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7章 家族みんなで冒険譚2 聖域に潜む危機
488 生贄 (改)
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キュールさんに即死転移魔法崩界の説明を聞き、邪神ガルクーザがこの世界に与えた影響の大きさを改めて痛感させられる。
ノーリッテの言い分を鵜呑みにして世界呪マグナトネリコのことをガルクーザ級のイントルーダーだと思っていたけれど、果たして本当に同格なんだろうか?
もしもあの時俺達が敗北していたら、世界呪もその後、古の邪神と同じくらいに世界に影響を及ぼしていたんだろうか?
「……キュール殿。大変興味深い話ではあるが、少々脱線しておるのではないか? 元々は帝国に識の水晶が渡った経緯を説明してもらうはずだったのじゃ」
「……あ」
すっかり古の邪神に意識を囚われてしまっていたけど、フラッタの言葉で我に返った。
そうだよ。今は識の水晶の話をしてたんだよ。
邪神の話も興味深いから突き詰めたいけど、とりあえず後回しでいい話題だったわ。
「確かにフラッタさんの言う通りだね。崩界についてはこのくらいでいいだろう」
キュールさんも脱線した事を認め、あっさりと話を切り上げる。
崩界の仕組みが分かったのは収穫だったけど、今話すことじゃなかったね。
関係ないけどキュールさんって、チャールとシーズのことは君付けなのにフラッタはさん呼びなんだな。
年齢ではなくて所属で対応を変えている感じか。
「崩界の余波で全くなんの力も持たない旅人に拾われる事になった識の水晶は、その後455年もの間レガリアの目を欺き、実に今に至るまでラインフェルド家によって管理されてきたわけなんだけど……」
「うん。俺達が知りたいのは、それが可能だった理由だね」
「陛下が言うにはね。識の水晶が他の神器の所有者と接触するのを嫌がって、ラインフェルド家に積極的に神託を授けてくれたらしいんだ」
「……はぁ? 神器が嫌がる? 積極的ぃ……?」
あまりにも突拍子の無い説明に、思わず首を傾げてしまう。
確かに以前、神器は自らの意思で所有者を選ぶと聞かされた事はある。
そして本当に迷惑な話なんだけど、なぜか俺が神器の所有者に選ばれてしまったらしいことから、神器に意志があるということ自体は別に否定しない。
けれど……。特定の所有者を嫌がったり、自分から所有者に力を貸したりするって……。
それってもう意思とかじゃなくて、思考能力があるレベルだと思うんだよ……?
「いやいやいや……。神器を使用する時って物凄い副作用があったりするじゃん? なのに神器の方から使用を迫ってくるとか、もう最っ高に迷惑じゃないの?」
「それがねぇ……。神器の方から勝手に神託を授けてきた場合には、特に代償は必要なかったみたいだよ。けれどラインフェルド家の方から問いかけると対価を要求されるんだってさ」
うっわ、なにそのくっそ迷惑な神器。叩き割った方が良くない?
という言葉が喉から出かかったけど、寸でのところでなんとか飲み込む事に成功した。危ない危ない。
「ちなみに、識の水晶の使用の対価ってなんなの? 崩界の対価は使用者の寿命の半分を持ってくみたいだけど」
「それはそれでエグいねぇ。寿命を半分も持っていかれてしまったら、本来出来るはずだった研究が半分しか進まない事になってしまうじゃないか」
あー、学者であるキュールさんにとって、寿命を対価に差し出すのはNGって感じなんだな。
だけど崩界の場合はちょっと強力すぎるからね。
ここぞって時の使用さえも躊躇ってしまうほどの対価が必要なかったら、無差別に大量虐殺が始まってしまうだろう。
「識の水晶の事を陛下に確認せずに開示していいのかどうか迷うけど……。正直開示したから何が変わるというものでもないからね。別にいいか」
「……ほんとにいいの? むしろ聞いて大丈夫なの?」
「ダンさんが神器に対してネガティブなイメージを抱くのは、多分陛下にとっては好都合だろうからね。怒られる心配は無いさ」
そっか。俺は既に帝国側に、神器を譲ってもいいという意思表示は済ませてあったんだった。
俺が神器に執着していない事を知っている帝国側としては、俺の神器に対するイメージを徹底的に下げさせて、こんなもの所持していたくない! 俺は部屋に戻らせてもらう! って感じに、神器の所有権を放棄させる作戦なのかもしれない。
「識の水晶の対価はね。熱意なんだ」
「熱意……?」
「好奇心、興味と言い換えてもいいかな。神託を授ける識の水晶が対価に望むのは、何かを知ろうとする使用者の知識欲なんだよね」
知識を授ける神器の使用の対価が、知識欲……?
