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2章 強さを求めて2 新たに2人
084 フラッタの想いと俺の心 (改)
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「にゃにゃにゃにゃ……、にゃにゃーーー!?」
素っ頓狂な奇声を発しながらフラッタが目を覚ました。俺の腕の中でなっ! ここ重要。
つうか猫かよフラッタ? お前竜だろ。なんでにゃーにゃー言ってんだ。
それにしても30分くらいで起きてくれて助かったよ。俺も意識を失わずに済んで、結果的に両手を切り落とさずに済んだからな。
フラッタは俺に抱きしめられてベッドで寝ている状況に気付いて真っ赤な顔をして暴れまくってるけど、絶対に放してやらないぞっ。
さっき殺されかけた分、今度は俺が放してやらないっての。
「フラッタ。落ち着いて。まずは落ち着いてよ」
「こここ、この状況で落ち着いてなど無理なのじゃっ! にゃにゃにゃ、にゃにがあったのじゃあっ!」
「落ち着いて。フラッタ。落ち着いてゆっくり思い出して。何があったのか聞きたいのはこっちだよ。フラッタ。家に帰るまでのこと、覚えてる?」
絶対に逃がさないけど、手付きだけは優しく頭を撫でる。
「い、家っ!? 家に帰るまでじゃとぉっ!? 家にっ! ……家に? 家に、帰るまで……。帰るまで……」
フラッタの動きが止まる。少しずつ記憶を辿っているようだ。
頭を撫でながらフラッタの反応を待つと、1分も経たないうちに俺の胸に顔を埋め、背中に両腕を回して抱きついてきた。
一瞬ゾクッとしたけど、どうやら落ち着いているのか加減は出来ているようだ。
今本気でビビったぞ、フラッタめぇっ!
「思い出した。思い出したのじゃ……。済まぬ、本当に済まなかった。ダンよ。済まなかったのじゃ……」
「どうやら落ち着いてるみたいだね」
内心のビビリをひた隠しにして、優しくフラッタを撫で、優しくフラッタに問いかける。
でも俺に抱き付いているフラッタには、ビビってバクバクいってる俺の鼓動は伝わっているかもしれない? 伝わっててもすっとぼけよう。
「それじゃ話してくれるかな? 俺にはどうしてフラッタが謝ってるのか分からないんだ。俺、別にフラッタに何もされてないよね?」
ベッドの中で抱き合っているというシチュエーションだけど、間違いが起きる心配はない。だってニーナも同席してるんだもん。
それでなくたって、この状況で手を出す気はないけどね? ……ないよな?
「だってダン、凄く怒ってたのじゃ……。今まで見た事もないくらい怒ってて……」
まるで俺から隠れるように俺の胸に顔を埋めながら、ぽつりぽつりと語りだすフラッタ。
「突然パーティが解散してびっくりして、何事かと思ったらダンが決闘してて。終わったと思ったらダンがもっと怒ってたのじゃ……。あんなに怒ってるダン、見たことなくて……」
う~ん、確かに機嫌が悪かったのは認めるけど……。
それをフラッタにぶつけたつもりはなかったんだけどなぁ。
「だからダンの言う通りに動いたけど、ダンはどんどん機嫌が悪くなって……。もう、どうしたらいいのか分からなくなって……。そしたらダン、妾にもイラついてるように見えて……。怖くて、本当に怖くて……、本当に怖かったのじゃ……」
俺にしがみ付いている両手に、ぎゅっと力が込められたのが分かった。
フラッタの言い分に思い当る部分がある。俺の言葉には一切反応せず、フラッタに指示を出されるとすぐに動き出すヴァルハールの連中に腹が立った。
そう。フラッタが指示を出すと、その度に俺の機嫌が悪く……。
「妾はあの時、ダンに嫌われたのかと思って、怖くて怖くて仕方なかったのじゃ……。妾が動く度に機嫌が悪くなるダンを見て、震えが止まらなかったのじゃ……」
あの時の状況を客観的に思い返すと、確かにフラッタが動く毎に俺の機嫌が損なわれているように見えてもおかしくない。
