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5章 王国に潜む悪意2 それぞれの戦い
306 汚物 (改)
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ティムルが必要な指示を出した後は、みんなの迷いが無くなった。
弾けるように部屋を飛び出していくみんな。
残されたのはヴァルハールの防衛を任された、妾たち竜人族だけなのじゃ。
「それじゃフラッタ。早速で悪いけど、竜王のカタコンベの調査に向かって欲しい。母上とエマも一緒に頼みます」
「分かったわシルヴァ。フラッタの事は任せて」
「報告を聞いた限りだと、ヴァルハールは他の街と違って大量の魔物に襲われる気配が無い。竜王のカタコンベの異変の調査さえ済めば、フラッタがここに留まる必要は無いからね」
素早く竜王のカタコンベの確認を済ませ、他の場所へ救援に行けと兄上は言っておるのじゃろう。
兄上の言葉に頷きを返し、母上とエマを伴い部屋を出る。
もしもイントルーダーに遭遇した場合は2人は報告に戻り、妾1人でイントルーダーと対峙しなければならぬが……。
自然発生したイントルーダーならまだしも、造魔で生み出された弱体済みのイントルーダーなど、今の妾には恐るるに足らぬのじゃっ。
「しかし……。兄上も言っておったが、なぜヴァルハールでは襲撃が行われなかったのじゃろうな? 造魔スキルで操れる魔物には限りがあるが、従属魔法には数の制限は無いのにのう?」
屋敷内を移動しながら、2人に疑問を投げかけてみる。
陽動であるなら、兵力は多いに越した事はないハズなのじゃ。
ましてや魔力でほぼ無限に生み出せる軍勢なんぞ、出し惜しむ意味も無かろうが。
「そうねぇ。報告を聞いた感じ、メナスも人間族で、レガリアも人間族で構成されている組織みたいだから……。竜人族じゃないと目立ちやすいヴァルハールでは、事前準備がしにくかった、とか?」
「それに竜人族は種族的に戦闘力が高いですからね。アウターエフェクト以上の魔物に対抗できる者こそ少なくても、普通の魔物を使って襲撃したところで効果は薄いのではないでしょうか?」
竜人族は種族的に戦闘力が高い、か。
エマは客観的な事実を述べたに過ぎぬのじゃが、仕合わせの暴君に参加しておると自信が無くなってしまうのじゃ。
「イントルーダーさえ配置してしまえば、他の魔物を配置する意味はあまり無いでしょう。アウターエフェクトなら私やラトリア様、シルヴァ様でも恐らく対応できるでしょうからね」
「ふん。捨て駒に使うにしても、無駄な消費は抑えたいということなのかの? 随分と倹約家なことじゃな」
……なんなのじゃ、メナスという輩は。
人の命なぞ全く意に介していないくせに、無駄に消費する気は無い?
紅竜の結束を弄び、気紛れに殺し気紛れに生かした者の癖に……、。
まさか、自分の魔力を無駄に消費するのは避けたい、などと思っているわけではあるまいなぁ……!?
「虚ろな経路。点と線。見えざる流れ。空と実。求めし彼方へ繋いで到れ。ポータル」
「虚ろな経路。点と線。偽りの庭。妖しの箱。穿ちて抜けよ。アナザーポータル」
移動魔法を駆使して、瞬く間に竜王のカタコンベの最深部に到達する。
「……静か過ぎるのじゃ。やはり何かがおかしい」
竜王を撃破した以降は、猟王のカタコンベで妾たちが魔物に襲われることはなくなっていたのじゃが……。
今は母上とエマが居るというのに、全く魔物が襲ってこないのう?
魔物察知を発動すると、驚いた事に竜王のカタコンベの最深部に魔物の反応が無いではないか。
通常の魔物はおろか、イントルーダーの気配すら無いとはどういうことなのじゃ?
「やはり先ほどと一緒ね。最深部にすら魔物の姿が見当たらない」
「姿はおろか、気配や息遣いも感じませんね。こんなに静かな最深部、初めて見ましたよ……」
イントルーダーに気配遮断が適用されないことはダンが検証済みなのじゃ。
つまり竜王のカタコンベの最深部には現在、正真正銘1体の魔物も存在していないということになる。
これが何者かによって、人為的に引き起こされた現象であるというのなら……。
「この現象を引き起こしているのは魔物ではないはず。ならば……!」
魔物察知ではなく、今度は生体察知を試してみる。
「……っと、なんじゃぁ!?」
「ん、どうしましたフラッタ?」
思わず驚愕の声を上げる妾を、母上が不思議そうに眺めている。
生体反応があるにはあるのじゃが、いくらなんでも多すぎるのじゃ!?
竜王のカタコンベの最深部に、少なくとも30を超える生体反応があるじゃと……!?