熱意とか興味とか好奇心とか、それって人が誰かと関わる時に最も必要なことじゃないのか……!?
答えを知る代わりに関心を失うなんて、そんな神託には何の意味も無いじゃないか……!
「好奇心や興味を失うって、それじゃ生きていくのも難しいんじゃないのっ? そんな神器どうやって使用してきたんだ? 以前キュールさんは、俺のことを識の水晶に聞いた、みたいなこと言ってたよな?」
「……あまり気分のいい話ではないよ。それでも聞くかい?」
キュールさんに黙って頷きを返す。
当然だ。これは聞いておかなきゃいけない。
だってもしも皇帝本人が識の水晶を使用したのだとしたら、俺と神器への執着心を皇帝が持っているはずがないんだから。
俺と神器への関心を失わずに神器から情報を引き出す方法、それってつまり……。
「……人身御供、だよ。識の水晶に生贄を捧げることで、陛下は知りたい情報を神託として引き出してるんだ」
「生贄って……。神器を使う度に誰かが犠牲になってるの……!?」
ニーナが悲鳴のような声をあげる。
ちっ……こんな予想は外れて欲しかったんだけどな……。
「いっ、生贄と言っても死ぬわけじゃないよ……? それに陛下は相手の意志を無視して、生贄になる事を強要することも無いからね?」
驚愕したニーナと表情を顰める俺を見て、ちょっと待って欲しいとキュールさんは補足する。
彼女の声が小さく震えているのは、それだけ俺が抱いた嫌悪感が大きかったってことか。
「あくまで陛下と使用者との対等な取引によって履行されることだからね? 神器の使用自体を否定されるなら仕方ないけれど、陛下は非人道的な事はしていないと私は思ってるよ」
「死ぬわけじゃないんだ……? なら生贄になった人間はその後どうなるの?」
「私も直接会ったことは無いけれど、感情の起伏が無くなるそうだよ。思考力や記憶が失われるわけじゃないんだけど、何かを欲する心……欲望とでも言えばいいのかな? そういったものが失われるらしい」
欲望が失われる。だから興味も関心も好奇心も無くなる?
感情が失われるだけで、他は何の問題もなく生活できる。
確かにそれだけを聞けば、生贄の代償は大きくないように聞こえるけど……。
「……生贄になった人のその後については、見てみないとなんとも言えないな。それじゃ取引ってのは?」
「神器の使用を対価として、使用者の望みを叶えるという内容だね。お金であったり病気の治療であったり様々だけど、今のところ全て履行されていると思うよ」
「なんでそう思う? 生贄には会ったこと無いんだろ?」
「取引が神器に関わる契約だからだ。もしも陛下が不誠実な事をすれば、識の水晶から何らかの罰則を受けなければおかしいと私は思ってるよ。示せる根拠は無いけど」
神器だから、か。なかなか説得力がある気がするな。
識の水晶は他の神器に比べても自我が強そうだし、それでなくともこの世界は魔法的な誓約が一般的だからな。
「それにそもそもの話だけど、識の水晶に熱意を捧げるのも簡単じゃないんだ」
「と言うと? 何らかの条件があるのか?」
「条件と言うか、神器の使用に見合う熱量が求められるんだ」
「神器に見合う熱量? 答えを渇望するってことか?」
「渇望、言い得て妙だね。私は興味って言ってるんだけど」
少しウンザリした様子で俺の言葉を肯定してくれるキュールさん。
始めは神器に生贄を捧げる皇帝のことを嫌悪しそうになったんだけど、なんか話を聞けば聞くほど識の水晶の方が面倒で厄介な存在に感じてくるなぁ?
