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5章 王国に潜む悪意2 それぞれの戦い
311 抗う者たち (改)
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その日は突然始まった。
今まで1度だって鳴らされたことが無い、魔物の襲来を告げる警鐘が街中に鳴り響き、ステイルークは早朝から異様な雰囲気に包まれた。
「くっそ……! まさか本当に起こりやがるとはな……!」
だけどダンの警告がラスティさんを通じて領主様まで上がっていたから、警備隊の備えは万全だった。
俺もすぐに身支度を整え、警備隊の詰め所に走った。
「あ、フロイ! やっと来てくれたか!」
俺の姿を見つけた同僚が、嬉しそうに手を振ってくれてらぁ。
俺が来たからって、なにが出来るってわけでもねぇのによ。
「それじゃ早速で悪いけど、現場指揮を頼んだぜっ! 騎士フロイ殿!」
「茶化してる場合かアホ。見張り番からはなんて?」
「……ああ。南西の森方向から大量の魔物がステイルークに向かって来ているらしい。お前の情報通りだな」
一瞬で真剣な表情を作る同僚。
始めからふざけるなっての。状況わかってんのかコイツは。
「隊長は領主様に報告に向かったから、隊長不在の間はお前が現場指揮を担当してくれよ。騎士なんだからな」
「ちっ、簡単に言ってくれやがって」
今までただの兵士だったんだから、現場指揮なんかやったことねぇっての!
ダンの口車に乗って騎士に転職したのはいいが……、少々早まったかねぇ?
長い付き合いの同僚から頼りにされるのは、悪い気がしないけどよぉ。
「それじゃ街の警備に最低限の人数を残して、残り全員で打って出るぞ」
警備隊の同僚に向けて、俺の独断で指示を出していく。
現場指揮なんて初めての経験だったが、この日の為に色々と想定してあったんだ。
魔物の襲撃が確認されて、だけどまだステイルークに被害が出ていないなら、状況の把握と情報の共有が最優先だな。
「奴隷商のゴールの旦那がこの日のために物資を用意してくれてるから、誰か彼に連絡して……。いや、出来れば打って出る前に会いに来てもらいてぇと伝えてくれ」
ゴールの旦那はダンと知り合いだ。
俺からステイルークの状況を知らせた上で、ダンに直接報告に行ってもらったほうがいいだろ。
「俺は見張り番に直接話を聞いてくらぁ。ゴールの旦那にもそっちに来てもらうように言ってくれ」
「警鐘が鳴ってるのは南門だな。それじゃ南門で合流しよう」
奴隷商館に走っていく同僚を見届けることなく、俺も南門に向かって全力で駆け出す。
ダンから聞いた限りじゃ、でかい魔物が居たら絶対に戦うなって話だったが……。
見張り番が厄介なもんを見てないことを祈るぜ、ったくよぉ。
「森から……! 南西の森から魔物が……! 魔物が溢れて……! なんだよ……! なんなんだよあれぇ……!」
「おいっ! しっかりしてくれ! お前の情報が必要なんだよ! ちっ……! 今は無理か……!」
ステイルークの南門まで走り、森の様子を見に行った奴から話を聞くが、すっかり怯えちまってなかなか要領を得ない。
とにかく夥しい数の魔物が南西の森から湧き出しているのは間違いないようだ。
しかし肝心の、巨大な魔物に関しての報告は曖昧だった。
居たような居なかったような、見たような気がする、それどころじゃなかった! だってぇ?
偵察に行ったお前らがパニクっててどうすんだアホ!
「……最悪を想定して報告すべきか。それとも確定情報だけを報告するか迷うな……」
目撃情報は曖昧だけど、居た気がすると言われたなら居ると報告すべきか。
ダンが言うには、巨大な魔物は絶対に戦っちゃいけねぇ相手らしいからな。
「フロイさん! とうとう恐れていたことが起こってしまったのですね……!」
「来てもらって悪い、ゴールの旦那。ダン絡みで頼れるのが旦那し思いつかなくってよ」
駆けつけてくれたゴールの旦那にステイルークの状況を伝え、急いでマグエルに向かってもらった。
もしもマグエルでダンに会えなかった場合は、シュパイン商会を頼れと言ってある。
シュパイン商会が無人って事はありえないから、これでステイルークの状況は間違いなくマグエルまで伝わるだろう。
冒険者ギルドの職員に頼んで、ゴールの旦那をマグエルまで送ってもらう。
……頼むぜ旦那。
援軍は無理でも、せめてこの状況を確実に伝えてくれよ。
「それじゃ事前に決めてある通り、俺達は外に打って出るぞ! 全員万全の態勢で門の外に集まってくれ!」
「しょ、正気かよフロイ!? こ、ここで篭城すべきじゃないのか!?」
同僚が俺の正気を疑ってくる。
まぁ無理もねぇやな。俺だって打って出たくなんかねぇんだからよ。
だけどこの街の城壁は、森から溢れ出るほどの魔物を想定した強度じゃない。
街に到達された時点で魔物に飲み込まれて、ステイルークの街は壊滅しちまうんだよ。
「俺達如きが森に行ったところで意味は無いかもしれねぇ。けど、それでも行かないわけにはいかねぇのよ。この街を守るためにな」
「フロイ……。くっそ、とんだ貧乏くじ引いちまったぜ……!」
悪態を吐きながらも、目に決意を宿してくれる同僚が頼もしい。
俺が警備隊に入ったのはステイルークを守るためなんだ。
俺達ステイルーク警備隊はこの街を守るために、死地だと分かっていても戦地へと突撃を仕掛けなきゃいけねぇんだ。
……覚悟、決めようぜ?
