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6章 広がる世界と新たな疑問2 世界の果て
412 ※閑話 報告 (改)
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「陛下が奥でお待ちです。すぐに向かってください」
「……了解しました」
有無を言わせぬ雰囲気の兵士に、ウンザリした気持ちを押し殺しつつ返事を返す。
帝都フラグニークに戻った私は直ぐに陛下から呼び出しを受け、最奥の間へと足を運ぶことになった。
……やれやれ。息つく間も無いね。事が事だけに、無理も無いけどさ。
「ん? あれは……」
相変わらず遠すぎる最奥の間に辟易しながら歩いていると、目の前の壁に1人の男性が寄りかかっているのが見えた。
相手は私が通るのを待っていたらしく、私に向けて軽く右手を挙げて声をかけてきた。
「おかえりキュール。陛下の我が侭につき合わせてしまって悪いな」
「……いくら人払いされている場所だからといっても、滅多なことを言わない方がいいですよ、カルナス将軍」
軽く会釈をしながら窘めると、カルナス将軍は肩を竦めておどけて見せた。
齢30にしてヴェルモート帝国最強との呼び声の高いカルナス将軍は、実力主義のヴェルモート帝国内を己の力だけでのし上がってきた生粋の叩き上げだ。
カレン陛下に対する軽薄な態度も、彼の実力ゆえに大目に見られている。
……聞くところによると、カルナス将軍は陛下に恋慕の情を抱いているとかいないとか。
だから陛下との距離を縮めようと、あえて軽口を叩いているのかもしれないね。
「将軍自らのお出迎えとは恐縮です。私が逃げ出さないようにと陛下に頼まれましたか?」
「ふっ、お察しの通り陛下に頼まれたんだ。神器の情報を持ち帰ったお前を、確実に最奥の間へ連れてくるようにとね。陛下にとっては城内もまた戦場であらせられるらしい」
「なるほど。では御手数をかけますがエスコート願います」
私を逃がさない為の監視役ではなく、護衛役だったか。邪推しすぎてしまったな。
頷いて見せた将軍は、私に先導するように歩き出した。
私も素直にその後ろについていく。
「陛下の心遣いには感謝しますけど、限られた者しか出入りできないこの最奥エリアでも何か起こりうるものなんでしょうか? 下手なことを起こしても、下手人は直ぐに判明しそうなものですが……」
「そうだな。恐らく何か起こったとしても、その実行犯を特定するのは容易だろう。しかしその実行犯とその背後にいる者を断罪できるかと言えば、話が変わってくるんだ」
最奥の間に到着するまでの暇潰しにと将軍に話を振ってみたけれど、思った以上に真面目な返答が返ってきて逆に戸惑ってしまう。
この人のことだから、陛下は心配性すぎるよなー、なんて言いながら笑って流すものだと思っていた。
「特定は出来ても罰することは出来ない、ですか。それほどまでに今の帝国は揺らいでいるのですね」
「己の実力と人気で瞬く間に皇帝に上り詰めてしまった陛下だが、皇帝を目指して長く活動していた者たちの影響力は決して侮れるものじゃないからな。未だ危うい立場なんだよ、あの方は」
流石に側近を任されているだけあって、将軍は冷静な視点から陛下の立場の危うさを憂慮しているようだ。
先帝カーライル・ラインフェルドの孫娘であるカレン・ラインフェルド現皇帝陛下は、頭脳、戦闘力、そしてその美貌でもって即座に皇帝の座を掻っ攫ってしまった。
その事に帝国民は大いに喜んだのだけど、次期皇帝を狙っていた有力者たちからは蛇蝎の如く嫌われてしまっている。無理も無いけどね。
カレン陛下が血筋など関係なく実力で勝ち取った地位だけど、あまりにも性急に事を進めすぎたために足場が固まっていない。
そんな状況だからこそ、陛下は神器を強く求めているのかもしれないね。
「私の報告が陛下の役に立てば良いのですが……」
焦る陛下の気持ちは分からないでもないけど、しかしなぁ……。
今回スペルド王国で2つの神器を見せてもらったわけだけど、その所有者のダンさんがちょっとおかしすぎるんだよねぇ……。
