管理局は職人連合とノッキングスレイヤーに疎まれてるって聞いたよ? 同じ職人連合出身者が統べる組織なのに仲が悪いとかある?」
「アウターの出入りを制限する管理局は、職人連合からもノッキングスレイヤーからも疎まれても仕方無い。彼らが資源を消費し尽くさないよう歯止めをかける役だからな、アウター管理局は」
どんどん装備を作りたい職人と、どんどん魔物を狩りたいノッキングスレイヤー。
その両者の間に挟まって、ドロップアイテムの収穫量や装備品の生産量を調整していたのがアウター管理局か。
「だが対立するほど仲が悪いというわけではない。アウター管理局がクラクラットに必要な組織なのは職人たちも認めるところだからな。その証拠があれだ」
カイメンが指差した方向を見ると、アウター管理局局長のタヌークさん、副局長のタァツネさん、そして戸惑った様子のレイブンさんが集会場に現れたところだった。
あの様子だと、レイブンさんがこの場に登場したのはイレギュラーだったみたいだなぁ。
「へぇ~。まさにクラクラットの首脳会談って感じだね。まさかここまで色んな人が集まってるとは思ってなかったかな」
「中では職人連合の親方衆と、ノッキングスレイヤーの代表も首を長くして待っているぞ。貴様ではなく、そちらの女性が到着するのをな」
ドワーフ族が呼び出したのはあくまで名匠ティムルであって、アンタのことなんか呼んでないんだからねっ!? とツンデレみたいなことを言い出すカイメン。
カイメンと、俺だってお前のことなんか大っ嫌いだよ! と少女マンガの冒頭みたいなやり取りをしても不毛なので、軽い皮肉くらいはスルーしておこう。
「では案内しよう。ついてくるがいい」
「へ? お前が案内してくれるの?」
それ以前に、こんな単純な構造の建物に案内なんて必要無いんだけど?
前回の集会場みたいな広い部屋までほぼ1本道な上、既に1度来てるわけだしね。言わないけどさ。
「これでも俺はアルケミストの生き残りとして、クラクラットの最高責任者扱いなのだよ。その上貴様とは面識があるからな。俺が案内するのがドワーフ族としての最大の礼儀だと思うがいい」
「礼儀を語るような態度には思えないんだけど……。まぁいいや。案内宜しくね」
「ふんっ。こっちだ」
……なんだろうなぁ。
いいオッサンの癖に、いちいちツンデレキャラみたいな反応するのやめてくれないかなぁ。
なんにしても、俺に対してなのかティムルに対してなのか分からないけど、礼儀を尽くして対話しようという意識はあるらしい。
なので俺達から拗らせた態度を取るのは控えて、大人しくカイメンの後をついていく。
案内されたのは、やはり前回訪れた時に圧迫面接を受けた大部屋だった。
しかしあの時とは立ち位置が逆で、部屋の位置口側にはムッサいドワーフ族のオッサン共が犇いていて、以前親方衆がふんぞり返っていた部屋の奥の方に案内される。
……もしかして上座、下座的な配慮なのか?
俺達が部屋の奥、エウレイサやスポッタが混じった職人連合の親方衆は俺達の正面に陣取っている。
そしてカラソルさんやアウター管理局の面々には、俺達と職人連合との間に横向きで席が用意されているようだった。
俺達用に用意された椅子に座ろうとすると、その前にカイメンに声をかけられる。
「済まんが席に座る前に皆にそちらの女性を紹介してくれ。この方が名匠となられたドワーフなのだろう?」
「え~? この空気の中で俺が紹介するの? 面倒臭いなぁ……」
「……そちらの女性に自己紹介していただいても構わんがな。ただ先ほどから我々にはあまり興味を示してくださっていないようだから、仕方なく貴様に頼んでいるのだ」
カイメンがティムルに思いっきり下手に出ててびっくりする。
ドワーフ族の最高責任者とか自分で言っていたくせに、名匠になったティムルは更にその上の存在だと認識しているようだ。
ティムルに直接話しかけることすら躊躇っているように見えるな。
「ダンー。お姉さんもダンにお願いしたいなー?」
「はーい了解だよー。んもー、俺がティムルお姉さんのお願いを断れないって知ってるくせにー」
お姉さんに甘えられたら全力で応えるしかないぜっ。
ティムルとシャロを抱き寄せたまま、正面に座って固唾を飲んでいる様子の職人たちと向き合った。
「え、ご主人様。このまま私たちを抱き締めたままティムルさんの紹介をなさるんですか?」
「シャロには悪いけど付き合ってくれる? 俺は一瞬たりともシャロともティムルとも離れたくないから」
「んもー。ご主人様こそ、私たちがご主人様のお願いを断れないって知ってる癖にぃ」
恐らく故意に俺の言葉を鸚鵡返ししたシャロが、あとでいっぱいご褒美をくださいねと耳元で囁いてくる。
よし、この話し合いの後のお楽しみも出来たことだし、さっさと用事を終わらせてしまおう!
