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5章 王国に潜む悪意2 それぞれの戦い
323 スピアオーガ① 補正と限界 (改)
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私が対峙するのは怨魂というスキルによって不死の槍使いとなった、スピアオーガと名乗る男。
槍の技術では負ける気はしませんが、槍の技術だけで勝敗が決まるような単純な相手ではないようですね。
「…………失敗したぁ」
縦に割ったのは失敗だったと、心から後悔してしまいます。
スキルによって体は再生されても、衣服までは再生されません。
両断された衣装を纏った男の局部が露出して、先ほどからブラブラと大変目障りですねぇ……!
「……下らない事は忘れて、考えるべき事を考えましょう」
スピアオーガの繰り出す荒々しい槍を捌きながら、スキル怨魂について考えます。
恨みを重ね、命を投げ打って相手を殺す最悪のスキル。
発動条件は、術者自身が殺害されること。
スキル発動者を中心に犠牲者の職業補正が累積し、殺されれば殺されるほど身体能力が増していく。
スキルが発動すると、私から受けた傷は瞬く間に再生するようになり、スキル対象者に対して絶対の優位性を発揮する、1対1に特化した尖った効果。
……その効果は捧げられた命が多ければ多いほど効果を増すあたり、スキルと言うよりは呪いに近い気がしますね。
「どうした? 攻撃の手が止まっているぞ?」
防戦一方の私に気を良くしたスピアオーガが、私の顔色を伺いながら煽ってきます。
「槍使いの頂点に立つ者として、俺達を正面から打ち破ると言っていた気がするのだがなぁ? 口ほどにもなさそうだ」
「……そう、ですね。まずは槍使いとして、貴方の槍が如何に未熟であるかをお伝えするのも一興」
「なにぃ?」
「スピアオーガよ。我が槍をその身に刻み、その真髄の一端にでも触れると良いでしょう」
スピアオーガの槍を逸らし、がら空きになった首を刎ねる。
けれど直ぐに体から新しい頭が生えてきて、私に向かって槍を放ってくる。
そしてその槍を捌き、返す刃でスピアオーガを殺していく。
「かはぁっ……! ぐっ、まだまだぁっ! この程度では死んでやれんなぁっ!」
私に殺されるたびに速度を増して、でも速度が増した分だけ精彩を欠くスピアオーガの槍。
10回殺して、20回殺して、30回殺して職業補正が累積し続けていくスピアオーガ。
けれど技術が補正に追いついていません。こんな槍では殺されてやれませんよ。
私に切り刻まれたせいで最早全裸で槍を振り回す、色々な意味で危険な存在となったスピアオーガ。
その顔には未だ、焦りや不安は一切浮かんでおりませんねぇ。
「くはははっ! 素晴らしい、実に素晴らしい腕前だなヴァルゴよ。貴様ほどの槍使いを殺した事実は、スピアオーガの名をより一層高めてくれることだろう!」
上機嫌に力いっぱい槍を振り回すスピアオーガ。
ふぅむ。ここまで一方的に虐殺されていても焦りは無いようですね。
まだ全ての魂を殺しきったわけではないでしょうけれど、それにしたって態度に余裕を感じます。
「貴方程度の使い手を殺したところで、私の名は高まってはくれそうもありませんがね」
ま、余裕の理由など知ったことではありません。
いくら殺しても死なないのであれば、貴方が死ぬまで殺してあげるだけですから。
「ぐえぇっ」
喉をひと突きし、手首を返して傷を抉る。
「かっ!?」
大きな笑い声を上げている口の中に槍を差し込む。
「ふぇっ……?」
眉間に槍を突き立て、頭蓋を粉砕し脳漿を撒き散らす。
思いつく限りの方法でスピアオーガを殺害する。
でも50どころか100度は殺して見せたけれど、スピアオーガが力尽きる気配はない。
やはり怨魂スキルの方をどうにかしないと、この戦いの勝利を掴むことは出来ませんか。
どれだけ職業補正を重ねても一方的に殺され続けている状況に、流石のスピアオーガも表情を険しくする。
