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3章 回り始める物語2 ソクトルーナ竜爵家
182 ※閑話 年末のマグエル (改)
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スポットでの魔物狩りの依頼を終えて、仲間と一緒にマグエルに帰還する。
馬車いっぱいのドロップアイテムを運搬して、まずは一直線に冒険者ギルドへ足を運んだ。
そこにリーダーが依頼人の商人を連れてきて、依頼人の目の前でドロップアイテムを売却する。その売却額の3割程度を報酬として受け取り、この依頼は正式に終了となった。
受け取った報酬を確認し、目標額に届いた事に安堵する。これで来年の人頭税を心配することも無くなって、年明けは美味い酒が飲めそうだぜっ。
報酬だけを見るならば、ドロップ品収集の依頼はあまり割に合っているとは言いがたい仕事だ。
だが依頼人にも損が無いおかげで継続して仕事がもらえるし、依頼中の出費が殆ど無いのがありがてぇ。別のパーティと合同で仕事することも少なくねぇから、スポットの中に長期滞在するわりには安全だしな。
生活費の心配も無く比較的安全に腕を磨けるのはありがたいし、何よりも魔玉が光った分は丸々こちら側の利益になる。
この仕事を求めて多くの魔物狩りが斡旋所や各職業ギルドに溢れる光景は、もはや年末の風物詩みてぇなもんだな。
さぁて、報酬を受け取ったらまずは1杯やらねぇとな!
いくら年末で金が入用だからってよ、依頼のあとの1杯まで我慢させられちゃあ堪ったもんじゃねぇ! 仕事のあとの1杯が最高なんだからよぉっ!
パーティのみんなと一緒に、意気揚々と行きつけの酒場に足を運ぶ。
歩きながら仲間たちと貰った報酬の使い道を語り、今年も生きてこの時を迎えられたことに安堵する。
仕事納めを済ませて上機嫌の俺だったが、なんだかいつもの店がいつもの雰囲気じゃなくて面食らってしまう。
「な、なんだこりゃあ? なんでこんなに賑ってやがるんだ?」
いつも年末は閑散としている酒場が、座る場所が無いほどに込み合っている。そして中に居る客も笑顔の者が多く、店内は明るい雰囲気に包まれていた。
年末は年を越せるか越えないかの瀬戸際で、いつも重苦しい雰囲気だったはず。
……だけどなんだか今年は、いつもとはちょっと勝手が違うみたいだ。
テーブル席は空いていないので仕方なくカウンター席に座り、店の様子が違う理由をマスターに聞いてみる。
「おいマスター。どういうことだよこりゃあ? アンタの料理がいきなり美味くなったりしたのか?」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。俺の料理は前から最高にうめぇだろうが」
ふんっ、と鼻を鳴らしながらドヤ顔を決めるマスター。
馬鹿言ってんのはアンタの方だろ。前から最高の料理を出してたんなら、いきなりこんなに繁盛するわけねぇだろうが。
出された料理を一口摘んでも……ほら、やっぱりいつもと同じ味じゃねぇかよ。
「なんでも、マグエルにでかい孤児院が建設されるらしくてな。年末だってのに、色んな連中に仕事が入ったみたいなんだよなぁ」
「へぇ? 孤児院? 教会とは別なのかい? そりゃあ」
「いや、トライラム教会が運営するのは変わらないらしいな。だけど新たに孤児を受け入れるために、随分と大きな建物を建ててくれたらしくてよ。大工連中が景気よく金をばら撒いてくれてんだよ」
へぇ。教会が新しくねぇ。
あの教会、羽振りがいいのか悪いのか、良くわからねぇところがあるんだよなぁ。孤児を保護して炊き出しを振舞ってる割には、毎年のように孤児から奴隷を出してるしよ。
しっかしマスター。大工が潤ったくらいでこの店がこんなに流行るとは思えねぇんだけど? この店が満員なんざ、明日アウターエフェクトでも起こるんじゃねぇのか?
「口が減らねぇ奴だなまったく。そんなんだからモテねぇんだよお前はよ」
アンタの方がよっぽど口が減らねぇじゃねぇかよっ!
