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8章 新たな王と新たな時代1 色狂いの聖女
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「流石に問答無用で攻撃されるとは思ってなかったなぁ……」
ラズ殿下の肩を抱きながら、迫り来るスレッドドレッドの襲撃に備える。
向き合ったら唇が触れてしまいそうな位置にラズ殿下の顔があるけど、これは彼女の身を守るためにやっていることなんで不可抗力なんですーっ。
さっきからエロ方面に思考が飛び飛びだったラズ殿下は、突然の事態の急変についていけずに、エロい思考も忘れてアタフタしているようだ。
「だだだっ、大丈夫なんですかこれ……!? なんか巣穴の方からもウゾウゾって音が聞こえ始めてるんですけどっ……!?」
「大丈夫です。実はコイツらを殺さずあしらう事自体は難しくないんですよ」
「えっ……? きゃあっ!?」
会話している俺とラズ殿下目掛けて、巣穴の中から雨のように降り注ぐスレッドドレッドの糸。
それら全てを受け止めるほど広範囲に魔法障壁を張るのは無理なので、俺達の周辺だけを守るように傘のイメージで魔法障壁を展開する。
「だだっ、大丈夫なんですかっ!? これ大丈夫なんですかぁっ……!?」
「ご安心ください。粘着性と強度は厄介ですけど所詮は糸です。殺傷力にも破壊力にも乏しいこんな攻撃では、俺の魔法障壁は破れませんよ」
流石にティムルの竜鱗甲光には及ばないけれど、アウラのブレスくらいまでなら防ぐ自信がある。
拘束力に特化した攻撃能力を殆ど持たない糸なんか、いくら受け止めたって余裕だろ。
ただ、ここはアウターの外なのでアナザーポータルが使用できないからな。
大量の糸で封殺されてしまうと脱出するのが少し面倒かもしれない。
早いところ話を進めるか。
「ご覧の通り身の安全の確保は出来ています。俺がさっきから悩んでいるのは、巣穴に連れ込まれた人の救出方法なんですよ」
「は、はいっ……! はいっ……!」
「……落ち着いてっていうのは無理ですかね?」
出来ればスレッドドレッドの生態に詳しそうなラズ殿下の意見も聞きたいんだけどな。
俺の言葉にブンブン何度も頷いているけど、とても俺の話が耳に届いてるとは思えない。
この世界の野生動物って、ある意味魔物よりも恐れられてるからな。
大量の野生動物に一斉攻撃を受けている今の状況は、ラズ殿下的には生きた心地がしないのかもしれない。
「じゃあ勝手に喋ります。気になる事があったら指摘してください」
「はっ、はいぃっ……!
「スレッドドレッドを殲滅していいなら簡単なんです。けれど今回は、スレッドドレッドを傷つけることなく救助を成功させなければいけない……。それが難しくて」
スレッドドレッドは人との共存の道を選んだ野生動物らしく、ヴェノムクイーンやマウントサーペント、ストームヴァルチャーと比べると脅威度がかなり低い。
皆殺しにしていいのなら、今の俺なら1分とかからず殺しきってしまうことが出来るだろう。
地中の中に隠れられても、造魔とアウターブレイクを使えば問題なく殲滅可能だ。
だから逆に、1体も傷つけずにこの場を収めろって言われるほうがよほど難しい。
「俺の職業補正を駆使すれば、スレッドドレッドを掻い潜りながら巣穴を掘り進むことは可能かもしれません。ですが彼らはかなり頭が良いようなので、俺達の目的が救助だとバレたら不味いと思うんですよ」
「……ひ、人質にされたり、もしくは更に奥に連れ去られたりっ、ですねっ……」
「流石です。もしかしたら彼らは、俺達が安易に攻撃出来ないことまで理解しているのかもしれません。だから連れ去った人を殺さずにいるのかも……」
野生動物に人質を取るみたいな発想や、ましてや人質を盾にして逃走を図る、なんて行動を取れるとは思えないんだけどね……。
だけど今の奇襲攻撃は察知スキルすら掻い潜ってきた高度さだったからな。
こいつらが俺たちよりも知能が低い、なんて思い込むのは危険だろう。
正直な話、ヴェノムクイーンのせいで野生動物への警戒度が3段階くらい上がっちゃったよ……。