「ちっ……。まさかここまでの力量差があるとは想定外だった。が、結果は変わらん。勝負が多少長引くだけで貴様の死は覆せんよ、ヴァルゴ」
苦々しく、けれどそれでも自身の勝ちを確信しているスピアオーガ。
「ふむ。結果が変わらない、という言葉だけは同意して差し上げましょう」
貴方がどれだけの補正を積み上げようと、私の前に立った以上、貴方の死は絶対です。
スピアオーガの職業補正は驚異的で、もしかしたら旦那様を超えるほどの敏捷補正を得ているかもしれません。
ですが肝心のスピアオーガ自身がその補正を扱いきれていない。
私が殺した人数よりもスピアオーガが死んだ回数が上回ったのか、先ほどから死んでも速度に変化がなくなったようです。
これ以上の強化が望めないから勝負が長引き、でも私に殺される心配はないから勝ちを確信している、といったところでしょうか。
「スピアオーガさん。貴方は色々なものを甘く見すぎですよ。私の強さも、槍の道の奥深さも、職業補正の扱い方も、何に対する理解も不十分で未熟です」
音さえも置き去りにするスピアオーガの槍をいなしながら、それでもスピアオーガを殺し続ける。
「他者から借りた仮初の力で私に対抗しようなど片腹痛い。来世に出直してきなさい」
もうこれ以上強化されることもないスピアオーガと槍を合わせる意味は無い。
再生する度に殺し直して、スピアオーガをその場に縫い止める。
スピアオーガよ。確かに職業補正は私たちに黙って寄り添ってくれる力ですけど、自分からも歩み寄らねば補正の真の効果を発揮することは出来ないんですよ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「っと、2人ともそろそろ魔力がヤバそうだね。そろそろ終わりにしよっか」
「「はぁっ……はぁっ……! ありがっ、とうっ……! ございましっ、たぁ……!」」
私とラトリアを同時に相手取り、なのに息も乱さず対処して見せる旦那様。
初めてお会いした時、私はまだ村人のままで。
旦那様は圧倒的な職業補正の差で、私との技術差を覆してしまいましたね。
ですが私の職業浸透も進み、あの時と比べて補正の差は縮まっているはずです。
そして竜化したラトリアの剣の速度は私でも感嘆するほどなのに。
魔迅を使う私と竜化したラトリアが2人でかかっても追いつけないのは、職業補正では説明がつきませんよ?
「ん~、なんて説明すればいいのかなぁ」
「だっ、旦那様? く、くすぐったいんですけどぉ……?」
旦那様の強さの秘密を知りたがる私の頬を、どう説明したものかと言いながらむにゅむにゅと弄ぶ旦那様。
「少しだけ話が逸れるけど。ヴァルゴはさ、人の限界って何によって決まると思う?」
「人の限界、ですか? えっと……」
ほっぺを引っ張られたり撫でられたりされながら、旦那様の言葉の答えを探す。
人の身の限界。強さの到達点。
自分の槍に置き換えて、旦那様の剣に置き換えて、強さの限界を決定付けているものとは何かを考える。
私が槍の技術を磨いたのは、家族が魔物の犠牲になったからだった。
そして槍の技術を磨けるディロームの里という環境。護り手に抜擢された責任感。聖域を守る者としての使命感。
旦那様もニーナを守るために強さを手に入れられたと聞いている。
ならば人の強さを決定付ける要素というのは……。
「覚悟。もしくは強い意思ですか? 強くならなければいけない状況が、強くなりたいという渇望が、強さの限界を押し上げてくれるのではないでしょうか」
自分の半生、そして旦那様の戦いの日々を想って導き出した私の答え。
しかし私の答えを聞いた旦那様は、ちょっとだけ苦笑いを浮かべながら私の頭を撫でてくれる。
「ごめんヴァルゴ。俺の聞き方が悪かった。俺が聞きたかったのは精神的な要因じゃなくて、肉体的な要因の方だったんだよ」
精神的な理由ではなくて、強さの限界を決める肉体的な要因、ですか。
それは種族差であったり血統であったり、生まれ持った資質や才能といった話になるんでしょうか?
