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4章 マグエルの外へ2 新たな始まり、新たな出会い
252 ※閑話 埋まっていく時間 (改)
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ヴァルハールに転移するダンを、いってらっしゃいと送り出す。
今日のダンは竜爵家でエマーソンさんを抱いて、各地で装備品を購入して、更には魔人族の集落を2つも回らなきゃいけないから、帰ってくるのがかなり遅くなると思うの。
「母さん。準備できた? どのくらい時間がかかるか分からないんだから、あんまりゆっくりしてちゃダメだよー?」
「んー! 分かってるんだけどねー! ヴァルゴちゃんに槍を教えてもらうの、凄く楽しくってさー!」
んもう母さんったら! 数日前は死にかけていたっていうのに、元気すぎだよぉ。
だけど母さんの気持ちも良く分かるの。私達親子にとって、呪いが無くなるっていうことは、人生が拓かれたようなものだから。
そんなウキウキとしている所に自分の使用武器の達人が現れちゃったから、母さんったら自分の状態も忘れてヴァルゴに挑み続けちゃってるの。
ダンが帰ってくるまでは、母さんの好きにさせるしかないかなぁ?
「まったく……。もう紙になんてキスしちゃ駄目だからね? それじゃいってくるよ」
「い、いってらっしゃいなのぉ……」
紙切れにだって嫉妬しちゃうダンに、全員足腰立たなくなるまでキスをされちゃったの。
立っていられなくて地面に座り込む私たちのほっぺにキスをして回った後、ダンはヴァルゴを連れて魔人族の集落に転移していった。
ヴァルゴはもう完全にダンにメロメロだよねぇ。ダンはきっとすぐにヴァルゴをお嫁さんに迎えそうだなぁ。
エマをお嫁さんにしたばっかりなのにヴァルゴもお嫁さんにして、ダンったら本当にすぐ女の子を幸せにしちゃうんだからー。
それにしても、ダンってあまりお嫁さんの年齢には拘らないのかなぁ?
年末は、私とフラッタとムーリを若いうちに抱きたいとか言ってめちゃくちゃにしてくれたのに、ラトリアやエマを抱くことにも全然抵抗が無いみたい。
男の人は若い女を抱きたがるってティムルも言ってたのに、ダンは全然変わりなくみんなを愛してくれるんだよねぇ。
「待たせてごめんねニーナ。準備完了、いつでも行けるよ」
ダンにキスされた唇を撫でていると、訓練で汗だくの土だらけになった母さんが、ようやく身支度を整えて出てきてくれた。
「なら早速行こっか。今日は忙しくなるよーっ」
呪われていた私たち母娘は、仲良く2人で手を繋いで転移した。
「……マグエルに迎えてもらってから改めて見ると、本当に小さくてボロボロの家だったの」
ポータルから出た母さんが、目の前の建物を見て少し寂しそうに呟いた。
母さんと2人でまず向かったのは、私達家族が隠れ住んでいた小さな家だ。
母さんもマグエルで暮らすことを決めた今、この家に住む人はもう誰もいないけれど、ポータルが使えるようになったらみんなを招待するって言っちゃったからねっ。お掃除しないとっ。
それに、ヴァルゴと出会ったおかげでこれからダンは頻繁にこの森に来る事になりそうだから、この家を少し整備、改装して、快適に寝泊りできる場所にしておくのも悪くないと思うのっ。
母さんと2人で手を繋いで、懐かしの我が家に帰宅した。
「あはは。親子3人で15年近く住んでいたっていうのに、びっくりするくらいなにも無いねぇ」
「父さんが帰ってこなくなってからは、物は捨てる一方だったもんねぇ。私と母さんじゃ村まで行くのも難しかったから」
呪われていた日々を笑いながら語り合えるのが嬉しい。
それにしても母さんって、こんなに良く笑う人だったんだなぁ。
私の記憶の中の母さんはいつも申し訳なさそうな顔で、私を見るたびにごめんね、ごめんねって謝っていたような気がする。
もう少しで母さんの笑顔を知らないまま2度と会えなくなっていたかもしれないなんて、今思っても背筋がゾッとするの。
「ニーナを幸せにしてくれただけじゃなくて、まさか私の命を助けて、呪いまで解除しちゃうなんてねぇ。ダンさんには頭が上がらないねぇ」
「でもね母さん。キスが大好きなダンは、私たちに頭を下げられると嫌がるんだよー?」
「あははっ! ダンさんらしいのっ」
ダンは人に謝られるのが大嫌いなんだよね。自分は直ぐに頭を下げるのにさーっ。
でも最近は随分前向きになってくれたような気がするのっ。
「……でもねぇニーナ。ダンさんに使ってもらうことを考えると、ちょーっとこの家は恥ずかしすぎないかなぁ?」
「……ちょーっとね。ちょーっとだけ、これは無いと思うの……」
母さんと2人で、改めて家を見る。
狭いし汚いし、何もないし暗いし、何よりボロボロで危険すぎる……。
住んでいた時はなんとも思わなかったけど、マグエルで生活した後に改めて我が家を見ると……。
確かに母さんの言う通り、ちょっと恥ずかしい、かな?
