異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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2章 強さを求めて3 孤児と修道女

134 笑顔の連鎖 (改)

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「ひ、酷いですよぉ……。こ、これからお勤めなのにぃ……」


 キスしていた口を離すと、とろんとした目をしたムーリに可愛く抗議されてしまった。


「これからみんなに幸福を説くムーリのことを、まず幸せな気持ちにしたかったんだ。ムーリが幸せな気持ちになれたなら、その気持ちをみんなに分けてくるつもりでお話してくるといいんじゃないかな」


 適当な屁理屈で、ムーリの抗議を逸らす。

 でもさ、やっぱり自分が幸せじゃないと、幸せなんて語れないと思うんだ。


 キスは流石にもう自重して、だけどもう1度ムーリを抱き寄せて囁く。


「続きは全部終わってから今夜しようね。今はこうやって俺の感触だけを覚えておいてくれると嬉しいよ」

「ダン、さぁん……」

「ムーリ。もう理不尽にも無力にも、不幸にだって屈しなくて良いんだよ。お前もこの教会の子供たちも、丸ごと全員幸せになっていいんだからね」


 神様はきっと、世界に直接救いの手を伸ばすことが出来ないんだろう。

 神様の代わりに人を救うのは、やっぱり人の手なんだ。


 神様の代役なんて恐れ多くて出来ないけど、神様を信じるムーリたちを不幸から守ってやるくらいはしてあげたい。


「……今まで私は、神の存在に懐疑的でした。シスターでありながら、どこかで神を信じ切れていませんでした……」

「……そっか」


 俺を抱きしめ返しながら、ムーリは静かに懺悔する。


「でもダンさんのおかげで、私は神に心から感謝することが出来そうです……。私のことも子供達のことも、これからずっとずっと、よろしくお願いします……!」


 俺なんかにそんな影響力があるとは思ってないけれど、ムーリが前向きになってくれたなら充分だよ。


 少しだけそのまま抱き合った後、柔らかく微笑むムーリを解放する。礼拝日が終わるまでしばしのお別れだ。


 しかし、神を信じ切れなかった、か。

 人は不幸になるほどに神に縋り、そして救われないと神を恨む。

 修道士の職業を得られるほどに敬虔な信徒だったムーリにとって、神を信じることが出来ないことこそが1番辛かったのかもしれないねぇ。


 でもなムーリ。神様はいるんだよ。

 そしてどうやら俺に何かをさせたがってるみたいなんだ。


 まぁその過程でお前を迎えられたんだから、何をさせられようとも文句なんか無いけどね。


 ムーリが礼拝堂で説法をしている間に、今日は炊き出しの調理も手伝うことにする。

 今までは手伝いの俺たちが厨房に入ることは許されていなかったけど、今日ムーリを迎える事で子供たちも喜んで厨房に招いてくれた。

 シスターの家族なら、俺たちとも家族だよって。


 はは。子供は出来ないはずなのに、いきなり沢山の子持ちになっちまったもんだなぁ。

 そして教会の子供達と同年代のフラッタを嫁に貰ったこと、後悔はしてないけどちょっとだけバツが悪いねぇ。


 そしていつもの炊き出しが始まる。

 孤児ルート、ニーナルート、ティムルルート、俺ルート、前回と同様に4つの炊き出し提供鍋ルートを用意した。


 今回は孤児鍋の手伝いにリーチェが参戦している。おかげで男性がかなり増えて、若い女性達は迷惑そうだ。

 最近料理に目覚めたリーチェは急速に腕を上げている。孤児鍋のサポートくらい余裕だろう。


 ……なぜかフラッタだけが壊滅的なんだよなぁ。食べることには意欲全開だけど、作るほうに興味がないみたいだ。

 ま、本人がいいなら構うまい。そんなフラッタも最高に可愛いんだから。


 調理から手伝った事で、今回の炊き出しの量はいつもより多少多い。

 実際に用意された食材もいつもより多く、教会運営費に余裕が出来た分を市民にも可能な限り還元したいそうだ。

 無理にお金を稼ぐ緊急性も無くなったことだしね。


 なぜか増えた分は、全部俺が捌くことになったんだけどさぁっ!


「ダンの鍋が1番多いのは当たり前なのじゃ。おぬしの前に並ぶ者たちが1番腹を空かしておるのじゃからのぅ」


 なんて言われちゃったら断れないんだけどぉっ!


 よっしゃあテメェら! 受けて立ってやらぁ! 好きなだけ食ってけぇっ!