「どうもドワーフ族の皆さん。こちらがアンタらが会いたがっていた最高の職人で、俺の妻のティムルだ。妻になんの用件かは知らないけどこうして連れて来たんだから……」
「ティムル!? アンタ今、ティムルって言ったのか!?」
俺の紹介の言葉を遮って、1人の男が泡を食った様子で叫び声を上げた。
周りの連中はそんな男に迷惑そうな視線を向けているけど、当の本人はそんな視線に気付く余裕も無さそうなほど動揺した様子だ。
「ティムル! 俺だよ! ティモシーだ! お前の兄のティモシーだよ!」
喜色満面でティムルの兄を名乗るティモシーという男。
そんな男に対してティムルは、俺達だけに聞こえるくらいの小さな声で、……誰だっけ? と呟いたのだった。
クラクラットのアウター管理局を出た俺達は、迎えに来ていたマイスとタリクの案内に従って、徒歩で職人連合の集会所に向かう事になった。
でもなー。弄り甲斐のある2人との会話は楽しいんだけど、案内なら美人なお姉さんを派遣してもらいたいものだよ、まったく。
腰を抱き寄せているティムルとシャロの下腹部に軽く手を当てて、不自然に見えない程度に撫で回して気を紛らわせよう。
「話には聞いておりましたが……。本当に女性の方を殆ど見かけませんね?」
クラクラットの街並みを見たシャロが、女性ドワーフをほぼ見かけない事を疑問に思ったようだ。
ティムルとシャロがいなかったら、男性成分100%のムッサい時間を過ごさなきゃいけなかったところだよ。なでなでさわさわ。
「ほら。俺の可愛いシャロが聞いてるだろ。とっとと答えろよマイス」
「今の質問だったのかよっ!? なんで俺がその女の疑問に答えなきゃ……って、そう言えば前回の獣人の女は何処いったんだよーーーっ!?」
「質問に質問で回答すると、会話の成り立たないアホ扱いされちゃうよ? ニーナは今回呼ばれてないから連れてこなかっただけだから」
ぶっちゃけ前回も呼ばれてませんでしたけどね?
でも前回は強制連行で、こっちの都合は完全に無視されてた形だしノーカンでしょ。
今回も呼ばれてないシャロを連れてきてるのは、流石にノーカンには出来ない気もするけど?
「ザッケんなよーっ!? あの獣人の子も滅茶苦茶可愛かったのに、今度連れてる2人もとんでもねぇ美人じゃねぇかーーっ! お前みたいなのがいるから俺がモテねぇんだよ! 独占すんな! 独り占めするんじゃねえええっ!!」
「モテない事に悩んでるって事は、女性も普通に暮らしてるってことだよね? その割には全然女性を見かけないんだよな。クラマイルでは普通に居たのにさ」
「なーに言ってんだよダン。男は仕事をして女は家を守るもんだろ? 女たちは家を守ってるに決まってるじゃねぇか」
ギャーギャー騒いでいるマイスに変わって、現代日本だったらぶっ叩かれそうな差別発言を当然のように語るタリク。
チラリとお姉さんのほうを見ると、呆れたように肩を竦めている。
どうやらタリクだけが前時代的な考え方をしてるわけではなく、ドワーフ的には一般的な価値観っぽいな。
「特にここは工房が並ぶ職人街だからな。緊急の用事でもない限り女子供は殆ど出歩かないぜ?」
「ドワーフ族の価値観に口を出す気は無いけど、女性が出歩かないんだったらマイスがモテないのは出会いが無いせいじゃないの? むしろそんな状況でどうやって家庭を築いてるのさ?」
「殆どは幼馴染とか、あとは年寄衆の紹介だな。普通に生活してっと家族以外の女と接する機会って殆どねぇからさ」
へぇ~。平成よりもっと前の日本ってこんな感じだったのかな?
