異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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7章 家族みんなで冒険譚2 聖域に潜む危機

517 悪意の女王② ヴェノムデバイス (改)

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「ダンさんっ……! 覚悟は決まったよ! 私に触心を試させてくれないかっ!」


 嫌悪感を催すその姿を直視したくもないし、その生態を詳細に描写したくもないほどに不快な毒虫君の正体を暴こうと、キュールさんが触心を行なう覚悟を決める。

 もう遠目にも青褪めてるのが分かってて、試してもらうのが申し訳ないレベルだなぁ。


 毒虫君が定期的に飛ばしてくる毒糸をこまめに魔法障壁で遮断しながら、震えるキュールさんの到着を待つ。

 気の毒なくらい拒否反応を示しているキュールさんに寄り添っているのか、何人かキュールさんと一緒に近付いて来たようだ。


 毒虫に物怖じせずにスタスタと近づいてきたのはアウラとチャールで、シーズはティムルの背に隠れて絶対防御の姿勢を見せている。

 他のメンバーはキモーいキモーいと言いながらも余裕がありそうだ。あとエマが結構平然としているね。


「侍女ですから、ある程度虫は見慣れてますよ。ここまで不快な虫は初めてですけど……」

「だろうね。まぁ無理せず今のうちにある程度慣れとくといいよ。これから駆除しなきゃいけないかもだしね」


 ショートソードに貫かれたままなのに相変わらず元気な毒虫君。

 下手すりゃ貫いてから30分くらい経ってる気がするから、ショートソードに貫かれても全く消耗していないらしいね。


 斬撃で殺し難いとなると、我が家のメンバーとはかなり相性が悪いって事になりそうだ。厄介だな。


「なんかダンは余裕そうだね? 慣れちゃった?」

「そう言うチャールも平気そうに見えるけどね。俺は……まぁ慣れたってことで」

「私は流石に触る気にはならないかなー。でも見たことない生き物だからちょっと興味があるんだ」

「ははっ。根っからの研究者気質って奴? ま、危険な生物だから触る気が無くて正解だよ」

「お、お待たせしたねダンさん……! さささ早速触心を始めようじゃないかぁっ……!」


 チャールと雑談していると、生まれたての小鹿のように膝がガックガクに笑っているキュールさんが到着した。

 どう見ても触心を開始できる状態ではないけど、これ以上時間をかけるのも面倒臭いな。


 一応警告だけして、後は本人の判断に任せるとするかー。


「キュールさん。触心するのは良いけど気をつけてよ? コイツらって全身くまなく猛毒みたいだから」

「触心は装備越しでも出来るから、グローブを着用すれば多少は持つでしょ。正直言えばダンさんの回復魔法にも期待させて欲しいな。……体よりも精神が蝕まれている気がするけどね」

