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4章 マグエルの外へ3 奈落の底で待ち受ける者
269 6つ目の中継地点 (改)
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現在到達者がいないと言われている、奈落の第6中継地点。
大量の生体反応と魔物反応に臆することなく足を踏み入れた俺達だったけど、この中継地点の異様さはすぐに理解できてしまう。
「なん、だこれ……? なんでケイブの中に門なんか……?」
「魔法扉じゃなくて人工物、だよね? オープンの効果対象に指定できないし……」
天然洞窟のような構造のケイブ奈落の中に、金属製の重厚で巨大な門が設置されていた。
ニーナの言葉に、俺も魔法扉を開ける支援魔法のオープンの詠唱を開始しようとしたけれど、目の前の巨大な門は確かにオープンの効果対象に指定できないようだった。
つまりこの扉は、間違いなく人工物……。
「……大量の生体反応と魔物反応は、門の向こう側みたいだな」
だけどこの門、開けられるんだろうか?
っと、その前にこの時点で戦闘準備をしておこうか。
「我は魔を導く者也。我は秘蹟と共に歩む者也。神気纏いて魔を滅し、聖気満たして災禍を祓え。神威の恩寵、神降ろしの儀。宿せ。マギエフェクター」
聖属性付与魔法が融合した事によって習得できた魔法、マギエフェクター。
その効果は聖属性を付与することではなく、全てのステータス補正を上乗せする効果があるようだ。
特定の属性付与ではないので、どんな相手にも安定して使える強化魔法。しかも全補正付与なので、満遍なく強化が出来て使い勝手が良い。
マギエフェクターを使用した俺に、首を傾げたニーナが尋ねてくる。
「まぁた、いつの間にか知らない魔法を習得してるんだからぁ。マギエフェクターだっけ? これってどんな効果なのー?」
「ああ。攻撃補正、防御補正、敏捷補正に身体操作性補正、五感上昇補正に幸運まで上昇して、装備品強度補正までかかる強化魔法みたいだよ」
「うわ……。強化対象がえげつないわね……」
先日のアウターエフェクト戦でプロテクションを担当したティムルが、マギエフェクターの効果にドン引きしている。
敵に使われない限り、強力な魔法は普通にありがたがっておこうよ。
「ちなみに、聖属性付与魔法が融合したら使用可能になったんだ」
「あー……。聖属性付与魔法を融合するなんて発想、あるわけないもんね……。ぼくも知らないわけだぁ」
リーチェが知らないことって何気に重要な気がするんだよなぁ。
長命なエルフ族に知られていないことは、この世界で知っている人間が少ない要素の気がするからね。
さて、それじゃ扉の検分に移ろうか。
「う~ん……。多分これ竜爵家の地下訓練場に降りる扉と同じで、とても厄介ですね」
エマが目の前の門を見てそう分析してくれる。
なんで貴族屋敷の地下とアウターの内部に同じ扉があるんだろうねぇ?
「厄介って、具体的に何が厄介なのかな?」
「人工物は攻撃魔法の対象には指定できませんから。単純な強度と質量こそが鉄壁の防壁になりうるんですよ」
「……なるほどね。納得」
攻撃魔法の対象にも指定できないし、武器に補正効果も乗らないから、正面から破壊するのも容易じゃないってワケかぁ。
ちょっと試したらやっぱり施錠されているし、それで破壊も出来ないとなると進入が難しい。
さて、どうしたものかなぁ……?
「ふははははっ! 案ずるでないのじゃーっ! ここは妾に任せるのじゃーっ!」
「フラッタ……?」
突然響き渡る無双将軍フラッタの元気な笑い声に、思わず振り返ってしまう。
「フラッタに何か考えでも……って、なんで竜化してるの? ……まさかっ!?」
「母上のブレスは訓練場の壁を貫いておったからのぅ。ならば妾のブレスでこの門を貫いてくれるのじゃっ!」
「ちょちょちょっ! ちょっと待ってフラッタ!? この門の向こうにはまず間違いなく敵がいるのに、ブレスを放ったら……!」
「ブレスの威力は込める魔力の量に左右される。魔導師まで浸透させた今の妾のブレスは、母上のブレスよりも威力が上のはずなのじゃーっ!」
「待っ……!」
戸惑う俺に構うことなく放たれる蒼い閃光。
レーザー兵器にしか見えないフラッタのブレスは、目の前の門を余裕でぶち抜いて、体格の良いゴルディアさんでも余裕で通り抜けられそうな巨大な穴を開けてしまった……!
こ、これで先には進めそうだけど……!
「フラッタ! お前、ブレスを放ったら魔力枯渇を引き起こしちゃうだろ!? これから交戦するってのになにしてるのさっ!?」
しかし慌てる俺に向けて、ニヤリと不敵に笑うフラッタ。
「あ、安心するのじゃダン……! た、確かに消耗は、激しいが、完全な、魔力枯渇は、起こして、おらぬのじゃ……!」
「へ? ブレスを放ったのに、魔力枯渇を引き起こしていない?」
そんなことありえるのか? ブレスって切り札中の切り札だろ?
でもフラッタの様子を見ると、竜化が解けて肩で息をしているけれど、ちゃんと両足で立ったままだし顔色も悪くない。
フラッタが嘘を言っているようには見えないな?