「みんなを招くには狭いし、私たちももうマグエルに住むわけだから……。いっそこの機会に広くしちゃわない?」
「だねー。うちの寝室よりも狭いもん。みんなが伸び伸び過ごせるようなお家にしたいねっ」
母さんと話し合って、この家を大規模に改装してしまう事にする。
費用は私と母さんで貯めて、ダンには内緒で工事を進めるのっ。
人手が必要なときは、孤児院の子にトライラムフォロワーに参加してもらえれば、私のポータルで運べるの。
問題は井戸の工事だけかな? 今度大工さんに相談してみよう。
「ねぇねぇニーナ。せっかく誰もいない場所なんだし、マグエルのお家よりもずっと大きいお家にしない?」
「うんうんっ! 私もそれがいいと思ってたのっ! 母さんと一緒で嬉しいのっ!」
「その分管理は大変になっちゃうけど……。多分ダンさんのことだから、人手の問題は直ぐに解消されちゃいそうなの」
ダンのことだから? それってつまり、人手の心配が無くなるほどにお嫁さんが増えちゃうってこ?
んー、普段使いしない別荘の管理も出来るくらいのお嫁さんかぁ。
……今年中にはそれくらい増えていてもおかしくない、かなぁ?
「大体さー、ダンはどんどんお嫁さんを増やしちゃうから、別荘でも建てておかないと安心できないんだよねー」
「あっはっはっは! ダンさんって貴族でもないのに、何人お嫁さんを貰う気なんだろうねーっ?」
「ダン自身は増やしたくないって言ってるけど……。ダンは絶対に誰も見捨てる気が無いの。だからこれからも絶対に増えると思うっ」
「ふふ。でもダンさんのお嫁さん、みーんな幸せそうな顔してるの。まさかあのリーチェ・トル・エルフェリア様までお嫁に迎えちゃうなんて、ダンさんってば凄すぎるでしょー?」
リ、リーチェの場合はなぁ……。リーチェから押しかけてきたところが……。
って、これ前にも思ったんだよね。ダンのお嫁さんって、みんな自分からダンの所に集まってきたような気がするの。
「あんなに沢山お嫁さんを貰っているんだから、さぞ女好きな男性なのかと思ったけど、そうでもないみたいなのよね」
「女好きは女好きで間違いないんだけどねー。夜は物凄くえっちになるし」
「あははっ。ダンさんは女好きじゃなくて、お嫁好きなのっ。そんなダンさんがえっちなるなんて、ニーナ、本当に愛されてるよー?」
「母さんに言われなくても分かってますよーだっ」
私達全員でどれだけダンを愛しても、あっさりそれ以上に私達を愛してくれるダンが大好き。
ダンって本当に、私達がいれば他になにも要らないんだなって思う。
以前はそれを悲しく感じていたけれど、ティムルが増えて、フラッタが増えて、リーチェが増えて、ムーリと教会の子供達が増えて、ラトリアが増えて、ヴァルゴと守人たちが増えて、私達家族も凄く賑やかになった。
私達家族だけの暮らしになったとしても、もう寂しくないくらいの人数になっちゃったの。
だからここに新しく建てる家は、家族がどれだけ増えても大丈夫なように、大きくて立派で素敵な建物にしないといけないよねっ!
そんな未来を想像すると、家の掃除や解体にもやる気が漲っちゃうのっ!
母さんと2人であーでもないこーでもないって笑いながら、ボロボロの我が家を思いきり解体した。
「あ、ニーナ。そろそろ時間じゃない?」
「了解なの。今日はここまでだねー」
家での作業を切り上げて、母さんと一緒に今度はステイルークに足を運んだ。
実は今日の目的は、家の掃除よりもこっちがメインなんだっ。
「んふふーっ。みんなびっくりするかなぁ?」
イタズラ前の子供のように、笑いを堪えきれない様子の母さん。
そんな母さんと手を繋いで、まず始めに向かったのは防具屋さん。
母さんのことを教えてくれた防具屋のおばあちゃんに、母さんの無事を知らせてあげたかったから。
「いらっしゃい。おや。ニーナじゃな……。タ、ターニア様!? もしやターニア様でいらっしゃいますかっ!?」
私を見てニッコリ笑ったおばあちゃんが、私の隣りの母さんの姿を見て、弾けるように立ち上がった。
そんなおばあちゃんの様子を見て、母さんは大笑いしちゃってるの。
「あはははははっ! 久しぶり、アミさんっ! でもそれ、私が初めてこの店に来た時と同じ反応だよっ!?」
「領主の娘が護衛もつけずに1人で来店したんだから当然ですよっ! ターニア様こそ、あの時も今も思い切り笑ってくれましたよねぇっ!?」
「あはははははっ! 本当にあの時と一緒なのーっ!」
怒鳴るおばあちゃんに、笑い転げる母さん。
なんだかこの2人、昔からこんな感じだったんだろうなぁって思っちゃったの。
「まったく……。幾つになっても落ち着きが無いんですから……」
お茶を用意しながら深い深いため息を吐くおばあちゃん。
母さんの笑いとおばあちゃんの怒りが治まってから、3人で改めてお話をする。
「ダンって言ったっけ? あの男、ニーナだけじゃなくてターニア様まで救っちまったのかい……」
「私に関しては完全に偶然だったみたいだけどね? ニーナのことはどれだけ感謝しても足りないよー」
「こうしてターニア様とまたお話することもできるし、うちの店にも大分貢献してくれたし……。ステイルークから追い出したのは勿体無かったねぇ? かっかっか」
「ダンさんはそのうち知らない人がいないほどの英雄になると思うのっ! だから英雄が最初に装備を揃えた店って売り出せば、この店ももっと繁盛すると思うなっ」
なんだか母さん、おばあちゃんとすっごく仲良しに見えるの。
母さんはリーパーとして活動してたんだし、防具屋さんと仲良くなっても不思議じゃないけどさ。
「おばあちゃんと母さん、とっても仲がいいんだねー?」