「勿論治療くらいはさせてもらうけどさ、魔力枯渇を起こして無防備になっちゃったら事故る可能性はあるよ?」

「むっ。今のは聞き捨てならないな」


 震えるばかりだったキュールさんが、気分を害したようにキッと睨んでくる。

 触心を侮られるのが嫌みたいだ。触心はキュールさんのプライドそのものなんだろうな。


「情報過多のダンさんならいざ知らず、1匹の虫の情報を抜き取るくらいで魔力枯渇を起こすつもりはないよ。安心して欲しい」

「1匹で済めば良いんだけどさぁ……。虫って社会性を持ってたりするから油断出来ないんだよ」


 こいつらが蟻とか蜂のように、女王1匹のために他全ての個体が存在する、みたいな存在だった場合、触心から何百、何万の虫と繋がってしまう可能性はゼロじゃないはずだ。

 触心は読み取る情報の量によって魔力消費量が左右されるから、場合によっては一瞬でブラックアウトさせられかねない。


 俺の懸念を正確に読み取ったキュールさんは、うへぇ……っと、先ほどとは違う意味で辟易している。


「最悪の想定ばかりで困っちゃうねぇ……。もう少し楽しげな話題は無いのかい?」

「楽しげな話題ねぇ……。恐らくってレベルでいいなら無くもないよ?」

「恐らくでいいからお願いするよ。今は何でも良いから気を紛らわしたいんだ」

「切羽詰ってるねぇキュールさん。ま、話半分に聞いてよ」


 殆ど知能を持っているようには見えない毒虫君。


 剣で貫かれても平気なくらい耐久力は高く、攻撃性も毒性も抜群。

 なのに統率の取れた行動に、攻撃性とは相反する理性的な習性を持ち合わせている。


「多分コイツらは社会性を持った生物でしょ。だから本体さえ潰せば勝手に壊滅してくれるんじゃないかな?」

「……逆に、本体の制御を離れてこいつらが暴走する可能性はないのかい?」

「可能性は半々だね。ただコイツら内臓も無さそうだし痛覚も無いっぽいからね。単体で生きていける生物じゃない気がするんだよ」

「それになんの確証が……って、恐らくでいいと言ったのは私だったね。検証はこれからかぁ……」


 キュールさんは毒虫君にあと3歩ほどの距離で立ち止まる。後は手を伸ばせば触心の射程範囲内だ。

 毒虫君は動きの鈍いキュールさんに狙いを定めて毒糸を放ちまくってくるので、それら全てをしっかりと障壁で防ぎきる。


 コイツの毒糸も、ほぼ無制限に発射されてくるのはおかしいんだよなぁ。

 木の内部を液状化してるのも魔法効果に近い気がするし、あまり物理法則に囚われ過ぎるのは危険かもしれない。


 ふーっ、ふーっ、と覚悟を決めるように息を吐いているキュールさん。

 触心が終わったらすぐ動けるように通達しておこうかな。


「キュールさんの触心が終わったら、とりあえずこの毒虫君はバラしちゃうからね。それがトリガーとなって森中から毒虫君が降ってくる可能性もあるから、全員警戒してて」

「サラッと恐ろしい事言わないのっ! もしそうなったらここで迎撃するのー?」

「基本は迎撃しよう。数的に殲滅が難しそうならアナザーポータルで即退却で。コイツら全身が毒だから、撤退を決めたら迷わず逃げるよ」

「う~っ……! ダガーと最高に相性が悪い相手なの~っ」


 んもー! っと叫びながらダガーを取り出すニーナ。

 毒虫君の認識が、不快害虫から駆除対象に変化したみたいだな。


 その時、パァンという破裂音が森に鳴り響いた。

 慌てて振り返ると、どうやらキュールさんが自分のほっぺたを勢い良く引っ叩いたようだ。


「よし! それじゃ行くよ! 女は度胸! 触心ーーっ!」


 気合の咆哮と共に黒い魔力を右手に纏うキュールさん。

 俺はキュールさんの邪魔をしないように注意しながら、毒虫君が飛ばしてくる毒糸を防いでキュールさんをサポートする。


 触心の魔力が毒虫君に触れた時、キュールさんの眉間に深い深い皺が刻まれたような気がするけれど、見なかった事にしておこう。


「なんっ……だ、この生物……!? いや、生物……なのかっ……!?」

「キュールさーん。分かったことからどんどん口に出してくれるー?」

「くっ……! 蜘蛛のような胴体の中には毒糸しか存在しない! 内臓のような器官は見当たらない! 無数の複眼で視覚を得ている事は間違いなさそうだが、脳のような器官は無さそうだねっ……!」


 完全に使い捨ての兵隊って感じだな。

 やっぱりアリとかハチ系の生物の可能性が高そうだ。


「虫系生物だし、そのくらいは想定すべきだったか……。百足型の胴体や触手については何か無い?」

「百足の体も触手も、主に樹木内を移動するのに使われる器官みたいだね……。触手から魔力を発して樹木を液状化させ、その中を百足の胴体を駆使して泳ぐように移動するようだ……」


 おお、凄いな触心。キュールさんの頭の中では情報がどんな感じで処理されてるんだろう?

 脳に相当する器官が無いとまで言い切っちゃうし、触心のおかげで毒虫君の生態調査が捗る捗る。


「液状化した樹木はどうなるの? そのまま溶け落ちる?」

「いや、百足の両端に触手があるだろう? コイツらは通り過ぎたあとに樹木の中を正常化しながら移動しているんだ。だからさっきダンさんも、捕獲する為に木を掘削する必要があったんだね」

「ちっ、攻撃するのが困難だね……。飛行能力はありそう?」

「いや、蜘蛛部分にも百足部分にも翅に該当する器官は無さそうだ。しかし木から木へと飛び移れる程度の跳躍力はあるんじゃないかな」


 跳躍することは出来ても、飛行する可能性は低いと。


 けれどここまで鬱蒼とした森の中を縦横無尽に走り回れるなら、飛行能力があっても無くてもあまり変わらなそうか。

 飛行能力が無くても、周囲の樹木から一斉に飛び掛ってこられたら、一生もののトラウマになりそうな気がするし?


