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5章 王国に潜む悪意2 それぞれの戦い
330 メナス② 悪意の歴史 (改)
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メナスの言葉に動きを止めてしまった俺に、フューリーコロッサスの振り下ろした棍棒が命中する。
「うあああああああっ!!!」
全身が引き裂かれるような痛みを感じ、けれど皮肉にもそのおかげで我に返ることが出来た。
追撃でエンシェントヒュドラの首が迫ってきているのを感じる。
フューリーコロッサスの1撃を受けたせいで体はまだ思うように動かせそうにない。
「――――けれど、ようやく触れた真実を聞かずに死ぬわけにはいかないよ……!」
無詠唱と同時詠唱でヒールライトを連射しながら、魔力枯渇覚悟で全ての魔力をロングソードに込める。
どうやらメナスに詳しく話を聞く必要がありそうだ。
だから……!
「お前はちょっと下がっとけぇっ! 絶空ーーーっ!!」
迫り来るエンシェントヒュドラの無数の頭部を迎え撃つように、剣に込めた絶空を放つ。
俺の全魔力を込めた剣閃はエンシェントヒュドラのHPを蒸発させ、無数の頭部を千切り飛ばしながらエンシェントヒュドラの巨躯を吹き飛ばす。
「なっ!? なんだこれはっ!?」
驚くメナスに構わず、棍棒を振り下ろしたままの状態のフューリーコロッサスに斬りかかり、巨人の魔力を吸収する。
竜王召喚の時に、魔力枯渇状態で戦える訓練をしておいたのが活きたかな。
「うおおおらあああああっ!!」
ひと太刀浴びせる毎に復調するので、敏捷性補正を最大限に意識して嵐のような斬撃をお見舞いする。
ある程度魔力が回復してきた事を感じられたらディバインウェーブも重ねて、アポリトボルボロスの回復を上回るつもりで魔法と剣を叩き込んでいく。
「あはっ! うっ、嘘だろう!? 君、化け物過ぎるじゃないか!!」
巨人の体に切り傷が刻まれ始めた頃、メナスが上ずった声を張り上げる。
そんなメナスに構わず、怒りの巨人に裂傷を刻み込んでいく。
「アポリトボルボロス! お前も攻撃に参加してフューリーコロッサスを救助するんだ!」
アポリトボルボロスは2体のイントルーダーに治癒魔法と回復魔法を並行して使用しながらも、更には攻撃用の魔法陣まで展開している。
3種類の魔法を同時発動だぁ!?
こいつ……、イントルーダーの中でも強い方に入るんじゃないのか……!?
攻撃の手を止めて、魔法障壁を展開したと同時に奔る稲妻。
上級攻撃魔法のサンダースパークか。
発動速度、命中精度、そして感電の状態異常付与効果を考えると、俺の足止めにはベストなチョイスだと言わざるを得ないな。
そのままサンダースパークを間断なく連射するアポリトボルボロス。
その間にエンシェントヒュドラとフューリーコロッサスは後退して傷を癒している。
「……仕切り直し、か」
魔法障壁を展開しながら、自分の状態を素早くチェック。
体力も魔力も、ほぼ万全に近い状態まで回復できたかな。
ならここは追撃するところじゃない。今はメナスに話を聞くべき時だ。
「嘘だろう!? 信じられない、信じられないよっ! まさか君のような人間が居るなんて……!」
「……ゆっくり回復させてやるからその間に話せよ。建国の英雄譚の真実を。お前が話をしている間は攻撃の手を止めてやるからさ」
初めて焦りのようなものを感じさせるメナスに声をかける。
「……あはっ! あははははっ! 建国の真実だって!? そんなものいくらでも語ってあげるよ! 他ならぬ君の頼みなんだからねぇ!?」
メナスは俺の言葉に一瞬動きを止めた後、やはり上機嫌に笑い声をあげた。
「あはっ、仕合わせの暴君はリーチェが中心となって運営されているパーティなのかと思ったけれど……、まさか君こそが核だったとはねっ!」
「……語ってくれるって言うならさっさと語ってくれないかな? お前の大事なイントルーダーが生きているうちにさ」
吹き飛ばした首がみるみる再生されていくエンシェントヒュドラ。
刻み付けた裂傷が消えていくフューリーコロッサス。
時間をかけられて不利になるのは俺の方だけど、そんなことはもう関係ない。
さっさと話さないなら、死ぬまで殺してやるまでだ。
「おおっと済まない。すぐに話すよ。一時休戦といこうじゃないか!」
休戦を宣言しながらも、アポリトボルボロスの体内からは決して出てこようとしないメナス。
流石にそこまで迂闊じゃないか。
「えーと……。各種族の代表者で構成された蒼穹の盟約がガルクーザに崩界を使用して、邪神と相打ちになって全滅した。ここまで話したんだったかな?」
「ああ。ていうかなんでレガリア側にそんな話が伝わっている? 蒼穹の盟約というパーティ名。全滅したはずなのに見て来たかのような顛末の把握。レガリアっていったいなんなんだ?」
1番聞きたいことから目を逸らすように、別にどうでもいい事をメナスに問う俺。
今聞くべきはこんなことじゃないだろ。
6人の英雄が全員死んでしまっているとするなら、その生き残りと言われる人間族の王とエルフの姫君の話は、いったいどうなってるんだよ……?
