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5章 王国に潜む悪意4 戦いの後
374 遺された者 (改)
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「それでは行って来るのじゃ。帰りは遅くになると思う。先に休んでいていいからのーっ」
元気良く手を振るフラッタが、ラトリアとエマと3人でポータルに消えていった。
今日はシルヴァの当主就任お披露目パーティが開催される日だ。
なのでヴァルハール組の3人はパーティの主催者として、今日は1日ヴァルハールで過ごすそうだ。
お互い寂しくないように、昨夜は3人と夜通し肌を重ね続けてしまったよ。
「フラッタ、とっても嬉しそうだったのーっ」
「ラトリアとエマも心なしかソワソワしてたね。彼女たちのあんな姿が見れて、本当に良かったと思うよ」
ヴァルハール組を見送ったあと、ニーナとリーチェがニコニコと談笑している。
今日はシルヴァの晴れの舞台だけれど、俺達家族がすることは何も無い。なのでマグエルでお留守番だ。
明日は身内向けのパーティと、ゴルディアさんの弔いが行われる予定で、パーティには全員で、弔いにはヴァルハール組と俺が参加する予定だ。
「さぁてダン、今日は何をするのー?」
「そうだねぇ……」
首を傾げながら俺の顔を覗き込んでくるニーナ。可愛い。
こんな可愛い娘を捨てて、ガレルさんは逝ってしまったんだよなぁ……。いや、捨てたのはニーナだけじゃなくて……。
今日1日、自由な時間になったこと。
そして明日がゴルディアさんの弔いという事で、俺はガレルさんの残された家族について考えてしまった。
ターニアの話によると、ガレルさんの新しい家族はガレルさんの死を知らず、失踪したガレルさんを心から心配しているらしい。
「ダンー? 何を考えてるのー? あんまり1人で悩んじゃダメなのーっ」
「ん、悩みって言うか……。今考えをまとめてるから、ちょっとだけ待っててくれる?」
心配してくれるニーナを抱きしめて、ニーナと同じようにガレルさんに捨てられたもう1つの家族のことを思う。
見ず知らずの家族のことなんか気にする必要も無いとは思うんだけど……。
……気にはなっちゃうよなぁ、やっぱりさ。
ニーナとターニアを捨てたのはガレルさんで、その事に俺が責任を感じる必要はないし、実際なんとも思っていない。
けれど俺がガレルさんと接触しなければ、ガレルさんの新しい家族が主人と父親を亡くすことは無かったかもしれない。
考えすぎかもしれないけれど、放置しておくのは気分が良くない。
でもガレルさんの家族と接触するのを、ニーナとターニアの2人に黙っているわけには絶対にいかない。
2人がもし拒絶するなら諦めるとして、まずは俺の考えを2人に聞いてもらおう。
「って思ってるんだけど……。ニーナ、ターニア。どうかなぁ?」
「……確かに、父親が突然失踪しちゃった家族は大変だよね……」
実感の篭った言葉を呟くニーナ。
ガレルさんが行方不明になって、ターニアと2人で待つしかなかった日々を思い起こしているのかな……。
「うん。私は別に気にしないかな? ダンが放っておけないのなら会いに行っても構わないの」
ニーナは自分の弟の存在も気にしていないようだ。
単純に、困っている人がいるなら助けたい、と思っているだけに見えるね。
「……私達がガレルと会ったから。どうしてもそういう風に思っちゃうよね、ダンさんは」
「悪いのはノーリッテとガレルさんだ。だから責任なんか感じてやるつもりはないけど……。多少は、ね」
「ダンさんを巻き込んでしまったのは私だし、あっちの人たちのことは私も別になんとも思ってないの。だからダンさんのしたいようにしていいよー」
……俺を気遣ってくれるターニアにこそ、少し後悔が滲んでいるように見えるけどなぁ。
なんにしても、ガレルさんの新しい家族と俺達は敵対しているわけでもない。ノーリッテに翻弄された被害者として、せめてどんな状況かくらいは確認すべきだろう。
突然商会のトップと一家の大黒柱を失ってしまって、きっと凄く混乱しているだろうから。
「我が侭な男でごめん。でももし気分が悪くなったら隠さないで教えてね。俺は見ず知らずの誰かよりも2人のほうがずっと大切なんだから」
「あはは。ダンが私と母さんを大切にしてくれてるように、私と母さんもダンのことが大切なのっ。だから貴方の好きなようにして欲しい。ダンは好きに生きていいんだからね」
謝ろうと下げた俺の頭を優しく抱きしめてくれるニーナ。
彼女の平らな胸から、ニーナの鼓動が伝わってくる。
俺の背中に抱きついてくれるターニアから、彼女の体温を感じられる。
2人の温もりを感じたおかげで、俺の中にあった罪悪感のような感情が融けていく。
やっぱり2人とも大好きだよ。
……大好きだから2人が感じている心の重さ、少しでも軽くしてあげたいんだ。
「んもーっ。相変わらずダンったら、誰のことも放っておけないんだからーっ」
「せっかくですので、今日はムーリに指導してあげようと思います。ターニアとの魔物狩りのおかげで、最近はかなり腕を上げているようですからね」
「いってらっしゃいダンさん。いつも通り好き勝手に不幸を蹴散らしちゃってくださいねーっ」
ターニアを連れて行かなきゃいけないので、今日は傾国の姫君はお休みだ。
ムーリとリーチェ、そしてヴァルゴがマグエルで留守番すると言ってくれた。
送り出してくれてありがとう3人とも。帰ってきたらいっぱいお礼させてね?