「竜王戦では、ブレスの可能性をまざまざと見せ付けられたからのぉ。あれ以降少しずつではあるが訓練しているのじゃ」
「竜王戦……。ブレスの可能性……」
「ブレスは確かに強力な切り札ではあるが、放てば必勝などと考えるのは甘えなのじゃ。強力な武器であるからこそ磨かねばなっ」
どうやらフラッタは、竜王のブレスの使い方を見てブレスの認識が大きく変わったみたいだね。
手始めに、ブレスを撃っても魔力枯渇しないように訓練してるらしい。
フラッタは凄いなぁ。よしよしなでなで。
「さて、フラッタが門に大穴を明けてくれた事で中には入れそうなんだけど……」
おかげで俺達の存在が中にも伝わったらしく、門の向こうから大量の生体反応と魔物反応が門に向かって押し寄せてきているようだ。
可愛いフラッタが頑張ってくれたんだから、今度は俺が頑張っちゃうよーっ!
「もう後戻りは出来ない。全員中に侵入するよ」
「了解なのっ」
「ティムルとリーチェとエマで、この門を塞がれないよう退路を確保して。可能であれば門を開いてくれたら助かるかな」
「「「はいっ!」」」
アナザーポータルが使えるアウター内で退路を確保する意味は無いかもしれないけれど、何らかの事情で退却を余儀なくされた場合、また来る度にブレスをぶっ放すのは非効率的だからね。
「ニーナとフラッタとヴァルゴは、一緒に動いて敵の襲撃に備えて。ニーナは魔物を、ヴァルゴは対人担当。フラッタは体力が回復するまで無理しないこと。それじゃ行くよっ」
3人の返事を待たずに、素早く門の大穴を潜って中に入る。
門を潜ると、そんな俺達に向かって大量の敵意が向けられる。
大穴に向かって押し寄せてきているのは6階層に普通に出現する魔物と、襤褸切れに身を包んだ体格のいい人間、恐らく竜人族たちのようだ。
距離があるうちに鑑定してみるものの、支配などの状態異常にかかっている様子はない。
なのに俺達に向かって武器を手に襲い掛かってくる理由は何でなんだろうね?
まぁ分からないことは後回しにしよう。まずは分かることから手をつけるとするか。
分かっている事。魔物は殺しても怒られないってね!
「まずは魔物を殲滅しよう! 人間は可能な限り生け捕ってくれる!?」
「言ってることは分かるけど、面倒な注文なのーっ」
んもーっ! と頬を膨らませるニーナ。
でも安心していいよ。魔物だけを殲滅する簡単な方法、俺達なら分かるでしょ?
「其は悠久の狭間に囚われし、真理と聖賢を司る者。無間の回廊開きし鍵は、無限の覚悟と夢幻の魂。神威の扉解き放ち、今轟くは摂理の衝撃。クルセイドロア」
押し寄せてくる魔物と竜人族を待ち受けることなく自分から突っ込み、走りながらクルセイドロアを発動していく。
攻撃魔法は人間に効果を及ぼせない。だからこういう乱戦では滅茶苦茶使い勝手がいいんだよねっ。
マギエフェクターで強化されたクルセイドロアに耐えられる魔物は1体もおらず、瞬く間に魔物の反応が無くなった。
ちなみに、スキル融合で強化された聖属性魔法のディバインウェーブは、単体攻撃魔法みたいなので今回は出番無しだ。
「「「うおおおおおっ!!」」」
1人で突っ込んだせいで孤立している俺に、竜人族たちが襲いかかってくる。
が残念。ここはアウターの中なんですよねー。
「はいはい失礼しまーっす」
同時詠唱スキルで無詠唱化したアナザーポータルで、みんなのところにサクッと転移する。
「あ、相変わらず妾たちの出る幕が無いのぅ……?」
「魔物は多分全部倒したと思うんだけど、問題は残ってる竜人族たちだ」
ドン引きしているフラッタをひと撫でして、みんなにこのあとの事を相談する。
「竜人族たちを鑑定したんだけど、別に状態異常にかかってる様子でもないんだ。なのに彼らは何で俺達に襲い掛かってくるのかな?」
この人たちって無理矢理飼育されてたんじゃなかったの? 侵入者である俺達の排除を試みるほど、根っからの敵側だったの?
そんな風に首を傾げる俺に、直ぐに答えを示してくれるティムルお姉さん。
「ダン。彼らが何者か忘れたの? ダンは私やニーナちゃんのことを大切にしてくれたけど、この間お城で体験したばかりでしょ?」
「へ?」
「ダンは知ってるはずよ。状態異常以外でも、人を思い通りに扱う方法を」
え? ティムルやニーナを大切にするなんて当たり前だよ?
それとお城での出来事に何の関係が……って、そうか! 奴隷契約!
鑑定では他者との繋がりは見抜けない! だから鑑定で判別できないのも納得だ!
先日フラッタも助けてくれたし、また頼らせて貰うよ従属魔法!
「魂縛る盟約の鎖を解き、今ここに服従と隷属の強制を失効する。これより互いを縛る物はなく、両者に自立と選択の権利を返還する。奴隷解放」
「があああ……ああ、あぁ……」
適当な相手を狙って奴隷解放を行うと、奴隷契約が解除された相手は動きを止めてその場にへたり込んだ。
よし! 奴隷解放の効果ありだ! 同時詠唱と詠唱短縮を活かして、一気に全員を解放してやるぜぇっ!
「奴隷解放。奴隷解放。奴隷解放奴隷解放奴隷解放ーー!」
片っ端から手当たり次第に奴隷契約を解除していく。
奴隷解放はあまり距離があると発動しないので、ゾンビの群れみたいに襲いかかってくる竜人族の群れに突っ込まなきゃいけないらしい。
少々危険だけど、他に方法が無いから仕方ない。
何人いるのか把握したくて奴隷解放した人数を数えていたけど、300人を超えたところで馬鹿馬鹿しくなってやめてしまった。
従属魔法だって魔力消費があるはずだ。俺の魔力もつかなぁ!?