「自分も先代に聞き齧っただけなので知識に誤りがあるかもしれないが、そこは容赦して欲しい」
「……いいから話せ」
「スペルド王国が建国される前、6つの種族が共生するアルフェッカというコミュニティがあったそうだ。蒼穹の盟約はガルクーザへの対抗戦力として、各種族の代表が手を取りあって結成されたパーティらしいね」
今では各種族がバラバラに暮らしているのに、スペルド建国以前は異種族が一緒に共生していたのか?
それがなんで建国をきっかけに離散する?
新しく国が出来たのなら、普通集まって暮らすんじゃ?
「青く輝く剣を持つ人間族の青年、竜化によって青い魔力を纏う竜人族の戦士、熱視で青くなるドワーフ族の瞳、青い孔雀に獣化する獣人族の男、青いローブを身に纏った魔人族の武人。そして美しい青い髪が特徴的なエルフ族の姫君で構成されたパーティは、自分達を特徴付ける青色をそのパーティ名に冠したというわけだね」
「青い髪の、エルフ……」
リーチェの髪は白髪だ。
かつては青だった髪が時を経て……、と考えることも出来なくもないけど、そんな現実逃避には何の意味もない。
つまり、リーチェは……。
「アルフェッカに伝わっていた3種の神器の1つ、始界の王笏を用いることでガルクーザと相打ちになってしまった蒼穹の盟約。ガルクーザという脅威が取り除かれたのに、各種族の代表者が全員死んでしまったことでアルフェッカは混乱した。その混乱に乗じて王となったのがスペルディア家のご先祖様だよ」
「……待て。お前の話は色々おかしいだろ」
混乱する頭で、メナスの説明とリーチェの事を必死に考える。
けれどどうしても両者が重なり合ってくれない。
「6人の英雄が死にアルフェッカが混乱したのは分かる。それに乗じてスペルディア家が王となったのも分かるよ。でもなんで蒼穹の盟約ってパーティ名が伝わっていない? なんでリーダーとエルフ族の姫君は生き残ったことになっている!? 建国の英雄譚って、いったいなんなんだ……!?」
スペルディア家が漁夫の利を狙って指導者になったのは分かる。
でもそれだけなら歴史を改竄する必要性はどこにあった?
リーチェが建国の英雄に祭り上げられる必要は、いったいどこにあったんだ……!?
「よくぞ聞いてくれた! それこそが人の愚かさ、人の業の深さを想わずにはいられない話なのさっ!」
「業の深さだと……?」
「建国の英雄譚こそがエルフ族の罪であり、各種族がアルフェッカを見限り、それぞれバラバラに暮らすようになった原因であると言えるだろうねっ」
エンシェントヒュドラもフューリーコロッサスも回復は終わったようだけど、休戦と言ったメナスの言葉は本心だったのか、攻撃をしてくる様子は無い。
今のメナスは戦いよりも、俺に真実を話すほうが楽しくて仕方ないように見えた。
「君はリーチェしか知らないからピンと来ないだろうけれど、エルフというのは基本的に傲慢でプライドの高い種族なんだよ。自分たちこそが最も優れた種族であり、自分達が全種族の頂点に君臨することはあっても、他種族の下につくなど在り得ない、といった具合にね」
「……つまり、スペルディア家の下につくことが我慢ならなかったから、建国の英雄譚が必要だったと? でもスペルディアの下につく事と、建国の英雄譚の関連性が見えてこないんだけど?」
「スペルディア家も恐らく、当初は英雄譚なんて捏造する気は無かったんじゃないかな。エルフェリア家からの強い要望で建国の英雄譚は捏造され、そしてスペルディア家はそれを利用する事にしたんだろうね」
……ダメだ。分からない。
なんでエルフ族が建国の英雄譚を捏造する必要があった?
