異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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1章 巡り会い2 囚われの行商人

052 ※閑話 始めは好奇心 (改)

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「これでティムルはお客様のものです。本日はお買い上げありがとうございました」


 自分の目の前で、知らない誰かに私の所有権が売り渡される。相手の男は人間族で、商売人として名を馳せている男なのだと説明された。

 奴隷契約の際に見えたステータスプレートでは、父よりひと回り年上の男みたい。これからどんな扱いをされるのかは想像もしたくなかった。


 私の故郷は腕の良い装備職人が多くて、それなりに人で賑っていた。後に知ったことだけど、ドワーフの職人は他の種族の職人よりも装備品作りが得意なんだとか。

 だけど街の周囲は不毛の大地。動植物はおろか、魔物すら殆ど発生しない死んだ大地。

 だから食料品を含む生活必需品の殆どを、他の街からの仕入れに頼らざるを得ない場所だった。


「どうしてこんな場所で生活してるの? もっと暮らしやすい場所に引っ越せばいいじゃない」


 幼い頃に何気なく言ったひと言。だけどこれはこの街では言ってはいけない言葉だった。


 ティムルはドワーフの落ち零れだ。面汚しだ。

 先祖代々受け継いできたこの地を捨てて他の場所に移り住むなど、ドワーフという種族が積み上げてきた歴史そのものを否定する行為だと、私は非難されるようになった。


 私が15を迎えた年、街に来た商人に私は売却されてしまった。

 奴隷になんかなりたくなくて、馬車の中から必死に手を伸ばしたけれど、街のみんなは私を売って手に入れたお金を分けるのに夢中で、私の方を見ている人は居なかった。

 そして奴隷商館について間もなく、そこで待っていた人間族の商人に買われてしまったのだ。


 年が明けると納税できずに借金奴隷になる者、15歳になり奴隷として新たに出品される者など、掘り出し物を求めて奴隷商館に足を運ぶ富豪というのは少なくないのだそうだ。

 他の奴隷からそんな話を聞いた私は、この世界はなんて腐っているんだろうと思うしかなかった。



 決して望んで奴隷になったわけじゃないけれど、それでも私は比較的幸運な奴隷だったと思う。

 旦那様の気が向いた時に、好き勝手に扱われるだけの存在。旦那様の玩具でしかない私。

 だけど奴隷の私を商人に転職させてくれたし、傍を離れることこそ許されなかったけれど、伽の時間以外はそれなりに自由を許された。

 旦那様と肌を重ねるのだけは、何年経とうと慣れる事はなかった。いつも嫌悪感と拒絶感でいっぱいで、それでも捨てられたら生きていく場所もないと、心に蓋をして笑顔を作った。


 私が20を迎えた年、旦那様は毎年恒例の年明け奴隷購入の場に私を伴い、私の奴隷解放を行った後、私と婚姻契約を結んだ。
 旦那様と婚姻契約なんて結びたくもなかったけれど、これまで過ごした日々のおかげかステータスプレートに拒絶されることは無かった。

 婚姻を受け入れてしまった自分のステータスプレートに、少し失望した。


 しかし私の失望とは裏腹に、この日を境に旦那様が私に触れてくることは無くなった。新しく購入した若い奴隷達と過ごすようになり、私は自由に行動することを許された。

 旦那様の商会、シュパイン商会で商売人として働いても良し、他の男性に抱かれることすら許可される始末。

 それならどうして、婚姻契約なんて結ぶ必要があったの? これじゃあ捨てられるのと変わらないじゃない。


「あの男にとっての婚姻契約はね、コレクションのつもりなのよ」


 戸惑う私に、旦那様の始めの奥様であるキャリア様が答えをくれた。


「この先私達がどんな男に抱かれたとしても、ステータスプレートにははっきりとあの男との繋がりが残されている。お前が抱いている女は、お前が愛した女は自分の物なんだぞって優越感に浸りたいだけなのよ。本当にくだらない男に成り下がったものよね」