ニーナとターニアと一緒にポータルで転移し、ガレルさんの屋敷に到着する。
「特に変わった様子は無い、か」
屋敷の様子は、少なくとも外から見た分には変化を感じない。
マインドロードに支配された竜爵家の時と違って、屋敷の前には以前も見た門番の使用人が立っていた。
「あ、アンタ達はこの前の……」
門番は俺とターニアのことを覚えていたので、ガレルさんについて話があるので家族と会えないかと話をしてみる。
ガレルさんの捜索に行き詰っている彼らは藁にも縋りたいとのことで、ガレルさんの奥さんとは幸い直ぐに面会することが出来た。
「夫のことで話があると聞いたわ。何でもいいから教えてくれるかしら?」
俺達と会ってくれたのは、獣人族のレイシという女性だった。
鑑定したところ冒険者のようなので、彼女がニーナの弟の母親なのかもしれない。
……12歳になるというニーナの弟は、流石に同席しないようだ。
「突然お邪魔して済みません。初対面の俺達にいきなりこんなことを言われても、とても信じられないかもしれませんが……」
お互い初対面なので丁寧な対応と言葉遣いを心がけながら、ガレルさんとの関係をでっち上げていく。
俺達はガレルさんの古い知人という設定だ。
先日ターニアとお邪魔した時に偶然再会した、ステイルーク出身者同士ということにさせてもらった。
俺達は小金持ちで、数年振りに再会したガレルさんが運営するターナ商会と取引の予定があった。
なのにガレルさんが行方知れずになったと聞いて、取引の件も含めて話を聞きに来たと伝える。
疑われることも覚悟していたけれど、ガレルさんのステイルークに居た頃の話などをすると、思ったよりも簡単に信用してもらうことが出来た。
「うちと取引の予定があったんですか……。でも済みません。恐らくですがガレルはもう……。」
自分たちとの婚姻契約が失われていること。家族と組んでいたパーティ登録から脱退していたことを根拠に、ガレルさんが既に他界していると語るレイシさん。
かつてのニーナたちも、目の前のレイシさんも、ガレルさんが自分を捨てたなんて微塵も疑っていなかった。
ガレルさんが家族に注いでいた愛情は、紛れも無く本物だったんじゃないんだろうか。
……ガレルさん本人だけが、その愛情を信じることが出来なかっただけで……。
さて、悲しみに暮れているところ申し訳ないけれど、ガレルさんの家族と話をする上で避けては通れない話題にさっさと切り込んでしまおう。
「単刀直入に申し上げます。貴女達ターナ商会は、世に知られていないアウターを独占していますよね?」
「――――っ!」
俺の問いかけに、レイシさんに緊張が走る。
ガレルさんという商会の実質的運営者が死亡したタイミングで、商会の秘密が漏洩していた事実。
自分たちの将来に不安を抱くのも無理はないシチュエーションだろう。
「ご安心ください。その事は誰にも漏らしていませんし、今後も広めるつもりはありません。もし不安であればステータスプレートに宣誓しても構いませんよ」
「……え?」
……だけど、流石にね。
ニーナとも血の繋がっている相手を貶めるわけにはいかないさ。
「ガレルさんが不在なのは困りものですが……。俺達がターナ商会と取引したい気持ちは本当なんです。今度はこっちの都合を聞いてもらえませんか?」
「……うちの秘密を知った上での取引ですって……?」
俺の真意を探るように鋭い視線を送ってくるレイシさん。
今までアウターの占有によって莫大な利益を得ていたからこそ、ガレルさん不在という隙を突いてターナ商会の利益を横取りしようとしてこないのが信じられないのだろう。
「……そうね、まずはお話を聞かせて貰える? そうじゃないと何も判断できそうにないから」
いぶかしむような様子のレイシさんだけど、こちらが横暴な態度を取らなかったことで少し落ち着きを取り戻してくれた。
さてとここから俺の得意技、口からでまかせの出番だな。
間もなくスペルド王国はエルフ族、魔人族との交流を本格化し、ドワーフたちの本拠地であるクラメトーラに陸路が建設中であることも告げる。
各種族との交流と交易を前に、現在存在するアウターだけでは物資が不足する可能性があるため、ターナ商会の所有するアウターからの産出品を当てにしたい。