家に箔をつけるためとかで、スペルディア家が英雄譚を捏造したなら分かるのに……。
「あはっ。君のような人物にエルフ族の考え方が理解できないのは仕方ないよ。自分だって正気を疑ったからね」
思い悩む俺に共感するように笑いかけるメナス。
そしてニンマリと口角を上げて微笑んだまま、まるで剣のように鋭利で理不尽な真実を告げてくる。
「エルフ族はね? 他種族と一緒にエルフの代表者が死んだという事実が許せなかったんだ。自分たちは他の種族とは違う、選ばれた特別な種族だと信じて疑っていなかったから」
「……………………は?」
思考が停止する。
メナスの言葉が理解できない。
メナスがさも当然といった口調で話す内容を、俺の頭が受け入れてくれない。
そしてそんな俺に構わず、メナスは淡々と続きを語る。
「たったそれだけ。何の実も無い虚栄心を満たす為だけにエルフたちは歴史を改竄し、偽りの英雄を仕立て上げたんだ。そうして仕立て上げられたのが翠の姫エルフと呼ばれる君の妻、リーチェだ」
何の意味も無い、下らないプライドを満たす為に、リーチェを祭り上げただと……?
リーチェが蒼穹の盟約のメンバーではなかったのなら、アウターエフェクトとの遭遇経験がなかったことにも説明が付く。
邪神ガルクーザを退けた割に魔導師すら浸透していなかったのも、今考えれば力不足過ぎた。
ステータスプレートを見られる事を極端に嫌がるのは、建国の英雄がリーチェとは別の人物であることが発覚する可能性を恐れて、なのか……?
「長命なエルフ族には歴史を改竄することはそこまで難しくなかった。リーチェという英雄が現実に存在していて、あとは支配者であるスペルディア家の協力があれば、100年も経てば偽りの英雄譚は真実になるというわけだよ」
「いや……。エルフ族がしたことも意味不明だけど、それにスペルディア家が協力した理由も分からないぞ……?」
「王の証明たるレガリアを……、3種の神器を手にすることが出来なかったスペルディア家は、別の物で王の証明をしなければいけなかったんだ。そこで長命のエルフ族と結託して歴史を改竄することで、邪神を滅ぼした英雄の子孫という箔を得たわけだね」
僭主であり、正当な王権を得ることが出来なかったから、偽りの英雄譚を利用して王であることの証明としたわけか……。
レガリアって、元々は3種の神器を指す言葉だったのか。
そして実際に始界の王笏を持っていたレガリアは、自分たちの方がスペルディア家よりも正当な王位後継者だったとでも言いたかったのか……?
「そんな人間族とエルフ族に嫌気が指したドワーフ族、魔人族、竜人族は、自分たちで固まって暮らすようになったそうだよ。エルフ族は歴史の改竄が発覚しないように引き篭もり、かつて数が物凄く少なかったという獣人族は人間族に寄り添って生きることを決めたようだね」
「……ざけ、やがって……!!」
リーチェに全てを背負わせておきながら、自分たちは隠居して引き篭もってるだと……?
その間リーチェはたった独りで450年も孤独に過ごしてきたっていうのに……?
目の前のメナスのことなんかどうでも良くなってしまっている自分がいる。
今すぐエルフの里に乗り込んで、エルフどもを皆殺しにしてやらないと気が済まない……!!
