異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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5章 王国に潜む悪意2 それぞれの戦い

324 スピアオーガ② 魔技 (改)

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 槍を向けて対峙する、私とスピアオーガゼノン。

 ゼノンは私を殺すために槍を構え、私は敵の持つ怨嗟の呪槍を破壊する為に槍を構える。


 ……なんだか今初めて、この男と正面から向き合えたように感じますね。


「――――ふっ!!」


 気合一閃。踏み込みと共に槍を繰り出すゼノン。

 先ほどまでの職業補正に頼りきった動きではなく、自分が培ってきた槍の技術に私への殺意を乗せて放たれた1撃。


「はぁぁぁっ!」


 今までで最も早いその1撃をさらりと躱し、放たれた槍に向かって思い切り槍を突き出す。


 金属の衝突する耳障りな高音が響き、槍を通して私の両手に伝わる衝撃。

 しかし、相手の槍には傷1つ付いていませんか。


 ゼノンの繰り出す槍を油断なく回避しながら、怨嗟の呪槍を破壊しようとデーモンスピアで打ち付けますが……。

 流石アウターレア製武器。ビクともしませんね。


「はっ! アウターレア製の武器を破壊するなど聞いたことも無いわっ! 俺から槍を手放させたいなら、俺の両手首でも切り落としたほうが早かろうがっ。王城でダンがブルーヴァにしたように、なぁっ!」


 ゼノンは何故か上機嫌に槍を繰り出してきます。

 その態度はまるで、私に槍の破壊を期待しているかのよう。


 槍使いの端くれとして、スキルに頼りきっている自分に思うところでもあるのでしょうか。


「この戦いの相手が槍使いゼノンであったなら、あるいはそうしても良かったかもしれません。ですが今回の相手はその呪槍が生み出し魔性の鬼、スピアオーガの存在の否定ですから」