それに俺は恋人が出来ないんじゃなくて、作らないだけなんだって! 何回言ったら理解するんだ、このクソオヤジっ!
「孤児院だけあれば孤児が受け入れられるわけじゃないだろ? 孤児の為に大量の寝具と衣服が注文されてよ。更には食糧市場も連日大盛況だ」
「あー、衣食住全てに金が回ったのかぁ」
「そんで孤児たちの中で、魔物狩りを始める奴等もいるみたいでよぉ。安物とはいえ、武器と防具も大量に購入していったらしいんだ」
「孤児が魔物狩りねぇ……」
孤児が魔物狩りを始めると聞いて、つい顔を顰めてしまった。
年末には装備も揃わず闘う技術もなく、助けてくれる者もいない孤児たちが奴隷に落ちたくなくてスポットに入り、そして幼い命を散らす話もよく聞くからだ。
……あれ? だがそう言えば、今年は死んだ孤児の話は聞かねぇな?
「なんでも教会でしっかりと戦闘訓練を受けさせて、装備もしっかり全身分用意してやってるらしいぜ。始めに魔物狩りを始めた子供達なんざ、しっかり転職もして確実に稼いでるって話だ」
「はぁ? なんだそりゃ……?」
訓練をして、装備も面倒を見て、更には転職の世話までしてやってるってぇのか? あの教会がぁ……?
「子供達が稼げるようになったからか、あの教会からマグエルに金が流れてきてるみたいでよぉ。もうマグエル全体に金が回ってる状態なんだよ」
もう孤児様々だぜと笑いながら、上機嫌にマスターは語り続ける。
「毎日50人を超える孤児が腹いっぱいに食えるくらいに市場で買い物をしていくんだから、市場の奴らはヒィヒィ言いながら商品を用意してるみてぇだぜ?」
なるほど。今までだってたまには50人分の売り上げが伸びる日だってあったかもしれねぇけど、常に50人分の売り上げが上乗せされるんだったらとんでもねぇ増収益ってわけだ。
しかもそれが毎日とくりゃあ、もう笑いが止まらねぇだろうなぁ。
「しっかしマスター。随分事情に詳しいじゃねぇか。教会なんて通うほど、アンタは信心深いわけでもねぇだろうによ?」
「ああ、お前らってここ1ヶ月くらいマグエルを離れてたんだったか? 今のマグエルじゃこの話で持ちきりだぜ? 11月の礼拝日から、教会がなんか変わったんだってな」
マスターに聞いた話をまとめると……。
俺達がスポットに篭ってる間にトライラム教会がマグエルに孤児院を新設し、すぐに新しい孤児たちが送られてきた。
マグエルで生活する孤児が増えた事で、その生活費が教会からマグエルに流れ込んで、年末のこの時期にマグエルはちょっとした好景気に浮かれてるってワケか。
へぇ、まさに景気のいい話ってやつじゃねぇか。
そう言えば間もなく12月の礼拝日だったな。無料の炊き出しも豪華になってたりすんのかね?
「そんな金があるなら、孤児たちの人頭税を払ってやればいいものを……」
俺とマスターの話を横で聞いていたリーダーが、ポツリと呟いた。
そう言やぁリーダーは孤児の出身、奴隷出身なんだったか。
戦闘奴隷として苛酷な日々を生き抜いて、自分を買いなおして自由の身になったって言ってたなぁ。
「がはははっ! そう思うだろっ!? 当たり前だよなぁっ!?」
「あ……? 何笑ってんだよマス……」
「それがよぉ! なんでも教会は今14歳の孤児たちの人頭税を、滞納分も含めて全員分払っちまうらしいぜぇっ!?」
「「「はぁっ!?」」」
マスターの嘘みたいな言葉に、思わずパーティみんなでハモっちまった。
でも、ありえねぇだろ!? 1人当たり150万リーフ近い人頭税を、複数人分も負担するだぁ……!? 1人2人ならまだしも、教会が預かってる孤児っていったい何人いるかも分からねぇのに……!