「う、あああ……」
「頑張って! ここにいたらまた捕まっちゃうのっ!」
自分の背負った竜人族の男を叱責しながら、門の外側まで運び出しているニーナ。
奴隷解放されてへたり込んだ竜人族は、うちのみんながせっせと門の外に運び出している。
門の中にいる方がなにが起こるか分からないので、ひとまず門の外まで移動してもらうのだ。
門の外も中継地点の中だから、魔物に襲われる心配はないはずだからな。
「ほら捕まって! 歩くの! 歩きなさいっ!」
「ほら、君も捕まって! 早く外に移動するよっ!」
体の小さなニーナとフラッタは背中に背負って救助をしているけれど、比較的体格の良いティムル、リーチェ、ヴァルゴの3人は、複数人を抱えながら救助活動を行なっている。
エマは門の外側で要救助者を見張ってくれているようだ。
あーもうっ、要救助者だから大目に見てやるけど、俺の嫁に他の男がベタベタとぉっ! くっそぉ! 今夜は全力で上書きしてあげないといけないぜぇっ!
これも全部くだらない暗躍してる奴のせいだ! 絶対許さないからなぁ!
「奴隷解放奴隷解放奴隷かい……っと。も、もう居ない、か?」
暫く奴隷解放し続けて、目に見える範囲の竜人族は全員奴隷解放してやれたみたいだ。
ギリギリ同時詠唱スキルを使えるようになっていて助かったよ……。
周囲を警戒している俺のところに、門の外にいたはずのエマが走って向かってくる
「人数を確認しましたが、627名の竜人族の奴隷解放が済んだようです。彼らに抵抗の意思は無く、私達の言う事に素直に従ってくれていますね」
「ろ、627人ってぇ……」
エマの報告にうんざりさせられる。627名って多すぎでしょ。
竜人族って時点でヴァルハールでの受け入れになると思うけれど、この人たちって外の世界で暮らせるのかなぁ?
そしてヴァルハールにこの人たちを受け入れる余裕はあるんだろうか?
人口の伸び悩んでいる竜人族にとっては、悪いことばかりでもないとは思うんだけど。
「フラッタ様が消耗されておりますし、見張りを交替して私が報告に参り……」
「待った! エマ、気をつけて!」
「えっ!?」
エマから報告を受けていると、俺とエマに向かって高速で近づいてくる1つの生体反応を捉えた。
その反応は他の竜人族とは比べ物にならないほどのスピードで、未だ戸惑っているエマに対して駆け寄りざまに斬りかかってきた。
「ぐっ……! お前は、まさか……!?」
銀髪をたなびかせながらエマに振り下ろされた凶刃を受け止めて、斬りかかってきた相手を鑑定する。
シルヴァ・ム・ソクトルーナ
男 22歳 竜人族 竜化解放 竜騎士LV87
装備 精霊銀のロングソード 聖銀のプレートメイル
水竜の靴 竜珠の護り
「シ、シルヴァ様!? わ、私です! エマですよっ!」
鑑定でシルヴァの名前を確認するのと、エマの口からシルヴァの名が呼ばれたのはほぼ同時だった。
よく生きててくれたよシルヴァ! これでソクトルーナ家も安泰だねっ!
「シルヴァ! もし自分の意思で動けるなら、ステータスプレートを見せてくれ!」
「う……あ、あ……」
声をかけてみたけれど、シルヴァは虚ろな目をしながらも鋭く切りかかってくる。
ちっ、どんな命令を受けているのかは分からないけれど、所有者の名前を確認するのは無理かっ!
脆弱な人間族さんの俺がシルヴァの斬撃を受け止め続けるのもキツイしな。仕方ない……!
今はシルヴァの身の安全が最優先だ!
「奴隷解放!」
「う……、あ……!」
奴隷解放されたシルヴァはロングソードを取り落とし、他の竜人族と同様に地面に蹲った。
「シルヴァ様! 大丈夫でございますか!? シルヴァ様っ!」
蹲ったシルヴァに急いで駆け寄るエマ。
彼女にとってラトリアの息子であるシルヴァは、産まれた時から世話をしてきた存在だからな。
エマ自身もシルヴァのことを自分の息子のように想っているのかもしれない。
「エ、マ……。剣を向けちゃって、本当に、ごめん……!」
「いいんです! そんなこと何も気にしなくて良いんですよシルヴァ様! 貴方が無事であるのなら、それ以外のことはどうでも良いのです……! ああ良かった……! 本当に良かった……! ゴルディア様、ラトリア様……!」
エマに襲い掛かった事を謝罪するシルヴァと、そんなシルヴァを泣きながら抱きしめるエマ。
……流石にこの状況で、シルヴァに嫉妬するわけにはいかないよな。今回ばかりは目を瞑ってやるさ。
「どなたかは存じませんが、本当に助かりました……」
エマの胸に抱かれたままで、シルヴァは俺に視線を向ける。
「あのままでは……! 僕の、僕の手でエマを斬り殺してしまうところでした……!」
武器を握っていた両手を見詰めながら、心底恐怖した様子でシルヴァが俺に感謝の言葉を伝えてくる。
シルヴァにとっても、エマはもう1人の母親みたいなものなのかもな。
「エマも言った通り、お前が無事で何よりだよ」
無詠唱でキュアライトを発動し、全力の竜人族と正面から打ち合って悲鳴を上げていた自分の体を労ってやる。
ラトリアとヴァルゴと打ち合ってなかったら、始めの1撃で抜かれてたかもしれないなぁ……。
「俺はダン。魔物狩りだ。ルーナ家とはちょっと縁があって、お前の行方を追っていたんだ」
「僕の行方を、ですか?」
「ああ、ちょっと待ってな。エマ、シルヴァを頼むよ」
「はいっ……! お任せくださいっ……!」
アナザーポータルでフラッタのいる場所まで転移して、問答無用でフラッタを攫ってシルヴァの元に戻ってくる。