 槍使いゼノンを否定するのではなく、怨魂スキルが生み出した魔性、スピアオーガを否定する。

 そう宣言する私を前に、どこまでも笑みを深くするゼノン。


「戦いで勝利を収めるだけでは足りません。怨魂とスピアオーガの存在を、私の槍で貫かねばならないのですよ」


 全身の補正に意識を巡らせ、ゼノンの振るう怨嗟の呪槍に向かって槍を放ち続けます。


 確かにゼノンの言う通り、槍を無視してゼノンを攻撃した方が私の勝率は高まるでしょう。

 他のみんながイントルーダーを相手している状況で、私1人が人間1人に苦戦しているのはあまり宜しくありません。


 ですが私は槍使いの頂点に立つ者の責務として、魔道に落ちた槍の存在を否定してあげなくてはいけません。

 それこそが旦那様に寄り添う、最強の槍使いに相応しい振る舞いだと思うから。


「くくく。不思議なものだ。貴様に……、最強の槍使いに眼中に無いと宣言されることが、これほど嬉しく感じられるとはな……」


 決して槍を振るうのは止めずに、けれどどこまでも楽しそうに、どこか嬉しそうに、呪槍に槍を打ち付ける私を見て微笑むゼノン。


「お前に負けてやる気など微塵も無いが、それでも少しだけ期待している。最強の槍使いとは俺の想像なぞ遥かに超える存在であって欲しい、となぁ!」


 哂いながら振るわれるゼノンの槍はどんどん早くなっている。

 その動きは職業補正に頼りきった槍ではなく……。


 心技体全てが噛み合った今のゼノンは、本来の技術に少しずつ補正を適用させているようです。


 ……ですがゼノン。

 仕合わせの暴君を相手取るには、貴方の槍は些か技量が低すぎます。


「やぁぁっ!!」


 彼の放つ槍を回避しながら魔迅を発動させ、ゼノンの持つ呪槍に何度も全力で槍を放ちます。


 魔人族の身体能力に職業補正を合わせて槍を繰り出しますが……。

 何度打ち付けても、忌まわしき呪槍はビクともしませんね。


 魔迅で加速しても破壊出来ないのであれば、身体能力だけでこの槍を破壊するのは私には無理でしょう。

 貫輝閃を放ったところで、魔物ではないゼノン相手に効果があるかは微妙でしょうし……。


 ここは発想の転換が必要なようですね。

 今までの私にはなかった、新しい力と技を生み出さなくてはいけないようです。


「魔迅に変わる新しい力。その鍵を握るのは、きっとアレに違いない……」


 魔人族の専用職業らしい、魔祷士の職業スキルの『魔技使用制限緩和』。

 魔迅以外の能力も使えるかもしれない可能性を私に示してくれたスキル。


 体内を駆け巡る魔迅に意識を向けて、その魔力を体全体に纏わせるようにイメージする。

 参考にすべきはニーナの獣化と、フラッタの竜化。


 かつて魔人族には、魔獣化や魔竜化の能力を持った人もいたと言います。

 前例もあるのですから、きっと私にだって出来るはず……。


「ふぅぅぅ……」


 加速するゼノンの槍と打ち合いながら、自分の内側に意識を沈めていく。

 槍を打ち合っていたのがかえって良かったのか、自身に流れる黒い魔力の存在がはっきりと感じ取れた。


 私の体を巡る魔迅の魔力と、職業補正の齎す魔力。

 それらを自分の意思で制御するように、己の内側と向き合っていく。


 今までは垂れ流しにするだけだった魔迅の魔力を、自分の周りで循環させて身に纏う。

 体の動きをサポートするだけに留まらず、体外に纏って身体能力を強化させる黒き魔力の衣。


「……礼を言いましょうゼノン。貴方のおかげで、私はまた1つ強くなれました」


 立ちはだかる敵に終焉の闇を齎す新たな力……。

 『ダークブリンガー』、とでも名付けましょうか。


「闇の衣を纏った私の相手を初めて務めたこと、冥府への旅の土産にでもしてくださいな」

「くははははっ! 黒き魔力を纏いて槍を振るうその姿、正に冥府の使いと呼ぶに相応しい姿ではないかっ! 恨み募らせ魂を弄ぶ我らを迎えに来たかっ!? この死神めがぁっ!」


 互いに加速しながら槍をぶつける私達。

 幾度となく黒き瞬きがゼノンの振るう呪槍に叩き込まれるけれど、やはり破壊することは叶わない。


 魔迅で加速しても槍の破壊は出来なかった。

 ダークブリンガーで身体能力を強化しても槍の破壊には到れなかった。


「ダークブリンガーでも足りませんか……。であれば更に重ねるまでっ!」


 身に纏った黒き魔力の衣ではまだ不十分。

 私自身の強化をしても、アウターレア製の武器を砕くことは出来ない。


 発想の転換。

 魔迅の延長線上の能力でアウターレア武器を壊すことは出来ないのなら、武器破壊に特化した魔技を開発すれば済む話っ……!


 元々個人差の多い能力である、魔人族の種独特性『魔技』。

 更に今の私は魔祷士の職業スキルによって、魔技の可能性が広げられている状態だ。


「スキルよ。加護よ。そして魔力よ……。私の意志と覚悟に従い、怨嗟の呪いを貫き砕く力となれ……!」


 まるで祈りを捧げるように、己の魔力に意識を集中していく。


 この世界の根幹たる、魔力という力。

 魔力によって魔技が振るわれ、魔力によって魔物が誕生し、魔力によって職業の加護が得られ、魔力によって装備品が作られていく。

 魔物に対して職業スキルが効果を発揮してくれるなら、同じく魔力で構成された装備品にも魔力で干渉することが出来るはず……!


「くははははっ! 今度はなんだ!? 何を見せてくれるのだっ! 最強の槍使いよっ!」


 ゼノンから繰り出される槍と打ち合うのをやめて、ひたすら回避に専念しながら魔力制御に集中する。

 ダークブリンガーで体に纏った漆黒の魔力に干渉し、災厄のデーモンスピアに収斂させていく。


 狙うは一点。怨嗟の呪槍のみ。

 己の全てを注いで放つ、乾坤の一擲。


 ……まだだ。この程度では彼の呪槍は砕けない。

 もっと魔力を、もっと意識を集中しないと。


 デーモンスピアに魔力の全てを込めるために、魔迅を使用することが出来ない。

 槍に注いだ魔力を無駄遣いするわけにはいかないために、ゼノンの放つ槍に槍で応じるわけにはいかない。


「くははっ! 貴様の持つ槍に、凄まじい魔力が集まっているのが俺にも感じ取れるぞっ、ヴァルゴっ!」


 私からの攻撃が無いと判断して加速し続けるゼノンの槍に、皮を裂かれ肉を斬られ始める。


 しっかりなさいヴァルゴ。

 旦那様ならこの程度、目を瞑っていても凌がれますよ。


「貴様が殺した76名の配下の命と俺の命、77人分の怨嗟の念。貴様の槍で見事貫いて見せぇいっ!」


 まるで魔道に堕ちた自分を卑下するかのように、私の槍で己自身を否定して欲しいかのように嗤うゼノン。

 それほど槍を想う心があるのに、どうして貴方はこんな手段を取ってしまったのです。


 疑問は尽きない。

 けれど無粋な真似は出来ません。


「……震えなさい槍持つ鬼よ」


 槍使いの私達の本質は、己が槍に全て乗せているのです。

 語るべきは口ではなく、この切っ先で!