神器の危険性を誰よりも理解しながら、あの人は誰よりも神器を手放したがっているようにも見えた。
こんな厄介な物は要らないと、自分の安全の為に神器を手放そうとするダンさんと、権威の為に強力な力が欲しいと神器を求めるカレン陛下。
どちらが神器の所有者に相応しいかと問われれば、正直……。
「なぁにを思い悩んでいるのかは知らないが、それは余計なお世話ってもんだぞ?」
「……っ」
「お前はただありのままを報告し、判断は全て陛下に下してもらえばいいんだ。陛下に気に入られているとは言え、己の領分は弁えるべきだぞキュール」
振り返りもせずに私に鋭く警告してくる将軍。
カレン陛下に心酔している将軍にとって、今の私の考えは面白くないものだろう。悟られないほうがいい。
「……失礼しました。私が王国で見た全てを、ありのままに陛下にお伝えするとお約束します」
「ま、神器のことでお前が嘘をつけるとは思っちゃいねぇよ。今のは念のためだ。許せ」
「……はい」
これが実力だけで皇帝の側近まで上り詰めた者の洞察力か。
軽口を叩きながらも、びっくりするほど鋭敏な感覚をしておられるね、まったく。
将軍の言う通り、元より神器に関しては嘘をつくつもりなどないがね。
歴史学者を名乗る私が遺物に関して嘘を言ってしまうようでは、名折れも良いところだ。
「…………」
「…………」
下手に喋ると虎の尾を踏みそうな気がしたので、これ以上の雑談は自重する。
将軍の方も特に話しかけてくることもなく、無言のままで最奥の間に到着した。
「ご苦労だったなキュール。無事で何よりだ。お前の帰りを心待ちにしていたぞ?」
カレン陛下は上機嫌な様子で私に労いの言葉を投げかける。
そんな陛下に軽く挨拶を返し、直ぐにスペルド王国滞在中の一部始終を陛下に報告した。
2つの神器はまず間違いなく本物であろうと告げても、陛下は特に反応を示さなかった。
識の水晶によって得られた情報なのだから、そこは元々疑っていなかったのか?
しかしダンさんが神器を譲ってもいいと発言した事を伝えると、陛下は飛び上がるほどの驚きを見せた。
「神器なんて、くれてやってもいい、だとっ……!? 正気なのかその男……!?」
「陛下が神器を護りきれるなら、です。譲った後にすぐ他者に奪われるような相手に譲る気は無さそうでした」
「……おいキュール。お前、ひょっとして陛下を侮辱してるのか……?」
「……っ!?」
未だ衝撃から立ち直れていない陛下の代わりに、陛下の後ろに立つ将軍が怒りの篭った視線で私を射抜く。
帝国最強の男の殺気に当てられた私の体は、恐怖に竦みあがってしまう。
「……も、勿論陛下のお力は存じております。しかし……」
その視線に気圧されながらも、震える声で釈明する。
「恐れながら申し上げますが、神器に関しては将軍の理解が足りておりません。如何に陛下とて、左様に簡単な話で……」
「回りくどい。分かりやすく話せ」
「……はい。現在神器を所有している男は、前所有者のことをこう語っておりました。アウターエフェクトを無限に生み出し、そして操れる存在であったと」
正直に言えば、私にはこれがどういう意味の発言であったのかちゃんと理解出来ていないだろう。
しかし言葉通りに捉えるのであれば、デーモン種やロード種を自在に操れる者であったようにしか聞こえない。
アウターエフェクトなんて、1体出現するだけで都市が崩壊するレベルの魔物だ。
それを無限に、かつ自由自在に操れる存在など悪夢でしかない。
「荒唐無稽な話だな? そんな馬鹿げた話を信用して危機感を募らせているのか?」
しかし私の抱いた危機感は、将軍には伝わらなかったようだ。
小ばかにしたように小さく息を吐いて反論してくるカルナス将軍。
「デーモン種やロード種程度、陛下はおろか俺だって滅ぼしたことがある。恐れるに足らんな」
「……アウターエフェクトだけであればそうでしょう。ですがスペルド王国が組織レガリアに襲撃を受けた際、複数の箇所でイントルーダーだと思われる魔物の存在が報告されているんですよ」