「陛下が知りたい情報を使用者が心の底から望まなければ、神器は応えてくれないらしいね。使用者の興味が無い神託を授かることは出来ないんだ」
「え、え~……? 自分が知りたい事を生贄にも本気で渇望してもらうって、そんなこと出来るぅ……?」
「信じがたいけど陛下は……というかラインフェルド家は成功させてきたみたいだね。流石にやり方は分からないけど。ただ相当面倒なのは確かみたいで、毎回神器を使用するたびに陛下は機嫌を悪くされてるよ」
肩を竦めて溜め息を吐くキュールさん。
彼女に嘘を吐いている様子は見受けられないな。
う~ん、この情報はどう判断すべきなんだろうな……?
生贄って聞いて条件反射で引いてしまったけど、キュールさんの説明が全て本当であったと仮定すると、どうも単純な話じゃなさそうだ。
生贄の選別も生贄自身の意思が反映されていて、無理矢理では応えてくれない神器のために生贄の望みは恐らく叶えられていると。
生贄や人身御供って言葉にポジティブなイメージなんて全く無いけど、望みを叶える為なら感情を差し出してもいいと思ってしまう人が居てもおかしくはないし、その人を生贄と呼んでいいのかはちょっと疑問だ。
「っていうか、帝国ではどの程度情報が広まってるのか知らないけど、部外者から生贄を募るなんて、そんなことしたら流石にレガリアに識の水晶の行方がバレちゃうんじゃないの? そもそもキュールさんだってレガリアに所属してたんでしょ?」
「私が帝国に迎えられたのはレガリアから距離を取った後だけどね。仮にメナスに協力していた頃に知ったとしても、私は進言しなかったと思う」
「なんで? むしろメナスにかっぱらって貰った方が自分で研究できたんじゃ?」
「識の水晶は全てを見通す知識の神器だ。そんな神器に自我らしきものもある。こう考えた時、ダンさんなら識の水晶の情報を他者に流せるかい?」
「……あ~、そういうことね……」
自分の行動が筒抜けになっているかもしれないのに、そんな相手に敵対行為は取れないってことか……。
監視カメラが犯罪を抑止するようなもので、見られているかも、と思うだけで案外軽率な行動って取れないもんだよな。
特に学者であるキュールさんにとって、識の水晶が好奇心を奪うという事実は恐怖以外の何物でもなかったのだろう。
「始めは何の力も持たなかったラインフェルド家のご先祖様がレガリアの目を欺けたのも、識の水晶からレガリアの情報が齎されたからだと聞いているよ。どこの誰がレガリアに属し、何処に潜んでいるのかが筒抜けだったそうだ」
「なるほど……」
事前に敵対者の存在が分かるなら対処のしようもあるのか……?
組織レガリアの厄介なところは、何処の誰が所属しているのか分かりにくいところだからな。
前王シモンやロイ殿下、ラズ殿下はレガリアと直接繋がっていたけど、少なくとも両殿下はレガリアに所属していたわけでもなく、レガリアに積極的に協力していたわけでもなかったみたいだからな。
同じ王家の中でも知る人と知らない人が分かれているんだから、国の何処に潜んでいて誰が属していないのかなんて判別できるわけがない。
スペルド王国を苦しめ蝕むというのが目的で、王国を滅ぼすつもりも支配するつもりも無かったレガリアって、嫌がらせさえ出来れば何でもありって感じで掴み所が無いんだよね。
同時多発テロの時だって、レガリアの構成員と直接対峙したのは俺とヴァルゴくらいで、ガレルさんもシュパイン商会元会長も、フラッタの元婚約者も前王シモンもレガリアの構成員ではなかったのだ。
「ちなみに、こうやって俺に情報を流すのはいいの? 一応俺って他の神器の所有者なんだけど」
「それは問題ないと思ってるよ。ダンさんが神器を所有しているという情報自体が識の水晶から齎されたものだからね。識の水晶はダンさんと接触したがっていると思うんだ」
「えっ、マジで? それはちょっと遠慮したいところなんですけどぉ……」
話を聞いていると、識の水晶ってなんか我が侭で自己中って感じで関わりたくないわぁ……。
好きでもないヤンデレにロックオンされた気分なんだけどぉ……。
せめてロックオンしてる相手が美女ならワンチャンだけど、神器とか無機物じゃ萌え所も無いんだよ?
