異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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5章 王国に潜む悪意2 それぞれの戦い

328 ユーサーパーシモン③ メサイアコンプレックス (改)

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 ユーサーパーシモンを滅ぼすと、シモンが生えていた魔法陣は直系3メートル程度の広さに縮み、黒かった色も青みがかった白い魔方陣に変化した。

 見るのは初めてだけど、あれが始まりの黒への入り口の転移魔法陣の本来の姿なんだろうね。


「さて、もう魔物が出てくる心配は無いと思うけど……。流石に開けっ放しってわけにはいかないよね」


 僕の前で跪いているガルシアさんにも困るけど、まずはこの始黒門を閉じてしまわないと。

 確か門の操作には、王に連なる者のステータスプレートが必要なんだっけ。


「マギー、しっかりして。まだ騒動は終息したわけじゃないんだから」


 父親を無くし、国王の死を目の当たりにしたマギーには申し訳ないけれど、僕達にだってこのままここに留まっていられる余裕は無いんだ。

 正面から彼女を見つめて、今僕達がやるべきことを伝える。


「マギー。これ以上魔物が城に入ってこれないように始黒門を閉じてくれる? この門は君のステータスプレートじゃないと閉じれないんでしょ?」

「あ、ああそうね……。そうよ、まずは魔物が来ないように。ええ、分かってる、分かってるわリーチェ……」


 まだ動揺したままだけれど、それでも僕の言葉に反応して門にステータスプレートを差し込むマギー。

 ステータスプレートが差し込まれた始黒門は、地鳴りのような音を立てながらゆっくりと閉じていった。


 うん。これで恐らくスペルディアの襲撃はひと段落着いたはずだ。

 魔力が回復次第ヴァルゴと合流して、他のみんなの救援に向かわないと……。


「素晴らしい……! 素晴らしいですわっ、リーチェ様ぁっ!」

「――――っ!?」


 突如響く、場違いなほど明るい女の声。

 咄嗟に声のした方に目を向けるも、声を発した者の姿はどこにも無い。


 ……けど、それはもう知ってる!


「今僕は気が立ってるんだ! 姿を消したままでいる気なら、敵と見做して排除させてもらうっ!」


 生体察知を発動し、反応があった場所に弓を構えて声をかける。


 ……この声には聞き覚えがある。

 もしもシモンのように何らかのマジックアイテムを使用する素振りを見せたら、容赦なく射殺させてもらうよ。


「おおおお待ちください! 私です、ヴァニィですわっ、リーチェ様っ!」


 僕の声に慌てて反応し、何も無い空間から姿を現したのは、スペルディアで僕達に付き纏ってきたカリュモード商会の令嬢だった。

 姿を現した少女の手にはマントのような布が握られてる。あれで姿を隠していたのかな?


「その姿を消すマジックアイテムは、今回城を襲った集団が持っていたものと同じものだ。つまり君は僕の敵だという事で間違いないよね?」

「とんでもございません! 私がリーチェ様と敵対するわけがないじゃ……」

「近づくなっ!」

「ひっ!?」


 敵対を否定しながら笑顔で駆け寄ろうとする彼女の足元を射抜き、その歩みを強制的に止めさせる。


「リ、リーチェ様っ!? いったいなにを……」

「気が立っていると言っただろ。君が敵じゃない証拠なんて何も無い。僕の許可無く近づいてくるな」

「ち、近づくなって……。リ、リーチェ様……?」

「なにか言いたいことがあるならそこから話せ。手短にね」


 僕の拒絶が予想外だったのか、少女は動揺して言葉が出てこない。

 その間にガルシアさんとマギーが武器を構えて、僕の隣りに並び立つ。


「次から次へとなんなのよもぉ……。それでリーチェ。あの子は知り合いなの?」

「知り合いというか、僕にとっては敵対者だね。彼女は今回の騒動に関与しているらしいカリュモード商会の令嬢で、彼女の持っている姿を消すマジックアイテムは城を襲った襲撃者達も使ってたんだ」