「なんでも新しく受け入れた孤児ってのが14歳の子たちみてぇでよ。そりゃもうきらっきらした目で生活してんのよ。シスターに連れられてマグエルを歩いてたり、お使いで市場に来るとよ。そりゃもう熱心に色んなことを見てるんだぁ……」
マスターはまるで見てきたかのように饒舌に語る。
いや、マスターは酒場を経営していて市場にはよく足を運ぶはず。見てきたようにではなくて、本当に子供達の姿を目にしたんだろう。
「そんな様子だから、気になった奴が子供達に聞いてみたわけよ。なんでお前らはそんなにワクワクした顔してるんだってな。そしたら、大人になったらなんでも出来るように、今のうちから色んなものを見て勉強してるんだっ! なんて言われちまったらしくてなぁ!」
マスターはガハガハと唾を飛ばしながらも、凄く嬉しそうに語っている。
大人になったら。
それは今までの孤児たちには無かったはずの未来の話。
孤児たち本人がそう語っているのなら、本当に人頭税を教会が負担するのか……? 全員分を……?
「その話を聞いた奴隷商人どもは大慌てでよぉ! 年末になれば勝手に入ってくる若い奴隷がいなくなって、年始めの奴隷市も開催が危ぶまれてるって話だぜ? ったく、ざまぁねえよなぁっ!?」
ま、まぁ奴隷商人が悪いわけじゃねぇとは思うけどな……。
だけど今まで何もせずに、身寄りのない孤児達を食い物にしてきた連中だ。同情には値しねぇな。女の奴隷の仕入れが悪くなるのは、俺にもちょっと影響があるかもしれねぇけどよぉ。
……あ~。以前見かけた2人の女奴隷、めちゃくちゃ可愛かったよなぁ。
購入金額か60万リーフって聞いたときにはぶっ飛んじまったけど、あれだけの美人ならそれだけ払っても惜しくはねぇ。
あれ以来、適当な商売女を抱くのが勿体無くなっちまって、60万リーフを貯める日々だぜ。我ながら真面目な魔物狩りになっちまったもんだ。
「孤児たちの魔物狩りもこれから増えていくみたいでよ。そいつらがまた優秀らしいんだよぉ! 1人も死なずにどんどんスポットの奥まで進んでいるらしいぜ!?」
「孤児達が1人も死なずに魔物狩りをぉ? ホントかよぉ?」
「年末ですらこんな感じにお祭り騒ぎになってんのに、年が明けたらどうなっちまうんだろうなぁ? ガッハッハハハ!」
だああもう! カウンター席で大笑いすんじゃねぇよ! きったねぇなぁ!
……でも不思議と嫌な感じはしない。年末のこの時期は、いつだって暗い話題しかなかったからな。
マスターと話し終えて、ふと店内を見回してみる。
そこには暗い顔をして食事をしている奴なんて1人もいなくて、みんな楽しそうに友人と、家族と、恋人と笑顔で食事をしていた。
去年の年末はいつも通りどんよりとした雰囲気で、仕事納めの後の打ち上げもなんだか気分が乗らなかった。
それに比べて今年の年末はどうなってんだよ? ワイワイガヤガヤとみんな笑顔で楽しげで、まるでなにかの祭りでも開かれてるみたいな様子じゃねぇか。
……去年と今年、いったい何が違ったってんだぁ?