 キャリア様が吐き捨てるように旦那様を罵倒する。

 キャリア様はまだ一介の商人でしかなかった旦那様と共に、1からシュパイン商会を立ち上げた人だと聞いている。

 そんなキャリア様が旦那様と一緒にいるところを、私は見た事が無かった。


「あの男はね、若い娘にしか欲情しない男なの。ティムルはむしろ長く使ってもらえた方ね」


 ……そんなこと言われてどうしろと? 光栄ですと喜べばいいの? 冗談じゃないわ。


「奴隷解放し働き口を世話してやるのは、あの男なりの貴女への報酬のつもりなんでしょうね。働かずにあの男のお金で好き勝手に暮らしても、誰も咎めないわ」


 働かずにあの男のお金で暮らす。これ以上あの男に依存して生きていく。

 そんなの、絶対に嫌。


「ティムル。貴女はどうやらあの男に依存して生きていく道を選びたくないみたいね?」


 そんな想いを抱いた私に、キャリア様は面白そうに笑ってみせた。


「貴女が望むなら、私が貴女を商人として使ってあげるわ。特別扱いも優遇も無く、1から鍛えてあげる」


 特別扱いも優遇も要らない。

 私が欲しいのは、誰にも頼らず1人でも生きていける強さだ。


「……私も貴女も、生涯あの男の物として過ごさなければならないかもしれないけれど。あの男の力に頼らず、自分の力で生きていくことは出来るわ」


 憐憫の篭った目で遠くを見詰めるキャリア様。


 もう私は一生旦那様の所有物でしかないかもしれないけれど。

 それでもあんな男に依存して生きたくはない。


「ふん。あの男が腑抜けに成り下がったせいで、この商会には1人でも多くの商人が必要なのよねぇ。まったく、我ながら男を見る目が無かったわ」


 旦那様を心底毛嫌いするキャリア様を見て、私はキャリア様の元で働く事を決めた。


 商売人として働き始めて、辛い事も多かった。それでも旦那様の玩具でいた日々よりも、ずっと充実した毎日を過ごすことが出来た気がする。


 商売で重要なのは実利を求めること。そこに余計な要素は一切必要ない。

 ドワーフ失格だとか、先祖代々の土地だとか、くだらない理由で実利を無視する必要はなくて、なんだか私は商売人に向いているような気がした。


 だけど商売人としてある程度経験を積んでくると、今度はそのくだらない理由こそが人を縛り、動かす要因であることも多くなってきた。

 どんなに理不尽で非効率なことになったとしても、人には譲れない物がある事を知った。


 商売も人間も本当に複雑で……、だからこそ楽しかった。



 商売の難しさと人間の複雑さに翻弄される日々の中、人の悪意だけが私にとって確かなものだった。

 故郷で蔑まれ、奴隷になって物として扱われ、商人となってからは私を出し抜こうとする悪意に晒され続ける日々。
 人間の悪意こそが、私の人生のそのもののような気さえしていた。


 次第に人の悪意とは、お金という形でこの世界に具現化しているのだと感じるようになる。

 街中で分配したらいくらにもならないような金額のために、奴隷商人に私を売り払った故郷の人たち。
 私を玩具にして、更には一生を縛り付ける気でおきながら、お金さえ払えば最低限の義理を果たしていると信じる旦那様。
 己の利益のために、私の隙を探し弱みを握り、私を出し抜こうとする商人たち。