「イントルーダー?」
「なっ……!?」
イントルーダーという単語に将軍はピンと来なかったようだが、代わりに陛下の方が驚愕の声をあげた。
「イントルーダーが、複数個所にだと……!? しかしそれでは、スペルド王国が壊滅していないと辻褄が……!」
「ですから、組織レガリアはイントルーダーを複数操れる力を持っていて、しかし現在の所有者である仕合わせの暴君は、それを真っ向から打ち破る力を持っているということなんですよ。これが神器の所有者に求められる戦闘力ということなのでしょう」
「くっ……。そうだった。エルフェリアではアウターさえも破壊して見せたのだったな……。そんな相手と戦う力は流石に無い……か」
アウターの破壊と聞いて、カルナス将軍は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに首を横に振っている。
しかし流石に陛下の言葉を否定しない程度の分別はある様で、余計なことを言わずに黙って話を聞いている。
「ダンさんは神器に執着していませんでしたから、こちらから敵対しない限りは敵対してこないでしょう。ですが、そんなダンさんと戦える相手が実際に存在していたことが問題です」
ダンさんはこちらが望めばすんなりと神器を渡してくれそうな雰囲気があった。
しかし友好的なダンさんと同等の戦闘力を持つ、敵対的な別の相手がいないとは限らないのだ。
「神器を所有するということは、この世界の全ての存在に狙われる事と同義であると私は考えます。この世界全てを相手取っても神器を護りぬけるようでないと……譲り受けるのは危険かと」
「神器の所有を望むは時期尚早というわけか……。しかし敵の多い今こそ、神器が必要なのだがなぁ……!」
陛下は苛立ちを表すように、右手で乱暴に頭を掻き毟る。
神器が欲しいのはまさに今。しかし今は神器を護りぬく自信がない。そんな葛藤が伝わってくる。
「……そいつらがどれ程のもんなのかは知りませんがねぇ」
「カルナス?」
重苦しい空気が流れる中、カルナス将軍が口を開く。
「陛下が敵対したくなくて、そしてその神器とやらをまだ手にするのが早いと思っているのでしたら、とりあえず所有者の方と仲良くなってみるのは如何です?」
「神器そのものを得るのではなく……、所有者と仲良く……?」
「はい。陛下が神器を所有しないまでも、神器の所有者と仲良くなれば権威としては充分ではないでしょうか? そうすれば神器を所有したのと同じ事でしょう?」
神器を譲ってもらうのではなく、神器の所有者を自陣営に抱え込むというわけか。なかなかに柔軟な発想だね。
神器の所有に固執していた陛下も、目から鱗が落ちたように感心しているよ。
「最終的には全ての神器を所有したいところだが、今は時間も力も無い。それでも神器を欲するのであれば、神器ではなく所有者を抱き込めばいいのか……。悪くない、悪くないぞカルナス……!」
「はっ! 恐縮ですっ!」
陛下に褒められて、頬を紅潮させながら背筋を伸ばす将軍。
う~ん、確かにこれは惚れていそうだねぇ。
「キュールよ。神器所有者は何を喜びそうだった? 金か? それとも女か? 事と次第によってはこの身を捧げることも厭わんぞ?」
「なっ……! へっ、陛下、流石にそれは些か……!」
陛下の言葉に慌てる将軍。これは確定だねぇ。
確かに同性の私から見ても驚くほどに陛下は美人だ。人によっては神器の対価にもなり得るかもしれない。
だけどダンさんには、陛下にも匹敵するほど美しい奥さんが沢山いたからねぇ……。
「お金には困っていないようでしたし、夫婦仲も睦まじいように思えました。金と女に靡く相手ではないでしょう」
私の言葉に将軍が胸を撫で下ろしている。
なるほど。これは噂にもなるわけだ。将軍は陛下への想いを全く隠し通せていないようだね。
「ですが好奇心が旺盛で、特にこの世界の歴史には大変興味を示してくれたと思います。ですから珍しいものや好奇心を刺激するモノが喜ばれるかと」
「好奇心を刺激するものか。流石に私がキュール以上の知識を披露する自信は無いしな……」
