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5章 王国に潜む悪意2 それぞれの戦い
325 スピアオーガ③ レガリアとメナス (改)
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完全に語る態勢になったゼノンに歩み寄り、彼の頭近くに腰を下ろす。
間もなく命尽きるゼノンの声は力弱く、少々聞き取り辛いところがありますからね。
歩み寄った私を気にも留めず、まるで独白でもしているかのような雰囲気で語り出すゼノン。
「レガリアは古い歴史を持つ組織でな、その結成はスペルドの建国と共にあったと言っていいだろう。組織の成り立ちを考えれば当然なのだがなぁ」
「スペルド王国建国と同時に、反スペルドの組織が立ち上がったと? それではまるで、スペルド王国に寄り添う影のような存在では無いですか」
私の言葉に、ほうっと感心したように頷くゼノン。
「影と言うのは言い得て妙だな。スペルド建国にまつわる汚点によって結成されたレガリアは、まさにスペルドの影の部分と呼ぶに相応しかろう」
スペルド王国建国にまつわる、汚点?
旦那様も建国の英雄譚には懐疑的でしたけれど……、やはりなにかが隠されていたわけですか。
「元々レガリアというのは組織の名前ではなく、天地開闢の時から存在していると言われる3つのレリックアイテム、『始界の王笏』『呼び水の鏡』『識の水晶』を指す言葉だったのだ」
「……っ」
呼び水の鏡と言われて、危うく声を出しそうになる。
バロールの民のことを聞きたい所ですが、今は口を挟む場面ではありません。
「人々に仇なすあらゆる脅威を払う始界の王笏。この世界の祝福の根幹たる魔力を、異界より誘い供給し続ける呼び水の鏡。問えばあらゆる答えを授けてくれるという識の水晶。この3つのレリックアイテムは王の証として、王の器を備えし者が代々受け継いでいたのだよ。忌々しきスペルドが建国される前まではなぁ……!」
苦々しく吐き捨てるゼノンに、口を挟むべきではないと思ったばかりだというのに、つい反射的に問いかけてしまいます。
「スペルド王国建国の前から、王の証として代々受け継がれてきたレリックアイテム……ですか? しかしスペルド王国建国前に他の国が存在していたなんて、そんな話は聞いたことが……」
「記録に残っていないのは仕方ない。かつての集いは国という体では無かった上、スペルディア家の始まりの者たち、そしてエルフェリア家の者たちが意図的に記録を改竄してしまったのだからな」
「……改竄」
「スペルドが興る前、6つの種族たちは1つ所で生活を共にしていた。それが今のように歪な関係になってしまったのは、スペルディアとエルフェリアの者たちのせいなのだ」
スペルド建国とともに聖域に去ったはずの、我ら守人にも伝わっていない話ですね……。
エルフェリア……。リーチェの名前もエルフェリアです。
つまりはエルフェリアとは、エルフの王族を指す名前という事になりますよね?
人間族の王家たるスペルディアと、エルフ族の王家たるエルフェリア家がいったいなにをしたというのでしょう。
「かつて6つの種族が互いに手を取り合って共存していた『アルフェッカ』と呼ばれる集まりがあった。アルフェッカには身分制度のようなものは無く、誰もが平等に暮らしていたと言われている」
「アル、フェッカ……?」
「多少美化されているのではないかと思っているがな。少なくとも国という体制を取っていたわけは無いはずだ」
多少美化されている、ですか。
スペルド王国の建国は確か450年以上前。その時の記録なんて、脚色されていても確かめようがないと。
「……6つの種族が一緒に暮らしていたことも、アルフェッカという名前も耳にしたことが無いですね。どうしてレガリアにだけその記録が残され、一般にはその記録が残っていないのですか?」
「ふん。簡単なことだ。レガリアとはかつてアルフェッカをまとめていた6人の代表者を慕う者たちで構成された組織であり、それゆえスペルドで暮らすことが許されずに放逐された者たちなのだからな」
つまりレガリアとは敗北者の末裔ということになりますか。
6つの種族の暮らす場所の6名の代表者。つまりは種族毎に選抜された代表という事でしょうか。
「今と同じく魔物の脅威に晒されながらも、皆で手を取り合って幸せに暮らしていたアルフェッカだったが、ある日突然滅亡の危機に瀕することになる。その危機とは世界中の誰もが知っているであろう、邪神ガルクーザの発生だ」
