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8章 新たな王と新たな時代2 亡霊と王
583 登録 (改)
しおりを挟む「寒月の夜」
小正月の夜、しんしんと降り積もる雪が、静かに街を包んでいた。吐く息は白く、冬の冷気が容赦なく肌を刺す。手袋をはめた指先までもが、じわじわと痺れてくるようだった。降りしきる雪の白いベールに包まれた街灯は、ぼんやりと柔らかな光の輪を描いている。見上げれば、底冷えのする漆黒の夜空に、息を呑むほど美しい冬銀河が無数の星屑を散りばめて広がっていた。私は、亡き祖母との、小正月の夜は必ず一緒に神社へ初詣に行くという大切な約束を果たすため、凍てついた道を一歩一歩、慎重に歩いていた。
松の内も過ぎたとはいえ、日脚が伸びるのを肌で感じるにはまだ遠く、夜の寒さは骨身に染みる。凍てついた土を踏みしめる足は重く、時折滑りそうになるのを堪えながら、町外れの、ひっそりと佇む古びた神社を目指した。毎年、小正月の夜には、祖母と二人でこの神社に初詣に来ていた。温かい甘酒を分け合い、来年のことを語り合った、かけがえのない時間。祖母が亡くなってから初めて迎える正月。今年こそは、祖母との大切な約束を果たし、心新たにお願いごとをしようと、固く心に決めていた。
雪の向こうに、神社の鳥居がぼんやりと浮かび上がってきた。冷たい空気の中に混じって、かすかな煙の匂いが鼻腔をくすぐる。境内では、小正月の伝統行事である左義長の準備が進められているのだろう。遠くに見える、赤く燃え盛る炎が、凍えた体を内側からじわじわと温めてくれるような、淡い期待を抱かせた。
「寒いねぇ、本当に寒月だ…」隣を歩く友人が、首をすくめ、肩を小さく震わせながら白い息を吐き出した。
私たちは、雪に覆われた細い道を、足跡を刻みながら、町外れの神社へと向かっていた。小正月の夜、この場所だけは、まるで別世界のように温かい灯りに包まれ、人々が自然と集まってくる。境内に足を踏み入れると、しんとした静寂の中に、冴え冴えとした寒月の清らかな光に照らされた、神聖な空間が広がっていた。
「寒月…冬の月は、冷たい光を放っているけれど、どこか心を落ち着かせてくれる、不思議な力があるよね。」私は、遠い日の祖母との記憶をそっと手繰り寄せるように、吸い込まれそうな夜空を見上げながら、静かに呟いた。
友人は少しの間、月を見上げた後、白い息を吐き出しながら、どこか寂しげに答えた。「確かに、冬の月は息を呑むほど美しい。でも、こんな凍えるような夜に見上げていると、どうしても物悲しくなってしまうんだ。」
澄み切った寒月の光は、まるで薄く張った氷のようだ。研ぎ澄まされた冷たい空気に磨き上げられ、その白さが際立っている。その静謐な月明かりに導かれるように、石段を一段一段、ゆっくりと、しかし確かな足取りで登っていくと、肌をじんわりと温める熱気が近づいてきた。香ばしい匂いが、冷え切った鼻腔を優しくくすぐる。
境内の隅に設けられた小さな屋台からは、白い湯気が濛々と立ち上り、熱々の鍋焼きうどんの食欲をそそる香りが、空腹を刺激した。人々は湯気を求めて自然と集まり、静かだった境内は、ささやかながらも心温まる賑わいを見せていた。屋台の片隅には、雪を被った白い茶の花が一輪、厳しい寒さに耐えるように凛と咲いていた。
「茶の花…」友人がその花を見つけ、目を細め、どこか懐かしそうに呟いた。
「こんな極寒の中で、凛として咲いているなんて、本当に強い花だね。」私も思わず呟いた。祖母が、優しい眼差しで私を見つめながら、よく言っていた。「茶の花は、冬の寒さに耐え、春を待つ花。辛い時こそ、希望を失ってはいけないよ」と。その温かい言葉が、凍えた心にじんわりと染み渡り、小さな勇気をくれた。
熱い湯気を纏う土鍋を両手で包み込むと、体の芯からじんわりと温まるのを感じた。冷たい風に晒されていた頬も、徐々に熱を帯びてくる。熱い汁を一口啜ると、体の奥底まで温かさが染み渡り、凍てついていた心がゆっくりと解きほぐされていくようだった。
「本当に、寒さが身にしみるからこそ、こうした温もりが一層ありがたく感じるんだよ。」友人が、白い湯気を吸い込みながら、感慨深げに、そして優しく微笑みながら言った。
初詣を済ませ、帰り道、私たちは再び冴え冴えとした寒月の下を歩いた。月明かりが凍てついた道を静かに照らし、道の脇には、雪を纏い、寒さに耐えるように力強く枝を広げる松の木々が、冷たい風に吹かれて静かに揺れていた。
凍てついた土を踏みしめる足の裏から、冷たさがじんわりと伝わってくる。しかし、その冷たさの中に、不思議なほどの心地よさも確かに感じていた。厳しい冬の夜は、物悲しさを纏っているけれど、その奥には確かな温もりと、力強い生命力が息づいている。寒月の夜だからこそ、その温かさが、そして希望が、一層際立って感じられるのだろう。そして、祖母との温かい思い出と、茶の花の教えを胸に、私は新しい年を、一歩ずつ、確かに、力強く歩んでいく。
1月17日
小正月
樹 氷
茶の花
松過ぎ
日脚伸ぶ
松明け
冬銀河
蕪
寒 月
寝 酒
寒