なにより、既に視認できてもおかしくない距離に反応があるというのに、見渡す限り無人に見えているのは何故なのじゃ?
……分からないことだらけじゃが、少なくとも隠れている者共は竜王のカタコンベの異常に関わっていると見るべきじゃな。
「母上、エマ。魔物の反応は全く無いのじゃが、生体反応が無数にあるのじゃ」
「生体反応ですって? でもそんな姿は……」
「うむ。何故か視認できておらぬが間違いなく反応があるのじゃ、妾たちから20メートルも離れていない場所に、30名を超える人間が潜んでおるのぅ」
「……視認出来ないスキルと言えばダンさんの気配遮断を思い出しますけど、フラッタの生体察知に反応があったってことは気配遮断じゃないってことよね? ということは……。何らかのマジックアイテムで姿を隠しているのかしら?」
「アウター最深部の失われた魔物の反応と、目に見えない潜伏者達が無関係のはずありませんね……。どうしましょう? 反応を頼りに攻撃を仕掛けますか? それとも対話を?」
攻撃か対話か。難しいの。
今回襲撃した相手に関して、ダンには容赦せずに全て殺していいと言われておるからな。
つまり攻撃を仕掛けるということは、相手を皆殺しにするということに他ならないのじゃ。
メナスがこの国の中のどういう存在であるのかは不明じゃが、どうやら投獄されている者を釈放する程度の権力は有しておるようじゃからな。
鎮圧して拘束してもあっさり脱走されてしまうので、投獄する意味がない。
そしてダンは言っていた。
今回の襲撃者たちに更生の余地は微塵も無い、と。
「……1度声をかけてみて、それに応じなければ仕掛けるとするのじゃ。この状況で、そしてヴァルハールにいて妾や母上の言葉に従わぬ者は、それだけで敵であると判断して良かろう」
「……ちょっと判断が過激な気はするけれど、この異常事態に無関係って事はないでしょうしね。私達の言葉に応じれば会話を、応じなければ敵として排除。命乞いは一切認めない。これでいきましょう」
うむ。出来れば状況の把握のために情報を得たいところなのじゃが、そんなに余裕があるわけではないしの。
疑わしきは確実に排除して、後顧の憂いを断つべきじゃろう。
「私はヴァルハールの領主代行、ラトリア・ターム・ソクトルーナです。身を潜めている者たちよ。今すぐに姿を現し、身分を証明しなさい」
声をかけるのは母上に任せる。
魔物相手ならいざ知らず、人間相手であれば最も身分の高い母上が適任なのじゃ。
「今すぐ私の言葉に応じない場合は貴方がた全員を敵と見做し、全員を速やかに排除させていただきます」
母上の凛とした声が周囲に響き渡る。
さて、相手はどう出てくるかのう?
「……流石はスペルド最強と呼ばれた双竜の片割れ。良く私達に気付きましたねぇ? その様子だと姿は見えていないようなのにさぁ?」
母上の声に、男の声で返事が返ってくる。
と思ったら、目の前に竜人族の男が何人もいきなり現れたではないか。
「貴方達は……。ということは、狙いはフラッタという訳ですか」
生体反応があったから驚かずに済んだが、いったいどうやって姿を消しておったのじゃ……?
そして現れた男達じゃが、なんじゃ? 微妙に見知った顔が混ざっておる?
此奴らいったい何の集団なのじゃ? 全員竜人族のようじゃが。
しかしピンとこない妾と違って、母上は相手の集団に心当たりがあるようじゃった。
「この期に及んでまだフラッタが諦められないのですか? ブルーヴァ・ノイ・タルフトーク」
母上の言葉で、集団の中に元婚約者の姿が混じっている事に気付く。
ダンに切り捨てられた両手も完治し、真っ黒い球体を手に持っているようじゃ。
「何故貴方がここにいるのですか? タルフトーク家は既に取り潰され、貴方は投獄されていたはずでしょう? ご丁寧に両手の治療まで済ませているようですが」
「うるせぇんだよババア! 今更テメェと話すことなんて、あるわけねぇだろうがぁっ!」
城で会った時の振る舞いなど微塵も感じさせない、粗暴な様子のブルーヴァ。
母上の質問を口汚く切って捨てると、厭らしい笑みを浮かべながら妾に向き直る。
「フラッタぁ……。お前は私の物だというのに、いつまで他の男に抱かれてやがんだよぉ? 仕方ないから迎えに来てやったぞぉ……?」
……あの時も下賎な男だとは思ったものじゃが、今は狂気に取り付かれてるようにしか見えぬな。
「貴様と会話する気は無いのじゃ。じゃが貴様には借りがあったからのう。妾とダンを一瞬でも引き裂いた罪……。貴様の死を持って償ってもらうとするのじゃあ……!」
意外な人物の登場に驚きはしたが、これは僥倖でもあろう。
どうせ此奴は利用されているだけ。大した情報は持っておらぬであろうから容赦する必要もない。
そして妾はまだあの時の借りを、遠慮なく全力で返してやることが出来るというものじゃあ……!