「それじゃ1番重要な質問だ。殺し方と、殺した後に問題は起きそうかは分かる?」

「…………ごめん。どっちも分からない、かな」


 触心を終えた右手を地面に擦りつけながら、煮え切らない回答をしてくるキュールさん。

 後者は仕方ないにしても、触心したのに殺し方も分からないのか?


「そう回答した理由は?」

「……この生物、構造がシンプルすぎるんだ。内臓はおろか、感覚器官のようなものすら触心では見つけられない。これじゃまるで使い捨ての兵隊のような……」

「オッケー。とりあえずコイツのことを便宜上『ヴェノムデバイス』と名付ける事にしようか。それじゃ今から殺してみるから、みんな一応警戒しててねー」

「こ、殺すって……、うわっ!」


 戸惑うキュールさんに構わず、ヴェノムデバイスに双剣を叩きつける。


 まずは蜘蛛部分と百足部分を切断して泣き別れにする。

 そして百足部分の両端にある、フサフサでウネウネしている触手も切り落とし、百足部分と蜘蛛の胴体部分を双剣で一気に細切れにする。


「……なにっ!?」


 しかし、蜘蛛部分を切り刻んだ時、中身の毒糸が外気に漏れ出し、毒見スキルが警告を発する。

 何が起こるかを一瞬で連想した俺は、魔法障壁を全力で展開しながらキュールさんを抱いて後方に飛ぶ。


「キュールさんごめんっ!」

「うわぁっ!?」


 次の瞬間、パンッという渇いた破裂音と共に、ヴェノムデバイスが弾けた。

 自爆と言うにはあまりにも規模の小さい爆発。威力の小さい破裂。


 しかし毒見スキルを通してみると、破裂したヴェノムデバイスの死骸から最高レベルの毒判定が大気に流れ出ているのが見えた。


「リーチェ! ヴェノムデバイスから空気中に毒霧が発生してる! 風で散らせるかっ!?」

「ちっ、散らしていいのっ!? 圧縮してしまった方が良くないかなっ!?」

「あーっと……。いや、今回は散らしてくれ! 散らして無毒化できるか試そう!」

「了解、だよーっ!」


 キュールさんを抱いてみんなと合流しながら、毒見スキルで大気に撒き散らされた毒の推移を見守る。

 すると半径5メートルくらいの範囲まで毒を散らすことで、毒見スキルに引っかからないくらいまで弱毒化できることが判明した。


 これ、1体だけならなんの脅威にもならないけど、大群で押し寄せられたら自爆毒だけで押し切られかねないな……。


「毒判定は消えたみたい……。周囲の生体反応にも変化は無さそうなの」


 頭上を仰ぎ見ながらニーナが呟く。

 ヴェノムデバイズを殺したことで残りの個体も一斉に襲い掛かってくる、なんてことはなかったようだ。


 だけど相変わらず俺達とは一定の距離を保ったまま静観しており、それがかえって敵の不気味さを煽ってくる。


「なかなか厄介そうな相手みたいね……。イントルーダーと戦えるようになったっていうのに、楽させてもらえないわねぇ」

「ティムルの言う通りなのじゃ。職業の加護が得られない野生動物戦。まさかここまで厄介じゃとはのう……!」


 ティムルとフラッタがウンザリした様子で吐き捨てる。


 俺も2人と同感だよ。野生動物がここまで厄介な存在だとは夢にも思ってなかった。

 精々マウントサーペントみたいに、想像以上にでかい奴がいるかもー、くらいの認識だったわ。甘すぎぃ。


「旦那様。本体の自爆は蜘蛛の部分を切りつけた時に起こったと思っていいですか?」

「だね。蜘蛛型の部分から毒糸が高速で吐き出されてたし。ガスみたいなものが溜まってるのかもしれない。死ぬとそれが破裂して、相手を猛毒の霧が襲うってか。抜け目無いねぇ」