ふむ。建国神話の全てが嘘というわけでもないのですね。
邪神ガルクーザによる人類滅亡の危機は、実際に起こったことであると。
しかし、発生……? 建国神話では、そんなことは語られていなかったはず。
その言い方ではまるで、ある日突然邪神が現れたような……。
「貴様はイントルーダーと対峙したことはないということだが、奴らはなぜか人類に対して凄まじい敵意を抱いていてな。共存などは以ての外、どれだけ距離を取ろうとしても追いかけて殺しに来るような、人類に対する絶対的な敵対者なのだ。まぁこれは魔物全般に言える事ではあるが」
魔物は人類の絶対的な敵対者。
だからイントルーダーであった邪神ガルクーザも、積極的に人類を破滅に導いたわけですね。
「滅亡の危機に瀕したアルフェッカであったが、勿論ただで滅亡するつもりはなかった。各種族の代表者からなる6人組のパーティ『蒼穹の盟約』が、始界の王笏を持って人々を守るために立ち上がったのだ」
「蒼穹の盟約……」
「……今のスペルドには、かつての英雄たる蒼穹の盟約の名すら伝わっていないようだがな」
「……耳が痛いですね」
6人の英雄のパーティ名が伝わっていないのは、我ら守人たちも同じですから。
ゼノンの言っていることが全て真実であると決まったわけではありませんが……。
少なくとも、忌々しげに語るゼノンに嘘を吐いている素振りは見受けられませんか。
「蒼穹の盟約は始界の王笏を用いて、見事ガルクーザを討ち果たして見せた。しかしガルクーザはあまりにも強大で、蒼穹の盟約も無事では済まなかったのだ」
「ふむ。その部分に偽りは無いと」
「しかし、そこに付け込んだのがスペルディアの外道たちだ。奴らは指導者の居なくなったアルフェッカを素早く纏め上げ、自分たちを王とするスペルドという国の建設を始めたのだ」
……確か建国の英雄譚では、6人の英雄の生き残りである人間族のリーダーが国を興したと伝えられていたかと思いますが。
ゼノンの言い分を聞く限りだと、ガルクーザを滅ぼした英雄とスペルディア王家は、別人……?
「蒼穹の盟約を慕う者たちはスペルドで暮らすことは許されず、またアルフェッカを追われた者たちも、スペルディアの存在を到底許すことは出来なかった」
450年以上も前の話であるはずなのに、親の仇の話をしているのかと錯覚してしまいそうなほどの強い怒りと憎悪を感じさせるゼノン。
世代が代わっても時代が変わっても、これほど色濃く受継がれる憎悪とは……。まるで呪いのようです。
「スペルディアに与することを良しとしない者たちは、スペルディアの者に奪われる前に始界の王笏を持ち去った。そして自らを王権たる神器レガリアと名乗り、スペルディアに仇なす組織を結成したというわけだ」
「つまり……。6人の英雄達とスペルディア王家には……何の関わりも無い?」
「その通りだ。奴らはただの簒奪者に過ぎぬ。それもハリボテのな。王の証たる3種の神器である始界の王笏、呼び水の鏡と識の水晶も持たぬ偽りの王家。それこそがスペルディアの正体よ」
簒奪者……。僭主という奴ですか。
確かに旦那様と一緒に謁見させられた時、なんとも暗愚な王であるとは思ってしまいましたが……。
まさかその血筋すら卑しき者だったとは。
「ゼノンの話が本当であるとするなら、始界の王笏はレガリアが持ち去ったという事になりますよね。ではなぜ呼び水の鏡が我ら魔人族に伝えられていたのでしょうか」
「ふむ。やはり貴様はあの時の魔人族縁の者であったか」
納得したように小さく息を吐くゼノン。
魔人族などスペルド王国では殆ど見かけないそうですから、我らとバロールの民の繋がりは簡単に推察できますよねぇ。
「魔人族に呼び水の鏡が伝えられた経緯はレガリアにも残っておらん。だが恐らくはレガリアと同じ理由だったのではないかな。こんな人間に神器を託すわけにはいかぬ、とな」
「……あらゆる問いに答えるという識の水晶。そんな物があるのでしたら、歴史の改竄など簡単に暴かれてしまうのでは?」
「残念ながら、魔人族の手によって長く隠されてきた呼び水の鏡と同様に、識の水晶もスペルド建国の際に失われたまま見つかってはおらんのだ。流石に喪失したとは思わんがな」
スペルド王国建国の裏に潜む悪意の真実を聞いて、つい考え込んでしまいます。
私達守人の民は、今の今までスペルド王国のことを、かつて共に邪神を退けた盟友だと思っていました。
ですが呼び水の鏡を持ち去ったのが我らの先祖であったとするなら、だいぶ話が変わってくるのでは……?