実際は頑張っているフラッタの言うことを聞かないクソ無能どもに腹を立てていたわけだけど、フラッタにそんなことが分かるはずはない。
だってフラッタ、まだ13歳の小さな女の子なんだから……。
「……ダンよ。妾が何か気に障る事をしてしまったのなら謝るのじゃ。謝るから、妾を嫌いにならないでぇ……」
俺の背に回したフラッタの手から震えが伝わる。
……何やってんだよ俺。やっぱり俺がフラッタを泣かせたんじゃないか……。
殺してやりたいほど腹が立つけど、その感情を悟られるわけにはいかない。まずはフラッタを安心させてやらないと。
俺のことなんか、今はどうでもいい。
「おいおいフラッタ。俺がフラッタを嫌いになる訳ないだろ?」
俺もフラッタを抱きしめる腕に力を込めて、だけど声は優しくフラッタに語り掛ける。
俺の言葉に恐る恐る顔を上げ、大粒の涙を溜めた真っ赤な瞳で不安そうに俺を見てくるフラッタ。
「安心して。俺はフラッタのこと大好きだからさ。謝るのはこっちだよ。フラッタが動いてくれてるのにイライラしちゃって本当にごめん」
勘違いさせてごめんね? 誰も動かない中で1人頑張ってくれたフラッタを嫌いになんてなれるはずがないよ。
ありがとうフラッタ。俺なんかのために頑張ってくれて本当にありがとう。
「動いてくれてありがとう。フラッタには感謝してる。可愛くて頑張り屋さんのフラッタを嫌いになんてなるわけないよ。大好きだよフラッタ。だから安心して」
……俺が嫌いなのは、お前を泣かせたクソ野郎だけだ。
「ほんとぉ? 本当にダン、妾のこと、嫌いにならない……?」
「なる訳ないでしょ。大好きだ。大好きだよフラッタ。俺もニーナも、フラッタのこと、大好きだからね」
ごめん。ごめんねフラッタ。
何も悪くないフラッタを泣かせてしまって、本当にごめん。
「フラッタ、俺の女になれって、俺のお嫁さんになれって言ったの忘れたの? 俺はフラッタのことが大好きだから、大好きなフラッタをお嫁さんにしたいって思ったんだよ?」
「だって、だって妾は、まだお嫁さんになるって言ってないのじゃ……。だからダンに愛想尽かされたと思ったのじゃ……」
あ~そうかぁ……。そっちに取っちゃったのかぁ……。
俺の女にならないなら、もう知ったこっちゃねぇんだよ的な?
そのダンって奴、クズ過ぎませんかねぇ?
「俺のお嫁さんじゃなくたってフラッタのこと嫌いになる訳ないだろ? お嫁さんだからフラッタを好きなんじゃないんだ。フラッタが大好きだからお嫁さんに出来たらいいなって思ってるんだよ?」
そんなに大好きな相手を何で泣かせてるんだよ。
今フラッタを泣かせているのは間違いなく俺じゃないか……。
「フラッタがたとえ俺以外の誰かを選んだって、それでフラッタを嫌いになったりしないよ。大好きだよフラッタ。大好きだ」
自分で言ってて吐きそうなほどのストレスを感じる。
フラッタが俺以外の男とかぁ。マジでキツいな。冗談じゃなく立ち直れる自信がない。
……最低過ぎるだろ。ニーナもティムルもいるってのにさぁ。
「……嫌なのじゃあ。他の誰かなんて嫌じゃぁ。ダンがいい。妾もダンがいいのじゃぁ」
瞳に溜まっていた涙を零しながら、縋るように俺を選んでくれるフラッタ。
「妾も大好きなのじゃ。もうどうしようもないくらいにダンが好きじゃ。嫌われたら生きていけないのじゃぁ……!」
こんなに可愛いフラッタの相手が、最低な俺でいいのかよ。
こんなに好きだと言ってくれる相手を泣かせるような奴が、フラッタを受け入れて本当にいいのか……?
「俺の女になれって言われて、お嫁さんにしてくれるって言われて、本当に嬉しかったのじゃ。でもびっくりして恥ずかしくて、素直になれなくてごめんなさいなのじゃ」
謝らないで。頼むから謝らないでよフラッタ。今日のことも今までのことも、お前はいつだってなに1つ悪い事をしてないじゃないか。
なんで俺は何にも悪くないフラッタをこんなに泣かせて、謝らせているんだよ……!?