 なにそんなところで突っ立てやがる! さっき並んだから、ってそれがなんだ! 見ろこの鍋を! いくらあると思ってんだ!

 遠慮しないでおかわりしろ! というかおかわりしてください! これ捌ききらないと、俺帰れないんですよぉっ!


 なんか俺の鍋の回りだけ宴会みたいになっている。

 ムッサいゴッツい男たちも元気に駆け回る子供たちにほっこりして、お菓子やら飲み物やらを何故か自前で配っている。炊き出しの意味とは?


 子供が笑えば子供が集まる。

 遠巻きに見ている子供の手を既に笑っている子が取って、半ば無理矢理笑顔の輪の中に入れてしまう。


 子供達の笑い声に誘われて、手伝いを放棄したフラッタも輪に加わる。

 子供たちが笑顔になれば、それを見る大人も自然と笑顔になる。


 ……俺は宗教のことなんか詳しくないけれど、笑顔が連鎖しみんなが笑う今の状況こそが本来あるべき宗教の姿なんだろうなぁなんて思った。

 炊き出しの鍋なんてもうとっくに空っぽだけど、日没まで子供たちの笑い声が途切れることはなかった。





 日が落ちて、いつもより長かった笑顔の宴も終わって、手早く炊き出しの片付けを進めていく。


 ニーナとティムルに買出しをお願いして、夕飯の量と質を少しだけ上げる。

 贅沢はしないけど、せっかく食べるなら美味しい物を腹いっぱい、だ。


「ダンさん。司祭様がお見えになりました。同席をお願いできますか?」


 みんなで夕食の準備をしていると、ムーリが俺を呼びに来た。


「もちろん。ムーリが嫌だって言っても同席させてもらうよ」


 手を洗って、ムーリに寄り添う。

 でも炊事場を出る前に1度振り返って、教会の子供たちにも声をかけることにする。


「これからムーリを嫁に迎えに行ってくるよ。みんな、応援宜しくなっ!」


 俺の声に応えるように、炊事場は喧騒に包まれる。

 行けーとか、シスターをよろしくーとか、力いっぱい応援してくれた。


 まるで戦地に赴く為の出発式みたいだ。

 ならば負けるわけにはいくまいよ。しっかりと凱旋して、夕食という名の祝勝会をあげないとね。


 ムーリと一緒に向かったのは、すっかり見慣れた教会の応接室。

 ムーリに続いて入室すると、小太りのオッサンがソファに座って待っていた。


「おお、シスタームーリ! 待ちくたびれましたぞぉっ! 今宵こそ色好い返事をいただけるのでしょうなぁ?」


 ムーリが入室すると、オッサンは待ちきれないといった風にソファから立ち上がりムーリに近付いてくる。

 が、悪いけどムーリはもう俺の女だ。他の男に指1本触れさせる気はないよ。


 ムーリの前に割り込んで、オッサンがムーリに触れようと伸ばした手を阻む。


「……なんだぁ、貴様は?」


 苛立ちを隠そうともせず、俺を睨みつけるおっさん。

 てかアンタ聖職者だろ。もっと隠して隠して、色々と。


「初めまして司祭殿。俺はダン。ムーリの婚約者です。いくら聖職者殿でも、人の婚約者に気安く触らないでいただけますか?」

「ここ、婚約者、だとぉっ……!?」

「あれ? 先月の礼拝日にもムーリと話して、その時にも説明されたんでしょう? 婚約者がいるって」


 なんでうろたえてんだよ。

 先月自分が袖にされた理由も覚えてないの?


「どうぞお座りください司祭殿。お互い納得いくまでお話しましょうか。俺もムーリも、神に祝福された幸福な婚姻を結びたいですからね。何でも聞いてください」


 オッサンが俺以上にムーリを好きで、俺以上にムーリを幸せに出来るっていうなら多少は譲歩することも考えないでもないから、まずは話をしようじゃないか。


 ソファーに対面で座り、まずはムーリがお互いを紹介してくれる。

 っていうか俺はちゃんと名乗ったのに、オッサン聖職者なんだから自分で名乗れっつうの。

 
 この名無しおっさんはトライラム教会の司祭で、ガリアという名前らしい。名前は結構かっこよくない?