そもそも、魔物が跋扈する危険な場所であるアウターに、まるで隠れるようにして住んでいた理由は……。
いえ、勿論聖域の監視を行なっていたのは嘘では無いのでしょうけれど……。
我ら守人の魔人族は、いったい何からレリックアイテムを守る為に存在している集団であったというのでしょうか……。
「人々を守る為に戦った蒼穹の盟約たちは忘れ去られ、簒奪者が王となったあの時を持って、王の証であったレガリアという名称は、スペルディア家とスペルド王国を永遠に蝕み続ける呪いの名へと変わったのだ」
「王国を滅ぼすわけではなく、蝕む呪い……ですか」
「そうだ。王が守った民を皆殺しにするわけにはいかない。しかし王を追いやり忘却した者達を許すわけにもいかない。それゆえの呪いだ」
王の守った命を皆殺しにしては、敬愛する王の思いを蔑ろにすることになる。
しかしその王を蔑ろにした民を許すことも出来ない。
だから今まで積極的に暗躍しておきながらも、あまり直接的なことは起こさなかったのでしょうか?
ゴブトゴの認識、国家転覆を謳うわりには大人しい組織というのも、レガリアが抱えた矛盾と葛藤がそうさせていたのかもしれませんね。
「スペルドの民を滅ぼすつもりはない。しかし未来永劫苦しみ抜いてもらう。それがレガリアという組織の存在理由だ。だからレガリアのトップには常にスペルドに対する脅威たれと、メナスの名が贈られるのだ」
「スペルドを滅ぼすつもりは無い、ですって? それは今回の襲撃と矛盾するのでは無いですか? スペルディアの王城を襲撃し、各地にイントルーダーを放っておきながら、スペルディアを滅ぼす気はないなどと言うつもりなのですかっ!?」
国王シモンの暗愚っぷりを見る限り、スペルディア王家が滅びても問題なさそうではありますけれど、1体でもスペルドを滅ぼしかねないイントルーダーを複数放ったなど正気の沙汰じゃありません。
なのに、レガリアはスペルドを滅ぼすつもりなどとのたまう気ですか……!?
「くく、貴様の抱いた矛盾は、今代のメナスとレガリアの関係性そのものなのだ」
「また『今代』のメナス、ですか……!」
「はーっはっはっは! 俺に残された時間がどれほどあるかわからんが、時間の許す限り語らせてもらうとしよう。あの方の事をなぁ!」
憤る私を、愉快で仕方ないと言わんばかりに笑い飛ばすゼノン。
私の感じている矛盾点にも心当たりがあるようですし、精々語ってもらうとしましょうか。
「本来、組織の長であるメナスはレガリアの構成員から選ばれるのだがな。今代のメナスに限っては正式な継承の手順を踏んでいないのだ。先代メナスであった俺の独断で、メナスの名をあの方に背負ってもらったからな」
「メナスだった貴方が、その名を独断で譲ったのですか?」
「そうだ。あの方こそがスペルディアを脅かす呪いに相応しいと、魂の底から確信してしまったのでなぁ……」
王国を脅かす存在に相応しい、ですか。
今の騒動を思えば、ゼノンの人を見る目は確かなようですね。忌々しいことですが。
「あの方に初めてお会いしたのは終焉の箱庭の最深部だ。終焉の箱庭で異変が起きているとの報告があってな、場所が場所だけに俺自らが調査に足を運んだわけだ」
……正直ゼノンの槍には未熟さを感じますが、職業浸透と装備品が揃っていればアウターの最深部に赴くことは可能、でしょうか。
「……そこで俺を待っていたのは、正に運命と呼ぶべきあの方との邂逅であったよ」
その当時の興奮を思い返したのか、恍惚に上ずるゼノンの声。
これほどの信仰……。
認めたくはありませんが、その姿はやはり旦那様を語る時の守人の姿に重なりますね。
「夥しい魔物を従え、配下の奴隷がいくら死のうと意に介さず、死が蔓延する地獄に独り佇むあの姿はあまりにも神々しくてなぁ。初対面であの方のことなど何も知らなかったというのに、知らず俺はあの方の前に跪いてしまっていたよ」
「…………」
始まりの時は独り地獄に立ち、後にこの世界を揺るがすほどの存在になるなんて、本当に旦那様のようですね。
そんな2人の在り方は、まさに対極と呼ぶに相応しいですけれど。
「始界の王笏、無貌の仮面、そしてミラージュローブを譲る事を条件に、あの方はメナスの名を引き受けてくれることになった。とても面倒臭そうにな」
面倒臭がりなところまで一緒ですか……。
なんだか私の中で、メナスのイメージが旦那様になりつつあるんですけど?