「い、いきなりなんなのじゃダン!? せめて……」
「ほれ」
「説明をせん……か……って、え……?」
困惑するフラッタにシルヴァを指し示してやると、フラッタは綺麗な赤い瞳が零れ落ちてしまうんじゃないかと心配になるくらいに大きく両目を見開いた。
エマの胸に抱かれたシルヴァの姿を見たフラッタは、目の前の光景を理解するのに若干時間を要しているようだ。
「あ、あにうえ……? あにうえ、なのじゃ……?」
「無事だったんだよ。ほら、フラッタも行ってきな」
呆けるフラッタの背中を優しく押し出してやる。
するとフラッタは大きく見開かれた両目から大粒の涙を溢しながら、エマの胸に抱かれているシルヴァに駆け寄っていった。
「兄上ええええっ! よくぞ、よくぞ生きていてくれたのじゃああああっ!」
「フラッタ……、どうしてお前がここにいるの……? えっと……?」
「良かった……! 本当に良かった……! ゴルディア様……! 貴方の残した竜爵家の希望、失われておりませんでしたよ……!」
泣きじゃくるフラッタとエマ。困惑するシルヴァ。
感動の再会に水を差すようで申し訳ないけれど、このままここで話を続けるわけにはいかないな。ここは安全な場所じゃないんだし。
「シルヴァ。今は困惑しているだろうけれど、まずは状況を整理しよう」
シルヴァの前に膝を着いて、シルヴァとなるべく目線を合わせる。
シルヴァも消耗は激しそうだが、意識はハッキリしていて会話するには支障が無さそうだ。
「分かってる範囲で良いから教えてくれ。襲い掛かってきた他には竜人族はいないのか?」
「あ……、えっと、あの奥の大きい建物の中に、まだ戦えないような小さい子供達がまとめられているはずです。ここにいるのはそれで全部かと」
「……子供達がいるのか。乳幼児なんかもいるのかな?」
「いますね。それなりの数がいるはずです。母親は貴方達に襲い掛かっていた中に混ざっていたかと」
ちっ……。自分でステータスプレートを取りだせない乳幼児がいるのは、救出的に少し厄介だなぁ。
全員の母親が間違いなく見つかれば良いんだけど。
一旦全員で門の外に出て、他のメンバーと合流して今後の流れを相談をする。
「ニーナはヴァルハールに行ってほしい。ラトリアに事情を説明して、この竜人族全員の受け入れ準備をお願いしてもらってくれる?」
「了解なの。この人たちの受け入れ費用はウチから出しておくの」
「それでお願い。他のメンバーはアライアンスに参加させた竜人族を片っ端からヴァルハールに送って欲しい。ここに残しておくのは危険だからね」
「あ、それならラトリアさんへの説明は私がするわ。私は移動魔法が使えないからね」
ああそっか。ティムルはまだ移動魔法が使えないんだったね。
……なんかティムルって、あと1歩で手が届くのにーってシチュエーションが多くない?
「ニーナちゃん。ヴァルハールへの転移だけお願いしていいかしら?」
「勿論オッケーなのっ!」
「済みませんニーナ。私もティムルたちと一緒に、先行してヴァルハールに送ってもらえますか?」
「え? 別に構わないけどヴァルゴも?」
ティムルに続いてヴァルゴも俺に進言してくる。
「ええ。ここにいても役立てない私は、シルヴァさんの護衛や受け入れの手伝いをするべきでしょう」
そっか。ヴァルゴもまだ移動魔法が使えないんだった。
対人戦最強のヴァルゴを街に返すのは勿体無い気もするけど、逆にシルヴァを暗殺されるような心配も無くなるか。
「了解だ。ヴァルゴもヴァルハールの方をお願い」
ヴァルゴの提案を採用して、ティムル、ヴァルゴ、エマ、シルヴァを先行してヴァルハールに送り届けることにする。
「フラッタ。リーチェ。出産経験者を探して話を聞いて欲しい。乳幼児も全員救出するよ」
「「了解っ」なのじゃーっ」
適当にパーティを組んでもらった竜人族を一時的にクリミナルワークスに加入させ、俺とニーナの2人で順次ヴァルハールに送り届ける。
その間にフラッタとリーチェの2人で、母親と子供を引き合わせていくことになった。
もしも母親が見つからない乳幼児がいた場合は、俺が徒歩で外まで送り出してあげるしかない。
出来なくは無いけど、あまり子供に負担をかけたくないから、なるべくなら避けたいな……!
よし、方針が決まったら早速行動だ。ここはまだ敵地、長居しない方がいい。
「みんな。竜人族が助かるかどうかはまだ分からないってことを忘れないでね。彼らがどうなるかはここからの方が重要だ。みんな、もう少しだけ頑張って欲しい」
俺の言葉に頷いてくれるみんなが凄く頼もしく感じるよ。
「この時間ならムーリも母さんも自宅で待ってると思うから、2人もヴァルハールに連れて行って手伝ってもらうね。人手は多いほうがいいと思うし」
「そうだね。よろしくニーナ。そっちは任せるよ」
「シルヴァを見たラトリアがすぐに冷静に動けるとは思えないわ。エマ。私と貴女の働きで初動が大きく変わってくるわよ。頑張りましょう」
「ですね。ですがお任せください! せっかく助けた同胞なのです。死なせるわけには参りませんっ! 動揺するラトリア様のお世話にも慣れておりますからっ!」
ティムルの言葉に真剣な表情で頷くエマ。
シルヴァを見たラトリアが取り乱してしまうのが容易に想像できたんだろうなぁ。
さぁみんな。もうひとふんばり頑張ろうね。
不幸なんて全部蹴散らして、全員が笑顔になれる未来を目指すよっ!