「……リーチェが英雄に仕立て上げられたことは分かったけどさ。それだけなら別にステータスプレートの誓約は要らないんじゃないのか?」
別にリーチェが何者であろうと今更気にしない。
そもそもポンコツエロリーチェが英雄だっていう方が違和感があったし、偽者だと言われて逆に納得してしまうよ。
でもそれだけだったら俺と愛し合えない理由にはならない。
リーチェの誓約は情報の秘匿だけじゃないはずだ。
「偽りの英雄にしたって、なんでリーチェはステータスプレートに縛られているんだ? 情報の秘匿を誓うだけなら、ステータスプレートを見せたがらない理由が分からないんだけど……?」
「ああ、彼女は英雄に仕立て上げられたんじゃないよ。彼女はそもそもリーチェ・トル・エルフェリアじゃないんだ」
「………………は?」
「彼女の名はリュート。リュート・マル・エルフェリアと言うんだ。邪神と共に斃れた英雄の1人、リーチェ・トル・エルフェリアの実の妹なのさ」
「リーチェが……、リーチェじゃない……?」
リーチェは本当はリーチェの妹で……。
アイツの本名は、リュート・マル・エルフェリア……?
「彼女の誓約は詐称。自身をリーチェ・トル・エルフェリアと偽って生きていく誓約さ。彼女のステータスプレートには恐らく、詐称誓約と明記されてしまっているんだろうね」
詐称誓約。
己の存在を偽って生きる誓約。
そんな誓約を当時16歳の少女に強いて、彼女を独り世界に放り出したのか……!!
「そりゃあ誰にも開示したくないだろう。自分が別人として生きているなんて知られたくないだろうさ」
……いや、確かに詐称誓約も気になるけれど、それでなんで俺を受け入れることが出来ないんだ?
リーチェは以前、俺と繋がることだけが許されていないと言っていた。
これは詐称とはまた別の誓約……、恐らく詐称誓約を守るために純潔を守る事を誓わされているんだろう。
でも、なんで詐称と純潔が関わってくるんだ……?
今までこの世界で過ごした日々を思い返す。
俺にとってこの世界の始まりとなった、呪われた少女ニーナとの出会い……。
「…………そうか。『遺伝』と『相続』か」
これで全て謎が解けた。
リーチェの事情が全て繋がった。
この世界の契約って、借金みたいな本人にとって負債に分類されるものの多くは、母体を通して子供にも受け継がれてしまう。
今になって考えると、ニーナの呪いもターニアさんからの負債として相続してしまったのかもしれない?
いや、呪いの場合は相続じゃなくて伝染だったから、また少し事情は変わってくるのか?
まぁニーナの呪いはおいといて。
契約が子供に相続される可能性がある以上、詐称誓約がリーチェを通して子供に受け継がれる可能性は排除しきれないリスクとして存在してしまう。
契約と誓約の違いはあれど、どちらもステータスプレートに登録する約束事だ。
呪いや状態異常も伝染するのなら、自身に誓う誓約も遺伝するかもしれないと、エルフ共は判断した……?
だからリーチェに異性との触れ合いを禁じ、誓約の相続を防止したってわけか……!
「は、はは……」
……でもこれは朗報だ。間違いなく朗報だ。
リーチェの抱える事情が判明した今、解決する方法は非常にシンプルだ。
自身のステータスプレートに身分詐称を誓ったリーチェ。
その詐称はエルフ族全体の意思であったと考えるなら、その取り決めを交わした相手が居るはず。
そいつに誓約破棄を認めさせるか、もしくは関係者を皆殺しにしてやれば誓約は効力を失って、晴れてリーチェと1つになることが出来るはず……!
こうなったらメナスなんかに関わってる暇は無い。
さっさとリーチェの誓約を失効させて、リーチェを寝室に引っ張り込まないといけないんだからなっ!
「メナス。リーチェの事情を教えてくれてありがとな。それに免じて、ここで引くなら見逃してやるよ」
「……なんだって?」
「俺さぁ。今からエルフの里を滅ぼしに行かなきゃいけなくなったんだ。だからちょっと忙しくって、お前の相手なんかしてられないんだよ」
お前なんか殺すのも面倒臭い。死にたくないなら退け。
「……あはっ! あはははははっ! 君は本当にどこまでも楽しませてくれるねぇっ!?」
しかし俺の言葉を聞いたメナスは、今日1番の笑い声をあげる。
「まさか自分がエルフの里を守るために戦う日が来るとは、夢にも思ったことがなかったよっ!?」
始界の王笏を翳し交戦の意志を示すメナス。引く気は無いか。
じゃあ悪いけど死んで貰うよ。もうお前なんかに関わってる暇が無くなっちゃったから。
俺の職業補正よ。そしてスキル『決戦昂揚』よ。
今から全力でこき使わせてもらうからなぁ?
