異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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2章 強さを求めて2 新たに2人

092 ※閑話 花壇の会話 (改)

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「あ、ニーナ見てっ! 芽が、芽が出てるよっ!」


 嬉しそうなコットンの報告の声に、私も花壇を覗いてみる。

 そこには確かに、小さい緑の芽が地面に顔を出していた。


「確かに芽が出ていますね。頑張った甲斐がありました」

「うんっ。ニーナと一緒にいっぱい頑張ったおかげだねっ」


 嬉しくて嬉しくて堪らないといった様子のコットンに釣られて、私も自然と嬉しくなる。
 この小さな命は、確かに私たちが育てた命なのだと思うと、本当に愛おしい。


 自宅の広い庭を活用する為に、畑と花壇を作る話は結構前から話し合っていた。話し合っていたというか、私が一方的にダンに話してたような気がするなぁ。

 私はこのお家をお花でいっぱいにしてみたい。だけどダンにだって希望はあるはず。

 だからダンにも相談したのに、私の好きにして良いよだなんて。それじゃ相談した意味がないじゃないっ。


「だってこの家を借りたのは、ニーナがこの庭を気に入ったからだったでしょ? だからニーナの好きにしていいんだよ」


 私をぎゅっと抱きしめながら、耳元で優しく囁かれるダンの声。


 ダンは家にも服にもあまり執着を見せないんだよなぁ。凄くえっちでわがままなのに、びっくりするほど欲が無いの。

 まるで自分自身には、一切興味を持っていないかのように。


「俺は園芸も農業も出来ないから、お庭のことを聞かれても何も分からない。でもニーナが喜ぶ庭を見てみたいなぁって思うんだよ。ニーナが自由に作ったお庭を、俺は見てみたいなぁ」


 う~、なんだか体よく誤魔化されちゃってない? 私。

 私の作った庭が見てみたいなんて言われたら、素敵な庭を作るしかないじゃないっ。


 私が色んな物を夢見るように、ダンにも何か欲しがって欲しいのに。

 私のことしか考えられないダンのことが嬉しくて、けど悲しかった。





「これは多分、キュールの芽ですよね? コットンが教えてくれた、あの白い花の」

「うん。キュールだと思う。ニーナのおかげで、元気に芽を出してくれたねっ」


 まだ父さんも母さんも生きていた頃、私の趣味は庭弄りだった。

 1人で遠くまで行く事も出来ず、父さん母さん以外には知り合いもいない。そんな当時の私にとって、お花を育てることだけが楽しみだった。


 母さん達はお花になんて興味がなくて、花の名前もお世話の仕方も分からなかった。だから何度も失敗して、何度も枯らしては泣いていたなぁ。

 始めのうちは根っこがあることさえも知らなくて、千切って摘んでは枯らしてしまった。今考えると、本当に可哀想な事をしちゃってたよぅ。


 庭造りが始まって、コットンに色々なことを教えてもらった。

 花の名前から土の弄り方まで、何も知らない私に、コットンは根気強く教えてくれた。

 
 コットン以外の子供達は花壇にはあまり興味が無くて、芋を育てる畑のほうに興味深々だった。みんないっつもお腹を空かせてるみたいだから、花よりおイモの世話ばかりしちゃうの。

 だから花壇の世話を通して、私とコットンはどんどん仲良くなることが出来た。


「こんなに立派な花壇を作らせてもらえるなんて夢みたいっ。ニーナ、ほんとにありがとう!」


 コットンはみんなに大人しくて引っ込み思案な人見知りだと思われているけど、お花の話ならコットンはとってもよく喋る。

 コットンは大人しいんじゃなくて、他の子たちとは興味があることが違うだけだと思う。


「ありがとうございます。でも感謝はご主人様に伝えて欲しいんですけどねぇ。今でもやっぱり、ご主人様でも、怖いですか?」

「うん……。悪い人じゃないのは分かるんだけど、やっぱり怖いよ……」


 コットンは何年か前、年上の孤児に無理矢理襲われそうになったことがあって、今でも男の人が怖くて仕方ないんだって、ムーリさんに教えてもらった。

 幸い未遂で済んだそうだけれど、それ以来コットンは年上の男性というだけで近づくことすら出来ないの。礼拝日の炊き出しも、ずっと裏方で人目を避けているくらいに。


「ダンのおかげでお庭弄りが出来て、花壇の土だって用意してくれて、それで私たちには報酬まで出てるんだよ? 感謝してるに決まってるよ……。でもごめんなさい。やっぱり、怖いよ……」

