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序章 始まりの日々2 マグエルを目指して
027 拠点選び (改)
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ステイルークからニーナと旅立って、もう1ヶ月くらい経ったのかもしれない。目の前に広がる町並みを見ると、どうしてもそんな感傷に浸りたくなってしまう。
そう、俺たちはとうとう旅の目的地、マグエルに到着することが出来たのだ。
マグエルはスポットが近いためなのか、かなり巨大な城壁に囲まれている。
今までの街と比べて人の往来もかなり激しい。大型の馬車なんかも沢山出入りしてるねぇ。
行き交う多くの人の流れに混ざって、俺とニーナも早速マグエルに足を踏み入れる。
「凄い人の多さですね、ご主人様」
「だねぇ。俺たちは田舎から出てきたばかりのおのぼりさんってとこかな」
ニーナと2人でキョロキョロと街並みを見ながら、率直な感想を零す。
ボロボロになったアッチンまでの旅や、野盗に襲撃されたフォーベアまでの旅と比べて、かなり余裕を持った状態でマグエルに到着出来たかな。
「まだ日没まではかなり余裕がありますね。どうしましょうか?」
「とりあえず今日の宿を確保して、そうしたらシュパイン商会を訪ねてみようか。時間が余ったらスポットの情報なんかも集めてみない?」
街の人たちに適当に尋ねて、ある程度ランクが高めの宿を教えてもらう。
フォーベアで利用した高級宿がかなり快適だったので、もう安宿に泊まる気になれないんだよね。これが贅沢に慣れるってことかぁ……。
フォーベアからマグエルまでの道中でもまぁまぁ稼げたし、ナイトウルフの毛皮もまだ換金せずに手元にある。所持金は3万リーフくらいしかないけれど、節約が必要なほどの危険域でもない。問題ないはずだ。
「2人で1泊300リーフですか。これでもかなりの高級宿なのに、フォーベアでの滞在のせいで安く感じてしまいますね。金銭感覚が少し狂ってしまったみたいです」
「上手くいけば遠くないうちに家を借りれるかもしれないから、宿代はあまり気にしないでおこうよ」
問題なく宿を取ることが出来たので、ひとまず部屋に荷物を置く。
元々俺達の荷物は多くないけど、それでも荷物を下ろすと身軽になったように感じてしまうね。
「それじゃ宿でシュパイン商会のお店の場所も聞けたことだし、早速行ってみよう。ティムルには会えるかなぁ」
宿の人に聞いてみたところ、幸いシュパイン商会のお店は分かりやすい場所にあるらしい。流石大商会の本店だけあって、良い立地を確保していると言うことなのかな。
ニーナと2人でシュパイン商会の本店に向かった。
歩きながら、マグエルの街並みを改めて観察する。
う~ん、やっぱりマグエルは、今までの街と比べて人がかなり多いなぁ。それと武装が充実している人が多いような気がする。
フォーベアで装備を揃えることが出来てホント良かったよ。ナイフと木の盾だけしか持ってないとか、そんな奴どこにも見当たらないわ。
魔物狩りが盛んで、そこから生まれる利益を見込んで商人が集まり街が発展していったわけね。
歩いて数分で到着したシュパイン商会の店舗は、本店という割には想像していたよりも小さかった。
フォーベアの支店と同規模、もしかしたら本店のほうが小さくない? 小さいと言っても、この世界基準では大型店舗に分類されるんだろうけどね。
日本では田舎のスーパーですらこの数倍はあるからなぁ。そもそもの基準が違うんだ。
早速入店して、近くにいた店員さんにティムルからもらった紹介状を見せる。
その人は親切に対応してくれたけど、責任者に確認が取れるまで少し時間がかかるらしい。
せっかくなので、待っている間に店内を適当に物色する。
「フォーベアの店舗が支店でマグエルが本店だって聞いてたから、もっと大きい店舗を想像してたよ。フォーベアの店とそんなに広さは変わらないよね?」
「そうですね。売っている商品も大きな差は無いように感じられます。フォーベアと比べると、少々高級で品質の良い物が多いように思えますけど」
ニーナに言われてから改めて商品を確認してみると、確かに同じ用途の商品でも、少し品質が高いものが多く置いてるように見えるな?
