異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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5章 王国に潜む悪意1 嵐の前

292 ※閑話 蠢く者たち (改)

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「く……。なかなか痛みが引いてくれないな……」


 崩界を使用してしまった事に因る後遺症は、未だ完治してくれない。


 イントルーダーを使役できたと調子に乗って、ボロボロの体を無視してアウターの探索を続けたのが祟ったようだ。

 もうしばらくは休養が必要だな。


 レガリアからの報告によると、リーチェのパーティは奈落の探索を続けているらしい。

 連日フォアーク神殿を利用しているとの報告もあるし、ユニークジョブでも探しているのだろうか。


 なんにしても、時間が経つほどに彼女たちの力が増していくのは間違いない。

 しかし自分はまだ動けない。


 さてこの状況、どうするべきかな?


「……体が動かないなら、動かすべきは頭の方か」


 レガリアから上がってきた、仕合わせの暴君のメンバーの調査結果に目を通す。


 パーティリーダーは人間族の男性ダン。

 開拓村壊滅の際に保護されたが、それ以前の記録が一切見つからない謎の人物。


 去年の4月時点では間違いなく村人だった。

 しかし1度もギルドを利用した形跡は無いのに、マグエルに到達する前には戦士になっていたという。


 竜爵家の娘フラッタ、そして英雄リーチェに剣の手解きを受けているのを多数の者が目撃。


 ヴァルハールでは竜人族の魔物狩り6人を、自分1人でアッサリと撃退。

 その際にポータルを使用したのを確認されている。


 少なくともこの時点で、旅人の浸透を終えて冒険者になっているはずなのに、どの職業ギルドにも顔を出した報告が無いのはなぜだ?

 彼はいったい何処で転職しているというのか。


 昨年の年末、リーチェとフラッタと共にヴァルハールのルーナ竜爵家を解放。

 その際には、支援魔法サンクチュアリの使用も確認されているらしい。


 支援魔法士の転職にはエルフェリア、もしくはフォアーク神殿に足を運ぶ必要があるはずだ。

 しかし彼はどのどちらにも現れた形跡は無い。


 これが意味することは、なんだ?


「とにかく最低でも彼は、戦士、旅人、冒険者、修道士、司祭、魔法使い、支援魔法士の職業浸透を済ませている? そこらの貴族でも、ここまで浸透が進んでいる者などいないだろうに……」


 スペルディア近郊でのストームヴァルチャー襲来の際には、休憩も挟まず数十人に治療魔法を施しながらも、魔力枯渇の兆候は一切見られなかったという。

 その後カリュモード商会が雇った護衛を物ともせず追い散らし、カリュモード商会の護衛頭を1撃で失神させている。


「魔法だけでも凄まじい使い手であるのに、近接戦闘までこなせると恐れ入るよ……」


 恐らく彼は回復や移動魔法を担当している支援要員なのだとは思うが……。

 他のメンバーからの戦闘の手解きをしっかりモノにしていると見るべきだな。


 ダンという男と直接関わった人間の誰もが彼を高く評価している一方で、彼を憎む者も一定数いるようだ。

 彼は敵対者をあまり殺す気が無いようで、彼に悪感情を持った者たちが野放しにされている。


 となれば、そのあたりを少し刺激してみるのがいいかもしれないな。



 2人目は、獣人族の少女ニーナ。

 ダンと同じく開拓村壊滅の際にステイルークで保護され、それ以降ずっとダンの奴隷として彼と共に行動。

 今年になって奴隷契約から解放。ダンと婚姻を結んだようだ。


「ふむ。随分と数奇な運命に翻弄された少女のようだ」


 ニーナは獣爵家を追われたターニアという女性の娘で、貴族籍こそ無いが獣爵家に連なる者で間違いない。

 母であるターニアから呪いを引き継いだ事で先天的に呪いを受け、家族で開拓村周辺に隠れ住んでいたそうだが……。


 今年になって、彼女の呪いが解かれているという情報があるのは気になる。

 しかも彼女1人ならまだしも、母親であるターニアの呪いも解呪されたという報告すらある。


「2人分の呪いを解く方法か……。そんなもの、レガリアでも見つけるのが難しそうなのだがね……」


 ニーナ1人だけなら、偶然エリクシールを手に入れられたと考えられなくもないが……。

 エリクシールを2人分入手するのは流石にありえないだろう。


「……解呪の方法も検討がつかないが、彼女の疑問はそれだけじゃない」


 彼女もステイルークでは村人だった事が確認されているが、マグエルまでの旅路ではインベントリを使用していたことが目撃されている。

 ダンと同じく、職業ギルドもフォアーク神殿も利用した記録は無いにも関わらずだ。


 いったい彼女たちはどうやって職業を変えているんだ?

