異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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6章 広がる世界と新たな疑問2 世界の果て

409 常識 (改)

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「少し手間だけど、今回は短い転移を繰り返して現場に向かうね」


 ヴィアバタに集まったみんなにひと声かけて、ポータルでの転移を開始する。


 輸送路の開始地点はヴィアバタから少し離れている。

 ポータルを使えばそこまで一気に移動できるけれど、今回は視察も兼ねているので短距離の転移を繰り返し、ヴィアバタとの位置関係をちゃんと把握してもらう事にした。


 薄明の瑞雲に参加している冒険者の子がポータルの連続使用に驚いていたけど、俺はもうどれだけ移動魔法を使っても魔力枯渇を起こすことは無くなったんじゃないかねぇ。


 短距離転移を繰り返し、ヴィアバタから数キロ程度離れた工事の開始地点に到着した。


「お待たせ。ここがグルトヴェーダを貫く輸送路の開始地点だよ」


 察知スキルで周囲に何の反応も無い事を確認。異常なし。

 全員が転移してくるのを待って解説を始める。


「ここからヴィアバタまでは、人力で改めて延ばしてもらうことになると……って、みんな聞いてるー?」

「「「………………」」」


 解説を始めたのはいいけれど、連れて来たみんな基礎工事跡を見て、あんぐりと口を開けて呆けてしまっているな?


 う~ん……。

 グルトヴェーダへの道の建設が非常識なことだとは分かっていたけど、工事しているのが分かっている面々でもこんな反応なのか。

 さっきエルフェリアで工事の事を説明したばかりのライオネルさんすらびっくりしてるよ……。


「んー、なんとなくダンが勘違いしてそうだから言うけど、みんな多分工事の規模にびっくりしてるんだと思うの」

「へ? そうなの?」

「うん。私も今日初めて見たけど、スペルド王国で見たどの道よりも広くて大きい道だよ? グルトヴェーダに通した道じゃなくてびっくりすると思うのー」


 ああ、そう言えばニーナも今日初めて工事現場を目にしたんだっけ。


 みんながびっくりしたのはグルトヴェーダとか関係なくて、目の前の道がこの世界での常識を逸脱した規模だったからか。

 イントルーダーって大体でかいからなぁ。人間とは規格が違うのだよ規格が。


「そっか。じゃあみんなが復活するまでちょっと待とっか」


 俺の勘違いを指摘してくれてありがとうニーナ。ぎゅーっ。

 ついでにお姉さんも、ぎゅーっ。


 ニーナとティムルを抱きしめて頬ずりしながら、この場に居る人たちが復活するのをゆっくりと待った。


「……うんごめん。ダンさんの非常識さは分かっていたつもりだけど、今回は流石に理解が追いつかなかったわ」


 暫くして、1番早く復活したのはキャリアさんだった。

 キャリアさんの復活を皮切りに、続々と現実に帰還してくる皆さん。


 なんか俺との付き合いが長い順に復活してる気がするな?


「馬車が通れない程度の道の建設ですら、数年かかっても不思議じゃないのにさぁ……」

「どう見ても、馬車が数台擦れ違っても余裕がありますよね……。道の両側に歩いている人がいたとしても、馬車の走行には何の支障も無さそうな広さですよ……」

「表面が多少ボコボコしているくらいで、もうこれで完成と言っても良いくらいの立派な道だね……。え、ここから更に仕上げを行う……?」


 キャリアさん、カラソルさん、ライオネルさんが、道の先を見ながら口々に感想を述べている。


 3人ともボーっとしながら、なんだか狐につままれたような様子だ。

 でも我が家の可愛い狐っ娘ニーナは、今回の工事には関わっていないんだよ?


 竜王が居なくても、造魔スキルさえあれば工事は可能だったかもしれない。

 けどそもそも造魔スキルが殆ど知られていないから、魔物を工事に利用するっていう発想には思い至れないだろう。


 この世界の職業補正ではパワーは上昇しない。魔法で大規模な地形操作を行うことも不可能だ。

 人力に頼るしかないこの世界では、この規模の工事を行なった方法が思いつかないんだろうなぁ。


「道は思いのほかしっかりしていて、踏みしめてもビクともしないな」

「見晴らしもいいし、野生動物や魔物の接近に気付くのも簡単じゃねぇかな。現状は俺たち以外が通る心配もねぇから、道のど真ん中で野営したって平気だろ」


 反骨の気炎と薄明の瑞雲のメンバーも驚いてはいるけど、魔物狩りらしく分からないことは深く考えないことにしたのか、キャリアさんたちよりも早く立ち直り、少し暇そうに道の確認をしていた。

