異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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2章 強さを求めて1 3人の日々

068 推測 (改)

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 俺の発言のせいで、寝室に緊迫した空気が漂い始める。

 マルドック商会壊滅と竜人族虐殺事件。その2つの犯人はフラッタの兄である、シルヴァ・ム・ソクトルーナであることはほぼ確定的であるらしい。

 しかしそもそもの発端、マルドック商会による竜人族の飼育、違法奴隷取引の件にもシルヴァは深く関わっているんじゃないのかと、俺は予想してしまったのだ。


「どういうことなのじゃダン! 兄上が……、兄上が同胞の飼育に加担していたじゃとぉっ!?」


 堪らずといった様子で、フラッタが俺のほうに身を乗り出してくる。

 その表情には困惑、そして兄を侮辱された怒りが滲み出ている。


「だから、俺の想像であって事実だとは言ってないじゃないか。真に受けないで、こういう考え方もある、くらいに捉えてくれないかなぁ?」

「おぬしの妄言が事実でないことなど分かりきっておるのじゃ! 妾が問うておるのはおぬしがその考えに到った理由なのじゃ! 説明せいっ!」


 怒り狂うフラッタを宥めようとしたけど失敗。話の先を聞かせろと炎を思わせる赤い瞳でキッと睨みつけてくるフラッタ。


 説明、説明かぁ……。

 我ながら荒唐無稽な話だと思うんだけど、説明、出来ちゃうんだよなぁ。

 いやでも昔から、理屈と膏薬は何処にでもつく、なんて言葉もあるわけだし、俺の想像なんて結局全部俺のこじつけで、真相は全然違ってて、ご主人様ダッサ! ってなる可能性だってゼロじゃない。


「そもそもの違和感だったんだけどさ……」


 怒りに燃えるフラッタを正面から受け止める。

 こんなことを口に出してしまった以上、俺はフラッタと向き合わなければいけない。


「数十年規模に渡って竜人族を秘密裏に隔離、繁殖させて国中に売り払うなんて、1都市の領主と1商会が手を組んだくらいで続けられるとは思えないんだ。場所も情報も、そして顧客の選別も、その程度の権力者達だけで管理出来る話には思えなかった」


 なんつって、この世界の権力者の権限なんて知らないので適当なんだけどさ。

 少なくとも国家が形成されていて、組織と社会が存在しているなら、現代日本の常識からそう大きく逸脱した仕組みにはなってないんじゃないかな?


「マルドック商会の壊滅は一般にも流通している情報なのに、竜人族虐殺事件の情報が一切出回ってないのはおかしいと思ってたんだ。ティムルに会いに行ったときにネプトゥコで話を聞いて回ったけど、最近ネプトゥコの領主が変わったという話も聞かなかった」


 違法奴隷取引はかなりの重罪だと聞いている。
 直接関わっていなかったとして、それに協力していたネプトゥコの領主が御咎め無しって、流石におかしくない?

 俺の淡々とした語り口に、フラッタが少しずつ落ち着いてきているのが分かった。感情的に全否定してくれてもいいんだけどなこんな話。


「なんでこんな大事件を闇に葬り去ろうとしてるんだって、どうしても納得がいかなかったんだけどさぁ。こう考えたら納得いくんだよ」


 ちらりとリーチェの顔を見る。

 俺は知らないけれど、彼女は隠れ住んでいたニーナが知っているクラスの超一流の英雄だ。そんな彼女に依頼を出す相手、しかも非公式な案件を任せてくる相手なんてそう多くは居ないだろう。


「竜人族の闇取引に、この国も1枚噛んでいた。だからこの事件を闇に葬り去ろうとしてるんじゃないか、ってな」

「馬鹿なっ!? それはありえないっ、ありえないよダン! だって、だって僕の依頼主は……!」


 先ほどのフラッタ同様、驚いた様子で身を乗り出してくるリーチェ。

 お前なぁ。フラッタとはおっぱい事情が違うんだから、そんな乗り出してきたら押し付けられて……。


 ま、そんな気分じゃないよな、お互いに。


「お前に調査を依頼したのはこの国……、もしかしたら王族直々に依頼してきてるんだろ?」

「っ……!」


 何か言いたそうに、だけど寸でのところで言葉を飲み込むリーチェ。

 依頼人のことを明かすわけにはいかないんだろうな、非公式な依頼でもあるらしいし。


「でもさリーチェ。事件の調査を依頼することと事件に関与していることは、別に矛盾しないんだよ。どっちも普通に成立するんだ」

「それはっ……! それはそうかもしれないけど……、でも……!」


 被害者の数はわからないけど、捕まっていた竜人族を皆殺しにしたという話だし、シルヴァの凶行は相当な大事件だったのは間違いない。隠蔽するのは並大抵のことではないだろう。