ですがそれでは、人間族の旦那様の強さが説明できませんよね……?
戸惑う私を抱きしめながら、頬に何度もキスをしてくれる旦那様。
「これは正解じゃなくて、俺がそう思ってるってだけの話なんだけどさ。人の限界を決めるのは認識だと思うんだよ、俺は」
「認識、ですか? あぅ……」
私を抱きしめてくれていた両手を下ろし、私のお尻を両手でやらしく撫で回しながら、旦那様は言葉を続ける。
「リーチェが以前、俺とみんなの職業補正の理解度が違うと言っていたのを覚えてるかな? でも俺はこの考え方はちょっと間違ってると思っててさ。俺とみんなの違いは、認識している世界の差なんじゃないかなぁって」
私の秘所に指を出し入れしながらも、至極真面目な口調で旦那様は語り続ける。
「竜人族という身体能力の優れたラトリアが、更に身体能力を強化する竜化を使って俺に剣を向けてきた時、俺とラトリアの敏捷性補正は圧倒的に俺の方が多かったのに、それでもかなりギリギリのところまで迫られたんだよね。あの時から俺は少し、自分の敏捷性補正に疑いを持つようになったんだ」
ラトリアを圧倒してみせたことで、自分の敏捷性補正に疑いを持った……!?
そのあまりに異常な思考の順序に戦慄しそうになった私の体が、旦那様の手でどんどん熱くされていく。
空いていた方の手が私の服の中に入れられ、私の乳首を弄り出す。
旦那様に触れられて心も体も高ぶってしまうけれど、キスをして旦那様の言葉を遮るわけにはいきません。
でも、ヴァルゴは切なくて仕方ないです、旦那様ぁ……。
「以前ヴァルゴは、職業補正が本人の意思に反して作用することは考えにくいって言ってたよね。あれがすごく分かりやすかったよ。職業浸透は本人の意思に反することは無い。ということは逆にこうも言えると思うんだ」
秘所と乳首を弄ばれながら耳元で囁く旦那様。
まるで耳元から体の内側を犯されているみたいですよぅ……!
「職業の加護はね。本人の常識を超えて力を貸してくれることはないんだと思う。俺達に累積している膨大な職業補正を本当の意味で活かすためには、俺達の認識や常識を塗り替える必要があるんだ」
気付くと旦那様の指は動きを止めて、私が旦那様の言葉を理解するのを待ってくれていた。
「職業補正を本当の意味で活かす、ですか? そして認識を……、常識を塗り替える?」
「ヴァルゴは長い年月をかけて技術を研鑽してきたよね。だからこそ自分自身の中に強さの枠みたいな物が出来てしまってるんじゃないかな。それが無意識の歯止めとなって、今のヴァルゴは自分の中の職業補正を活かしきれていないんだ」
常識。認識。
私の想像の限界が歯止めとなって、職業補正を活かすことが出来ていない……。
「まずは五感補正に集中して、自分がどれほど精緻に情報を捉えられるかを知って欲しい。それから身体操作性補正を検証して、自分がどれだけ肉体を精密に操れるのかを自覚するんだ」
「自覚……。つまりイメージの上限を、更新する……?」
「情報の知覚と肉体の制御が完璧ならば、敏捷性補正を更に引き出すことが出来るようになるはずだ」
諭すような旦那様の言葉に、手合わせ中の旦那様の様子を思い出す。
戦闘中、あらゆる情報を捉えようと全神経を張り巡らせる集中力。
どれ程の高速戦闘でも絶対に制御が乱れない身体操作。
そしてその先にある、無限に加速する動き。
「職業補正のおかげで俺達はどこまでだって強くなれるんだ。自分の磨いてきた技術を信じ、職業補正の加護を信じ、それが合わさった先の自分の姿を信じるんだヴァルゴ。お前が諦めない限り、この世界でお前はどこまでだって強くなれる」
旦那様の優しげな言葉に、だけど私は背筋が凍りつく。
職業補正が己の意思に応えるとするのなら。
私の常識が強さの限界を設けてしまっているのなら。
見据える先に明確な到達点を抱いていない旦那様は、いったい何処まで強くなってしまわれるのだろう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そんな旦那様に比べ、貴方と来たら……」