「マグエルの客層はスポットで稼ぐ魔物狩り達だからね。多少値が張っても、品質の良い物の方が好まれるのよ。商品の回転も悪くないし、これ以上の規模の店舗は今のところ必要ないかしら?」
俺とニーナの会話に自然に割り込んでくる、聞き慣れた声。
大して驚くことも無く振り返ると、案の定ティムルが立っていた。
うん。思った以上に簡単に再会出来ちゃったね。
「やぁティムル。おかげさまでさっき到着したばかりなんだ。当分マグエルにいるつもりだから、また宜しくね」
「ちゃんとご挨拶できなくて心残りだったので、こうしてまた会えて嬉しいです。マグエルに滞在している間、どうぞ宜しくお願いします」
ティムルと再会の挨拶を交わす。
ニーナは狸寝入りしてたのが悪いんでしょっ! あの空気で起きるのは気まずかったのかもしれないけどさぁ。
「ええよろしく。私もまた会えて嬉しいわ。是非とも沢山稼いでうちの商会の売り上げに貢献していってね」
ティムルも俺たちとの再会を笑顔で迎えてくれた。
「さ、2人ともこちらへどうぞ」
挨拶を済ますとティムルの案内で、店舗の奥の個室に通される。
その部屋、応接室にはお茶の用意もしてあるみたいだ。流石大商人ティムル。気が利いてるね。
お茶をひと口いただいてから、とりあえずひと言ツッコミをいれることにする。
「歓迎はありがたいし再会も嬉しいんだけどさぁ。紹介状を持ってきたのに本人が応対するのは意味なくない?」
ティムルから貰った紹介状でティムルを紹介してもらうって何だよ、まったくもう。
「あはーっ。実は紹介状の内容は、私に取り次ぐようにって書いておいたの。せっかくお互いマグエルに居るんですもの。直接会いたいじゃない」
あはー、と笑顔で会いたかったと言われると、文句も言えないんだよなぁ。
「私もティムルさんに会いたかったので、ここで会えたのはちょうど良かったんですけど……」
ニーナもひと口お茶を口に含んでから、少し不安げにティムルに訪ねる。
「急いでフォーベアを発ったから、マグエルでは凄く忙しくしているのかと思ってました。私たちに時間を割いて仕事に支障は出ていませんか?」
ニーナの言う通り、フォーベアでは1泊したらすぐにマグエルに向かってたよな。忙しいじゃないのか会長夫人殿は。
なんて訝しがる俺達に、それは大丈夫よー。と笑顔で応えるティムル。
「あの時ニーナちゃんも聞いてたと思うからぶっちゃけちゃうけど、子供ができない私は会長夫人と言っても名ばかりなの。挨拶回りだったり、問題が起きた時に責任を取るのが仕事ね」
なんだか会長夫人というよりは、中間管理職みたいに聞こえるなぁ。
「フォーベアを急いで発ったのは、アッチンで仕入れた商品を早く捌きたかったからに決まってるじゃないっ」
でも自分で商品を仕入れたりしてるし、自由に商売してる部分も無いわけじゃないのね。商売は楽しそうにやってるみたいだ。
「さて、物件の方も探しておいたから、貴方達の都合が良ければすぐにでも案内できるわよ。実際に見てみないと決められないでしょ?」
少し言葉を交わして場に和やかな雰囲気が流れ出すと、ティムルの方から今日の訪問の本題に触れてくれた。
「話が早いねぇ。アッチンでは俺のことせっかち呼ばわりしたくせにさぁ」
俺の苦笑いをドヤ顔で受け止めるティムル。
ま、話が早くて困ることなんか何も無い。ここはティムルの言葉に乗っかるつもりでニーナにも確認を取る。
「んー、今日のうちに見て回って、決められるなら決めちゃおうか? 宿暮らしから貸し家暮らしになると、食事とか掃除とか自分たちでやらないといけなくなるけど」
家事なんて俺は殆どしたことがない。
ニーナの家事技能も未知数なので、素直にニーナにお伺いを立ててみる。
「家の事は奴隷の私に任せてもらっていいですよ」
さらりと家事は任せろと言い放つニーナ。この様子だと家事に不安はないっぽいね。
「ご主人様が良いのであれば、今日中に決めてしまいたいですね。家を借りる予定があるのに、いつまでも宿代を払うのは無駄でしょう」
む、ニーナの言う通りか。家を借りる予定があるのに宿代払うのはアホらしいな。
「ティムルさん。家の更新は納税と同じ、年末のタイミングなんですか?」
「ええ、1年毎の契約になるから年の変わり目に更新ね。そういう意味ではニーナちゃんの言う通り、早めに入居したほうがお得ではあるわね」
ぬおお、年末までに稼がなきゃならないお金がまた増えたぁ。
「じゃあお茶飲んだら早速見に行かない?」
ティムルが少し急かすように身を乗り出して提案してくる。
俺とニーナの家選びなのに、なんかティムルが主導権握ってませんかね?
というかティムルが案内するの? 責任者がホイホイ外出していいの?