陛下も教養豊かな方ではあるけれど、それはあくまで教養として身につけただけの知識だ。
私のように趣味で調査を行なったりしたわけではないので、他人の好奇心をくすぐるのは難しいだろう。
「……そうか。確かスペルドには海が無いのだったな」
もどかしそうに思い悩む陛下だったが、すぐにこれはどうかと提案してくる。
「我が国のヴェル・トーガ海岸を見せてやるのはどうだっ? あの雄大な景色には好奇心を揺さぶられるのではないかっ?」
「良いですね。彼らはスペルド王国を出たことがないと言っていましたから、海を見たことは無いはずです。ヴェル・トーガの美しい景色には心を奪われることでしょう」
「聞こえたな? 直ぐにヴェル・トーガ付近に家を用意せよ。賓客を招くのだ。手抜かりは許さんぞ。行け」
陛下が何も無い空間に向かって指示を出す。
私には何も感じ取ることが出来ないけれど、きっとそこには誰かがいたのだろう。
「……ふむ、焦りからか私も視野が狭くなっていたようだ。神器のことを話し合うにしても、まずは相手方と仲良くならねば始まらんな」
満足げに頷いた後、上機嫌に私に笑いかける陛下。
自分が焦っていたと認められるくらいには冷静さを取り戻してくれたようだ。
「休暇も兼ねて少し羽を伸ばすとしよう。悪いが付き合ってもらうぞキュール」
「喜んでお供しますよ。私も彼らと再会するのは楽しみですからね。出来ればゆっくり話がしたいので、ある程度まとまった期間を用意してもらいたいくらいです」
「前向きに考えておこう。カルナス、お前にも同行してもらうことになる。スケジュールを合わせておけよ」
「はっ! 万難を排してお供させていただきますっ!」
神器の話をしていたはずが、いつの間にかバカンスの打ち合わせみたいになってしまったな?
今度会うときは向こうで歴史を調べている子たちとも会わせてくれると約束してもらっているし、何の話をしようか今から楽しみで仕方ないね。
……だけど陛下と対面してみて、あちらからどんな反応が返ってくるかが少し不安だ。
ダンさんが陛下の体を求めるとは考えにくいけど、陛下とダンさんは同じ人間族。
もしもダンさんが自分の子供をと求めてきたら、陛下は喜んで受け入れてしまいそうなのが少し怖いね。
まぁいいさ。陛下とダンさんのことに私が口を挟むものではないだろう。
私は彼らと再会した時に困らないよう、1度過去の資料でも読み返しておくとするかな?
「……了解しました」
有無を言わせぬ雰囲気の兵士に、ウンザリした気持ちを押し殺しつつ返事を返す。
帝都フラグニークに戻った私は直ぐに陛下から呼び出しを受け、最奥の間へと足を運ぶことになった。
……やれやれ。息つく間も無いね。事が事だけに、無理も無いけどさ。
「ん? あれは……」
相変わらず遠すぎる最奥の間に辟易しながら歩いていると、目の前の壁に1人の男性が寄りかかっているのが見えた。
相手は私が通るのを待っていたらしく、私に向けて軽く右手を挙げて声をかけてきた。
「おかえりキュール。陛下の我が侭につき合わせてしまって悪いな」
「……いくら人払いされている場所だからといっても、滅多なことを言わない方がいいですよ、カルナス将軍」
軽く会釈をしながら窘めると、カルナス将軍は肩を竦めておどけて見せた。
齢30にしてヴェルモート帝国最強との呼び声の高いカルナス将軍は、実力主義のヴェルモート帝国内を己の力だけでのし上がってきた生粋の叩き上げだ。
カレン陛下に対する軽薄な態度も、彼の実力ゆえに大目に見られている。
……聞くところによると、カルナス将軍は陛下に恋慕の情を抱いているとかいないとか。
だから陛下との距離を縮めようと、あえて軽口を叩いているのかもしれないね。
「将軍自らのお出迎えとは恐縮です。私が逃げ出さないようにと陛下に頼まれましたか?」
「ふっ、お察しの通り陛下に頼まれたんだ。神器の情報を持ち帰ったお前を、確実に最奥の間へ連れてくるようにとね。陛下にとっては城内もまた戦場であらせられるらしい」
「なるほど。では御手数をかけますがエスコート願います」