「謝らなくても大丈夫ですよコットン。ご主人様もその程度でコットンを嫌いになるほど狭量な人ではありませんから」


 ムーリさんが私たちにコットンの事情を話したのは、ダンがコットンに対して不快な感情を抱かないか心配になったからだと思う。

 自分の家の庭を教会の子供たちに殆ど自由に提供して、更には賃金まで出してくれている相手にも、コットンは好意的な態度を取ることが出来ないから。


「ダンとティムルが運んでくれた土のおかげで、お花たちも凄く元気なんだよ。この分なら、年内にこの花壇がお花でいっぱいになるところを見れるかもしれないなぁ。……見たいなぁ。お花いっぱいの花壇」


 コットンは楽しみなような残念なような、複雑な表情をしてる。

 年が明ければコットンは奴隷になって、教会にはいられなくなる。教会にいられなくなれば、当然花壇の世話も出来なくなっちゃう。


 何とかしてあげたいけれど、150万リーフなんて大金、とても用意できるアテがないよ。

 それに、毎年のように孤児の人頭税をダンに負担させるなんて、そんなことを絶対にさせられない。


 私が望めば、ダンはきっとやってしまう。そしていつか潰れちゃう。


「コットンは本当にお花が好きなんですね。貴女も教会でお世話になっているのに、どうやってこんなにお花の事に詳しくなったんですか?」


 今の呟きが、コットンの助けを求める声だって事は私でも分かる。

 分かるけど、ごめんねコットン。私は貴女よりもダンの方が大切だから、気付かない振りをさせてもらうの。


「……うん。もう何年も前に教会から居なくなっちゃったお姉ちゃんがいてね。そのお姉ちゃんもお花が好きだったから、色々教えてもらえたんだ」

 コットンの望む言葉を返してあげられない私に、ほんの一瞬だけ表情を曇らせるコットン。

 だけどすぐに笑顔を取り繕って私の問いかけに答えてくれた。


 孤児として教会に居られるのは14歳まで。
 コットンに花のことを教えてくれた孤児も、ムーリさんより年下の可能性もある。

 教会で命は繋げるけれど、孤児の未来はずっと暗く閉ざされたまま。


「そのお姉ちゃんも、年上の孤児に教えてもらったんだって言ってたよ」

「そうなんですか。マグエルの教会では、ずっと昔からお花の世話が続けられているんですね」

「うん。そのお姉ちゃんも、その前のお姉ちゃんも、ずっとずっと前から続けてきたんだって。教会のお花が私達が生きていた証なんだって。だからきっと絶やさないで繋いで欲しいんだって」


 教会のお花が自分の生きた証。


 奴隷となった孤児たちの将来が如何に凄惨なものであるのか。どれほど苛酷な運命が待ち受けているのか。

 幸せになった今の私には、きっと想像することも許されない。


「でも、私は誰にも引き継げなかった。誰にもお花に興味を持ってもらえなくて、せっかくずっと繋いできたお花の知識を、私で終わらせちゃうところだった。でも……」


 そこで初めてコットンはキュールの芽じゃなく、私の顔を見た。その顔は晴れやかな笑顔で彩られていた。

 その笑顔はとても演技には見えず、本当に喜んでいるみたいに見えた。


「ニーナのおかげで私のお花の知識を……、お花への想いを繋げることが出来たの。凄く感謝してる」


 お花の知識を受け継ぐこと。

 それはコットンがこの世界に生きた証。


「私が居なくなったら、教会にある小さな花壇は無くなっちゃうかもしれないけど……」


 少しだけ寂しそうに零すコットン。

 私たちの家の花壇のお世話を楽しんでいる事も嘘じゃないけれど、ずっとコットンがお世話してきた教会の小さな花壇こそ、コットンが本当に繋いでいきたい大切なものなんだと思う。