「まぁ要するに、救助を始めたら時間をかけずに救助を成功させないと、事態を悪化させてしまう可能性が高いって話です。だからどうやって迅速な救助を実現するか、それが問題なんですよ」
降り注ぐ糸で視界はゼロだけど、魔法障壁には今のところ何の影響も無い。
けれど俺達が健在なのは向こうも気付いているらしく、糸の雨を一向に止めてくれない。
話をするには都合がいいけど、ちょっとジリ貧だよね。
微妙に地面の方から回り込んでくる気配も感じられるし、本当に頭がいい生物だよ、まったく。
「……見捨てよう、とは思わないのですか?」
「へ?」
先ほどまでとは打って変わって、静かで落ち着いた……けれど真剣みを帯びたラズ殿下の問いかけに意表を突かれてしまう。
鼻先が触れ合いそうなほど近くにあるラズ殿下の顔は、真剣な表情を浮かべながらも少し戸惑っているようにも感じられる。
「連れ去られた者を諦めようとか、スレッドドレッドを返り討ちにしようとか思わないんですか?」
「なんでです? 連れ去られた人は生きてるし、スレッドドレッドの攻撃だってこうやって……」
「ですがこのままでは打つ手が無いのでしょう? それに巣穴の中で息があると言っても、無事であるとは限らないじゃないですか。例えば卵を産み付けられたりとか……」
発想がグロいなラズ殿下っ! エログロ系はお手の物っすか!?
普通に食べられるよりよほどグロいっすねぇ!
これもヴェノムクイーンのせいで、体内にびっしりと卵を産み付けられた人間がはっきり想像出来てしまうんだよなぁ……!
うう……トリハダがぁ……!
「仮にそうだとしても、その時はその時です。まだ生きている人を諦める理由にはなりませんよ」
「……普通はなりますよ? あの者は諦めて次の策を練ろう、となるのが普通です」
「じゃあ普通じゃなくっていいですー。っていうか、スレッドドレッドって生物に卵を産み付ける習性とかあるんですか?」
「ありませんよ? 例えばの話です」
ないのかよっ!? 例えばの話で、そんなグロいイメージ持ち出さないでくれるかなぁっ!?
表情は真剣だけど淡々とした口調で語られるから、どこまで本気なのか分かり辛いよこの人っ!
「ですが、野生動物の巣穴に連れ去られて一定の時間が経過しているのです。無事だと考える方が無理ではないですか?」
「……えーっと、ラズ殿下って巣穴にいる人を助けたくないんですか?」
「助けたいに決まってますっ」
声量は変わらないけど、語気を荒げて俺の問いかけを否定するラズ殿下。
ってか近い近いっ! これ以上顔近づけちゃダメだってばっ!
「ですが、感情的な判断で二次被害を起こすわけには参りません。アンクの事は助けたいですが、その為にダンさんや私の命を危険に晒すわけにもいきません」
「アンク……。連れ去られたと思われる人の名前ですか」
「スレッドドレッドが惜しいからと言って、凶暴化した彼らを野放しにもできません。打つ手が無いのなら……決断せねばなりません」
色狂いという評判が信じられないほど、真剣な表情で悲しい決断を提案してくるラズ殿下。
アンクという人のこともスレッドドレッドのことも、本当はどちらも諦めたくないのだろうという事が痛いほど伝わってくる。
「……つまり、アンクさんの命もスレッドドレッドの命も、俺次第ってわけですね」
「え?」
「俺とラズ殿下の安全を確保しつつ、スレッドドレッドを1体も殺さず、そしてアンクさんも救出する。俺がその方法を思い付けば、ラズ殿下は俺の判断に乗ってくださるんですよね?」
「ですがっ! 巣穴に連れ去られたアンクが無事である保証も無いのです! 毒に侵されているかもしれない! 心砕けているかもしれない! 助け出せても救えるとは限らないんです!」
「そこは安心してください。毒に侵されていようと心砕かれていようと俺が何とかしてみせます。したことがあるんですよ」
毒も状態異常のはずなので浄化魔法で治療できるはずだ。
そして精神疾患にも浄化魔法が適用されるのは、登城した時にブルーヴァのパーティで散々検証したからな。
生きてさえいてくれれば、俺がどうとだってしてみせる……!