そんな感じで説明してみた。
「エルフとドワーフだけじゃなく、魔人族までが王国に……!?」
「ターナ商会の所有するアウターを解放しろとは言いません。アウターの占有は続けてもらっても構いません。ですが、今後スペルド王国の人口は増加の一途を辿ると予想されていて、ターナ商会のアウターを遊ばせておくのは非常に勿体無いんですよね」
つまりはアウターの占有は認めるけれど、ドロップアイテムは流して欲しいという話だ。
アウターを一般開放しないなら、せめてターナ商会の人たちが探索して得たドロップアイテムを王国に流通させて欲しいとお願いする。
その為の協力は惜しみませんと、職業浸透についても簡単に説明して、更にはマグエルで戦闘訓練を受けてもらう準備があることなどを伝えた。
「訓練中はマグエルにお住まいを用意してもいいんですが、ガレルさんから奥様の1人が冒険者であるとも伺っています。日帰りで訓練を受けに来てもらっても構いません」
「……私が冒険者であることまで夫は話したのね。夫は貴方たちのことを本当に信用していたってことか……」
「……最終的に俺達との取引は見送ってもらってもいい。ですが秘匿されたアウターの資源を遊ばせておくようなことはして欲しくないんですよ」
レイシさんの小さな呟きに少しバツが悪い。
鑑定とドリームスティーラーの記憶を覗いたから知ってるだけで、ガレルさん本人から伝えられたわけじゃないからね。
「……分かりました。貴方たちを信用します。具体的な話を聞かせてもらえる?」
だけど、その事実がレイシさんにとっては決め手だったのだろう。
俺の話を全面的に受け入れる判断をしてくれた。
ターナ商会によるアウターの占有と秘匿は今まで通り行い、一般公開はしないと約束する。
ターナ商会所有の奴隷たちと、ガレルさんの妻である5人の女性と1人息子にはマグエルで戦闘訓練を受けてもらって、インベントリの拡張と魔法使い職の獲得を目指してもらうことで話はまとまった。
ちなみに、アウターの情報を広めたくないターナ商会と、ドロップアイテムの流通量さえ増えれば利益は必要としない俺達が直接取引しても互いにメリットが無いので、俺達を介することなく今まで通り、ターナ商会の独自ルートでドロップアイテムを王国に卸してもらうことになった。
「……正直な話、商会の事は夫に任せっきりだったから、夫を喪った私達はこれからどうすべきか分からなかったわ。なので今回のお話はこちらとしても本当に助かりました」
「ガレルさんのことは残念でしたが……。皆さんのお力になれたのなら良かった」
「夫が遺してくれたターナ商会を守るために、私達にも出来る事があるんだって教えてくれて……。今日は本当にありがとう」
レイシさんは決意を秘めた目で俺達を見たあと、感謝の言葉を口にしてゆっくりと頭を下げてくれた。
レイシさんはマグエルに転移することが出来るそうなので、明日から早速トライラム教会に通い始めるそうだ。
教会関係者以外を訓練に参加させるのは初めてのはずだから、びっくりされないようにムーリと子供達に話を通しておかないとな。
これからよろしくお願いしますと握手を交わし、終始口を挟まなかったニーナとターニアを連れてマグエルに帰還した。
帰宅した俺は今回の話について、ニーナとターニアに思うところは無いのか改めて確認してみる。
「私は特に何も? あの人たちは私の家族でもなんでもないからね。相変わらずダンは口が上手いなぁって思ったくらいなの」
ニーナはいつも通りあっさりとしたものだった。興味が無いものにはトコトン興味を持たないニーナらしい感想だ。
……と思ったら、ニーナの言葉には続きがあった。
「弟にも会う気は無いの。だって父さんを殺したのは間違いなく私だから」
「ニーナ……」
「父さんを殺した事に後悔は無いけど……。それでも父親を殺した私が姉として振舞うなんて、流石に出来そうにないの」
恐らく俺に心配をかけないために、凛とした表情で弟との決別を宣言するニーナ。
ガレルさんを殺した事に後悔は無いと言いながら、それでも姉として振舞うわけにはいかないって……。
それって結局後悔してるってことじゃないのかな……?
