異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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5章 王国に潜む悪意3 世界を呪う者

346 滅亡の危機 (改)

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 ベッドでまったり寛いで小一時間も経った頃、家の前に生体反応が現れた。

 恐らく用事を済ませたガルシアさんが玄関先に戻ってきたのだろう。


 リーチェを見ると小さく頷いてくれた。そしてすぐに玄関先と音を繋げてくれる。

 しかし客間のベッドに寝転がったまま、嫁と密着しながら来客の対応をするとか舐めすぎだな俺。気持ちいいからやめませんけどぉ?


「まずは報告してくれる? ぼくの要望は叶えてくれたのかな?」

「ちゃんとマギーにもエルフェリアにも、言われた通りのことを伝えてきましたよっ……!」


 挨拶もそこそこに、ガルシアさんの報告を聞くリーチェ。

 そんなリーチェに、まるで吐き捨てるかのような乱暴な報告をしてくるガルシアさん。


「エルフェリア側はスペルディアに対して憤慨してましたね。マギーは伝言を聞いて取り乱しちまったんで……、無理やり眠ってもらいました」

「ふーん、そりゃ大変だったね。お疲れ様」

「ふーんて……、おまっ……、それだけっ…………、くそぉっ!!」


 いや、確かに王女の代わりに嫌な役回りをさせられてイラつくのは分かるけど、それで俺にキレられても困るよ? 今回の件は全面的に王女が悪いんだし。

 ふーっ、ふーっ、と憤るガルシアさんが乱れた呼吸を整えるまで、また少し時間がかかった。


「そんで? 結局俺達はどうすりゃいいわけよ? もう下らない事に巻き込まれるのはごめんなんだけど?」

「……エルフェリア側には改めて話を通してっから、直接中央に飛んで長と謁見できるよう手配しておいた。そこまでは俺達も同行させてもらう。護衛も兼ねてな」

「さっきお宅のパーティメンバーに暗殺されかけたのに、よくもまぁ護衛なんて口に出来たね? ま、ガルシアさんに言っても仕方ないんだけどさ」


 さて、とりあえずようやく話が進みそうだから動こうか。

 俺達はメナスよりもエルフェリア家の方に用事があると言っても過言じゃないし、そこに直接取り次いでもらえたのは素直にありがたい。


 のそのそと客室から出て、みんなで玄関先に出る。

 そこには王女以外の断魔の煌きのメンバーが揃っていて、その全員が怒りに満ちた目で俺を睨んできていた。


 そんな全員を無視して話を進める。


「断魔の煌きのポータルで移動するわけ? なら俺の主催するアライアンスに一時加入してもらおうかな。向こうに着いたらすぐ脱退していいよ」


 相手には伝わらない程度の小さな嫌がらせとして、クリミナルワークスに加入させてみる。


「虚ろな経路。点と線。見えざる流れ。空と実。求めし彼方へ繋いで到れ。ポータル。……それじゃさっさと転移してくれ。テメェのアライアンスなんざ一刻も早く脱退してぇからよ」


 すっかりガルシアさんに嫌われちゃったなぁ。でも言い返さずにとっとと転移する。


 ガルシアさんの開いたポータルの転移先には、凄まじい大きさの巨木が立っていた。

 魔人族の集落と同じで、木の中を加工することで住居として利用しているようだ。


 森と共に生きるエルフ族。

 その生活の場は木の中に作られてるのかぁ。ちょっと面白いな。


「キョロキョロしてねぇでついて来い。逸れたら迎えにゃ来ねぇぞ」


 ……俺が逸れて困るのはエルフェリアの方だとは思うけどなぁ。

 言っちゃ悪いけど、さっきから自分たちがしたことを棚に上げすぎだよこの人たち。


「「「…………」」」


 ん~、しかしちょっと良くないなぁ。

 ガルシアさんに邪険に扱われてもどうでも良いんだけど、俺の扱いにみんながイライラし出してるのを感じる。


 ここはなるべく素直に言うことを聞いて、さっさと用件済ませちゃうに限るな。


 巨木の中をガルシアさんの案内で進んでいく。

 迷わず進んでいくなぁ。断魔の煌きはエルフェリアにも来たことあるのかね?


 って、今回先行してエルフ族を唆してたんだから、エルフェリア内を案内できてもなんら不思議は無いか。


 数分間黙ってついていくと、ダンスでも踊れそうな巨大なホールに通された。木の中にいるとはとても思えない。

 こういう加工が得意な点も、マジックアイテムの生産に活きているのかな?


 ホールの外側には武装したエルフ族がずらりと並んでいて、ホールの中央には年老いたエルフが数名立っていた。


 横目でリーチェの反応を窺うけど特に反応が無いな。リーチェってお姫様だって話だし、王様が父親なんじゃないのか?

