異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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序章 始まりの日々2 マグエルを目指して

032 ※閑話 ある雨の1日 (改)

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 ある日、屋敷を叩く激しい雨音で起こされる。

 マグエルに着いてから初めての雨。
 ダンと玄関に並んで家の外を見るけれど、前が見えなくらいの強い雨が降っていた。


「うわぁ……。結構降ってるね……」

「そう言えば、こっちに来てこんなに降られたのは初かな?」


 ダンはなんだか少し楽しげに、珍しいものでも見ているみたいに降りしきる雨を眺めている。


「うん、全く止む気配もないし今日はお休みにしようか」


 満足行くまで雨を眺めた後、今日はお休みにすると決めるダン。

 こんな雨じゃスポットに行くのも億劫だもんね。


 ダンと一緒に家の中に戻る。

 旅の間にこんなに強い雨に当たらなかったのは、本当に幸運だったよぅ。天候に恵まれていても、私達の旅は本当にギリギリだったから。



 明かりが無ければ何も見えない真っ暗な食堂で、ダンと向かい合って座る。家の中に居ても激しい雨音は響いてくる。

 本当に土砂降り。
 少し、怖いくらい。


「流石に今日は子供たちもティムルも来ないでしょ。ニーナの奴隷モードもお休みでいいんじゃないかな」

「モードじゃありませんっ。私はれっきとしたダンの奴隷ですー!」


 真っ暗な部屋に似つかわしくない、からかうようなダンの声。その声の明るさに少しだけ安心する。


「ダン。最近私の奴隷扱い、雑になってるよね?」


 ……最近、でもないかなぁ?


「えーそんなつもりはないんだけど……。でも元々俺はニーナを奴隷としては見てないからなぁ」


 ダンったら、その答えは反則なのっ!

 ダンに奴隷として見てないと言われて、自然と頬が緩んじゃうよぅ。
 う~、ちゃんと奴隷として振舞わなきゃダメだって、分かってるんだけどなぁ。


「今お茶を淹れるね。ちょっとだけ灯りを借りるよ」


 私の悩みを察したかのように、ランタンの灯りと一緒に離れていくダン。


 マグエルに来て、なんだか自然に笑えるようになって、ティムルに怒るようになって、段々奴隷としての振る舞いが分からなくなってきてるの……。

 ここでの生活は本当に幸せ。だからこそ私の不注意で台無しにしないように、しっかり気をつけなきゃダメなのに。


 ……なんだか良くないことばかり考えちゃうなぁ。灯りが無いと何も見えなくらいに真っ暗な部屋の雰囲気が、私の心の中まで暗くひきずっているみたい。


 ……雨の日は、嫌い。





「はいどうぞ」


 お茶の香りと、すっかり聞き慣れたダンの声。
 1人じゃ心細いけど、ダンが傍にいてくれるなら安心だよぅ。

 んもう、暗いなぁ。声だけじゃなくって、顔も見たいのにっ。


「雨の日は大変だね。ニーナの顔も良く見えないよ。正面じゃなくてそっちに座っていい?」


 まるで私の心の声が聞こえたみたいなダンの言葉。


 この人はいつもこうだ。私が迷って足を止めた時、あっさり踏み込んできて距離を失くしてしまう。

 私がびっくりしているうちに、いつも私の傍にいてくれる。


 って、なんでダンの膝の上に乗せられたの? これじゃ顔、見えないよ?