って、ブルーヴァと言えば……。
「……ナイスですラズ殿下。貴女のおかげで救助の方法、思いついちゃいましたよ」
「えっ……!? 私は何も……!」
「っと、その前に背後に回られたようです。このままでは少々不味いですね」
流石に長々と話をしすぎたのか、無数のスレッドドレッドが地中を通って俺達の背後に回ってきたようだ。
自分の全周囲を魔法障壁で囲うことも可能だけど、アイディアが浮かんだのだから相手に付き合う義理もない。
「済みませんラズ殿下。ちょっとだけ我慢してくださいね」
「え? あっ……!」
サッとラズ殿下をお姫様抱っこして、背後に現れたスレッドドレッドの群れを一気に通り過ぎる。
家族以外の女性をお姫様抱っこなんてしたくなかったんだけど、手を引っ張って移動する速度じゃ多分包囲を抜けられなかったんだよ。
「『縛鎖の呪言。制約の檻。幾千束ねし干渉の糸。ここに支配の剣を掲げ、神魂繋ぎて権利を剥がせ。奴隷契約』」
俺の動きに反応できず、固まったままのスレッドドレッド。
そいつら目掛けて片っ端から従属魔法を試していく。
今でも思い返すと腸が煮えくり返る思いだけれど、ブルーヴァの名前を思い出したことで奴隷契約の事を連想することが出来た。
通常は人間同士にしか適用されない従属魔法だけど、魔物使いを浸透させれて強化した従属魔法ならば或いは……!
「……よしっ! 繋がったぁ!」
スレッドドレッドと自分の魂が繋がった感触に、思わず歓声をあげてしまった。
これはかつてニーナと奴隷契約を結んだ時も感じた感覚だ。間違えるはずもない!
野生動物相手でも、強制的な隷属化に成功してくれたようだ。
「巣穴に捕えている人間を、今すぐ無傷でここまで連れてこいっ! 行けっ!」
「ダンさんっ、突然何を……って、えぇっ!?」
俺の言葉を聞いてすぐさま巣穴に戻っていった数体のスレッドドレッドを見て、ラズ殿下が素っ頓狂な声をあげる。
お姫様抱っこの状態で前を向いたラズ殿下の首元から、美しく豊満な谷間がこんにちはしてくるけれど、みんなのおっぱいを思い出すことで邪念を振り払う。
この人、なぁんか妙な色気があるんだよなぁ……。流石は色狂いだけあるよ。
「スレッドドレッドと強制的に奴隷契約を結びました。直ぐにアンクさんを連れてきてくれるでしょう」
「えっ!? えっ!?」
「要するに、自分たちが巣穴に入れないなら、スレッドドレッドたちに連れてきてもらおう作戦です。人質さえいなくなれば後はこっちのものですよ」
「どっ、奴隷契約の強制的な成立は特別な手順が要るはずでは……!? そもそも野生動物と奴隷契約を結ぶなど聞いたことが……!」
「細かい事を気になさらないでください。今重要なのは、アンクさんを救出出来るってことですよ。……こんな風に、ね?」
糸を張って待ち構えるタイプの蜘蛛ではなさそうなスレッドドレッドはなかなかの機動力をお持ちのようで、かなり深い場所にあった人間大の生体反応を、すぐさま連れ出してきてくれた。
仲間の突然の行動に、驚いたように動きを止めるスレッドドレッドたち。
コイツら表情があるわけでもないのにリアクションが大きくて、意外と感情豊かだな?