私を逃がさない為の監視役ではなく、護衛役だったか。邪推しすぎてしまったな。
頷いて見せた将軍は、私に先導するように歩き出した。
私も素直にその後ろについていく。
「陛下の心遣いには感謝しますけど、限られた者しか出入りできないこの最奥エリアでも何か起こりうるものなんでしょうか? 下手なことを起こしても、下手人は直ぐに判明しそうなものですが……」
「そうだな。恐らく何か起こったとしても、その実行犯を特定するのは容易だろう。しかしその実行犯とその背後にいる者を断罪できるかと言えば、話が変わってくるんだ」
最奥の間に到着するまでの暇潰しにと将軍に話を振ってみたけれど、思った以上に真面目な返答が返ってきて逆に戸惑ってしまう。
この人のことだから、陛下は心配性すぎるよなー、なんて言いながら笑って流すものだと思っていた。
「特定は出来ても罰することは出来ない、ですか。それほどまでに今の帝国は揺らいでいるのですね」
「己の実力と人気で瞬く間に皇帝に上り詰めてしまった陛下だが、皇帝を目指して長く活動していた者たちの影響力は決して侮れるものじゃないからな。未だ危うい立場なんだよ、あの方は」
流石に側近を任されているだけあって、将軍は冷静な視点から陛下の立場の危うさを憂慮しているようだ。
先帝カーライル・ラインフェルドの孫娘であるカレン・ラインフェルド現皇帝陛下は、頭脳、戦闘力、そしてその美貌でもって即座に皇帝の座を掻っ攫ってしまった。
その事に帝国民は大いに喜んだのだけど、次期皇帝を狙っていた有力者たちからは蛇蝎の如く嫌われてしまっている。無理も無いけどね。
カレン陛下が血筋など関係なく実力で勝ち取った地位だけど、あまりにも性急に事を進めすぎたために足場が固まっていない。
そんな状況だからこそ、陛下は神器を強く求めているのかもしれないね。
「私の報告が陛下の役に立てば良いのですが……」
焦る陛下の気持ちは分からないでもないけど、しかしなぁ……。
今回スペルド王国で2つの神器を見せてもらったわけだけど、その所有者のダンさんがちょっとおかしすぎるんだよねぇ……。
神器の危険性を誰よりも理解しながら、あの人は誰よりも神器を手放したがっているようにも見えた。
こんな厄介な物は要らないと、自分の安全の為に神器を手放そうとするダンさんと、権威の為に強力な力が欲しいと神器を求めるカレン陛下。
どちらが神器の所有者に相応しいかと問われれば、正直……。
「なぁにを思い悩んでいるのかは知らないが、それは余計なお世話ってもんだぞ?」
「……っ」
「お前はただありのままを報告し、判断は全て陛下に下してもらえばいいんだ。陛下に気に入られているとは言え、己の領分は弁えるべきだぞキュール」
振り返りもせずに私に鋭く警告してくる将軍。
カレン陛下に心酔している将軍にとって、今の私の考えは面白くないものだろう。悟られないほうがいい。
「……失礼しました。私が王国で見た全てを、ありのままに陛下にお伝えするとお約束します」
「ま、神器のことでお前が嘘をつけるとは思っちゃいねぇよ。今のは念のためだ。許せ」
「……はい」
これが実力だけで皇帝の側近まで上り詰めた者の洞察力か。
軽口を叩きながらも、びっくりするほど鋭敏な感覚をしておられるね、まったく。
将軍の言う通り、元より神器に関しては嘘をつくつもりなどないがね。
歴史学者を名乗る私が遺物に関して嘘を言ってしまうようでは、名折れも良いところだ。
「…………」
「…………」
下手に喋ると虎の尾を踏みそうな気がしたので、これ以上の雑談は自重する。
将軍の方も特に話しかけてくることもなく、無言のままで最奥の間に到着した。
「ご苦労だったなキュール。無事で何よりだ。お前の帰りを心待ちにしていたぞ?」
カレン陛下は上機嫌な様子で私に労いの言葉を投げかける。
そんな陛下に軽く挨拶を返し、直ぐにスペルド王国滞在中の一部始終を陛下に報告した。
2つの神器はまず間違いなく本物であろうと告げても、陛下は特に反応を示さなかった。
識の水晶によって得られた情報なのだから、そこは元々疑っていなかったのか?