ニーナに告げるべき言葉が思い浮かばず、彼女の想いを肯定するためにただ黙って抱きしめた。
「……レイシさんも、きっと他の家族も、本当にガレルのことを心から愛しているんだって伝わってきたの」
俺の腕の中のニーナの頭を優しく撫でながら、ターニアが静かに口を開く。
「ガレルが彼女達に注いだ愛情も、彼女達から注がれた愛情も本物だったはずなのに……。どうしてガレルだけが、それを信じることが出来なかったんだろうね……?」
ターニアは悲しそうに、ただニーナの頭を撫で続ける。
レイシさんだけじゃない。ニーナもターニアもガレルさんのことを心から信頼し、そして愛していた。
他ならぬ俺自身が、ガレルさんを愛していた2人のことを誰よりも深く知っている。
自分が最も望んでいたものを手に入れておきながら、どうしてもそれを受け入れられずに捨ててしまったガレルさん。
彼を思うと、何故だか少しノーリッテに重なるものを感じてしまう。
何も望むな、なにも欲しがるなと育てられ、この世界の何にも執着することが出来ずに暴れ回ったノーリッテ。
自分が何にも執着しないから他人の大切な物を理解できず、何を壊しても何を奪っても心が満たされることはなかった。
彼女と違って誰よりも家族を欲しながら、自分を孤児にした両親を恨み、トライラム教会の教えを否定し、ステイルークに拒絶されたことで、人を心から信用できなくなってしまったガレルさん。
他者を信じなくてもいいと嘯きながら、捨てられることを誰よりも恐れ、捨てられるくらいならと自分から全てを投げ捨ててしまった哀れな男。
ノーリッテは結局、誰かに興味を持ちたかっただけだった。
だから全力で俺達とぶつかったことで彼女は満足した。
……ガレルさんも、結局は誰かに愛して欲しかっただけなんだよなぁ。
だけど、彼はその想いから目を逸らしてしまった。
愛して欲しいという想いが、捨てられたくないという恐怖に摩り替わってしまったんだ。
「……ガレルさんだけが信じられなかったモノを、彼に捨てられた人達全員が持っているっていうのが悲しいね」
トライラム教会を否定しながらも、その教義に憧れたガレルさん。
だけどその事実を認めたくなくて悪ぶって、そして全てを取りこぼしてしまった。
「魔物に落ちたガレルさんにみんなの想いは届かないけれど……。ガレルさんがみんなに注いだ愛情が本物だったって事は、いつだって遺された家族が証明しているのにさぁ……」
ニーナと一緒に、ターニアのことも抱き締める。
絶対に2人を離すまいと、決意と覚悟を込めて抱き締める。
「ガレルさんが2人に注いだ愛情も本物だった。それは俺が断言するよ。ニーナもターニアも、ガレルさんから受け取ったものは否定しなくていいんだ」
この2人こそがガレルさんの愛情の証明に他ならない。
この2人がいて愛情を信じられなかったなんて、それこそ信じられないよガレルさん……。
「ガレルさんはニーナとターニアのことを愛しすぎて、2人に愛されすぎたことで怖くなってしまったんだろうね。幸せすぎて怖く感じる経験は、俺にもあるから……」
「いつも本心から目を逸らしてきたガレルには、その愛情を受け止める度量が足りてなかったんだねぇ。人を利用して生きてきたせいで、無償の愛を信じれなくなったのだとしたら……。やっぱりガレルは自業自得だと思うの」
他人を裏切り利用し続けてきたせいで、自分の想いすら裏切ってしまったっていうことなのかな?