 それにマルドック商会壊滅事件だって普通に大事件だ。

 こっちは一般にも出回っている情報なのだから、物好きな誰かがマルドック商会の件を調査して、竜人族違法取引にまで到達しないとも限らない。


 だから、国はちゃんと対応してますよという姿勢を示す為に第三者に調査を依頼してみせた、みたいな。


「……ねぇダン。それでどうしてネプトゥコの領主がお咎め無しになるわけ? 国の関与を隠したいなら、ネプトゥコの領主を分かりやすい生贄に仕立ててもおかしくないんじゃないの?」


 俺の上に乗っかっているティムルが真剣口調で聞いてくる。

 てかティムル、フラッタとリーチェがいる前でその口調……、って今さらだな。


「調査を依頼されているのがリーチェだけなのかは分からないけど、調査を打ち切るのには成果が必要になるだろ? つまりネプトゥコ領主はそのための分かりやすいゴールとして、逮捕させる為に泳がされてるんじゃないのかなぁと思うわけよ。言わば囮だね」


 苦労して調査した結果に分かりやすい成果が出れば、もうここで充分、これ以上は止めておこうと言われても納得しやすいでしょ。
 ここがゴールだよと言われたら、ゴールの先に意識が向く人ってそんなにいない。


 ロールプレイングゲームで、ダンジョンの突き当りの部屋に宝箱を見つけて、実は宝箱の後ろに更なる隠し部屋があったとしても、気付けるプレイヤーってのはそう多くないのだ。う、古傷がぁっ。


「それに、この事件はあくまで闇に葬りたいのが本音なんでしょ。ネプトゥコの領主をスケープゴートにした場合、領主交代、領主への懲罰を一般に隠し切ることはまず無理でしょ?」


 犯罪では無いけれど、1都市の領主が交代するなんて大事件だ。しかも理由も無く突然そんなことが行われたら、痛くもない腹を探りに来る者が現れてもおかしくない。


「だから表向きは気づいていないことにして、調査の末に領主に辿り着いたら処罰してはいおしまい、ってな感じじゃない?」

「そん、な……、いやっ! そんな馬鹿な! 待ってくれ! そんな、そんなこと、そんなことって……!」

「いやいやリーチェ、始めに真に受けるなって言ったじゃん? あくまで可能性の話だよ」


 こんなのフラッタとリーチェに話を聞いて、なんとなくふわっと抱いただけのただの感想だよ。


「えぇ……、それはちょっと無理あるんじゃ? ダンの言ってること、否定する材料が見当たらないもの」

「それはねニーナ。聞いてるみんなが俺の事を信用しすぎてるせいだと思うよ。その信頼は嬉しいんだけど、俺だって分からないことは分からないし、間違えるときは間違えるからね?」

「……ダンよ。まだ、まだ兄上の件を聞いておらぬのじゃ。おぬしはなぜ、兄上が竜人族の違法奴隷取引に関わっていると思ったのじゃ?」


 先ほどと比べてフラッタは落ち着いた様子だな。その顔に怒りは感じられない。

 今は困惑と、そして隠しきれない恐怖の表情。


「いやさぁ。竜人族を幽閉なり飼育なりする場合、竜人族にも協力者がいないと不可能だと思ったんだよね」


 マルドック商会と竜人族奴隷が虐殺された事で、ある程度詳しく調査はされてると思ったんだけど、シルヴァ以外の容疑者が浮上しないのは違和感があった。
 いくらシルヴァが相当な実力者であったとしても、1人も逃がすことなく商会の人間を皆殺しにするなんて単独犯で出来るとは思えなかったのだ。

 そしてもし別の協力者がいるのであれば、事件の調査である程度痕跡は残ってるのが普通なんじゃないかと。


 だからシルヴァの行動は感情に任せた突発的なものではなくて、ある程度の計画性を持った犯行だったのではないかと思い至ったのだ。


「シルヴァこそが竜人族奴隷事件の協力者であり、だけど内部リークから違法奴隷取引が事実であると発覚してしまったので、被害者と加害者を皆殺しにする事で事件を闇に葬り去った……、みたいな?」

「……ダン。それはちょっと変じゃない? 事件を闇に葬り去っても、自分が容疑者として疑われたら意味ないんじゃ?」


 ううんニーナ。それこそ勘違いだ。

 シルヴァはマルドック商会と竜人族を皆殺しにしたことで、自分を違法奴隷取引に関与していた容疑者から、大量殺人犯へと見方を変えさせたんだよ。

 この2つは似ているようで大きく違う。


「ニーナが言うようにシルヴァが重罪人である事は変わらないんだけど、商会と竜人族を壊滅させたことによって、シルヴァは単独で大量殺人に手を染めた犯罪者であると印象付けて、大犯罪に加担したうちの1人でしかないという印象を払拭してしまったんだよね」


 派手な事件に注意を引き付けて、本当に隠したいことから注意を逸らす。

 アレだよ。ニーナが魔物の攻撃を引き付けて、背後のティムルを守るのと同じ感じ?