食事を済ませた後、なんだか無性にマスターの話が気になってしまって、みんなでトライラム教会を見に行ってしまった。
町外れの寂れた教会だったそこには、なんだか随分立派な建物が併設されていて、教会からも隣の建物からも楽しげな子供の笑い声が聞こえてきていた。
その声には、まるでこの世の幸福の全てが詰まっているかのように感じられた。
仲間たちとぼんやりと子供達の笑い声を聞いていると、突然リーダーが跪いて祈り出した。
「神様……! トライラム様……! ありがとう……! ありがとうございますっ……!」
額を地面につくぐらいに頭を下げて、両手を震えるほどに強く握り、涙を流しながら神への感謝を口にするリーダー。
……誰よりも真面目で誠実で、最高に頼れるリーダーを育ててくれたのが、この教会だったんだよなぁ。
自分と同じ境遇で奴隷に落とされる子を見てきたリーダーは、ずっと心を痛めていたのかもしれねぇ。そんな無力な自分に代わって子供達を救ってくれた教会に、感謝せずにはいられないってか……。
「教会にいた頃は、毎日神様に祈って、毎日真面目に教会の仕事を手伝ったんだよ……! だけど誰も助けられなくて、自分だって奴隷になって……! お前らと出会うまでは、神様なんかいねぇんだって、なんで救ってくれないんだって……。神様のことを呪う日々だったよ……!」
泣きながら語るリーダーの言葉を、俺は黙って聞くしかない。
いつだって頼れるリーダーだったこの男が涙ながらに懺悔するのを、俺なんかに止められる筈がない。
「もう失われた命も、もう助けられない命もあるけどっ……! それでも子供達に未来を齎してくれた事、心より感謝しますっ! トライラム様……!」
リーダーの言葉を聞いて、なんだかトライラム教会って場所に興味が湧いてくる。
なんで自分を助けてくれなかったんだなんて思わずに、会った事もない子供を助けてくれてありがとう、と泣きながら神様に感謝するリーダーの姿を見て、トライラム教会ってのはどれだけすげぇ場所なんだろうと思っちまう。
間もなく今年最後の礼拝日だってマスターが言ってたな。ちょっと顔を出してみるのも悪くねぇかもしれねぇな。
翌日また同じ店に行くと、なんだか昨日とは違う意味で少し店の様子がおかしい。
昨晩と違って楽しそうな雰囲気はなく、複数のパーティが混ざったような大人数の魔物狩りの集団が、なにやら深刻そうな面持ちで話し合っている。
彼らの表情は真剣そのもので、店内全てに緊張感が漂っていた。
「よぉマスター。なにかあったのかい?」
「ああ。なんでも新種の人獣の目撃情報が多数寄せられたみてぇでよ。これからスポットに入る連中が情報を共有してるみてぇなんだわ」
し、新種の魔物かよ! おっかねぇな……。
俺たちは昨日で仕事納めだから安全だが、出来れば年内に問題解決してくれよぉ……?
「ちなみにマスターはどんな情報なのか知ってんのかい? 誰か被害に遭ったとか、そういう話はあんのか?」
「なんでも番いの人獣らしくてな? 超広範囲を笑いながら疾走するらしいんだ」
俺の問いかけにマスターも真剣な表情で答えてくれる。
この店の客の多くはスポットに潜る魔物狩りだからな。マスターにとっても他人事じゃねぇんだろう。
「今のところ被害者は出てないらしいけどよ、その移動速度が尋常じゃなくてよ。そこらの馬なんか目じゃねぇくらいの猛スピードで走り去っていくらしいぜ」
被害が出てないのは不幸中の幸いか。
しかし、馬より早いたぁ洒落にならねぇな。もし遭遇しちまったら、逃げる術がないってこっちゃねぇか……。
「スポットの入り口付近から最深部付近まで目撃情報があってな? 笑いながら疾走する人獣として、便宜上クラックアッパーって呼ばれてるそうだ」
笑いながら疾走する新種の人獣、クラックアッパーか……。
笑い声のおかげで接近に気付くのは容易だろうけど、追われたら逃げ切れないだろうな……。昨日で仕事納めで助かったぜ……。
「行動範囲があまりにも広すぎるし、目撃情報もいきなりだったからな。もしかしたらスポットの外から迷い込んだ野生動物の可能性もあるみたいだぜ」
