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7章 家族みんなで冒険譚1 いつもと違うメンバーで
477 タラムの里 (改)
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「そう言えばこれがニーナと初めて乗った乗り物ってことになるのかな? 楽しかった?」
「んふふー。すっごく楽しかったのっ。でもステイルークで馬車にも乗ったでしょっ?」
無事にディロームの集落に到着したので、先にマーダーグリズリーから下りてニーナとリーチェを抱っこして受け止める。
そう言えばターニアの話を聞きにステイルークに行った時に、ゴールさんに馬車に乗せてもらったんだったね。
だけど上機嫌なニーナは俺のうっかりを咎めることなく、楽しげに笑ってくれている。
「魔物に乗って移動するのは、馬車ともダンに抱っこされて運ばれるのともまた違った楽しさがあったのっ。ずっとダンに抱きしめてもらえたのも最高だったのーっ」
「流石にぼくも魔物に乗ったのは初めてだったねー。でもそれ以上に、ダンとずーっとくっついてていいなんて楽しすぎたよっ」
ニーナとリーチェが俺に抱きついたままめちゃくちゃちゅっちゅしてくるので、そのまま2人を下ろさずキスに応戦する。
その間にヴァルゴがディロームの集落に俺達の来訪を告げ、使役した魔物の管理などをお願いしているようだ。有能か。
「旦那様。造魔召喚した魔物に食べ物は必要無いかと思いますが、使役した魔物ってどう扱えばよいのでしょう?」
「んー、直感としか言い様が無いけど……」
自分の中に意識を集中して、造魔スキルと従属魔法に関する情報を引き出す。
今更だけど、直感としか言いようのないこのスキル情報ってどうなっているんだろうな?
「使役した魔物にも特に世話は必要無いみたいだよ。魔物って魔力によって生まれた擬似生命体だから、食事も排泄行為もないっぽいね。場所さえ確保してもらえれば充分かな?」
「畏まりました。魔物の世話などしたがる者はいないでしょうから助かります。村の近くに場所を確保してもらいますね」
魔物の世話をしたがる者は居ない。
これってこの世界の一般常識なのか、それとも長年魔物に虐げられてきた守人たちの常識なのか判断しにくいなぁ。
でもこの世界に生きる人にとって、魔物って身近にある脅威そのものだからな。
下手をすると、造魔スキルを習得しても使用するのを拒否する人すらいるかもしれない。
「あっはっは。まさか魔人族の他の集落を訪れる日が来るなんてねぇ!?」
ヴァルゴと打ち合わせをしていると、キュールさんが周囲を忙しなく見回しながら笑い声を上げている。
アウターに入る前は緊張していたけど、すっかりいつもの調子を取り戻してくれたようだ。
「ダンさんと出会ってからは、本当に刺激に満ちた日々を後らせてもらえているよ! 学者冥利に尽きるというものさっ!」
「俺が何かしたって事はないだろうけど、お客さんであるキュールさんが楽しそうで何よりだよ。他の部族に対して苦手意識もなさそうで良かった」
「苦手も何も、タラム族以外の魔人族が居たこと自体、メナスに言われるまでは知らなかったからねぇ。タラム族の間では聖域の樹海のことは伝えられていないからさ」
「あ、そうなんだ?」
魔人族でありレガリアにも所属した経験のあるキュールさんでも、守人たちのことは知らなかったのか。
聖域の樹海に魔人族が住んでいるって事実は、レガリアの連中も把握していなかったんだっけ。
「ほ、本当にアウターの中に集落があるんだねぇ……。大きい倒木を城壁代わりにして魔物の侵入を阻んでるのかぁ……」
「……だけどよチャール。なんで倒木がそのまんま残ってんだろうな?」
「えっ?」
俺とキュールさんが話している直ぐ脇で、チャールとシーズもディロームの里について感想を零していた。
その中でシーズが発した疑問が引っかかり、思わず聞き返してしまった。
「外から持ち込まれた木だってんならまだしもよ。この巨木もアウターから生み出されたものであるなら、枯れて倒れた後はアウターに吸収されないとおかしくないか?」
……確かにシーズの言う通り、アウターの一部であるはずの倒木がそのまま利用されてるのはおかしいよな。
でもこの森の材木って普通にアウターの外でも利用されてるから、アウターから生み出されているのに普通の木と同じ扱いになんだよね。
改めて考えると、やっぱおかしいわこのアウター。
この森の特異性に改めて思いを馳せていると、話を終えたヴァルゴがこちらに戻ってきた。
「旦那様。只今師匠が出払っておりますので、呼び戻すまでに少々お時間をいただきたいとのことです。その間はどうされますか?」
「別にカランさんが不在でもいいんじゃないの? 俺達がルドルさんに危害を加えるわけもないし」
「ですが高齢の族長ルドルは聖域の調査には参加されておりませんからね。この森に関する話なのですから、積極的に聖域で暴れ回っている師匠にも同席してもらった方がいいと思いますよ」
今回は話を聞きに来ただけだから、ルドルさんに護衛は必要ないのでは?