「準備を急げぇっ! ちんたらしてると魔物がステイルークに来ちまうぞぉっ!?」
普段ならポータルで先発隊を送り込むところだけど、今回はそんなものに意味はない。
魔物の侵攻を妨害するためにも、俺達は徒歩で打って出る作戦だ。
「獣爵家から警戒を出されてたってのによぉ……。俺はどこか危機感が足りてなかったかもしれねぇよ。そんなこと起こるわけねぇってさ」
「俺だって同じだよ。こんなのことになるなら、シェルミーちゃんを食事にでも誘っとけば良かったぜ……!」
同僚達が青い顔をしながらも軽口を叩きあっている。
切望的な状況だからこそ、くだらないことでも言ってないと気持ちが折れちまいそうなんだろうな……。
俺達が打って出る事に、どれほどの意味があるかは分からない。
だけど俺らが1秒でも長く時間を稼げば獣爵家も体勢を整えて反撃してくれるかもしれねぇし、別のところから救援が来るかもしれねぇ。
無駄死にになるかもしれねぇけど、ならねぇ可能性だってある。
だからみんなにゃ悪いけど、この街のために死に行くしかねぇんだよ……!
「全員準備は出来たか!? それじゃステイルーク警備隊、打って出……」
「待って、待ってくれフロイさん! アンタに客が来てる!」
そんな覚悟を決めて街から出ようとしたところで、後輩に呼び止められた。
「何だってんだいったい! こんな時に客の対応なんかしてられ……」
「援軍だよ! 援軍を名乗る魔人族の集団が突然現れて、アンタに会いたいと言ってきてるんだ!」
「えっ、援軍……!? って、魔人族ぅ!? なんっだそりゃ……!?」
ゴールの旦那がステイルークを発ったのはついさっき。援軍が来るにしちゃ早すぎる。
援軍が来るにしても、魔人族なんてどっから出てきやがったんだ? そしてなんで俺に会いたがる?
「わ、わけ分からねぇけど……。と、とにかく案内してくれっか!」
「ああ! こっちだ!」
……何もかも意味が分からねぇけど、援軍を名乗る以上は会わないわけにはいかねぇ。
今は少しでも戦力が必要だからな。
「みんなはこのまま待機しててくれ! すぐ戻るっ!」
最悪に最悪を重ねたような状況だってのに、いったい何が起こったってんだ?
駆け出す後輩の背中を追って、ステイルークの東門まで一気に駆け抜けた。
そうして引き合わされた30人ほどの集団は確かに全員が魔人族で、こちらには一切敵意を見せてこなかった。
「我らはダン様の所有するアライアンス、ペネトレイターに所属する魔人族だ。貴方がフロイ殿か?」
「た、確かに俺がフロイだけど……。ダン、様ぁ……??」
「うむ。ダン様の指示で、ステイルークの防衛を任される事になったのだ。警備隊に全面的に協力するよう言われているので、現場指揮官であるフロイ殿の指示を仰ぎたい」
……なにもかも分からねぇままだけど、これが誰の仕業なのかだけは分かった。
ったく、ダンの野郎が……。
手が足りないとか言いながら、やるこたぁしっかりやってんじゃねぇか……!
「……アンタらが何者なのかは気にしねぇことにする! 今はこの街を守るために、アンタらの命を預からせてくれっ……!」
ダンの知り合いだってんなら信用していい。
呪われた少女の手を取る奴が誰かを騙したりする筈がねぇからよ。
力強く頷きを返してくれた魔人族の集団と共に、警備隊の下へと急いで戻った。
「戦いに慣れていて、全員が魔法使いと修道士を経験済みだぁ……? と、とんでもねぇなアンタら……」
話を聞くに全員が日常的に魔物を狩っていて、攻撃魔法と回復魔法を使えるという破格の戦力だった。
特に攻撃魔法がありがたすぎるぜ……!
魔物の数が多すぎるが、範囲攻撃魔法があれば取れる手段は格段に増える!