「先天的なものはなに1つ持たず平凡というに相応しいあの方だったが、ただ1つだけ違ったのが悪意の抱き方だった」
「悪意の、抱き方……、ですか?」
「ああ。あの方は他者をどれだけ蔑ろにしようとも、目利きで見えるほどの悪意を孕むことは一切なかったのだ。命を害しようが、謀略に嵌めようが、あの方は他者に対して一切の悪意を持つことはなかった」
「悪意を、抱いていない……ですって……!?」
竜爵家の件に始まって、私たち仕合わせの暴君は人の悪意に翻弄され続けてきました。
そんな私達を放っておけずに手を差し伸べてくれたのが旦那様なのです。
今なお悪意に飲み込まれようとしているスペルド王国。
必死になってそれを食い止めようとしている、旦那様を始めとする沢山の人々。
なのにその元凶たるメナスには、悪意が全く無いというのですか……!?
「あの方にとって人生とは暇潰しでしかなく、自身以外の全ては等しく無価値で取るに足らない存在なのだよ。いやもしかしたらあの方は、自分自身にすら価値を見出していないのやもしれぬなぁ」
自身に価値を見出せず、ならば他者も無価値であろうと判断したメナス。
自身に価値を見出せず、ならば他者の価値を失わせまいと決意した旦那様。
最も大切な部分で、2人は正反対の方向を向いたようですね。
「……そんなあの方が始めて興味を示したのが、貴様達仕合わせの暴君なのだ」
ここまでメナスの話を聞かされると、メナスが旦那様に興味を持つのは必然のように思えた。
「今まで気紛れに騒動を起こす程度のあの方が、仕合わせの暴君を認識してからは変わっていった。貴様らのことを調べ上げ、貴様らの辿ってきた人生を想い、貴様らを殺すためだけに思考と時間を費やすようになった。その結果が今回の襲撃というわけだ」
そこで一旦言葉を切ったゼノンは、意地の悪い笑みを浮かべて私に視線を送ってくる。
「貴様らさえいなければ、スペルドがここまでの危機に瀕することはなかったであろうなぁ?」
「下らない責任転嫁ですね。騒動を起こした張本人たちが舐めた事を仰らないでください」
「くははっ! 人の悪意を侮るのは感心しないぞヴァルゴよ! 人の悪意とはまっこと面倒なものなのだ! 455年の歳月を経て、こうして国を滅ぼそうと動き出すくらいになぁっ!」
ゼノンの笑い声に呼応するかのように、地面から突き出た呪槍がゼノンの胸を貫いてしまう。
「済まぬなヴァルゴ。どうやら時間切れのようだ」
しかし貫かれた当人は、その事実を全く意に介していないようです。
「貴様達仕合わせの暴君があの方に抗う姿を、あの世からじっくり見物させてもらうとしよう!」
名残惜しそうに笑いながら、最後に呪詛の言葉を吐くゼノン。
「待ちなさい! 最後にもう1つ、エルフェリアの者たちが何をしたのかを教えなさい!」
そんなゼノンに、最も聞くべきことを問いかける。
「スペルド建国に関わったのは、スペルディアとエルフェリアだと言いましたね!? エルフェリアは、エルフの王族達は、歴史の裏でいったい何を行なったと言うのですっ!?」
「くはははっ!! 悪いが時間切れだ! だがその話は当人にでも聞けば済む話であろうよ! 1000年の時を生きるエルフ族。当時から生きている者どころか、建国に関わった当人達すらまだ生きているのだからなぁっ!!」
その言葉を最期に、呪槍と共に地面に沈んでいくゼノン。
ゼノンが地面に消えていったあと、城に到着した時の喧騒が夢であったかのように周囲は静まり返っていた。
「……ふぅぅぅ」
1度深く息を吐いて、自分の状態を確認する。
話をしていてある程度は休めましたが、まだ魔力枯渇の影響は抜け切っていませんね。
この状態でイントルーダーを相手取るのは無謀、加勢のつもりで駆けつけて足手纏いになっては元も子もありませんか。
まだスペルディアにいるらしいリーチェの元に向かいたい所ですが、まずはもう少し魔力を回復させなければ。
「すぅぅ……。はぁぁ……。すぅぅ……。はぁぁ……。」
座り直して胡坐の姿勢を取り、安静に瞑想することで魔力の回復に務める。
やれやれ。ゼノンのせいで考えなければいけないことが幾つも出てきてしまいましたよ。
情報を整理する為にも、ここで身動きが取れなくなったのは、かえって都合が良かったのかもしれません。
建国の英雄譚が、多くの人の悪意に彩られた虚構であった事は分かりました。
それにスペルディア王家が関わっていたことも。
しかしゼノンの話の流れでは、エルフェリア家がどのように関わっていたのか全く想像がつきませんね。
まぁきっと碌でもないことをしでかしたのでしょうけれど。
……この襲撃を乗り切った後、旦那様がエルフの里を滅ぼすようなことがないといいのですけれど。
間もなく命尽きるゼノンの声は力弱く、少々聞き取り辛いところがありますからね。
歩み寄った私を気にも留めず、まるで独白でもしているかのような雰囲気で語り出すゼノン。
「レガリアは古い歴史を持つ組織でな、その結成はスペルドの建国と共にあったと言っていいだろう。組織の成り立ちを考えれば当然なのだがなぁ」
「スペルド王国建国と同時に、反スペルドの組織が立ち上がったと? それではまるで、スペルド王国に寄り添う影のような存在では無いですか」
私の言葉に、ほうっと感心したように頷くゼノン。
「影と言うのは言い得て妙だな。スペルド建国にまつわる汚点によって結成されたレガリアは、まさにスペルドの影の部分と呼ぶに相応しかろう」
スペルド王国建国にまつわる、汚点?