そう思った俺に、実際の調査に加わっている者の意見も聞くべきだと提案してくるヴァルゴ。
でもさぁカランさん。それって調査よりも魔物狩りのほうがメインになってませんかね?
「それじゃカランさんが来る前に転職を済ませちゃおうか。チャールとシーズ、それにキュールさん。インベントリはどこまで広がった?」
鑑定でチャールとシーズの浸透が終わってるのは分かるけど、一応口頭で浸透具合を確認する。
ちょうど良く3人とも旅人なので、鑑定せずに浸透具合を確認出来るのがありがたい。
「えっと、私は最大サイズのインベントリが3つになってるよ。旅人はこれで浸透してるんだっけ」
「俺もチャールに同じ、3つとも最大だな。やっぱ魔物が強いとめちゃくちゃ浸透が早いんだなぁ」
「私は大きいインベントリが1つに、小さいインベントリが1つかな。チャールたちの話を聞く限り、私の旅人はまだ浸透していないんだね」
ひと言断って鑑定してみると、キュールさんは現在旅人LV14だった。
LV1からスタートしたと考えればかなり浸透が進んでいるけれど、まだ転職できる段階じゃない。キュールさんの転職は見送るしかないね。
ディロームの集落にも転職魔法陣が存在しているので、シーズを戦士に、チャールを商人に転職させることにする。
転職に必要な魔玉は俺が出そう。
転職をするチャールとシーズの2人と、里を少し見て回りたいというキュールさんの3人をヴァルゴが案内していったところで、戦闘メンバー5人の職業浸透も確認しておく。
「アウラの商人とターニアの荷運び人も浸透が終わってるね。2人は次何になる?」
「私はやっぱり行商人になりたいかなー? 何をするのも楽になるみたいだし」
「私は当然飛脚になるの。今回はダンさんにお願いしていいのかな?」
「アウラが行商人、ターニアが飛脚ね。了解~」
キュールさんやチャールたちが戻ってくる前にちゃちゃっと職業設定して転職完了だ。
残念ながらあとの3人の魔導師はあまり浸透が進んでいない。
今日探索した場所はまだまだアウターの入り口付近だから、上級職の浸透が進まないのも仕方ないね。
全員の転職が済んだら集落の広場に腰掛けて、お弁当を食べながらのんびりカランさんの帰還を待つ。
その間にチャールたちとキュールさんに、聖域の樹海の異変についての情報を共有しておく。
「ふむ。10数年前にメナスに滅ぼされたバロール族か。そこで神器がメナスの手に渡り、一時的にとはいえメナスは2つの神器の所有者になっていたんだね」
「う~ん。この森の異変以前に、この森が他のアウターと比べておかしすぎるね。本当にアウターなのか疑っちゃうくらい変だよ」
「つってもさぁ。魔物が発生するし、アナザーポータルを使える時点でアウターなのは間違いないだろ。ここがアウターなのが前提として、アウターなのになんでこんなに色々おかしいのかを知る為に調査すんだろ?」
3人はそれぞれあーでもないこーでもないと活発に意見を出し合っている。
その中でチャールが、そもそもここは本当にアウターなのかと疑問を持った事に驚いた。
この森自体がレリックアイテムであると語ったルドルさんの言葉を思えば、聖域の樹海が実はアウターでは無い可能性だってあるのだから。
お弁当を食べ終わってひと息ついたころ、ようやくカランさんとルドルさんが姿を現してくれた。
「みなさん、お待たせして申し訳無い。ワシだけで話をしても聖域の状況は正確に伝えられないと思いましての」
「お待たせして済まなかった! 最近は最深部の発見の為に聖域中を駆け回っているものでな、なかなか合流できなかったのだ」
「気にしない気にしない。アポ無しで押しかけたのはこっちなんだから」
というか俺の場合、誰かと会う時にアポ取った記憶が殆ど無いんだよなぁ。
流石に王城でゴブトゴさんに会う場合は事前連絡してるとは思うけど……。してる、よな?