「む~……。生贄って聞いてびっくりしちゃったけど……。キュールさん。神器のせいで一方的に犠牲になっているような人はいないんだね?」」
包丁を持った水晶玉に追いかけられるイメージに俺が頭を悩ませている隙に、ニーナが慎重な様子でキュールさんに念を押している。
「うん。勿論私が陛下に騙されている可能性もゼロじゃないけど、正当な取引の上で履行されている行為だと、少なくとも私はそう認識しているよ」
「……そっか。それじゃ皇帝さんを悪者って判断するのはまだ早いね。たとえ生贄に選ばれた人が心を失ったとしても、自分から差し出した人の面倒まで見切れないの」
自分から対価を差し出した人の面倒まで見切れないか。そりゃそうだよね。
もし神器の対価がその人の命だったとしても、神器に対価を捧げることを自分で選んだのであれば好きにすればいいと思う。
命は何よりも重いなんて、それは価値観の押し付けでしかないのだから。
「レガリアを避けていた識の水晶がダンには会いたがっているのね……。それはなんでなのかしら?」
今まで黙って聞いていたティムルが、小さく疑問を口にする。
個人的にはそれ、あんまり掘り下げて欲しくない情報なんだけどなー?
「単純に他の神器の所有者だから? でもそれならレガリアを避けていた理由にはならないわよね……。なんでダンは神器の所有者に選ばれてしまったのかしら?」
「……単純に強さが基準だと思ってたけど、実は他に何か条件がある? たとえばダンの出自……」
「リーチェ。本人の許可無くそれを口にするのはどうかと思いますよ?」
リーチェの呟きをヴァルゴが鋭く指摘する。
が、このやり取りにキュールさんもチャールとシーズも反応を示さない。
どうやら家族以外に聞こえないようにして呟いたひと言だったらしい。
「ありがとうヴァルゴ。大丈夫みたいだよ。でもリーチェ、あとでお仕置きね?」
「うっ……! 今のは確かに失言だったかもぉ……。ごめんねダン。指摘してくれてありがとうヴァルゴ」
「音の操作はしてあったんだから気にしないで。お仕置きって言ってもいつもと同じことしかしませんしー?」
ヴァルゴとリーチェをよしよしなでなでする。
さて、随分時間が経っちゃってるな。今日はそろそろお開きにしようか。
「今日はもう遅いからそろそろ休もうか。色々聞かせてくれてありがとうキュールさん」
今日の話を切り上げたことで、少し不満げな顔を見せるキュールさん。
まだまだ語り足りないみたいだけど、続きはまた明日ね。
このあとは恐らくチャールとシーズが相手をしてくれるよ。
2人ともレガリアの事を聞きたくて、さっきからウズウズしてるみたいだからさ。
守人の集落の訪問も済ませたので、明日から本格的に聖域の樹海の調査に乗り出すことになる。
もしかしたら聖域の異変も、識の水晶に聞けば直ぐに分かることなのかもしれない。
でもそのせいでエロにかける情熱を失っては元も子も無いからなっ! この手は使えないのだっ。
みんなへの関心を失うなって、そんなの死ぬより耐えられないよ。識の水晶には出来ればお近づきになりたくないなぁ。
つまらないことが起きる前に、皇帝陛下に神器全部譲っちゃおうかな~、なんちゃって。
ノーリッテの言い分を鵜呑みにして世界呪マグナトネリコのことをガルクーザ級のイントルーダーだと思っていたけれど、果たして本当に同格なんだろうか?