他人に向き合わないってことは、自分とも向き合わないって事に繋がっちゃうんだろうか。
……今のターニアの言葉、聞き流すわけにはいかないね。
「ダンは怖がっても苦しんでも、それでも絶対に自分の想いだけは裏切らなかったもんね。それどころか他のみんなが関係ないよって言ってることすら、ダンだけがずっと目を逸らせなかった」
ニーナも俺の背中に腕を回して抱きついてきてくれる。
ニーナから伝わる体温と鼓動に心から安心する。
「……本当にダンと父さんは正反対だよ。1番大切なところで父さんとダンは真逆だったの」
悲しげに呟いたニーナは、そのまま俺の胸に顔を埋めてしまった。
そんなニーナの悲しみを少しでも和らげたくて、彼女を抱き締める両腕に力を込めた。
……だけどニーナ。俺は裏切らなかったんじゃなくて、裏切れなかっただけなんだよ。
俺の生きる理由はニーナだけだったから。
俺が自分を裏切るということは、ニーナを裏切る事になってしまうから。
……ってそうか。正にターニアが言ったように、ニーナと向き合うことこそが俺自身と向き合うことだったのかな。
俺の内面がこんなに可愛いわけはないけど、悩んでも迷ってもニーナさえ抱きしめていれば、俺はきっと間違えない。
俺が抱きしめる女性はニーナだけじゃなくなっちゃったけど……。
ガレルさんのようにならないためにも、1人だって手放すわけにはいかないなぁ。
元気良く手を振るフラッタが、ラトリアとエマと3人でポータルに消えていった。
今日はシルヴァの当主就任お披露目パーティが開催される日だ。
なのでヴァルハール組の3人はパーティの主催者として、今日は1日ヴァルハールで過ごすそうだ。
お互い寂しくないように、昨夜は3人と夜通し肌を重ね続けてしまったよ。
「フラッタ、とっても嬉しそうだったのーっ」
「ラトリアとエマも心なしかソワソワしてたね。彼女たちのあんな姿が見れて、本当に良かったと思うよ」
ヴァルハール組を見送ったあと、ニーナとリーチェがニコニコと談笑している。
今日はシルヴァの晴れの舞台だけれど、俺達家族がすることは何も無い。なのでマグエルでお留守番だ。
明日は身内向けのパーティと、ゴルディアさんの弔いが行われる予定で、パーティには全員で、弔いにはヴァルハール組と俺が参加する予定だ。
「さぁてダン、今日は何をするのー?」
「そうだねぇ……」
首を傾げながら俺の顔を覗き込んでくるニーナ。可愛い。
こんな可愛い娘を捨てて、ガレルさんは逝ってしまったんだよなぁ……。いや、捨てたのはニーナだけじゃなくて……。
今日1日、自由な時間になったこと。
そして明日がゴルディアさんの弔いという事で、俺はガレルさんの残された家族について考えてしまった。
ターニアの話によると、ガレルさんの新しい家族はガレルさんの死を知らず、失踪したガレルさんを心から心配しているらしい。
「ダンー? 何を考えてるのー? あんまり1人で悩んじゃダメなのーっ」
「ん、悩みって言うか……。今考えをまとめてるから、ちょっとだけ待っててくれる?」
心配してくれるニーナを抱きしめて、ニーナと同じようにガレルさんに捨てられたもう1つの家族のことを思う。
見ず知らずの家族のことなんか気にする必要も無いとは思うんだけど……。
……気にはなっちゃうよなぁ、やっぱりさ。
ニーナとターニアを捨てたのはガレルさんで、その事に俺が責任を感じる必要はないし、実際なんとも思っていない。
けれど俺がガレルさんと接触しなければ、ガレルさんの新しい家族が主人と父親を亡くすことは無かったかもしれない。
考えすぎかもしれないけれど、放置しておくのは気分が良くない。
でもガレルさんの家族と接触するのを、ニーナとターニアの2人に黙っているわけには絶対にいかない。
2人がもし拒絶するなら諦めるとして、まずは俺の考えを2人に聞いてもらおう。
「って思ってるんだけど……。ニーナ、ターニア。どうかなぁ?」
「……確かに、父親が突然失踪しちゃった家族は大変だよね……」
実感の篭った言葉を呟くニーナ。
ガレルさんが行方不明になって、ターニアと2人で待つしかなかった日々を思い起こしているのかな……。
「うん。私は別に気にしないかな? ダンが放っておけないのなら会いに行っても構わないの」
ニーナは自分の弟の存在も気にしていないようだ。
単純に、困っている人がいるなら助けたい、と思っているだけに見えるね。
「……私達がガレルと会ったから。どうしてもそういう風に思っちゃうよね、ダンさんは」
「悪いのはノーリッテとガレルさんだ。だから責任なんか感じてやるつもりはないけど……。多少は、ね」
「ダンさんを巻き込んでしまったのは私だし、あっちの人たちのことは私も別になんとも思ってないの。だからダンさんのしたいようにしていいよー」
……俺を気遣ってくれるターニアにこそ、少し後悔が滲んでいるように見えるけどなぁ。
なんにしても、ガレルさんの新しい家族と俺達は敵対しているわけでもない。ノーリッテに翻弄された被害者として、せめてどんな状況かくらいは確認すべきだろう。
突然商会のトップと一家の大黒柱を失ってしまって、きっと凄く混乱しているだろうから。
「我が侭な男でごめん。でももし気分が悪くなったら隠さないで教えてね。俺は見ず知らずの誰かよりも2人のほうがずっと大切なんだから」
「あはは。ダンが私と母さんを大切にしてくれてるように、私と母さんもダンのことが大切なのっ。だから貴方の好きなようにして欲しい。ダンは好きに生きていいんだからね」
謝ろうと下げた俺の頭を優しく抱きしめてくれるニーナ。
彼女の平らな胸から、ニーナの鼓動が伝わってくる。
俺の背中に抱きついてくれるターニアから、彼女の体温を感じられる。
2人の温もりを感じたおかげで、俺の中にあった罪悪感のような感情が融けていく。
やっぱり2人とも大好きだよ。
……大好きだから2人が感じている心の重さ、少しでも軽くしてあげたいんだ。
「んもーっ。相変わらずダンったら、誰のことも放っておけないんだからーっ」
「せっかくですので、今日はムーリに指導してあげようと思います。ターニアとの魔物狩りのおかげで、最近はかなり腕を上げているようですからね」
「いってらっしゃいダンさん。いつも通り好き勝手に不幸を蹴散らしちゃってくださいねーっ」
ターニアを連れて行かなきゃいけないので、今日は傾国の姫君はお休みだ。
ムーリとリーチェ、そしてヴァルゴがマグエルで留守番すると言ってくれた。
送り出してくれてありがとう3人とも。帰ってきたらいっぱいお礼させてね?