「フラッタ。ブルーヴァを始めとして、ここにいる者たちは全て貴女に婚約を申し込んできた男達です。恐らくは貴女を弄びたいのでしょう」
「ふんっ。下らんのう。妾を弄んで良い男は、この世界にたった1人しかおらぬというのに」
「はぁ……。ルーナ家やヴェルナ家の親戚筋の者までいますよぉ。竜人族の面汚しですね、まったく……」
「数がいればフラッタ様とラトリア様を自由に出来ると? 随分と自惚れたものですね。お前達如き、私にすら遠く及ばないというのに」
ため息をつきながら剣を構える母上と、怒りに燃える瞳で男たちに剣を構えるエマ。
目的も最低じゃし、皆殺しで構わぬな。何の遠慮も要らぬ。
「ヒャハハハハ! バーカッ!! 竜爵家の力を侮るほど迂闊じゃねぇんだよぉ!! 自惚れだぁ? 遠く及ばないだぁ!? そっくりそのままお返ししてやるよおおおお!!」
しかし妾たちを前にしておきながら、決して余裕の態度を崩さないブルーヴァ。
下卑た高笑いに呼応するように、その手に持っていた黒い水晶球がより深い漆黒の光を放ち始める。
……なんじゃあれは? っと、妾も鑑定が可能なのじゃったな。
呼び声の命石
呼び声の命石?
聞いたこともないアイテムなのじゃ。
アイテム職人のレシピでも見たことがないのじゃから、やはりメナスから齎されたマジックアイテムと見るべきか。
呼び声の命石に、目に見えるほどに膨大な魔力が集まっていく。
莫大な魔力が竜王のカタコンベからマジックアイテムに向かって、急速に収斂されていくのが分かる。
――――魔物が出なかったのはこれが原因か!
もしや妾たちと会話している間も、静かに魔力を奪っておったのやも知れぬな……!
「くっ……! 何が起きておるのじゃっ……!?」
このまま指を咥えて見ておるのは、どう考えても不味いのじゃが……。
まるで奈落の底で見た魔力の奔流のような膨大な魔力が場に吹き荒れて、それが魔法障壁の役割を担って近づけぬっ!
「私はなぁフラッタ! お前を手に入れるためならどんな手段も厭わないんだ! どんな犠牲を払っても、必ずお前を私の物にしてやると誓ったんだよぉぉぉ!!」
呼び声の命石から発生した魔法障壁は、ドラゴンイーターでなら破壊することは出来るようじゃが……。
膨大な魔力で作られたその障壁は壊れた端から再生して、全くブルーヴァに近づける気がしないのじゃ……!
「お前を犯して犯して犯し抜いて、ボロボロになったお前をあの男の前で、更に犯し尽くしてやるよぉぉぉ!!」
耳が穢れるような言葉を吐きながら、ブルーヴァはアウター中の魔力をかき集めていく。
そして彼らの足元に現れる、漆黒の黒い巨大魔法陣。
「母上ぇ! エマぁ! これはイントルーダーの出現予兆なのじゃぁ! 2人は急ぎ脱出を図り、この事実を兄上に……」
「バァァァァァカ!! 1人も逃がすわけないだろぉがっ!! お前ら全員あの男に股開いてんだろぉぉっ!! 逃がすわけ、ねぇだろうがよぉぉぉ!!」
「虚ろな経路。点と線。偽りの庭。妖しの箱。穿ちて抜けよ。アナザーポータル」
下らぬ言葉を無視してアナザーポータルを詠唱するが……、発動しない!?
ヒールライトを使用すると問題なく発動する。
けれどアナザーポータルだけは、何度詠唱しても発動してくれないのじゃ。
これはつまり、移動魔法だけを封じられたということか……!?
「フ、フラッタ様! 男達が、男達が地面に……!!」
「なっ……!? こ、これは……!?」
何度もアナザーポータルを試していた妾は、エマの言葉に改めてブルーヴァたちを確認する。
すると30人以上居たはずの男たちは既に10人も居なくなっていて、そして妾の見ている前で1人ずつ、地面の巨大魔方陣に沈み続けているようじゃ……!
「双竜だろうが暴君だろうが、知ったこっちゃねぇんだよぉぉぉ!! 精々足掻いて楽しませてくれよなぁぁぁぁ!?」
最後に残ったブルーヴァも、聞くに堪えない叫びを上げながら地面に沈んでいく。
狂気に満ちた表情を浮かべながら、全員が漆黒の魔方陣に飲み込まれてしまったのじゃ……!
