異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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序章 始まりの日々2 マグエルを目指して

025 自己肯定 (改)

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「……ティムルにも色々あるんだね」

「あれ? ニーナ起きてたの?」


 夕食会がお開きになったので、眠っていたニーナを背負って部屋に戻ってきた。だけどニーナは、ティムルとの会話中に目を覚ましていたらしい。

 ニーナをベッドに下ろしてあげる。


「私はね。ダンに会うまで、どうして私だけがこんな目に遭わなきゃいけないの、どうして私だけこんな呪いを受けて生まれてきたのって、私が世界で1番不幸なんだと思い込んでたの」


 仰向けに横になったままで語り出すニーナ。

 その様子はまるで話さずにはいられないかのように、衝動のままで口を動かしているように思えた。


「でもティムルの話を聞いて、色々考えちゃって……。子供だったんだね、私って」


 ニーナは生まれて初めて、他人の不幸というものを感じ取ってしまったのかもしれない。

 でも、ニーナは客観的に見たって、世界一不幸だと思っても仕方ないくらいの境遇じゃないかな?


 今は自分を不幸だと思っていないのが、信じられないくらいに。


「子供っていうかさ。自分自身を世界の基準に考えちゃうのって普通でしょ。自分自身が世界の中心なわけじゃないかもしれないって気付く事が大人になるってことだとしたら、確かにニーナは子供だったのかもしれないけど」


 言いながらニーナの隣りに横になる。

 子供とは言ったけど、ニーナは世間とは隔絶した生活を送ってきて、家族だけがニーナの全てだったんだ。他人の事情や別の不幸なんて知らなくても当たり前だよ。


「辛さにも不幸に痛みにも、色んな種類があるんだね……」


 ニーナの零した呟きに同意する。

 不幸や痛みって人の数だけ存在していて、似た様なことはあっても同じことは1つとして存在しないと俺は思ってる。


「私はね、走れなくて辛かったの。誰にも受け入れてもらえなくて辛かったんだ。いっつもお腹が空いてて、父さんは殆ど家にいなくて……」


 ニーナの様子は辛い過去を吐き出していると言うよりは、昔を懐かしんでいるように見えた。

 そんな生活をしてきておきながら、自分を子供だと思えるのは凄いと思うんだ。


「それでも私はティムルみたいに、望まない誰かを受け入れなきゃいけないことはなかった。不幸全部を呪いのせいにして、呪いに八つ当たりする事も出来たんだ」


 いやいや、本当に呪いこそが全ての原因でしょうに。

 けど確かに、原因が分かっていて憎むべき対象がハッキリしているなら、意外と人間って平静を保てるものだったりするかもしれないな。


「流石にニーナの場合は全然八つ当たりじゃないと思うけどね。でも確かにニーナとティムルじゃ何もかも違うから。不幸を比べあっても意味はないさ」

「……ねぇダン。ぎゅっとして」


 珍しく甘えてくるニーナを、言われた通りに抱きしめる。


 不幸の形が人それぞれ違うように、幸福の形だって人それぞれ違う。

 俺の幸せは、両手で抱きしめやすい形をしているなぁ。


「私、不幸どころか世界一の幸せ者だったよ。だって呪いがなかったら、ダンに会うことなんてなかったんだもん」


 ニーナの呪いがあったからこそ、俺達2人は出会うことが出来た。それは間違いないと思う。

 けど俺達が出会うためにはニーナが呪われなければいけなかったなんて、そんな運命最低すぎるだろ。


「今までの全てが、ダンに会うために必要なことだったのなら……。私、呪われて生まれて良かったって思えるよ」


 ニーナの言葉は嬉しいけど、俺なんかのために生まれてからずっと呪われていただなんて、そんなの全然割に合ってないってば。

 でもこれを口にすると、きっとニーナは悲しむから。俺の口から出た言葉は全然違う物になる。


「はは。ニーナが呪われてなかったら、きっと俺なんか見向きもされてなかったと思うよ。ニーナが呪われていてくれて良かった、とまでは流石に言えないけどさ」


 たとえ俺と出会う事が無かったとしても。俺はニーナに呪われてなんて欲しくなかったのに。

 ニーナも俺の背に腕を回してきて、俺を抱きしめ返してくれる。


「ダンは優しいから……。ティムルの話を聞いたら、きっと助けようとしちゃうよね」


 ニーナの言葉にちくりと胸の奥が疼く。

 だけど無力な俺が物事の優先順位を間違えるわけにはいかない。ティムルには申し訳ないけれど、俺の判断が間違っているわけじゃないはずだ。


「でも私が居るから、私を放っておけないから、貴方はティムルの話を切って捨てた……。私は、それが悔しい。悔しいよ、ダン……!」


 俺の背中に回された腕の力が強くなる。

 ティムルを助けられないのが悔しいんじゃなくて、俺の負担になっている事が悔しい、か。


「……ニーナは俺を買い被りすぎだよ。俺はニーナ以外のことなんてどうでもいいだけだから。ティムルの話を聞いたところで、きっと俺は何も出来なかったよ」

「……ダンは嘘、下手だよね。野盗を1人で撃退しちゃって、ティムルも捕まってた人もみんな助けてさ。ティムルの話を聞いちゃったら、きっとなんとかしちゃってたよ?」


 ニーナさんの信頼が重いんですけどぉ?