旦那様も建国の英雄譚には懐疑的でしたけれど……、やはりなにかが隠されていたわけですか。
「元々レガリアというのは組織の名前ではなく、天地開闢の時から存在していると言われる3つのレリックアイテム、『始界の王笏』『呼び水の鏡』『識の水晶』を指す言葉だったのだ」
「……っ」
呼び水の鏡と言われて、危うく声を出しそうになる。
バロールの民のことを聞きたい所ですが、今は口を挟む場面ではありません。
「人々に仇なすあらゆる脅威を払う始界の王笏。この世界の祝福の根幹たる魔力を、異界より誘い供給し続ける呼び水の鏡。問えばあらゆる答えを授けてくれるという識の水晶。この3つのレリックアイテムは王の証として、王の器を備えし者が代々受け継いでいたのだよ。忌々しきスペルドが建国される前まではなぁ……!」
苦々しく吐き捨てるゼノンに、口を挟むべきではないと思ったばかりだというのに、つい反射的に問いかけてしまいます。
「スペルド王国建国の前から、王の証として代々受け継がれてきたレリックアイテム……ですか? しかしスペルド王国建国前に他の国が存在していたなんて、そんな話は聞いたことが……」
「記録に残っていないのは仕方ない。かつての集いは国という体では無かった上、スペルディア家の始まりの者たち、そしてエルフェリア家の者たちが意図的に記録を改竄してしまったのだからな」
「……改竄」
「スペルドが興る前、6つの種族たちは1つ所で生活を共にしていた。それが今のように歪な関係になってしまったのは、スペルディアとエルフェリアの者たちのせいなのだ」
スペルド建国とともに聖域に去ったはずの、我ら守人にも伝わっていない話ですね……。
エルフェリア……。リーチェの名前もエルフェリアです。
つまりはエルフェリアとは、エルフの王族を指す名前という事になりますよね?
人間族の王家たるスペルディアと、エルフ族の王家たるエルフェリア家がいったいなにをしたというのでしょう。
「かつて6つの種族が互いに手を取り合って共存していた『アルフェッカ』と呼ばれる集まりがあった。アルフェッカには身分制度のようなものは無く、誰もが平等に暮らしていたと言われている」
「アル、フェッカ……?」
「多少美化されているのではないかと思っているがな。少なくとも国という体制を取っていたわけは無いはずだ」
多少美化されている、ですか。
スペルド王国の建国は確か450年以上前。その時の記録なんて、脚色されていても確かめようがないと。
「……6つの種族が一緒に暮らしていたことも、アルフェッカという名前も耳にしたことが無いですね。どうしてレガリアにだけその記録が残され、一般にはその記録が残っていないのですか?」
「ふん。簡単なことだ。レガリアとはかつてアルフェッカをまとめていた6人の代表者を慕う者たちで構成された組織であり、それゆえスペルドで暮らすことが許されずに放逐された者たちなのだからな」
つまりレガリアとは敗北者の末裔ということになりますか。
6つの種族の暮らす場所の6名の代表者。つまりは種族毎に選抜された代表という事でしょうか。
「今と同じく魔物の脅威に晒されながらも、皆で手を取り合って幸せに暮らしていたアルフェッカだったが、ある日突然滅亡の危機に瀕することになる。その危機とは世界中の誰もが知っているであろう、邪神ガルクーザの発生だ」
ふむ。建国神話の全てが嘘というわけでもないのですね。
邪神ガルクーザによる人類滅亡の危機は、実際に起こったことであると。
しかし、発生……? 建国神話では、そんなことは語られていなかったはず。
その言い方ではまるで、ある日突然邪神が現れたような……。
「貴様はイントルーダーと対峙したことはないということだが、奴らはなぜか人類に対して凄まじい敵意を抱いていてな。共存などは以ての外、どれだけ距離を取ろうとしても追いかけて殺しに来るような、人類に対する絶対的な敵対者なのだ。まぁこれは魔物全般に言える事ではあるが」