 キャリアさんたちより先に、実際にこの道を歩くこっちのメンバーに話を通しておこう。


「ここから道の端まで、どのくらいの時間で踏破出来るかを確認して欲しいんだ。無理に急がないで普通のペースを保ってくれて構わない」

「確かにこれなら迷うことはないだろうが……。魔物や野生動物は居るのか? 他に懸念事項は?」

「全く居ないとは言い切れないけど、工事の際に確認した限りでは遭遇しなかったよ」


 試走する2パーティの代表として、トルカタがこの依頼の安全性を何度も確認してくる。

 依頼主の俺にも遠慮なく質問してくるあたり、思った以上に慎重な男のようだ。


「この道の先のクラメトーラは魔物すら発生しない不毛の地だから、先に進むほどに魔物の心配も無くなると思う」

「そうか、工事したということは1度はこの道を通った事になるのか。その際に危険が無かったのなら平気か……? 迷う心配も無さそうだし、いざとなったらポータルで帰還すればいいだけだ……」


 俺の説明を反芻しながら思考を巡らすトルカタと、そんなトルカタの様子を黙って見ている薄明の瑞雲のメンバー。

 凄いな。別パーティなのに随分と信頼されてるみたいだ。


「……なぁ依頼主サマよぉ。俺は安全性よりも報酬の話がしてぇな?」

「ん? ティキ?」

「この依頼を達成できたら、アンタはいくら払ってくれるんだい?」


 トルカタと俺の話に、少しイラつきを見せながらティキが乱入してくる。


「この道がグルトヴェーダを貫いてるってのは疑っちゃいねぇがよぉ。それでも長期間の危険な依頼にゃ変わりねぇはずだ。リーダーは依頼を断る気は無さそうだが、報酬次第じゃ俺は降りちまうかもしれねぇなぁ?」


 煽るようなティキ。そんな彼を今度は制止しないトルカタ。

 さっき慌てて間に入ってきたことを考えると、ここでトルカタがティキを止めないのは不自然な気がする。もしかしたら演技なのかもしれないな。


「今から説明するね。まずは想定してる依頼期間だけど……」


 ま、腹芸なんて出来ないし、する気もない。

 いつも通り火の玉ストレートで正面突破だ。この手に限る。


「真っ直ぐで平坦な道をひたすら進むだけだから、恐らくはひと月くらいで踏破出来ると思ってる。過去の記録みたいに数ヶ月かかることはまずないと思ってくれ」

「……確かに過去の記録と違って、こんな道が続いてるなら行程は比べ物ならないほどに短くなるだろうな。そこを疑っても仕方ねぇ。それで?」

「それで報酬だけど、前金で1人金貨10枚ずつ、踏破したら全員に金貨50枚ずつ支払うよ。これでど……」

「はぁっ!? き、金貨50枚を、ひひひ、1人ずつにだとぉっ……!? しかも前金でも金貨10枚ずつって……、最終的に金貨720枚もの支払いになるじゃねぇか……! い、いくらなんでもそれは……!」


 俺の提示した報酬があまりにも想定外だったのか、ティキは俺の言葉を遮って驚きの声をあげた。

 確かに平均年収が金貨10~20枚のこの世界で考えると、金貨60枚は3~5年分の年収と同額の報酬になっちゃうからね。驚くのも無理はないかもしれない。


 だけど依頼期間中は職業の浸透が進まないわけだし、1度走って察知スキルで確認したとは言え安全が保証されているわけでもない。

 依頼達成に必要な期間と危険性が正確に把握出来ていない依頼なのだから、金貨60枚の報酬は妥当な額だと思う。


「い、いくらシュパイン商会と関われたからって、お前さんは去年までは普通に魔物狩りしてたじゃねぇかっ! 金貨720枚なんて、そんな金持ってるはずが……!」

「ほら、これで信用してくれるかな?」

「なっ…………」


 言いながら王金貨を10枚ほど取り出して見せる。


 これで相手が王金貨を見たことが無かったら最高にマヌケな事になりそうだったけど、流石にベテランだけあってティキは王金貨を見たことがあったようだ。

 俺の手の王金貨を見詰めて、ティキは金魚のように口をパクパクさせている。


「……済まないダンさん」


 二の句が告げないティキに代わって口を挟んできたのは、リーダーであるトルカタだった。


「へ? 済まないって、何が?」

「俺も報酬のことが気になったからティキを止めなかったんだ。ティキの言動が気に障ったなら謝る」


 あら? 単純に報酬の話が気になったから泳がせてただけなのか?

