異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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2章 強さを求めて3 孤児と修道女

122 ※閑話 シスターの憂鬱 (改)

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「シスタームーリ。今日から貴女がこの教会のシスターです。主神トライラムに心から感謝し、今後も精一杯励みなさいね」


 シスターが私の頭を撫でながら、笑顔で激励してくれます。


 15歳になった日、本来私は借金奴隷として見も知らぬ誰かに売られるはずでした。

 ですがこの時、マグエルのトライラム教会のシスターが結婚の為にマグエルを離れることになり、シスターに欠員が出たんです。

 マグエルの教会で保護されていた私は、運良く修道士の職業を得ることが出来て、そのまま前シスターの欠員を埋める為にマグエルの教会にお務めすることになりました。

 私はこの時ほど神の存在に感謝したことはありませんでした。


 シスターの業務自体は前シスターがいた頃から手伝っていた為、さほど難しいものではありませんでした。月に1度の礼拝日の時だけ、少し手が回らなくなってしまいますけれど。


 ……ですがシスターの本当に辛いことは、業務ではなかったのです。

 毎年奴隷になる孤児達をなす術もなく奴隷商人に送り出さなければならないことが、シスターになって1番辛いことでした。


 孤児たちの人頭税は建前上、教会が支払わなくてはいけません。

 ですがその為の予算など、1度もいただけたことはありません。


 常に15人前後の子供を保護しているマグエルの教会では毎年120万リーフもの人頭税が必要で、更に滞納した年数分、滞納した人数分、2万リーフが加算されていくのです。

 トライラム教の資金も、決して潤沢ではありません。子供達の人頭税を教会が負担するのは……、現実的に不可能なのでしょう。
 
 自分だけ奴隷を免れた罪悪感と、子供たちに何も出来ない無力感で、毎日心が擦り切れていくようでした。

 
 子供達は一生懸命お手伝いをしてくれて、斡旋所から回された割の悪い仕事で得た僅かばかりの報酬まで、教会の為に使って欲しいと私に差し出してしまいます。

 私もシスターになる前は同じ事をしていました。


 ……だけど、そこまでしてくれるみんなに私は何もすることが出来ない。

 みんなの笑顔が、みんなの善意が、辛かった……。


 毎年、奴隷落ちを回避する為に私の制止を振り切りスポットに入り、そこで命を落す子供が後を絶ちません。

 装備品も無く、村人のままで生き残れるほど、スポットという場所は甘くないのでしょう。


 行ってはいけません。命を落としてしまいますよ。

 毎年同じ警告をして、毎年のように振り切られ、年に数人の子供が命を落とし、その度に新しい子供が送られてきます。

 孤児の数が多すぎて、欠員が出るとすぐに補充されてしまうのです。


 これではまるで、教会が子供達を死地に追いやっている、そのような錯覚すら覚えてしまいます。


 シスターになって4年ほど経った、ある初夏の日。マグエルの教会にとって、とても無視出来ないことが起こりました。

 毎日の水汲みに使っていた井戸のある家に、借り手が見つかってしまったというのです。


 私が孤児としてマグエルに来る、そのずっと前から廃墟だったらしいこの屋敷。

 教会の隣りにあった為に、無断で井戸を使用させていただいていました。

 教会もお屋敷もマグエルの外れにあり、ここの井戸が使えなければ、数十倍の距離を重い水を持って歩かなければいけません。それも、小さい子供達が、です。

 この井戸が使えなくなるような事態だけは、なんとしても避けないと……!


 屋敷の借り手は若い男性でした。美しく若い女性を奴隷に従えていることから、恐らく好色な方なのだと思いました。

 そして案の定、井戸の使用に条件を提示してきました。


 子供達の為なら私の身を差し出すくらい……、そんな想いで話を聞くと、拍子抜けしてしまうくらいに当たり前の条件だけを提示され、更にはお仕事までいただけました。

 銀貨仕事なんて、斡旋所から回された事はありません。

 ただ草むしりを手伝うだけで銀貨5枚のお仕事なんて、破格なんてものではありませんでした。


 屋敷を借りた2人、ダンさんとニーナさんだってとても身なりが良いようには見えないのに、物凄く気前の良い人たちなのだなと思った覚えがあります。


 お2人はスポットから帰る度に仕事を依頼してくださり、殆ど毎日のように銀貨5枚の報酬を期待できるようになりました。

 毎月1万リーフ、金貨1枚以上の収入がマグエルのトライラム教会に齎されるようになります。


 その上お2人と時間が合う時は、積極的に朝食と夕食を振舞ってくださる始末。

 お2人の依頼の報酬は本当に高額で、お2人が来てからというもの、無理にスポットに入って命を落す子供がいなくなりました。

 当たり前ですよね。スポットに入って危険を冒すより、安全な街中で草むしりをしていたほうがお金が稼げるのですから。


 子供たちが命を落さなくて済む。

 それが何より嬉しくて、私はお2人との出会いをまた神に感謝いたしました。




 ある日、思い切ってお2人を礼拝日のお手伝いに誘ってみました。

 一方的にこちら側にしかメリットの無い話に、2人は参加を快諾してくれました。


 礼拝日当日もお2人は積極的にお手伝いをしてくださって、普段は手が回らず大変な炊き出しも、動ける大人の手が2人加わるだけでここまで楽になるものなのかと、本当に驚きました。