もしもあの時俺達が敗北していたら、世界呪もその後、古の邪神と同じくらいに世界に影響を及ぼしていたんだろうか?
「……キュール殿。大変興味深い話ではあるが、少々脱線しておるのではないか? 元々は帝国に識の水晶が渡った経緯を説明してもらうはずだったのじゃ」
「……あ」
すっかり古の邪神に意識を囚われてしまっていたけど、フラッタの言葉で我に返った。
そうだよ。今は識の水晶の話をしてたんだよ。
邪神の話も興味深いから突き詰めたいけど、とりあえず後回しでいい話題だったわ。
「確かにフラッタさんの言う通りだね。崩界についてはこのくらいでいいだろう」
キュールさんも脱線した事を認め、あっさりと話を切り上げる。
崩界の仕組みが分かったのは収穫だったけど、今話すことじゃなかったね。
関係ないけどキュールさんって、チャールとシーズのことは君付けなのにフラッタはさん呼びなんだな。
年齢ではなくて所属で対応を変えている感じか。
「崩界の余波で全くなんの力も持たない旅人に拾われる事になった識の水晶は、その後455年もの間レガリアの目を欺き、実に今に至るまでラインフェルド家によって管理されてきたわけなんだけど……」
「うん。俺達が知りたいのは、それが可能だった理由だね」
「陛下が言うにはね。識の水晶が他の神器の所有者と接触するのを嫌がって、ラインフェルド家に積極的に神託を授けてくれたらしいんだ」
「……はぁ? 神器が嫌がる? 積極的ぃ……?」
あまりにも突拍子の無い説明に、思わず首を傾げてしまう。
確かに以前、神器は自らの意思で所有者を選ぶと聞かされた事はある。
そして本当に迷惑な話なんだけど、なぜか俺が神器の所有者に選ばれてしまったらしいことから、神器に意志があるということ自体は別に否定しない。
けれど……。特定の所有者を嫌がったり、自分から所有者に力を貸したりするって……。
それってもう意思とかじゃなくて、思考能力があるレベルだと思うんだよ……?
「いやいやいや……。神器を使用する時って物凄い副作用があったりするじゃん? なのに神器の方から使用を迫ってくるとか、もう最っ高に迷惑じゃないの?」
「それがねぇ……。神器の方から勝手に神託を授けてきた場合には、特に代償は必要なかったみたいだよ。けれどラインフェルド家の方から問いかけると対価を要求されるんだってさ」
うっわ、なにそのくっそ迷惑な神器。叩き割った方が良くない?
という言葉が喉から出かかったけど、寸でのところでなんとか飲み込む事に成功した。危ない危ない。
「ちなみに、識の水晶の使用の対価ってなんなの? 崩界の対価は使用者の寿命の半分を持ってくみたいだけど」
「それはそれでエグいねぇ。寿命を半分も持っていかれてしまったら、本来出来るはずだった研究が半分しか進まない事になってしまうじゃないか」
あー、学者であるキュールさんにとって、寿命を対価に差し出すのはNGって感じなんだな。
だけど崩界の場合はちょっと強力すぎるからね。
ここぞって時の使用さえも躊躇ってしまうほどの対価が必要なかったら、無差別に大量虐殺が始まってしまうだろう。
「識の水晶の事を陛下に確認せずに開示していいのかどうか迷うけど……。正直開示したから何が変わるというものでもないからね。別にいいか」
「……ほんとにいいの? むしろ聞いて大丈夫なの?」
「ダンさんが神器に対してネガティブなイメージを抱くのは、多分陛下にとっては好都合だろうからね。怒られる心配は無いさ」
そっか。俺は既に帝国側に、神器を譲ってもいいという意思表示は済ませてあったんだった。
俺が神器に執着していない事を知っている帝国側としては、俺の神器に対するイメージを徹底的に下げさせて、こんなもの所持していたくない! 俺は部屋に戻らせてもらう! って感じに、神器の所有権を放棄させる作戦なのかもしれない。
「識の水晶の対価はね。熱意なんだ」
「熱意……?」
「好奇心、興味と言い換えてもいいかな。神託を授ける識の水晶が対価に望むのは、何かを知ろうとする使用者の知識欲なんだよね」
知識を授ける神器の使用の対価が、知識欲……?