「初対面同士の人もいるから、まずは簡単に紹介させてね」
俺の家族を1人1人紹介したあと、チャールとシーズは調査の協力のために同行させてきたと説明し、タラム族の歴史学者であるキュールさんのことも紹介する。
俺の家族にはルドルさんとカランさんの事は軽く説明してあるので、名前だけササッと紹介した。
「お初にお目にかかりますディロームの族長殿、そして守人の戦士の長よ。まさかタラム族の他に魔人族が生き残っていたとは夢にも思いませんでした。お会いできて光栄です」
「ほっほ。同じ魔人族同士なのです、そう畏まらんでいただきたい。我々もタラム族と再会できて光栄の至りですぞ」
「弟子に追い抜かれた俺が長を名乗るのには抵抗があるがな。ヴァルゴを嫁に出してしまったせいで隠居生活が先送りだ。がはははっ!」
いや、アンタ絶対隠居生活なんてする気ないだろカランさん。
隠居生活を望むような人は、普通1人でアウターを駆け回ったりしないんですよ?
「それにしても、タラム族に我らのことが伝わっていないのは意外だったぞ? 我らディロームの里だけではなく、ガローブ、グローグの里にもタラム族の存在は伝わっておるのだがな?」
「それは私にも分かりかねますね。守人たちがタラム族を知っているのに、タラム族のほうが守人の存在を知らないのは何故なのか……」
「ねぇキュールさん。そもそもスペルド王国ではタラム族の存在すらあまり知られてないよ?」
首を傾げあうカランさんとキュールさんの間に、チャールがはいっと右手を上げて割り込んだ。
大人同士の会話に物怖じしないで口を挟むあたり、チャールもやっぱり思い切りがいいよな。
「使命を持って聖域の樹海に隠れ住んでいた守人の魔人族さんたちが知られていないのは分かるけど、どうしてタラム族は他の種族と交流を絶って隠れ住んでいるの?」
「……確かにな。タラム族も以前はアルフェッカで他の種族と共に暮らしていたんだろ? それがなんで今じゃタラム族だけで生活するようになってんだよ?」
チャールの疑問にシーズも乗っかってくる。
守人が隠れ住んでいる理由、レリックアイテムと聖域の樹海の管理という使命は既に伝えてあるからか、チャールとシーズは聖域とは関係ないはずのタラム族が隠れ住んでいる事に疑問を抱いたようだ。
仮に魔人族が呼び水の鏡を使って何かをやらかしたにしても、神器は持ち去られているんだからタラム族まで隠れ住む必要は無いよな?
というか隠れ住むんだったら守人たちについていけば良かったわけだし。
「タラム族も我らのように、何らかの使命を秘めて人の目を避けて暮らしているのか?」
「いや、そんなことはないですね。タラム族にこれといった役割は無いはずです。……タラムが隠れ住んでいる理由か」
カランさんの問いかけを否定しながらも、考え込むように両腕を組むキュールさん。
どうやらタラム族であるキュールさん自身が、タラム族が隠れ住んでいる事情を全く知らないようだった。
「そもそも王国と協力体制にあるのだから、タラム族が隠れ住んでいる意味はあまり無いよね? なのにタラム族が里を出ていかない理由っていうと……」
「キュールさん。そもそもタラム族って何処に住んでんの? 大体でいいから教えてもらえたりしない? それに加えて人口とか、分かる範囲で教えてもらえないかな?」
「ん、里の正確な位置は私の独断では教えられないけれど、スペルドとヴェルモートに挟まれた場所にあると言っておくよ」
「は? そ、それ結構具体的に言ってない?」
隠れ住んでいるはずのは里の位置を、思った以上にあっさりと教えてくれるキュールさん。
要はパールソバータよりも西で、ヴェルモート帝国よりも東ってことでしょ? 結構範囲絞られるんじゃ……。
「人口は3000~5000人くらいじゃないかな? 正確な数は分からない」
「多くても5000人くらいって少なくない? 元々どの程度の人口だったのかは分からないけど、ガルクーザを滅ぼしてから単一種族で450年固まって生活していたんだろうに」
……なんかこの世界の現状を知れば知るほど、短命で生殖能力に乏しいと言われている竜人族の人口ランキングが上昇してない?
現在ぶっちぎりでヤバイのは人口300人くらいしかいないエルフ族で、他の種族は滅亡の危機に瀕してるってほどでもなさそうかな? 人口的には。
「ただタラム族はスペルド王国民として人頭税を納付しているはずだから、スペルド王国の役人なら正確な人口数を把握しているかもしれないね」
「あ~。そう言えばスペルド王国マジックアイテム開発局にも魔人族は勤めてるらしいもんね。タラム族は一応スペルド王国民って扱いになるのか」
「扱いは王国民で間違いないけど、人口に関しては私もあまり気にしたことがないからなぁ。でもタラム族の人口に問題があるような話は聞いたことが無いよ。穏やかに繁栄はしているんじゃないかな?」
「守人たちと同数程度からスタートしたと考えれば繁栄していると言えるのでは無いでしょうか? 意識的に人口を増やそうとしていたわけでもないみたいですし」
ヴァルゴの言う通り、スタートが1000人弱だったと考えればかなり繁栄している事にはなるのか。
現代の地球って人口が爆発状態だけど、人口って増えれば増えるほど増加速度も上がっていくわけだから、元々の人数から500年弱で数倍程度に増えているのだとするなら、かなり順調に繁栄していると言えるのかも?