「魔物との戦闘には不安は無いが、我等には土地勘が無いのだ。ダン様には人的被害を最小限に抑えるようにと仰せつかっているから、どうか我らを上手く使ってくれ」
しかもダンとの約束かなんだかしらねぇが、素直にこっちの指揮下に加わってくれるときたもんだ。
まだまだ絶望的な状況に変わりはねぇが、俺達が命を張る効果はかなり大きくなった気がするぜ。
「会ったばかりのアンタらを死地に送り込むのは気が引けるけど、こっちも街を守るためには形振り構っちゃいられねぇ。援軍っていうならありがたく協力してもらうぜ。ステイルークのために一緒に死んでくれるか」
「ふっ。協力はするが、死んでやる気は毛頭無い。我らは誰も死なんとダン様と約束しているのでな。それに魔物相手の防衛戦には慣れている。期待してくれていいぞ」
不敵に笑う魔人族の男。その表情は自信に満ちている。
へっ、流石はダンの連れて来た戦力だ。これから死地に向かうってのに頼もしいこった。
「駆けつけてくれた魔人族の援軍のおかげで、俺達の生き残る可能性がほんの少しだが上がってくれたぞぉ!」
あまり出発を遅らせるわけにはいかないが、この人たちを戦力に組み込まない手はねぇ。
大急ぎで部隊を再編して、魔人族の援軍をみんなに紹介する。
「魔人族の皆さんは全員が範囲攻撃魔法と回復魔法が使えるらしいから、遠慮なく頼りにさせてもらおうぜっ!」
「ステイルーク警備隊の諸君。1人の犠牲者も出さぬために、どうか協力して欲しい」
突然の援軍、しかも大勢の魔人族なんて目にした警備隊のみんなは戸惑っていたけど、範囲攻撃魔法と回復魔法を全員が使えると聞いて、さっきと比べれば目に光が戻ってきてくれた。
虫のいい話ってこたぁ百も承知だがよぉ。全員でまた酒でも飲みに行きてぇなぁ。
「ステイルーク警備隊、出発するぞぉ! これを乗り切ったら酒場を貸しきって、1日中バカ騒ぎしようぜぇっ!」
「「「おおおお!!!」」」
響き渡る同僚たちの声。気合が漲っているのが分かる。
助かったぜダン。危うく魔物の群れに怯えて、震えながら出発しなきゃいけねぇところだった。
この状況でやる気なんか出しても意味なんかねぇかもしれねぇけどよ。
少なくとも魔物に背を向けて死ぬやつは1人もいなそうだ。
「がんばれーっ! 頑張れ警備隊ーっ!」
「頼みますっ……! ステイルークを守ってくだされ……!」
やる気に満ちた警備隊の姿は、街の人にも安心感を与えることが出来たらしい。
街の人たちは力の限り俺達を激励して見送ってくれた。
しっかし……。家族に見送られている隊員を見てると、少し羨ましく感じちまうぜ。
俺もいい年だし、この騒動を乗り切れたら身を固めるのもいいかもしれねぇなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なにも、できなかった……。
動くことはおろか、息することさえ辛くて、私たちはただされるがままにダンに送り出されてしまった。
送られた先は見覚えのある場所、スポットの入り口付近。
さっきまで居た場所と違って、なんの危険も感じられない場所。
そんな場所に送り出されてなお、私たちは身動き1つ取ることができない。
「はぁ……! はぁ……!」
震えが止まらない。
体中が、冷たい汗でびっしょりに濡れている。
最深部で戦いに参加することはなかったけど、ダンが倒す魔物を見ても恐ろしいって感じることはなかったのに。
あの巨大な3体の魔物を目にした時、そして私たちに向かって歩いてくるのが分かった時、私はもう助からないんだって確信してしまった……。
こうして逃がしてもらえた今も、マグエルに助けを呼びに行かなきゃダメなんだって分かっているのに……。
私の体は抜け殻みたいに力が抜けちゃって、全然言う事を聞いてくれないの。
「ち、くしょう……! ちっくしょう……! なんで俺は、こんなに弱いんだ……! なんで俺は、まだこんなに無力なんだよっ……!」
声のした方を見ると、ワンダが歯を食い縛って泣いていた。
私はまだ泣くことすら出来そうもないのに、ワンダは悔しそうに拳を握って、何度も地面を殴っている。
……そう言えば、あの場でもワンダだけが喋れていたっけ。
「肝心な時に力になれなくてどうすんだよ……! 結局ダンを1人で置いてきちまってどうすんだよ……! 俺は何のために剣を振ってんだ! 何のために職業を浸透させてんだよぉ……! くそぉ、くっそぉ……!」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」
ワンダに続いて叫び声を上げたのはドレッドだった。
今までどんな苦境に立たされても、ここまで取り乱したことはなかったのに。
サウザーもビリーもリオンもまだ私と同じで、力の抜けた体で2人の様子を眺めている事しか出来ない。
お調子者でムードメーカーだったワンダと、どんな時でも冷静にパーティを支えてくれていたドレッド。
2人だけが恐怖とは違う感情で体を震えさせているように見えた。
「動けぇ! 動けよ俺の足っ! まだダンが1人で残ってんだよ! 誰かを呼びに行かなきゃダメなんだよぉっ! 動けぇ! 頼むから動いてくれよぉっ! このままじゃダンが、ダンがぁっ!!」
「ううう、うっ、ごけぇ……!!」
2人は私達よりも平気な様子に見えたけれど、それでも足が竦んで動けないらしかった。
自分の両足を殴り続けるワンダとドレッドの姿を見ていて、いつの間にか歯を食い縛っている自分に気付く。
なにを寝てるのよ私は……!
幸福の先端の最高戦力として、優先的に戦闘職を浸透させてもらっておきながら……。
いざって時にワンダよりもドレッドよりも動けなくなってたら、なんの意味が無いじゃない……!
「うああああああっ!!」
あんな巨大な魔物を見たのは初めてだから、身が竦んでも仕方ない?
ダンと比べてまだまだ子供だから、魔物に怯えても仕方ない?
最深部に入ったのは初めてだから、何も出来なくても仕方ない?
そんなわけ、ないじゃない……!