「紹介できる物件はいくつかあるけど、先に貴方達の希望を聞いておきたいわね」
いぶかしむ俺を意図的にスルーしながら、ティムルが強引に話を進める。
「貴方達がマグエルで魔物狩りをして過ごす予定なのは既に聞いたわ。そんな貴方達は、住む家に何を求めるの?」
家に何を求めるか、かぁ。今まであまり考えた事がなかったな。
俺に関してはどうしても日本の間取りやアパートの見取り図みたいなのをイメージしてしまうから、この世界の部屋探しの参考にできないし。
「広さ? 利便性? それとも価格? 貴方達は自宅選びで、何を優先したいのかしら?」
俺が優先するとしたら安全性だけど……。街の中に魔物が出るわけでもないし、治安って意味ならティムルも変な場所を紹介したりしないと思うし……。
「俺はあまり拘りはないかな? 2人で暮らすのに不自由しない程度の広さがあれば充分だ。値段も相場通りなら文句はないよ。ニーナはなにか希望はある?」
「んー、私も特には? 強いてあげるのでしたら、私の場合呪いの件がありますから、あまりご近所の方と深く交流しなくて済むところが望ましいかもしれませんね」
俺もニーナも、お互いと安全に過ごせればどこでもいいんだよねぇ。
俺達の返答を聞いたティムルは、少し困ったように笑って見せた。
「あー……、マグエルは人が多いから、ご近所さんが少ない物件は難しいかしらねぇ」
確かにな。マグエルに入ってからニーナと2人でずっとキョロキョロしてたけど、ステイルークと比べてもずっと活気のある街のように見えたもんね。人口に結構差がありそうだ。
「でも、うん。2人ともあまり拘りは無いみたいね。なら私から2人に合いそうな物件を紹介してあげた方が良さそうね」
そうだね。ティムルに見立ててもらうのが早いかもね。
俺もニーナもこの世界の不動産事情とかなにも分からないから、ポンコツでも仕方ないんだ。
それに誰かと一緒に住む部屋探しなんて、日本でもしたことない。
ニーナと一緒なら別に何処でも……、とか思っちゃうのは仕方ないでしょ。
お茶を飲み終えたら、早速物件を紹介してもらう。
1つ目に紹介されたのはかなり小さい一軒家だ。
四畳半は流石に言いすぎだけど、日本だったら学生が1人暮らしでもしてそうなくらいの広さしかない。
実際に1人で利用するための物件で、一定期間マグエルに滞在しなきゃいけない人が、宿代と比べてこっちの方が安く上がる場合に利用するそうだ。
なのでセールスポイントは家賃の安さ。年間契約料が8000リーフと、金貨未満で借りられる。3ヶ月~半年程度の滞在だと、宿よりも安上がりというわけだ。
狭くてもいいとは言ったけど……。
2人でこの物件は、流石に狭すぎるかなぁ。
2つ目に紹介された物件は、一気に広くなった。
大きなリビングが1つに個室が2つ。3~6人程度、つまり1パーティが同居することを想定した物件だ。
マグエルはスポットのおかげで魔物狩りが盛んに行われてる。なのでパーティ向け物件はかなり人気があるらしい。
ただしこの物件だと個室が2つ、つまり部屋割りは男女で分けることになる。
男女比がちょうど良く3:3のパーティはそんなに多くないので、意外と借り手が少ないとのこと。
セールスポイントはバランスの良さ。2人ならそれぞれが1室ずつ使えるし、広すぎて管理に困る事もない。
うん。ここは候補に入れておいていいかもしれないね。
この世界の部屋探しは俺には新鮮でなかなか楽しいね。
よし、次だ。どんどん見て回ろう。次の物件に案内してくれティムル。
ティムルの物件でマグエル中の物件を案内して回っていると、8件目に紹介された物件で、今まで静かだったニーナが、他の物件とは明らかに違う反応を見せた。
「わっ。広いお庭ですね。なんだか前の家を思い出してしまいました」
おっとぉ、ニーナに好感触?