「ごめん。タラムの民が隠れ住んでいる理由についても見当がつかないかな。もしかしたら単純に、里の外に興味が無いだけって気もするけど」
「外に興味が無い?」
「うん。タラムの里は魔物や野生動物の被害に遭う事も少なく、水も食料も豊富にある場所なんだ」
キュールさんによると、タラム族が里を構えている場所は、グルトヴェーダのような不毛の地でもなく、聖域の樹海のような苛酷な土地でもない、とても穏やかな場所のようだ。
野生動物も魔物も出ないのに豊かな場所って、いったいどんな場所なんだろう?
「他に必要なモノがあっても、スペルディア王家と協力体制にあるから大体揃えて貰えちゃうしね。外に出ようなんて野心家は少なくて、里で静かに暮らしたいと思う人が多い印象だよ」
「ふーん? でも外に出ているキュールさんが言ってもあんまり説得力が無いね?」
「ははっ。これは痛いところを突かれてしまったかな? 確かに私は幼い頃から変わり者扱いされていたよ」
俺の指摘を笑って受け流すキュールさん。
幼い頃からの変わり者という評価もしっかりと受け入れているようだ。
「タラムの里は本当にいいところなんだけどね。変化や刺激が無いんだよ。穏やか過ぎて歴史的な記録や積み重ねも残されていないんだ。私にはそれが不満だったのかもしれないな」
「歴史的な記録や資料が無いってこと? それって事故や異変があった時に困るんじゃ?」
「それが、本当に何にも起こらない穏やかな土地だからね。今まで困ったことが無いんだよ」
「ん、んー……?」
仮に読み書き出来る人が1人もいないとしても、口伝ですら何も伝えられていないなんてありえるのか?
確かに口伝や戒めってのは教訓とか問題や注意点なんかを後世に伝える為にあるものだろうから、穏やかな土地でなに不自由なく暮らしていれば子孫に伝えるべき知識が思い付かないなんてことも……ある、のか?
「タラムにとって過去とは今日と同じような日であり、未来とはやがてやってくる今日と同じ日だっていう認識でしかないんだ。恐ろしいほどに安定していて、そして刺激の無い場所なのさ」
「外に出て行く気も無くなるほどに穏やかで安定した土地かぁ……」
「王国じゃ魔人族って滅多に見かけない種族って認識だけど、タラムの民は別に人嫌いってわけでもないんだよ。里の外に興味を持つ者が少ないから交流する機会が少ないってだけだと思う」
キュールさんの話を聞いていると、ガルクーザで原因でバラバラになった他の種族たちとも、守人の魔人族とも明らかに違う理由で隠れ住んでいるように聞こえる。
……つまりタラム族はアルフェッカ解散のせいで里に隠れ住んでいたわけではなくて、もしかして始めからそこに魔人族の里があって、アルフェッカが解散してしまったから里に戻っただけだったり?
守人たちのように使命や目的があって里に引き篭もっていたのではなく、満ち足りた生活を送っていたため外に目を向ける必要が無かったってこと?