ニーナとターニアと一緒にポータルで転移し、ガレルさんの屋敷に到着する。
「特に変わった様子は無い、か」
屋敷の様子は、少なくとも外から見た分には変化を感じない。
マインドロードに支配された竜爵家の時と違って、屋敷の前には以前も見た門番の使用人が立っていた。
「あ、アンタ達はこの前の……」
門番は俺とターニアのことを覚えていたので、ガレルさんについて話があるので家族と会えないかと話をしてみる。
ガレルさんの捜索に行き詰っている彼らは藁にも縋りたいとのことで、ガレルさんの奥さんとは幸い直ぐに面会することが出来た。
「夫のことで話があると聞いたわ。何でもいいから教えてくれるかしら?」
俺達と会ってくれたのは、獣人族のレイシという女性だった。
鑑定したところ冒険者のようなので、彼女がニーナの弟の母親なのかもしれない。
……12歳になるというニーナの弟は、流石に同席しないようだ。
「突然お邪魔して済みません。初対面の俺達にいきなりこんなことを言われても、とても信じられないかもしれませんが……」
お互い初対面なので丁寧な対応と言葉遣いを心がけながら、ガレルさんとの関係をでっち上げていく。
俺達はガレルさんの古い知人という設定だ。
先日ターニアとお邪魔した時に偶然再会した、ステイルーク出身者同士ということにさせてもらった。
俺達は小金持ちで、数年振りに再会したガレルさんが運営するターナ商会と取引の予定があった。
なのにガレルさんが行方知れずになったと聞いて、取引の件も含めて話を聞きに来たと伝える。
疑われることも覚悟していたけれど、ガレルさんのステイルークに居た頃の話などをすると、思ったよりも簡単に信用してもらうことが出来た。
「うちと取引の予定があったんですか……。でも済みません。恐らくですがガレルはもう……。」
自分たちとの婚姻契約が失われていること。家族と組んでいたパーティ登録から脱退していたことを根拠に、ガレルさんが既に他界していると語るレイシさん。
かつてのニーナたちも、目の前のレイシさんも、ガレルさんが自分を捨てたなんて微塵も疑っていなかった。
ガレルさんが家族に注いでいた愛情は、紛れも無く本物だったんじゃないんだろうか。
……ガレルさん本人だけが、その愛情を信じることが出来なかっただけで……。
さて、悲しみに暮れているところ申し訳ないけれど、ガレルさんの家族と話をする上で避けては通れない話題にさっさと切り込んでしまおう。
「単刀直入に申し上げます。貴女達ターナ商会は、世に知られていないアウターを独占していますよね?」
「――――っ!」
俺の問いかけに、レイシさんに緊張が走る。
ガレルさんという商会の実質的運営者が死亡したタイミングで、商会の秘密が漏洩していた事実。
自分たちの将来に不安を抱くのも無理はないシチュエーションだろう。
「ご安心ください。その事は誰にも漏らしていませんし、今後も広めるつもりはありません。もし不安であればステータスプレートに宣誓しても構いませんよ」
「……え?」
……だけど、流石にね。
ニーナとも血の繋がっている相手を貶めるわけにはいかないさ。
「ガレルさんが不在なのは困りものですが……。俺達がターナ商会と取引したい気持ちは本当なんです。今度はこっちの都合を聞いてもらえませんか?」
「……うちの秘密を知った上での取引ですって……?」
俺の真意を探るように鋭い視線を送ってくるレイシさん。
今までアウターの占有によって莫大な利益を得ていたからこそ、ガレルさん不在という隙を突いてターナ商会の利益を横取りしようとしてこないのが信じられないのだろう。
「……そうね、まずはお話を聞かせて貰える? そうじゃないと何も判断できそうにないから」
いぶかしむような様子のレイシさんだけど、こちらが横暴な態度を取らなかったことで少し落ち着きを取り戻してくれた。
さてとここから俺の得意技、口からでまかせの出番だな。
間もなくスペルド王国はエルフ族、魔人族との交流を本格化し、ドワーフたちの本拠地であるクラメトーラに陸路が建設中であることも告げる。
各種族との交流と交易を前に、現在存在するアウターだけでは物資が不足する可能性があるため、ターナ商会の所有するアウターからの産出品を当てにしたい。