 エルフェリア精霊国の建国の際に、王様は違う人物に任されたとかあるのかな?


 ガルシアさんに続いてホールの中央まで進み、年老いたエルフたちと対面する。

 リーチェも老エルフたちにも全く反応が見られない。


 両者の反応をいぶかしんでいる俺の前で、老エルフの1人が1歩前に歩み出た。


「仕合わせの暴君だったね。私はライオネル。現在このエルフェリアの地で長を務めさせてもらっている」


 長? 王じゃないのか?


 ライオネルと名乗った男性エルフは、年老いてはいるけれど、かつて美形であった事が想像出来る程度には整った顔立ちをしている。

 物腰も柔らかく、さっき俺達を連行しようとしたエルフと同じ種族だとは思えないくらいだ。


 さて。相手が名乗ったんだから、俺も名乗りを返さなければ。


「仕合わせの暴君のダンだ。さっき俺達を迎えにきたエルフとアンタは、随分と態度が違うようだね?」


 相手の出方を見る目的でちょっと牽制してみる。

 しかしライオネルは俺の牽制には反応せず、それどころか俺に向かって深々と頭を下げた。


「……申し訳無い。いくらスペルディアのペテン師に唆されたとは言え、エルフたる者が軽率な行為に及んでしまったようだ。エルフ族を代表して謝罪しよう。済まなかった」


 王女に対しては憎しみに近いほどの怒りを滲ませながら、その怒りを一瞬で引っ込めて謝罪の言葉を口にするライオネル。

 連行とか言ってたから長から指示が飛んでたんだと思うけど、ライオネルの態度は演技にも見えないな?


 ライオネルの言葉にスペルディア家への強い怒りを感じ取った断魔の煌きの面々は、音も立てずに静かに下がっていった。


「皆さんが怒るのも仕方ないが、今は状況が切迫していてね。状況を説明させていただいても?」

「いいよ。エルフェリアの事は聞かなきゃ分からないから」

「うむ。こうしてエルフェリアに足を運んでくださっている時点で、既に話は聞いていると思うが……」


 ライオネルに説明を受けるも、新しい情報は特に無かった。

 突然人間族の女性に襲撃を受けて、沢山の犠牲者が出てしまった。しかし襲撃犯は更なる虐殺を予告し、それを止めたければ俺達に連絡を取れと言ってきたと。


「アウターエフェクトをばら撒かれたりしたらエルフェリアは終わりさ。きっと何の抵抗も出来ずに滅亡を迎えてしまうだろう」

「……長命なエルフ族でも、アウターエフェクトに対抗出来ないのか」

「……襲撃者の指示に従うのは癪だが、同胞の命には代えられない。どうかエルフェリアを助けてはもらえないだろうか?」


 思った以上に友好的なライオネルの態度に、逆に面食らってしまう。

 周囲のエルフ族もそんなライオネルの態度に不満を持っている様子は見られないし……、どうなってるんだ?


「……エルフェリアを助けられるかは分からないけど、襲撃者のご指名は俺達みたいだからね。少なくとも襲撃者のところには足を運ばせてもらうさ」

「ありがとう……。皆さんの協力に世界樹の祝福があらん事を……」


 まぁいい。友好的な態度で来るならぶっ込んでいこう。


「それでだ。報酬ってわけじゃないけど、エルフ族に1つお願いがあるんだよ。聞いてもらえるかな?」

「構わないよ。正式に報酬を約束してもいい。エルフ族だけではどうしようも出来ない事態だからね。可能な限りは便宜を図らせてもらうさ。言ってみなさい」


 話に聞いていたエルフ像とは全く重ならないライオネルの振る舞いと態度に、逆に警戒感を持ってしまうな。

 ティムルを始めみんなも驚いているみたいだし、リーチェすらライオネルの態度に意外そうな表情を浮かべているじゃないか。


 1度息を吐いて覚悟を決める。

 ここがリーチェとリュートを解放する正念場だ。気合入れろよ!


「単刀直入に言おう。リーチェがステータスプレートに誓っている3つの誓約。その全ての破棄を認めて欲しい。それがこっちの条件だ。エルフ族の言い分もあるか……」

「構わんよ。誓約の破棄を認めよう」

「「「――――え?」」」


 俺とリーチェ、そしてティムルの声が重なった。


 今、ライオネルはなんて言った?

 誓約の破棄を、認める? そう言ったのか?


 なんで……、なんでそんなにもあっさりと破棄を認めちまうんだ……?

 その誓約のせいでリーチェは、454年間もたった独りで過ごす事になったっていうのに……!