「カリュモード商会のヴァニィ……、ですか。かなり評判の悪い娘として有名ですね。状況を考えると敵、しかも主犯格の1人という事になりますか……」


 僕に対して敬語を使うようになってしまったガルシアさんが気になって仕方ないけど、今気にするべきことは目の前の少女のことだけだ。

 佇まいを見ても戦える人間でないことは一目瞭然だけど、魔物化という可能性がある以上は油断出来ない。


 少女の眉間に狙いをつけながら、慎重に問いかける。


「君は王都襲撃の主犯の1人だ。君が巻き起こした騒動は国家転覆に他ならず、年齢を加味しても死刑は免れないだろうね。何か遺言はあるかな?」

「わ、私は何もしておりませんわっ! ただこうしてリーチェ様の勇姿を眺めていただけです! 死刑になる謂れなどございませんっ」

「そういう自分本位の持論を聞いてあげられる気分じゃないんだよ。もう余計なことは言わなくていいから、今更になって姿を現した理由を教えてくれる?」


 ただでさえ不快な相手だったっていうのに、それが敵として現れちゃったんだから射殺すのを我慢するのが大変だ。

 だっていうのに口を開けば下らないことばかり。


 ……問答なんかせずに、さっさと捕えてしまったほうがいいかなぁ?


「わ、私はリーチェ様をあの男からお救いしたかっただけですわ!」

「…………」

「陛下やレガリアの連中とは利害が一致したから援助していただけで、私は英雄リーチェが下らぬ男に騙されているのが我慢ならなかっただけです!」


 ……少女のあまりにも身勝手な妄想に、危うく矢を放ってしまうところだったよ。

 こんな女の言葉に価値なんか無いんだから、反応しても仕方ない。


「下らぬ男に騙されるのは我慢ならないのに、シモンに慰み者にされるのはいいんだ? 君の中で私の夫は許せなくてシモンは許容してるのはなんで?」

「な、慰み者にされることを良しとしたわけではございませんっ! ですがリーチェ様はエルフ族の姫君、そのお相手にはやはり相応の高貴な方こそ相応しいでしょう?」

「……うん。これ以上の問答は無駄だね」


 いい加減僕も我慢の限界だし、この女には何の考えも無い事が分かった。

 これ以上付き合う意味も無いし、付き合ってやる義理も無いっ!


「生命の黒。再生の銀。活力の赤。刻みし針を戻して治せ。流れし時を早めて癒せ。我願うは命の灯火。神意を纏いて轟く福音。キュアライト」

「ぎゃばっ!?」


 キュアライトを詠唱しながら女の顔を正面から殴って、1撃で昏倒させる。


「え、ええええ!? リ、リーチェ、貴女容赦無さ過ぎない……!?」


 マギーが驚くのも無理ないけど、コイツに容赦してあげるような義理はもう無いね。


 結局コイツ、僕の事を人形か何かだとでも思ってるんだろうね。

 僕の意思など全く考慮せず、自分のイメージ通りの英雄像にしか興味が無いんだ。


「……ってあれ? なんでこの娘、傷1つ負ってないわけ?」

「リーチェ様はキュアライトを詠唱していただろ。殴りつけると同時に治療魔法を発動して怪我を癒したんだよ。……まぁ、確かに容赦無かったけどな」


 ガルシアさんまで、そんなにドン引きしないで欲しいなぁ。

 ダン直伝のキュアライトブローで殴っただけでも容赦してるってば。


 ……正直な気持ちを言えば、この女のことは今すぐ殺してやりたいほどに嫌いなんだからね?


「容赦なんてする訳ないでしょ? 今回の騒動の主犯の1人で、シモンが変貌したことにも関わる人物だよ? 大犯罪者と言っていい相手でしょ」


 マギーとガルシアさんに返事をしながら女を鑑定するも、職業浸透は殆ど進んでいない。

 インベントリも間違いなく使えないね。


 衣服や装飾品も鑑定して、未知のマジックアイテムの類いが無い事を確認する。

 これならマギーたちでも問題なく拘束できるはずだ。


 ……もし逃亡されるようなことがあれば、その時は僕が直々に殺してやろうかな?