「マ、マジかよぉ……? スポット内に野生動物が入ってくることなんてあんのかぁ……?」
新種の人獣よりも野生動物の方がよっぽどやべぇな。職業補正が利かない野生動物だった場合、少なくない犠牲が出る可能性もある……。
ち、せっかくマグエル全体が悪くない雰囲気に包まれてるってのによぉ。やっぱり現実ってのは、良いことばっかり続いてくれねぇよなぁ。
馬車いっぱいのドロップアイテムを運搬して、まずは一直線に冒険者ギルドへ足を運んだ。
そこにリーダーが依頼人の商人を連れてきて、依頼人の目の前でドロップアイテムを売却する。その売却額の3割程度を報酬として受け取り、この依頼は正式に終了となった。
受け取った報酬を確認し、目標額に届いた事に安堵する。これで来年の人頭税を心配することも無くなって、年明けは美味い酒が飲めそうだぜっ。
報酬だけを見るならば、ドロップ品収集の依頼はあまり割に合っているとは言いがたい仕事だ。
だが依頼人にも損が無いおかげで継続して仕事がもらえるし、依頼中の出費が殆ど無いのがありがてぇ。別のパーティと合同で仕事することも少なくねぇから、スポットの中に長期滞在するわりには安全だしな。
生活費の心配も無く比較的安全に腕を磨けるのはありがたいし、何よりも魔玉が光った分は丸々こちら側の利益になる。
この仕事を求めて多くの魔物狩りが斡旋所や各職業ギルドに溢れる光景は、もはや年末の風物詩みてぇなもんだな。
さぁて、報酬を受け取ったらまずは1杯やらねぇとな!
いくら年末で金が入用だからってよ、依頼のあとの1杯まで我慢させられちゃあ堪ったもんじゃねぇ! 仕事のあとの1杯が最高なんだからよぉっ!
パーティのみんなと一緒に、意気揚々と行きつけの酒場に足を運ぶ。
歩きながら仲間たちと貰った報酬の使い道を語り、今年も生きてこの時を迎えられたことに安堵する。
仕事納めを済ませて上機嫌の俺だったが、なんだかいつもの店がいつもの雰囲気じゃなくて面食らってしまう。
「な、なんだこりゃあ? なんでこんなに賑ってやがるんだ?」
いつも年末は閑散としている酒場が、座る場所が無いほどに込み合っている。そして中に居る客も笑顔の者が多く、店内は明るい雰囲気に包まれていた。
年末は年を越せるか越えないかの瀬戸際で、いつも重苦しい雰囲気だったはず。
……だけどなんだか今年は、いつもとはちょっと勝手が違うみたいだ。
テーブル席は空いていないので仕方なくカウンター席に座り、店の様子が違う理由をマスターに聞いてみる。
「おいマスター。どういうことだよこりゃあ? アンタの料理がいきなり美味くなったりしたのか?」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。俺の料理は前から最高にうめぇだろうが」
ふんっ、と鼻を鳴らしながらドヤ顔を決めるマスター。
馬鹿言ってんのはアンタの方だろ。前から最高の料理を出してたんなら、いきなりこんなに繁盛するわけねぇだろうが。
出された料理を一口摘んでも……ほら、やっぱりいつもと同じ味じゃねぇかよ。
「なんでも、マグエルにでかい孤児院が建設されるらしくてな。年末だってのに、色んな連中に仕事が入ったみたいなんだよなぁ」
「へぇ? 孤児院? 教会とは別なのかい? そりゃあ」
「いや、トライラム教会が運営するのは変わらないらしいな。だけど新たに孤児を受け入れるために、随分と大きな建物を建ててくれたらしくてよ。大工連中が景気よく金をばら撒いてくれてんだよ」
へぇ。教会が新しくねぇ。
あの教会、羽振りがいいのか悪いのか、良くわからねぇところがあるんだよなぁ。孤児を保護して炊き出しを振舞ってる割には、毎年のように孤児から奴隷を出してるしよ。
しっかしマスター。大工が潤ったくらいでこの店がこんなに流行るとは思えねぇんだけど? この店が満員なんざ、明日アウターエフェクトでも起こるんじゃねぇのか?
「口が減らねぇ奴だなまったく。そんなんだからモテねぇんだよお前はよ」
アンタの方がよっぽど口が減らねぇじゃねぇかよっ!