アンクと呼ばれるどこか見覚えのある青年男性は、やはり糸でファラオのようなポーズで拘束されており、視線は泳いで口からは涎を垂らしている。
どう見ても正気を保てているようには見えないな。
「ああっ……! アンクっ! 返事をしなさいっ! アンクーッ!」
そんなアンクさんを見て、必死に右手を伸ばして彼の名を叫ぶラズ殿下。
色狂いなんて評判の割には、その姿は目の前の男性を心から案じているようにしか見えなかった。
「アンクさんの事は少し待ってください。先にスレッドドレッドたちを無力化してしまわないと」
「……分かって、おります……! ですが、アンク……!」
心配そうにアンクさんの名を呼びながらも、状況はちゃんと理解しているようで大人しく手を引っ込めるラズ殿下。
女性の悲痛な顔なんて長く見たいものでもないし、サクサクっと解決してしまいましょうねー。
「『魂縛る盟約の鎖を解き、今ここに服従と隷属の強制を失効する。これより互いを縛る物はなく、両者に自立と選択の権利を返還する。奴隷解放』」
まずは強制的に成立させた奴隷契約を解除し、隷属化させた個体を解放する。
共存の道を再構築したいなら、いつまでも強制的な奴隷契約を続けるわけにはいかないよな。
「なっ、なんでせっかく隷属化した子を解放なさるのですかっ……!? 私はてっきり、あのまま全ての子を隷属させてしまうのかとっ……」
「奴隷契約はあくまで救出のための緊急措置ですよ。今後も彼らと友好的な関係を築きたいのであれば、いつまでも隷属させておくわけにはいかないでしょう?」
「確かにそうかもしれませんがっ……! ならばどうやってこの場を収める気なのですかっ!?」
「ご心配無く。制圧方法は既に考えてありますから」
ラズ殿下を抱きかかえたままアンクさんの傍まで寄り、生態察知スキルで周囲のスレッドドレッドの位置を把握していく。
巣穴の中や地中から隙を窺っている個体まで可能な限り全てを把握し、それら全てに魔力を放つ。
「悪いけど、ちょっとだけ動きを止めさせて貰うよっ。『魔力威圧』!」
今まで使う機会の無かった魔王の職業スキル『魔力威圧』を使い、殺傷能力の無い魔力の波動を全周囲に向かって一気に放出する。
かなり多めの魔力を込めて放たれたその魔力波を受けたスレッドドレッドは、まるで雷にでも打たれたかのように硬直し動きを止めてしまう。
オーバーウェルミングは地面や巣穴の奥まで一瞬で駆け巡り、全てのスレッドドレッドを動きを完全に止める事に成功したようだ。
動きを止めたスレッドドレッドたちを鑑定すると、『萎縮』というバッドステータスに陥っているけれど……。
これ、ちゃんとあとで仲直りできる、よね?
ラズ殿下の肩を抱きながら、迫り来るスレッドドレッドの襲撃に備える。
向き合ったら唇が触れてしまいそうな位置にラズ殿下の顔があるけど、これは彼女の身を守るためにやっていることなんで不可抗力なんですーっ。
さっきからエロ方面に思考が飛び飛びだったラズ殿下は、突然の事態の急変についていけずに、エロい思考も忘れてアタフタしているようだ。
「だだだっ、大丈夫なんですかこれ……!? なんか巣穴の方からもウゾウゾって音が聞こえ始めてるんですけどっ……!?」
「大丈夫です。実はコイツらを殺さずあしらう事自体は難しくないんですよ」
「えっ……? きゃあっ!?」
会話している俺とラズ殿下目掛けて、巣穴の中から雨のように降り注ぐスレッドドレッドの糸。
それら全てを受け止めるほど広範囲に魔法障壁を張るのは無理なので、俺達の周辺だけを守るように傘のイメージで魔法障壁を展開する。
「だだっ、大丈夫なんですかっ!? これ大丈夫なんですかぁっ……!?」
「ご安心ください。粘着性と強度は厄介ですけど所詮は糸です。殺傷力にも破壊力にも乏しいこんな攻撃では、俺の魔法障壁は破れませんよ」
流石にティムルの竜鱗甲光には及ばないけれど、アウラのブレスくらいまでなら防ぐ自信がある。
拘束力に特化した攻撃能力を殆ど持たない糸なんか、いくら受け止めたって余裕だろ。
ただ、ここはアウターの外なのでアナザーポータルが使用できないからな。
大量の糸で封殺されてしまうと脱出するのが少し面倒かもしれない。
早いところ話を進めるか。
「ご覧の通り身の安全の確保は出来ています。俺がさっきから悩んでいるのは、巣穴に連れ込まれた人の救出方法なんですよ」
「は、はいっ……! はいっ……!」
「……落ち着いてっていうのは無理ですかね?」
出来ればスレッドドレッドの生態に詳しそうなラズ殿下の意見も聞きたいんだけどな。
俺の言葉にブンブン何度も頷いているけど、とても俺の話が耳に届いてるとは思えない。
この世界の野生動物って、ある意味魔物よりも恐れられてるからな。
大量の野生動物に一斉攻撃を受けている今の状況は、ラズ殿下的には生きた心地がしないのかもしれない。
「じゃあ勝手に喋ります。気になる事があったら指摘してください」
「はっ、はいぃっ……!