そんな感じで説明してみた。
「エルフとドワーフだけじゃなく、魔人族までが王国に……!?」
「ターナ商会の所有するアウターを解放しろとは言いません。アウターの占有は続けてもらっても構いません。ですが、今後スペルド王国の人口は増加の一途を辿ると予想されていて、ターナ商会のアウターを遊ばせておくのは非常に勿体無いんですよね」
つまりはアウターの占有は認めるけれど、ドロップアイテムは流して欲しいという話だ。
アウターを一般開放しないなら、せめてターナ商会の人たちが探索して得たドロップアイテムを王国に流通させて欲しいとお願いする。
その為の協力は惜しみませんと、職業浸透についても簡単に説明して、更にはマグエルで戦闘訓練を受けてもらう準備があることなどを伝えた。
「訓練中はマグエルにお住まいを用意してもいいんですが、ガレルさんから奥様の1人が冒険者であるとも伺っています。日帰りで訓練を受けに来てもらっても構いません」
「……私が冒険者であることまで夫は話したのね。夫は貴方たちのことを本当に信用していたってことか……」
「……最終的に俺達との取引は見送ってもらってもいい。ですが秘匿されたアウターの資源を遊ばせておくようなことはして欲しくないんですよ」
レイシさんの小さな呟きに少しバツが悪い。
鑑定とドリームスティーラーの記憶を覗いたから知ってるだけで、ガレルさん本人から伝えられたわけじゃないからね。
「……分かりました。貴方たちを信用します。具体的な話を聞かせてもらえる?」
だけど、その事実がレイシさんにとっては決め手だったのだろう。
俺の話を全面的に受け入れる判断をしてくれた。
ターナ商会によるアウターの占有と秘匿は今まで通り行い、一般公開はしないと約束する。
ターナ商会所有の奴隷たちと、ガレルさんの妻である5人の女性と1人息子にはマグエルで戦闘訓練を受けてもらって、インベントリの拡張と魔法使い職の獲得を目指してもらうことで話はまとまった。
ちなみに、アウターの情報を広めたくないターナ商会と、ドロップアイテムの流通量さえ増えれば利益は必要としない俺達が直接取引しても互いにメリットが無いので、俺達を介することなく今まで通り、ターナ商会の独自ルートでドロップアイテムを王国に卸してもらうことになった。
「……正直な話、商会の事は夫に任せっきりだったから、夫を喪った私達はこれからどうすべきか分からなかったわ。なので今回のお話はこちらとしても本当に助かりました」
「ガレルさんのことは残念でしたが……。皆さんのお力になれたのなら良かった」
「夫が遺してくれたターナ商会を守るために、私達にも出来る事があるんだって教えてくれて……。今日は本当にありがとう」
レイシさんは決意を秘めた目で俺達を見たあと、感謝の言葉を口にしてゆっくりと頭を下げてくれた。
レイシさんはマグエルに転移することが出来るそうなので、明日から早速トライラム教会に通い始めるそうだ。
教会関係者以外を訓練に参加させるのは初めてのはずだから、びっくりされないようにムーリと子供達に話を通しておかないとな。
これからよろしくお願いしますと握手を交わし、終始口を挟まなかったニーナとターニアを連れてマグエルに帰還した。
帰宅した俺は今回の話について、ニーナとターニアに思うところは無いのか改めて確認してみる。
「私は特に何も? あの人たちは私の家族でもなんでもないからね。相変わらずダンは口が上手いなぁって思ったくらいなの」
ニーナはいつも通りあっさりとしたものだった。興味が無いものにはトコトン興味を持たないニーナらしい感想だ。
……と思ったら、ニーナの言葉には続きがあった。
「弟にも会う気は無いの。だって父さんを殺したのは間違いなく私だから」
「ニーナ……」
「父さんを殺した事に後悔は無いけど……。それでも父親を殺した私が姉として振舞うなんて、流石に出来そうにないの」
恐らく俺に心配をかけないために、凛とした表情で弟との決別を宣言するニーナ。
ガレルさんを殺した事に後悔は無いと言いながら、それでも姉として振舞うわけにはいかないって……。
それって結局後悔してるってことじゃないのかな……?