己が身に宿した敏捷性補正を力任せに振り回すだけ。
その動きを知覚することも、制御することも出来ていないスピアオーガ。
怨魂というスキルは確かに強力無比なスキルです。
1対1の戦闘においては、最強の能力と言っても差し支えないかもしれません。
ですがその程度ではイントルーダーを相手取るには不足ですし、仕合わせの暴君の前に立つには役者不足過ぎますよ。
「とはいえ……。このままでは埒が明きません、か」
スピアオーガに一切の抵抗を許さぬと、無限に殺し続けていた槍を止め、急速に再生していくスピアオーガと改めて対峙する。
このまま彼の心が折れるまで殺し続けても良いですが、やはり最強を名乗る者としては、怨魂を正面から打ち破って見せねば名折れというものでしょう。
私から受けた傷は瞬く間に再生し、再生速度以上の速さで殺し続けても意味は無いようです。
強引にスキルの能力を突破しようとしても無駄なようですね。
スキル『怨魂』。
旦那様からも聞いたことがないスキルである以上、職業スキルではなくマジックアイテムの能力であることはまず間違いない。
そしてブラブラと見苦しく曝け出された局部からも分かる通り、私の槍によってスピアオーガはほぼ全裸の状態。防具どころか衣服もアクセサリーも身につけていません。
であれば、スキルが付与されていると思われるマジックアイテムは、スピアオーガが振るっている無骨で巨大な槍に違いない。
「……ふん。息切れもしていないようだが、攻め疲れか?」
攻撃の手を止めた私に対して、怪訝そうに様子を窺うスピアオーガ。
「貴様の槍の腕は賞賛に値するが、それでもようやく理解できたのか? お前の攻撃に意味など無いということが」
「ええ。このまま貴方を無駄に殺し続けても意味が無いと悟りました。この戦いは槍使いスピアオーガを相手にしたものではなく、怨魂スキルこそが戦うべき相手なのだと思い知りました」
怨魂を正面から打ち破って見せると誓った。
死者の残滓を全て受け止めると言ってみせた。
だから私は槍使いとしてスピアオーガという存在を否定する為に、怨魂スキルを完全に粉砕してしまわなければいけないのです。
「スピアオーガさん。怨魂スキルはその槍に付与されたスキルですよね? これより私はその槍を破壊し、怨魂スキルを打ち破って見せるつもりです」
「……なんだと? そんなことが可能だと……」
「精々足掻いて見せなさい。貴方に槍使いの矜持が、まだ残っているのならば」
私の言葉を受け、一瞬驚いた後に息を吐き、そして静かに槍を構えなおすスピアオーガ。
先ほどまでの補正に頼りきった状態と違う、槍使いとしての矜持を感じさせる澱みのない動き。
「異界より齎されしこの『怨嗟の呪槍』。破壊出来るものならやってみろ。それがなされたのならば俺も1人の槍使いとして、潔くお前の勝利を称えよう」
両足をしっかりと開き、私に槍の切っ先を向け、武人を感じさせる眼光で私を睨むスピアオーガ。
「我が名はゼノン。先代メナスにしてレガリアを統べる者なり。最強の槍使いヴァルゴよ。鬼道に落ちた我が魔性の槍、砕けるものなら砕いて見せよぉっ!」
先代? そしてレガリアを統べる者、ですか。
色々と気になることはありますが、名乗りを受けたのであれば応えぬわけに参りません。
「我が名はヴァルゴ。誇り高きディロームの護り手にして、仕合わせの暴君を守る破邪の槍です」
異界から齎されたということは、きっとアウターレア武器ということなのでしょうね。
アウターレア武器を破壊できるかどうか、現実的に考えれば五分五分なんでしょうけれど。
「スピアオーガことゼノンさん。穢れ切った貴方の槍は、私が責任を持って貫き砕いて差し上げましょう」
名乗りを上げ終えた私たちは、最早言葉は不要と互いの槍をぶつけ合う。
職業の加護よ。そして磨き続けた私の槍よ。
私の想いと覚悟に応えてくれると、信じさせてくださいね?