「悔しい……、悔しいよぉ……!」
自惚れていた。調子に乗っていたんだ私は。
自分より強い人たちに守られて、自分より弱い子たちに褒められて有頂天になっていただけ。
いざって時には守られるだけ。
何にも出来ない無力な子供でしかなかったくせに……!
「何で私、こんなに弱いままなの……!? あんなに強い人たちに導いてもらってるのに、私はいったいいつまで弱いままでいれば気が済むのよぉっ……!」
ワンダとドレッドの姿を見て、体の芯に熱が戻ってくる。
熱が戻ってくると体の中を駆け巡るのは、調子に乗っていた自分への恥ずかしさ、何も出来なかった自分への苛立ち、無力な自分への怒りだった。
呪われたニーナを構わず抱きしめたダンの姿を、呪われているのにいつも笑って私達にご飯を食べさせてくれたニーナの姿を見てきているのに、私はあの2人から何も学び取れていないんだ。
それが恥ずかしくて許せなくて、悔しくて仕方ない……!
「動いてよぉ! 何で動かないのよぉ! なんで力が入らないのぉ……!」
自分だけ安全圏に逃がしてもらっておきながら、未だ死地に留まっているダンに救援を送らなければいけないのが分かっているのに、それでも動き出せない自分に腹が立つ……!
ダンは状況を誰かに伝えてくれって言ってたのに、そんな簡単なおつかいさえ満足にこなせないの、私の体は……!?
「動け動けっ! 動いてぇ! こんなところで泣いてたって、なんの意味も無いのっ……!!」
体の奥から自身を焦がすほどの熱を感じるのに、体を動かすことが出来ない。
もどかしい。悔しい。許せない。
動かない体と燃えるような魂が全然噛み合ってくれない。
ワンダとドレッドと一緒に、動かない体のもどかしさに気が狂いそうになりながら、衝動のままに叫び続ける。
サウザーたちの瞳にも光が戻ってきたのが分かる。
でもそれだけじゃ足りないの! 今はまず動かなきゃいけないのに……!
どれだけ怒りを覚えても、私たちに出来たのは感情のままに泣き叫ぶことだけだった……。
「おーい! 大丈夫か! なにがあったんだ!?」
「……え?」
突如耳に届く聞き慣れない声。
声のした方向に目を向けると、マグエルで何度か見かけた魔物狩りの男が駆け寄ってきてくれていた。
「何があった!? 誰か死んじまったのか!? ってお前ら、トライラムフォロワーじゃねぇか!?」
私達と直接関わったことはなかったけど、男も私達が誰なのかは知っていたみたいだった。
「おーいリーダー! コイツらトライラムフォロワーだ! トライラム教会の孤児で結成されてるっていうあいつらだよ!」
「トライラム教会の……!」
男は背後に向かって叫び、パーティメンバーを呼び寄せる。
「く……! 済まないみんな、今日の探索は中止させてくれ! コイツらの救助をさせてもらいたいんだ……!」
リーダーと呼ばれた男が、探索の予定を中止しメンバーに頭を下げてまで私達を助けてくれる。
声をかけてきた男は6人パーティの魔物狩りで、私たちは全員肩を借りながらスポットから脱出することが出来た。
「ごめん……! 俺達のこと、教会まで送って欲しいんだ……! まだ俺達、自分の足で立つことが出来そうになくて……!」
悔しそうに懇願するワンダの頭を、相手のパーティのリーダーと呼ばれている男がワシャワシャと撫でている。
「ガキが遠慮なんてしなくていい。何があったのかも聞かない。教会まではちゃんと送ってやるから、まずは息を整えて心を落ち着かせる事に集中するんだ」
リーダーの男はベテランらしい落ち着いた様子でワンダを宥めながら、決して歩みを止めずに教会に向かってくれている。
「魔物狩りになると、上手くいかないことなんてしょっちゅうだ。お金を失ったり仲間を失ったりと、嫌になることばっかりなんだけどよ。大事なのはそれから目を逸らさないことだと思うんだ」
大事なのは目を逸らさないこと……。
無力な自分、不甲斐ない、情けない自分から目を逸らさないこと……。
リーダーの言葉を聞いて色々な事を考えていると、やがて教会が見えてくる。
「でも……。いったい誰に、なんて言えばいいの……?」
あんな化け物がいたと報告して、いったい何の意味があるんだろう。
もし救援を送れるとしても、あんな魔物を相手に誰を送ればいいんだろう。
様々なことが頭に浮かぶ度に、それを振り払うように頭を振った。
私達が今するべきは、ダンの事を誰かに伝えることでしょ……!
迷った振りをして自分のやるべきことから目を逸らしちゃ絶対にダメなの!
それをしてしまったら、きっと私たちは永遠に弱いままだ……!
教会に戻ると、ちょうど居合わせたシュパイン商会の人が私達を見て駆け寄ってきた。
「ワンダ君! コテンちゃん! みんな何があったの!? ダンさんは!?」
「お願い……! お願いだからみんなを助けて……!」
私たちは無力だから、誰かに助けを求めることしか出来ない。
でも私たちは、自分の弱さから目を逸らすことだけは絶対にしない。して堪るもんか!
私たちは無力で非力な子供でしかなくても、ダンを助けられる誰かを呼ぶことくらいはできるもん!