「それともマギーとガルシアさんは、少女だからと彼女の罪をはぐらかす気なのかな?」

「……そうね、そうだったわ。彼女のしたことは、絶対に許されないほどの大罪。陛下を唆し国家転覆をしようとしたことだけで、一族郎党皆殺しにされてもおかしくないほどの……」


 砕けた様子だったマギーに緊張感が戻ってくる。

 父親の死ではなく国王の死を認識したことで、王女としての立場を思い出したみたいだね。


「若い娘の未来を閉ざすのは気が引けるが……。陛下のあの変貌について知っているなら洗いざらい話してもらわなきゃなんねぇよな……。今まで何体もロード種、デーモン種を討伐してきたってのに……。陛下から生まれたあの魔物は、アウターエフェクトなんか目じゃねぇほどのバケモンだった……!」


 ガルシアさんはユーサーパーシモンを思い出したのか、小さく体を震わせている。


 僕で例えるなら今のガルシアさんは、テラーデーモンに遭遇した直後に竜王と遭遇したみたいなものかな。

 こうして普通に意識を保って、冷静に会話できているだけでも賞賛に値するのかも。


 眠っている女を拘束してマギーたちに引き渡す。

 こんな女に興味は無いけど、取調べは絶対に必要だからね。


「この女がいったい何がしたかったのか分からないよ。僕の為、僕の為と言いながら僕の声には一切聞く耳を持たないし、今だって僕の為と言いながら僕を危険に晒し、ここまでの大騒動を巻き起こしているんだよ?」


 ぼくの為ならスペルドどころか、この世界そのものさえ滅ぼしてしまうのはダンも同じだ。

 だけどこの女は、僕の為と言いながらも僕の事を一切考慮していないようにしか思えなかった。


「この女が何を考えているのか……、僕には全く理解できないかな」

「……リーチェ様はメサイアコンプレックスという言葉を知っていますか?」

「メサイアコンプレックス?」


 聞き慣れない言葉を呟くガルシアさん。

 素直に知らないと伝えると、簡単に説明をしてくれた。


「メサイアコンプレックスってのは、簡単に言えば誰かを救いたいと強く思い込んでしまう事を言うそうです。ま、これだけを聞くなら、悪いことなんか何もなさそうなんですけどね……」


 拘束され地面に転がされている女に目を向けながら、ガルシアさんが静かに語る。


「相手を救いたいって気持ちから、相手を救わなければいけないに変わり、最終的には相手を救おうとしている自分を受け入れないなんて許せない、と変化しちまうそうですよ」

「……なに、それ? 救おうとした相手に、憎悪を向ける……???」

「なんでも、周囲に認められず自己肯定感の低い者ほど、相手を救うことで自身が救済されると強く思い込んでしまうそうですね」

「……つまり口では相手の為と言いながら、結局自分の為に相手を利用するってこと?」


 僕自身の言葉すら聞かず、一方的に僕達に迷惑をかけ続けてきたくせに、本人はずっと僕の為だと本気で思ってやっていたことだっていうの?

 なんて……、なんて身勝手な考え方なんだ……!


「カリュモード商会のヴァニィ嬢は結構有名でしてね。我が侭三昧で嫌われ者、けれど翠の姫エルフには人一倍傾倒していると耳にしたことがあります。周囲に嫌われている自分がリーチェ様の救世主となることで、リーチェ様に肯定して欲しかったんでしょうね」