 街の人々が帰った後も、お2人は残って片付けまでお手伝いしてくれました。

 こちらは常に報酬をいただいているのに、2人はなんの報酬も受け取ることなく、私たち以上に働いてくださいました。

 せめてなにかお礼がしたいと夕食に招くと、2人とも喜んでくれました。


 夕食が出来るまで祈祷してみたいという事で、誰もいなくなった礼拝堂にお2人を案内しました。

 ダンさんもニーナさんも普段の穏やかな様子とは打って変わり、凄まじい集中力で神に祈りを捧げているように見えました。

 礼拝日に訪れたマグエルの人々などよりも、ひょっとしたらシスターである私なんかよりも、ずっとずっと真剣に。


 お2人は家の修繕の手伝いや留守中の掃除、庭の管理などの新しい依頼をくれる度に、報酬を追加してくださいます。

 子供達は笑顔になり、お腹いっぱい食べられる日も増えました。

 お2人が来てからは、笑顔と幸せに満ち溢れた日々を送る事が出来ていました。

 
 ……ですが、やはり届きません。

 誰か1人、いや2人分の人頭税を捻出できそうな報酬はいただいているのに、今年奴隷になるコットンの奴隷落ちを回避する方法だけは、どうしても見つけられません。

 
 コットンは借金奴隷になってしまったら、きっと命を落としてしまう。

 ダンさんとニーナさんにこれほどお世話になっておきながら、コットン1人を救う事も出来ない。

 お2人との出会いを神に感謝すればいいのか、コットンを救ってくれない神を呪えばいいのか、それすら分からなくなっていきました。


 そんな中、悪い話というのは続くものです。

 10月の礼拝日。例年この日は教会本部から、視察の為に司祭様がマグエルを訪れます。

 この日訪れた司祭様は、20歳になった時点で特定のパートナーがいないシスターは、教会本部に選ばれた男性と婚姻を結ばなくてはいけないと言うのです。

 そして来年20歳を迎える私の相手に選ばれたのが、目の前の司祭様であると……。


 目の前の司祭様には申し訳ありませんが、全く魅力を感じられませんでした。

 齢40を越え、それでも私の胸ばかりを凝視するような人で、年末を迎えるのが楽しみで仕方ない、夫婦でトライラム教を盛り立てていきましょうと、1人で盛り上がる始末。


 ……孤児が奴隷に落ちる年末が楽しみで仕方ない? 本当にこんな人が教会の聖職者なのでしょうか?


 今すぐにでも婚姻契約をしたくて仕方ないといった様子の司祭様を、まだ年末ではないことを理由に断ります。

 すると司祭様はステータスプレートを私に見せてきて、婚姻契約の場所を指し示してきました。


 14名もの女性の名前が記載されたステータスプレートの婚姻契約欄。

 そしてその1番新しい場所に、なんと前シスターの名前がありました。


 司祭様は嬉しそうにその名前を指差しながら、知り合いがいるのだから安心しなさいと、私にしつこく婚姻契約を迫ります。

 ですがこの司祭様には不信感しか抱けなくなり、将来を誓った人がおりますのでと強制的に話を打ち切り、その日はお帰りいただきました。


 普段よりも大幅にお待たせしてしまったダンさん達は、文句1つ言わずに大人しく待っていてくださいました。

 それどころか夕食の後片付けまでして、フラッタさんとリーチェさんは子供達の遊び相手にもなってくださいました。


 ……先ほど婚姻の話が出たので、どうしても意識してしまいます。

 ある日突然私の目の前に現れ、瞬く間に教会の子供達を笑顔に変えてくれた、目の前の男性のことを。


 ニーナさんがいるからと、仲睦まじいお2人の様子に私の入る隙などないのだと、そう思っていたのに。

 ティムルさんが増え、フラッタさんが増え、リーチェさんが増え、いつの間にかダンさんには4名もの恋人が出来ていて、その誰もがいつも幸せそうに笑っていました。


 どうして、私はそっちにいないんだろう。

 そうして私は、あんな男と婚姻を結ばなければならないのだろう。


 ただ1人、自分だけが奴隷を免れこうして生きている。

 沢山の子供を奴隷に落とし、そして死地に送った、その報いがこれなのかと。


 あの幸福な姿を、手に入れられない幸せを眼前に突きつけられるのが、私の贖罪のように思えました。


 子供たちも救えない。コットンも救えない。

 あんなに力をお借りしているのに、あんなに良くしていただいているのに、無力な私には誰1人救うことが出来ない。

 そんな私には、自分自身すら救うことが出来ない。


 笑顔に溢れた絶望の日々に、私の心はすっかり凍りついてしまいました。


 私があの司祭と婚姻を結べば、私があの男に体を差し出せば、この教会のシスターの欠員を埋める為に、コットンを助ける事が出来るかもしれない。

 でももしコットンが修道士の職業を得られなかったら? 仮にコットンを助けられたとして、他の子供たちはどうでもいい?
 



 もうどうしたらいいのか分からなくなっていた11月の礼拝日の少し前、予定よりも早く遠征を終えられたダンさんたちが教会に顔を出してくれました。

 ダンさんの顔を見てしまうと、思わず手を伸ばしたくなりました。

 幸せそうな4名の女性を見ると、私もそちら側に行きたくなりました。


 でも、もしダンさんが私を受け入れてくれたとしても、また私だけが助かって、何食わぬ顔でコットンを見送ってしまうの?

 結局、私からは何も言う事が出来ませんでした。


 ですが、この日が私にとっての人生の転機となりました。

 この日があったおかげで私は神を呪わずに済み、シスターとして誠心誠意神に尽くして生きていこうと、魂の芯から思えるようになったのです。


 私の顔を真っ直ぐに見たダンさんは、少し言い難そうにした後に、この日教会を訪れた用件を口にしました。


「ねぇムーリさん。俺に借金する気、ない?」
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