魔物は人類の絶対的な敵対者。
だからイントルーダーであった邪神ガルクーザも、積極的に人類を破滅に導いたわけですね。
「滅亡の危機に瀕したアルフェッカであったが、勿論ただで滅亡するつもりはなかった。各種族の代表者からなる6人組のパーティ『蒼穹の盟約』が、始界の王笏を持って人々を守るために立ち上がったのだ」
「蒼穹の盟約……」
「……今のスペルドには、かつての英雄たる蒼穹の盟約の名すら伝わっていないようだがな」
「……耳が痛いですね」
6人の英雄のパーティ名が伝わっていないのは、我ら守人たちも同じですから。
ゼノンの言っていることが全て真実であると決まったわけではありませんが……。
少なくとも、忌々しげに語るゼノンに嘘を吐いている素振りは見受けられませんか。
「蒼穹の盟約は始界の王笏を用いて、見事ガルクーザを討ち果たして見せた。しかしガルクーザはあまりにも強大で、蒼穹の盟約も無事では済まなかったのだ」
「ふむ。その部分に偽りは無いと」
「しかし、そこに付け込んだのがスペルディアの外道たちだ。奴らは指導者の居なくなったアルフェッカを素早く纏め上げ、自分たちを王とするスペルドという国の建設を始めたのだ」
……確か建国の英雄譚では、6人の英雄の生き残りである人間族のリーダーが国を興したと伝えられていたかと思いますが。
ゼノンの言い分を聞く限りだと、ガルクーザを滅ぼした英雄とスペルディア王家は、別人……?
「蒼穹の盟約を慕う者たちはスペルドで暮らすことは許されず、またアルフェッカを追われた者たちも、スペルディアの存在を到底許すことは出来なかった」
450年以上も前の話であるはずなのに、親の仇の話をしているのかと錯覚してしまいそうなほどの強い怒りと憎悪を感じさせるゼノン。
世代が代わっても時代が変わっても、これほど色濃く受継がれる憎悪とは……。まるで呪いのようです。
「スペルディアに与することを良しとしない者たちは、スペルディアの者に奪われる前に始界の王笏を持ち去った。そして自らを王権たる神器レガリアと名乗り、スペルディアに仇なす組織を結成したというわけだ」
「つまり……。6人の英雄達とスペルディア王家には……何の関わりも無い?」
「その通りだ。奴らはただの簒奪者に過ぎぬ。それもハリボテのな。王の証たる3種の神器である始界の王笏、呼び水の鏡と識の水晶も持たぬ偽りの王家。それこそがスペルディアの正体よ」
簒奪者……。僭主という奴ですか。
確かに旦那様と一緒に謁見させられた時、なんとも暗愚な王であるとは思ってしまいましたが……。
まさかその血筋すら卑しき者だったとは。
「ゼノンの話が本当であるとするなら、始界の王笏はレガリアが持ち去ったという事になりますよね。ではなぜ呼び水の鏡が我ら魔人族に伝えられていたのでしょうか」
「ふむ。やはり貴様はあの時の魔人族縁の者であったか」
納得したように小さく息を吐くゼノン。
魔人族などスペルド王国では殆ど見かけないそうですから、我らとバロールの民の繋がりは簡単に推察できますよねぇ。
「魔人族に呼び水の鏡が伝えられた経緯はレガリアにも残っておらん。だが恐らくはレガリアと同じ理由だったのではないかな。こんな人間に神器を託すわけにはいかぬ、とな」
「……あらゆる問いに答えるという識の水晶。そんな物があるのでしたら、歴史の改竄など簡単に暴かれてしまうのでは?」
「残念ながら、魔人族の手によって長く隠されてきた呼び水の鏡と同様に、識の水晶もスペルド建国の際に失われたまま見つかってはおらんのだ。流石に喪失したとは思わんがな」
スペルド王国建国の裏に潜む悪意の真実を聞いて、つい考え込んでしまいます。
私達守人の民は、今の今までスペルド王国のことを、かつて共に邪神を退けた盟友だと思っていました。
ですが呼び水の鏡を持ち去ったのが我らの先祖であったとするなら、だいぶ話が変わってくるのでは……?