誰も居なくなった最深部で、魔力の暴風が突然凪いだ。
「虚ろな経路。点と線。偽りの庭。妖しの箱。穿ちて抜けよ。アナザーポータル。……ダメじゃな。やはり発動せぬ」
今のうちにとアナザーポータルを試すが、やはり発動してくれないのじゃ。
それどころか妾たちを中心とした円形の範囲に魔法障壁が生成され、徒歩での逃走まで封じられてしまったようじゃのう。
「母上。エマ。悪いが守ってやれる自信は無いのじゃ。だから絶対に生き延びて欲しいのじゃ!」
「ふふ。フラッタも言うようになったものです。実力では貴女に遠く及びませんが、足を引っ張ることはしないと誓いましょう」
「はい。いざとなったら戦闘を諦めて、フラッタ様が敵を撃破するまで逃げ回る事にします」
妾の言葉に力強く頷いてくれる2人に頼もしさを覚えていると、全身を凄まじい不快感が駆け巡りおった……!
「――――っ!?」
と次の瞬間、状態異常耐性が発動した感覚がして、不快感が拭い去られた。
「なんじゃ……今のは……!?」
耐性スキルが発動したという事は状態異常なのは間違いないが……。
これ以上ないほどの不快感が一瞬で全身を襲ったのじゃ……!
母上とエマを見ると、2人も嫌悪感に顔を顰めておる。
2人にも全状態異常大耐性が付与されていて助かったのじゃ!
「母上! エマ! 2人とも大じょ……うぶ……?」
ダンが作ってくれた装備品に感謝していた次の瞬間、妾の背筋が凍ってしまう。
地面の魔法陣から出てきたのは、固まり混ざった人間の頭部。
それはブルーヴァであったり別の者であったり、先ほど魔方陣に飲み込まれていった者たちの顔に間違いない。
「なん、じゃ……此奴は……!?」
1つ1つが妾の全身よりも大きいくらいの男達の頭部が混ざり合った、人の顔を集めて固めたような異形の化け物が、地面からゆっくりと浮かび上がってくる……。
かつては竜人族であったその顔は全てが厭らしく目を細め下卑た表情を浮かべて、妾を見ながら巨大な舌から涎を垂らして、隠し切れない性欲を宿した視線を妾たちに向けている。
嫌悪感に耐えながら鑑定を行う。
この世の全ての嫌悪感を煮詰めて1つにしたような、汚らわしさの権化のような魔物の名は『ダーティクラスター』。
状態異常じゃなくても、生理的嫌悪感と忌避感でこの場から逃げ出したくなるようなその醜悪な化け物は、それでも間違いなくイントルーダー級のプレッシャーを放ってきておる……!
「……まさか、人の身からイントルーダーが生み出されるとはのう……」
そしてどうやら、攻撃魔法の対象に指定できるようになっておるな。
あれはもう人ではなく、完全に異形の魔物と化してしまっておるのじゃ……!
「……母上とエマは、基本的に全力で距離を取って欲しい。イントルーダー相手に下手な援護はかえって邪魔なのじゃ」
ダーティクラスターから感じる嫌悪感と、母上とエマの戦線離脱を封じられてしまった事実に歯噛みしながら、この場のリーダーとして2人に指示を出しておく。
「2人は生き残ること。そして妾たちの戦いに近づかない事を最優先して欲しいのじゃ」
「…………くっ! 強力なだけの魔物ならまだしも、あんなに醜悪で卑猥な魔物の元に娘を送り出さないといけないなんて……!」
「強いとか怖いとかじゃなくて、ここまで気持ち悪い魔物が出てくるとは流石に予想外でした……。フラッタ様に寄り添えない無力な自分が恨めしいです……!」
「ごめんなさいフラッタ、ここは貴女に任せます……! エマ。生き延びたら職業浸透、全力で進めるわよ……!」
下がっていく2人の気配を感じながら、ダーティクラスターと対峙する。
……不思議なものじゃなぁ。
ダンにはどれだけ性的な目で見られても幸せしか感じぬというのに、此奴は1秒でも早く滅ぼしてやりたいほどの嫌悪感と怒りしか感じぬわ。
「だが、くくく……」
30人以上の男の集合体に性的な視線を向けられて、改めて分かってしまったじゃ。
此奴ら、これだけの人数が集まり異形化しても、性欲すらダン1人に及んでおらぬなぁ?
「汚物に相応しい姿になったようじゃなぁっ!? では貴様らの望みどおり、妾が相手してやるのじゃあっ!!」
妾の体だけが目当ての癖に、心まで愛してくれるダンよりも性欲が弱いとは……。
ふはははっ! 随分粗末な男共よのぉ! 負ける気がせんわぁっ!!