「仲が良いって言うか、昔っからターニア様には随分と振り回されたからねぇ……」
「振り回されたって?」
私は呪われてからの母さんの姿しか知らないから、おばあちゃんの言っている母さんの姿が想像できなかった。
私が知っている母さんはいつも俯いていて、極力家の外に出ようとはしなかったから。
「それがさぁ。聞いておくれよニーナ……」
「うんうんっ。聞きたい聞きたいっ」
「ターニア様ってば獣爵家の令嬢の癖に、こんな店まで1人でやってきてさぁ。防具が欲しいって言うから用意してやったら、今度はお金を持ってないなんて言うんだよ? 信じられるかい?」
「あーもうアミさん! 何もニーナに言うことないじゃないのーっ!」
呆れたように話すおばあちゃんに元気よく食って掛かる母さん。
なんだか私の知ってる母さんじゃないみたいだなぁ。
「リーパーとして活動したいって言ったら家族みんなに反対されちゃって、家を飛び出したはいいものの1人で街を歩いたことなんてなかったから、色々分からなかったのーっ」
1人で街を歩いたことが無いって、何歳くらいの話なんだろう?
というかこの前おばあちゃんが、母さんは引っ込み思案だったって言ってた気がするけど……。家族の反対を押し切って魔物狩りになろうとした母さんのどこが引っ込み思案なの?
「当時のターニア様は人見知りでね。ガレルが連れて来たパーティーメンバーと打ち解けるのにすらかなり時間がかかったんだよ」
「えっ!? そうなのっ!?」
ダンともみんなとも、ヴァルゴとだって直ぐに打ち解けていた気がするんだけど……。
みんなに囲まれて良く笑っている母さんが、子供の頃は人見知りだったの?
「ターニア様のことを話してやったとき、ニーナも興味無い人のことはトコトン無視してただろう? ターニア様にもそういうところがあったのさ」
んー。私の場合はダンと家族以外にはあんまり興味無いんだよなぁ。
母さんと一緒って言われても、よく分からないかも?
「アミさん。これとこれが欲しいのっ」
「はいはい。好きなだけ持ってっていいですけど、今日はお金を持ってるんでしょうねぇ?」
「持ってますーっ! 私だっていつまでも世間知らずじゃないんだからっ、もうっ!」
せっかくだから、母さんの防具をここで購入する事にした。
おばあちゃんとワイワイ騒ぎながら防具を購入する母さん。とっても楽しそうなの。
だけど、母さんが防具を試着している姿を見ながら、おばあちゃんはこっそり泣いていたの。
私に見られているのに気付いたおばあちゃんは、またターニア様に防具を用意できるのが嬉くてねぇ、と私の頭を撫でてくれた。
「じゃあねアミさん。お金が溜まったらまた来るの。あー、次に来る時は自分のポータルで来れるようになりたいなぁ」
「かっかっか。こっちは年寄りなんだから、ターニア様がポータルを覚えるまで生きてるか分かりゃしませんよ?」
ダン基準の職業浸透速度を知らないおばあちゃんは、母さんの呟きを冗談だと思っちゃったのかな?
ひとしきり笑ったおばあちゃんは、私の頭を撫でながらニッコリと笑ってくれた。
「でもお待ちしてますよ。いつでもいらっしゃい。ニーナと一緒にね」
「うんっ。また来るねおばあちゃんっ」
母さんの防具を全身分揃えて、防具屋をあとにした。
あは。ステイルークにまた来るのが楽しみだと思えるなんてなぁ。
ダンと出会わなければ、私達家族を拒絶した街としてしか見ることが出来なかったよぅ。
防具屋を出た私たちは、その足で冒険者ギルドに向かった。
今回の1番の目的はここだから。
「済みませーん。身内の者なんですけど、ラスティを呼んでもらえますー?」
物凄く軽いノリで、ギルドの奥のほうで仕事していたラスティさんを呼んでもらう。
今更だけど、母さんの生存をこんなに大々的に広めちゃって良かったのかな? 呪いはもう解けてるし母さんも貴族じゃないから、恐らくは平気だと思うんだけど。
そんな風に思い悩む私を余所に、姿を現したラスティさんが、母さんの姿を見て硬直してしまった。
「姉さん……。ターニア姉さんなのっ!? ね、姉さんが……、姉さんが生きてたっ……!?」
「久しぶりラスティ。私が家を出て以来だから……、20年ぶりくらいになるのかなぁ? あはは。元気そうで何よりだよーっ」
母さん。20年ぶりくらいって言ってるのに、ノリが軽すぎるよぅ。
ラスティさんに冒険者ギルドの個室に案内されて、改めて挨拶をする。
「先日振りだねラスティさん。偶然だったけど母さんを助けられたから、今日はその報告に来たの」
「勿論呪いの方も解いてもらっちゃったのっ。だからもう何も心配しないでね?」
「呪いを解いてもらったって、いったいどうやって……?」
ステータスプレートをラスティさんに見せながら、優しく微笑む母さん。
固まるラスティさんに凄く優しく微笑む様子を見て、母さんにとってはラスティさんは実の妹なんだよなぁって、改めて実感しちゃう。
「私……、ずっと姉さんに謝りたかったんです……!」
「ラ、ラスティ……? どうしたの?」
母さんのステータスプレートの見たラスティさんは、ボロボロと大粒の涙を零し始めた。
だけど母さんにはその涙の理由が分からないらしく、母さんにしては珍しく少しうろたえちゃってるみたいなの。
「私がガレルさんのことを悪く言ったりしなければ、ターニア姉さんはステイルークを飛び出したりしなかったんじゃないかって……。私のせいで姉さんはステイルークを出ていってしまったんじゃないかって……!」
「あ、あ~……。ラスティがそんなに悩んでいたなんて知らなかったの……」
泣きながら謝るラスティさん。
だけどその姿を見て、母さんがなんだか気まずそうにしてるの?