槍の技術では負ける気はしませんが、槍の技術だけで勝敗が決まるような単純な相手ではないようですね。
「…………失敗したぁ」
縦に割ったのは失敗だったと、心から後悔してしまいます。
スキルによって体は再生されても、衣服までは再生されません。
両断された衣装を纏った男の局部が露出して、先ほどからブラブラと大変目障りですねぇ……!
「……下らない事は忘れて、考えるべき事を考えましょう」
スピアオーガの繰り出す荒々しい槍を捌きながら、スキル怨魂について考えます。
恨みを重ね、命を投げ打って相手を殺す最悪のスキル。
発動条件は、術者自身が殺害されること。
スキル発動者を中心に犠牲者の職業補正が累積し、殺されれば殺されるほど身体能力が増していく。
スキルが発動すると、私から受けた傷は瞬く間に再生するようになり、スキル対象者に対して絶対の優位性を発揮する、1対1に特化した尖った効果。
……その効果は捧げられた命が多ければ多いほど効果を増すあたり、スキルと言うよりは呪いに近い気がしますね。
「どうした? 攻撃の手が止まっているぞ?」
防戦一方の私に気を良くしたスピアオーガが、私の顔色を伺いながら煽ってきます。
「槍使いの頂点に立つ者として、俺達を正面から打ち破ると言っていた気がするのだがなぁ? 口ほどにもなさそうだ」
「……そう、ですね。まずは槍使いとして、貴方の槍が如何に未熟であるかをお伝えするのも一興」
「なにぃ?」
「スピアオーガよ。我が槍をその身に刻み、その真髄の一端にでも触れると良いでしょう」
スピアオーガの槍を逸らし、がら空きになった首を刎ねる。
けれど直ぐに体から新しい頭が生えてきて、私に向かって槍を放ってくる。
そしてその槍を捌き、返す刃でスピアオーガを殺していく。
「かはぁっ……! ぐっ、まだまだぁっ! この程度では死んでやれんなぁっ!」
私に殺されるたびに速度を増して、でも速度が増した分だけ精彩を欠くスピアオーガの槍。
10回殺して、20回殺して、30回殺して職業補正が累積し続けていくスピアオーガ。
けれど技術が補正に追いついていません。こんな槍では殺されてやれませんよ。
私に切り刻まれたせいで最早全裸で槍を振り回す、色々な意味で危険な存在となったスピアオーガ。
その顔には未だ、焦りや不安は一切浮かんでおりませんねぇ。
「くはははっ! 素晴らしい、実に素晴らしい腕前だなヴァルゴよ。貴様ほどの槍使いを殺した事実は、スピアオーガの名をより一層高めてくれることだろう!」
上機嫌に力いっぱい槍を振り回すスピアオーガ。
ふぅむ。ここまで一方的に虐殺されていても焦りは無いようですね。
まだ全ての魂を殺しきったわけではないでしょうけれど、それにしたって態度に余裕を感じます。
「貴方程度の使い手を殺したところで、私の名は高まってはくれそうもありませんがね」
ま、余裕の理由など知ったことではありません。
いくら殺しても死なないのであれば、貴方が死ぬまで殺してあげるだけですから。
「ぐえぇっ」
喉をひと突きし、手首を返して傷を抉る。
「かっ!?」
大きな笑い声を上げている口の中に槍を差し込む。
「ふぇっ……?」
眉間に槍を突き立て、頭蓋を粉砕し脳漿を撒き散らす。
思いつく限りの方法でスピアオーガを殺害する。
でも50どころか100度は殺して見せたけれど、スピアオーガが力尽きる気配はない。
やはり怨魂スキルの方をどうにかしないと、この戦いの勝利を掴むことは出来ませんか。
どれだけ職業補正を重ねても一方的に殺され続けている状況に、流石のスピアオーガも表情を険しくする。
「ちっ……。まさかここまでの力量差があるとは想定外だった。が、結果は変わらん。勝負が多少長引くだけで貴様の死は覆せんよ、ヴァルゴ」
苦々しく、けれどそれでも自身の勝ちを確信しているスピアオーガ。