「大好き。大好き大好き大好き。妾はダンが大好きなのじゃ……。妾は大好きなダンのお嫁さんになりたいのじゃ……」
思わず歯軋りしかけた自分に気付いて、それをフラッタに気取らせるわけにはいかないと必死に堪えた。
フラッタが好きって言ってくれたのに。フラッタが俺を受け入れてくれたっていうのに。
俺の気分は最悪で、吐き気や眩暈までしてくるほどに、最早殺意と言ってもいいほどの怒りを覚える。
これじゃあまるで、言わせてるみたいじゃないか……。
フラッタを追い詰めて、誘導して、他の選択肢を失くして。俺の女になるしか道は無いと、フラッタの可能性を摘み取り無理矢理手中に収めたみたいじゃないか……!
俺こそがフラッタを1番苦しめているんじゃないのかっ……!!
「……ありがとうフラッタ。俺もフラッタのことが大好きだよ。フラッタが俺のお嫁さんになりたいって言ってくれて、本当に嬉しい。夢のような気分だよ」
どんなに俺がクソ野郎でも、今それはフラッタに関係ない。
今はただフラッタの大好きな俺でいることが、フラッタの慰めになるはずだ。
燃え滾る怒りと殺意に蓋をして、フラッタが望む答え……、俺が狭めてしまった彼女の希望の言葉を返す。
「大好きだよフラッタ。だから安心して。俺がフラッタを嫌いになることなんて絶対に無いから。大好きだよ、フラッタ……」
「うん。妾も、妾も好きぃ。大好き。ダンが大好きなのじゃ。これからは妾のおっぱいを好きにしてもいいから、お嫁さんにして欲しいのじゃ……」
フラッタの口から出た言葉を聞いて、今にも噴火しそうだった感情が急速に凪いでいく。
お、お前なぁ……。この状況でおっぱいの話を出すのかよぉ。
……ありがとうフラッタ。お前のおかげで少し落ち着いたよ。やっぱり俺、お前のことが大好きだわ。
「ヴァルハールでもフラッタに怒ってたわけじゃないんだ。勘違いさせてごめんね」
フラッタのおかげで少し落ち着きを取り戻せたので、フラッタが気にしているであろうヴァルハールでの言動について弁明しておく。
「フラッタがあんなに頑張ってくれてたのに、全然自分から動こうとしない他の人たちにイラついちゃってさ。フラッタが頑張ってるのに、なんでお前たちは動かないんだー、ってさ」
好きとか嫌いにならないとか、耳障りの良い言葉で誤魔化すな。
ちゃんと説明して謝罪しなきゃ、正面からぶつかってきてくれたフラッタと向き合う資格は無い。
「フラッタは動いてくれて偉いよ。本当に偉い。感謝してる。フラッタがいなかったら6人の治療も遅れて、助かる奴も助けられなかったかもしれない。あの6人を殺さずに済んだのはフラッタのおかげだよ」
……あの6人の安否なんて知ったことじゃないけど。
フラッタが1人であんなに頑張ってくれていたんだ。もし死んでたら殺してやる。
「ありがとう。感謝してる。大好きだよフラッタ」
さっきフラッタが俺にしてくれたように、フラッタを抱きしめて感謝と好意を改めて伝えた。
フラッタに怒ってたわけじゃないんだよ。本当にフラッタには感謝しかしてないんだ。
「偉い? 妾、頑張ってた? ダン、妾のこと、怒ってないのじゃ?」
「怒ってない怒ってない。感謝しかしてないし、あの時も今も、ずーっとフラッタのことは偉いとも思ってるし、頑張ってたと思ってるし、大好きだとしか思ってないよ。大好きだからこうやって抱きしめてるんだよ」
自分の言葉に虫酸が走る。真剣なフラッタの想いに対して、どこまでも軽薄な自分の言葉。
大切な相手を泣かせ、縛り、だけど口では耳障りの良いことだけを騙る俺はまるでペテン師のようだ。
「フラッタがお嫁さんになりたいって言ってくれて嬉しい。凄く嬉しいよ。でも婚姻はニーナの呪いが解けるまで待ってくれるかな? 俺の方からプロポーズしておいて、こんなこと言うのもなんだけどさ」
抱きつくフラッタの力が強くなる。
ようやく見せてくれた太陽のような笑顔に、俺の心が灼かれていく。
「もちろんっ、もちろん構わないのじゃっ! というか妾もみんなと一緒がいいのじゃっ! みんなと一緒に、ダンのお嫁さんになりたいのじゃっ!」
あまりにも俺だけに都合のいい流れ。
俺に都合の良すぎるフラッタの想い。
フラッタが俺に向けてくれた満面の笑みが、お前はこれで満足なのか、そう語りかけてくるように思える。
そんなはずはない。フラッタはそんなことは言わない。これは全部俺の妄想だ。分かってる。分かってるんだよ。
分かってるから、今はお前なんかに構ってられないんだ。
今はフラッタのことだけを考えろ。クソ野郎の俺のことなんか後回しだ。
くっそ……。今俺、ちゃんと笑顔、返せてるのか……?