「えっとねラスティ。確かに貴女にガレルを悪く言われた日の翌日に私達はステイルークを発ったけど、それは前から決めてあった日程なの。貴女の発言があってもなくても、獣炎の眼光はあの日ステイルークを旅立ってたの」
「そんなことは、そんなことは分かってますよっ……! でも私がガレルさんのことを悪く言った時、姉さんはとても傷ついた顔をしてましたっ……!」
「……そうだったかな。もうあんまり覚えてないの」
「だからずっと姉さんに謝りたくって……! でも姉さんは死んだって伝えられて……!」
ずっと謝りたかった母さんが死んだと告げられて、ラスティさんはずっと辛い想いをしていたみたい。
だから母さんの娘である私にどう接していいか分からなくって、私の扱いをダンに押し付けちゃったのかもしれない。
母さんの死亡説に関しては、私にも責任の一端があるんだよねぇ……。
色んな偶然が重なって母さんと離れ離れにされちゃったけど、その日々があったからこそ2人とも今笑っていられるなんて、本当に不思議に感じちゃうの。
「20年越しになっちゃったけど……。ターニア姉さんが好きな人を悪く言ってごめんなさい。いつも私は何も出来なくてごめんなさい。姪であるニーナさんのことも守ってあげられなくて、本当にごめんなさい……!」
「あは。ガレルを悪く言ったのは、ラスティの立場を考えれば仕方ないと思う。他のことはニーナも私も、そしてラスティもこうして元気に過ごしているんだから、もう気にしなくていいんじゃないかな?」
泣いているラスティさんを抱き締める母さん。
なんだかその姿がとっても自然で、母さんとラスティさんは本当に姉妹なんだなってことを実感する。
でも母さんの言う通りだと思う。人それぞれ事情があるんだし、出来ないことがあるのは仕方ないよラスティさん。
全員が今笑顔で生きていけているんだから、きっと何も問題なんてないの。
「あ、でもごめんラスティ。私はもうグラフィム家に戻る気はないから、お父様には内緒にしておいて欲しいかな」
「私も内緒にしておいた方がいいと思います。姉さんが出ていったあと、父さんはすっごく荒れましたからね……」
ラスティさんの話だと、母さんの婚約者っていうのが母さんにベタ惚れだったみたいで、母さんが父さんと駆け落ちした後、獣爵家は色々大変だったみたい。
会ったこともない私のお祖父ちゃん。いつか会える日が来るのかなぁ?
「お父様にはご迷惑をかけちゃったなぁ……。あ、まだ領主のままなんだよね? お父様って」
「はい。父さんは今だ健在ですよ。あと10年は獣爵家当主を続けるつもりみたいですね」
母さんとラスティさんは20年の月日を埋めるように、色々な話をして時間を過ごした。
そんな2人の話を聞いていると、私の知らない母さんの一面に触れられている気がして楽しかった。
「じゃあまた来るねラスティ。今度来る時は私も冒険者になっておくからさっ」
「はい。私も姉さんに会える日を楽しみにしてますね」
沢山お話をした母さんとラスティさんは、とても晴れやかな表情になっていた。
別れる前に母さんとぎゅっと抱き合ったラスティさんは、私に向かって静かに深々と頭を下げた。
「ニーナさん。姉さんとまた会わせてくれて、本当にありがとうございました」
「あは。ラスティさん、私の知らない母さんのことを教えてくれてありがとうなのっ。だけまだ聞き足りないから、また会いに来ていい?」
「勿論ですよ。姉さんのこと、いっぱいお話してあげますねっ」
私に対しても余所余所しい感じが抜けて、なんだか自然体になってくれたみたいに思えるの。
なんでもアッサリ解決しちゃうダンのようにはいかないけど、私もラスティさんのわだかまりを解消するくらいのことは出来たかなぁ?