「う~ん……」
「上手く説明出来なくて申し訳無い。私自身は好奇心だけで里を飛び出した身だから、里に残っているタラム族を語る資格はないかもしれないし」
「いやいや気にしないで。穏やかに暮らせていたならそれに越した事はないでしょ」
申し訳無さそうに頭を下げるキュールさんに、気にしないでと笑顔を返す。
守人たちは450年前のガルクーザ出現をきっかけに聖域に移動したっぽいから、タラム族が隠れ住んでいるのにも似たような事情があると思っていたけど、どうやらそれは勘違いだったのかもしれない。
もしかしたらタラム族の人たちはアルフェッカ解散をきっかけに、元々存在していた自分たちのコミュニティにただ戻っただけだったのかもしれない。
キュールさんが歴史学者を名乗っているせいもあってか、無意識のうちにタラム族からも450年前の話を聞けるかと思っていたけど空振りっぽいな。
聖域の樹海に関しては、やっぱり守人たちと協力していくしか無さそうだ。
それじゃタラム族の話は一旦終了して、ディロームのトップであるお2人から話を聞くとしようかな。
カランさんが当てもなく走り回ってるところを考えると、あまり期待は出来ないかもしれないけどさ。
「んふふー。すっごく楽しかったのっ。でもステイルークで馬車にも乗ったでしょっ?」
無事にディロームの集落に到着したので、先にマーダーグリズリーから下りてニーナとリーチェを抱っこして受け止める。
そう言えばターニアの話を聞きにステイルークに行った時に、ゴールさんに馬車に乗せてもらったんだったね。
だけど上機嫌なニーナは俺のうっかりを咎めることなく、楽しげに笑ってくれている。
「魔物に乗って移動するのは、馬車ともダンに抱っこされて運ばれるのともまた違った楽しさがあったのっ。ずっとダンに抱きしめてもらえたのも最高だったのーっ」
「流石にぼくも魔物に乗ったのは初めてだったねー。でもそれ以上に、ダンとずーっとくっついてていいなんて楽しすぎたよっ」
ニーナとリーチェが俺に抱きついたままめちゃくちゃちゅっちゅしてくるので、そのまま2人を下ろさずキスに応戦する。
その間にヴァルゴがディロームの集落に俺達の来訪を告げ、使役した魔物の管理などをお願いしているようだ。有能か。
「旦那様。造魔召喚した魔物に食べ物は必要無いかと思いますが、使役した魔物ってどう扱えばよいのでしょう?」
「んー、直感としか言い様が無いけど……」
自分の中に意識を集中して、造魔スキルと従属魔法に関する情報を引き出す。
今更だけど、直感としか言いようのないこのスキル情報ってどうなっているんだろうな?
「使役した魔物にも特に世話は必要無いみたいだよ。魔物って魔力によって生まれた擬似生命体だから、食事も排泄行為もないっぽいね。場所さえ確保してもらえれば充分かな?」
「畏まりました。魔物の世話などしたがる者はいないでしょうから助かります。村の近くに場所を確保してもらいますね」
魔物の世話をしたがる者は居ない。
これってこの世界の一般常識なのか、それとも長年魔物に虐げられてきた守人たちの常識なのか判断しにくいなぁ。
でもこの世界に生きる人にとって、魔物って身近にある脅威そのものだからな。
下手をすると、造魔スキルを習得しても使用するのを拒否する人すらいるかもしれない。
「あっはっは。まさか魔人族の他の集落を訪れる日が来るなんてねぇ!?」
ヴァルゴと打ち合わせをしていると、キュールさんが周囲を忙しなく見回しながら笑い声を上げている。
アウターに入る前は緊張していたけど、すっかりいつもの調子を取り戻してくれたようだ。
「ダンさんと出会ってからは、本当に刺激に満ちた日々を後らせてもらえているよ! 学者冥利に尽きるというものさっ!」
「俺が何かしたって事はないだろうけど、お客さんであるキュールさんが楽しそうで何よりだよ。他の部族に対して苦手意識もなさそうで良かった」
「苦手も何も、タラム族以外の魔人族が居たこと自体、メナスに言われるまでは知らなかったからねぇ。タラム族の間では聖域の樹海のことは伝えられていないからさ」
「あ、そうなんだ?」
魔人族でありレガリアにも所属した経験のあるキュールさんでも、守人たちのことは知らなかったのか。
聖域の樹海に魔人族が住んでいるって事実は、レガリアの連中も把握していなかったんだっけ。
「ほ、本当にアウターの中に集落があるんだねぇ……。大きい倒木を城壁代わりにして魔物の侵入を阻んでるのかぁ……」
「……だけどよチャール。なんで倒木がそのまんま残ってんだろうな?」
「えっ?」
俺とキュールさんが話している直ぐ脇で、チャールとシーズもディロームの里について感想を零していた。
その中でシーズが発した疑問が引っかかり、思わず聞き返してしまった。
「外から持ち込まれた木だってんならまだしもよ。この巨木もアウターから生み出されたものであるなら、枯れて倒れた後はアウターに吸収されないとおかしくないか?」
……確かにシーズの言う通り、アウターの一部であるはずの倒木がそのまま利用されてるのはおかしいよな。
でもこの森の材木って普通にアウターの外でも利用されてるから、アウターから生み出されているのに普通の木と同じ扱いになんだよね。
改めて考えると、やっぱおかしいわこのアウター。
この森の特異性に改めて思いを馳せていると、話を終えたヴァルゴがこちらに戻ってきた。
「旦那様。只今師匠が出払っておりますので、呼び戻すまでに少々お時間をいただきたいとのことです。その間はどうされますか?」
「別にカランさんが不在でもいいんじゃないの? 俺達がルドルさんに危害を加えるわけもないし」
「ですが高齢の族長ルドルは聖域の調査には参加されておりませんからね。この森に関する話なのですから、積極的に聖域で暴れ回っている師匠にも同席してもらった方がいいと思いますよ」
今回は話を聞きに来ただけだから、ルドルさんに護衛は必要ないのでは?