熱意とか興味とか好奇心とか、それって人が誰かと関わる時に最も必要なことじゃないのか……!?
答えを知る代わりに関心を失うなんて、そんな神託には何の意味も無いじゃないか……!
「好奇心や興味を失うって、それじゃ生きていくのも難しいんじゃないのっ? そんな神器どうやって使用してきたんだ? 以前キュールさんは、俺のことを識の水晶に聞いた、みたいなこと言ってたよな?」
「……あまり気分のいい話ではないよ。それでも聞くかい?」
キュールさんに黙って頷きを返す。
当然だ。これは聞いておかなきゃいけない。
だってもしも皇帝本人が識の水晶を使用したのだとしたら、俺と神器への執着心を皇帝が持っているはずがないんだから。
俺と神器への関心を失わずに神器から情報を引き出す方法、それってつまり……。
「……人身御供、だよ。識の水晶に生贄を捧げることで、陛下は知りたい情報を神託として引き出してるんだ」
「生贄って……。神器を使う度に誰かが犠牲になってるの……!?」
ニーナが悲鳴のような声をあげる。
ちっ……こんな予想は外れて欲しかったんだけどな……。
「いっ、生贄と言っても死ぬわけじゃないよ……? それに陛下は相手の意志を無視して、生贄になる事を強要することも無いからね?」
驚愕したニーナと表情を顰める俺を見て、ちょっと待って欲しいとキュールさんは補足する。
彼女の声が小さく震えているのは、それだけ俺が抱いた嫌悪感が大きかったってことか。
「あくまで陛下と使用者との対等な取引によって履行されることだからね? 神器の使用自体を否定されるなら仕方ないけれど、陛下は非人道的な事はしていないと私は思ってるよ」
「死ぬわけじゃないんだ……? なら生贄になった人間はその後どうなるの?」
「私も直接会ったことは無いけれど、感情の起伏が無くなるそうだよ。思考力や記憶が失われるわけじゃないんだけど、何かを欲する心……欲望とでも言えばいいのかな? そういったものが失われるらしい」
欲望が失われる。だから興味も関心も好奇心も無くなる?
感情が失われるだけで、他は何の問題もなく生活できる。
確かにそれだけを聞けば、生贄の代償は大きくないように聞こえるけど……。
「……生贄になった人のその後については、見てみないとなんとも言えないな。それじゃ取引ってのは?」
「神器の使用を対価として、使用者の望みを叶えるという内容だね。お金であったり病気の治療であったり様々だけど、今のところ全て履行されていると思うよ」
「なんでそう思う? 生贄には会ったこと無いんだろ?」
「取引が神器に関わる契約だからだ。もしも陛下が不誠実な事をすれば、識の水晶から何らかの罰則を受けなければおかしいと私は思ってるよ。示せる根拠は無いけど」
神器だから、か。なかなか説得力がある気がするな。
識の水晶は他の神器に比べても自我が強そうだし、それでなくともこの世界は魔法的な誓約が一般的だからな。
「それにそもそもの話だけど、識の水晶に熱意を捧げるのも簡単じゃないんだ」
「と言うと? 何らかの条件があるのか?」
「条件と言うか、神器の使用に見合う熱量が求められるんだ」
「神器に見合う熱量? 答えを渇望するってことか?」
「渇望、言い得て妙だね。私は興味って言ってるんだけど」
少しウンザリした様子で俺の言葉を肯定してくれるキュールさん。
始めは神器に生贄を捧げる皇帝のことを嫌悪しそうになったんだけど、なんか話を聞けば聞くほど識の水晶の方が面倒で厄介な存在に感じてくるなぁ?