「スレッドドレッドを殲滅していいなら簡単なんです。けれど今回は、スレッドドレッドを傷つけることなく救助を成功させなければいけない……。それが難しくて」
スレッドドレッドは人との共存の道を選んだ野生動物らしく、ヴェノムクイーンやマウントサーペント、ストームヴァルチャーと比べると脅威度がかなり低い。
皆殺しにしていいのなら、今の俺なら1分とかからず殺しきってしまうことが出来るだろう。
地中の中に隠れられても、造魔とアウターブレイクを使えば問題なく殲滅可能だ。
だから逆に、1体も傷つけずにこの場を収めろって言われるほうがよほど難しい。
「俺の職業補正を駆使すれば、スレッドドレッドを掻い潜りながら巣穴を掘り進むことは可能かもしれません。ですが彼らはかなり頭が良いようなので、俺達の目的が救助だとバレたら不味いと思うんですよ」
「……ひ、人質にされたり、もしくは更に奥に連れ去られたりっ、ですねっ……」
「流石です。もしかしたら彼らは、俺達が安易に攻撃出来ないことまで理解しているのかもしれません。だから連れ去った人を殺さずにいるのかも……」
野生動物に人質を取るみたいな発想や、ましてや人質を盾にして逃走を図る、なんて行動を取れるとは思えないんだけどね……。
だけど今の奇襲攻撃は察知スキルすら掻い潜ってきた高度さだったからな。
こいつらが俺たちよりも知能が低い、なんて思い込むのは危険だろう。
正直な話、ヴェノムクイーンのせいで野生動物への警戒度が3段階くらい上がっちゃったよ……。
「まぁ要するに、救助を始めたら時間をかけずに救助を成功させないと、事態を悪化させてしまう可能性が高いって話です。だからどうやって迅速な救助を実現するか、それが問題なんですよ」
降り注ぐ糸で視界はゼロだけど、魔法障壁には今のところ何の影響も無い。
けれど俺達が健在なのは向こうも気付いているらしく、糸の雨を一向に止めてくれない。
話をするには都合がいいけど、ちょっとジリ貧だよね。
微妙に地面の方から回り込んでくる気配も感じられるし、本当に頭がいい生物だよ、まったく。
「……見捨てよう、とは思わないのですか?」
「へ?」
先ほどまでとは打って変わって、静かで落ち着いた……けれど真剣みを帯びたラズ殿下の問いかけに意表を突かれてしまう。
鼻先が触れ合いそうなほど近くにあるラズ殿下の顔は、真剣な表情を浮かべながらも少し戸惑っているようにも感じられる。
「連れ去られた者を諦めようとか、スレッドドレッドを返り討ちにしようとか思わないんですか?」
「なんでです? 連れ去られた人は生きてるし、スレッドドレッドの攻撃だってこうやって……」
「ですがこのままでは打つ手が無いのでしょう? それに巣穴の中で息があると言っても、無事であるとは限らないじゃないですか。例えば卵を産み付けられたりとか……」
発想がグロいなラズ殿下っ! エログロ系はお手の物っすか!?
普通に食べられるよりよほどグロいっすねぇ!
これもヴェノムクイーンのせいで、体内にびっしりと卵を産み付けられた人間がはっきり想像出来てしまうんだよなぁ……!
うう……トリハダがぁ……!
「仮にそうだとしても、その時はその時です。まだ生きている人を諦める理由にはなりませんよ」
「……普通はなりますよ? あの者は諦めて次の策を練ろう、となるのが普通です」
「じゃあ普通じゃなくっていいですー。っていうか、スレッドドレッドって生物に卵を産み付ける習性とかあるんですか?」
「ありませんよ? 例えばの話です」
ないのかよっ!? 例えばの話で、そんなグロいイメージ持ち出さないでくれるかなぁっ!?