弾けるように部屋を飛び出していくみんな。
残されたのはヴァルハールの防衛を任された、妾たち竜人族だけなのじゃ。
「それじゃフラッタ。早速で悪いけど、竜王のカタコンベの調査に向かって欲しい。母上とエマも一緒に頼みます」
「分かったわシルヴァ。フラッタの事は任せて」
「報告を聞いた限りだと、ヴァルハールは他の街と違って大量の魔物に襲われる気配が無い。竜王のカタコンベの異変の調査さえ済めば、フラッタがここに留まる必要は無いからね」
素早く竜王のカタコンベの確認を済ませ、他の場所へ救援に行けと兄上は言っておるのじゃろう。
兄上の言葉に頷きを返し、母上とエマを伴い部屋を出る。
もしもイントルーダーに遭遇した場合は2人は報告に戻り、妾1人でイントルーダーと対峙しなければならぬが……。
自然発生したイントルーダーならまだしも、造魔で生み出された弱体済みのイントルーダーなど、今の妾には恐るるに足らぬのじゃっ。
「しかし……。兄上も言っておったが、なぜヴァルハールでは襲撃が行われなかったのじゃろうな? 造魔スキルで操れる魔物には限りがあるが、従属魔法には数の制限は無いのにのう?」
屋敷内を移動しながら、2人に疑問を投げかけてみる。
陽動であるなら、兵力は多いに越した事はないハズなのじゃ。
ましてや魔力でほぼ無限に生み出せる軍勢なんぞ、出し惜しむ意味も無かろうが。
「そうねぇ。報告を聞いた感じ、メナスも人間族で、レガリアも人間族で構成されている組織みたいだから……。竜人族じゃないと目立ちやすいヴァルハールでは、事前準備がしにくかった、とか?」
「それに竜人族は種族的に戦闘力が高いですからね。アウターエフェクト以上の魔物に対抗できる者こそ少なくても、普通の魔物を使って襲撃したところで効果は薄いのではないでしょうか?」
竜人族は種族的に戦闘力が高い、か。
エマは客観的な事実を述べたに過ぎぬのじゃが、仕合わせの暴君に参加しておると自信が無くなってしまうのじゃ。
「イントルーダーさえ配置してしまえば、他の魔物を配置する意味はあまり無いでしょう。アウターエフェクトなら私やラトリア様、シルヴァ様でも恐らく対応できるでしょうからね」
「ふん。捨て駒に使うにしても、無駄な消費は抑えたいということなのかの? 随分と倹約家なことじゃな」
……なんなのじゃ、メナスという輩は。
人の命なぞ全く意に介していないくせに、無駄に消費する気は無い?
紅竜の結束を弄び、気紛れに殺し気紛れに生かした者の癖に……、。
まさか、自分の魔力を無駄に消費するのは避けたい、などと思っているわけではあるまいなぁ……!?
「虚ろな経路。点と線。見えざる流れ。空と実。求めし彼方へ繋いで到れ。ポータル」
「虚ろな経路。点と線。偽りの庭。妖しの箱。穿ちて抜けよ。アナザーポータル」
移動魔法を駆使して、瞬く間に竜王のカタコンベの最深部に到達する。
「……静か過ぎるのじゃ。やはり何かがおかしい」
竜王を撃破した以降は、猟王のカタコンベで妾たちが魔物に襲われることはなくなっていたのじゃが……。
今は母上とエマが居るというのに、全く魔物が襲ってこないのう?
魔物察知を発動すると、驚いた事に竜王のカタコンベの最深部に魔物の反応が無いではないか。
通常の魔物はおろか、イントルーダーの気配すら無いとはどういうことなのじゃ?
「やはり先ほどと一緒ね。最深部にすら魔物の姿が見当たらない」
「姿はおろか、気配や息遣いも感じませんね。こんなに静かな最深部、初めて見ましたよ……」
イントルーダーに気配遮断が適用されないことはダンが検証済みなのじゃ。
つまり竜王のカタコンベの最深部には現在、正真正銘1体の魔物も存在していないということになる。
これが何者かによって、人為的に引き起こされた現象であるというのなら……。
「この現象を引き起こしているのは魔物ではないはず。ならば……!」
魔物察知ではなく、今度は生体察知を試してみる。
「……っと、なんじゃぁ!?」
「ん、どうしましたフラッタ?」
思わず驚愕の声を上げる妾を、母上が不思議そうに眺めている。
生体反応があるにはあるのじゃが、いくらなんでも多すぎるのじゃ!?
竜王のカタコンベの最深部に、少なくとも30を超える生体反応があるじゃと……!?