「うあああああああっ!!!」
全身が引き裂かれるような痛みを感じ、けれど皮肉にもそのおかげで我に返ることが出来た。
追撃でエンシェントヒュドラの首が迫ってきているのを感じる。
フューリーコロッサスの1撃を受けたせいで体はまだ思うように動かせそうにない。
「――――けれど、ようやく触れた真実を聞かずに死ぬわけにはいかないよ……!」
無詠唱と同時詠唱でヒールライトを連射しながら、魔力枯渇覚悟で全ての魔力をロングソードに込める。
どうやらメナスに詳しく話を聞く必要がありそうだ。
だから……!
「お前はちょっと下がっとけぇっ! 絶空ーーーっ!!」
迫り来るエンシェントヒュドラの無数の頭部を迎え撃つように、剣に込めた絶空を放つ。
俺の全魔力を込めた剣閃はエンシェントヒュドラのHPを蒸発させ、無数の頭部を千切り飛ばしながらエンシェントヒュドラの巨躯を吹き飛ばす。
「なっ!? なんだこれはっ!?」
驚くメナスに構わず、棍棒を振り下ろしたままの状態のフューリーコロッサスに斬りかかり、巨人の魔力を吸収する。
竜王召喚の時に、魔力枯渇状態で戦える訓練をしておいたのが活きたかな。
「うおおおらあああああっ!!」
ひと太刀浴びせる毎に復調するので、敏捷性補正を最大限に意識して嵐のような斬撃をお見舞いする。
ある程度魔力が回復してきた事を感じられたらディバインウェーブも重ねて、アポリトボルボロスの回復を上回るつもりで魔法と剣を叩き込んでいく。
「あはっ! うっ、嘘だろう!? 君、化け物過ぎるじゃないか!!」
巨人の体に切り傷が刻まれ始めた頃、メナスが上ずった声を張り上げる。
そんなメナスに構わず、怒りの巨人に裂傷を刻み込んでいく。
「アポリトボルボロス! お前も攻撃に参加してフューリーコロッサスを救助するんだ!」
アポリトボルボロスは2体のイントルーダーに治癒魔法と回復魔法を並行して使用しながらも、更には攻撃用の魔法陣まで展開している。
3種類の魔法を同時発動だぁ!?
こいつ……、イントルーダーの中でも強い方に入るんじゃないのか……!?
攻撃の手を止めて、魔法障壁を展開したと同時に奔る稲妻。
上級攻撃魔法のサンダースパークか。
発動速度、命中精度、そして感電の状態異常付与効果を考えると、俺の足止めにはベストなチョイスだと言わざるを得ないな。
そのままサンダースパークを間断なく連射するアポリトボルボロス。
その間にエンシェントヒュドラとフューリーコロッサスは後退して傷を癒している。
「……仕切り直し、か」
魔法障壁を展開しながら、自分の状態を素早くチェック。
体力も魔力も、ほぼ万全に近い状態まで回復できたかな。
ならここは追撃するところじゃない。今はメナスに話を聞くべき時だ。
「嘘だろう!? 信じられない、信じられないよっ! まさか君のような人間が居るなんて……!」
「……ゆっくり回復させてやるからその間に話せよ。建国の英雄譚の真実を。お前が話をしている間は攻撃の手を止めてやるからさ」
初めて焦りのようなものを感じさせるメナスに声をかける。
「……あはっ! あははははっ! 建国の真実だって!? そんなものいくらでも語ってあげるよ! 他ならぬ君の頼みなんだからねぇ!?」
メナスは俺の言葉に一瞬動きを止めた後、やはり上機嫌に笑い声をあげた。
「あはっ、仕合わせの暴君はリーチェが中心となって運営されているパーティなのかと思ったけれど……、まさか君こそが核だったとはねっ!」
「……語ってくれるって言うならさっさと語ってくれないかな? お前の大事なイントルーダーが生きているうちにさ」
吹き飛ばした首がみるみる再生されていくエンシェントヒュドラ。
刻み付けた裂傷が消えていくフューリーコロッサス。
時間をかけられて不利になるのは俺の方だけど、そんなことはもう関係ない。
さっさと話さないなら、死ぬまで殺してやるまでだ。
「おおっと済まない。すぐに話すよ。一時休戦といこうじゃないか!」
休戦を宣言しながらも、アポリトボルボロスの体内からは決して出てこようとしないメナス。
流石にそこまで迂闊じゃないか。
「えーと……。各種族の代表者で構成された蒼穹の盟約がガルクーザに崩界を使用して、邪神と相打ちになって全滅した。ここまで話したんだったかな?」
「ああ。ていうかなんでレガリア側にそんな話が伝わっている? 蒼穹の盟約というパーティ名。全滅したはずなのに見て来たかのような顛末の把握。レガリアっていったいなんなんだ?」
1番聞きたいことから目を逸らすように、別にどうでもいい事をメナスに問う俺。
今聞くべきはこんなことじゃないだろ。
6人の英雄が全員死んでしまっているとするなら、その生き残りと言われる人間族の王とエルフの姫君の話は、いったいどうなってるんだよ……?