「うん。嬉しいよ。フラッタもみんなと一緒だ。俺の女、俺の家族だ。今日から改めて宜しくね、フラッタ」
「うん。妾も嬉しい。大好きなダンのお嫁さんに、大好きなニーナと、大好きなティムルと一緒にダンのお嫁さんになれるのが嬉しくて堪らないのじゃ」
そこまで言ったフラッタは、恥ずかしそうに再び俺の胸に顔を埋めた。
「え、えへへ……。な、なんだか照れるのぅ。大好きなのじゃぁ。ダンっ」
フラッタが好きだと言ってくれる度に、心が軋む音がする。
フザケんじゃねぇぞテメェ……。
フラッタの好意を、フラッタが好きだと言ってくれる事を、負担になんて、重いなんて、辛いなんて……! 絶対に感じるんじゃねぇぇっ!!
「それじゃフラッタ。そろそろ起きよう? 夕飯の支度もあるし、リーチェだって帰ってくるよ。それともフラッタは、リーチェが帰ってくるまでこのままでいたいかな?」
「このままでいたいのじゃっ。このままでいたいけど、起きるのじゃ。安心したらなんだかお腹も減ってきたのじゃ。ダンの夕食が食べたいのじゃっ」
フラッタがようやくいつもの雰囲気に戻ってくれた。
そのことに安心するほど、自分自身への怒りと殺意が噴き出してきて抑えきれない。
だけど今は引っ込んでろ!! フラッタにこんなもの、欠片だって触れさせるわけにはいかねぇんだよっ!!
「それじゃフラッタはこの部屋で待っててよ。フラッタは荷物の整理だってしなきゃいけないだろ? その間に夕食の準備をしてくるよ。それに俺もフラッタも1回着替えないといけないからね」
「あ、あああ、は、恥ずかしいのじゃあ……。済まぬダン。おぬしの服もぐちょぐちょにしてしまったのじゃぁ……」
「大丈夫、謝らなくて良いよ。じゃあ夕食まで一旦お別れだ。寂しくなったら食堂においで。服を着替えて、荷物の整理が終わったら、だけどね?」
自分が何を喋ってるのか意識出来ない。
自分の声が耳に届く度に反吐が出そうなほど不快になる。
だけど絶対にそんなクソみたいな感情よりも、フラッタを大切に想う気持ちの方が強いはずだ! フラッタを想う強い気持ちで、煮え滾るようなどす黒い感情を無理矢理押し留める。
俺の言葉に笑顔を見せてくれるフラッタ。俺のことなんかより、フラッタの方がずっとずっと大切に決まってる!
「うんっ。寂しいからすぐに終わらせるのじゃっ!」
「……俺が部屋を出るまで服を脱ぐのはやめてよね? いくらお嫁さんになったからってさ」
「しししし、しないのじゃっ! ほらダン、早く出て行くのじゃっ! 着替えできないではないかっ!」
慌てて俺から身を離し、弾けるようにベッドから脱出するフラッタ。
ようやくフラッタから解放された。なんとかフラッタの前で無様を晒さずには済んだようだ。
真っ赤な顔をしたフラッタを最後にもう1度撫でてから、ニーナと共に客室を出た。
「……ご主人様。あまりご無理はしないでください」
苦しげなニーナの言葉に振り返る。ニーナは悲痛な顔で俺を見ていた。
「……ん。ごめん。ニーナにはいっつも心配ばかりかけて、ほんとごめんね……」
謝罪と共に床に座り込んでしまう。
立ってられない。もう……、限界だった。
「ご主人様は考えすぎですよ。優しすぎます……。フラッタはちゃんと自分の意志でご主人様を好きになったんです」
……本当にそうか?