なにより、既に視認できてもおかしくない距離に反応があるというのに、見渡す限り無人に見えているのは何故なのじゃ?
……分からないことだらけじゃが、少なくとも隠れている者共は竜王のカタコンベの異常に関わっていると見るべきじゃな。
「母上、エマ。魔物の反応は全く無いのじゃが、生体反応が無数にあるのじゃ」
「生体反応ですって? でもそんな姿は……」
「うむ。何故か視認できておらぬが間違いなく反応があるのじゃ、妾たちから20メートルも離れていない場所に、30名を超える人間が潜んでおるのぅ」
「……視認出来ないスキルと言えばダンさんの気配遮断を思い出しますけど、フラッタの生体察知に反応があったってことは気配遮断じゃないってことよね? ということは……。何らかのマジックアイテムで姿を隠しているのかしら?」
「アウター最深部の失われた魔物の反応と、目に見えない潜伏者達が無関係のはずありませんね……。どうしましょう? 反応を頼りに攻撃を仕掛けますか? それとも対話を?」
攻撃か対話か。難しいの。
今回襲撃した相手に関して、ダンには容赦せずに全て殺していいと言われておるからな。
つまり攻撃を仕掛けるということは、相手を皆殺しにするということに他ならないのじゃ。
メナスがこの国の中のどういう存在であるのかは不明じゃが、どうやら投獄されている者を釈放する程度の権力は有しておるようじゃからな。
鎮圧して拘束してもあっさり脱走されてしまうので、投獄する意味がない。
そしてダンは言っていた。
今回の襲撃者たちに更生の余地は微塵も無い、と。
「……1度声をかけてみて、それに応じなければ仕掛けるとするのじゃ。この状況で、そしてヴァルハールにいて妾や母上の言葉に従わぬ者は、それだけで敵であると判断して良かろう」
「……ちょっと判断が過激な気はするけれど、この異常事態に無関係って事はないでしょうしね。私達の言葉に応じれば会話を、応じなければ敵として排除。命乞いは一切認めない。これでいきましょう」
うむ。出来れば状況の把握のために情報を得たいところなのじゃが、そんなに余裕があるわけではないしの。
疑わしきは確実に排除して、後顧の憂いを断つべきじゃろう。
「私はヴァルハールの領主代行、ラトリア・ターム・ソクトルーナです。身を潜めている者たちよ。今すぐに姿を現し、身分を証明しなさい」
声をかけるのは母上に任せる。
魔物相手ならいざ知らず、人間相手であれば最も身分の高い母上が適任なのじゃ。
「今すぐ私の言葉に応じない場合は貴方がた全員を敵と見做し、全員を速やかに排除させていただきます」
母上の凛とした声が周囲に響き渡る。
さて、相手はどう出てくるかのう?
「……流石はスペルド最強と呼ばれた双竜の片割れ。良く私達に気付きましたねぇ? その様子だと姿は見えていないようなのにさぁ?」
母上の声に、男の声で返事が返ってくる。
と思ったら、目の前に竜人族の男が何人もいきなり現れたではないか。
「貴方達は……。ということは、狙いはフラッタという訳ですか」
生体反応があったから驚かずに済んだが、いったいどうやって姿を消しておったのじゃ……?
そして現れた男達じゃが、なんじゃ? 微妙に見知った顔が混ざっておる?
此奴らいったい何の集団なのじゃ? 全員竜人族のようじゃが。
しかしピンとこない妾と違って、母上は相手の集団に心当たりがあるようじゃった。
「この期に及んでまだフラッタが諦められないのですか? ブルーヴァ・ノイ・タルフトーク」
母上の言葉で、集団の中に元婚約者の姿が混じっている事に気付く。
ダンに切り捨てられた両手も完治し、真っ黒い球体を手に持っているようじゃ。
「何故貴方がここにいるのですか? タルフトーク家は既に取り潰され、貴方は投獄されていたはずでしょう? ご丁寧に両手の治療まで済ませているようですが」
「うるせぇんだよババア! 今更テメェと話すことなんて、あるわけねぇだろうがぁっ!」
城で会った時の振る舞いなど微塵も感じさせない、粗暴な様子のブルーヴァ。
母上の質問を口汚く切って捨てると、厭らしい笑みを浮かべながら妾に向き直る。
「フラッタぁ……。お前は私の物だというのに、いつまで他の男に抱かれてやがんだよぉ? 仕方ないから迎えに来てやったぞぉ……?」
……あの時も下賎な男だとは思ったものじゃが、今は狂気に取り付かれてるようにしか見えぬな。
「貴様と会話する気は無いのじゃ。じゃが貴様には借りがあったからのう。妾とダンを一瞬でも引き裂いた罪……。貴様の死を持って償ってもらうとするのじゃあ……!」
意外な人物の登場に驚きはしたが、これは僥倖でもあろう。
どうせ此奴は利用されているだけ。大した情報は持っておらぬであろうから容赦する必要もない。
そして妾はまだあの時の借りを、遠慮なく全力で返してやることが出来るというものじゃあ……!