そう思った俺に、実際の調査に加わっている者の意見も聞くべきだと提案してくるヴァルゴ。
でもさぁカランさん。それって調査よりも魔物狩りのほうがメインになってませんかね?
「それじゃカランさんが来る前に転職を済ませちゃおうか。チャールとシーズ、それにキュールさん。インベントリはどこまで広がった?」
鑑定でチャールとシーズの浸透が終わってるのは分かるけど、一応口頭で浸透具合を確認する。
ちょうど良く3人とも旅人なので、鑑定せずに浸透具合を確認出来るのがありがたい。
「えっと、私は最大サイズのインベントリが3つになってるよ。旅人はこれで浸透してるんだっけ」
「俺もチャールに同じ、3つとも最大だな。やっぱ魔物が強いとめちゃくちゃ浸透が早いんだなぁ」
「私は大きいインベントリが1つに、小さいインベントリが1つかな。チャールたちの話を聞く限り、私の旅人はまだ浸透していないんだね」
ひと言断って鑑定してみると、キュールさんは現在旅人LV14だった。
LV1からスタートしたと考えればかなり浸透が進んでいるけれど、まだ転職できる段階じゃない。キュールさんの転職は見送るしかないね。
ディロームの集落にも転職魔法陣が存在しているので、シーズを戦士に、チャールを商人に転職させることにする。
転職に必要な魔玉は俺が出そう。
転職をするチャールとシーズの2人と、里を少し見て回りたいというキュールさんの3人をヴァルゴが案内していったところで、戦闘メンバー5人の職業浸透も確認しておく。
「アウラの商人とターニアの荷運び人も浸透が終わってるね。2人は次何になる?」
「私はやっぱり行商人になりたいかなー? 何をするのも楽になるみたいだし」
「私は当然飛脚になるの。今回はダンさんにお願いしていいのかな?」
「アウラが行商人、ターニアが飛脚ね。了解~」
キュールさんやチャールたちが戻ってくる前にちゃちゃっと職業設定して転職完了だ。
残念ながらあとの3人の魔導師はあまり浸透が進んでいない。
今日探索した場所はまだまだアウターの入り口付近だから、上級職の浸透が進まないのも仕方ないね。
全員の転職が済んだら集落の広場に腰掛けて、お弁当を食べながらのんびりカランさんの帰還を待つ。
その間にチャールたちとキュールさんに、聖域の樹海の異変についての情報を共有しておく。
「ふむ。10数年前にメナスに滅ぼされたバロール族か。そこで神器がメナスの手に渡り、一時的にとはいえメナスは2つの神器の所有者になっていたんだね」
「う~ん。この森の異変以前に、この森が他のアウターと比べておかしすぎるね。本当にアウターなのか疑っちゃうくらい変だよ」
「つってもさぁ。魔物が発生するし、アナザーポータルを使える時点でアウターなのは間違いないだろ。ここがアウターなのが前提として、アウターなのになんでこんなに色々おかしいのかを知る為に調査すんだろ?」
3人はそれぞれあーでもないこーでもないと活発に意見を出し合っている。
その中でチャールが、そもそもここは本当にアウターなのかと疑問を持った事に驚いた。
この森自体がレリックアイテムであると語ったルドルさんの言葉を思えば、聖域の樹海が実はアウターでは無い可能性だってあるのだから。
お弁当を食べ終わってひと息ついたころ、ようやくカランさんとルドルさんが姿を現してくれた。
「みなさん、お待たせして申し訳無い。ワシだけで話をしても聖域の状況は正確に伝えられないと思いましての」
「お待たせして済まなかった! 最近は最深部の発見の為に聖域中を駆け回っているものでな、なかなか合流できなかったのだ」
「気にしない気にしない。アポ無しで押しかけたのはこっちなんだから」
というか俺の場合、誰かと会う時にアポ取った記憶が殆ど無いんだよなぁ。
流石に王城でゴブトゴさんに会う場合は事前連絡してるとは思うけど……。してる、よな?