大量の生体反応と魔物反応に臆することなく足を踏み入れた俺達だったけど、この中継地点の異様さはすぐに理解できてしまう。
「なん、だこれ……? なんでケイブの中に門なんか……?」
「魔法扉じゃなくて人工物、だよね? オープンの効果対象に指定できないし……」
天然洞窟のような構造のケイブ奈落の中に、金属製の重厚で巨大な門が設置されていた。
ニーナの言葉に、俺も魔法扉を開ける支援魔法のオープンの詠唱を開始しようとしたけれど、目の前の巨大な門は確かにオープンの効果対象に指定できないようだった。
つまりこの扉は、間違いなく人工物……。
「……大量の生体反応と魔物反応は、門の向こう側みたいだな」
だけどこの門、開けられるんだろうか?
っと、その前にこの時点で戦闘準備をしておこうか。
「我は魔を導く者也。我は秘蹟と共に歩む者也。神気纏いて魔を滅し、聖気満たして災禍を祓え。神威の恩寵、神降ろしの儀。宿せ。マギエフェクター」
聖属性付与魔法が融合した事によって習得できた魔法、マギエフェクター。
その効果は聖属性を付与することではなく、全てのステータス補正を上乗せする効果があるようだ。
特定の属性付与ではないので、どんな相手にも安定して使える強化魔法。しかも全補正付与なので、満遍なく強化が出来て使い勝手が良い。
マギエフェクターを使用した俺に、首を傾げたニーナが尋ねてくる。
「まぁた、いつの間にか知らない魔法を習得してるんだからぁ。マギエフェクターだっけ? これってどんな効果なのー?」
「ああ。攻撃補正、防御補正、敏捷補正に身体操作性補正、五感上昇補正に幸運まで上昇して、装備品強度補正までかかる強化魔法みたいだよ」
「うわ……。強化対象がえげつないわね……」
先日のアウターエフェクト戦でプロテクションを担当したティムルが、マギエフェクターの効果にドン引きしている。
敵に使われない限り、強力な魔法は普通にありがたがっておこうよ。
「ちなみに、聖属性付与魔法が融合したら使用可能になったんだ」
「あー……。聖属性付与魔法を融合するなんて発想、あるわけないもんね……。ぼくも知らないわけだぁ」
リーチェが知らないことって何気に重要な気がするんだよなぁ。
長命なエルフ族に知られていないことは、この世界で知っている人間が少ない要素の気がするからね。
さて、それじゃ扉の検分に移ろうか。
「う~ん……。多分これ竜爵家の地下訓練場に降りる扉と同じで、とても厄介ですね」
エマが目の前の門を見てそう分析してくれる。
なんで貴族屋敷の地下とアウターの内部に同じ扉があるんだろうねぇ?
「厄介って、具体的に何が厄介なのかな?」
「人工物は攻撃魔法の対象には指定できませんから。単純な強度と質量こそが鉄壁の防壁になりうるんですよ」
「……なるほどね。納得」
攻撃魔法の対象にも指定できないし、武器に補正効果も乗らないから、正面から破壊するのも容易じゃないってワケかぁ。
ちょっと試したらやっぱり施錠されているし、それで破壊も出来ないとなると進入が難しい。
さて、どうしたものかなぁ……?
「ふははははっ! 案ずるでないのじゃーっ! ここは妾に任せるのじゃーっ!」
「フラッタ……?」
突然響き渡る無双将軍フラッタの元気な笑い声に、思わず振り返ってしまう。
「フラッタに何か考えでも……って、なんで竜化してるの? ……まさかっ!?」
「母上のブレスは訓練場の壁を貫いておったからのぅ。ならば妾のブレスでこの門を貫いてくれるのじゃっ!」
「ちょちょちょっ! ちょっと待ってフラッタ!? この門の向こうにはまず間違いなく敵がいるのに、ブレスを放ったら……!」
「ブレスの威力は込める魔力の量に左右される。魔導師まで浸透させた今の妾のブレスは、母上のブレスよりも威力が上のはずなのじゃーっ!」
「待っ……!」
戸惑う俺に構うことなく放たれる蒼い閃光。
レーザー兵器にしか見えないフラッタのブレスは、目の前の門を余裕でぶち抜いて、体格の良いゴルディアさんでも余裕で通り抜けられそうな巨大な穴を開けてしまった……!
こ、これで先には進めそうだけど……!
「フラッタ! お前、ブレスを放ったら魔力枯渇を引き起こしちゃうだろ!? これから交戦するってのになにしてるのさっ!?」
しかし慌てる俺に向けて、ニヤリと不敵に笑うフラッタ。
「あ、安心するのじゃダン……! た、確かに消耗は、激しいが、完全な、魔力枯渇は、起こして、おらぬのじゃ……!」
「へ? ブレスを放ったのに、魔力枯渇を引き起こしていない?」
そんなことありえるのか? ブレスって切り札中の切り札だろ?
でもフラッタの様子を見ると、竜化が解けて肩で息をしているけれど、ちゃんと両足で立ったままだし顔色も悪くない。
フラッタが嘘を言っているようには見えないな?
「竜王戦では、ブレスの可能性をまざまざと見せ付けられたからのぉ。あれ以降少しずつではあるが訓練しているのじゃ」
「竜王戦……。ブレスの可能性……」
「ブレスは確かに強力な切り札ではあるが、放てば必勝などと考えるのは甘えなのじゃ。強力な武器であるからこそ磨かねばなっ」
どうやらフラッタは、竜王のブレスの使い方を見てブレスの認識が大きく変わったみたいだね。
手始めに、ブレスを撃っても魔力枯渇しないように訓練してるらしい。
フラッタは凄いなぁ。よしよしなでなで。
「さて、フラッタが門に大穴を明けてくれた事で中には入れそうなんだけど……」
おかげで俺達の存在が中にも伝わったらしく、門の向こうから大量の生体反応と魔物反応が門に向かって押し寄せてきているようだ。
可愛いフラッタが頑張ってくれたんだから、今度は俺が頑張っちゃうよーっ!