俺はフラッタを誰にも渡したくないから彼女を誘導し、追い詰めて、そして絡め取ったんじゃないのか?
「ご主人様。貴方は心が綺麗過ぎます。綺麗過ぎて、いつか壊れてしまうんじゃないかって心配になりますよ……。どうして貴方だけは、どんな些細な事でも自分を許してあげられないんでしょう……」
へたり込んだ俺をニーナが優しく抱きしめてくれる。
クソ野郎の俺は、ただ黙ってニーナの温もりに縋る事しか出来なかった。
素っ頓狂な奇声を発しながらフラッタが目を覚ました。俺の腕の中でなっ! ここ重要。
つうか猫かよフラッタ? お前竜だろ。なんでにゃーにゃー言ってんだ。
それにしても30分くらいで起きてくれて助かったよ。俺も意識を失わずに済んで、結果的に両手を切り落とさずに済んだからな。
フラッタは俺に抱きしめられてベッドで寝ている状況に気付いて真っ赤な顔をして暴れまくってるけど、絶対に放してやらないぞっ。
さっき殺されかけた分、今度は俺が放してやらないっての。
「フラッタ。落ち着いて。まずは落ち着いてよ」
「こここ、この状況で落ち着いてなど無理なのじゃっ! にゃにゃにゃ、にゃにがあったのじゃあっ!」
「落ち着いて。フラッタ。落ち着いてゆっくり思い出して。何があったのか聞きたいのはこっちだよ。フラッタ。家に帰るまでのこと、覚えてる?」
絶対に逃がさないけど、手付きだけは優しく頭を撫でる。
「い、家っ!? 家に帰るまでじゃとぉっ!? 家にっ! ……家に? 家に、帰るまで……。帰るまで……」
フラッタの動きが止まる。少しずつ記憶を辿っているようだ。
頭を撫でながらフラッタの反応を待つと、1分も経たないうちに俺の胸に顔を埋め、背中に両腕を回して抱きついてきた。
一瞬ゾクッとしたけど、どうやら落ち着いているのか加減は出来ているようだ。
今本気でビビったぞ、フラッタめぇっ!
「思い出した。思い出したのじゃ……。済まぬ、本当に済まなかった。ダンよ。済まなかったのじゃ……」
「どうやら落ち着いてるみたいだね」
内心のビビリをひた隠しにして、優しくフラッタを撫で、優しくフラッタに問いかける。
でも俺に抱き付いているフラッタには、ビビってバクバクいってる俺の鼓動は伝わっているかもしれない? 伝わっててもすっとぼけよう。
「それじゃ話してくれるかな? 俺にはどうしてフラッタが謝ってるのか分からないんだ。俺、別にフラッタに何もされてないよね?」
ベッドの中で抱き合っているというシチュエーションだけど、間違いが起きる心配はない。だってニーナも同席してるんだもん。
それでなくたって、この状況で手を出す気はないけどね? ……ないよな?