誰でもいい、誰でもいいから……! ダンを、ダンを助けてぇ……!
今まで1度だって鳴らされたことが無い、魔物の襲来を告げる警鐘が街中に鳴り響き、ステイルークは早朝から異様な雰囲気に包まれた。
「くっそ……! まさか本当に起こりやがるとはな……!」
だけどダンの警告がラスティさんを通じて領主様まで上がっていたから、警備隊の備えは万全だった。
俺もすぐに身支度を整え、警備隊の詰め所に走った。
「あ、フロイ! やっと来てくれたか!」
俺の姿を見つけた同僚が、嬉しそうに手を振ってくれてらぁ。
俺が来たからって、なにが出来るってわけでもねぇのによ。
「それじゃ早速で悪いけど、現場指揮を頼んだぜっ! 騎士フロイ殿!」
「茶化してる場合かアホ。見張り番からはなんて?」
「……ああ。南西の森方向から大量の魔物がステイルークに向かって来ているらしい。お前の情報通りだな」
一瞬で真剣な表情を作る同僚。
始めからふざけるなっての。状況わかってんのかコイツは。
「隊長は領主様に報告に向かったから、隊長不在の間はお前が現場指揮を担当してくれよ。騎士なんだからな」
「ちっ、簡単に言ってくれやがって」
今までただの兵士だったんだから、現場指揮なんかやったことねぇっての!
ダンの口車に乗って騎士に転職したのはいいが……、少々早まったかねぇ?
長い付き合いの同僚から頼りにされるのは、悪い気がしないけどよぉ。
「それじゃ街の警備に最低限の人数を残して、残り全員で打って出るぞ」
警備隊の同僚に向けて、俺の独断で指示を出していく。
現場指揮なんて初めての経験だったが、この日の為に色々と想定してあったんだ。
魔物の襲撃が確認されて、だけどまだステイルークに被害が出ていないなら、状況の把握と情報の共有が最優先だな。
「奴隷商のゴールの旦那がこの日のために物資を用意してくれてるから、誰か彼に連絡して……。いや、出来れば打って出る前に会いに来てもらいてぇと伝えてくれ」
ゴールの旦那はダンと知り合いだ。
俺からステイルークの状況を知らせた上で、ダンに直接報告に行ってもらったほうがいいだろ。
「俺は見張り番に直接話を聞いてくらぁ。ゴールの旦那にもそっちに来てもらうように言ってくれ」
「警鐘が鳴ってるのは南門だな。それじゃ南門で合流しよう」
奴隷商館に走っていく同僚を見届けることなく、俺も南門に向かって全力で駆け出す。
ダンから聞いた限りじゃ、でかい魔物が居たら絶対に戦うなって話だったが……。
見張り番が厄介なもんを見てないことを祈るぜ、ったくよぉ。
「森から……! 南西の森から魔物が……! 魔物が溢れて……! なんだよ……! なんなんだよあれぇ……!」
「おいっ! しっかりしてくれ! お前の情報が必要なんだよ! ちっ……! 今は無理か……!」
ステイルークの南門まで走り、森の様子を見に行った奴から話を聞くが、すっかり怯えちまってなかなか要領を得ない。
とにかく夥しい数の魔物が南西の森から湧き出しているのは間違いないようだ。
しかし肝心の、巨大な魔物に関しての報告は曖昧だった。
居たような居なかったような、見たような気がする、それどころじゃなかった! だってぇ?
偵察に行ったお前らがパニクっててどうすんだアホ!
「……最悪を想定して報告すべきか。それとも確定情報だけを報告するか迷うな……」
目撃情報は曖昧だけど、居た気がすると言われたなら居ると報告すべきか。
ダンが言うには、巨大な魔物は絶対に戦っちゃいけねぇ相手らしいからな。
「フロイさん! とうとう恐れていたことが起こってしまったのですね……!」
「来てもらって悪い、ゴールの旦那。ダン絡みで頼れるのが旦那し思いつかなくってよ」
駆けつけてくれたゴールの旦那にステイルークの状況を伝え、急いでマグエルに向かってもらった。
もしもマグエルでダンに会えなかった場合は、シュパイン商会を頼れと言ってある。
シュパイン商会が無人って事はありえないから、これでステイルークの状況は間違いなくマグエルまで伝わるだろう。
冒険者ギルドの職員に頼んで、ゴールの旦那をマグエルまで送ってもらう。
……頼むぜ旦那。
援軍は無理でも、せめてこの状況を確実に伝えてくれよ。
「それじゃ事前に決めてある通り、俺達は外に打って出るぞ! 全員万全の態勢で門の外に集まってくれ!」
「しょ、正気かよフロイ!? こ、ここで篭城すべきじゃないのか!?」
同僚が俺の正気を疑ってくる。
まぁ無理もねぇやな。俺だって打って出たくなんかねぇんだからよ。
だけどこの街の城壁は、森から溢れ出るほどの魔物を想定した強度じゃない。
街に到達された時点で魔物に飲み込まれて、ステイルークの街は壊滅しちまうんだよ。
「俺達如きが森に行ったところで意味は無いかもしれねぇ。けど、それでも行かないわけにはいかねぇのよ。この街を守るためにな」
「フロイ……。くっそ、とんだ貧乏くじ引いちまったぜ……!」
悪態を吐きながらも、目に決意を宿してくれる同僚が頼もしい。
俺が警備隊に入ったのはステイルークを守るためなんだ。
俺達ステイルーク警備隊はこの街を守るために、死地だと分かっていても戦地へと突撃を仕掛けなきゃいけねぇんだ。
……覚悟、決めようぜ?