前の家っていうと、人里離れた場所に隠れ住んでたっていうあれですかね。
「あら。ニーナちゃんの反応が良いわね? んー、でもここかぁ」
ニーナの反応を見たティムルが、両腕を組んで少し考え込む。
「ここはまぁ、お勧めできるようなできないような、ちょっと微妙な物件なのよね。気に入ってくれたんなら貸せるんだけど」
ティムルはちょっとバツが悪そうな様子だ。
貸してもいいけど自信を持って勧められる物件じゃないってことなんだろうな。
「紹介しておいて歯切れが悪いな。まぁ言いたい事は分かるよ」
ティムルに言葉を返してから、改めて目の前の物件を眺める。
紹介された物件は、家の敷地を柵で囲んでいて、その面積はかなり広い。
だけど長年手入れがされていないのか、雑草がジャングルのように生い茂っている。
立地もあまり良くなくて、街のほぼ外壁に近い場所で、周囲には他に家がない。
肝心の家屋も所々壁が剥がれていたりしていて、とても人が住める状態には見えない。
なぜこんな物件に案内したのかと言いたくなるレベルだ。
言葉を選ばず言うなら普通に廃墟だ。オバケ屋敷と言ってもいい。
「郊外だから利便性が悪くて、かなり長期に渡って借り手が付かずに放置されちゃっててねぇ。ちゃんと住むにはかなり手を入れなきゃいけないのよね」
修理が必要なのは分かるけど……。これ、手を入れる程度で本当に住めるの? 建て直しの必要とかあったりしない?
「でもその分契約料は安いし、庭付きで家自体もかなり広い。そして近所には孤児院くらいしかないし、近所付き合いも気にしなくていいわ。そういう意味で一応紹介させてもらったのよ」
う~ん。ティムルの説明を聞くと、なんだかお得に感じてしまうなぁ。
庭付きの屋敷でご近所付き合いもない。それで契約料も安いとなると、普通にありか……?
でも実際に住むとなったら、相当のお金と時間と手間をかけなければいけないだろうし、やっぱりナシかなぁ。
悩みながらも、家の中も見せてもらう。
ふむ、長年借り手が付かなかった為か家具の類いは置いてないね。
炊事場と応接室の他に個室は4つ。
床や壁は修理が必要だけど、柱や土台は定期的に補修してあるので安全とのこと。ほんとぉ?
でも中を覗いたら、俺もちょっと興味を引かれてしまった。
なんとこの物件、2階と地下があるのだ。
2階は大きめの部屋が2つ。
地下は広めの倉庫が1室だけだったけど、海外のホームドラマっぽいイメージでちょっと住んでみたくなる。
「ご主人様。私、ここにしたいです。……ダメ、でしょうか?」
くっ……。ニーナにしては珍しく、直接的なおねだりだ……!
「いや、俺もちょっと気になってるけど……」
どうせ借りるならこんな広い家に住んでみたいって願望はある。だけど二の足を踏んでしまうのは、こんな家を管理できる自信がないからだ。
ニーナのおねだりはなるべく叶えてあげたいけど……。
「大丈夫? 2人で管理するのは大変な広さだし、修理には相当な手間とお金がかかるんじゃない? その上で庭の管理までする自信、俺にはないんだけど……」
「家では大工仕事もやってましたし、庭の管理もしてましたからお任せください」
家事は任せてと、薄い胸を張るニーナ。
人里離れて誰にも頼れず暮らしていたニーナって、俺の思っているよりいろいろなことが出来るみたいだ。ハイスペック彼女?
「それに私は奴隷です。家の管理が多少大変であっても、それが私の役割ですから」
いや、ニーナを奴隷として扱いたくないんだってばぁ。
でもニーナが大工仕事と庭の管理の経験があるのは大きなプラスポイントだね。
「それに……、恥ずかしいのであまり言いたくはありませんけど、以前の家のほうがもっとボロボロでした。あと街外れとは言え、人目を避けて隠れ住んでいた時と比べると、暮らしの利便性は雲泥の差ですから」
「お、思った以上にニーナちゃんは苦労してるのね……?」
ティムルがニーナの話を聞いてちょっと引いている。
実際ニーナは世界一苦労してるんじゃない? 少なくとも俺には想像もつかないくらいの苦労をしてるはず。
「こっちとしては借りてもらえたらありがたいわ。中は自由に手を入れてもらっても構わないし、貴方達の好きにしていいわ」
ティムルもニーナがこの家を強く希望している事を悟ったのだろう。他の物件を勧めるのではなく、この家を貸す方向に話を進め始めた。
「管理もされてないし、家具も何もないから……。そうね。年間2万リーフでどう?」
廃墟といえ、自分達の自由に出来るこの広さの物件が、2万リーフかぁ……。
だけど、うーん……。
働きながらこの家の管理なんて、やってる余裕あるかなぁ。
……って考えてみればこの世界って、そんなにやることあるわけじゃないか。
俺個人で見れば、生活費と税金さえ稼げれば、他にやる事なんてベッドの上でやることしかない。
魔物狩りだって自由に休んでいい。
家の修理と庭の手入れもニーナは経験者なので、教わりながら一緒にやればいい。
むしろ2人で出来る作業が増えるのは、悪くないことのような気がする。
……あれ? ひょっとして、特に問題ないのかな?