婚姻がある程度強制されていれば、こんな不毛の大地でも子孫繁栄できるものなのかもしれない。
「ねぇねぇティムル。シャロ。これってドワーフ族だけじゃなく、王国全体でもこんな認識なの?」
「んー。多少の男性優遇はあるかもしれませんね。例えば女性王族はどうやっても王にはなれないのがしきたりでしたから」
「へ? じゃあマーガレット新王陛下ってどうやって即位したの?」
「ゴブトゴがねじ込んだんです。彼も父には振り回されておりましたし、王の不在を良い事に色々是正してるみたいですね」
ゴブトゴさん、ほんっっっっとうにスペルディア家が大嫌いだったんだなぁ……。
シャロを迎える時に随分軽いノリでボンクラシモン前陛下に色々押し付けてるなぁとは思ってたけど、あれって死人に押し付けまくってる責任の中の1つでしかなかったのかぁ……。
「ゴブトゴさんってどっかの馬鹿殿下をこき使ってるから、馬鹿殿下の能力は疑ってないんだよね? 馬鹿殿下を馬鹿陛下にする話は無かったのかな?」
「あの馬鹿は国民から思い切り嫌われてますからね。気に入った女性を寝取ったりすることもザラですから。その点マギーは国民からの信頼も厚いですし、国政をこなせる能力もありますので」
「人に嫌われても我を通す馬鹿殿下よりも、人に嫌われない為に尽力するマーガレット新王陛下の方が王としての資質が高いと判断されたわけだ……。スペルディア家を嫌いなゴブトゴさんが推すくらいだから、王の資質はお持ちなんだろうねぇ」
俺の事は蛇蝎の如く嫌ってるマーガレット新王陛下だけど、彼女の自己愛は自己中心的とは少し違って、承認欲求が強いって感じの印象だ。
新王に即位すれば彼女の承認欲求は最大限に満たされるだろうし、その評価を落としたくなくて善政を布く事が期待できるもんなぁ。
「あとは……。単純に体力で劣る女性を軽視する人が居なくもないですね。ただ、戦える人ほど職業補正の影響の大きさを知っていますので、口や態度に出す人は少ないでしょうか?」
「うんうん。職業補正は男女に区別無く齎されるものなのに、どうやってこんな価値観が生まれたのかな? 女性の魔物狩りなんて珍しくもないのにねー?」
「まったくです。クラクラットは一般の方にまでこんなに深く女性軽視の価値観が蔓延っているとは思いませんでしたよ」
「ほら、ここってクラメトーラのど真ん中だから。スペルド王国と同じに語っちゃ駄目なのよー」
シャロと顔を見合わせて首を傾け合っていると、反対側のティムルお姉さんがちょっと呆れた様子で教えてくれる。
「ここって戦闘職のギルドも無いし、そもそも魔物狩りが自由に行えないじゃない? だから職業補正の力よりも、素の体力、腕力が重視されちゃったんじゃないかしらー?」
「うわっ、頭わるぅ……。職業補正を男女で共有できれば働き手が倍になるのに……ってそうか。働き手が増えても仕事が無いのかぁ」
今の人数でも困窮していたのに、畑仕事や商いなんかも成り立たない土地なんだよねここ。
女性が働けないっていうよりも、男女に関わらずこの地で生きていくのはもう限界って状況だったっけ。
「そんなドワーフ族の中で唯一名匠に到達したのがお姉さんってのが笑えるね。元凶がアルケミストたちのホムンクルス計画だったにしてもさぁ」
「でも暴王のゆりかごは開放されたんでしょ? なら今後はかなり状況が変わってくると思うわよー。ねっ、マイスさん?」
「へっ!? えとっ、その……! そ、そうっす、ねっ……!?」
モテないことを悩んでいたマイスは、突然女神ティムルに話しかけられてしどろもどろになってしまった。
男子校の生徒かお前は。
……って、多分みんなこんな感じなんだろうな、ここの若い男たちって。
女性に免疫の無かったマイスに女神の応対は荷が重すぎたようで、その後は何を話し掛けても上の空になってしまった。
そんなマイスを見たタリクも、チラチラとシャロのほうを気にし出してしまったので会話が止まってしまった。
俺の女を変な目で見るんじゃないって窘めたいところだけれど、こいつらってほんと悪気や悪意を感じないから扱いに困るんだよなぁ……。
そんな微妙な空気が漂い始めた頃、ちょうど良く集会所に到着したのだった。