「準備を急げぇっ! ちんたらしてると魔物がステイルークに来ちまうぞぉっ!?」
普段ならポータルで先発隊を送り込むところだけど、今回はそんなものに意味はない。
魔物の侵攻を妨害するためにも、俺達は徒歩で打って出る作戦だ。
「獣爵家から警戒を出されてたってのによぉ……。俺はどこか危機感が足りてなかったかもしれねぇよ。そんなこと起こるわけねぇってさ」
「俺だって同じだよ。こんなのことになるなら、シェルミーちゃんを食事にでも誘っとけば良かったぜ……!」
同僚達が青い顔をしながらも軽口を叩きあっている。
切望的な状況だからこそ、くだらないことでも言ってないと気持ちが折れちまいそうなんだろうな……。
俺達が打って出る事に、どれほどの意味があるかは分からない。
だけど俺らが1秒でも長く時間を稼げば獣爵家も体勢を整えて反撃してくれるかもしれねぇし、別のところから救援が来るかもしれねぇ。
無駄死にになるかもしれねぇけど、ならねぇ可能性だってある。
だからみんなにゃ悪いけど、この街のために死に行くしかねぇんだよ……!
「全員準備は出来たか!? それじゃステイルーク警備隊、打って出……」
「待って、待ってくれフロイさん! アンタに客が来てる!」
そんな覚悟を決めて街から出ようとしたところで、後輩に呼び止められた。
「何だってんだいったい! こんな時に客の対応なんかしてられ……」
「援軍だよ! 援軍を名乗る魔人族の集団が突然現れて、アンタに会いたいと言ってきてるんだ!」
「えっ、援軍……!? って、魔人族ぅ!? なんっだそりゃ……!?」
ゴールの旦那がステイルークを発ったのはついさっき。援軍が来るにしちゃ早すぎる。
援軍が来るにしても、魔人族なんてどっから出てきやがったんだ? そしてなんで俺に会いたがる?
「わ、わけ分からねぇけど……。と、とにかく案内してくれっか!」
「ああ! こっちだ!」
……何もかも意味が分からねぇけど、援軍を名乗る以上は会わないわけにはいかねぇ。
今は少しでも戦力が必要だからな。
「みんなはこのまま待機しててくれ! すぐ戻るっ!」
最悪に最悪を重ねたような状況だってのに、いったい何が起こったってんだ?
駆け出す後輩の背中を追って、ステイルークの東門まで一気に駆け抜けた。
そうして引き合わされた30人ほどの集団は確かに全員が魔人族で、こちらには一切敵意を見せてこなかった。
「我らはダン様の所有するアライアンス、ペネトレイターに所属する魔人族だ。貴方がフロイ殿か?」
「た、確かに俺がフロイだけど……。ダン、様ぁ……??」
「うむ。ダン様の指示で、ステイルークの防衛を任される事になったのだ。警備隊に全面的に協力するよう言われているので、現場指揮官であるフロイ殿の指示を仰ぎたい」
……なにもかも分からねぇままだけど、これが誰の仕業なのかだけは分かった。
ったく、ダンの野郎が……。
手が足りないとか言いながら、やるこたぁしっかりやってんじゃねぇか……!
「……アンタらが何者なのかは気にしねぇことにする! 今はこの街を守るために、アンタらの命を預からせてくれっ……!」
ダンの知り合いだってんなら信用していい。
呪われた少女の手を取る奴が誰かを騙したりする筈がねぇからよ。
力強く頷きを返してくれた魔人族の集団と共に、警備隊の下へと急いで戻った。
「戦いに慣れていて、全員が魔法使いと修道士を経験済みだぁ……? と、とんでもねぇなアンタら……」
話を聞くに全員が日常的に魔物を狩っていて、攻撃魔法と回復魔法を使えるという破格の戦力だった。
特に攻撃魔法がありがたすぎるぜ……!
魔物の数が多すぎるが、範囲攻撃魔法があれば取れる手段は格段に増える!