まぁニーナがこの家を希望している時点で悩む意味も無いんだけどさ。
そう、俺たちはとうとう旅の目的地、マグエルに到着することが出来たのだ。
マグエルはスポットが近いためなのか、かなり巨大な城壁に囲まれている。
今までの街と比べて人の往来もかなり激しい。大型の馬車なんかも沢山出入りしてるねぇ。
行き交う多くの人の流れに混ざって、俺とニーナも早速マグエルに足を踏み入れる。
「凄い人の多さですね、ご主人様」
「だねぇ。俺たちは田舎から出てきたばかりのおのぼりさんってとこかな」
ニーナと2人でキョロキョロと街並みを見ながら、率直な感想を零す。
ボロボロになったアッチンまでの旅や、野盗に襲撃されたフォーベアまでの旅と比べて、かなり余裕を持った状態でマグエルに到着出来たかな。
「まだ日没まではかなり余裕がありますね。どうしましょうか?」
「とりあえず今日の宿を確保して、そうしたらシュパイン商会を訪ねてみようか。時間が余ったらスポットの情報なんかも集めてみない?」
街の人たちに適当に尋ねて、ある程度ランクが高めの宿を教えてもらう。
フォーベアで利用した高級宿がかなり快適だったので、もう安宿に泊まる気になれないんだよね。これが贅沢に慣れるってことかぁ……。
フォーベアからマグエルまでの道中でもまぁまぁ稼げたし、ナイトウルフの毛皮もまだ換金せずに手元にある。所持金は3万リーフくらいしかないけれど、節約が必要なほどの危険域でもない。問題ないはずだ。
「2人で1泊300リーフですか。これでもかなりの高級宿なのに、フォーベアでの滞在のせいで安く感じてしまいますね。金銭感覚が少し狂ってしまったみたいです」
「上手くいけば遠くないうちに家を借りれるかもしれないから、宿代はあまり気にしないでおこうよ」
問題なく宿を取ることが出来たので、ひとまず部屋に荷物を置く。
元々俺達の荷物は多くないけど、それでも荷物を下ろすと身軽になったように感じてしまうね。
「それじゃ宿でシュパイン商会のお店の場所も聞けたことだし、早速行ってみよう。ティムルには会えるかなぁ」
宿の人に聞いてみたところ、幸いシュパイン商会のお店は分かりやすい場所にあるらしい。流石大商会の本店だけあって、良い立地を確保していると言うことなのかな。
ニーナと2人でシュパイン商会の本店に向かった。
歩きながら、マグエルの街並みを改めて観察する。
う~ん、やっぱりマグエルは、今までの街と比べて人がかなり多いなぁ。それと武装が充実している人が多いような気がする。
フォーベアで装備を揃えることが出来てホント良かったよ。ナイフと木の盾だけしか持ってないとか、そんな奴どこにも見当たらないわ。
魔物狩りが盛んで、そこから生まれる利益を見込んで商人が集まり街が発展していったわけね。
歩いて数分で到着したシュパイン商会の店舗は、本店という割には想像していたよりも小さかった。
フォーベアの支店と同規模、もしかしたら本店のほうが小さくない? 小さいと言っても、この世界基準では大型店舗に分類されるんだろうけどね。
日本では田舎のスーパーですらこの数倍はあるからなぁ。そもそもの基準が違うんだ。
早速入店して、近くにいた店員さんにティムルからもらった紹介状を見せる。
その人は親切に対応してくれたけど、責任者に確認が取れるまで少し時間がかかるらしい。
せっかくなので、待っている間に店内を適当に物色する。
「フォーベアの店舗が支店でマグエルが本店だって聞いてたから、もっと大きい店舗を想像してたよ。フォーベアの店とそんなに広さは変わらないよね?」
「そうですね。売っている商品も大きな差は無いように感じられます。フォーベアと比べると、少々高級で品質の良い物が多いように思えますけど」
ニーナに言われてから改めて商品を確認してみると、確かに同じ用途の商品でも、少し品質が高いものが多く置いてるように見えるな?