「ふむ。結果が変わらない、という言葉だけは同意して差し上げましょう」
貴方がどれだけの補正を積み上げようと、私の前に立った以上、貴方の死は絶対です。
スピアオーガの職業補正は驚異的で、もしかしたら旦那様を超えるほどの敏捷補正を得ているかもしれません。
ですが肝心のスピアオーガ自身がその補正を扱いきれていない。
私が殺した人数よりもスピアオーガが死んだ回数が上回ったのか、先ほどから死んでも速度に変化がなくなったようです。
これ以上の強化が望めないから勝負が長引き、でも私に殺される心配はないから勝ちを確信している、といったところでしょうか。
「スピアオーガさん。貴方は色々なものを甘く見すぎですよ。私の強さも、槍の道の奥深さも、職業補正の扱い方も、何に対する理解も不十分で未熟です」
音さえも置き去りにするスピアオーガの槍をいなしながら、それでもスピアオーガを殺し続ける。
「他者から借りた仮初の力で私に対抗しようなど片腹痛い。来世に出直してきなさい」
もうこれ以上強化されることもないスピアオーガと槍を合わせる意味は無い。
再生する度に殺し直して、スピアオーガをその場に縫い止める。
スピアオーガよ。確かに職業補正は私たちに黙って寄り添ってくれる力ですけど、自分からも歩み寄らねば補正の真の効果を発揮することは出来ないんですよ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「っと、2人ともそろそろ魔力がヤバそうだね。そろそろ終わりにしよっか」
「「はぁっ……はぁっ……! ありがっ、とうっ……! ございましっ、たぁ……!」」
私とラトリアを同時に相手取り、なのに息も乱さず対処して見せる旦那様。
初めてお会いした時、私はまだ村人のままで。
旦那様は圧倒的な職業補正の差で、私との技術差を覆してしまいましたね。
ですが私の職業浸透も進み、あの時と比べて補正の差は縮まっているはずです。
そして竜化したラトリアの剣の速度は私でも感嘆するほどなのに。
魔迅を使う私と竜化したラトリアが2人でかかっても追いつけないのは、職業補正では説明がつきませんよ?
「ん~、なんて説明すればいいのかなぁ」
「だっ、旦那様? く、くすぐったいんですけどぉ……?」
旦那様の強さの秘密を知りたがる私の頬を、どう説明したものかと言いながらむにゅむにゅと弄ぶ旦那様。
「少しだけ話が逸れるけど。ヴァルゴはさ、人の限界って何によって決まると思う?」
「人の限界、ですか? えっと……」
ほっぺを引っ張られたり撫でられたりされながら、旦那様の言葉の答えを探す。
人の身の限界。強さの到達点。
自分の槍に置き換えて、旦那様の剣に置き換えて、強さの限界を決定付けているものとは何かを考える。
私が槍の技術を磨いたのは、家族が魔物の犠牲になったからだった。
そして槍の技術を磨けるディロームの里という環境。護り手に抜擢された責任感。聖域を守る者としての使命感。
旦那様もニーナを守るために強さを手に入れられたと聞いている。
ならば人の強さを決定付ける要素というのは……。
「覚悟。もしくは強い意思ですか? 強くならなければいけない状況が、強くなりたいという渇望が、強さの限界を押し上げてくれるのではないでしょうか」
自分の半生、そして旦那様の戦いの日々を想って導き出した私の答え。
しかし私の答えを聞いた旦那様は、ちょっとだけ苦笑いを浮かべながら私の頭を撫でてくれる。
「ごめんヴァルゴ。俺の聞き方が悪かった。俺が聞きたかったのは精神的な要因じゃなくて、肉体的な要因の方だったんだよ」
精神的な理由ではなくて、強さの限界を決める肉体的な要因、ですか。
それは種族差であったり血統であったり、生まれ持った資質や才能といった話になるんでしょうか?
ですがそれでは、人間族の旦那様の強さが説明できませんよね……?