「……ありがとうガルシアさん。とりあえず、この女の考えを理解する意味が無いことだけは分かったよ」


 ガルシアさんの言葉を聞いても、やっぱり全然理解できない。


 くだらない……。そんなのくだらなすぎるよ。

 誰かに肯定して欲しかったなら会った事もなかった僕なんかを見ないで、身近な人たちに目を向ければ良かっただけなのに……。


「……お父様はそんな想いすらなくて。ただただ与えられた立場に甘んじていただけだったんでしょうけれどね……」


 僕とガルシアさんの会話にマギーが割り込んでくる。

 そんなマギーに、父親の死を悼んでいる様子は感じられない。


 幼少期から政務に関わり積極的に人々と交流してきたマギーにとって、シモンは実父でありながらも排除出来ない悩みのタネだった。

 もしかしたら複雑な想いを抱いているのかもしれない。


「にしてもガル。ガルの癖に随分と小難しい事を知ってるじゃないの」

「俺の癖に、とは心外だぜ。こちとらセイバーなんて大層な二つ名に恥じないようにと、日々頑張ってるってのによぉ?」


 わざとらしく明るく振舞うマギーと、それに軽口で応えるガルシアさん。

 だけどガルシアさんはもう1度拘束された少女を見て、自分自身を戒める。


「……そういう意味では、俺自身もメサイアコンプレックスには少し思い当たる部分もあるんでな。1歩間違えていたら、俺もヴァニィ嬢のようになってたのかもしれねぇってさ」

「そうねぇ……。私達はスペルド最強の英雄なんて祭り上げられて、頑張らなきゃ頑張らなきゃって根をつめすぎていたかもしれない……」


 1度は明るく振舞ったマギーも、ガルシアさんの真剣な様子に引っ張られて、少女の末路に自身の人生を照らし合わせる。


「断魔の煌きとして活動すればするほど聞こえてくる、支配階級への不満。貴族の腐敗とお父様の無能。断魔の煌きとして、この国の王女として……。躍起になっていたところはあったのかもしれないわ……」


 マギーとガルシアさんには、この女の気持ちに共感出来る部分もあるみたいだ。

 この国最強の英雄として成長した彼らには、彼らにしか分からない重圧や苦しみのようなものがあるんだろう。


 ……逆に、どうしてぼくはこの女の事をこんなにも理解できないのかな?

 救われたいが為に人々に尽くす姿なんて、それこそダンやニーナがやっている事じゃないのかな?


 ニーナを始めとする自分の家族の幸せのためなら、王国を救うことも世界を滅ぼすことも躊躇わないダン。

 ダンの幸せのためならと、自分がダンを縛りつける鎖になっていると分かっていてもダンに依存し続けたニーナ。


 お互いを思うことで、その結果自分が救われているような気がするんだけど……。


「あ、そっか。そういうことか……」

「え? リーチェ、何か言ったかしら?」


 思わず漏れた呟きに反応したマギーに、なんでもないよと微笑を返す。


 この女とあの2人が……、うちの家族がやっていることは全然一緒なんかじゃなかった。

 ダンもニーナも、ティムルもフラッタもヴァルゴもムーリもぼくも、ただ相手のことが大好きで、ただ相手に幸せになってもらいたいだけなんだ。


 自身の救済なんて……、全く望んでいなかったんだ。


 今でこそダンは愛に溢れた人になってくれたけれど、ニーナと出会った頃のダンは自己の救済を望むどころか、彼が望んでいたのは自分への断罪だった。


 自分が救われるのはおかしい、自分が生きているのにニーナやティムルが不幸になるのはおかしいと、ダンはその身を投げ打って2人を愛し守り抜いた。

 ニーナとティムルがどれだけ彼を愛しても、ダンだけがダンを責め続けていた。


 ダンがぼく達に一緒に幸せになろうと口にするのは実は彼の本心じゃなくて、ぼく達の望みを読み取っているからなんだって、以前ニーナが悲しげに語っていた。


「マギー。ガルシアさん。スペルディアの方は任せていいかな?」


 この場は王女であるマギーと、セイバーであるガルシアさんの方がよほど上手く収めてくれるはずだ。

 魔物の出現も止まりイントルーダーの討伐に成功した今、僕がここにいる意味は全く無い。


「え、そりゃあ構わないけど……。貴女はどうするの?」

「戦いはまだ終わってない。ぼくの家族がまだ戦ってるんだ。だから加勢しに行かせて欲しい」


 僕は魔力を回復させつつヴァルゴと合流して、他の場所の救援に向かうべきだよね。

 なによりダンの状況が分からないし、一刻も早く駆けつけてあげたい。


 ……ダン。何よりも不幸を嫌う君が、自身の幸せを望んでくれないのは悲しいよ。

 だからぼく達も暴君に倣って、愛する君を世界中の誰よりも幸せにしてみせるからね。
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