表情は真剣だけど淡々とした口調で語られるから、どこまで本気なのか分かり辛いよこの人っ!
「ですが、野生動物の巣穴に連れ去られて一定の時間が経過しているのです。無事だと考える方が無理ではないですか?」
「……えーっと、ラズ殿下って巣穴にいる人を助けたくないんですか?」
「助けたいに決まってますっ」
声量は変わらないけど、語気を荒げて俺の問いかけを否定するラズ殿下。
ってか近い近いっ! これ以上顔近づけちゃダメだってばっ!
「ですが、感情的な判断で二次被害を起こすわけには参りません。アンクの事は助けたいですが、その為にダンさんや私の命を危険に晒すわけにもいきません」
「アンク……。連れ去られたと思われる人の名前ですか」
「スレッドドレッドが惜しいからと言って、凶暴化した彼らを野放しにもできません。打つ手が無いのなら……決断せねばなりません」
色狂いという評判が信じられないほど、真剣な表情で悲しい決断を提案してくるラズ殿下。
アンクという人のこともスレッドドレッドのことも、本当はどちらも諦めたくないのだろうという事が痛いほど伝わってくる。
「……つまり、アンクさんの命もスレッドドレッドの命も、俺次第ってわけですね」
「え?」
「俺とラズ殿下の安全を確保しつつ、スレッドドレッドを1体も殺さず、そしてアンクさんも救出する。俺がその方法を思い付けば、ラズ殿下は俺の判断に乗ってくださるんですよね?」
「ですがっ! 巣穴に連れ去られたアンクが無事である保証も無いのです! 毒に侵されているかもしれない! 心砕けているかもしれない! 助け出せても救えるとは限らないんです!」
「そこは安心してください。毒に侵されていようと心砕かれていようと俺が何とかしてみせます。したことがあるんですよ」
毒も状態異常のはずなので浄化魔法で治療できるはずだ。
そして精神疾患にも浄化魔法が適用されるのは、登城した時にブルーヴァのパーティで散々検証したからな。
生きてさえいてくれれば、俺がどうとだってしてみせる……!
って、ブルーヴァと言えば……。
「……ナイスですラズ殿下。貴女のおかげで救助の方法、思いついちゃいましたよ」
「えっ……!? 私は何も……!」
「っと、その前に背後に回られたようです。このままでは少々不味いですね」
流石に長々と話をしすぎたのか、無数のスレッドドレッドが地中を通って俺達の背後に回ってきたようだ。
自分の全周囲を魔法障壁で囲うことも可能だけど、アイディアが浮かんだのだから相手に付き合う義理もない。
「済みませんラズ殿下。ちょっとだけ我慢してくださいね」
「え? あっ……!」
サッとラズ殿下をお姫様抱っこして、背後に現れたスレッドドレッドの群れを一気に通り過ぎる。
家族以外の女性をお姫様抱っこなんてしたくなかったんだけど、手を引っ張って移動する速度じゃ多分包囲を抜けられなかったんだよ。
「『縛鎖の呪言。制約の檻。幾千束ねし干渉の糸。ここに支配の剣を掲げ、神魂繋ぎて権利を剥がせ。奴隷契約』」
俺の動きに反応できず、固まったままのスレッドドレッド。
そいつら目掛けて片っ端から従属魔法を試していく。
今でも思い返すと腸が煮えくり返る思いだけれど、ブルーヴァの名前を思い出したことで奴隷契約の事を連想することが出来た。
通常は人間同士にしか適用されない従属魔法だけど、魔物使いを浸透させれて強化した従属魔法ならば或いは……!
「……よしっ! 繋がったぁ!」
スレッドドレッドと自分の魂が繋がった感触に、思わず歓声をあげてしまった。
これはかつてニーナと奴隷契約を結んだ時も感じた感覚だ。間違えるはずもない!