「マグエルの客層はスポットで稼ぐ魔物狩り達だからね。多少値が張っても、品質の良い物の方が好まれるのよ。商品の回転も悪くないし、これ以上の規模の店舗は今のところ必要ないかしら?」
俺とニーナの会話に自然に割り込んでくる、聞き慣れた声。
大して驚くことも無く振り返ると、案の定ティムルが立っていた。
うん。思った以上に簡単に再会出来ちゃったね。
「やぁティムル。おかげさまでさっき到着したばかりなんだ。当分マグエルにいるつもりだから、また宜しくね」
「ちゃんとご挨拶できなくて心残りだったので、こうしてまた会えて嬉しいです。マグエルに滞在している間、どうぞ宜しくお願いします」
ティムルと再会の挨拶を交わす。
ニーナは狸寝入りしてたのが悪いんでしょっ! あの空気で起きるのは気まずかったのかもしれないけどさぁ。
「ええよろしく。私もまた会えて嬉しいわ。是非とも沢山稼いでうちの商会の売り上げに貢献していってね」
ティムルも俺たちとの再会を笑顔で迎えてくれた。
「さ、2人ともこちらへどうぞ」
挨拶を済ますとティムルの案内で、店舗の奥の個室に通される。
その部屋、応接室にはお茶の用意もしてあるみたいだ。流石大商人ティムル。気が利いてるね。
お茶をひと口いただいてから、とりあえずひと言ツッコミをいれることにする。
「歓迎はありがたいし再会も嬉しいんだけどさぁ。紹介状を持ってきたのに本人が応対するのは意味なくない?」
ティムルから貰った紹介状でティムルを紹介してもらうって何だよ、まったくもう。
「あはーっ。実は紹介状の内容は、私に取り次ぐようにって書いておいたの。せっかくお互いマグエルに居るんですもの。直接会いたいじゃない」
あはー、と笑顔で会いたかったと言われると、文句も言えないんだよなぁ。
「私もティムルさんに会いたかったので、ここで会えたのはちょうど良かったんですけど……」
ニーナもひと口お茶を口に含んでから、少し不安げにティムルに訪ねる。
「急いでフォーベアを発ったから、マグエルでは凄く忙しくしているのかと思ってました。私たちに時間を割いて仕事に支障は出ていませんか?」
ニーナの言う通り、フォーベアでは1泊したらすぐにマグエルに向かってたよな。忙しいじゃないのか会長夫人殿は。
なんて訝しがる俺達に、それは大丈夫よー。と笑顔で応えるティムル。
「あの時ニーナちゃんも聞いてたと思うからぶっちゃけちゃうけど、子供ができない私は会長夫人と言っても名ばかりなの。挨拶回りだったり、問題が起きた時に責任を取るのが仕事ね」
なんだか会長夫人というよりは、中間管理職みたいに聞こえるなぁ。
「フォーベアを急いで発ったのは、アッチンで仕入れた商品を早く捌きたかったからに決まってるじゃないっ」
でも自分で商品を仕入れたりしてるし、自由に商売してる部分も無いわけじゃないのね。商売は楽しそうにやってるみたいだ。
「さて、物件の方も探しておいたから、貴方達の都合が良ければすぐにでも案内できるわよ。実際に見てみないと決められないでしょ?」
少し言葉を交わして場に和やかな雰囲気が流れ出すと、ティムルの方から今日の訪問の本題に触れてくれた。
「話が早いねぇ。アッチンでは俺のことせっかち呼ばわりしたくせにさぁ」
俺の苦笑いをドヤ顔で受け止めるティムル。
ま、話が早くて困ることなんか何も無い。ここはティムルの言葉に乗っかるつもりでニーナにも確認を取る。
「んー、今日のうちに見て回って、決められるなら決めちゃおうか? 宿暮らしから貸し家暮らしになると、食事とか掃除とか自分たちでやらないといけなくなるけど」
家事なんて俺は殆どしたことがない。
ニーナの家事技能も未知数なので、素直にニーナにお伺いを立ててみる。
「家の事は奴隷の私に任せてもらっていいですよ」
さらりと家事は任せろと言い放つニーナ。この様子だと家事に不安はないっぽいね。
「ご主人様が良いのであれば、今日中に決めてしまいたいですね。家を借りる予定があるのに、いつまでも宿代を払うのは無駄でしょう」
む、ニーナの言う通りか。家を借りる予定があるのに宿代払うのはアホらしいな。
「ティムルさん。家の更新は納税と同じ、年末のタイミングなんですか?」
「ええ、1年毎の契約になるから年の変わり目に更新ね。そういう意味ではニーナちゃんの言う通り、早めに入居したほうがお得ではあるわね」
ぬおお、年末までに稼がなきゃならないお金がまた増えたぁ。
「じゃあお茶飲んだら早速見に行かない?」
ティムルが少し急かすように身を乗り出して提案してくる。
俺とニーナの家選びなのに、なんかティムルが主導権握ってませんかね?
というかティムルが案内するの? 責任者がホイホイ外出していいの?