「……私の返答が随分と意外だったようだね?」


 相当な難航を予想していたところにあっさりと破棄を認めたライオネルの態度が衝撃的過ぎて、せっかく誓約破棄を認めてもらったっていうのに二の句が継げない。

 そんな俺達に静かに語りかけてくるライオネル。


「驚くのも無理も無い。エルフ族というのは傲慢で偏屈で見栄っ張りな種族であるというのが世界の常識だろうからね」


 ライオネルは吐き捨てるようにエルフ族の評判を口にする。

 なんだ? まるで今は違うとでも言いたげなその言い草は……?


「未だにエルフ族を選ばれた種族だと思っている者もいる事はいるが……、そんな者は既に少数派なんだよ」


 俺の表情から疑問を読み取ったらライオネルは、どこか遠くを見詰めながら呆れ気味に自嘲する。


「今を生きる多くのエルフにとって、エルフ族というのはどの種族よりも劣った種であるという認識が広まっているのさ。勿論私もそう思っているよ」

「馬鹿なっ、そんな馬鹿なことがあるわけないよっ!?」


 ライオネルの言葉に、そんなことはありえないとリーチェが吼える。


「だって、たった450年……、エルフにとっては平均寿命の半分にも満たない歳月なんだよ!? たったそれだけの時間で、どうしてエルフ族全体の意識がそこまで反転するっていうのさっ!?」


 たった450年。

 100年しか生きられない人間からすると凄まじい年月に感じるけど、1000年を生きるエルフ族にとっては確かに短い時間に感じられるのかもしれない。


 他の種族で例えるなら、たった50年前後で人間社会の常識が変わってしまった、みたいな感じなのかもしれないな。


「……ここではリーチェ、と呼ばせて貰うよ。君の誓約はまだ生きているからね」


 リーチェと呼ばせて貰う、か。

 つまり間違いなくライオネルはリーチェの誓約を知っているということになる。


 リーチェの誓約を知っていて、その上で破棄しても構わないと言っているのだ。


「リーチェ。450年以上もの間エルフェリアの地を訪れていない君には想像できないと思うけれど、この地に定住したエルフ族はずっと、ある問題に悩まされてきたんだよ」

「……ある問題って、なに? 全エルフに請われて誓った誓約以上に深刻な問題って、なんなのさっ!?」


 俺の代わりにライオネルを問い詰めるリーチェ。


 エルフ族の沽券に関わるリーチェの誓約。

 それすらどうでもいいと思えるような問題って……、エルフ族にいったい何が起きているんだ?


「……出生率さ。リーチェだって知っているだろう? エルフとは長命と引き換えに繁殖能力が退化してしまった種族であると」


 ライオネルが告げた問題とは、エルフの出生率の低さ。

 でもエルフの子供が生まれにくいなんて俺ですら知ってる常識だぞ? なんで今更そんなことで?


「出生率だって!? そんなのぼくがアルフェッカに居た頃から言われていたことじゃないか! それがなんで……!」

「実はここ400年近く、新たなエルフは生まれていないんだよリーチェ」

「……え?」

「454年前に君がエルフェリアを追放された後に生まれたエルフは、わずか3名しかいないんだ。出生率は低いなんてものじゃない。最早皆無なのさ」

「皆、無……」


 ライオネルから告げられた事実に場が凍りつく。


 リーチェが孤独だった450年で、たった3人しか新生児が生まれていない……?

 400年間では、ただの1人すら……!?


 エルフ族が子供が生まれにくい種族だというのは、この世界の共通認識として誰でも知っている知識だけど……。

 その実情は想像を遥かに超えて、メナスの襲撃なんかよりもずっとリアルに、エルフ族に滅亡の危機を齎していたんだ……!


「いくらエルフ族が長命と言っても、毎年のように寿命を迎える者は現れる。新しい命が生まれなければ長命さなど何の意味も無かろうよ」


 ライオネルは達観した態度で自らの長命さを嘲る。

 周囲に目を向けると、この場のエルフたちはみなライオネルと同じ、諦めきった表情をしている。


「そんな中で今回の襲撃だ。リーチェより年下の3人を含む、比較的年若く動ける者たちが大量に……、殆ど全て殺されてしまった。もうエルフ族の滅亡は止められないだろう」

「たとえメナスを排除できても、エルフの滅亡は止められない……?」

「分かったかい? 種が滅亡するという時にリーチェの誓約など、最早どうでもいいというわけさ」

「どうでも……! どうでもいい、だと……!?」

「リーチェ本人の前でこんなことを口にするのはあまりにも失礼だとは分かってはいるが……。種族滅亡の前には、やはりどうでもいい問題だよ」


 ライオネルの言葉に、ギリリと自分の奥歯が軋む音がした。


 454年間、たった独りで、しかも別人として生きてきたリーチェ。

 その孤独に過ごした時間が、どうでもいいもののはずなんかないだろうがっ……!!