野生動物相手でも、強制的な隷属化に成功してくれたようだ。
「巣穴に捕えている人間を、今すぐ無傷でここまで連れてこいっ! 行けっ!」
「ダンさんっ、突然何を……って、えぇっ!?」
俺の言葉を聞いてすぐさま巣穴に戻っていった数体のスレッドドレッドを見て、ラズ殿下が素っ頓狂な声をあげる。
お姫様抱っこの状態で前を向いたラズ殿下の首元から、美しく豊満な谷間がこんにちはしてくるけれど、みんなのおっぱいを思い出すことで邪念を振り払う。
この人、なぁんか妙な色気があるんだよなぁ……。流石は色狂いだけあるよ。
「スレッドドレッドと強制的に奴隷契約を結びました。直ぐにアンクさんを連れてきてくれるでしょう」
「えっ!? えっ!?」
「要するに、自分たちが巣穴に入れないなら、スレッドドレッドたちに連れてきてもらおう作戦です。人質さえいなくなれば後はこっちのものですよ」
「どっ、奴隷契約の強制的な成立は特別な手順が要るはずでは……!? そもそも野生動物と奴隷契約を結ぶなど聞いたことが……!」
「細かい事を気になさらないでください。今重要なのは、アンクさんを救出出来るってことですよ。……こんな風に、ね?」
糸を張って待ち構えるタイプの蜘蛛ではなさそうなスレッドドレッドはなかなかの機動力をお持ちのようで、かなり深い場所にあった人間大の生体反応を、すぐさま連れ出してきてくれた。
仲間の突然の行動に、驚いたように動きを止めるスレッドドレッドたち。
コイツら表情があるわけでもないのにリアクションが大きくて、意外と感情豊かだな?
アンクと呼ばれるどこか見覚えのある青年男性は、やはり糸でファラオのようなポーズで拘束されており、視線は泳いで口からは涎を垂らしている。
どう見ても正気を保てているようには見えないな。
「ああっ……! アンクっ! 返事をしなさいっ! アンクーッ!」
そんなアンクさんを見て、必死に右手を伸ばして彼の名を叫ぶラズ殿下。
色狂いなんて評判の割には、その姿は目の前の男性を心から案じているようにしか見えなかった。
「アンクさんの事は少し待ってください。先にスレッドドレッドたちを無力化してしまわないと」
「……分かって、おります……! ですが、アンク……!」
心配そうにアンクさんの名を呼びながらも、状況はちゃんと理解しているようで大人しく手を引っ込めるラズ殿下。
女性の悲痛な顔なんて長く見たいものでもないし、サクサクっと解決してしまいましょうねー。
「『魂縛る盟約の鎖を解き、今ここに服従と隷属の強制を失効する。これより互いを縛る物はなく、両者に自立と選択の権利を返還する。奴隷解放』」
まずは強制的に成立させた奴隷契約を解除し、隷属化させた個体を解放する。
共存の道を再構築したいなら、いつまでも強制的な奴隷契約を続けるわけにはいかないよな。
「なっ、なんでせっかく隷属化した子を解放なさるのですかっ……!? 私はてっきり、あのまま全ての子を隷属させてしまうのかとっ……」
「奴隷契約はあくまで救出のための緊急措置ですよ。今後も彼らと友好的な関係を築きたいのであれば、いつまでも隷属させておくわけにはいかないでしょう?」
「確かにそうかもしれませんがっ……! ならばどうやってこの場を収める気なのですかっ!?」
「ご心配無く。制圧方法は既に考えてありますから」
ラズ殿下を抱きかかえたままアンクさんの傍まで寄り、生態察知スキルで周囲のスレッドドレッドの位置を把握していく。
巣穴の中や地中から隙を窺っている個体まで可能な限り全てを把握し、それら全てに魔力を放つ。
「悪いけど、ちょっとだけ動きを止めさせて貰うよっ。『魔力威圧』!」
今まで使う機会の無かった魔王の職業スキル『魔力威圧』を使い、殺傷能力の無い魔力の波動を全周囲に向かって一気に放出する。
かなり多めの魔力を込めて放たれたその魔力波を受けたスレッドドレッドは、まるで雷にでも打たれたかのように硬直し動きを止めてしまう。
オーバーウェルミングは地面や巣穴の奥まで一瞬で駆け巡り、全てのスレッドドレッドを動きを完全に止める事に成功したようだ。
動きを止めたスレッドドレッドたちを鑑定すると、『萎縮』というバッドステータスに陥っているけれど……。
これ、ちゃんとあとで仲直りできる、よね?
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『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
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クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます
neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。
松本は新しい世界で会社員となり働くこととなる。
ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。
PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
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孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。
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