 だけどすぐに笑顔になって、その代わりにね、と話を続ける。


「教会の子供たちは毎日このお屋敷に水を汲みに来て、毎日お屋敷の前の花壇を目にするの。満開の花を見て、良い匂いに包まれて、きっと今日は良い日になりそうだなぁって思うのっ!」


 それは夢のように幸福な情景。

 今のままではコットンは見ることが出来ない、閉ざされた未来の向こう側の景色。


「だからニーナ。来年以降もちゃんとこの花壇の世話をして、沢山のお花を咲かせてね?」


 私が居なくなっても、この花壇にお花が咲いている限り、私が確かにここに居た証になるから。

 だからニーナが継いで欲しい。
 私たち孤児に引き継がれてきた想いを。

 切実な想いが伝わってくる。他に誰にも頼れない、将来を全て諦めたコットンの、それでも諦めきれない小さな願い。


 コットンは奴隷として生きていけると思ってないんだ。

 奴隷になった若い女は、多くの場合は欲望の捌け口にされるだけ。それはもうティムルに散々聞かされた。だからコットンもそうなる可能性が高い。


 年上の男性が恐ろしいコットンに、ティムルのように割り切る強さはきっとない。奴隷になって男性の性の捌け口にされてしまったら、きっとコットンは壊れてしまう。


「ええ、花壇のお世話は楽しいですからね。この先もずっと続けていきたいと思っていますよ」


 ……それが分かっていても、私は彼女に差し出す手を持っていない。

 酷い女だと、自分でも思う。

 これから確実に不幸になる少女を見捨てて、私はダンを選ぶのだから。


 ……でもコットン。1つだけ予感があるんだ。

 きっとコットンは奴隷にならずに、この家の花壇をずっと世話して暮らしているっていう、そんな予感が。


「私もコットンと一緒に、この花壇が満開になるところを見たいと思っています。だから今後もご指導宜しくお願いしますね」


 ダンが、あの誰よりも優しくて、誰よりも不幸が嫌いなあの人が、コットンの事を見捨てるなんて思わない。

 ダンの負担になる事は止めて欲しい。でも、コットンを助けても欲しい。


 ……やっぱり酷い女だなぁ。

 ダンのためにコットンの手を払い、コットンのためにやっぱりダンを頼るんだ。


「……うん、そうだねっ! まだ時間もあるし、2人で花壇をお花でいっぱいにしようねっ。この土が無ければ無理だったけど、これのおかげで頑張れば、年内にはお花でいっぱいに出来るはずだよっ」


 年内にと強調するコットン。

 無意識なのかもしれないけれど、彼女はもう未来に希望を抱いていないんだ。


 ダンはきっと、コットンを奴隷として購入する気は無いと思う。

 ダンは自分が思っているよりもずっと繊細に人の心を敏感に察する人だから、自分に好意を向けていない相手を身内に迎え入れる人じゃない。

 フラッタとリーチェに好き勝手したのだって、きっとダンは無意識に分かってたんだと思う。フラッタもリーチェも、とっくにダンの事が大好きなんだって。


 でもそうすると、ダンは150万リーフもの大金を用意しなきゃいけなくなる。そしてそんなことをすれば、来年以降も孤児の税金を負担しなきゃいけなくなるかもしれない。

 そうなったらどうする気なの? ダン。


 なんだかダンは凄くお金を稼ぎたがっている。装備の為、旅の為にと、少しでも多くのお金を稼ごうとしてる。

 それは多分、コットンの税金を支払いたいからなんだって、私は思ってる。


 コットンの分を払ってしまったら、来年だって他の子の分も支払わなきゃいけなくなるんじゃないの?

 なんて、そんなことあのダンが考えているはずがないもの。


 私の呪いも、リーチェの事情も、何も知らないくせに全部背負ってしまったダン。

 普段は考えすぎるくせに、誰かの為には後先なんて考えない、優しくて繊細で、壊れそうなほどに脆い、私の大切な人。


 わがままな女でごめんなさい。奴隷なのに負担ばかりかけてごめんなさい。

 でも――――。


「私がご主人様に見せたい花壇は、コットンが居なきゃ作れませんから。この花壇が満開になるまで力を貸してくださいね」


 だからダン。きっとコットンを助けてね。

 口に出すことは出来ないけれど、ダンのこと、信じてるから。
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