「この世界に来てからこんなにのんびりしたのって初めてかも。これじゃ家の事も出来ないし、今日はこのままのんびりと話でもしない?」


 戸惑う私なんてお構いなしに、和やかな声で語りかけてくれるダン。

 確かに私もダンも毎日の生活で精一杯で、とてものんびりしている余裕はなかったなぁ。


「んーでも私はずっと家の周りから離れられなかったから、あんまり話せることもないかも?」

「そう? ニーナとお父さんお母さんの話を聞いてみたいけど。まぁここは言い出しっぺの俺からお話しするべきかな」


 お話かぁ。確かにダンはこういうの好きそう。

 ダンはとってもおしゃべりだと思う。そして人の話も聞きたがる。
 もっと私のことを教えてと、もっと自分のことを聞いて欲しいと、暇があればお話したがる。


「今日は雨の日だし、雨の話でもしようかな。この世界に来る前の話になっちゃうんだけど、俺って雨の日が好きでさ。今も結構うきうきしてるんだ」


 ダンは少しゴキゲンみたい。でも雨の日が好きだなんて、やっぱりダンって変わってるの。


「ニーナは雨の日って好き? 嫌い?」

「え~、私は嫌いだよー。今だってなんにも見えないし、何にも出来ないんだもん。ダンが寝室に直行しないのが不思議なくらいなの」


 真っ暗でなにも出来ないんだから、すぐに寝室に連れて行かれるって思ったのに。


「あはは。ニーナと愛を確かめるのも悪くないんだけど、今日はもうちょっとお話しよう?」


 私から寝室に行く話をしたのに、笑ってそれを受け流すダン。

 ダンはとってもえっちなのに、私がそういう気分になる時ほど身を引いてくるの。


「この世界では雨の日は真っ暗で何も出来ないけど、俺の居た世界では雨の日でも普通に生活できるくらいに明るくてさ。雨が降っても生活はあまり変わらなかったんだ」


 ダンのいた世界には魔法なんて無かったのに、雨の日も夜の暗闇も関係なく過ごすことが出来ていたんだって。何度聞いても信じられないの。


「だからなのかもしれないけど、雨の音を聞きながら家の中で過ごすのが好きだったんだ」

「普通に生活できるのに、今こうしてるみたいに過ごすのが好きだったの?」


 私の問いに応える代わりに、ダンが頭を撫でてくる。

 ダンに頭を撫でられるのは好き。
 父さんにはあまり撫でてもらえなかったなぁ。


「俺の居た世界は色んな音に溢れていてね。そんな世界も好きだったんだけど、少し息苦しく思う時もあったんだと思う」


 たまに懐かしそうに話してくれる、ダンが暮らしていた世界の話。

 だけどあまりにも色々な事が違いすぎて、私には想像も出来ない世界なの。


「雨の日は世界が雨音に包まれて、いつもよりとても静かになるんだ。それがなんだか心地良くてさ」

「へぇ、音も光も溢れた世界だったんだね」


 この雨音が心地良く感じるほどの音に溢れた世界。

 やっぱり私には想像出来ないなぁ。


「こっちの世界での生活は、やっぱりダンには大変なのかな?」

「大変というか、不便ではあるね。掃除も洗濯も料理も、生活の全てに不便を感じてるよ。大変だとはあまり感じないけどね」


 不便だけど、大変じゃない? 分かるような、分からないような。

 ダンは年齢の割にはとても子供っぽい人だと思う。
 だけど時折、この人は私の知らない時間を生きてきたんだなぁって思えるような、大人の雰囲気を纏う時がある。


「こっちの世界に来て、フロイさんから雨は恐ろしいモノだって教わった。そして俺もそう思ってたし、実際その通りなんだと思ってる」


 この世界では雨は危険なもの。自然災害の1つだという認識なの。

 視界も悪く音も聞こえなくなり、雨に打たれれば体力も消耗する。だっていうのに日の光が遮られることで魔物だけが活発化しちゃうから。


「でもこうやってニーナを抱いてゆっくりお話することが出来て、雨の日がもっと好きになったかな」

「それって雨、関係あるの? お話だったら晴れてる日でも出来るよ?」

「どうかなぁ。ニーナの言う通り、関係ないかもしれないね」


 ダンは私の疑問を否定せずに、だけど私を背中から静かに抱きしめてくる。


「でも雨音の中、お互いの顔も良く見えない中で、腕の中にいるニーナだけが今は俺の世界の全てだ。誰にも邪魔されない、俺たちだけの特別な時間」


 耳元で囁かれるダンの声には甘さは感じられない。

 その静かな語り口に、ダンはただ思うままに語っているんだって思わされる。


「いつもの家の中がなんだかちょっとだけ特別に感じない? これは、雨が俺たちだけを世界から切り取ってくれたように思うんだ。ニーナの言う通り、気のせいかもしれないけどね」


 ダンの言葉に耳を傾けながら、ダンの言っている事を考える。

 雨音の中、私達の声だけが聞こえる家の中。
 周りが殆ど見えない中、私を抱いているダンの体温だけを感じる。


 ――――今はこれだけが世界の全て。


 ……なんだか私の心をそのまま外に出したみたいだなぁ。

 いつも肌を重ねている時とは違う、心が重なるような心地良さ。
 あまり自分の心の中を見せてくれないダンが、少しだけ奥の方を見せてくれたような気がした。


 うん。雨の日って、悪くないかも?