そもそも、魔物が跋扈する危険な場所であるアウターに、まるで隠れるようにして住んでいた理由は……。
いえ、勿論聖域の監視を行なっていたのは嘘では無いのでしょうけれど……。
我ら守人の魔人族は、いったい何からレリックアイテムを守る為に存在している集団であったというのでしょうか……。
「人々を守る為に戦った蒼穹の盟約たちは忘れ去られ、簒奪者が王となったあの時を持って、王の証であったレガリアという名称は、スペルディア家とスペルド王国を永遠に蝕み続ける呪いの名へと変わったのだ」
「王国を滅ぼすわけではなく、蝕む呪い……ですか」
「そうだ。王が守った民を皆殺しにするわけにはいかない。しかし王を追いやり忘却した者達を許すわけにもいかない。それゆえの呪いだ」
王の守った命を皆殺しにしては、敬愛する王の思いを蔑ろにすることになる。
しかしその王を蔑ろにした民を許すことも出来ない。
だから今まで積極的に暗躍しておきながらも、あまり直接的なことは起こさなかったのでしょうか?
ゴブトゴの認識、国家転覆を謳うわりには大人しい組織というのも、レガリアが抱えた矛盾と葛藤がそうさせていたのかもしれませんね。
「スペルドの民を滅ぼすつもりはない。しかし未来永劫苦しみ抜いてもらう。それがレガリアという組織の存在理由だ。だからレガリアのトップには常にスペルドに対する脅威たれと、メナスの名が贈られるのだ」
「スペルドを滅ぼすつもりは無い、ですって? それは今回の襲撃と矛盾するのでは無いですか? スペルディアの王城を襲撃し、各地にイントルーダーを放っておきながら、スペルディアを滅ぼす気はないなどと言うつもりなのですかっ!?」
国王シモンの暗愚っぷりを見る限り、スペルディア王家が滅びても問題なさそうではありますけれど、1体でもスペルドを滅ぼしかねないイントルーダーを複数放ったなど正気の沙汰じゃありません。
なのに、レガリアはスペルドを滅ぼすつもりなどとのたまう気ですか……!?
「くく、貴様の抱いた矛盾は、今代のメナスとレガリアの関係性そのものなのだ」
「また『今代』のメナス、ですか……!」
「はーっはっはっは! 俺に残された時間がどれほどあるかわからんが、時間の許す限り語らせてもらうとしよう。あの方の事をなぁ!」
憤る私を、愉快で仕方ないと言わんばかりに笑い飛ばすゼノン。
私の感じている矛盾点にも心当たりがあるようですし、精々語ってもらうとしましょうか。
「本来、組織の長であるメナスはレガリアの構成員から選ばれるのだがな。今代のメナスに限っては正式な継承の手順を踏んでいないのだ。先代メナスであった俺の独断で、メナスの名をあの方に背負ってもらったからな」
「メナスだった貴方が、その名を独断で譲ったのですか?」
「そうだ。あの方こそがスペルディアを脅かす呪いに相応しいと、魂の底から確信してしまったのでなぁ……」
王国を脅かす存在に相応しい、ですか。
今の騒動を思えば、ゼノンの人を見る目は確かなようですね。忌々しいことですが。
「あの方に初めてお会いしたのは終焉の箱庭の最深部だ。終焉の箱庭で異変が起きているとの報告があってな、場所が場所だけに俺自らが調査に足を運んだわけだ」
……正直ゼノンの槍には未熟さを感じますが、職業浸透と装備品が揃っていればアウターの最深部に赴くことは可能、でしょうか。
「……そこで俺を待っていたのは、正に運命と呼ぶべきあの方との邂逅であったよ」
その当時の興奮を思い返したのか、恍惚に上ずるゼノンの声。
これほどの信仰……。
認めたくはありませんが、その姿はやはり旦那様を語る時の守人の姿に重なりますね。
「夥しい魔物を従え、配下の奴隷がいくら死のうと意に介さず、死が蔓延する地獄に独り佇むあの姿はあまりにも神々しくてなぁ。初対面であの方のことなど何も知らなかったというのに、知らず俺はあの方の前に跪いてしまっていたよ」
「…………」
始まりの時は独り地獄に立ち、後にこの世界を揺るがすほどの存在になるなんて、本当に旦那様のようですね。
そんな2人の在り方は、まさに対極と呼ぶに相応しいですけれど。
「始界の王笏、無貌の仮面、そしてミラージュローブを譲る事を条件に、あの方はメナスの名を引き受けてくれることになった。とても面倒臭そうにな」
面倒臭がりなところまで一緒ですか……。
なんだか私の中で、メナスのイメージが旦那様になりつつあるんですけど?