ふふ。母さんのため、ラスティさんの為にやったことなのに、私自身がまたステイルークに来る日が楽しみになっちゃった。
誰かの為に行動すると自分のほうが幸せになっちゃうなんて、なんだかとっても不思議なのっ。
これだからダンは、色んな人を積極的に助けてるのかもしれないなぁ。
今日のダンは竜爵家でエマーソンさんを抱いて、各地で装備品を購入して、更には魔人族の集落を2つも回らなきゃいけないから、帰ってくるのがかなり遅くなると思うの。
「母さん。準備できた? どのくらい時間がかかるか分からないんだから、あんまりゆっくりしてちゃダメだよー?」
「んー! 分かってるんだけどねー! ヴァルゴちゃんに槍を教えてもらうの、凄く楽しくってさー!」
んもう母さんったら! 数日前は死にかけていたっていうのに、元気すぎだよぉ。
だけど母さんの気持ちも良く分かるの。私達親子にとって、呪いが無くなるっていうことは、人生が拓かれたようなものだから。
そんなウキウキとしている所に自分の使用武器の達人が現れちゃったから、母さんったら自分の状態も忘れてヴァルゴに挑み続けちゃってるの。
ダンが帰ってくるまでは、母さんの好きにさせるしかないかなぁ?
「まったく……。もう紙になんてキスしちゃ駄目だからね? それじゃいってくるよ」
「い、いってらっしゃいなのぉ……」
紙切れにだって嫉妬しちゃうダンに、全員足腰立たなくなるまでキスをされちゃったの。
立っていられなくて地面に座り込む私たちのほっぺにキスをして回った後、ダンはヴァルゴを連れて魔人族の集落に転移していった。
ヴァルゴはもう完全にダンにメロメロだよねぇ。ダンはきっとすぐにヴァルゴをお嫁さんに迎えそうだなぁ。
エマをお嫁さんにしたばっかりなのにヴァルゴもお嫁さんにして、ダンったら本当にすぐ女の子を幸せにしちゃうんだからー。
それにしても、ダンってあまりお嫁さんの年齢には拘らないのかなぁ?
年末は、私とフラッタとムーリを若いうちに抱きたいとか言ってめちゃくちゃにしてくれたのに、ラトリアやエマを抱くことにも全然抵抗が無いみたい。
男の人は若い女を抱きたがるってティムルも言ってたのに、ダンは全然変わりなくみんなを愛してくれるんだよねぇ。
「待たせてごめんねニーナ。準備完了、いつでも行けるよ」
ダンにキスされた唇を撫でていると、訓練で汗だくの土だらけになった母さんが、ようやく身支度を整えて出てきてくれた。
「なら早速行こっか。今日は忙しくなるよーっ」
呪われていた私たち母娘は、仲良く2人で手を繋いで転移した。
「……マグエルに迎えてもらってから改めて見ると、本当に小さくてボロボロの家だったの」
ポータルから出た母さんが、目の前の建物を見て少し寂しそうに呟いた。
母さんと2人でまず向かったのは、私達家族が隠れ住んでいた小さな家だ。
母さんもマグエルで暮らすことを決めた今、この家に住む人はもう誰もいないけれど、ポータルが使えるようになったらみんなを招待するって言っちゃったからねっ。お掃除しないとっ。
それに、ヴァルゴと出会ったおかげでこれからダンは頻繁にこの森に来る事になりそうだから、この家を少し整備、改装して、快適に寝泊りできる場所にしておくのも悪くないと思うのっ。
母さんと2人で手を繋いで、懐かしの我が家に帰宅した。
「あはは。親子3人で15年近く住んでいたっていうのに、びっくりするくらいなにも無いねぇ」
「父さんが帰ってこなくなってからは、物は捨てる一方だったもんねぇ。私と母さんじゃ村まで行くのも難しかったから」
呪われていた日々を笑いながら語り合えるのが嬉しい。
それにしても母さんって、こんなに良く笑う人だったんだなぁ。
私の記憶の中の母さんはいつも申し訳なさそうな顔で、私を見るたびにごめんね、ごめんねって謝っていたような気がする。
もう少しで母さんの笑顔を知らないまま2度と会えなくなっていたかもしれないなんて、今思っても背筋がゾッとするの。
「ニーナを幸せにしてくれただけじゃなくて、まさか私の命を助けて、呪いまで解除しちゃうなんてねぇ。ダンさんには頭が上がらないねぇ」
「でもね母さん。キスが大好きなダンは、私たちに頭を下げられると嫌がるんだよー?」
「あははっ! ダンさんらしいのっ」
ダンは人に謝られるのが大嫌いなんだよね。自分は直ぐに頭を下げるのにさーっ。
でも最近は随分前向きになってくれたような気がするのっ。
「……でもねぇニーナ。ダンさんに使ってもらうことを考えると、ちょーっとこの家は恥ずかしすぎないかなぁ?」
「……ちょーっとね。ちょーっとだけ、これは無いと思うの……」
母さんと2人で、改めて家を見る。
狭いし汚いし、何もないし暗いし、何よりボロボロで危険すぎる……。
住んでいた時はなんとも思わなかったけど、マグエルで生活した後に改めて我が家を見ると……。
確かに母さんの言う通り、ちょっと恥ずかしい、かな?