「初対面同士の人もいるから、まずは簡単に紹介させてね」
俺の家族を1人1人紹介したあと、チャールとシーズは調査の協力のために同行させてきたと説明し、タラム族の歴史学者であるキュールさんのことも紹介する。
俺の家族にはルドルさんとカランさんの事は軽く説明してあるので、名前だけササッと紹介した。
「お初にお目にかかりますディロームの族長殿、そして守人の戦士の長よ。まさかタラム族の他に魔人族が生き残っていたとは夢にも思いませんでした。お会いできて光栄です」
「ほっほ。同じ魔人族同士なのです、そう畏まらんでいただきたい。我々もタラム族と再会できて光栄の至りですぞ」
「弟子に追い抜かれた俺が長を名乗るのには抵抗があるがな。ヴァルゴを嫁に出してしまったせいで隠居生活が先送りだ。がはははっ!」
いや、アンタ絶対隠居生活なんてする気ないだろカランさん。
隠居生活を望むような人は、普通1人でアウターを駆け回ったりしないんですよ?
「それにしても、タラム族に我らのことが伝わっていないのは意外だったぞ? 我らディロームの里だけではなく、ガローブ、グローグの里にもタラム族の存在は伝わっておるのだがな?」
「それは私にも分かりかねますね。守人たちがタラム族を知っているのに、タラム族のほうが守人の存在を知らないのは何故なのか……」
「ねぇキュールさん。そもそもスペルド王国ではタラム族の存在すらあまり知られてないよ?」
首を傾げあうカランさんとキュールさんの間に、チャールがはいっと右手を上げて割り込んだ。
大人同士の会話に物怖じしないで口を挟むあたり、チャールもやっぱり思い切りがいいよな。
「使命を持って聖域の樹海に隠れ住んでいた守人の魔人族さんたちが知られていないのは分かるけど、どうしてタラム族は他の種族と交流を絶って隠れ住んでいるの?」
「……確かにな。タラム族も以前はアルフェッカで他の種族と共に暮らしていたんだろ? それがなんで今じゃタラム族だけで生活するようになってんだよ?」
チャールの疑問にシーズも乗っかってくる。
守人が隠れ住んでいる理由、レリックアイテムと聖域の樹海の管理という使命は既に伝えてあるからか、チャールとシーズは聖域とは関係ないはずのタラム族が隠れ住んでいる事に疑問を抱いたようだ。
仮に魔人族が呼び水の鏡を使って何かをやらかしたにしても、神器は持ち去られているんだからタラム族まで隠れ住む必要は無いよな?
というか隠れ住むんだったら守人たちについていけば良かったわけだし。
「タラム族も我らのように、何らかの使命を秘めて人の目を避けて暮らしているのか?」
「いや、そんなことはないですね。タラム族にこれといった役割は無いはずです。……タラムが隠れ住んでいる理由か」
カランさんの問いかけを否定しながらも、考え込むように両腕を組むキュールさん。
どうやらタラム族であるキュールさん自身が、タラム族が隠れ住んでいる事情を全く知らないようだった。
「そもそも王国と協力体制にあるのだから、タラム族が隠れ住んでいる意味はあまり無いよね? なのにタラム族が里を出ていかない理由っていうと……」
「キュールさん。そもそもタラム族って何処に住んでんの? 大体でいいから教えてもらえたりしない? それに加えて人口とか、分かる範囲で教えてもらえないかな?」
「ん、里の正確な位置は私の独断では教えられないけれど、スペルドとヴェルモートに挟まれた場所にあると言っておくよ」
「は? そ、それ結構具体的に言ってない?」
隠れ住んでいるはずのは里の位置を、思った以上にあっさりと教えてくれるキュールさん。
要はパールソバータよりも西で、ヴェルモート帝国よりも東ってことでしょ? 結構範囲絞られるんじゃ……。
「人口は3000~5000人くらいじゃないかな? 正確な数は分からない」
「多くても5000人くらいって少なくない? 元々どの程度の人口だったのかは分からないけど、ガルクーザを滅ぼしてから単一種族で450年固まって生活していたんだろうに」
……なんかこの世界の現状を知れば知るほど、短命で生殖能力に乏しいと言われている竜人族の人口ランキングが上昇してない?
現在ぶっちぎりでヤバイのは人口300人くらいしかいないエルフ族で、他の種族は滅亡の危機に瀕してるってほどでもなさそうかな? 人口的には。
「ただタラム族はスペルド王国民として人頭税を納付しているはずだから、スペルド王国の役人なら正確な人口数を把握しているかもしれないね」
「あ~。そう言えばスペルド王国マジックアイテム開発局にも魔人族は勤めてるらしいもんね。タラム族は一応スペルド王国民って扱いになるのか」
「扱いは王国民で間違いないけど、人口に関しては私もあまり気にしたことがないからなぁ。でもタラム族の人口に問題があるような話は聞いたことが無いよ。穏やかに繁栄はしているんじゃないかな?」
「守人たちと同数程度からスタートしたと考えれば繁栄していると言えるのでは無いでしょうか? 意識的に人口を増やそうとしていたわけでもないみたいですし」
ヴァルゴの言う通り、スタートが1000人弱だったと考えればかなり繁栄している事にはなるのか。
現代の地球って人口が爆発状態だけど、人口って増えれば増えるほど増加速度も上がっていくわけだから、元々の人数から500年弱で数倍程度に増えているのだとするなら、かなり順調に繁栄していると言えるのかも?