「だってダン、凄く怒ってたのじゃ……。今まで見た事もないくらい怒ってて……」
まるで俺から隠れるように俺の胸に顔を埋めながら、ぽつりぽつりと語りだすフラッタ。
「突然パーティが解散してびっくりして、何事かと思ったらダンが決闘してて。終わったと思ったらダンがもっと怒ってたのじゃ……。あんなに怒ってるダン、見たことなくて……」
う~ん、確かに機嫌が悪かったのは認めるけど……。
それをフラッタにぶつけたつもりはなかったんだけどなぁ。
「だからダンの言う通りに動いたけど、ダンはどんどん機嫌が悪くなって……。もう、どうしたらいいのか分からなくなって……。そしたらダン、妾にもイラついてるように見えて……。怖くて、本当に怖くて……、本当に怖かったのじゃ……」
俺にしがみ付いている両手に、ぎゅっと力が込められたのが分かった。
フラッタの言い分に思い当る部分がある。俺の言葉には一切反応せず、フラッタに指示を出されるとすぐに動き出すヴァルハールの連中に腹が立った。
そう。フラッタが指示を出すと、その度に俺の機嫌が悪く……。
「妾はあの時、ダンに嫌われたのかと思って、怖くて怖くて仕方なかったのじゃ……。妾が動く度に機嫌が悪くなるダンを見て、震えが止まらなかったのじゃ……」
あの時の状況を客観的に思い返すと、確かにフラッタが動く毎に俺の機嫌が損なわれているように見えてもおかしくない。
実際は頑張っているフラッタの言うことを聞かないクソ無能どもに腹を立てていたわけだけど、フラッタにそんなことが分かるはずはない。
だってフラッタ、まだ13歳の小さな女の子なんだから……。
「……ダンよ。妾が何か気に障る事をしてしまったのなら謝るのじゃ。謝るから、妾を嫌いにならないでぇ……」
俺の背に回したフラッタの手から震えが伝わる。
……何やってんだよ俺。やっぱり俺がフラッタを泣かせたんじゃないか……。
殺してやりたいほど腹が立つけど、その感情を悟られるわけにはいかない。まずはフラッタを安心させてやらないと。
俺のことなんか、今はどうでもいい。
「おいおいフラッタ。俺がフラッタを嫌いになる訳ないだろ?」
俺もフラッタを抱きしめる腕に力を込めて、だけど声は優しくフラッタに語り掛ける。
俺の言葉に恐る恐る顔を上げ、大粒の涙を溜めた真っ赤な瞳で不安そうに俺を見てくるフラッタ。
「安心して。俺はフラッタのこと大好きだからさ。謝るのはこっちだよ。フラッタが動いてくれてるのにイライラしちゃって本当にごめん」
勘違いさせてごめんね? 誰も動かない中で1人頑張ってくれたフラッタを嫌いになんてなれるはずがないよ。
ありがとうフラッタ。俺なんかのために頑張ってくれて本当にありがとう。
「動いてくれてありがとう。フラッタには感謝してる。可愛くて頑張り屋さんのフラッタを嫌いになんてなるわけないよ。大好きだよフラッタ。だから安心して」
……俺が嫌いなのは、お前を泣かせたクソ野郎だけだ。
「ほんとぉ? 本当にダン、妾のこと、嫌いにならない……?」
「なる訳ないでしょ。大好きだ。大好きだよフラッタ。俺もニーナも、フラッタのこと、大好きだからね」
ごめん。ごめんねフラッタ。
何も悪くないフラッタを泣かせてしまって、本当にごめん。
「フラッタ、俺の女になれって、俺のお嫁さんになれって言ったの忘れたの? 俺はフラッタのことが大好きだから、大好きなフラッタをお嫁さんにしたいって思ったんだよ?」
「だって、だって妾は、まだお嫁さんになるって言ってないのじゃ……。だからダンに愛想尽かされたと思ったのじゃ……」
あ~そうかぁ……。そっちに取っちゃったのかぁ……。
俺の女にならないなら、もう知ったこっちゃねぇんだよ的な?
そのダンって奴、クズ過ぎませんかねぇ?
「俺のお嫁さんじゃなくたってフラッタのこと嫌いになる訳ないだろ? お嫁さんだからフラッタを好きなんじゃないんだ。フラッタが大好きだからお嫁さんに出来たらいいなって思ってるんだよ?」
そんなに大好きな相手を何で泣かせてるんだよ。
今フラッタを泣かせているのは間違いなく俺じゃないか……。
「フラッタがたとえ俺以外の誰かを選んだって、それでフラッタを嫌いになったりしないよ。大好きだよフラッタ。大好きだ」
自分で言ってて吐きそうなほどのストレスを感じる。
フラッタが俺以外の男とかぁ。マジでキツいな。冗談じゃなく立ち直れる自信がない。
……最低過ぎるだろ。ニーナもティムルもいるってのにさぁ。
「……嫌なのじゃあ。他の誰かなんて嫌じゃぁ。ダンがいい。妾もダンがいいのじゃぁ」
瞳に溜まっていた涙を零しながら、縋るように俺を選んでくれるフラッタ。
「妾も大好きなのじゃ。もうどうしようもないくらいにダンが好きじゃ。嫌われたら生きていけないのじゃぁ……!」
こんなに可愛いフラッタの相手が、最低な俺でいいのかよ。
こんなに好きだと言ってくれる相手を泣かせるような奴が、フラッタを受け入れて本当にいいのか……?