「こっちの世界に来て、ニーナのおかげでまた雨の日が好きになった気がするよ。ありがとう」

「私は雨の日が嫌いだったけど、ダンのおかげでちょっとだけ好きになれそうかな? ありがと」


 お互いに感謝を伝えて笑い合う。


 肌を合わせることが好意を伝える方法だと思ってた。
 体を重ねることでしか、好意は伝わらないんだと思ってた。

 だけど私はやっぱり子供で、ダンはやっぱり大人なんだなって痛感する。


「ねぇニーナ。このままゆっくり思い出してみて」


 ダンは両手で私を包み込みながら、私の心を包み込むように優しい声で囁いてくる。


「雨の日になんにも出来なくて、家に家族みんなが揃ってる。そんな日が、ニーナにもあったんじゃないかな? 色々あって思い出しにくいだけで、ニーナにも雨の日の思い出、なにかないかなぁ?」

「私の、思い出……?」


 そんなのない……、そう言おうとしたところで、何かが胸に引っかかる。


 だって、父さんはいつも家にいなくて。母さんはいつも謝ってばかりで。

 そんな私に、思い出なんて……。


 でも……、本当にそう?

 本当に、何もなかったのかな?


 父さんは殆ど留守にしていたけど、それでも一緒に暮らしていた。
 母さんはいつも謝ってばかりだったけど、そうじゃない日だってあったはず。


 ダンが消したのか、気付くと部屋は真っ暗で。

 私は目を閉じる必要もなく、自分の心の中を覗き込めた。


 ――――父さん。母さん。雨の日。まだ小さかった私は。


 そう、父さんの膝の上で……。

 ちょうど今、ダンがそうしてくれているように。


「もう、何歳の頃の話だったかも覚えてないけど……」


 まるで砕け散った何かを拾い集めるように、少しずつ蘇る幼い日の記憶。

 頭に浮かんだソレを、私は何も考えずに口に出していく。


「雨の日でなんにも出来ないってグズる私を父さんは膝に乗せて、父さんが面白い話をしてやろうって。そして母さんがお茶を淹れてくれて……」


 グズる私を抱きしめてくれる、父さんの温もり。

 そんな私と父さんを見て優しく笑う、母さんの笑顔。


 なんで……、忘れていたんだろう……。
 呪いなんか関係なく、私達家族にだって、みんな笑ってる日だって、確かにあったのに……!


 いつの日か帰ってこなくなった父さんを恨んで。
 呪いを私に引き継いだ母さんを憎んで……。

 確かにあった幸せの日々を、自分から忘れてしまっていたっ……!

 私はなんてっ……! なんてことをっ……!

 
 だけど私が後悔に沈みそうになる前に、まるで私の意識を引き上げるかのようにダンの腕の力が強くなる。


「……雨の日は外にも出れないから、お話するくらいしかやることないもんね」


 雨の日はお話くらいしかやることがないから……。だからきっと、私にも同じようなことがあったはずって……?

 本当に……、本当にこの人は、いったいどれだけ私を理解してくれているんだろう?


「それで? お父さんはどんな話をしてくれたの?」


 ダンが私のことを捕まえていてくれる。そしてもっと聞きたいと私の記憶の先を催促する。


 それは大切なものだから、忘れてしまったことを後悔するより、思い出して大切にした方がいいんだよって、ダンから伝わる温もりが私に教えてくれる。

 ダンがしっかり抱きしめてくれるから、私は安心して心の中に沈んでいける。


「……その時父さんは、魔神を打ち破り人類を救った英雄の話を聞かせてくれたの。こんな凄いことをした英雄様がいるんだぞって。ニーナの呪いだって、いつか解ける人が現れるかもしれないからって」


 父さんの手は優しくて、だけど私の幸せを願う強さを持って、いつも私を撫でてくれた。

 ごめんなさい父さん。こんなにも私を想って世界中を旅し続けて、それでも道半ばで倒れることになった父さんを、娘の私が信じてあげられなかった……!


 家族と一緒に過ごすより、母さんの為に、私のために。家族の為に1人旅立つことを選んだ父さん。

 母さんと私を残して先に逝くことが、どれほど無念だったんだろう……!


「覚えてる範囲で構わないから、良かったらそのお話も聞かせてくれる? お父さんがニーナに伝えたことを、俺も聞いてみたいんだ」


 ダンの言葉は、まるで私の心の中を照らしてくれるみたい。


 父さんが、そして母さんが私に伝えてくれたことなんて、そんなの1つしかないよ。

 だけど忘れていた。
 だけどダンのおかげで見つけられた。失くさずに済んだ。


 父さん。愛してくれてありがとう。

 母さん。産んでくれてありがとう。


 まだ呪いを解く方法は分からないけれど、貴方達のおかげでニーナは幸せになれました。

 父さんの無念も、母さんの葛藤も。
 ダンと2人で、いつか必ず晴らしてみせるからね。
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