 転職魔法陣を用いない転職の方法などあるのだろうか?

 今度先代が来た時に訪ねるとしよう。


 彼女の戦闘は俊敏な獣人には珍しく、敵を待ち構えて盾を活用するスタイルか。

 これは移動阻害の呪いのせいだろう。


 しかし現在は解呪されているのだから、戦い方が変わっているかもしれない。

 ストームヴァルチャー襲来の時は、弓を使っているのも確認されているようだ。


「交友関係は皆無、か。境遇を考えれば当然だな」


 ニーナは家族で人目を忍んで生活していた為か、知り合いの数がそもそも多くない。

 なので彼女とトラブルを抱えている人物は見つけられないか……。


 一部ステイルークの住人が彼女を排除したがっているらしいが、彼女自身との関わりは薄く、あまり積極的な感情ではなさそうだな。

 これは使えないだろう。



 3人目。ドワーフ族の女性ティムル。

 ダンとニーナと共に野盗に襲われ、その縁からか親しくなった。


 ティムルが冤罪で投獄された時、60万リーフを払ってティムルを奴隷購入。

 そしてニーナと共に奴隷契約の解放から婚姻契約に到った、と。


「仕合わせの暴君に参加せずとも、自力でそれなりに出世していたらしいね」


 彼女は15歳の時にドワーフ族から奴隷として売却され、シュパイン商会会長の愛玩奴隷として数年を過ごした後、商人としてシュパイン商会で活動していたようだ。

 戦闘職ではないが、行商しながら魔物と戦うことはあったようだ。

 ドワーフらしくない軽快な戦い方を得意としているのか。


 行商人として王国中を渡り歩き、人間関係も概ね良好。

 ただしその美貌から男運は悪かったようだ。

 未だに彼女を狙っている者も少なくないと。これは使えるかもな。


「そんな中でも。特に彼女に強い執着を見せてくれそうなのは……」


 ティムルに濡れ衣を着せた張本人。そして放逐された元商会長。この2人か。


 ティムルとシュパイン商会は現在も良好な関係を築いているらしいし、元商会長殿はさぞ面白くないだろう。

 濡れ衣を着せた女性は、その企みを暴かれ逆に投獄。ティムルのことを相当恨んでいるだろうな。


 どちらも逆恨みにしか思えないが、逆恨みでも恨みは恨みだ。

 彼女の足を引っ張ってくれるならそれでいい。



 4人目。竜人族の娘であり、ソクトルーナ竜爵家の令嬢フラッタ・ム・ソクトルーナ。

 職業は騎士まで転職した記録があり、竜化を体得している事も確認済み。

 小さい体に似合わず巨大なバスタードソードを振り回し、その戦闘力は王国最強の竜爵家の令嬢に相応しく非常に高い。


「彼女を野放しにしてしまったのが全ての始まりだったのかもしれないな……」


 彼女がどうやってマインドロードの支配を免れていたのかは不明だが、彼女の自由を許した結果ソクトルーナ家を支配していたことが発覚してしまった。

 マインドロードを打ち破り、支配状態だった母親を無傷で救出したことを考えると、その戦闘力は決して侮ってはいけないだろう。


 フラッタはどうやら比較的箱入り娘で、関わった人間というのはあまり多くはないようだ。

 しかし母親譲りの絶世の美貌で、彼女に想いを寄せる男は数多いと。


「そんな男たちに、彼女が他の男と婚姻を結んだ事を知らせたら……。彼らはどう動いてくれるかな?」


 しかし、元婚約者の男にはマジックアイテムまで渡してやったのに、あまり役に立たなかった。

 だからあまり期待は出来ないかもしれない。



 5人目。建国の英雄にして翠の姫エルフ。偽りの英雄リーチェ・トル・エルフェリア。


「……他のメンバーと違って、彼女だけは頻繁にフォアーク神殿を訪れている、か」


 もしも仕合わせの暴君のメンバーが転職魔法陣を必要とせずに転職が可能だったとするなら、逆に彼女だけがフォアーク神殿を利用する理由はなんだ?