「紹介できる物件はいくつかあるけど、先に貴方達の希望を聞いておきたいわね」
いぶかしむ俺を意図的にスルーしながら、ティムルが強引に話を進める。
「貴方達がマグエルで魔物狩りをして過ごす予定なのは既に聞いたわ。そんな貴方達は、住む家に何を求めるの?」
家に何を求めるか、かぁ。今まであまり考えた事がなかったな。
俺に関してはどうしても日本の間取りやアパートの見取り図みたいなのをイメージしてしまうから、この世界の部屋探しの参考にできないし。
「広さ? 利便性? それとも価格? 貴方達は自宅選びで、何を優先したいのかしら?」
俺が優先するとしたら安全性だけど……。街の中に魔物が出るわけでもないし、治安って意味ならティムルも変な場所を紹介したりしないと思うし……。
「俺はあまり拘りはないかな? 2人で暮らすのに不自由しない程度の広さがあれば充分だ。値段も相場通りなら文句はないよ。ニーナはなにか希望はある?」
「んー、私も特には? 強いてあげるのでしたら、私の場合呪いの件がありますから、あまりご近所の方と深く交流しなくて済むところが望ましいかもしれませんね」
俺もニーナも、お互いと安全に過ごせればどこでもいいんだよねぇ。
俺達の返答を聞いたティムルは、少し困ったように笑って見せた。
「あー……、マグエルは人が多いから、ご近所さんが少ない物件は難しいかしらねぇ」
確かにな。マグエルに入ってからニーナと2人でずっとキョロキョロしてたけど、ステイルークと比べてもずっと活気のある街のように見えたもんね。人口に結構差がありそうだ。
「でも、うん。2人ともあまり拘りは無いみたいね。なら私から2人に合いそうな物件を紹介してあげた方が良さそうね」
そうだね。ティムルに見立ててもらうのが早いかもね。
俺もニーナもこの世界の不動産事情とかなにも分からないから、ポンコツでも仕方ないんだ。
それに誰かと一緒に住む部屋探しなんて、日本でもしたことない。
ニーナと一緒なら別に何処でも……、とか思っちゃうのは仕方ないでしょ。
お茶を飲み終えたら、早速物件を紹介してもらう。
1つ目に紹介されたのはかなり小さい一軒家だ。
四畳半は流石に言いすぎだけど、日本だったら学生が1人暮らしでもしてそうなくらいの広さしかない。
実際に1人で利用するための物件で、一定期間マグエルに滞在しなきゃいけない人が、宿代と比べてこっちの方が安く上がる場合に利用するそうだ。
なのでセールスポイントは家賃の安さ。年間契約料が8000リーフと、金貨未満で借りられる。3ヶ月~半年程度の滞在だと、宿よりも安上がりというわけだ。
狭くてもいいとは言ったけど……。
2人でこの物件は、流石に狭すぎるかなぁ。
2つ目に紹介された物件は、一気に広くなった。
大きなリビングが1つに個室が2つ。3~6人程度、つまり1パーティが同居することを想定した物件だ。
マグエルはスポットのおかげで魔物狩りが盛んに行われてる。なのでパーティ向け物件はかなり人気があるらしい。
ただしこの物件だと個室が2つ、つまり部屋割りは男女で分けることになる。
男女比がちょうど良く3:3のパーティはそんなに多くないので、意外と借り手が少ないとのこと。
セールスポイントはバランスの良さ。2人ならそれぞれが1室ずつ使えるし、広すぎて管理に困る事もない。
うん。ここは候補に入れておいていいかもしれないね。
この世界の部屋探しは俺には新鮮でなかなか楽しいね。
よし、次だ。どんどん見て回ろう。次の物件に案内してくれティムル。
ティムルの物件でマグエル中の物件を案内して回っていると、8件目に紹介された物件で、今まで静かだったニーナが、他の物件とは明らかに違う反応を見せた。
「わっ。広いお庭ですね。なんだか前の家を思い出してしまいました」
おっとぉ、ニーナに好感触?
前の家っていうと、人里離れた場所に隠れ住んでたっていうあれですかね。
「あら。ニーナちゃんの反応が良いわね? んー、でもここかぁ」
ニーナの反応を見たティムルが、両腕を組んで少し考え込む。
「ここはまぁ、お勧めできるようなできないような、ちょっと微妙な物件なのよね。気に入ってくれたんなら貸せるんだけど」
ティムルはちょっとバツが悪そうな様子だ。
貸してもいいけど自信を持って勧められる物件じゃないってことなんだろうな。
「紹介しておいて歯切れが悪いな。まぁ言いたい事は分かるよ」
ティムルに言葉を返してから、改めて目の前の物件を眺める。
紹介された物件は、家の敷地を柵で囲んでいて、その面積はかなり広い。
だけど長年手入れがされていないのか、雑草がジャングルのように生い茂っている。
立地もあまり良くなくて、街のほぼ外壁に近い場所で、周囲には他に家がない。
肝心の家屋も所々壁が剥がれていたりしていて、とても人が住める状態には見えない。
なぜこんな物件に案内したのかと言いたくなるレベルだ。
言葉を選ばず言うなら普通に廃墟だ。オバケ屋敷と言ってもいい。
「郊外だから利便性が悪くて、かなり長期に渡って借り手が付かずに放置されちゃっててねぇ。ちゃんと住むにはかなり手を入れなきゃいけないのよね」
修理が必要なのは分かるけど……。これ、手を入れる程度で本当に住めるの? 建て直しの必要とかあったりしない?