「自分も先代に聞き齧っただけなので知識に誤りがあるかもしれないが、そこは容赦して欲しい」
「……いいから話せ」
「スペルド王国が建国される前、6つの種族が共生するアルフェッカというコミュニティがあったそうだ。蒼穹の盟約はガルクーザへの対抗戦力として、各種族の代表が手を取りあって結成されたパーティらしいね」
今では各種族がバラバラに暮らしているのに、スペルド建国以前は異種族が一緒に共生していたのか?
それがなんで建国をきっかけに離散する?
新しく国が出来たのなら、普通集まって暮らすんじゃ?
「青く輝く剣を持つ人間族の青年、竜化によって青い魔力を纏う竜人族の戦士、熱視で青くなるドワーフ族の瞳、青い孔雀に獣化する獣人族の男、青いローブを身に纏った魔人族の武人。そして美しい青い髪が特徴的なエルフ族の姫君で構成されたパーティは、自分達を特徴付ける青色をそのパーティ名に冠したというわけだね」
「青い髪の、エルフ……」
リーチェの髪は白髪だ。
かつては青だった髪が時を経て……、と考えることも出来なくもないけど、そんな現実逃避には何の意味もない。
つまり、リーチェは……。
「アルフェッカに伝わっていた3種の神器の1つ、始界の王笏を用いることでガルクーザと相打ちになってしまった蒼穹の盟約。ガルクーザという脅威が取り除かれたのに、各種族の代表者が全員死んでしまったことでアルフェッカは混乱した。その混乱に乗じて王となったのがスペルディア家のご先祖様だよ」
「……待て。お前の話は色々おかしいだろ」
混乱する頭で、メナスの説明とリーチェの事を必死に考える。
けれどどうしても両者が重なり合ってくれない。
「6人の英雄が死にアルフェッカが混乱したのは分かる。それに乗じてスペルディア家が王となったのも分かるよ。でもなんで蒼穹の盟約ってパーティ名が伝わっていない? なんでリーダーとエルフ族の姫君は生き残ったことになっている!? 建国の英雄譚って、いったいなんなんだ……!?」
スペルディア家が漁夫の利を狙って指導者になったのは分かる。
でもそれだけなら歴史を改竄する必要性はどこにあった?
リーチェが建国の英雄に祭り上げられる必要は、いったいどこにあったんだ……!?
「よくぞ聞いてくれた! それこそが人の愚かさ、人の業の深さを想わずにはいられない話なのさっ!」
「業の深さだと……?」
「建国の英雄譚こそがエルフ族の罪であり、各種族がアルフェッカを見限り、それぞれバラバラに暮らすようになった原因であると言えるだろうねっ」
エンシェントヒュドラもフューリーコロッサスも回復は終わったようだけど、休戦と言ったメナスの言葉は本心だったのか、攻撃をしてくる様子は無い。
今のメナスは戦いよりも、俺に真実を話すほうが楽しくて仕方ないように見えた。
「君はリーチェしか知らないからピンと来ないだろうけれど、エルフというのは基本的に傲慢でプライドの高い種族なんだよ。自分たちこそが最も優れた種族であり、自分達が全種族の頂点に君臨することはあっても、他種族の下につくなど在り得ない、といった具合にね」
「……つまり、スペルディア家の下につくことが我慢ならなかったから、建国の英雄譚が必要だったと? でもスペルディアの下につく事と、建国の英雄譚の関連性が見えてこないんだけど?」
「スペルディア家も恐らく、当初は英雄譚なんて捏造する気は無かったんじゃないかな。エルフェリア家からの強い要望で建国の英雄譚は捏造され、そしてスペルディア家はそれを利用する事にしたんだろうね」
……ダメだ。分からない。
なんでエルフ族が建国の英雄譚を捏造する必要があった?