「司祭様。先月も申し上げた通り、私はダンさんと将来を誓い合った仲です。司祭様の婚姻を受けるわけにはいきません」

「失礼ですが、そちらの男性は随分とお若い様子。いったい何をされて生計を立てているのでしょうか、シスタームーリ」


 わざわざ語尾のようにムーリの名前を呼んで、俺の存在を無視しようとするガリア司祭。


 俺とは話をする気がなさそうだねぇ。

 俺だって男より美人巨乳シスターと話をしたいから、おっさんの気持ちは分かるけど。


「ダンさんはマグエルに家を持つ魔物狩りですよ。とても腕の良い方で、収入も安定しています」

「魔物狩り、ですかぁ……!」


 魔物狩りと聞いて、いやらしく笑うガリア司祭。


「魔物狩りは危険な仕事、命を落すことも珍しくない不安定な仕事ですよ。せっかく婚姻を結んだのにすぐに未亡人になってしまうかもしれません。それは非常に不幸なことですよ?」


 それは全部その通りなんだけど、俺が死ぬ前提で話を進められるのは面白くないでーす。


「それじゃムーリが未亡人になったらガリア司祭様に後をお願いします。きっとその時のムーリは悲しみに暮れている事でしょう。慰めてあげてください」

「……ぷっ!」


 暗に帰れと言った言葉の意味を正確に読み取ったムーリが、思わず吹き出してしまって肩を小さく震わせている。


 そっちが俺が死ぬ前提で話を進めるなら、こっちは死なない前提で話をするだけだ。

 俺が死ぬように毎日神に祈るこったね。司祭らしく?


「そういうことを言っているのではないっ! これは教会の問題だ! 部外者の貴様が口を挟むなっ!」


 俺の言い分と、全く靡く様子の無いムーリを見て激昂するガリア。


 んー、もういいか。

 ガリアも隠す気なさそうだし、邪魔な建前は全部剝ぎ取っちゃうことにしよう。


 ……小太りのオッサンを剝ぎ取るという、地獄のような言葉よ。


「あ~、新品は欲しいけど中古品は要らないってことです? 1度誰かに抱かれた未亡人には興味ないんですか?」

「ななな、なんだとぉっ!?」


 婚姻の話をしているのに、何が教会の話だよ。

 婚約者だって名乗ってるのに、婚姻の話に部外者扱いされて黙ってられるか。


「教会では20歳を迎える、特定の相手のいないシスターには婚姻相手をあてがう、という話でしたよね? まだ20歳になっていないムーリに俺という婚約者がいる。さて何の問題が?」

「だからっ……! そ、そういう話をしているのではなくてだなっ……!」

「司祭様がムーリに告げたルールに抵触している部分は無いと思いますが? 婚約者の俺を部外者扱いし、教会の問題だと言い張るのであれば、どうぞ納得のいくご説明を」


 隣りのムーリの肩を抱き寄せ、婚約者であることを強調する。


「シ、シスタームーリ! 魔物狩りなどと一緒になっても、貴女は幸福にはなれません!」


 どうやら俺との舌戦は分が悪いと判断したらしい。

 俺に反論するのを諦めて、ムーリの情に訴える作戦に出たようだ。


「等しく信じる神の元で、教会の導きで私の元に来ることこそが貴女の幸せなのです! 一時の感情に惑わされてはなりません! 貴女を拾いここまで育てた教会への恩を忘れてはなりませぬっ!」


 しかし情に訴える作戦ってさぁ。悪感情しか抱いていない相手にしたって悪手過ぎると思うんだよ?

 俺の手を握ったムーリは、ガリアを正面から見据えて言葉を返す。


「司祭様。私は教会への恩を忘れたことなど1度もありません。身寄りのない私を拾ってくださり、ここまで育ててくれた教会への恩は、私の一生を捧げて返していくつもりです」


 うんうん。これからも一緒に神様への恩を返してこうな。


「ですが私は司祭様に感謝しているわけではありません。教会への感謝と司祭様へ嫁ぐこと。この2つを混同するのは止めていただけませんか? 教会に仕える者として、大変不快ですっ……!」