 戦闘スタイルは、エルフ族に伝わっていたというアウターレア武器の翠緑のエストックを使った近接戦闘と、同じくアウターレア武器である世界樹の星弓を使った遠距離戦闘、そのどちらも非常に高い水準でこなせるようだ。

 攻撃魔法士を浸透させてあるという記録も残っているので、彼女がいればアウターエフェクトくらいなら確かに蹴散らせてしまうだろう。


 彼女には熱狂的なファンがいる反面、彼女自身の交友関係は非常に希薄だ。

 ダンとリーチェが出会ったのはティムルの冤罪の時らしいが、彼女たちが婚姻を結ぶほどに親しくなったのはなぜなのか。


 交友関係が希薄で、リーチェ自身もエルフ族にしては社交的で腰が低く、目立ったトラブルの報告は無し。

 絶世の美貌と英雄譚も相まって、彼女に悪感情を抱いている人間は殆どいないか。


「しかしニーナやフラッタと比べると、随分と揺さぶり甲斐がありそうだ」


 悪感情は抱いていなくても、彼女に強い執着を見せる者は少なくないようだ。

 袖にされた国王も未だに諦めていないようだし、カリュモード商会が彼女達と揉めるきっかけになった娘もリーチェに強い執着を抱いている。


 リーチェに強い拘りを見せる者の多くは富裕層であり、権力者であり、貴族達だ。

 思う存分暴れてもらうことにしよう。



 6人目。出自不明の魔人族の女性ヴァルゴ。


 今年に入って加入した新メンバーで、いったいどこから現れたのか一切の情報が無い。


「……大分前に皆殺しにした魔人族たちの生き残りでも見つけたか?」


 彼女に関する情報は殆ど無いが、メンバーとの手合わせしているところを目撃されたことはあるそうだ。

 槍の名手で、その技術はフラッタやリーチェを遥かに上回るほどであると。


 常にダンの周囲を警戒し、妻というよりは護衛に近い雰囲気だな。

 ヴァルゴに関しては情報が少なすぎて揺さぶりようがないな。仕方ない。


「さて。それでは出来る事をしていこうじゃないか」


 報告書の束を放り投げて、出掛ける準備をする。

 レガリアばかりに働かせるのも可哀想だし、なにより休養中は暇で仕方ないからな。


 それに自分はレガリアの上に立つ気は無いと言いながら、一方的に利用しすぎてしまっている気もする。

 アクションを起こす時くらいは、やはり自分で動かなければなるまい。


 報告書にあった情報を元に移動する。

 そして大して手間取らずに目的の人物を発見することが出来た。


 レガリアの情報収集能力には恐れ入る。

 尤も、彼が人目を憚る事すら満足に出来ていないだけなのかもしれないが。


「くくく……! まだだ……! ワシはまだ終わってなどおらんぞぉ……!」


 ボロ布に身を包んだしわがれた老人。

 しかしそんな彼も用意した手紙と金を受け取ると、瞳には怒りを宿しながらも、隠し切れない性欲を感じさせる嫌らしい笑みを浮かべている。

 その年でこんな境遇にまで落ちてなお、随分とお盛んなことだ。


 投獄された獣人女性に手紙と金を渡し、彼女の記録を改竄して釈放する。

 リーチェに非常に強い執着を見せる者を厳選し、彼女が婚姻した事実とその伴侶であるダンの悪評を伝えていく。

 フラッタの美貌に見せられた者にも同じく、彼女の婚姻とダンの悪評を伝えていく。


 ふぅ。やはり手紙というのは良い物だ。

 事前に伝えるべき事を用意することが出来るし、つっかえたりどもることもない。


 昔からどうも会話が苦手で困る。

 ……いや、困ったことなど無かったか。


「あはははっ! 見てなさいよぉ……!」

「リーチェ様はその男に騙されているのね……! 許せない許せない許せない……!」

「ああフラッタ様……! 俺が直ぐにその男の魔の手から貴女を救い出して差し上げますからね……!」


 手紙を受け取った者たちは、みな一様に悪意の光を漲らせている。