戸惑う私を抱きしめながら、頬に何度もキスをしてくれる旦那様。
「これは正解じゃなくて、俺がそう思ってるってだけの話なんだけどさ。人の限界を決めるのは認識だと思うんだよ、俺は」
「認識、ですか? あぅ……」
私を抱きしめてくれていた両手を下ろし、私のお尻を両手でやらしく撫で回しながら、旦那様は言葉を続ける。
「リーチェが以前、俺とみんなの職業補正の理解度が違うと言っていたのを覚えてるかな? でも俺はこの考え方はちょっと間違ってると思っててさ。俺とみんなの違いは、認識している世界の差なんじゃないかなぁって」
私の秘所に指を出し入れしながらも、至極真面目な口調で旦那様は語り続ける。
「竜人族という身体能力の優れたラトリアが、更に身体能力を強化する竜化を使って俺に剣を向けてきた時、俺とラトリアの敏捷性補正は圧倒的に俺の方が多かったのに、それでもかなりギリギリのところまで迫られたんだよね。あの時から俺は少し、自分の敏捷性補正に疑いを持つようになったんだ」
ラトリアを圧倒してみせたことで、自分の敏捷性補正に疑いを持った……!?
そのあまりに異常な思考の順序に戦慄しそうになった私の体が、旦那様の手でどんどん熱くされていく。
空いていた方の手が私の服の中に入れられ、私の乳首を弄り出す。
旦那様に触れられて心も体も高ぶってしまうけれど、キスをして旦那様の言葉を遮るわけにはいきません。
でも、ヴァルゴは切なくて仕方ないです、旦那様ぁ……。
「以前ヴァルゴは、職業補正が本人の意思に反して作用することは考えにくいって言ってたよね。あれがすごく分かりやすかったよ。職業浸透は本人の意思に反することは無い。ということは逆にこうも言えると思うんだ」
秘所と乳首を弄ばれながら耳元で囁く旦那様。
まるで耳元から体の内側を犯されているみたいですよぅ……!
「職業の加護はね。本人の常識を超えて力を貸してくれることはないんだと思う。俺達に累積している膨大な職業補正を本当の意味で活かすためには、俺達の認識や常識を塗り替える必要があるんだ」
気付くと旦那様の指は動きを止めて、私が旦那様の言葉を理解するのを待ってくれていた。
「職業補正を本当の意味で活かす、ですか? そして認識を……、常識を塗り替える?」
「ヴァルゴは長い年月をかけて技術を研鑽してきたよね。だからこそ自分自身の中に強さの枠みたいな物が出来てしまってるんじゃないかな。それが無意識の歯止めとなって、今のヴァルゴは自分の中の職業補正を活かしきれていないんだ」
常識。認識。
私の想像の限界が歯止めとなって、職業補正を活かすことが出来ていない……。
「まずは五感補正に集中して、自分がどれほど精緻に情報を捉えられるかを知って欲しい。それから身体操作性補正を検証して、自分がどれだけ肉体を精密に操れるのかを自覚するんだ」
「自覚……。つまりイメージの上限を、更新する……?」
「情報の知覚と肉体の制御が完璧ならば、敏捷性補正を更に引き出すことが出来るようになるはずだ」
諭すような旦那様の言葉に、手合わせ中の旦那様の様子を思い出す。
戦闘中、あらゆる情報を捉えようと全神経を張り巡らせる集中力。
どれ程の高速戦闘でも絶対に制御が乱れない身体操作。
そしてその先にある、無限に加速する動き。
「職業補正のおかげで俺達はどこまでだって強くなれるんだ。自分の磨いてきた技術を信じ、職業補正の加護を信じ、それが合わさった先の自分の姿を信じるんだヴァルゴ。お前が諦めない限り、この世界でお前はどこまでだって強くなれる」
旦那様の優しげな言葉に、だけど私は背筋が凍りつく。
職業補正が己の意思に応えるとするのなら。
私の常識が強さの限界を設けてしまっているのなら。
見据える先に明確な到達点を抱いていない旦那様は、いったい何処まで強くなってしまわれるのだろう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そんな旦那様に比べ、貴方と来たら……」