「それに現在も逃走中であることから、シルヴァの後ろにはかなり大きい勢力……、個人的にはこの国そのものだと思ってるけど、まぁかなりの権力者が後ろ盾になってるんだと思う。戦闘力も高いみたいだし、今回の件の最重要人物としてシルヴァはかなり良い待遇で迎えられてそう……って、あれ?」


 気付くと周りが無反応になってしまっている。

 みんなが口を挟まないから1人でベラベラと捲し立ててしまったじゃん。恥ずかしいなぁもう。なんか言ってよね。


 持論を展開した結果、場が凍りつくなんて、1番恥ずかしい奴なんだよぉ。


「ダン、貴方って、ええ……? そ、そういえばエンダの時も、ううん、それ以前に私を陥れたネフネリにも瞬く間に辿り着いてしまったわよね……? 貴方って、本当に何者なのよ……?」


 俺の上で困惑しているティムルをぎゅーっと抱きしめる。勿論ニーナも一緒にぎゅーっとする。

 俺が何者かだって? ニーナとティムルのご主人様ですけどぉ?


「物事ってのは当事者になると視野が狭くなるものでしょ? 1歩引いて全体像を把握できないと、いつまで経っても物事の本質に辿り着けなかったりするわけじゃん? 俺は多分みんなより、その1歩引いた視点に慣れてるだけだと思うよ」


 分かりやすく言えばプレイヤー目線、読者視点と言ったところか。日本には娯楽が溢れてたからなぁ。

 『あ、この先にボス戦が待ってそう』とか『こんなフラグ立てて、このキャラもうすぐ死にそう』とか、物語の外から先の展開を予測するようになってしまいがちだ。メタ的な目線っていうか。

 そして俺がこの世界に来たのはゲームの延長だったっていう印象が強い。
 俺にとってはもうこの世界こそが現実なんだけど、この世界自体はゲーム世界のように思えてしまう。戦闘の仕様とかドロップアイテムとかね。


 シルヴァが起こしたイベントの全体像をメタ視点で追っていった結果、まぁこんな感じなのかなぁって?


「それじゃ……、それじゃ僕は、国に良い様に踊らされてただけってことなのかいっ……!? 僕はただ、利用されていただけだと……!」


 俺の話を聞いたリーチェが分かりやすく狼狽している。

 俺を微塵も疑う気の無いみんなの信頼が重いんですけどぉ?


「利用されたと決まったわけじゃないだろ。今回の事件にどこまでの人間が関わってるのか不明だし、国の運営組織も王族も一枚岩じゃないかもしれない」


 というか国なんて大きい枠組みの中の人間が一枚岩であると考える方が難しい。

 まったく事件と関与していない人がいる可能性だってあるし、事件を知っていてあえて調査を依頼したなんてケースも考えられる。


「本当に事件の解決を願っている人がリーチェを頼ったのかもしれないし、俺の話が間違ってない証拠も無いよ?」


 創作物の知識で申し訳ないけど、貴族ってのはどこまでもえげつないイメージが強いからなぁ。
 最悪、竜人族の件の首謀者でありながらリーチェに依頼を振っておき、何食わぬ顔で誰かに責任を擦り付ける、なんて奴がいてもおかしくない。

 ……と考えてしまうのは、やっぱり漫画の読みすぎなのかもしれないなぁ。


 会話も途切れたしみんなもこれ以上聞きたいことは無さそうだ。そろそろ切り上げるとしようかこんな話。


「リーチェとフラッタが話せっていうから話したけどさ。何度も言うけど、この話が事実かどうかは俺には分からないんだよね」


 こんなのただの妄想だと思うけどねぇ。

 何の根拠も証拠もない。事実でも真実でもあるわけがないさ。


「でも仮に俺の話が全て事実だった場合。フラッタの追っている兄の姿も、リーチェが依頼された事件の真相も、全く違ったものになってしまう。だからもし2人の手に余るって感じた時には、絶対に先走らないで誰かに助けを求めるのを忘れないで欲しい。俺たちが思っている以上に、この事件の闇は深そうだからね」


 俺のまとめに、誰かがゴクリと唾を飲み込む音がした。

 まったく……、誰も否定してくれなくて嫌になっちゃうねぇ。これじゃまるで、俺の妄想が事実であるみたいじゃないかぁ。


 陰鬱な雰囲気の漂う真っ暗な寝室に、ただ沈黙だけが広がっていた。
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