「魔物との戦闘には不安は無いが、我等には土地勘が無いのだ。ダン様には人的被害を最小限に抑えるようにと仰せつかっているから、どうか我らを上手く使ってくれ」
しかもダンとの約束かなんだかしらねぇが、素直にこっちの指揮下に加わってくれるときたもんだ。
まだまだ絶望的な状況に変わりはねぇが、俺達が命を張る効果はかなり大きくなった気がするぜ。
「会ったばかりのアンタらを死地に送り込むのは気が引けるけど、こっちも街を守るためには形振り構っちゃいられねぇ。援軍っていうならありがたく協力してもらうぜ。ステイルークのために一緒に死んでくれるか」
「ふっ。協力はするが、死んでやる気は毛頭無い。我らは誰も死なんとダン様と約束しているのでな。それに魔物相手の防衛戦には慣れている。期待してくれていいぞ」
不敵に笑う魔人族の男。その表情は自信に満ちている。
へっ、流石はダンの連れて来た戦力だ。これから死地に向かうってのに頼もしいこった。
「駆けつけてくれた魔人族の援軍のおかげで、俺達の生き残る可能性がほんの少しだが上がってくれたぞぉ!」
あまり出発を遅らせるわけにはいかないが、この人たちを戦力に組み込まない手はねぇ。
大急ぎで部隊を再編して、魔人族の援軍をみんなに紹介する。
「魔人族の皆さんは全員が範囲攻撃魔法と回復魔法が使えるらしいから、遠慮なく頼りにさせてもらおうぜっ!」
「ステイルーク警備隊の諸君。1人の犠牲者も出さぬために、どうか協力して欲しい」
突然の援軍、しかも大勢の魔人族なんて目にした警備隊のみんなは戸惑っていたけど、範囲攻撃魔法と回復魔法を全員が使えると聞いて、さっきと比べれば目に光が戻ってきてくれた。
虫のいい話ってこたぁ百も承知だがよぉ。全員でまた酒でも飲みに行きてぇなぁ。
「ステイルーク警備隊、出発するぞぉ! これを乗り切ったら酒場を貸しきって、1日中バカ騒ぎしようぜぇっ!」
「「「おおおお!!!」」」
響き渡る同僚たちの声。気合が漲っているのが分かる。
助かったぜダン。危うく魔物の群れに怯えて、震えながら出発しなきゃいけねぇところだった。
この状況でやる気なんか出しても意味なんかねぇかもしれねぇけどよ。
少なくとも魔物に背を向けて死ぬやつは1人もいなそうだ。
「がんばれーっ! 頑張れ警備隊ーっ!」
「頼みますっ……! ステイルークを守ってくだされ……!」
やる気に満ちた警備隊の姿は、街の人にも安心感を与えることが出来たらしい。
街の人たちは力の限り俺達を激励して見送ってくれた。
しっかし……。家族に見送られている隊員を見てると、少し羨ましく感じちまうぜ。
俺もいい年だし、この騒動を乗り切れたら身を固めるのもいいかもしれねぇなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なにも、できなかった……。
動くことはおろか、息することさえ辛くて、私たちはただされるがままにダンに送り出されてしまった。
送られた先は見覚えのある場所、スポットの入り口付近。
さっきまで居た場所と違って、なんの危険も感じられない場所。
そんな場所に送り出されてなお、私たちは身動き1つ取ることができない。
「はぁ……! はぁ……!」
震えが止まらない。
体中が、冷たい汗でびっしょりに濡れている。
最深部で戦いに参加することはなかったけど、ダンが倒す魔物を見ても恐ろしいって感じることはなかったのに。
あの巨大な3体の魔物を目にした時、そして私たちに向かって歩いてくるのが分かった時、私はもう助からないんだって確信してしまった……。
こうして逃がしてもらえた今も、マグエルに助けを呼びに行かなきゃダメなんだって分かっているのに……。
私の体は抜け殻みたいに力が抜けちゃって、全然言う事を聞いてくれないの。
「ち、くしょう……! ちっくしょう……! なんで俺は、こんなに弱いんだ……! なんで俺は、まだこんなに無力なんだよっ……!」
声のした方を見ると、ワンダが歯を食い縛って泣いていた。
私はまだ泣くことすら出来そうもないのに、ワンダは悔しそうに拳を握って、何度も地面を殴っている。
……そう言えば、あの場でもワンダだけが喋れていたっけ。
「肝心な時に力になれなくてどうすんだよ……! 結局ダンを1人で置いてきちまってどうすんだよ……! 俺は何のために剣を振ってんだ! 何のために職業を浸透させてんだよぉ……! くそぉ、くっそぉ……!」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」
ワンダに続いて叫び声を上げたのはドレッドだった。
今までどんな苦境に立たされても、ここまで取り乱したことはなかったのに。
サウザーもビリーもリオンもまだ私と同じで、力の抜けた体で2人の様子を眺めている事しか出来ない。
お調子者でムードメーカーだったワンダと、どんな時でも冷静にパーティを支えてくれていたドレッド。
2人だけが恐怖とは違う感情で体を震えさせているように見えた。
「動けぇ! 動けよ俺の足っ! まだダンが1人で残ってんだよ! 誰かを呼びに行かなきゃダメなんだよぉっ! 動けぇ! 頼むから動いてくれよぉっ! このままじゃダンが、ダンがぁっ!!」
「ううう、うっ、ごけぇ……!!」
2人は私達よりも平気な様子に見えたけれど、それでも足が竦んで動けないらしかった。
自分の両足を殴り続けるワンダとドレッドの姿を見ていて、いつの間にか歯を食い縛っている自分に気付く。
なにを寝てるのよ私は……!
幸福の先端の最高戦力として、優先的に戦闘職を浸透させてもらっておきながら……。
いざって時にワンダよりもドレッドよりも動けなくなってたら、なんの意味が無いじゃない……!
「うああああああっ!!」
あんな巨大な魔物を見たのは初めてだから、身が竦んでも仕方ない?
ダンと比べてまだまだ子供だから、魔物に怯えても仕方ない?
最深部に入ったのは初めてだから、何も出来なくても仕方ない?
そんなわけ、ないじゃない……!