どんど
左義長
鍋 焼
初 詣
凍て土
寒 月
小正月の夜、しんしんと降り積もる雪が、静かに街を包んでいた。吐く息は白く、冬の冷気が容赦なく肌を刺す。手袋をはめた指先までもが、じわじわと痺れてくるようだった。降りしきる雪の白いベールに包まれた街灯は、ぼんやりと柔らかな光の輪を描いている。見上げれば、底冷えのする漆黒の夜空に、息を呑むほど美しい冬銀河が無数の星屑を散りばめて広がっていた。私は、亡き祖母との、小正月の夜は必ず一緒に神社へ初詣に行くという大切な約束を果たすため、凍てついた道を一歩一歩、慎重に歩いていた。
松の内も過ぎたとはいえ、日脚が伸びるのを肌で感じるにはまだ遠く、夜の寒さは骨身に染みる。凍てついた土を踏みしめる足は重く、時折滑りそうになるのを堪えながら、町外れの、ひっそりと佇む古びた神社を目指した。毎年、小正月の夜には、祖母と二人でこの神社に初詣に来ていた。温かい甘酒を分け合い、来年のことを語り合った、かけがえのない時間。祖母が亡くなってから初めて迎える正月。今年こそは、祖母との大切な約束を果たし、心新たにお願いごとをしようと、固く心に決めていた。
雪の向こうに、神社の鳥居がぼんやりと浮かび上がってきた。冷たい空気の中に混じって、かすかな煙の匂いが鼻腔をくすぐる。境内では、小正月の伝統行事である左義長の準備が進められているのだろう。遠くに見える、赤く燃え盛る炎が、凍えた体を内側からじわじわと温めてくれるような、淡い期待を抱かせた。
「寒いねぇ、本当に寒月だ…」隣を歩く友人が、首をすくめ、肩を小さく震わせながら白い息を吐き出した。
私たちは、雪に覆われた細い道を、足跡を刻みながら、町外れの神社へと向かっていた。小正月の夜、この場所だけは、まるで別世界のように温かい灯りに包まれ、人々が自然と集まってくる。境内に足を踏み入れると、しんとした静寂の中に、冴え冴えとした寒月の清らかな光に照らされた、神聖な空間が広がっていた。
「寒月…冬の月は、冷たい光を放っているけれど、どこか心を落ち着かせてくれる、不思議な力があるよね。」私は、遠い日の祖母との記憶をそっと手繰り寄せるように、吸い込まれそうな夜空を見上げながら、静かに呟いた。
友人は少しの間、月を見上げた後、白い息を吐き出しながら、どこか寂しげに答えた。「確かに、冬の月は息を呑むほど美しい。でも、こんな凍えるような夜に見上げていると、どうしても物悲しくなってしまうんだ。」
澄み切った寒月の光は、まるで薄く張った氷のようだ。研ぎ澄まされた冷たい空気に磨き上げられ、その白さが際立っている。その静謐な月明かりに導かれるように、石段を一段一段、ゆっくりと、しかし確かな足取りで登っていくと、肌をじんわりと温める熱気が近づいてきた。香ばしい匂いが、冷え切った鼻腔を優しくくすぐる。
境内の隅に設けられた小さな屋台からは、白い湯気が濛々と立ち上り、熱々の鍋焼きうどんの食欲をそそる香りが、空腹を刺激した。人々は湯気を求めて自然と集まり、静かだった境内は、ささやかながらも心温まる賑わいを見せていた。屋台の片隅には、雪を被った白い茶の花が一輪、厳しい寒さに耐えるように凛と咲いていた。
「茶の花…」友人がその花を見つけ、目を細め、どこか懐かしそうに呟いた。
「こんな極寒の中で、凛として咲いているなんて、本当に強い花だね。」私も思わず呟いた。祖母が、優しい眼差しで私を見つめながら、よく言っていた。「茶の花は、冬の寒さに耐え、春を待つ花。辛い時こそ、希望を失ってはいけないよ」と。その温かい言葉が、凍えた心にじんわりと染み渡り、小さな勇気をくれた。
熱い湯気を纏う土鍋を両手で包み込むと、体の芯からじんわりと温まるのを感じた。冷たい風に晒されていた頬も、徐々に熱を帯びてくる。熱い汁を一口啜ると、体の奥底まで温かさが染み渡り、凍てついていた心がゆっくりと解きほぐされていくようだった。
「本当に、寒さが身にしみるからこそ、こうした温もりが一層ありがたく感じるんだよ。」友人が、白い湯気を吸い込みながら、感慨深げに、そして優しく微笑みながら言った。
初詣を済ませ、帰り道、私たちは再び冴え冴えとした寒月の下を歩いた。月明かりが凍てついた道を静かに照らし、道の脇には、雪を纏い、寒さに耐えるように力強く枝を広げる松の木々が、冷たい風に吹かれて静かに揺れていた。
凍てついた土を踏みしめる足の裏から、冷たさがじんわりと伝わってくる。しかし、その冷たさの中に、不思議なほどの心地よさも確かに感じていた。厳しい冬の夜は、物悲しさを纏っているけれど、その奥には確かな温もりと、力強い生命力が息づいている。寒月の夜だからこそ、その温かさが、そして希望が、一層際立って感じられるのだろう。そして、祖母との温かい思い出と、茶の花の教えを胸に、私は新しい年を、一歩ずつ、確かに、力強く歩んでいく。
1月17日
小正月
樹 氷
茶の花
松過ぎ
日脚伸ぶ
松明け
冬銀河
蕪
寒 月
寝 酒
寒
どんど
左義長
鍋 焼
初 詣
凍て土
寒 月
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