「先天的なものはなに1つ持たず平凡というに相応しいあの方だったが、ただ1つだけ違ったのが悪意の抱き方だった」
「悪意の、抱き方……、ですか?」
「ああ。あの方は他者をどれだけ蔑ろにしようとも、目利きで見えるほどの悪意を孕むことは一切なかったのだ。命を害しようが、謀略に嵌めようが、あの方は他者に対して一切の悪意を持つことはなかった」
「悪意を、抱いていない……ですって……!?」
竜爵家の件に始まって、私たち仕合わせの暴君は人の悪意に翻弄され続けてきました。
そんな私達を放っておけずに手を差し伸べてくれたのが旦那様なのです。
今なお悪意に飲み込まれようとしているスペルド王国。
必死になってそれを食い止めようとしている、旦那様を始めとする沢山の人々。
なのにその元凶たるメナスには、悪意が全く無いというのですか……!?
「あの方にとって人生とは暇潰しでしかなく、自身以外の全ては等しく無価値で取るに足らない存在なのだよ。いやもしかしたらあの方は、自分自身にすら価値を見出していないのやもしれぬなぁ」
自身に価値を見出せず、ならば他者も無価値であろうと判断したメナス。
自身に価値を見出せず、ならば他者の価値を失わせまいと決意した旦那様。
最も大切な部分で、2人は正反対の方向を向いたようですね。
「……そんなあの方が始めて興味を示したのが、貴様達仕合わせの暴君なのだ」
ここまでメナスの話を聞かされると、メナスが旦那様に興味を持つのは必然のように思えた。
「今まで気紛れに騒動を起こす程度のあの方が、仕合わせの暴君を認識してからは変わっていった。貴様らのことを調べ上げ、貴様らの辿ってきた人生を想い、貴様らを殺すためだけに思考と時間を費やすようになった。その結果が今回の襲撃というわけだ」
そこで一旦言葉を切ったゼノンは、意地の悪い笑みを浮かべて私に視線を送ってくる。
「貴様らさえいなければ、スペルドがここまでの危機に瀕することはなかったであろうなぁ?」
「下らない責任転嫁ですね。騒動を起こした張本人たちが舐めた事を仰らないでください」
「くははっ! 人の悪意を侮るのは感心しないぞヴァルゴよ! 人の悪意とはまっこと面倒なものなのだ! 455年の歳月を経て、こうして国を滅ぼそうと動き出すくらいになぁっ!」
ゼノンの笑い声に呼応するかのように、地面から突き出た呪槍がゼノンの胸を貫いてしまう。
「済まぬなヴァルゴ。どうやら時間切れのようだ」
しかし貫かれた当人は、その事実を全く意に介していないようです。
「貴様達仕合わせの暴君があの方に抗う姿を、あの世からじっくり見物させてもらうとしよう!」
名残惜しそうに笑いながら、最後に呪詛の言葉を吐くゼノン。
「待ちなさい! 最後にもう1つ、エルフェリアの者たちが何をしたのかを教えなさい!」
そんなゼノンに、最も聞くべきことを問いかける。
「スペルド建国に関わったのは、スペルディアとエルフェリアだと言いましたね!? エルフェリアは、エルフの王族達は、歴史の裏でいったい何を行なったと言うのですっ!?」
「くはははっ!! 悪いが時間切れだ! だがその話は当人にでも聞けば済む話であろうよ! 1000年の時を生きるエルフ族。当時から生きている者どころか、建国に関わった当人達すらまだ生きているのだからなぁっ!!」
その言葉を最期に、呪槍と共に地面に沈んでいくゼノン。
ゼノンが地面に消えていったあと、城に到着した時の喧騒が夢であったかのように周囲は静まり返っていた。
「……ふぅぅぅ」
1度深く息を吐いて、自分の状態を確認する。
話をしていてある程度は休めましたが、まだ魔力枯渇の影響は抜け切っていませんね。
この状態でイントルーダーを相手取るのは無謀、加勢のつもりで駆けつけて足手纏いになっては元も子もありませんか。
まだスペルディアにいるらしいリーチェの元に向かいたい所ですが、まずはもう少し魔力を回復させなければ。
「すぅぅ……。はぁぁ……。すぅぅ……。はぁぁ……。」
座り直して胡坐の姿勢を取り、安静に瞑想することで魔力の回復に務める。
やれやれ。ゼノンのせいで考えなければいけないことが幾つも出てきてしまいましたよ。
情報を整理する為にも、ここで身動きが取れなくなったのは、かえって都合が良かったのかもしれません。
建国の英雄譚が、多くの人の悪意に彩られた虚構であった事は分かりました。
それにスペルディア王家が関わっていたことも。
しかしゼノンの話の流れでは、エルフェリア家がどのように関わっていたのか全く想像がつきませんね。
まぁきっと碌でもないことをしでかしたのでしょうけれど。
……この襲撃を乗り切った後、旦那様がエルフの里を滅ぼすようなことがないといいのですけれど。
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