しかしダンさんが神器を譲ってもいいと発言した事を伝えると、陛下は飛び上がるほどの驚きを見せた。
「神器なんて、くれてやってもいい、だとっ……!? 正気なのかその男……!?」
「陛下が神器を護りきれるなら、です。譲った後にすぐ他者に奪われるような相手に譲る気は無さそうでした」
「……おいキュール。お前、ひょっとして陛下を侮辱してるのか……?」
「……っ!?」
未だ衝撃から立ち直れていない陛下の代わりに、陛下の後ろに立つ将軍が怒りの篭った視線で私を射抜く。
帝国最強の男の殺気に当てられた私の体は、恐怖に竦みあがってしまう。
「……も、勿論陛下のお力は存じております。しかし……」
その視線に気圧されながらも、震える声で釈明する。
「恐れながら申し上げますが、神器に関しては将軍の理解が足りておりません。如何に陛下とて、左様に簡単な話で……」
「回りくどい。分かりやすく話せ」
「……はい。現在神器を所有している男は、前所有者のことをこう語っておりました。アウターエフェクトを無限に生み出し、そして操れる存在であったと」
正直に言えば、私にはこれがどういう意味の発言であったのかちゃんと理解出来ていないだろう。
しかし言葉通りに捉えるのであれば、デーモン種やロード種を自在に操れる者であったようにしか聞こえない。
アウターエフェクトなんて、1体出現するだけで都市が崩壊するレベルの魔物だ。
それを無限に、かつ自由自在に操れる存在など悪夢でしかない。
「荒唐無稽な話だな? そんな馬鹿げた話を信用して危機感を募らせているのか?」
しかし私の抱いた危機感は、将軍には伝わらなかったようだ。
小ばかにしたように小さく息を吐いて反論してくるカルナス将軍。
「デーモン種やロード種程度、陛下はおろか俺だって滅ぼしたことがある。恐れるに足らんな」
「……アウターエフェクトだけであればそうでしょう。ですがスペルド王国が組織レガリアに襲撃を受けた際、複数の箇所でイントルーダーだと思われる魔物の存在が報告されているんですよ」
「イントルーダー?」
「なっ……!?」
イントルーダーという単語に将軍はピンと来なかったようだが、代わりに陛下の方が驚愕の声をあげた。
「イントルーダーが、複数個所にだと……!? しかしそれでは、スペルド王国が壊滅していないと辻褄が……!」
「ですから、組織レガリアはイントルーダーを複数操れる力を持っていて、しかし現在の所有者である仕合わせの暴君は、それを真っ向から打ち破る力を持っているということなんですよ。これが神器の所有者に求められる戦闘力ということなのでしょう」
「くっ……。そうだった。エルフェリアではアウターさえも破壊して見せたのだったな……。そんな相手と戦う力は流石に無い……か」
アウターの破壊と聞いて、カルナス将軍は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに首を横に振っている。
しかし流石に陛下の言葉を否定しない程度の分別はある様で、余計なことを言わずに黙って話を聞いている。
「ダンさんは神器に執着していませんでしたから、こちらから敵対しない限りは敵対してこないでしょう。ですが、そんなダンさんと戦える相手が実際に存在していたことが問題です」
ダンさんはこちらが望めばすんなりと神器を渡してくれそうな雰囲気があった。
しかし友好的なダンさんと同等の戦闘力を持つ、敵対的な別の相手がいないとは限らないのだ。
「神器を所有するということは、この世界の全ての存在に狙われる事と同義であると私は考えます。この世界全てを相手取っても神器を護りぬけるようでないと……譲り受けるのは危険かと」
「神器の所有を望むは時期尚早というわけか……。しかし敵の多い今こそ、神器が必要なのだがなぁ……!」
陛下は苛立ちを表すように、右手で乱暴に頭を掻き毟る。
神器が欲しいのはまさに今。しかし今は神器を護りぬく自信がない。そんな葛藤が伝わってくる。
「……そいつらがどれ程のもんなのかは知りませんがねぇ」
「カルナス?」
重苦しい空気が流れる中、カルナス将軍が口を開く。
「陛下が敵対したくなくて、そしてその神器とやらをまだ手にするのが早いと思っているのでしたら、とりあえず所有者の方と仲良くなってみるのは如何です?」
「神器そのものを得るのではなく……、所有者と仲良く……?」