「陛下が知りたい情報を使用者が心の底から望まなければ、神器は応えてくれないらしいね。使用者の興味が無い神託を授かることは出来ないんだ」
「え、え~……? 自分が知りたい事を生贄にも本気で渇望してもらうって、そんなこと出来るぅ……?」
「信じがたいけど陛下は……というかラインフェルド家は成功させてきたみたいだね。流石にやり方は分からないけど。ただ相当面倒なのは確かみたいで、毎回神器を使用するたびに陛下は機嫌を悪くされてるよ」
肩を竦めて溜め息を吐くキュールさん。
彼女に嘘を吐いている様子は見受けられないな。
う~ん、この情報はどう判断すべきなんだろうな……?
生贄って聞いて条件反射で引いてしまったけど、キュールさんの説明が全て本当であったと仮定すると、どうも単純な話じゃなさそうだ。
生贄の選別も生贄自身の意思が反映されていて、無理矢理では応えてくれない神器のために生贄の望みは恐らく叶えられていると。
生贄や人身御供って言葉にポジティブなイメージなんて全く無いけど、望みを叶える為なら感情を差し出してもいいと思ってしまう人が居てもおかしくはないし、その人を生贄と呼んでいいのかはちょっと疑問だ。
「っていうか、帝国ではどの程度情報が広まってるのか知らないけど、部外者から生贄を募るなんて、そんなことしたら流石にレガリアに識の水晶の行方がバレちゃうんじゃないの? そもそもキュールさんだってレガリアに所属してたんでしょ?」
「私が帝国に迎えられたのはレガリアから距離を取った後だけどね。仮にメナスに協力していた頃に知ったとしても、私は進言しなかったと思う」
「なんで? むしろメナスにかっぱらって貰った方が自分で研究できたんじゃ?」
「識の水晶は全てを見通す知識の神器だ。そんな神器に自我らしきものもある。こう考えた時、ダンさんなら識の水晶の情報を他者に流せるかい?」
「……あ~、そういうことね……」
自分の行動が筒抜けになっているかもしれないのに、そんな相手に敵対行為は取れないってことか……。
監視カメラが犯罪を抑止するようなもので、見られているかも、と思うだけで案外軽率な行動って取れないもんだよな。
特に学者であるキュールさんにとって、識の水晶が好奇心を奪うという事実は恐怖以外の何物でもなかったのだろう。
「始めは何の力も持たなかったラインフェルド家のご先祖様がレガリアの目を欺けたのも、識の水晶からレガリアの情報が齎されたからだと聞いているよ。どこの誰がレガリアに属し、何処に潜んでいるのかが筒抜けだったそうだ」
「なるほど……」
事前に敵対者の存在が分かるなら対処のしようもあるのか……?
組織レガリアの厄介なところは、何処の誰が所属しているのか分かりにくいところだからな。
前王シモンやロイ殿下、ラズ殿下はレガリアと直接繋がっていたけど、少なくとも両殿下はレガリアに所属していたわけでもなく、レガリアに積極的に協力していたわけでもなかったみたいだからな。
同じ王家の中でも知る人と知らない人が分かれているんだから、国の何処に潜んでいて誰が属していないのかなんて判別できるわけがない。
スペルド王国を苦しめ蝕むというのが目的で、王国を滅ぼすつもりも支配するつもりも無かったレガリアって、嫌がらせさえ出来れば何でもありって感じで掴み所が無いんだよね。
同時多発テロの時だって、レガリアの構成員と直接対峙したのは俺とヴァルゴくらいで、ガレルさんもシュパイン商会元会長も、フラッタの元婚約者も前王シモンもレガリアの構成員ではなかったのだ。
「ちなみに、こうやって俺に情報を流すのはいいの? 一応俺って他の神器の所有者なんだけど」
「それは問題ないと思ってるよ。ダンさんが神器を所有しているという情報自体が識の水晶から齎されたものだからね。識の水晶はダンさんと接触したがっていると思うんだ」
「えっ、マジで? それはちょっと遠慮したいところなんですけどぉ……」
話を聞いていると、識の水晶ってなんか我が侭で自己中って感じで関わりたくないわぁ……。
好きでもないヤンデレにロックオンされた気分なんだけどぉ……。
せめてロックオンしてる相手が美女ならワンチャンだけど、神器とか無機物じゃ萌え所も無いんだよ?