「これより全てを貫く必殺の魔槍で、77名の命と共に怨嗟の呪槍を砕いて見せましょう!」


 全ての魔力が悪魔の槍に込められる。

 まるで私の肌のように紫に光るその切っ先が、ダークブリンガーの魔力に覆われ漆黒に変わる。


 この黒き力全てを、目の前の呪槍を破壊する事だけに注ぐ……!


「貫けぇっ、ウルスラグナァァァァァっ!!」


 私の心臓を狙って放たれた呪槍を迎え撃つように、2本の槍の切っ先をぶつける。


 途端に奔る黒い閃光。

 耳を劈く衝突音。

 そして両手から伝わる、凄まじい衝撃。


「あああああああああっ!!」


 何も見えず、何も聞こえない眩しいほどの漆黒の光の中で、でも両手だけが前に進む。

 我が槍を阻むもの全てを貫き、私の進むべき道が拓かれていく。


「……ぐっ!? くうぅぅ……!」


 直後に急激な体調不良を感じる。

 全ての魔力を込めて放ったウルスラグナの後遺症、魔力枯渇の苦しみが私を襲う。


 やがて黒い閃光は収まり、私の視界も戻ってくる。

 強烈な酩酊感に苛まれながら、それでもまだ戦闘中であると脂汗をかきながら槍を構える私の視界に映ったのは、両腕が消失した状態で地面に仰向けに倒れるゼノンの姿だった。


 怨嗟の呪槍はどこにも見当たらず、そしてどんな傷でも直ぐに復元していたゼノンの両腕はいつまでも失われたまま。

 どうやら我が槍は、無事死者の怨念を貫く事に成功したようですね。


 槍を構えながら、倒れたままのゼノンに声をかけます。


「……今のが私の全力、私に放てる最高の槍ですよ。ご満足いただけましたか? スピアオーガ、ゼノンさん……」

「くくく。見事だ! 見事と言う他ないっ……!」


 仰向けになって天を仰いだまま、どこか愉快げに嗤うゼノン。


「我が怨魂のスキルは、条件さえ整えばイントルーダーを単独で撃破することも可能な能力だと思っていたが……。まさか人の身でありながら、正面から打ち破って見せるとはなぁ……!」


 敗北を喫したというのに、どこまでも清々しい雰囲気のゼノン。


 彼の持つ呪槍は失われました。

 つまり槍での語らいは終わったということ。


 冥府へと旅立つ彼と語るのに、もう槍は必要ないでしょう。


「ゼノン。それほどまでに槍を愛しておきながら、どうして魔道に堕ちる事を選んだのですか? 途中からの貴方は、まるで我が槍に貫かれる事を望んでいるかのように見えましたよ?」

「はっ! どれほど槍を愛そうとも実力が伴わねば意味を成さん。俺には槍を極めるだけの才は無く、だがレガリアを統べる為には敗北は許されなかった。だから足りぬ槍の才を補う為に別の力を求めた。それだけのことよ」


 ゼノンの言葉に師匠の槍を思い出す。

 師匠も自分の才を嘆き、それを補う為に別の要素を求めたと仰っていました。


 しかし師匠が別の要素を求めたのは、槍の高みを目指す為でした。

 勝利の為に槍以外の力を求めたのはゼノンとは、その根本が違っているのでしょう。


「『ウルスラグナ』か。誠に見事な1撃であった。最強の槍使いによる最高の1撃とは、これ以上を望めぬほどの冥府への土産となった。……尤も、魔道に堕ちた俺に安らかな眠りが待っているとは思わんがな」

「……良い土産を持たせることが出来たのでしたら、私にも土産話をくれませんか?」


 敗者の貴方が土産を持たされているというのに、勝者の私に得るものが無いのはおかしいでしょう?