「はい。陛下が神器を所有しないまでも、神器の所有者と仲良くなれば権威としては充分ではないでしょうか? そうすれば神器を所有したのと同じ事でしょう?」
神器を譲ってもらうのではなく、神器の所有者を自陣営に抱え込むというわけか。なかなかに柔軟な発想だね。
神器の所有に固執していた陛下も、目から鱗が落ちたように感心しているよ。
「最終的には全ての神器を所有したいところだが、今は時間も力も無い。それでも神器を欲するのであれば、神器ではなく所有者を抱き込めばいいのか……。悪くない、悪くないぞカルナス……!」
「はっ! 恐縮ですっ!」
陛下に褒められて、頬を紅潮させながら背筋を伸ばす将軍。
う~ん、確かにこれは惚れていそうだねぇ。
「キュールよ。神器所有者は何を喜びそうだった? 金か? それとも女か? 事と次第によってはこの身を捧げることも厭わんぞ?」
「なっ……! へっ、陛下、流石にそれは些か……!」
陛下の言葉に慌てる将軍。これは確定だねぇ。
確かに同性の私から見ても驚くほどに陛下は美人だ。人によっては神器の対価にもなり得るかもしれない。
だけどダンさんには、陛下にも匹敵するほど美しい奥さんが沢山いたからねぇ……。
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私の言葉に将軍が胸を撫で下ろしている。
なるほど。これは噂にもなるわけだ。将軍は陛下への想いを全く隠し通せていないようだね。
「ですが好奇心が旺盛で、特にこの世界の歴史には大変興味を示してくれたと思います。ですから珍しいものや好奇心を刺激するモノが喜ばれるかと」
「好奇心を刺激するものか。流石に私がキュール以上の知識を披露する自信は無いしな……」
陛下も教養豊かな方ではあるけれど、それはあくまで教養として身につけただけの知識だ。
私のように趣味で調査を行なったりしたわけではないので、他人の好奇心をくすぐるのは難しいだろう。
「……そうか。確かスペルドには海が無いのだったな」
もどかしそうに思い悩む陛下だったが、すぐにこれはどうかと提案してくる。
「我が国のヴェル・トーガ海岸を見せてやるのはどうだっ? あの雄大な景色には好奇心を揺さぶられるのではないかっ?」
「良いですね。彼らはスペルド王国を出たことがないと言っていましたから、海を見たことは無いはずです。ヴェル・トーガの美しい景色には心を奪われることでしょう」
「聞こえたな? 直ぐにヴェル・トーガ付近に家を用意せよ。賓客を招くのだ。手抜かりは許さんぞ。行け」
陛下が何も無い空間に向かって指示を出す。
私には何も感じ取ることが出来ないけれど、きっとそこには誰かがいたのだろう。
「……ふむ、焦りからか私も視野が狭くなっていたようだ。神器のことを話し合うにしても、まずは相手方と仲良くならねば始まらんな」
満足げに頷いた後、上機嫌に私に笑いかける陛下。
自分が焦っていたと認められるくらいには冷静さを取り戻してくれたようだ。
「休暇も兼ねて少し羽を伸ばすとしよう。悪いが付き合ってもらうぞキュール」
「喜んでお供しますよ。私も彼らと再会するのは楽しみですからね。出来ればゆっくり話がしたいので、ある程度まとまった期間を用意してもらいたいくらいです」
「前向きに考えておこう。カルナス、お前にも同行してもらうことになる。スケジュールを合わせておけよ」
「はっ! 万難を排してお供させていただきますっ!」
神器の話をしていたはずが、いつの間にかバカンスの打ち合わせみたいになってしまったな?
今度会うときは向こうで歴史を調べている子たちとも会わせてくれると約束してもらっているし、何の話をしようか今から楽しみで仕方ないね。
……だけど陛下と対面してみて、あちらからどんな反応が返ってくるかが少し不安だ。
ダンさんが陛下の体を求めるとは考えにくいけど、陛下とダンさんは同じ人間族。
もしもダンさんが自分の子供をと求めてきたら、陛下は喜んで受け入れてしまいそうなのが少し怖いね。
まぁいいさ。陛下とダンさんのことに私が口を挟むものではないだろう。
私は彼らと再会した時に困らないよう、1度過去の資料でも読み返しておくとするかな?
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