 ゴネて少しでも報酬を上乗せしようっていう戦略かと思っちゃったわ。性格悪いな俺。


「その報酬ならティキだって納得だ。正式に依頼を受けさせてもらいたい。俺達に仕事を任せてもらえるだろうか?」

「勿論。よろしく頼むよ」


 緊張した表情で差し出されたトルカタの右手をしっかりと握り返す。

 これで正式に依頼成立ってことでいいのかな?


 ……さっきの握手ですっかり依頼が成立した気になっていたことは、このまま黙って墓まで持っていくとしよう。


「ポータルで帰還して街の宿を利用する際は宿泊費も出すから、遠慮なく申し出て欲しい。支払うのは依頼が完了した後にまとめてって形になると思うけどさ。必要経費は記録しておいてね」

「報酬だけでも破格なのに、宿泊費はおろか経費まで負担してくれるっていうのか……!? こ、これは確実に依頼を達成できなきゃアンタに顔向け出来なくなってしまいそうだな……!」

「つまんないこと気にしないで、くれぐれも安全第一でお願い。危険だと思ったら迷わずポータルで逃げて欲しい。不測の事態が起こったらシュパイン商会を通して連絡してくれ」

「大金を支払っておきながら、絶対に依頼を成功させろじゃなくて、俺達の安全を第一に考えろなんと言われるとはな……。依頼人の希望だ、精々肝に銘じておくさ」


 自身の安全を最優先に、という俺の要望聞いて苦笑するトルカタ。

 依頼人に丁重に扱われたことで逆に緊張感を増したその姿に、コイツなら真面目に依頼を達成してくれそうだなという安心感を覚える。


「じゃ、さっそく前金のほうは払っちゃうね。王金貨で払ってもいいけど、希望者が居なければ金貨で払うよー?」


 これで依頼が成立したので、6人2パーティの前金金貨120枚を即金で払ってしまう。

 両パーティともメンバーのインベントリ持ちに預かってもらうみたいだけど、依頼が成功した暁には更なる大金が約束されている為か、メンバーに持ち逃げされる心配なんかは一切していないようだ。


「……なぁダンさんよ。俺とアンタでいったい何が違ったんだ?」

「ティキ?」


 前金を支払い終えたあたりで、俯き加減のティキが少し悔しそうな声色で話しかけてくる。


「金貨720枚なんて、俺の魔物狩り人生全てを足したって届かねぇ金額だ……。ソレをアンタは……あっさりと支払って見せた……!」


 ティキの声は微かに震え、その両手は硬く握り締められている。


 コイツには、ニーナとティムルの3人でスポットに潜っていた姿を見られているからなぁ。

 あの時の俺はティキから見て、さぞや危なっかしい魔物狩りに見えたことだろう。ティキにはそんな俺に抜き去られたような想いがあるのかもしれない。


「アンタはちょっと前まで駆け出しだったじゃねぇか! その時ですら60万リーフでティムルさんを購入してたしよ、いったい俺とアンタの何が違ったってんだよ!? どうして俺の人生はこんなにもお先真っ暗で、なんでアンタの人生はそんなにも順風満帆なんだよぉっ!」


 誰もティキの言葉を止めようとする者は居なかった。

 トルカタですらちょっと悔しそうな表情を浮かべてるってことは、他の奴らも少なからず同じことを思ってることなのかな?


「俺の人生が順風満帆だったかどうかはさておいてさ……」


 順風満帆というティキの言葉にうちの奥さん達が反論しようとするのを止めて、俺の口からティキに返答する。


「俺とお前はさ、多分持っている常識が違ったんだ。俺とお前じゃ見てるものが違ったんだと思うよ」

「常識が違うだぁ!? 駆け出しが60万リーフもする奴隷を買えるわけねぇなんて、そんなの当たり前だろ!? 1年も経たずに金貨720枚をポンと支払えるようになれるわけがないなんて、そんなの当たり前じゃねぇかよぉっ!」

「それが当たり前じゃなくなるんだよティキ。これからの魔物狩りは、ひと月で金貨50枚を稼げる俺の常識の方が当たり前になっていくんだ」

「なっ……!? そんなわけ、そんなわけねぇよ……」


 俺の言葉を信じられず、俺の語った明るい未来を自身の口で否定してしまうティキ。


 数年単位で職業を浸透させていた時代はもうすぐ終わる。

 職業スキルの引継ぎ失敗に怯える時代は、もうすぐ終わりを迎えるんだ。


 地を這いもがきながらも毎日を精一杯生きている人達が報われない時代なんて、もう終わらせなきゃいけないんだよ……!