「フラッタ。ブルーヴァを始めとして、ここにいる者たちは全て貴女に婚約を申し込んできた男達です。恐らくは貴女を弄びたいのでしょう」
「ふんっ。下らんのう。妾を弄んで良い男は、この世界にたった1人しかおらぬというのに」
「はぁ……。ルーナ家やヴェルナ家の親戚筋の者までいますよぉ。竜人族の面汚しですね、まったく……」
「数がいればフラッタ様とラトリア様を自由に出来ると? 随分と自惚れたものですね。お前達如き、私にすら遠く及ばないというのに」
ため息をつきながら剣を構える母上と、怒りに燃える瞳で男たちに剣を構えるエマ。
目的も最低じゃし、皆殺しで構わぬな。何の遠慮も要らぬ。
「ヒャハハハハ! バーカッ!! 竜爵家の力を侮るほど迂闊じゃねぇんだよぉ!! 自惚れだぁ? 遠く及ばないだぁ!? そっくりそのままお返ししてやるよおおおお!!」
しかし妾たちを前にしておきながら、決して余裕の態度を崩さないブルーヴァ。
下卑た高笑いに呼応するように、その手に持っていた黒い水晶球がより深い漆黒の光を放ち始める。
……なんじゃあれは? っと、妾も鑑定が可能なのじゃったな。
呼び声の命石
呼び声の命石?
聞いたこともないアイテムなのじゃ。
アイテム職人のレシピでも見たことがないのじゃから、やはりメナスから齎されたマジックアイテムと見るべきか。
呼び声の命石に、目に見えるほどに膨大な魔力が集まっていく。
莫大な魔力が竜王のカタコンベからマジックアイテムに向かって、急速に収斂されていくのが分かる。
――――魔物が出なかったのはこれが原因か!
もしや妾たちと会話している間も、静かに魔力を奪っておったのやも知れぬな……!
「くっ……! 何が起きておるのじゃっ……!?」
このまま指を咥えて見ておるのは、どう考えても不味いのじゃが……。
まるで奈落の底で見た魔力の奔流のような膨大な魔力が場に吹き荒れて、それが魔法障壁の役割を担って近づけぬっ!
「私はなぁフラッタ! お前を手に入れるためならどんな手段も厭わないんだ! どんな犠牲を払っても、必ずお前を私の物にしてやると誓ったんだよぉぉぉ!!」
呼び声の命石から発生した魔法障壁は、ドラゴンイーターでなら破壊することは出来るようじゃが……。
膨大な魔力で作られたその障壁は壊れた端から再生して、全くブルーヴァに近づける気がしないのじゃ……!
「お前を犯して犯して犯し抜いて、ボロボロになったお前をあの男の前で、更に犯し尽くしてやるよぉぉぉ!!」
耳が穢れるような言葉を吐きながら、ブルーヴァはアウター中の魔力をかき集めていく。
そして彼らの足元に現れる、漆黒の黒い巨大魔法陣。
「母上ぇ! エマぁ! これはイントルーダーの出現予兆なのじゃぁ! 2人は急ぎ脱出を図り、この事実を兄上に……」
「バァァァァァカ!! 1人も逃がすわけないだろぉがっ!! お前ら全員あの男に股開いてんだろぉぉっ!! 逃がすわけ、ねぇだろうがよぉぉぉ!!」
「虚ろな経路。点と線。偽りの庭。妖しの箱。穿ちて抜けよ。アナザーポータル」
下らぬ言葉を無視してアナザーポータルを詠唱するが……、発動しない!?
ヒールライトを使用すると問題なく発動する。
けれどアナザーポータルだけは、何度詠唱しても発動してくれないのじゃ。
これはつまり、移動魔法だけを封じられたということか……!?
「フ、フラッタ様! 男達が、男達が地面に……!!」
「なっ……!? こ、これは……!?」
何度もアナザーポータルを試していた妾は、エマの言葉に改めてブルーヴァたちを確認する。
すると30人以上居たはずの男たちは既に10人も居なくなっていて、そして妾の見ている前で1人ずつ、地面の巨大魔方陣に沈み続けているようじゃ……!
「双竜だろうが暴君だろうが、知ったこっちゃねぇんだよぉぉぉ!! 精々足掻いて楽しませてくれよなぁぁぁぁ!?」
最後に残ったブルーヴァも、聞くに堪えない叫びを上げながら地面に沈んでいく。
狂気に満ちた表情を浮かべながら、全員が漆黒の魔方陣に飲み込まれてしまったのじゃ……!