「みんなを招くには狭いし、私たちももうマグエルに住むわけだから……。いっそこの機会に広くしちゃわない?」
「だねー。うちの寝室よりも狭いもん。みんなが伸び伸び過ごせるようなお家にしたいねっ」
母さんと話し合って、この家を大規模に改装してしまう事にする。
費用は私と母さんで貯めて、ダンには内緒で工事を進めるのっ。
人手が必要なときは、孤児院の子にトライラムフォロワーに参加してもらえれば、私のポータルで運べるの。
問題は井戸の工事だけかな? 今度大工さんに相談してみよう。
「ねぇねぇニーナ。せっかく誰もいない場所なんだし、マグエルのお家よりもずっと大きいお家にしない?」
「うんうんっ! 私もそれがいいと思ってたのっ! 母さんと一緒で嬉しいのっ!」
「その分管理は大変になっちゃうけど……。多分ダンさんのことだから、人手の問題は直ぐに解消されちゃいそうなの」
ダンのことだから? それってつまり、人手の心配が無くなるほどにお嫁さんが増えちゃうってこ?
んー、普段使いしない別荘の管理も出来るくらいのお嫁さんかぁ。
……今年中にはそれくらい増えていてもおかしくない、かなぁ?
「大体さー、ダンはどんどんお嫁さんを増やしちゃうから、別荘でも建てておかないと安心できないんだよねー」
「あっはっはっは! ダンさんって貴族でもないのに、何人お嫁さんを貰う気なんだろうねーっ?」
「ダン自身は増やしたくないって言ってるけど……。ダンは絶対に誰も見捨てる気が無いの。だからこれからも絶対に増えると思うっ」
「ふふ。でもダンさんのお嫁さん、みーんな幸せそうな顔してるの。まさかあのリーチェ・トル・エルフェリア様までお嫁に迎えちゃうなんて、ダンさんってば凄すぎるでしょー?」
リ、リーチェの場合はなぁ……。リーチェから押しかけてきたところが……。
って、これ前にも思ったんだよね。ダンのお嫁さんって、みんな自分からダンの所に集まってきたような気がするの。
「あんなに沢山お嫁さんを貰っているんだから、さぞ女好きな男性なのかと思ったけど、そうでもないみたいなのよね」
「女好きは女好きで間違いないんだけどねー。夜は物凄くえっちになるし」
「あははっ。ダンさんは女好きじゃなくて、お嫁好きなのっ。そんなダンさんがえっちなるなんて、ニーナ、本当に愛されてるよー?」
「母さんに言われなくても分かってますよーだっ」
私達全員でどれだけダンを愛しても、あっさりそれ以上に私達を愛してくれるダンが大好き。
ダンって本当に、私達がいれば他になにも要らないんだなって思う。
以前はそれを悲しく感じていたけれど、ティムルが増えて、フラッタが増えて、リーチェが増えて、ムーリと教会の子供達が増えて、ラトリアが増えて、ヴァルゴと守人たちが増えて、私達家族も凄く賑やかになった。
私達家族だけの暮らしになったとしても、もう寂しくないくらいの人数になっちゃったの。
だからここに新しく建てる家は、家族がどれだけ増えても大丈夫なように、大きくて立派で素敵な建物にしないといけないよねっ!
そんな未来を想像すると、家の掃除や解体にもやる気が漲っちゃうのっ!
母さんと2人であーでもないこーでもないって笑いながら、ボロボロの我が家を思いきり解体した。
「あ、ニーナ。そろそろ時間じゃない?」
「了解なの。今日はここまでだねー」
家での作業を切り上げて、母さんと一緒に今度はステイルークに足を運んだ。
実は今日の目的は、家の掃除よりもこっちがメインなんだっ。
「んふふーっ。みんなびっくりするかなぁ?」
イタズラ前の子供のように、笑いを堪えきれない様子の母さん。
そんな母さんと手を繋いで、まず始めに向かったのは防具屋さん。
母さんのことを教えてくれた防具屋のおばあちゃんに、母さんの無事を知らせてあげたかったから。
「いらっしゃい。おや。ニーナじゃな……。タ、ターニア様!? もしやターニア様でいらっしゃいますかっ!?」
私を見てニッコリ笑ったおばあちゃんが、私の隣りの母さんの姿を見て、弾けるように立ち上がった。
そんなおばあちゃんの様子を見て、母さんは大笑いしちゃってるの。
「あはははははっ! 久しぶり、アミさんっ! でもそれ、私が初めてこの店に来た時と同じ反応だよっ!?」
「領主の娘が護衛もつけずに1人で来店したんだから当然ですよっ! ターニア様こそ、あの時も今も思い切り笑ってくれましたよねぇっ!?」
「あはははははっ! 本当にあの時と一緒なのーっ!」
怒鳴るおばあちゃんに、笑い転げる母さん。
なんだかこの2人、昔からこんな感じだったんだろうなぁって思っちゃったの。
「まったく……。幾つになっても落ち着きが無いんですから……」
お茶を用意しながら深い深いため息を吐くおばあちゃん。
母さんの笑いとおばあちゃんの怒りが治まってから、3人で改めてお話をする。
「ダンって言ったっけ? あの男、ニーナだけじゃなくてターニア様まで救っちまったのかい……」
「私に関しては完全に偶然だったみたいだけどね? ニーナのことはどれだけ感謝しても足りないよー」
「こうしてターニア様とまたお話することもできるし、うちの店にも大分貢献してくれたし……。ステイルークから追い出したのは勿体無かったねぇ? かっかっか」
「ダンさんはそのうち知らない人がいないほどの英雄になると思うのっ! だから英雄が最初に装備を揃えた店って売り出せば、この店ももっと繁盛すると思うなっ」
なんだか母さん、おばあちゃんとすっごく仲良しに見えるの。
母さんはリーパーとして活動してたんだし、防具屋さんと仲良くなっても不思議じゃないけどさ。
「おばあちゃんと母さん、とっても仲がいいんだねー?」