それに俺は恋人が出来ないんじゃなくて、作らないだけなんだって! 何回言ったら理解するんだ、このクソオヤジっ!
「孤児院だけあれば孤児が受け入れられるわけじゃないだろ? 孤児の為に大量の寝具と衣服が注文されてよ。更には食糧市場も連日大盛況だ」
「あー、衣食住全てに金が回ったのかぁ」
「そんで孤児たちの中で、魔物狩りを始める奴等もいるみたいでよぉ。安物とはいえ、武器と防具も大量に購入していったらしいんだ」
「孤児が魔物狩りねぇ……」
孤児が魔物狩りを始めると聞いて、つい顔を顰めてしまった。
年末には装備も揃わず闘う技術もなく、助けてくれる者もいない孤児たちが奴隷に落ちたくなくてスポットに入り、そして幼い命を散らす話もよく聞くからだ。
……あれ? だがそう言えば、今年は死んだ孤児の話は聞かねぇな?
「なんでも教会でしっかりと戦闘訓練を受けさせて、装備もしっかり全身分用意してやってるらしいぜ。始めに魔物狩りを始めた子供達なんざ、しっかり転職もして確実に稼いでるって話だ」
「はぁ? なんだそりゃ……?」
訓練をして、装備も面倒を見て、更には転職の世話までしてやってるってぇのか? あの教会がぁ……?
「子供達が稼げるようになったからか、あの教会からマグエルに金が流れてきてるみたいでよぉ。もうマグエル全体に金が回ってる状態なんだよ」
もう孤児様々だぜと笑いながら、上機嫌にマスターは語り続ける。
「毎日50人を超える孤児が腹いっぱいに食えるくらいに市場で買い物をしていくんだから、市場の奴らはヒィヒィ言いながら商品を用意してるみてぇだぜ?」
なるほど。今までだってたまには50人分の売り上げが伸びる日だってあったかもしれねぇけど、常に50人分の売り上げが上乗せされるんだったらとんでもねぇ増収益ってわけだ。
しかもそれが毎日とくりゃあ、もう笑いが止まらねぇだろうなぁ。
「しっかしマスター。随分事情に詳しいじゃねぇか。教会なんて通うほど、アンタは信心深いわけでもねぇだろうによ?」
「ああ、お前らってここ1ヶ月くらいマグエルを離れてたんだったか? 今のマグエルじゃこの話で持ちきりだぜ? 11月の礼拝日から、教会がなんか変わったんだってな」
マスターに聞いた話をまとめると……。
俺達がスポットに篭ってる間にトライラム教会がマグエルに孤児院を新設し、すぐに新しい孤児たちが送られてきた。
マグエルで生活する孤児が増えた事で、その生活費が教会からマグエルに流れ込んで、年末のこの時期にマグエルはちょっとした好景気に浮かれてるってワケか。
へぇ、まさに景気のいい話ってやつじゃねぇか。
そう言えば間もなく12月の礼拝日だったな。無料の炊き出しも豪華になってたりすんのかね?
「そんな金があるなら、孤児たちの人頭税を払ってやればいいものを……」
俺とマスターの話を横で聞いていたリーダーが、ポツリと呟いた。
そう言やぁリーダーは孤児の出身、奴隷出身なんだったか。
戦闘奴隷として苛酷な日々を生き抜いて、自分を買いなおして自由の身になったって言ってたなぁ。
「がはははっ! そう思うだろっ!? 当たり前だよなぁっ!?」
「あ……? 何笑ってんだよマス……」
「それがよぉ! なんでも教会は今14歳の孤児たちの人頭税を、滞納分も含めて全員分払っちまうらしいぜぇっ!?」
「「「はぁっ!?」」」
マスターの嘘みたいな言葉に、思わずパーティみんなでハモっちまった。
でも、ありえねぇだろ!? 1人当たり150万リーフ近い人頭税を、複数人分も負担するだぁ……!? 1人2人ならまだしも、教会が預かってる孤児っていったい何人いるかも分からねぇのに……!