 だけどどれだけ憤っても意味が無い。

 種族の滅亡という大問題の前には、種族の矜持や見栄など確かにどうでもいいことなんだろう。


 だけど、くっそぉ……!

 誓約の破棄が出来て嬉しいはずなのに、どうしても納得がいかない……!


 こんなにあっさりと捨て去れるものなら、何でもっと早くリーチェの誓約を破棄してやらなかったんだっ!!


「今生きているエルフの中では、リーチェが最年少のエルフということになる。種族全体で最も年若いリーチェを、滅びゆくエルフ族が縛り続けるのは忍びないからね。好きに生きなさい」

「好きに……、好きに生きろだって……? 今更、今更エルフ族がぼくに好きに生きろって……、馬鹿にするのもいい加減にしてくれっ!!」


 自由。好きに生きる。

 他人として縛られ、他人として振舞うしかなかった彼女がきっと1番求めていた言葉。


 彼女はそれをようやく得られたのだ。

 最悪の形でもって。


「ぼくに誓約を誓わせた人たちはどうなったんだよ!? 当時の長は天寿を全うしたにしても、それでも当時ぼくに誓約を強要した者は生きているはずだっ!!」


 ずっと目指してきたリーチェの解放。

 それがこんな形で叶ってしまった事にリーチェも激しく憤る。


 達観したライオネルなどではなく、かつての当事者はどこだと叫ぶリーチェ。


「ぼくの両親は……、父さんと母さんはいったいどうしているんだよぉっ!!」

「……他界したよ。当時君に誓約を強要した者の多くは、もうこの世にいないんだよリーチェ」

「――――え?」


 感情を爆発させていたリーチェに、またも衝撃的な事実が告げられる。


 ……なんなんだよ、いったいなんなんだよこれはぁっ!!

 エルフの里に来れば、リーチェの誓約を失効すれば幸せになれるって思ってたのに……!


 この世界はいったい、どこまでリーチェを弄んだら気が済むんだよっ…………!!


「他界……? 死ん、だの? 父さんも……、母さんも……?」

「……リーチェが出ていってから、子供が全く生まれなくなった。その数ははっきりと数字に表れており、当時建国の英雄譚に関わっていた者たちは強く糾弾される事になったんだ」


 泣きそうな声で問いかけるリーチェの質問には直接答えず、けれど残酷な未来を臭わせる説明を始めるライオネル。

 真実の刃は、いったいどこまでリーチェの心を抉り続けるんだ……!


「リーチェが里を去った事と出生率の低下の因果関係ははっきりしていないが……。もしかすると偽りの英雄譚が、自分たちの種族に対する不信感を芽生えさせてしまったのかもしれないなぁ」


 自らの種に対する不信感。

 自分の種族に絶対の矜持を持っていたエルフ族だったからこそ、その矜持を守るために作られた偽りの英雄の存在に耐えられなかったとでも……?


「偽りの英雄譚をでっち上げエルフ族を滅亡に導いたとして、当時の長であるライオット、そして君の両親を含む多くの人が裁かれ……、そして処刑されたんだよ」

「しょ、処刑!? 殺されたっていうのっ!? なんでそんなっ……!」

「種の存続の危機。生まれない子供。閉鎖されたエルフェリア精霊国。当時のエルフ族にはやり場のない怒りが満ちていた。だから分かりやすい悪者を仕立てて、全ての責任をなすりつけたのさ」


 子供が生まれない。

 冷静に考えれば、里を出ていったリーチェには何の関係もない話のはずだ。


 けれど種族の滅亡の危機を前に冷静さを欠いたエルフ族は、滅亡を回避する方法ではなく、不安を紛らわす方法を選んでしまったのか……。


「早い話、彼らの処刑はガス抜きだよ。滅亡の恐怖に怯えるエルフ族は、滅亡の責任を誰かに負わせなければ生きていけなかったのさ」


 肩を竦めておどけて見せながら、同胞の処刑をガス抜きと吐き捨てるライオネル。

 彼の言葉には怒りや憎悪ではなく、強くて深い失望の念が込められているように思えた。


「どうだい? こんな醜悪なエルフ族が、神に選ばれし種族なわけがないだろう?」

「「「…………っ」」」


 自嘲しながら同意を求めるライオネルの言葉に、誰も反応することが出来ない。

 怒りに溢れていたリーチェの体はいつしか震え、上下の奥歯が小さくぶつかり合うカチカチという小さな音が響いている。


 そんなリーチェの体を、ティムルが強く抱きしめてくれていた。
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