ニーナに告げるべき言葉が思い浮かばず、彼女の想いを肯定するためにただ黙って抱きしめた。
「……レイシさんも、きっと他の家族も、本当にガレルのことを心から愛しているんだって伝わってきたの」
俺の腕の中のニーナの頭を優しく撫でながら、ターニアが静かに口を開く。
「ガレルが彼女達に注いだ愛情も、彼女達から注がれた愛情も本物だったはずなのに……。どうしてガレルだけが、それを信じることが出来なかったんだろうね……?」
ターニアは悲しそうに、ただニーナの頭を撫で続ける。
レイシさんだけじゃない。ニーナもターニアもガレルさんのことを心から信頼し、そして愛していた。
他ならぬ俺自身が、ガレルさんを愛していた2人のことを誰よりも深く知っている。
自分が最も望んでいたものを手に入れておきながら、どうしてもそれを受け入れられずに捨ててしまったガレルさん。
彼を思うと、何故だか少しノーリッテに重なるものを感じてしまう。
何も望むな、なにも欲しがるなと育てられ、この世界の何にも執着することが出来ずに暴れ回ったノーリッテ。
自分が何にも執着しないから他人の大切な物を理解できず、何を壊しても何を奪っても心が満たされることはなかった。
彼女と違って誰よりも家族を欲しながら、自分を孤児にした両親を恨み、トライラム教会の教えを否定し、ステイルークに拒絶されたことで、人を心から信用できなくなってしまったガレルさん。
他者を信じなくてもいいと嘯きながら、捨てられることを誰よりも恐れ、捨てられるくらいならと自分から全てを投げ捨ててしまった哀れな男。
ノーリッテは結局、誰かに興味を持ちたかっただけだった。
だから全力で俺達とぶつかったことで彼女は満足した。
……ガレルさんも、結局は誰かに愛して欲しかっただけなんだよなぁ。
だけど、彼はその想いから目を逸らしてしまった。
愛して欲しいという想いが、捨てられたくないという恐怖に摩り替わってしまったんだ。
「……ガレルさんだけが信じられなかったモノを、彼に捨てられた人達全員が持っているっていうのが悲しいね」
トライラム教会を否定しながらも、その教義に憧れたガレルさん。
だけどその事実を認めたくなくて悪ぶって、そして全てを取りこぼしてしまった。
「魔物に落ちたガレルさんにみんなの想いは届かないけれど……。ガレルさんがみんなに注いだ愛情が本物だったって事は、いつだって遺された家族が証明しているのにさぁ……」
ニーナと一緒に、ターニアのことも抱き締める。
絶対に2人を離すまいと、決意と覚悟を込めて抱き締める。
「ガレルさんが2人に注いだ愛情も本物だった。それは俺が断言するよ。ニーナもターニアも、ガレルさんから受け取ったものは否定しなくていいんだ」
この2人こそがガレルさんの愛情の証明に他ならない。
この2人がいて愛情を信じられなかったなんて、それこそ信じられないよガレルさん……。
「ガレルさんはニーナとターニアのことを愛しすぎて、2人に愛されすぎたことで怖くなってしまったんだろうね。幸せすぎて怖く感じる経験は、俺にもあるから……」
「いつも本心から目を逸らしてきたガレルには、その愛情を受け止める度量が足りてなかったんだねぇ。人を利用して生きてきたせいで、無償の愛を信じれなくなったのだとしたら……。やっぱりガレルは自業自得だと思うの」
他人を裏切り利用し続けてきたせいで、自分の想いすら裏切ってしまったっていうことなのかな?
他人に向き合わないってことは、自分とも向き合わないって事に繋がっちゃうんだろうか。
……今のターニアの言葉、聞き流すわけにはいかないね。
「ダンは怖がっても苦しんでも、それでも絶対に自分の想いだけは裏切らなかったもんね。それどころか他のみんなが関係ないよって言ってることすら、ダンだけがずっと目を逸らせなかった」
ニーナも俺の背中に腕を回して抱きついてきてくれる。
ニーナから伝わる体温と鼓動に心から安心する。
「……本当にダンと父さんは正反対だよ。1番大切なところで父さんとダンは真逆だったの」
悲しげに呟いたニーナは、そのまま俺の胸に顔を埋めてしまった。
そんなニーナの悲しみを少しでも和らげたくて、彼女を抱き締める両腕に力を込めた。
……だけどニーナ。俺は裏切らなかったんじゃなくて、裏切れなかっただけなんだよ。
俺の生きる理由はニーナだけだったから。
俺が自分を裏切るということは、ニーナを裏切る事になってしまうから。
……ってそうか。正にターニアが言ったように、ニーナと向き合うことこそが俺自身と向き合うことだったのかな。
俺の内面がこんなに可愛いわけはないけど、悩んでも迷ってもニーナさえ抱きしめていれば、俺はきっと間違えない。
俺が抱きしめる女性はニーナだけじゃなくなっちゃったけど……。
ガレルさんのようにならないためにも、1人だって手放すわけにはいかないなぁ。
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