 人は悪意の塊で、人生っていうのは人の悪意をどうやって上手にあしらえるかが肝心なのだと、そんな風に思ってた。


 …………あの日、あの2人を見るまでは。



 ある日、旦那様の奥様の1人が怒らせた客の尻拭いを回してきた。面倒だけどもう慣れちゃったわ。

 それに私はマグエルがあまり好きじゃない。だから他の街に派遣されるのは嬉しいのよね。街ごとの相場の違いを確認できるし。


 アッチンに到着。お客様に挨拶しに行くも、怒ったお客様に門前払いを受けてしまう。これは長丁場になりそうねぇ。

 でも別に私が怒らせたわけでもないのに、私に八つ当たりするのはやめて欲しいわ、まったく。


 アッチンでの滞在が長引きそうなので、少しお小遣いでも稼ぎましょうか。

 今回は護衛も無く、最低限の路銀しか持たない私に出来る儲け話はあまり多くないけれど、行商人の能力を活かして近場の野営地でドロップアイテムの買取を行うことにする。

 野営地でのドロップアイテム買取は、多少の元手が必要なだけで、安全かつ確実に稼げる取引なのよね。

 その分儲けが少ないのは仕方ない。安全に確実に稼げるというのは、何にも変えがたいことなんだから。


 その野営地に、不思議な2人がやってきた。

 ボロボロに疲れきった様子の、装備もまだあまり整っていない、恐らくまだ駆け出しの男。そしてその男の奴隷らしい戦えない少女。


 奴隷の少女を所有者の男がボロボロになって守っていた。

 それだけのことが私には信じられなくて、ついつい2人を目で追った。


 奴隷の少女は消耗しきった主人のために、本当に甲斐甲斐しく動き回っていた。

 少女が主人の男を心から敬愛しているのは誰の目にも明らかで、守られるだけの自分の不甲斐なさに憤慨している事すらも感じ取れるようだった。

 旦那様とまだ触れ合っていたころの私とは、あまりにもかけ離れた奴隷の姿。


 主人の男もまた、立って歩くことすら辛そうなほどに消耗しきっているのに、奴隷の少女が自分の傍を離れる度に、歯を食い縛って体を起こし少女の姿を見守っていた。

 少女が傍に寄り添うと安心したように眠り、少女がどれ程静かにその場を離れようとしても、その度に目を覚まして少女を見ていた。


 男が少女に伸ばす手は、まるで触れたら壊れてしまうことを恐れているかのように、優しくて慎重な手付きだった。
 夜になるとボロボロの体に鞭打って夜警に参加し、心配する少女にただ笑顔を返す男。


 あれが奴隷? あれが……、主従関係?


 商売をしてきて沢山の人を見る機会があった。その中には確かに奴隷に優しく接する所有者も、主人を本気で思う奴隷も見た事はある。

 でも……、あの2人はその誰とも違う気がした。


 ボロボロに傷つき奴隷を守り、でも自分の体より、そんな自分を見て苦悩する奴隷を心配する主人。

 傷つく主人の力になる事も出来ず、悔しさに身を震わせる奴隷。


 あの2人を見て奴隷とその主人だと思う人なんていないでしょ。

 自分のことなんてどうでもいい。ただ目の前の相手の力になりたい。

 ……そんな奴隷契約、聞いたことないわ。


 彼らは2人だけで完結していた。互いを心配し、外から近付くものを警戒し、ただ寄り添って過ごしていた。


 常に自分ではない他の誰かに翻弄され、ただ奪われ、ただ与えられ、用意された道を歩いてきた私。

 自分の物なんて何1つない。そんな空っぽの私に、傷つきながらもお互いを守りあう2人の姿は、到底理解の及ぶものじゃなかった。


 野営地を後にした後も、2人の事が頭から離れなかった。

 アッチンに戻った後、なんとなく何事もする気になれずに宿で過ごしていると、宿の食堂で2人の姿を見つけてしまった。

 商人の能力で2人を見ても、2人の間に悪意など欠片もない。野営地で見た時とは違う、ただ楽しげに笑い会う2人の姿から目を離せなくなった。

 ……私と同じ奴隷の立場で、彼女と私はどうしてこうも違うの?


 私もそっちが良かった。

 私もそっちに行きたい。


 気付いた時には席を立っていた。

 彼らとどうなりたいとか考えていたわけじゃない。ただ衝動に任せて、あの2人に近づきたかった。

 
 2人に近付いている途中、宿の従業員から野盗出没の注意喚起が通達された。

 ちょうどいい。これは良い口実になるわ。

 というかこれがなかったら、私はなんと言って彼らに声をかけるつもりだったんだか。

 
 2人はもう目の前。

 ……なんだろう、緊張するわ。

 2人は完全にお互いにしか興味がないみたいで、近付く私には全く気付いていないみたい。そんな風に誰かに夢中になれるなんて、ズルいよ2人とも。


 欲望と悪意に塗れた世界で2人だけが浮いていた。

 浮いていたからこそ、2人の世界に興味を持った。


 薄汚れたこの世界でどうやって生きてきたら、そんなに綺麗な関係が築けるの?


「ちょっとごめんなさい。間違ってたら悪いけど、貴方達ってステイーダから徒歩でこっちに向かってた子達で、間違いないかしら?」


 私にはもうこんな素敵な人生を送ることはできないかもしれないけれど。貴方達のすぐ傍で素敵な人生を眺めるくらいはしてもいいじゃない。


 声をかけたはいいけれど、なんだか感情が抑えられなくって、一方的に捲し立てちゃった気がするわ。恥ずかしくなって、明日の約束だけを言い残して席を立ってしまった。

 こんな失敗、大きな取引でだってしたことないのにぃ……。


 席を立った時に呆然とした2人の表情が思い出されて、ベッドの上で転げまわる。

 大人気ない大人気ない大人気ないっ! あれじゃあどうしてもあの2人と関係を持ちたいって、バレバレじゃないのっ!
 でもズルい! ダンとニーナちゃんばっかりズルいんだから! 私のことも仲間に入れてくれたっていいじゃないっ!

 明日の夕食の時はいつもの私。大人で経験豊富なベテラン行商人になって、2人を手玉に取ってやるんだからっ。


 2人だけで幸せに過ごすなんてズルいのよ。

 私の事も少しくらい混ぜてくれたって、いいじゃないのっ。
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