「なんでも新しく受け入れた孤児ってのが14歳の子たちみてぇでよ。そりゃもうきらっきらした目で生活してんのよ。シスターに連れられてマグエルを歩いてたり、お使いで市場に来るとよ。そりゃもう熱心に色んなことを見てるんだぁ……」
マスターはまるで見てきたかのように饒舌に語る。
いや、マスターは酒場を経営していて市場にはよく足を運ぶはず。見てきたようにではなくて、本当に子供達の姿を目にしたんだろう。
「そんな様子だから、気になった奴が子供達に聞いてみたわけよ。なんでお前らはそんなにワクワクした顔してるんだってな。そしたら、大人になったらなんでも出来るように、今のうちから色んなものを見て勉強してるんだっ! なんて言われちまったらしくてなぁ!」
マスターはガハガハと唾を飛ばしながらも、凄く嬉しそうに語っている。
大人になったら。
それは今までの孤児たちには無かったはずの未来の話。
孤児たち本人がそう語っているのなら、本当に人頭税を教会が負担するのか……? 全員分を……?
「その話を聞いた奴隷商人どもは大慌てでよぉ! 年末になれば勝手に入ってくる若い奴隷がいなくなって、年始めの奴隷市も開催が危ぶまれてるって話だぜ? ったく、ざまぁねえよなぁっ!?」
ま、まぁ奴隷商人が悪いわけじゃねぇとは思うけどな……。
だけど今まで何もせずに、身寄りのない孤児達を食い物にしてきた連中だ。同情には値しねぇな。女の奴隷の仕入れが悪くなるのは、俺にもちょっと影響があるかもしれねぇけどよぉ。
……あ~。以前見かけた2人の女奴隷、めちゃくちゃ可愛かったよなぁ。
購入金額か60万リーフって聞いたときにはぶっ飛んじまったけど、あれだけの美人ならそれだけ払っても惜しくはねぇ。
あれ以来、適当な商売女を抱くのが勿体無くなっちまって、60万リーフを貯める日々だぜ。我ながら真面目な魔物狩りになっちまったもんだ。
「孤児たちの魔物狩りもこれから増えていくみたいでよ。そいつらがまた優秀らしいんだよぉ! 1人も死なずにどんどんスポットの奥まで進んでいるらしいぜ!?」
「孤児達が1人も死なずに魔物狩りをぉ? ホントかよぉ?」
「年末ですらこんな感じにお祭り騒ぎになってんのに、年が明けたらどうなっちまうんだろうなぁ? ガッハッハハハ!」
だああもう! カウンター席で大笑いすんじゃねぇよ! きったねぇなぁ!
……でも不思議と嫌な感じはしない。年末のこの時期は、いつだって暗い話題しかなかったからな。
マスターと話し終えて、ふと店内を見回してみる。
そこには暗い顔をして食事をしている奴なんて1人もいなくて、みんな楽しそうに友人と、家族と、恋人と笑顔で食事をしていた。
去年の年末はいつも通りどんよりとした雰囲気で、仕事納めの後の打ち上げもなんだか気分が乗らなかった。
それに比べて今年の年末はどうなってんだよ? ワイワイガヤガヤとみんな笑顔で楽しげで、まるでなにかの祭りでも開かれてるみたいな様子じゃねぇか。
……去年と今年、いったい何が違ったってんだぁ?