己が身に宿した敏捷性補正を力任せに振り回すだけ。
その動きを知覚することも、制御することも出来ていないスピアオーガ。
怨魂というスキルは確かに強力無比なスキルです。
1対1の戦闘においては、最強の能力と言っても差し支えないかもしれません。
ですがその程度ではイントルーダーを相手取るには不足ですし、仕合わせの暴君の前に立つには役者不足過ぎますよ。
「とはいえ……。このままでは埒が明きません、か」
スピアオーガに一切の抵抗を許さぬと、無限に殺し続けていた槍を止め、急速に再生していくスピアオーガと改めて対峙する。
このまま彼の心が折れるまで殺し続けても良いですが、やはり最強を名乗る者としては、怨魂を正面から打ち破って見せねば名折れというものでしょう。
私から受けた傷は瞬く間に再生し、再生速度以上の速さで殺し続けても意味は無いようです。
強引にスキルの能力を突破しようとしても無駄なようですね。
スキル『怨魂』。
旦那様からも聞いたことがないスキルである以上、職業スキルではなくマジックアイテムの能力であることはまず間違いない。
そしてブラブラと見苦しく曝け出された局部からも分かる通り、私の槍によってスピアオーガはほぼ全裸の状態。防具どころか衣服もアクセサリーも身につけていません。
であれば、スキルが付与されていると思われるマジックアイテムは、スピアオーガが振るっている無骨で巨大な槍に違いない。
「……ふん。息切れもしていないようだが、攻め疲れか?」
攻撃の手を止めた私に対して、怪訝そうに様子を窺うスピアオーガ。
「貴様の槍の腕は賞賛に値するが、それでもようやく理解できたのか? お前の攻撃に意味など無いということが」
「ええ。このまま貴方を無駄に殺し続けても意味が無いと悟りました。この戦いは槍使いスピアオーガを相手にしたものではなく、怨魂スキルこそが戦うべき相手なのだと思い知りました」
怨魂を正面から打ち破って見せると誓った。
死者の残滓を全て受け止めると言ってみせた。
だから私は槍使いとしてスピアオーガという存在を否定する為に、怨魂スキルを完全に粉砕してしまわなければいけないのです。
「スピアオーガさん。怨魂スキルはその槍に付与されたスキルですよね? これより私はその槍を破壊し、怨魂スキルを打ち破って見せるつもりです」
「……なんだと? そんなことが可能だと……」
「精々足掻いて見せなさい。貴方に槍使いの矜持が、まだ残っているのならば」
私の言葉を受け、一瞬驚いた後に息を吐き、そして静かに槍を構えなおすスピアオーガ。
先ほどまでの補正に頼りきった状態と違う、槍使いとしての矜持を感じさせる澱みのない動き。
「異界より齎されしこの『怨嗟の呪槍』。破壊出来るものならやってみろ。それがなされたのならば俺も1人の槍使いとして、潔くお前の勝利を称えよう」
両足をしっかりと開き、私に槍の切っ先を向け、武人を感じさせる眼光で私を睨むスピアオーガ。
「我が名はゼノン。先代メナスにしてレガリアを統べる者なり。最強の槍使いヴァルゴよ。鬼道に落ちた我が魔性の槍、砕けるものなら砕いて見せよぉっ!」
先代? そしてレガリアを統べる者、ですか。
色々と気になることはありますが、名乗りを受けたのであれば応えぬわけに参りません。
「我が名はヴァルゴ。誇り高きディロームの護り手にして、仕合わせの暴君を守る破邪の槍です」
異界から齎されたということは、きっとアウターレア武器ということなのでしょうね。
アウターレア武器を破壊できるかどうか、現実的に考えれば五分五分なんでしょうけれど。
「スピアオーガことゼノンさん。穢れ切った貴方の槍は、私が責任を持って貫き砕いて差し上げましょう」
名乗りを上げ終えた私たちは、最早言葉は不要と互いの槍をぶつけ合う。
職業の加護よ。そして磨き続けた私の槍よ。
私の想いと覚悟に応えてくれると、信じさせてくださいね?
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