「仲が良いって言うか、昔っからターニア様には随分と振り回されたからねぇ……」
「振り回されたって?」
私は呪われてからの母さんの姿しか知らないから、おばあちゃんの言っている母さんの姿が想像できなかった。
私が知っている母さんはいつも俯いていて、極力家の外に出ようとはしなかったから。
「それがさぁ。聞いておくれよニーナ……」
「うんうんっ。聞きたい聞きたいっ」
「ターニア様ってば獣爵家の令嬢の癖に、こんな店まで1人でやってきてさぁ。防具が欲しいって言うから用意してやったら、今度はお金を持ってないなんて言うんだよ? 信じられるかい?」
「あーもうアミさん! 何もニーナに言うことないじゃないのーっ!」
呆れたように話すおばあちゃんに元気よく食って掛かる母さん。
なんだか私の知ってる母さんじゃないみたいだなぁ。
「リーパーとして活動したいって言ったら家族みんなに反対されちゃって、家を飛び出したはいいものの1人で街を歩いたことなんてなかったから、色々分からなかったのーっ」
1人で街を歩いたことが無いって、何歳くらいの話なんだろう?
というかこの前おばあちゃんが、母さんは引っ込み思案だったって言ってた気がするけど……。家族の反対を押し切って魔物狩りになろうとした母さんのどこが引っ込み思案なの?
「当時のターニア様は人見知りでね。ガレルが連れて来たパーティーメンバーと打ち解けるのにすらかなり時間がかかったんだよ」
「えっ!? そうなのっ!?」
ダンともみんなとも、ヴァルゴとだって直ぐに打ち解けていた気がするんだけど……。
みんなに囲まれて良く笑っている母さんが、子供の頃は人見知りだったの?
「ターニア様のことを話してやったとき、ニーナも興味無い人のことはトコトン無視してただろう? ターニア様にもそういうところがあったのさ」
んー。私の場合はダンと家族以外にはあんまり興味無いんだよなぁ。
母さんと一緒って言われても、よく分からないかも?
「アミさん。これとこれが欲しいのっ」
「はいはい。好きなだけ持ってっていいですけど、今日はお金を持ってるんでしょうねぇ?」
「持ってますーっ! 私だっていつまでも世間知らずじゃないんだからっ、もうっ!」
せっかくだから、母さんの防具をここで購入する事にした。
おばあちゃんとワイワイ騒ぎながら防具を購入する母さん。とっても楽しそうなの。
だけど、母さんが防具を試着している姿を見ながら、おばあちゃんはこっそり泣いていたの。
私に見られているのに気付いたおばあちゃんは、またターニア様に防具を用意できるのが嬉くてねぇ、と私の頭を撫でてくれた。
「じゃあねアミさん。お金が溜まったらまた来るの。あー、次に来る時は自分のポータルで来れるようになりたいなぁ」
「かっかっか。こっちは年寄りなんだから、ターニア様がポータルを覚えるまで生きてるか分かりゃしませんよ?」
ダン基準の職業浸透速度を知らないおばあちゃんは、母さんの呟きを冗談だと思っちゃったのかな?
ひとしきり笑ったおばあちゃんは、私の頭を撫でながらニッコリと笑ってくれた。
「でもお待ちしてますよ。いつでもいらっしゃい。ニーナと一緒にね」
「うんっ。また来るねおばあちゃんっ」
母さんの防具を全身分揃えて、防具屋をあとにした。
あは。ステイルークにまた来るのが楽しみだと思えるなんてなぁ。
ダンと出会わなければ、私達家族を拒絶した街としてしか見ることが出来なかったよぅ。
防具屋を出た私たちは、その足で冒険者ギルドに向かった。
今回の1番の目的はここだから。
「済みませーん。身内の者なんですけど、ラスティを呼んでもらえますー?」
物凄く軽いノリで、ギルドの奥のほうで仕事していたラスティさんを呼んでもらう。
今更だけど、母さんの生存をこんなに大々的に広めちゃって良かったのかな? 呪いはもう解けてるし母さんも貴族じゃないから、恐らくは平気だと思うんだけど。
そんな風に思い悩む私を余所に、姿を現したラスティさんが、母さんの姿を見て硬直してしまった。
「姉さん……。ターニア姉さんなのっ!? ね、姉さんが……、姉さんが生きてたっ……!?」
「久しぶりラスティ。私が家を出て以来だから……、20年ぶりくらいになるのかなぁ? あはは。元気そうで何よりだよーっ」
母さん。20年ぶりくらいって言ってるのに、ノリが軽すぎるよぅ。
ラスティさんに冒険者ギルドの個室に案内されて、改めて挨拶をする。
「先日振りだねラスティさん。偶然だったけど母さんを助けられたから、今日はその報告に来たの」
「勿論呪いの方も解いてもらっちゃったのっ。だからもう何も心配しないでね?」
「呪いを解いてもらったって、いったいどうやって……?」
ステータスプレートをラスティさんに見せながら、優しく微笑む母さん。
固まるラスティさんに凄く優しく微笑む様子を見て、母さんにとってはラスティさんは実の妹なんだよなぁって、改めて実感しちゃう。
「私……、ずっと姉さんに謝りたかったんです……!」
「ラ、ラスティ……? どうしたの?」
母さんのステータスプレートの見たラスティさんは、ボロボロと大粒の涙を零し始めた。
だけど母さんにはその涙の理由が分からないらしく、母さんにしては珍しく少しうろたえちゃってるみたいなの。
「私がガレルさんのことを悪く言ったりしなければ、ターニア姉さんはステイルークを飛び出したりしなかったんじゃないかって……。私のせいで姉さんはステイルークを出ていってしまったんじゃないかって……!」
「あ、あ~……。ラスティがそんなに悩んでいたなんて知らなかったの……」
泣きながら謝るラスティさん。
だけどその姿を見て、母さんがなんだか気まずそうにしてるの?