前回も足を運んだので案内は必要無いと、なんかモジモジしているタリスとマイクをスルーして集会所に足を踏み入れる。
するとそこには意外な人物が待っていた。
「どうもダンさん。今日は宜しくお願いします」
「カラソルさん!? なんで貴方が職人街の集会所に居るわけっ!?」
いつも通りの柔らかい物腰で俺を出迎えてくれたのは、事ある毎に利用しているラブホ……じゃなくて夢の宿グループの会長のカラソルさんだった。
商売人のカラソルさんは職人連中には支持が得られないって話だったのに、まさかここで会うなんて思ってなかったよ……。
「……お前がこの者を推薦したのだろうが。だから協力を仰いだまでだ」
「え……?」
カラソルさんの登場に驚いていると、更に別の人物に声をかけられてしまう。
その男が居るのにも驚いたけど、カラソルさんでびっくりしすぎたせいでリアクションが取れなかった。
「……カラソルさんがここに居るのも意外だけど、お前が居るのもびっくりだよ。カイメン」
カラソルさんに続いて姿を現したのは、クラメトーラの困窮の根源であったホムンクルス計画を主導していたアルケミストたちの最後の生き残り、カイメンだった。
以前アウター管理局に来た時は局長のタヌークさんと知り合いっぽかったから、アウター管理局と仲が悪いらしい職人連合の連中と一緒に出てくるのは結構意外だ。
「ふんっ。意外でも何でも無い。アルケミストのメンバーは職人連合から選出されるのだからな。アルケミストのメンバー全員が職人連合の出身なのだ」
「あれ、そうなんだ? タヌークさんと親しげに話していたから、てっきりアウター管理局の方と関わっているものだとばっかり思ってたよ」
「ドワーフではない貴様に言っても分からんだろうが、ここクラクラットで要職に就いている者は全て職人連合出身だ。我らドワーフは職人ではない者の話を軽んじがちだからな」
ティムルに『知ってた?』と視線だけで問いかけるも、ティムルも首をフルフルと振って知らなかったと返してくる。可愛い。
職人を尊ぶドワーフ族だから、上に立つ者全てが職人連合出身と言われても意外だとは思わないけど、副局長のタァツネさんが言っていた話と微妙に矛盾する気がするなぁ。
……分からない事は素直に聞いちゃうに限る。
「以前アウター管理局の副局長に、管理局は職人連合とノッキングスレイヤーに疎まれてるって聞いたよ? 同じ職人連合出身者が統べる組織なのに仲が悪いとかある?」
「アウターの出入りを制限する管理局は、職人連合からもノッキングスレイヤーからも疎まれても仕方無い。彼らが資源を消費し尽くさないよう歯止めをかける役だからな、アウター管理局は」
どんどん装備を作りたい職人と、どんどん魔物を狩りたいノッキングスレイヤー。
その両者の間に挟まって、ドロップアイテムの収穫量や装備品の生産量を調整していたのがアウター管理局か。
「だが対立するほど仲が悪いというわけではない。アウター管理局がクラクラットに必要な組織なのは職人たちも認めるところだからな。その証拠があれだ」
カイメンが指差した方向を見ると、アウター管理局局長のタヌークさん、副局長のタァツネさん、そして戸惑った様子のレイブンさんが集会場に現れたところだった。
あの様子だと、レイブンさんがこの場に登場したのはイレギュラーだったみたいだなぁ。
「へぇ~。まさにクラクラットの首脳会談って感じだね。まさかここまで色んな人が集まってるとは思ってなかったかな」
「中では職人連合の親方衆と、ノッキングスレイヤーの代表も首を長くして待っているぞ。貴様ではなく、そちらの女性が到着するのをな」
ドワーフ族が呼び出したのはあくまで名匠ティムルであって、アンタのことなんか呼んでないんだからねっ!? とツンデレみたいなことを言い出すカイメン。
カイメンと、俺だってお前のことなんか大っ嫌いだよ! と少女マンガの冒頭みたいなやり取りをしても不毛なので、軽い皮肉くらいはスルーしておこう。
「では案内しよう。ついてくるがいい」
「へ? お前が案内してくれるの?」
それ以前に、こんな単純な構造の建物に案内なんて必要無いんだけど?