誰も居なくなった最深部で、魔力の暴風が突然凪いだ。
「虚ろな経路。点と線。偽りの庭。妖しの箱。穿ちて抜けよ。アナザーポータル。……ダメじゃな。やはり発動せぬ」
今のうちにとアナザーポータルを試すが、やはり発動してくれないのじゃ。
それどころか妾たちを中心とした円形の範囲に魔法障壁が生成され、徒歩での逃走まで封じられてしまったようじゃのう。
「母上。エマ。悪いが守ってやれる自信は無いのじゃ。だから絶対に生き延びて欲しいのじゃ!」
「ふふ。フラッタも言うようになったものです。実力では貴女に遠く及びませんが、足を引っ張ることはしないと誓いましょう」
「はい。いざとなったら戦闘を諦めて、フラッタ様が敵を撃破するまで逃げ回る事にします」
妾の言葉に力強く頷いてくれる2人に頼もしさを覚えていると、全身を凄まじい不快感が駆け巡りおった……!
「――――っ!?」
と次の瞬間、状態異常耐性が発動した感覚がして、不快感が拭い去られた。
「なんじゃ……今のは……!?」
耐性スキルが発動したという事は状態異常なのは間違いないが……。
これ以上ないほどの不快感が一瞬で全身を襲ったのじゃ……!
母上とエマを見ると、2人も嫌悪感に顔を顰めておる。
2人にも全状態異常大耐性が付与されていて助かったのじゃ!
「母上! エマ! 2人とも大じょ……うぶ……?」
ダンが作ってくれた装備品に感謝していた次の瞬間、妾の背筋が凍ってしまう。
地面の魔法陣から出てきたのは、固まり混ざった人間の頭部。
それはブルーヴァであったり別の者であったり、先ほど魔方陣に飲み込まれていった者たちの顔に間違いない。
「なん、じゃ……此奴は……!?」
1つ1つが妾の全身よりも大きいくらいの男達の頭部が混ざり合った、人の顔を集めて固めたような異形の化け物が、地面からゆっくりと浮かび上がってくる……。
かつては竜人族であったその顔は全てが厭らしく目を細め下卑た表情を浮かべて、妾を見ながら巨大な舌から涎を垂らして、隠し切れない性欲を宿した視線を妾たちに向けている。
嫌悪感に耐えながら鑑定を行う。
この世の全ての嫌悪感を煮詰めて1つにしたような、汚らわしさの権化のような魔物の名は『ダーティクラスター』。
状態異常じゃなくても、生理的嫌悪感と忌避感でこの場から逃げ出したくなるようなその醜悪な化け物は、それでも間違いなくイントルーダー級のプレッシャーを放ってきておる……!
「……まさか、人の身からイントルーダーが生み出されるとはのう……」
そしてどうやら、攻撃魔法の対象に指定できるようになっておるな。
あれはもう人ではなく、完全に異形の魔物と化してしまっておるのじゃ……!
「……母上とエマは、基本的に全力で距離を取って欲しい。イントルーダー相手に下手な援護はかえって邪魔なのじゃ」
ダーティクラスターから感じる嫌悪感と、母上とエマの戦線離脱を封じられてしまった事実に歯噛みしながら、この場のリーダーとして2人に指示を出しておく。
「2人は生き残ること。そして妾たちの戦いに近づかない事を最優先して欲しいのじゃ」
「…………くっ! 強力なだけの魔物ならまだしも、あんなに醜悪で卑猥な魔物の元に娘を送り出さないといけないなんて……!」
「強いとか怖いとかじゃなくて、ここまで気持ち悪い魔物が出てくるとは流石に予想外でした……。フラッタ様に寄り添えない無力な自分が恨めしいです……!」
「ごめんなさいフラッタ、ここは貴女に任せます……! エマ。生き延びたら職業浸透、全力で進めるわよ……!」
下がっていく2人の気配を感じながら、ダーティクラスターと対峙する。
……不思議なものじゃなぁ。
ダンにはどれだけ性的な目で見られても幸せしか感じぬというのに、此奴は1秒でも早く滅ぼしてやりたいほどの嫌悪感と怒りしか感じぬわ。
「だが、くくく……」
30人以上の男の集合体に性的な視線を向けられて、改めて分かってしまったじゃ。
此奴ら、これだけの人数が集まり異形化しても、性欲すらダン1人に及んでおらぬなぁ?
「汚物に相応しい姿になったようじゃなぁっ!? では貴様らの望みどおり、妾が相手してやるのじゃあっ!!」
妾の体だけが目当ての癖に、心まで愛してくれるダンよりも性欲が弱いとは……。
ふはははっ! 随分粗末な男共よのぉ! 負ける気がせんわぁっ!!
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