家に箔をつけるためとかで、スペルディア家が英雄譚を捏造したなら分かるのに……。
「あはっ。君のような人物にエルフ族の考え方が理解できないのは仕方ないよ。自分だって正気を疑ったからね」
思い悩む俺に共感するように笑いかけるメナス。
そしてニンマリと口角を上げて微笑んだまま、まるで剣のように鋭利で理不尽な真実を告げてくる。
「エルフ族はね? 他種族と一緒にエルフの代表者が死んだという事実が許せなかったんだ。自分たちは他の種族とは違う、選ばれた特別な種族だと信じて疑っていなかったから」
「……………………は?」
思考が停止する。
メナスの言葉が理解できない。
メナスがさも当然といった口調で話す内容を、俺の頭が受け入れてくれない。
そしてそんな俺に構わず、メナスは淡々と続きを語る。
「たったそれだけ。何の実も無い虚栄心を満たす為だけにエルフたちは歴史を改竄し、偽りの英雄を仕立て上げたんだ。そうして仕立て上げられたのが翠の姫エルフと呼ばれる君の妻、リーチェだ」
何の意味も無い、下らないプライドを満たす為に、リーチェを祭り上げただと……?
リーチェが蒼穹の盟約のメンバーではなかったのなら、アウターエフェクトとの遭遇経験がなかったことにも説明が付く。
邪神ガルクーザを退けた割に魔導師すら浸透していなかったのも、今考えれば力不足過ぎた。
ステータスプレートを見られる事を極端に嫌がるのは、建国の英雄がリーチェとは別の人物であることが発覚する可能性を恐れて、なのか……?
「長命なエルフ族には歴史を改竄することはそこまで難しくなかった。リーチェという英雄が現実に存在していて、あとは支配者であるスペルディア家の協力があれば、100年も経てば偽りの英雄譚は真実になるというわけだよ」
「いや……。エルフ族がしたことも意味不明だけど、それにスペルディア家が協力した理由も分からないぞ……?」
「王の証明たるレガリアを……、3種の神器を手にすることが出来なかったスペルディア家は、別の物で王の証明をしなければいけなかったんだ。そこで長命のエルフ族と結託して歴史を改竄することで、邪神を滅ぼした英雄の子孫という箔を得たわけだね」
僭主であり、正当な王権を得ることが出来なかったから、偽りの英雄譚を利用して王であることの証明としたわけか……。
レガリアって、元々は3種の神器を指す言葉だったのか。
そして実際に始界の王笏を持っていたレガリアは、自分たちの方がスペルディア家よりも正当な王位後継者だったとでも言いたかったのか……?
「そんな人間族とエルフ族に嫌気が指したドワーフ族、魔人族、竜人族は、自分たちで固まって暮らすようになったそうだよ。エルフ族は歴史の改竄が発覚しないように引き篭もり、かつて数が物凄く少なかったという獣人族は人間族に寄り添って生きることを決めたようだね」
「……ざけ、やがって……!!」
リーチェに全てを背負わせておきながら、自分たちは隠居して引き篭もってるだと……?
その間リーチェはたった独りで450年も孤独に過ごしてきたっていうのに……?
目の前のメナスのことなんかどうでも良くなってしまっている自分がいる。
今すぐエルフの里に乗り込んで、エルフどもを皆殺しにしてやらないと気が済まない……!!