前回の集会場みたいな広い部屋までほぼ1本道な上、既に1度来てるわけだしね。言わないけどさ。
「これでも俺はアルケミストの生き残りとして、クラクラットの最高責任者扱いなのだよ。その上貴様とは面識があるからな。俺が案内するのがドワーフ族としての最大の礼儀だと思うがいい」
「礼儀を語るような態度には思えないんだけど……。まぁいいや。案内宜しくね」
「ふんっ。こっちだ」
……なんだろうなぁ。
いいオッサンの癖に、いちいちツンデレキャラみたいな反応するのやめてくれないかなぁ。
なんにしても、俺に対してなのかティムルに対してなのか分からないけど、礼儀を尽くして対話しようという意識はあるらしい。
なので俺達から拗らせた態度を取るのは控えて、大人しくカイメンの後をついていく。
案内されたのは、やはり前回訪れた時に圧迫面接を受けた大部屋だった。
しかしあの時とは立ち位置が逆で、部屋の位置口側にはムッサいドワーフ族のオッサン共が犇いていて、以前親方衆がふんぞり返っていた部屋の奥の方に案内される。
……もしかして上座、下座的な配慮なのか?
俺達が部屋の奥、エウレイサやスポッタが混じった職人連合の親方衆は俺達の正面に陣取っている。
そしてカラソルさんやアウター管理局の面々には、俺達と職人連合との間に横向きで席が用意されているようだった。
俺達用に用意された椅子に座ろうとすると、その前にカイメンに声をかけられる。
「済まんが席に座る前に皆にそちらの女性を紹介してくれ。この方が名匠となられたドワーフなのだろう?」
「え~? この空気の中で俺が紹介するの? 面倒臭いなぁ……」
「……そちらの女性に自己紹介していただいても構わんがな。ただ先ほどから我々にはあまり興味を示してくださっていないようだから、仕方なく貴様に頼んでいるのだ」
カイメンがティムルに思いっきり下手に出ててびっくりする。
ドワーフ族の最高責任者とか自分で言っていたくせに、名匠になったティムルは更にその上の存在だと認識しているようだ。
ティムルに直接話しかけることすら躊躇っているように見えるな。
「ダンー。お姉さんもダンにお願いしたいなー?」
「はーい了解だよー。んもー、俺がティムルお姉さんのお願いを断れないって知ってるくせにー」
お姉さんに甘えられたら全力で応えるしかないぜっ。
ティムルとシャロを抱き寄せたまま、正面に座って固唾を飲んでいる様子の職人たちと向き合った。
「え、ご主人様。このまま私たちを抱き締めたままティムルさんの紹介をなさるんですか?」
「シャロには悪いけど付き合ってくれる? 俺は一瞬たりともシャロともティムルとも離れたくないから」
「んもー。ご主人様こそ、私たちがご主人様のお願いを断れないって知ってる癖にぃ」
恐らく故意に俺の言葉を鸚鵡返ししたシャロが、あとでいっぱいご褒美をくださいねと耳元で囁いてくる。
よし、この話し合いの後のお楽しみも出来たことだし、さっさと用事を終わらせてしまおう!
「どうもドワーフ族の皆さん。こちらがアンタらが会いたがっていた最高の職人で、俺の妻のティムルだ。妻になんの用件かは知らないけどこうして連れて来たんだから……」
「ティムル!? アンタ今、ティムルって言ったのか!?」
俺の紹介の言葉を遮って、1人の男が泡を食った様子で叫び声を上げた。
周りの連中はそんな男に迷惑そうな視線を向けているけど、当の本人はそんな視線に気付く余裕も無さそうなほど動揺した様子だ。
「ティムル! 俺だよ! ティモシーだ! お前の兄のティモシーだよ!」
喜色満面でティムルの兄を名乗るティモシーという男。
そんな男に対してティムルは、俺達だけに聞こえるくらいの小さな声で、……誰だっけ? と呟いたのだった。
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