 ムーリはきっぱりと司祭へと拒絶を示す。

 だが司祭は諦めず、教会がどうとか神がどうとか、御託ばかりを並べて埒が明かない。


 はぁ~……。ムーリを愛する者として、せめてひと言でもムーリに愛を告げて欲しかったもんだよ。

 もう時間の無駄だね。終わらせようか。


「ガリア司祭殿。ムーリに聞いた話によると、トライラム教会に仕える者は奴隷の所有を禁じられているそうですね」

「黙れ! 今私はシスタームーリと大切な話を……!」

「神の名の下に人はみな平等であり、人が人を所有することなどあってはならない、と。教会関係者以外の奴隷所有については口出ししていないみたいですけど」

「黙っていろと言っている! 関係無い話でお茶を濁す気かぁっ!」


 終始関係無い話しかしてないのはお前の方なんだよなぁ。


「司祭である以上奴隷を所有できない。でも若くて綺麗で従順な女は手に入れたい。ああそうだ。孤児上がりのシスター達を、適当な理由で囲ってしまおう。これが今回の件の真相ですよね?」

「………………え?」


 頑なな態度でガリアに拒否の姿勢を示していたムーリが、戸惑ったような声を上げる。


「流石にシスターになった直後は目立つから、20歳までは泳がせよう。どうせシスターは激務だ。色恋沙汰に現を抜かす時間など無い。教養の無いシスターなんて、司祭である自分の言うことを疑うはずもないのだから」

「黙れと言っている! シスタームーリ! こんな男の戯言に惑わされてはなりませぬっ! 魔物狩りと司祭の私と、いったいどちらが信用できるとお思いですかぁっ!」


 別に証拠がある話じゃないんだから、そんなに慌てて否定しなくたっていいのに。

 それじゃまるで俺の言っていることが全部当たってるみたいだよ?


「ガリア司祭殿。ムーリに婚約者がいる時点で大人しく引き下がっておくべきだったなぁ」


 お前にムーリを渡す気など微塵も無いと、戸惑うムーリの肩を改めて抱き寄せる。


「20歳になったシスターは教会に婚姻者をあてがわれる? その話が本当にトライラム教会のルールであるなら、それが嘘偽りない真実であることをステータスプレートに誓って証明してみろよ。このエロジジイ」

「ななな、なにをぅっ!?」

「……まさか、まさか司祭様が言っていた、20歳になったシスターの強制婚姻。それ自体がこの男の騙りである、そう仰るんですか……!?」


 ムーリの瞳に、混乱と戸惑い、そして軽蔑の色が宿る。


「そりゃあね。率先して孤児を引き取り、運営に余裕が無いのに国中で毎月炊き出しをするようなトライラム教会が、シスターの気持ちを踏みにじるようなルールを設けるとはとても信じられないよ」


 ムーリも孤児のみんなも素直でいい子たちばかりだ。

 たまにコットンが被害に遭った様なこともあるけれど、基本的にトライラム教会は善良な存在としか思えない。


「孤児上がりのシスターは教会で本格的に勉強したわけではないだろうし、教会関係者からの言葉を鵜呑みにしそうだと思ってたんだよ。現に司祭の言うことを疑うなんて発想、ここのみんなには欠片も無かっただろ?」


 善意と無知を利用し、若いシスターを食い物にし続けたエロジジイ。こんな奴に容赦は無用だ。

 ソファから立ち上がり、ガリアに詰め寄る。


「証明出来ないならさっさと帰れ。そして夜逃げの準備でもするんだな。今回のことは教会の本部に詳細に報告させてもらうよ。お前の言っている事が嘘じゃないなら、何も問題は起こらないでしょ?」

「ぐぐ……! そ、それは……!」

「でももしお前の言っている事が嘘だったら……。教会の聖職者が教会の権威を騙り、保護すべき孤児とシスターを食い物にしていたことになるよね?」


 散々他人を食い物にして生きてきたんだ。

 多少早死にしたって、釣り合いが取れてるだろ?


「はは、いったいどんな罪に問われるんだろうなぁ。生きて新年を迎えられるといいね、ガリア司祭殿?」


 目利きを発動する。

 俺に対して燦々と輝いていた悪意の煌きは鳴りを潜め、代わりに青白い顔でガタガタと震えだしている。


「シ、シスタームーリ! 今日のところはこれにて失礼します! ではっ!」


 突然立ち上がり、バタバタと部屋を出ていったガリア。


 ああ、こりゃ逃げるな。そりゃ逃げるしかないだろうなぁ。

 囲った女達を捨てるのか、連れていくのか。それとも何も決断出来ないのか。


「あんな……、あんな男が司祭を任されていた、なんてっ……!」


 開け放たれたままの応接室のドアを睨みつけながら、憎悪すら感じるムーリの呟き。


 ムーリ。あの男を司祭にしたのは、神様じゃなくって人間なの。

 神様がいくら凄くたって、人間全員をいちいち1人1人見てなんていられないさ。
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