「悔しい……、悔しいよぉ……!」
自惚れていた。調子に乗っていたんだ私は。
自分より強い人たちに守られて、自分より弱い子たちに褒められて有頂天になっていただけ。
いざって時には守られるだけ。
何にも出来ない無力な子供でしかなかったくせに……!
「何で私、こんなに弱いままなの……!? あんなに強い人たちに導いてもらってるのに、私はいったいいつまで弱いままでいれば気が済むのよぉっ……!」
ワンダとドレッドの姿を見て、体の芯に熱が戻ってくる。
熱が戻ってくると体の中を駆け巡るのは、調子に乗っていた自分への恥ずかしさ、何も出来なかった自分への苛立ち、無力な自分への怒りだった。
呪われたニーナを構わず抱きしめたダンの姿を、呪われているのにいつも笑って私達にご飯を食べさせてくれたニーナの姿を見てきているのに、私はあの2人から何も学び取れていないんだ。
それが恥ずかしくて許せなくて、悔しくて仕方ない……!
「動いてよぉ! 何で動かないのよぉ! なんで力が入らないのぉ……!」
自分だけ安全圏に逃がしてもらっておきながら、未だ死地に留まっているダンに救援を送らなければいけないのが分かっているのに、それでも動き出せない自分に腹が立つ……!
ダンは状況を誰かに伝えてくれって言ってたのに、そんな簡単なおつかいさえ満足にこなせないの、私の体は……!?
「動け動けっ! 動いてぇ! こんなところで泣いてたって、なんの意味も無いのっ……!!」
体の奥から自身を焦がすほどの熱を感じるのに、体を動かすことが出来ない。
もどかしい。悔しい。許せない。
動かない体と燃えるような魂が全然噛み合ってくれない。
ワンダとドレッドと一緒に、動かない体のもどかしさに気が狂いそうになりながら、衝動のままに叫び続ける。
サウザーたちの瞳にも光が戻ってきたのが分かる。
でもそれだけじゃ足りないの! 今はまず動かなきゃいけないのに……!
どれだけ怒りを覚えても、私たちに出来たのは感情のままに泣き叫ぶことだけだった……。
「おーい! 大丈夫か! なにがあったんだ!?」
「……え?」
突如耳に届く聞き慣れない声。
声のした方向に目を向けると、マグエルで何度か見かけた魔物狩りの男が駆け寄ってきてくれていた。
「何があった!? 誰か死んじまったのか!? ってお前ら、トライラムフォロワーじゃねぇか!?」
私達と直接関わったことはなかったけど、男も私達が誰なのかは知っていたみたいだった。
「おーいリーダー! コイツらトライラムフォロワーだ! トライラム教会の孤児で結成されてるっていうあいつらだよ!」
「トライラム教会の……!」
男は背後に向かって叫び、パーティメンバーを呼び寄せる。
「く……! 済まないみんな、今日の探索は中止させてくれ! コイツらの救助をさせてもらいたいんだ……!」
リーダーと呼ばれた男が、探索の予定を中止しメンバーに頭を下げてまで私達を助けてくれる。
声をかけてきた男は6人パーティの魔物狩りで、私たちは全員肩を借りながらスポットから脱出することが出来た。
「ごめん……! 俺達のこと、教会まで送って欲しいんだ……! まだ俺達、自分の足で立つことが出来そうになくて……!」
悔しそうに懇願するワンダの頭を、相手のパーティのリーダーと呼ばれている男がワシャワシャと撫でている。
「ガキが遠慮なんてしなくていい。何があったのかも聞かない。教会まではちゃんと送ってやるから、まずは息を整えて心を落ち着かせる事に集中するんだ」
リーダーの男はベテランらしい落ち着いた様子でワンダを宥めながら、決して歩みを止めずに教会に向かってくれている。
「魔物狩りになると、上手くいかないことなんてしょっちゅうだ。お金を失ったり仲間を失ったりと、嫌になることばっかりなんだけどよ。大事なのはそれから目を逸らさないことだと思うんだ」
大事なのは目を逸らさないこと……。
無力な自分、不甲斐ない、情けない自分から目を逸らさないこと……。
リーダーの言葉を聞いて色々な事を考えていると、やがて教会が見えてくる。
「でも……。いったい誰に、なんて言えばいいの……?」
あんな化け物がいたと報告して、いったい何の意味があるんだろう。
もし救援を送れるとしても、あんな魔物を相手に誰を送ればいいんだろう。
様々なことが頭に浮かぶ度に、それを振り払うように頭を振った。
私達が今するべきは、ダンの事を誰かに伝えることでしょ……!
迷った振りをして自分のやるべきことから目を逸らしちゃ絶対にダメなの!
それをしてしまったら、きっと私たちは永遠に弱いままだ……!
教会に戻ると、ちょうど居合わせたシュパイン商会の人が私達を見て駆け寄ってきた。
「ワンダ君! コテンちゃん! みんな何があったの!? ダンさんは!?」
「お願い……! お願いだからみんなを助けて……!」
私たちは無力だから、誰かに助けを求めることしか出来ない。
でも私たちは、自分の弱さから目を逸らすことだけは絶対にしない。して堪るもんか!
私たちは無力で非力な子供でしかなくても、ダンを助けられる誰かを呼ぶことくらいはできるもん!
誰でもいい、誰でもいいから……! ダンを、ダンを助けてぇ……!
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