「物分りのいい振りをして、小さく纏まってる暇なんか無いぜ? これから新しい常識が広まっていくんだからな」

「新しい……常識、だと……?」

「職業の浸透速度は早まり、人々の年収は5倍、10倍にもなっていく。古い常識に囚われたままじゃ置いてかれちゃうよ?」


 からかうような俺の説明に、ティキはハッとしたような表情を浮かべて顔を上げた。

 コイツには俺の説明に何か心当たりがあったのかもしれない。


「誰も税金を滞納せず、装備品も手が届く金額になる。多くの者が自ら魔物を狩り職業を浸透させ、家族とずっと一緒に暮らせるようになるんだ。そうじゃなかった今までの常識の方が間違ってんだよ」


 魔物を狩ることでこの世界は成立しているのに、魔物を狩る為に必要な武器の最も安価なナイフですら2万リーフ弱。年収の10分の1なんて高すぎるんだよ。


 今のこの世界はお金が全然足りてない。

 最低品質の装備品なんて、もっと気軽に買えなきゃおかしいんだっての。


「反骨の気炎はマグエルで活動してたんだろ? なら新しい常識の片鱗くらいは感じたことあるだろうよ? 卑屈になるな。弱気になるな。立ち止まるな。お先真っ暗な人生とやらから抜け出したいんならな」

「……立ち止まらなきゃ、アンタの言ってる新しい常識で成立している世界とやらに、俺も辿り着けんのか……?」

「さぁね。ソレは結局お前次第だろティキ。だけど目指す場所があるなら、迷って足を止めても仕方ないだろ。歯を食い縛ってでも歩を進めるんだよ、進みたい方向にな」


 俺の言葉がティキにどんな風に聞こえたのかは分からない。

 けれどティキの瞳には力が宿り、視点が定まったように見えた。


「卑屈になるな? 弱気になるな? 良くもまぁそんなこと言えたものだねー?」


 からかうような呆れたようなニーナの声。

 俺に言葉を返さないティキの代わりに呆れたように口を開いたのは、俺の背後の愛しい家族たちだった。


「でも確かにダンは、決して歩みだけは止めなかったかなぁ?」

「卑屈で弱気で捻くれて、凄く手がかかるご主人様だったわよねぇ? そんなご主人様がいつの間にか随分立派になってくれたみたいで、お姉さんとっても嬉しいわぁ」

「妾が好きだと伝える度に心が軋んでおったと聞いておるのじゃ。ダンより弱気で卑屈な人間などおるわけなかろう?」

「誰よりも弱い自分を責め続けて、弱いままじゃぼくやフラッタを助けられないって、物凄い速さで強くなっていったよねぇ。ダンって弱気なんだか強気なんだか分からないところがあったよ?」

「う~みんなズルいですよぅ。私も弱気で卑屈な旦那様を思い切り甘やかしてみたかったです~っ」

「俺今すっごい真面目な話してたよねっ!? なんでこのタイミングで茶化してくるかなぁ!? 確かに過去の自分を棚上げにした感は否めないけどさぁっ!」


 卑屈で弱気で捻くれてた俺だったけど、こんなに可愛いみんなの為には一瞬だって止まってる暇は無かったんだよっ!


 くっそー! せっかくいいことを言った気になったのに、みんなのせいで全然締まらないじゃないかぁ。

 今日は俺がみんなのことをどれくらい大好きなのか、このあと徹底的に分からせてあげる必要がありそうだなっ!?


「俺、いつの間にか自分の進みたい方向すら分からなくなってたんだな……。そんなことすら、人に言われるまで気付かないなんて……」


 小さく零したティキの呟きに気付かなかった振りをして、逃げ惑う可愛いお嫁さん達のほっぺにちゅーの雨を浴びせ続ける俺。


 孤児で構成されている薄明の瑞雲のメンバーは、ティキの呟きにピンと来ない顔をしていた。

 大人になるとね。自分がどこを歩いているのか、自分がどこを目指していたのか……。そもそもなんで自分は歩いているのかすら分からなくなる時があるものなんだよ。


 俺が迷わず見失わず忘れずにいられるのは、愛しくて仕方ない可愛いお嫁さんたちのおかげなんだ。みんな、大好きだよーっ!
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