「俺の女になれって言われて、お嫁さんにしてくれるって言われて、本当に嬉しかったのじゃ。でもびっくりして恥ずかしくて、素直になれなくてごめんなさいなのじゃ」
謝らないで。頼むから謝らないでよフラッタ。今日のことも今までのことも、お前はいつだってなに1つ悪い事をしてないじゃないか。
なんで俺は何にも悪くないフラッタをこんなに泣かせて、謝らせているんだよ……!?
「大好き。大好き大好き大好き。妾はダンが大好きなのじゃ……。妾は大好きなダンのお嫁さんになりたいのじゃ……」
思わず歯軋りしかけた自分に気付いて、それをフラッタに気取らせるわけにはいかないと必死に堪えた。
フラッタが好きって言ってくれたのに。フラッタが俺を受け入れてくれたっていうのに。
俺の気分は最悪で、吐き気や眩暈までしてくるほどに、最早殺意と言ってもいいほどの怒りを覚える。
これじゃあまるで、言わせてるみたいじゃないか……。
フラッタを追い詰めて、誘導して、他の選択肢を失くして。俺の女になるしか道は無いと、フラッタの可能性を摘み取り無理矢理手中に収めたみたいじゃないか……!
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どんなに俺がクソ野郎でも、今それはフラッタに関係ない。
今はただフラッタの大好きな俺でいることが、フラッタの慰めになるはずだ。
燃え滾る怒りと殺意に蓋をして、フラッタが望む答え……、俺が狭めてしまった彼女の希望の言葉を返す。
「大好きだよフラッタ。だから安心して。俺がフラッタを嫌いになることなんて絶対に無いから。大好きだよ、フラッタ……」
「うん。妾も、妾も好きぃ。大好き。ダンが大好きなのじゃ。これからは妾のおっぱいを好きにしてもいいから、お嫁さんにして欲しいのじゃ……」
フラッタの口から出た言葉を聞いて、今にも噴火しそうだった感情が急速に凪いでいく。
お、お前なぁ……。この状況でおっぱいの話を出すのかよぉ。
……ありがとうフラッタ。お前のおかげで少し落ち着いたよ。やっぱり俺、お前のことが大好きだわ。
「ヴァルハールでもフラッタに怒ってたわけじゃないんだ。勘違いさせてごめんね」
フラッタのおかげで少し落ち着きを取り戻せたので、フラッタが気にしているであろうヴァルハールでの言動について弁明しておく。
「フラッタがあんなに頑張ってくれてたのに、全然自分から動こうとしない他の人たちにイラついちゃってさ。フラッタが頑張ってるのに、なんでお前たちは動かないんだー、ってさ」
好きとか嫌いにならないとか、耳障りの良い言葉で誤魔化すな。
ちゃんと説明して謝罪しなきゃ、正面からぶつかってきてくれたフラッタと向き合う資格は無い。
「フラッタは動いてくれて偉いよ。本当に偉い。感謝してる。フラッタがいなかったら6人の治療も遅れて、助かる奴も助けられなかったかもしれない。あの6人を殺さずに済んだのはフラッタのおかげだよ」
……あの6人の安否なんて知ったことじゃないけど。
フラッタが1人であんなに頑張ってくれていたんだ。もし死んでたら殺してやる。
「ありがとう。感謝してる。大好きだよフラッタ」
さっきフラッタが俺にしてくれたように、フラッタを抱きしめて感謝と好意を改めて伝えた。
フラッタに怒ってたわけじゃないんだよ。本当にフラッタには感謝しかしてないんだ。
「偉い? 妾、頑張ってた? ダン、妾のこと、怒ってないのじゃ?」
「怒ってない怒ってない。感謝しかしてないし、あの時も今も、ずーっとフラッタのことは偉いとも思ってるし、頑張ってたと思ってるし、大好きだとしか思ってないよ。大好きだからこうやって抱きしめてるんだよ」
自分の言葉に虫酸が走る。真剣なフラッタの想いに対して、どこまでも軽薄な自分の言葉。
大切な相手を泣かせ、縛り、だけど口では耳障りの良いことだけを騙る俺はまるでペテン師のようだ。
「フラッタがお嫁さんになりたいって言ってくれて嬉しい。凄く嬉しいよ。でも婚姻はニーナの呪いが解けるまで待ってくれるかな? 俺の方からプロポーズしておいて、こんなこと言うのもなんだけどさ」