「もう後戻りは出来ない。全員中に侵入するよ」
「了解なのっ」
「ティムルとリーチェとエマで、この門を塞がれないよう退路を確保して。可能であれば門を開いてくれたら助かるかな」
「「「はいっ!」」」
アナザーポータルが使えるアウター内で退路を確保する意味は無いかもしれないけれど、何らかの事情で退却を余儀なくされた場合、また来る度にブレスをぶっ放すのは非効率的だからね。
「ニーナとフラッタとヴァルゴは、一緒に動いて敵の襲撃に備えて。ニーナは魔物を、ヴァルゴは対人担当。フラッタは体力が回復するまで無理しないこと。それじゃ行くよっ」
3人の返事を待たずに、素早く門の大穴を潜って中に入る。
門を潜ると、そんな俺達に向かって大量の敵意が向けられる。
大穴に向かって押し寄せてきているのは6階層に普通に出現する魔物と、襤褸切れに身を包んだ体格のいい人間、恐らく竜人族たちのようだ。
距離があるうちに鑑定してみるものの、支配などの状態異常にかかっている様子はない。
なのに俺達に向かって武器を手に襲い掛かってくる理由は何でなんだろうね?
まぁ分からないことは後回しにしよう。まずは分かることから手をつけるとするか。
分かっている事。魔物は殺しても怒られないってね!
「まずは魔物を殲滅しよう! 人間は可能な限り生け捕ってくれる!?」
「言ってることは分かるけど、面倒な注文なのーっ」
んもーっ! と頬を膨らませるニーナ。
でも安心していいよ。魔物だけを殲滅する簡単な方法、俺達なら分かるでしょ?
「其は悠久の狭間に囚われし、真理と聖賢を司る者。無間の回廊開きし鍵は、無限の覚悟と夢幻の魂。神威の扉解き放ち、今轟くは摂理の衝撃。クルセイドロア」
押し寄せてくる魔物と竜人族を待ち受けることなく自分から突っ込み、走りながらクルセイドロアを発動していく。
攻撃魔法は人間に効果を及ぼせない。だからこういう乱戦では滅茶苦茶使い勝手がいいんだよねっ。
マギエフェクターで強化されたクルセイドロアに耐えられる魔物は1体もおらず、瞬く間に魔物の反応が無くなった。
ちなみに、スキル融合で強化された聖属性魔法のディバインウェーブは、単体攻撃魔法みたいなので今回は出番無しだ。
「「「うおおおおおっ!!」」」
1人で突っ込んだせいで孤立している俺に、竜人族たちが襲いかかってくる。
が残念。ここはアウターの中なんですよねー。
「はいはい失礼しまーっす」
同時詠唱スキルで無詠唱化したアナザーポータルで、みんなのところにサクッと転移する。
「あ、相変わらず妾たちの出る幕が無いのぅ……?」
「魔物は多分全部倒したと思うんだけど、問題は残ってる竜人族たちだ」
ドン引きしているフラッタをひと撫でして、みんなにこのあとの事を相談する。
「竜人族たちを鑑定したんだけど、別に状態異常にかかってる様子でもないんだ。なのに彼らは何で俺達に襲い掛かってくるのかな?」
この人たちって無理矢理飼育されてたんじゃなかったの? 侵入者である俺達の排除を試みるほど、根っからの敵側だったの?
そんな風に首を傾げる俺に、直ぐに答えを示してくれるティムルお姉さん。
「ダン。彼らが何者か忘れたの? ダンは私やニーナちゃんのことを大切にしてくれたけど、この間お城で体験したばかりでしょ?」
「へ?」
「ダンは知ってるはずよ。状態異常以外でも、人を思い通りに扱う方法を」
え? ティムルやニーナを大切にするなんて当たり前だよ?
それとお城での出来事に何の関係が……って、そうか! 奴隷契約!
鑑定では他者との繋がりは見抜けない! だから鑑定で判別できないのも納得だ!
先日フラッタも助けてくれたし、また頼らせて貰うよ従属魔法!
「魂縛る盟約の鎖を解き、今ここに服従と隷属の強制を失効する。これより互いを縛る物はなく、両者に自立と選択の権利を返還する。奴隷解放」
「があああ……ああ、あぁ……」
適当な相手を狙って奴隷解放を行うと、奴隷契約が解除された相手は動きを止めてその場にへたり込んだ。
よし! 奴隷解放の効果ありだ! 同時詠唱と詠唱短縮を活かして、一気に全員を解放してやるぜぇっ!
「奴隷解放。奴隷解放。奴隷解放奴隷解放奴隷解放ーー!」
片っ端から手当たり次第に奴隷契約を解除していく。
奴隷解放はあまり距離があると発動しないので、ゾンビの群れみたいに襲いかかってくる竜人族の群れに突っ込まなきゃいけないらしい。
少々危険だけど、他に方法が無いから仕方ない。
何人いるのか把握したくて奴隷解放した人数を数えていたけど、300人を超えたところで馬鹿馬鹿しくなってやめてしまった。
従属魔法だって魔力消費があるはずだ。俺の魔力もつかなぁ!?