食事を済ませた後、なんだか無性にマスターの話が気になってしまって、みんなでトライラム教会を見に行ってしまった。
町外れの寂れた教会だったそこには、なんだか随分立派な建物が併設されていて、教会からも隣の建物からも楽しげな子供の笑い声が聞こえてきていた。
その声には、まるでこの世の幸福の全てが詰まっているかのように感じられた。
仲間たちとぼんやりと子供達の笑い声を聞いていると、突然リーダーが跪いて祈り出した。
「神様……! トライラム様……! ありがとう……! ありがとうございますっ……!」
額を地面につくぐらいに頭を下げて、両手を震えるほどに強く握り、涙を流しながら神への感謝を口にするリーダー。
……誰よりも真面目で誠実で、最高に頼れるリーダーを育ててくれたのが、この教会だったんだよなぁ。
自分と同じ境遇で奴隷に落とされる子を見てきたリーダーは、ずっと心を痛めていたのかもしれねぇ。そんな無力な自分に代わって子供達を救ってくれた教会に、感謝せずにはいられないってか……。
「教会にいた頃は、毎日神様に祈って、毎日真面目に教会の仕事を手伝ったんだよ……! だけど誰も助けられなくて、自分だって奴隷になって……! お前らと出会うまでは、神様なんかいねぇんだって、なんで救ってくれないんだって……。神様のことを呪う日々だったよ……!」
泣きながら語るリーダーの言葉を、俺は黙って聞くしかない。
いつだって頼れるリーダーだったこの男が涙ながらに懺悔するのを、俺なんかに止められる筈がない。
「もう失われた命も、もう助けられない命もあるけどっ……! それでも子供達に未来を齎してくれた事、心より感謝しますっ! トライラム様……!」
リーダーの言葉を聞いて、なんだかトライラム教会って場所に興味が湧いてくる。
なんで自分を助けてくれなかったんだなんて思わずに、会った事もない子供を助けてくれてありがとう、と泣きながら神様に感謝するリーダーの姿を見て、トライラム教会ってのはどれだけすげぇ場所なんだろうと思っちまう。
間もなく今年最後の礼拝日だってマスターが言ってたな。ちょっと顔を出してみるのも悪くねぇかもしれねぇな。
翌日また同じ店に行くと、なんだか昨日とは違う意味で少し店の様子がおかしい。
昨晩と違って楽しそうな雰囲気はなく、複数のパーティが混ざったような大人数の魔物狩りの集団が、なにやら深刻そうな面持ちで話し合っている。
彼らの表情は真剣そのもので、店内全てに緊張感が漂っていた。
「よぉマスター。なにかあったのかい?」
「ああ。なんでも新種の人獣の目撃情報が多数寄せられたみてぇでよ。これからスポットに入る連中が情報を共有してるみてぇなんだわ」
し、新種の魔物かよ! おっかねぇな……。
俺たちは昨日で仕事納めだから安全だが、出来れば年内に問題解決してくれよぉ……?
「ちなみにマスターはどんな情報なのか知ってんのかい? 誰か被害に遭ったとか、そういう話はあんのか?」
「なんでも番いの人獣らしくてな? 超広範囲を笑いながら疾走するらしいんだ」
俺の問いかけにマスターも真剣な表情で答えてくれる。
この店の客の多くはスポットに潜る魔物狩りだからな。マスターにとっても他人事じゃねぇんだろう。
「今のところ被害者は出てないらしいけどよ、その移動速度が尋常じゃなくてよ。そこらの馬なんか目じゃねぇくらいの猛スピードで走り去っていくらしいぜ」
被害が出てないのは不幸中の幸いか。
しかし、馬より早いたぁ洒落にならねぇな。もし遭遇しちまったら、逃げる術がないってこっちゃねぇか……。
「スポットの入り口付近から最深部付近まで目撃情報があってな? 笑いながら疾走する人獣として、便宜上クラックアッパーって呼ばれてるそうだ」
笑いながら疾走する新種の人獣、クラックアッパーか……。
笑い声のおかげで接近に気付くのは容易だろうけど、追われたら逃げ切れないだろうな……。昨日で仕事納めで助かったぜ……。
「行動範囲があまりにも広すぎるし、目撃情報もいきなりだったからな。もしかしたらスポットの外から迷い込んだ野生動物の可能性もあるみたいだぜ」
「マ、マジかよぉ……? スポット内に野生動物が入ってくることなんてあんのかぁ……?」
新種の人獣よりも野生動物の方がよっぽどやべぇな。職業補正が利かない野生動物だった場合、少なくない犠牲が出る可能性もある……。
ち、せっかくマグエル全体が悪くない雰囲気に包まれてるってのによぉ。やっぱり現実ってのは、良いことばっかり続いてくれねぇよなぁ。
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