抱きつくフラッタの力が強くなる。
ようやく見せてくれた太陽のような笑顔に、俺の心が灼かれていく。
「もちろんっ、もちろん構わないのじゃっ! というか妾もみんなと一緒がいいのじゃっ! みんなと一緒に、ダンのお嫁さんになりたいのじゃっ!」
あまりにも俺だけに都合のいい流れ。
俺に都合の良すぎるフラッタの想い。
フラッタが俺に向けてくれた満面の笑みが、お前はこれで満足なのか、そう語りかけてくるように思える。
そんなはずはない。フラッタはそんなことは言わない。これは全部俺の妄想だ。分かってる。分かってるんだよ。
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「え、えへへ……。な、なんだか照れるのぅ。大好きなのじゃぁ。ダンっ」
フラッタが好きだと言ってくれる度に、心が軋む音がする。
フザケんじゃねぇぞテメェ……。
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「このままでいたいのじゃっ。このままでいたいけど、起きるのじゃ。安心したらなんだかお腹も減ってきたのじゃ。ダンの夕食が食べたいのじゃっ」
フラッタがようやくいつもの雰囲気に戻ってくれた。
そのことに安心するほど、自分自身への怒りと殺意が噴き出してきて抑えきれない。
だけど今は引っ込んでろ!! フラッタにこんなもの、欠片だって触れさせるわけにはいかねぇんだよっ!!
「それじゃフラッタはこの部屋で待っててよ。フラッタは荷物の整理だってしなきゃいけないだろ? その間に夕食の準備をしてくるよ。それに俺もフラッタも1回着替えないといけないからね」
「あ、あああ、は、恥ずかしいのじゃあ……。済まぬダン。おぬしの服もぐちょぐちょにしてしまったのじゃぁ……」
「大丈夫、謝らなくて良いよ。じゃあ夕食まで一旦お別れだ。寂しくなったら食堂においで。服を着替えて、荷物の整理が終わったら、だけどね?」
自分が何を喋ってるのか意識出来ない。
自分の声が耳に届く度に反吐が出そうなほど不快になる。
だけど絶対にそんなクソみたいな感情よりも、フラッタを大切に想う気持ちの方が強いはずだ! フラッタを想う強い気持ちで、煮え滾るようなどす黒い感情を無理矢理押し留める。
俺の言葉に笑顔を見せてくれるフラッタ。俺のことなんかより、フラッタの方がずっとずっと大切に決まってる!
「うんっ。寂しいからすぐに終わらせるのじゃっ!」
「……俺が部屋を出るまで服を脱ぐのはやめてよね? いくらお嫁さんになったからってさ」
「しししし、しないのじゃっ! ほらダン、早く出て行くのじゃっ! 着替えできないではないかっ!」
慌てて俺から身を離し、弾けるようにベッドから脱出するフラッタ。
ようやくフラッタから解放された。なんとかフラッタの前で無様を晒さずには済んだようだ。
真っ赤な顔をしたフラッタを最後にもう1度撫でてから、ニーナと共に客室を出た。
「……ご主人様。あまりご無理はしないでください」
苦しげなニーナの言葉に振り返る。ニーナは悲痛な顔で俺を見ていた。
「……ん。ごめん。ニーナにはいっつも心配ばかりかけて、ほんとごめんね……」
謝罪と共に床に座り込んでしまう。
立ってられない。もう……、限界だった。
「ご主人様は考えすぎですよ。優しすぎます……。フラッタはちゃんと自分の意志でご主人様を好きになったんです」
……本当にそうか?
俺はフラッタを誰にも渡したくないから彼女を誘導し、追い詰めて、そして絡め取ったんじゃないのか?
「ご主人様。貴方は心が綺麗過ぎます。綺麗過ぎて、いつか壊れてしまうんじゃないかって心配になりますよ……。どうして貴方だけは、どんな些細な事でも自分を許してあげられないんでしょう……」
へたり込んだ俺をニーナが優しく抱きしめてくれる。
クソ野郎の俺は、ただ黙ってニーナの温もりに縋る事しか出来なかった。
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