「む~……。生贄って聞いてびっくりしちゃったけど……。キュールさん。神器のせいで一方的に犠牲になっているような人はいないんだね?」」
包丁を持った水晶玉に追いかけられるイメージに俺が頭を悩ませている隙に、ニーナが慎重な様子でキュールさんに念を押している。
「うん。勿論私が陛下に騙されている可能性もゼロじゃないけど、正当な取引の上で履行されている行為だと、少なくとも私はそう認識しているよ」
「……そっか。それじゃ皇帝さんを悪者って判断するのはまだ早いね。たとえ生贄に選ばれた人が心を失ったとしても、自分から差し出した人の面倒まで見切れないの」
自分から対価を差し出した人の面倒まで見切れないか。そりゃそうだよね。
もし神器の対価がその人の命だったとしても、神器に対価を捧げることを自分で選んだのであれば好きにすればいいと思う。
命は何よりも重いなんて、それは価値観の押し付けでしかないのだから。
「レガリアを避けていた識の水晶がダンには会いたがっているのね……。それはなんでなのかしら?」
今まで黙って聞いていたティムルが、小さく疑問を口にする。
個人的にはそれ、あんまり掘り下げて欲しくない情報なんだけどなー?
「単純に他の神器の所有者だから? でもそれならレガリアを避けていた理由にはならないわよね……。なんでダンは神器の所有者に選ばれてしまったのかしら?」
「……単純に強さが基準だと思ってたけど、実は他に何か条件がある? たとえばダンの出自……」
「リーチェ。本人の許可無くそれを口にするのはどうかと思いますよ?」
リーチェの呟きをヴァルゴが鋭く指摘する。
が、このやり取りにキュールさんもチャールとシーズも反応を示さない。
どうやら家族以外に聞こえないようにして呟いたひと言だったらしい。
「ありがとうヴァルゴ。大丈夫みたいだよ。でもリーチェ、あとでお仕置きね?」
「うっ……! 今のは確かに失言だったかもぉ……。ごめんねダン。指摘してくれてありがとうヴァルゴ」
「音の操作はしてあったんだから気にしないで。お仕置きって言ってもいつもと同じことしかしませんしー?」
ヴァルゴとリーチェをよしよしなでなでする。
さて、随分時間が経っちゃってるな。今日はそろそろお開きにしようか。
「今日はもう遅いからそろそろ休もうか。色々聞かせてくれてありがとうキュールさん」
今日の話を切り上げたことで、少し不満げな顔を見せるキュールさん。
まだまだ語り足りないみたいだけど、続きはまた明日ね。
このあとは恐らくチャールとシーズが相手をしてくれるよ。
2人ともレガリアの事を聞きたくて、さっきからウズウズしてるみたいだからさ。
守人の集落の訪問も済ませたので、明日から本格的に聖域の樹海の調査に乗り出すことになる。
もしかしたら聖域の異変も、識の水晶に聞けば直ぐに分かることなのかもしれない。
でもそのせいでエロにかける情熱を失っては元も子も無いからなっ! この手は使えないのだっ。
みんなへの関心を失うなって、そんなの死ぬより耐えられないよ。識の水晶には出来ればお近づきになりたくないなぁ。
つまらないことが起きる前に、皇帝陛下に神器全部譲っちゃおうかな~、なんちゃって。
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