「う、あああ……」
「頑張って! ここにいたらまた捕まっちゃうのっ!」
自分の背負った竜人族の男を叱責しながら、門の外側まで運び出しているニーナ。
奴隷解放されてへたり込んだ竜人族は、うちのみんながせっせと門の外に運び出している。
門の中にいる方がなにが起こるか分からないので、ひとまず門の外まで移動してもらうのだ。
門の外も中継地点の中だから、魔物に襲われる心配はないはずだからな。
「ほら捕まって! 歩くの! 歩きなさいっ!」
「ほら、君も捕まって! 早く外に移動するよっ!」
体の小さなニーナとフラッタは背中に背負って救助をしているけれど、比較的体格の良いティムル、リーチェ、ヴァルゴの3人は、複数人を抱えながら救助活動を行なっている。
エマは門の外側で要救助者を見張ってくれているようだ。
あーもうっ、要救助者だから大目に見てやるけど、俺の嫁に他の男がベタベタとぉっ! くっそぉ! 今夜は全力で上書きしてあげないといけないぜぇっ!
これも全部くだらない暗躍してる奴のせいだ! 絶対許さないからなぁ!
「奴隷解放奴隷解放奴隷かい……っと。も、もう居ない、か?」
暫く奴隷解放し続けて、目に見える範囲の竜人族は全員奴隷解放してやれたみたいだ。
ギリギリ同時詠唱スキルを使えるようになっていて助かったよ……。
周囲を警戒している俺のところに、門の外にいたはずのエマが走って向かってくる
「人数を確認しましたが、627名の竜人族の奴隷解放が済んだようです。彼らに抵抗の意思は無く、私達の言う事に素直に従ってくれていますね」
「ろ、627人ってぇ……」
エマの報告にうんざりさせられる。627名って多すぎでしょ。
竜人族って時点でヴァルハールでの受け入れになると思うけれど、この人たちって外の世界で暮らせるのかなぁ?
そしてヴァルハールにこの人たちを受け入れる余裕はあるんだろうか?
人口の伸び悩んでいる竜人族にとっては、悪いことばかりでもないとは思うんだけど。
「フラッタ様が消耗されておりますし、見張りを交替して私が報告に参り……」
「待った! エマ、気をつけて!」
「えっ!?」
エマから報告を受けていると、俺とエマに向かって高速で近づいてくる1つの生体反応を捉えた。
その反応は他の竜人族とは比べ物にならないほどのスピードで、未だ戸惑っているエマに対して駆け寄りざまに斬りかかってきた。
「ぐっ……! お前は、まさか……!?」
銀髪をたなびかせながらエマに振り下ろされた凶刃を受け止めて、斬りかかってきた相手を鑑定する。
シルヴァ・ム・ソクトルーナ
男 22歳 竜人族 竜化解放 竜騎士LV87
装備 精霊銀のロングソード 聖銀のプレートメイル
水竜の靴 竜珠の護り
「シ、シルヴァ様!? わ、私です! エマですよっ!」
鑑定でシルヴァの名前を確認するのと、エマの口からシルヴァの名が呼ばれたのはほぼ同時だった。
よく生きててくれたよシルヴァ! これでソクトルーナ家も安泰だねっ!
「シルヴァ! もし自分の意思で動けるなら、ステータスプレートを見せてくれ!」
「う……あ、あ……」
声をかけてみたけれど、シルヴァは虚ろな目をしながらも鋭く切りかかってくる。
ちっ、どんな命令を受けているのかは分からないけれど、所有者の名前を確認するのは無理かっ!
脆弱な人間族さんの俺がシルヴァの斬撃を受け止め続けるのもキツイしな。仕方ない……!
今はシルヴァの身の安全が最優先だ!
「奴隷解放!」
「う……、あ……!」
奴隷解放されたシルヴァはロングソードを取り落とし、他の竜人族と同様に地面に蹲った。
「シルヴァ様! 大丈夫でございますか!? シルヴァ様っ!」
蹲ったシルヴァに急いで駆け寄るエマ。
彼女にとってラトリアの息子であるシルヴァは、産まれた時から世話をしてきた存在だからな。
エマ自身もシルヴァのことを自分の息子のように想っているのかもしれない。
「エ、マ……。剣を向けちゃって、本当に、ごめん……!」
「いいんです! そんなこと何も気にしなくて良いんですよシルヴァ様! 貴方が無事であるのなら、それ以外のことはどうでも良いのです……! ああ良かった……! 本当に良かった……! ゴルディア様、ラトリア様……!」
エマに襲い掛かった事を謝罪するシルヴァと、そんなシルヴァを泣きながら抱きしめるエマ。
……流石にこの状況で、シルヴァに嫉妬するわけにはいかないよな。今回ばかりは目を瞑ってやるさ。
「どなたかは存じませんが、本当に助かりました……」
エマの胸に抱かれたままで、シルヴァは俺に視線を向ける。
「あのままでは……! 僕の、僕の手でエマを斬り殺してしまうところでした……!」
武器を握っていた両手を見詰めながら、心底恐怖した様子でシルヴァが俺に感謝の言葉を伝えてくる。
シルヴァにとっても、エマはもう1人の母親みたいなものなのかもな。
「エマも言った通り、お前が無事で何よりだよ」
無詠唱でキュアライトを発動し、全力の竜人族と正面から打ち合って悲鳴を上げていた自分の体を労ってやる。
ラトリアとヴァルゴと打ち合ってなかったら、始めの1撃で抜かれてたかもしれないなぁ……。
「俺はダン。魔物狩りだ。ルーナ家とはちょっと縁があって、お前の行方を追っていたんだ」
「僕の行方を、ですか?」
「ああ、ちょっと待ってな。エマ、シルヴァを頼むよ」
「はいっ……! お任せくださいっ……!」
アナザーポータルでフラッタのいる場所まで転移して、問答無用でフラッタを攫ってシルヴァの元に戻ってくる。