 ボロ布に身を包んだ浮浪者の老人であろうが、投獄されて疲れ果てた女であろうが、貴族であろうが商人であろうが、悪意の光は皆同じで美しい。

 その悪意を宿す者たちの嫌らしい笑みは、醜いことこの上ないが。


 人というのは本当に面白い。

 母が従わせた奴隷、自分が使い捨てた奴隷、それ以外にも沢山の人間を見てきたけれど、未だに理解できないことが多い。


 自分自身の力を磨き、全力を出して夢破れた者というのは、意外に潔く負けを認める。

 だが他者に依存し、自分の力などなにも無いのに寄生虫のように他者を頼っている者ほど、生き汚く負けを認めないのだ。

 普通、逆ではないのかと思う。


 妻に依存し、自分は欲望の赴くままに女性を食い物にしてきた男。

 長年自由にさせてくれた妻たちに感謝するどころか、無能な自分が悪い事を棚にあげて妻たちに復讐を誓っている。


 そんな男に依存し、自由気ままに暮らしてきた女。

 自分の力など何1つ持っていないのに他人を羨みやっかむことばかりが得意で、自分が返り討ちにされただけなのに激しい憎悪を燃やしている。


 金持ちに生まれたというだけで何不自由なく暮らしてきた女。

 他人の感情や都合を配慮する発想など微塵もなく、ただ自分の自由にならないことが許せないというだけで他人の足を引っ張り、憧れの人物にこれ以上ないほどの迷惑をかけようとしている。


 貴族家に生まれたその血筋だけが自慢の者たち。

 自分が神に選ばれた者だと信じて疑わず、自分の思い通りにいかない事などあってはならないと本気で信じる傲慢さ。


 あまりの身勝手さ、あまりの醜さに笑いが止まらない。

 お前達が今敗北者となっているのは、どう考えても自業自得だろう?


 自分が言うのもなんだが、仕合わせの暴君がどれだけの事をしてきたのかコイツらは欠片も知らないし、説明をしても理解する頭を持たないだろう。


 村人の状態で身よりもないのに、呪われた少女を引き取り、ついにはその呪いまで解いてみせた男。

 トライラム教会の孤児奴隷の問題を解決し、年明けに野盗に落ちた者たちまで引き受けて面倒を見ている。


 竜爵家を救いリーチェを孤独から救い、国が放置した開拓村の再建を私財を投げ打って再開。

 彼らが王国に流出させたお金で、いまやスペルド王国全体が好景気に沸いている。


「見れば見るほど素晴らしい、いや凄まじい御仁だ。それに比べて、お前らの醜悪さときたら……」


 どう考えても仕合わせの暴君の方が正しくて、お前らが敗者になるのが正しいだろう?

 なのになんで自分の境遇が間違っていると、仕合わせの暴君が間違っていると、そんなに自信満々で考えられるんだ?

 自分でさえ、交友を持つならお前達より仕合わせの暴君のほうを選ぶというものだ。



 自分で言うのもなんだが、善悪の判断はまともな方だと思う。ただし善悪の頓着は無いが。

 自分にとっては良いことも悪いこともただの事実でしかなくて、結果の1つでしかない。

 だからコイツらを唆すのは悪いことだと分かっているし、仕合わせの暴君には少し申し訳ないとも思う。


「……済まないね、仕合わせの暴君の皆さん」


 思わず漏れ出た謝罪の言葉が、空しく風に溶けていく。

 君達がどれほど社会に貢献し人々を救ってきたのかは、レガリアからの調査を聞いてよく分かっているのだけれど……。


 自分が出会った人間の中で、自分と遊べそうな相手が君達しかいないんだよ。

 自分の相手を出来ない他の人間の不甲斐なさと、自分のお眼鏡に適ってしまった自分たちの実力を恨んで欲しい。


 お詫びと言ってはなんだが、こちらも全力でお相手させていただくよ。
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