「ごめん。タラムの民が隠れ住んでいる理由についても見当がつかないかな。もしかしたら単純に、里の外に興味が無いだけって気もするけど」
「外に興味が無い?」
「うん。タラムの里は魔物や野生動物の被害に遭う事も少なく、水も食料も豊富にある場所なんだ」
キュールさんによると、タラム族が里を構えている場所は、グルトヴェーダのような不毛の地でもなく、聖域の樹海のような苛酷な土地でもない、とても穏やかな場所のようだ。
野生動物も魔物も出ないのに豊かな場所って、いったいどんな場所なんだろう?
「他に必要なモノがあっても、スペルディア王家と協力体制にあるから大体揃えて貰えちゃうしね。外に出ようなんて野心家は少なくて、里で静かに暮らしたいと思う人が多い印象だよ」
「ふーん? でも外に出ているキュールさんが言ってもあんまり説得力が無いね?」
「ははっ。これは痛いところを突かれてしまったかな? 確かに私は幼い頃から変わり者扱いされていたよ」
俺の指摘を笑って受け流すキュールさん。
幼い頃からの変わり者という評価もしっかりと受け入れているようだ。
「タラムの里は本当にいいところなんだけどね。変化や刺激が無いんだよ。穏やか過ぎて歴史的な記録や積み重ねも残されていないんだ。私にはそれが不満だったのかもしれないな」
「歴史的な記録や資料が無いってこと? それって事故や異変があった時に困るんじゃ?」
「それが、本当に何にも起こらない穏やかな土地だからね。今まで困ったことが無いんだよ」
「ん、んー……?」
仮に読み書き出来る人が1人もいないとしても、口伝ですら何も伝えられていないなんてありえるのか?
確かに口伝や戒めってのは教訓とか問題や注意点なんかを後世に伝える為にあるものだろうから、穏やかな土地でなに不自由なく暮らしていれば子孫に伝えるべき知識が思い付かないなんてことも……ある、のか?
「タラムにとって過去とは今日と同じような日であり、未来とはやがてやってくる今日と同じ日だっていう認識でしかないんだ。恐ろしいほどに安定していて、そして刺激の無い場所なのさ」
「外に出て行く気も無くなるほどに穏やかで安定した土地かぁ……」
「王国じゃ魔人族って滅多に見かけない種族って認識だけど、タラムの民は別に人嫌いってわけでもないんだよ。里の外に興味を持つ者が少ないから交流する機会が少ないってだけだと思う」
キュールさんの話を聞いていると、ガルクーザで原因でバラバラになった他の種族たちとも、守人の魔人族とも明らかに違う理由で隠れ住んでいるように聞こえる。
……つまりタラム族はアルフェッカ解散のせいで里に隠れ住んでいたわけではなくて、もしかして始めからそこに魔人族の里があって、アルフェッカが解散してしまったから里に戻っただけだったり?
守人たちのように使命や目的があって里に引き篭もっていたのではなく、満ち足りた生活を送っていたため外に目を向ける必要が無かったってこと?
「う~ん……」
「上手く説明出来なくて申し訳無い。私自身は好奇心だけで里を飛び出した身だから、里に残っているタラム族を語る資格はないかもしれないし」
「いやいや気にしないで。穏やかに暮らせていたならそれに越した事はないでしょ」
申し訳無さそうに頭を下げるキュールさんに、気にしないでと笑顔を返す。
守人たちは450年前のガルクーザ出現をきっかけに聖域に移動したっぽいから、タラム族が隠れ住んでいるのにも似たような事情があると思っていたけど、どうやらそれは勘違いだったのかもしれない。
もしかしたらタラム族の人たちはアルフェッカ解散をきっかけに、元々存在していた自分たちのコミュニティにただ戻っただけだったのかもしれない。
キュールさんが歴史学者を名乗っているせいもあってか、無意識のうちにタラム族からも450年前の話を聞けるかと思っていたけど空振りっぽいな。
聖域の樹海に関しては、やっぱり守人たちと協力していくしか無さそうだ。
それじゃタラム族の話は一旦終了して、ディロームのトップであるお2人から話を聞くとしようかな。
カランさんが当てもなく走り回ってるところを考えると、あまり期待は出来ないかもしれないけどさ。
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