「い、いきなりなんなのじゃダン!? せめて……」
「ほれ」
「説明をせん……か……って、え……?」
困惑するフラッタにシルヴァを指し示してやると、フラッタは綺麗な赤い瞳が零れ落ちてしまうんじゃないかと心配になるくらいに大きく両目を見開いた。
エマの胸に抱かれたシルヴァの姿を見たフラッタは、目の前の光景を理解するのに若干時間を要しているようだ。
「あ、あにうえ……? あにうえ、なのじゃ……?」
「無事だったんだよ。ほら、フラッタも行ってきな」
呆けるフラッタの背中を優しく押し出してやる。
するとフラッタは大きく見開かれた両目から大粒の涙を溢しながら、エマの胸に抱かれているシルヴァに駆け寄っていった。
「兄上ええええっ! よくぞ、よくぞ生きていてくれたのじゃああああっ!」
「フラッタ……、どうしてお前がここにいるの……? えっと……?」
「良かった……! 本当に良かった……! ゴルディア様……! 貴方の残した竜爵家の希望、失われておりませんでしたよ……!」
泣きじゃくるフラッタとエマ。困惑するシルヴァ。
感動の再会に水を差すようで申し訳ないけれど、このままここで話を続けるわけにはいかないな。ここは安全な場所じゃないんだし。
「シルヴァ。今は困惑しているだろうけれど、まずは状況を整理しよう」
シルヴァの前に膝を着いて、シルヴァとなるべく目線を合わせる。
シルヴァも消耗は激しそうだが、意識はハッキリしていて会話するには支障が無さそうだ。
「分かってる範囲で良いから教えてくれ。襲い掛かってきた他には竜人族はいないのか?」
「あ……、えっと、あの奥の大きい建物の中に、まだ戦えないような小さい子供達がまとめられているはずです。ここにいるのはそれで全部かと」
「……子供達がいるのか。乳幼児なんかもいるのかな?」
「いますね。それなりの数がいるはずです。母親は貴方達に襲い掛かっていた中に混ざっていたかと」
ちっ……。自分でステータスプレートを取りだせない乳幼児がいるのは、救出的に少し厄介だなぁ。
全員の母親が間違いなく見つかれば良いんだけど。
一旦全員で門の外に出て、他のメンバーと合流して今後の流れを相談をする。
「ニーナはヴァルハールに行ってほしい。ラトリアに事情を説明して、この竜人族全員の受け入れ準備をお願いしてもらってくれる?」
「了解なの。この人たちの受け入れ費用はウチから出しておくの」
「それでお願い。他のメンバーはアライアンスに参加させた竜人族を片っ端からヴァルハールに送って欲しい。ここに残しておくのは危険だからね」
「あ、それならラトリアさんへの説明は私がするわ。私は移動魔法が使えないからね」
ああそっか。ティムルはまだ移動魔法が使えないんだったね。
……なんかティムルって、あと1歩で手が届くのにーってシチュエーションが多くない?
「ニーナちゃん。ヴァルハールへの転移だけお願いしていいかしら?」
「勿論オッケーなのっ!」
「済みませんニーナ。私もティムルたちと一緒に、先行してヴァルハールに送ってもらえますか?」
「え? 別に構わないけどヴァルゴも?」
ティムルに続いてヴァルゴも俺に進言してくる。
「ええ。ここにいても役立てない私は、シルヴァさんの護衛や受け入れの手伝いをするべきでしょう」
そっか。ヴァルゴもまだ移動魔法が使えないんだった。
対人戦最強のヴァルゴを街に返すのは勿体無い気もするけど、逆にシルヴァを暗殺されるような心配も無くなるか。
「了解だ。ヴァルゴもヴァルハールの方をお願い」
ヴァルゴの提案を採用して、ティムル、ヴァルゴ、エマ、シルヴァを先行してヴァルハールに送り届けることにする。
「フラッタ。リーチェ。出産経験者を探して話を聞いて欲しい。乳幼児も全員救出するよ」
「「了解っ」なのじゃーっ」
適当にパーティを組んでもらった竜人族を一時的にクリミナルワークスに加入させ、俺とニーナの2人で順次ヴァルハールに送り届ける。
その間にフラッタとリーチェの2人で、母親と子供を引き合わせていくことになった。
もしも母親が見つからない乳幼児がいた場合は、俺が徒歩で外まで送り出してあげるしかない。
出来なくは無いけど、あまり子供に負担をかけたくないから、なるべくなら避けたいな……!
よし、方針が決まったら早速行動だ。ここはまだ敵地、長居しない方がいい。
「みんな。竜人族が助かるかどうかはまだ分からないってことを忘れないでね。彼らがどうなるかはここからの方が重要だ。みんな、もう少しだけ頑張って欲しい」
俺の言葉に頷いてくれるみんなが凄く頼もしく感じるよ。
「この時間ならムーリも母さんも自宅で待ってると思うから、2人もヴァルハールに連れて行って手伝ってもらうね。人手は多いほうがいいと思うし」
「そうだね。よろしくニーナ。そっちは任せるよ」
「シルヴァを見たラトリアがすぐに冷静に動けるとは思えないわ。エマ。私と貴女の働きで初動が大きく変わってくるわよ。頑張りましょう」
「ですね。ですがお任せください! せっかく助けた同胞なのです。死なせるわけには参りませんっ! 動揺するラトリア様のお世話にも慣れておりますからっ!」
ティムルの言葉に真剣な表情で頷くエマ。
シルヴァを見たラトリアが取り乱してしまうのが容易に想像できたんだろうなぁ。
さぁみんな。もうひとふんばり頑張ろうね。
不幸なんて全部蹴散らして、全員が笑顔になれる未来を目指すよっ!
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