「……リーチェが英雄に仕立て上げられたことは分かったけどさ。それだけなら別にステータスプレートの誓約は要らないんじゃないのか?」
別にリーチェが何者であろうと今更気にしない。
そもそもポンコツエロリーチェが英雄だっていう方が違和感があったし、偽者だと言われて逆に納得してしまうよ。
でもそれだけだったら俺と愛し合えない理由にはならない。
リーチェの誓約は情報の秘匿だけじゃないはずだ。
「偽りの英雄にしたって、なんでリーチェはステータスプレートに縛られているんだ? 情報の秘匿を誓うだけなら、ステータスプレートを見せたがらない理由が分からないんだけど……?」
「ああ、彼女は英雄に仕立て上げられたんじゃないよ。彼女はそもそもリーチェ・トル・エルフェリアじゃないんだ」
「………………は?」
「彼女の名はリュート。リュート・マル・エルフェリアと言うんだ。邪神と共に斃れた英雄の1人、リーチェ・トル・エルフェリアの実の妹なのさ」
「リーチェが……、リーチェじゃない……?」
リーチェは本当はリーチェの妹で……。
アイツの本名は、リュート・マル・エルフェリア……?
「彼女の誓約は詐称。自身をリーチェ・トル・エルフェリアと偽って生きていく誓約さ。彼女のステータスプレートには恐らく、詐称誓約と明記されてしまっているんだろうね」
詐称誓約。
己の存在を偽って生きる誓約。
そんな誓約を当時16歳の少女に強いて、彼女を独り世界に放り出したのか……!!
「そりゃあ誰にも開示したくないだろう。自分が別人として生きているなんて知られたくないだろうさ」
……いや、確かに詐称誓約も気になるけれど、それでなんで俺を受け入れることが出来ないんだ?
リーチェは以前、俺と繋がることだけが許されていないと言っていた。
これは詐称とはまた別の誓約……、恐らく詐称誓約を守るために純潔を守る事を誓わされているんだろう。
でも、なんで詐称と純潔が関わってくるんだ……?
今までこの世界で過ごした日々を思い返す。
俺にとってこの世界の始まりとなった、呪われた少女ニーナとの出会い……。
「…………そうか。『遺伝』と『相続』か」
これで全て謎が解けた。
リーチェの事情が全て繋がった。
この世界の契約って、借金みたいな本人にとって負債に分類されるものの多くは、母体を通して子供にも受け継がれてしまう。
今になって考えると、ニーナの呪いもターニアさんからの負債として相続してしまったのかもしれない?
いや、呪いの場合は相続じゃなくて伝染だったから、また少し事情は変わってくるのか?
まぁニーナの呪いはおいといて。
契約が子供に相続される可能性がある以上、詐称誓約がリーチェを通して子供に受け継がれる可能性は排除しきれないリスクとして存在してしまう。
契約と誓約の違いはあれど、どちらもステータスプレートに登録する約束事だ。
呪いや状態異常も伝染するのなら、自身に誓う誓約も遺伝するかもしれないと、エルフ共は判断した……?
だからリーチェに異性との触れ合いを禁じ、誓約の相続を防止したってわけか……!
「は、はは……」
……でもこれは朗報だ。間違いなく朗報だ。
リーチェの抱える事情が判明した今、解決する方法は非常にシンプルだ。
自身のステータスプレートに身分詐称を誓ったリーチェ。
その詐称はエルフ族全体の意思であったと考えるなら、その取り決めを交わした相手が居るはず。
そいつに誓約破棄を認めさせるか、もしくは関係者を皆殺しにしてやれば誓約は効力を失って、晴れてリーチェと1つになることが出来るはず……!
こうなったらメナスなんかに関わってる暇は無い。
さっさとリーチェの誓約を失効させて、リーチェを寝室に引っ張り込まないといけないんだからなっ!
「メナス。リーチェの事情を教えてくれてありがとな。それに免じて、ここで引くなら見逃してやるよ」
「……なんだって?」
「俺さぁ。今からエルフの里を滅ぼしに行かなきゃいけなくなったんだ。だからちょっと忙しくって、お前の相手なんかしてられないんだよ」
お前なんか殺すのも面倒臭い。死にたくないなら退け。
「……あはっ! あはははははっ! 君は本当にどこまでも楽しませてくれるねぇっ!?」
しかし俺の言葉を聞いたメナスは、今日1番の笑い声をあげる。
「まさか自分がエルフの里を守るために戦う日が来るとは、夢にも思ったことがなかったよっ!?」
始界の王笏を翳し交戦の意志を示すメナス。引く気は無いか。
じゃあ悪いけど死んで貰うよ。もうお前なんかに関わってる暇が無くなっちゃったから。
俺の職業補正よ。そしてスキル『決戦昂揚』よ。
今から全力でこき使わせてもらうからなぁ?
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