「でもその分契約料は安いし、庭付きで家自体もかなり広い。そして近所には孤児院くらいしかないし、近所付き合いも気にしなくていいわ。そういう意味で一応紹介させてもらったのよ」
う~ん。ティムルの説明を聞くと、なんだかお得に感じてしまうなぁ。
庭付きの屋敷でご近所付き合いもない。それで契約料も安いとなると、普通にありか……?
でも実際に住むとなったら、相当のお金と時間と手間をかけなければいけないだろうし、やっぱりナシかなぁ。
悩みながらも、家の中も見せてもらう。
ふむ、長年借り手が付かなかった為か家具の類いは置いてないね。
炊事場と応接室の他に個室は4つ。
床や壁は修理が必要だけど、柱や土台は定期的に補修してあるので安全とのこと。ほんとぉ?
でも中を覗いたら、俺もちょっと興味を引かれてしまった。
なんとこの物件、2階と地下があるのだ。
2階は大きめの部屋が2つ。
地下は広めの倉庫が1室だけだったけど、海外のホームドラマっぽいイメージでちょっと住んでみたくなる。
「ご主人様。私、ここにしたいです。……ダメ、でしょうか?」
くっ……。ニーナにしては珍しく、直接的なおねだりだ……!
「いや、俺もちょっと気になってるけど……」
どうせ借りるならこんな広い家に住んでみたいって願望はある。だけど二の足を踏んでしまうのは、こんな家を管理できる自信がないからだ。
ニーナのおねだりはなるべく叶えてあげたいけど……。
「大丈夫? 2人で管理するのは大変な広さだし、修理には相当な手間とお金がかかるんじゃない? その上で庭の管理までする自信、俺にはないんだけど……」
「家では大工仕事もやってましたし、庭の管理もしてましたからお任せください」
家事は任せてと、薄い胸を張るニーナ。
人里離れて誰にも頼れず暮らしていたニーナって、俺の思っているよりいろいろなことが出来るみたいだ。ハイスペック彼女?
「それに私は奴隷です。家の管理が多少大変であっても、それが私の役割ですから」
いや、ニーナを奴隷として扱いたくないんだってばぁ。
でもニーナが大工仕事と庭の管理の経験があるのは大きなプラスポイントだね。
「それに……、恥ずかしいのであまり言いたくはありませんけど、以前の家のほうがもっとボロボロでした。あと街外れとは言え、人目を避けて隠れ住んでいた時と比べると、暮らしの利便性は雲泥の差ですから」
「お、思った以上にニーナちゃんは苦労してるのね……?」
ティムルがニーナの話を聞いてちょっと引いている。
実際ニーナは世界一苦労してるんじゃない? 少なくとも俺には想像もつかないくらいの苦労をしてるはず。
「こっちとしては借りてもらえたらありがたいわ。中は自由に手を入れてもらっても構わないし、貴方達の好きにしていいわ」
ティムルもニーナがこの家を強く希望している事を悟ったのだろう。他の物件を勧めるのではなく、この家を貸す方向に話を進め始めた。
「管理もされてないし、家具も何もないから……。そうね。年間2万リーフでどう?」
廃墟といえ、自分達の自由に出来るこの広さの物件が、2万リーフかぁ……。
だけど、うーん……。
働きながらこの家の管理なんて、やってる余裕あるかなぁ。
……って考えてみればこの世界って、そんなにやることあるわけじゃないか。
俺個人で見れば、生活費と税金さえ稼げれば、他にやる事なんてベッドの上でやることしかない。
魔物狩りだって自由に休んでいい。
家の修理と庭の手入れもニーナは経験者なので、教わりながら一緒にやればいい。
むしろ2人で出来る作業が増えるのは、悪くないことのような気がする。
……あれ? ひょっとして、特に問題ないのかな?
まぁニーナがこの家を希望している時点で悩む意味も無いんだけどさ。
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