 私の素直な問いかけに、毒気を抜かれた表情を浮かべるゼノン。


「……く、くくくっ、くはははははっ! なんだ!? なにが欲しいというのだヴァルゴよ!? 言ってみるがいい!」

「貴方が先代のメナスであり、そしてレガリアという組織の長であるというのであれば、レガリアとメナスについて教えていただきたいのですけど?」

「槍を合わせている時も思ったが、随分と素直な言い分だな? 分からないことは訪ねる、たったそれだけの素直さが俺にもあれば、俺の槍ももう少し高みを目指せたのやもしれんなぁ……」


 一瞬だけ、惜しむような悔いるような表情を浮かべて。

 けれど次の瞬間には、観念したように私に笑いかけてくるゼノン。


「勝者の願いだ。聞かぬわけにもいかんな。何でも答えよう。しかし……」


 一旦言葉を切ったゼノンは、自身の視線だけを動かして、私の視線を誘導する。


「見てみろ。俺に残された時間はあまり無いようだぞ?」

「……これは」


 ゼノンの言葉に周囲を見回すと、宙を漂っている無数の魔力の塊が、地中から突き出された漆黒の槍……。たった今砕いたはずの怨嗟の呪槍に良く似た槍に貫かれ、そして地中に引きずり込まれていきます。

 魔道に堕ちた者の末路と報いですか……。恐ろしい光景ですね。


「……ゼノンが先代メナスにしてレガリアを統べる者であるというのであれば、今代のメナスとレガリアという組織について、時間の許す限り教えていただきましょうか」


 ですが怯えてばかりもいられません。

 時間が無いのであれば、すぐにでも話を始めなければ。


「メナスは……、レガリアはいったい何がしたいんですか? 国家転覆を望んでいたとして、どうして私たちという対抗勢力が現れてから行動を起こしたのです?」


 決着がついたのだから、今なおイントルーダーと戦っているはずのみんなと合流すべき状況なのかもしれませんが……。

 レガリアという組織について情報を引き出せそうなこの機会を、みすみす逃すわけには参りません。


 古くから存在し、スペルド王国なんていつでも滅ぼすことが出来そうだったのに、決して行動を起こさず闇に潜み続けていた謎の組織。

 そんなレガリアが、私達が現れてからこんなに大きな騒動を巻き起こした理由とはなんなのでしょうか。


「そうだなぁ。まず今代のメナスについて語れることは何も無い、と言っておこうか」


 宣言通り、素直に私の問いに応じるゼノン。

 けれど彼の口から語られたのは、私が期待した内容ではありませんでした。


「別に義理立てしている訳ではないぞ? 俺があの方を全く理解出来ていないから、そんな俺があの方を語るのは少々憚られるのだよ」

「……どういうことです? 先代メナスの貴方が今代のメナスについて理解していない?」


 困惑する私を楽しそうに見詰めるゼノン。

 死の間際に自身のことを語れるのが嬉しいのかもしれません。


「いえ、そもそもメナスとはいったいなんなのですか? レガリアという組織の長は貴方が務めておきながら、何故メナスだけが代替わりしているのです?」

「メナスとはレガリアの象徴であり、組織の長であるべき存在なのだがな、今代だけは少々勝手が違う」


 メナスという存在を語れないのではなく、今代だけがメナスという概念からすら逸脱した存在であるから語れない、ということですか?


「始界の王笏に導かれ、スペルドに仇なし、この世の全ての頂点に君臨する存在として巡り合ったのがあの方なのだ。今代のメナスにとってはスペルドの民もレガリアも、等しく無価値で無関心なのだよ」


 自分たちはメナスにとって無価値だと、心酔しきった様子で語るゼノン。

 その様子に私は、旦那様と魔人族の関係を連想してしまう。


 旦那様は魔人族に無関心どころか、面倒だと言いながらも献身的なまでに尽くしてくださいますが……。

 信仰と崇拝の対象になっているという点では、メナスとレガリアの関係に似ているとも……。


「血統も家柄も普通。歩んできた人生も平凡そのものだったあの方は、それでもスペルドを滅ぼす災厄そのものに思えたのだ」

「この国を滅ぼす、災厄的な存在……」

「……命尽きるまでの僅かな無聊を慰める為に、少しだけ語らせてもらおうか。レガリアという組織と、そして今代のメナスがいかなる存在であるかをな」


 魔力枯渇の苦しみの中、周囲では冥府より突き出される槍が怨魂に捧げられた者たちの命を回収する、地獄のような光景が続いている。

 その中心で私は、間もなく死に行く男の静かな言葉に、黙って耳を傾けるのでした。
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