「えっとねラスティ。確かに貴女にガレルを悪く言われた日の翌日に私達はステイルークを発ったけど、それは前から決めてあった日程なの。貴女の発言があってもなくても、獣炎の眼光はあの日ステイルークを旅立ってたの」
「そんなことは、そんなことは分かってますよっ……! でも私がガレルさんのことを悪く言った時、姉さんはとても傷ついた顔をしてましたっ……!」
「……そうだったかな。もうあんまり覚えてないの」
「だからずっと姉さんに謝りたくって……! でも姉さんは死んだって伝えられて……!」
ずっと謝りたかった母さんが死んだと告げられて、ラスティさんはずっと辛い想いをしていたみたい。
だから母さんの娘である私にどう接していいか分からなくって、私の扱いをダンに押し付けちゃったのかもしれない。
母さんの死亡説に関しては、私にも責任の一端があるんだよねぇ……。
色んな偶然が重なって母さんと離れ離れにされちゃったけど、その日々があったからこそ2人とも今笑っていられるなんて、本当に不思議に感じちゃうの。
「20年越しになっちゃったけど……。ターニア姉さんが好きな人を悪く言ってごめんなさい。いつも私は何も出来なくてごめんなさい。姪であるニーナさんのことも守ってあげられなくて、本当にごめんなさい……!」
「あは。ガレルを悪く言ったのは、ラスティの立場を考えれば仕方ないと思う。他のことはニーナも私も、そしてラスティもこうして元気に過ごしているんだから、もう気にしなくていいんじゃないかな?」
泣いているラスティさんを抱き締める母さん。
なんだかその姿がとっても自然で、母さんとラスティさんは本当に姉妹なんだなってことを実感する。
でも母さんの言う通りだと思う。人それぞれ事情があるんだし、出来ないことがあるのは仕方ないよラスティさん。
全員が今笑顔で生きていけているんだから、きっと何も問題なんてないの。
「あ、でもごめんラスティ。私はもうグラフィム家に戻る気はないから、お父様には内緒にしておいて欲しいかな」
「私も内緒にしておいた方がいいと思います。姉さんが出ていったあと、父さんはすっごく荒れましたからね……」
ラスティさんの話だと、母さんの婚約者っていうのが母さんにベタ惚れだったみたいで、母さんが父さんと駆け落ちした後、獣爵家は色々大変だったみたい。
会ったこともない私のお祖父ちゃん。いつか会える日が来るのかなぁ?
「お父様にはご迷惑をかけちゃったなぁ……。あ、まだ領主のままなんだよね? お父様って」
「はい。父さんは今だ健在ですよ。あと10年は獣爵家当主を続けるつもりみたいですね」
母さんとラスティさんは20年の月日を埋めるように、色々な話をして時間を過ごした。
そんな2人の話を聞いていると、私の知らない母さんの一面に触れられている気がして楽しかった。
「じゃあまた来るねラスティ。今度来る時は私も冒険者になっておくからさっ」
「はい。私も姉さんに会える日を楽しみにしてますね」
沢山お話をした母さんとラスティさんは、とても晴れやかな表情になっていた。
別れる前に母さんとぎゅっと抱き合ったラスティさんは、私に向かって静かに深々と頭を下げた。
「ニーナさん。姉さんとまた会わせてくれて、本当にありがとうございました」
「あは。ラスティさん、私の知らない母さんのことを教えてくれてありがとうなのっ。だけまだ聞き足りないから、また会いに来ていい?」
「勿論ですよ。姉さんのこと、いっぱいお話してあげますねっ」
私に対しても余所余所しい感じが抜けて、なんだか自然体になってくれたみたいに思えるの。
なんでもアッサリ解決しちゃうダンのようにはいかないけど、私もラスティさんのわだかまりを解消するくらいのことは出来たかなぁ?
ふふ。母さんのため、ラスティさんの為にやったことなのに、私自身がまたステイルークに来る日が楽しみになっちゃった。
誰かの為に行動すると自分のほうが幸せになっちゃうなんて、なんだかとっても不思議なのっ。
これだからダンは、色んな人を積極的に助けてるのかもしれないなぁ。
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