「風で散らして無毒化できる事は証明されたけど、こんなのは付け焼刃もいい所だね。生体反応は無数にあるし、毒対策をどうするかが鍵になってきそうだ」


 たった今風で毒を無効化してみせたリーチェだからこそ、この方法で全ての毒を無力化していくのは現実的じゃないと判断しているようだ。

 仮に100体も同時に破裂されたら、それだけで弱毒化はまず間に合わないだろう。


「う~ん、どうしようね? ヴェノムデバイスが聖域の樹海に異常を齎しているとはまだ限らないんだけど……」

「ダンー? 心にも思ってないこと口にしちゃ駄目なんだよー?」

「いやいやニーナ。俺は可能性の話をね……」

「魔力を樹木に変える聖域の樹海。その樹木に干渉する野生動物。この両者が無関係だなんて、そんな甘い想定は捨てなさいっ」


 ぐうの音も出ませんねっ!

 ぶっちゃけ俺も、ヴェノムデバイスが聖域の異変の原因だとは思ってますしー。


「ダ、ダンさん……。とりあえず離してもらえるかい……?」

「あ、ごめんごめん。ついね」


 未だ庇うように抱きしめていたキュールさんを解放する。

 ヴェノムデバイスの生態が謎過ぎて、安全だと判断するのが遅れてしまったようだ。


 解放したキュールさんが離れていく前に、彼女が触心で得た情報をもう1度確認する。


「キュールさんの触心によると、コイツらは内臓や感覚器官は存在せず、毒を持って特攻するのが役目の存在みたいだって話だったよね?」

「こ、後半部分は私の印象でしかないけどね? ただ消化器官のようなものも無かったし、樹木を食べているようには思えなかったかな……」

「コイツらが普通の食事をしていないようなら、考えられる可能性としては2つかな」


 魔力という未知のエネルギーを抜いて考えれば、生物が生命活動をしていくには、外部から栄養を摂取しなくてはならないはずだ。

 なのに栄養を吸収する臓器が存在しない理由は、大きく分けて2つだと思う。


「1つ。ヴェノムデバイスは樹木に魔法的に干渉できるみたいだから、触手を使って樹木から魔力を直接吸い取っている可能性」

「ああ、ナイトシャドウみたいなエナジードレイン系の能力を持っている可能性があるんだ?」


 おおニーナ。まさかこの場でナイトシャドウの名前を聞くことになるとは思わなかったよ。

 でも言っている事は合っているので、そうだねと頷きを返す。


「もう1つは本体というか、ボスの存在だね。ヴェノムデバイスはあくまで攻撃端末にしか過ぎず、聖域の樹海の異常を引き起こしている奴は、更に巧妙に隠れてるって可能性が残ってる」

「……ちなみにダンはどっちだと思ってる?」

「十中八九後者かな。無差別に行動するような兆候が今のところ一切見られてないから、完璧に統率が取れてる印象だよ」


 だよねぇ~っと、がっくり肩を落すリーチェ。

 未だに生体反応は俺達と一定の距離を保ったままだからな。秩序立ち過ぎてて本当に気味が悪いっての。


「もしもヴェノムデバイスを大量に嗾けられた場合は、ティムルの竜鱗甲光の内側に引き篭もろう。出入りはアナザーポータルを使えば問題ないから、隙間無く障壁を展開できるように意識しててね」

「了解よ。空気中に毒が散布されるんじゃ、ただスキル障壁を展開するだけじゃ不十分だものね」


 ティムルはオリハルコンダガーを収納して、グランドドラゴンアクスを両手で握り締める。

 ティムルは防御に専念することを決意したみたいだね。


 そしてティムルが戦斧を握り締めたのとほぼ同時に、ニーナとフラッタの表情が引き締まった。


「……うん。さっきまではただ気持ち悪いだけだったけど、明確な脅威だって分かったら平気になってきたの。次は私もちゃんと出るね」

「ニーナの言う通りじゃな。虫では無く敵だと思ったら、怖がっているワケにはいかぬ気になるのじゃ」


 おおう、好色家姉妹よ。その思考は脳筋ではないかなー?

 でもようやく全員の心の準備も出来たようだし、ここからが聖域の樹海の調査の本番、ヴェノムデバイス戦の始まりといったところか。


 さて、まずは片っ端からヴェノムデバイスを片付けるところから始めるとしますかねー?
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