 俺は人よりちょっとだけズルをしてるだけの、平凡な男でしかないよ。


「ダン。私、強くなりたい。呪われてるけど、呪われたままでも強くなりたい」


 俺の胸の中でニーナが見上げてくる。

 俺を見詰める彼女の瞳には、強い覚悟と意志が宿っているように感じられる。


「胸を張ってダンの隣に立てるように……。ティムルに再会した時に、ティムルを助けてあげられるくらいに……!」


 いや、ティムルにはマグエルに着いたら普通に会うから。最短で10日以内には再会するからね?

 なんて野暮なことを言える雰囲気じゃないか。


「……頼りなくてごめんね。ニーナが悩まなくて済むくらい強くなりたいんだけどさ、なかなか上手くいかないね」


 俺の言葉に、ニーナは静かに首を振る。


「ダンが私を守る為の強さを求めているのと同じで、私も貴方を守る為に強くなりたいの。だから、一緒に強くなれば良いじゃない。せっかく一緒にいるんだもん」


 俺がニーナを守りたいと思うのと同じで、ニーナも俺のことを守りたいと思ってくれている? 

 そんなこととっくに分かって、散々甘えてきたつもりなのに……。


「私とダンの想いを、別々に考えなくてもいいんだよ?」


 ニーナの言葉に、はっとさせられる。

 ニーナが強くなりたいと言っていて、俺も強くなりたいと思ってる。だから、一緒に強くなればいい。


 簡単なことだった。

 俺がニーナを守る為に強くなるにしても、ニーナが弱いままでいる必要なんて1つもない。強くなるのだって、一緒でいいんだ。


 俺がニーナを守りたいと思うことと、ニーナが強くなりたいと願う事は、別に何も矛盾してないじゃないか。


「……ごめん。自分でも気付かないうちに、随分と馬鹿なこと考えてたみたいだ」


 ニーナのほうが俺なんかよりもずっと強い人だなんてとっくに分かっているつもりだった。呪いなんて関係なく、2人で支えあって生きていけばいいと思っていた。

 思っていた、はずなのにっ……!


「一緒に強くなればいいだけだよな。なんで俺、なんて思っちゃったんだっ……!」


 ニーナは憤る俺を抱きしめながら、耳元で俺の疑問に答えてくれる。


「ダン。私は自分で望んで貴方の腕の中にいるんだってこと、忘れちゃダメだからね?」


 俺達が一緒にいるのはどちらかの都合なんかじゃなくて、俺達の意思で、俺達の心で、俺達の魂で2人一緒にいる事を望んだから。


「私を連れ出してしまった責任とか、私を幸せにしなきゃいけない義務なんて、貴方には無いの。私は自分の意志でダンに寄り添って、ダンの腕の中で勝手に幸せになるんだから」


 ニーナの言葉で気付かされる。
 俺はいつの間にか、ニーナを弱い存在だと決め付けてしまっていたことに。

 俺が守らなければニーナは死んでしまうと。ニーナを死なせない為には、俺が強くなる以外の方法はないのだと。


 そんなはず、ないじゃないかっ……!


「いっつも守ってくれてありがとう。これからも守るって言ってくれて嬉しい。でも、ダンには私を守る義務なんてないんだってこと、忘れないで」


 義務なんかで……、義務なんかであって堪るかっ!

 俺はこの誰よりも優しい女の子を好きになったから、生涯を共にしようと思ったんだ。


 守らなきゃいけないんじゃない。ただ、俺が護りたいだけなんだ。


「貴方の傍にいるのは私が望んだことだって、貴方の責任じゃなくて私の願いなんだって、何度だって思い出させてあげるからね」


 ニーナは俺に保護されてるわけじゃない、

 俺とニーナはいつだって対等で、大切なパートナーで、愛しい人だったはずじゃないか。


 ……なっさけねぇ。

 ニーナを守るとか言いながら、俺っていっつもニーナに甘えてるよな……。

 ていうかずっと俺のほうがニーナに守ってもらってるのに、どんだけ思い上がってたんだよ俺……。


 本当に、自分の情けなさが嫌になる。


「……ごめんニーナ。あとありがとう。俺、いつの間にこんなに余裕なくなっちゃってたんだ……。やっぱニーナがいないとダメだね俺は……」


 思わずニーナから目を逸らしてしまった俺の後頭部に、ニーナの手がそっと触れる。

 ニーナが俺を優しい手付きで撫でてくれる。


「私の為にいつも無理してくれてありがとう。アッチンでは私の為にティムルと進むことを決めてくれてありがとう」


 俺に優しく微笑みかけながら、静かに感謝の言葉を紡ぎ続けるニーナ。


「私の為に野盗を撃退してくれて……、私のために人を殺してくれてありがとう」


 私の為に人を殺してくれてありがとう。

 ニーナにそう告げられた時、俺の心の奥底に滲んでいる何かが、少しだけ軽くなった気がした。


「私の為に他の人たちも助けてくれてありがとう。私の為に強くなろうとしてくれてありがとう。ダンがすることは、いつも私のためなんだって分かってる。だから私は、ダンが何をしたって嬉しいの」


 ニーナの為なら人を殺しても仕方ないんだって。

 ニーナの為なら誰かから奪っても仕方ないんだって。

 ニーナの為ならティムルを見捨てても仕方ないんだって。


 これは結局、ニーナを言い訳にして目を逸らしていただけだったんだ。


 だけどニーナは、そんな俺の行動を全部肯定すると言ってくれている。


「ダンが自分を責める度に、私はダンを肯定するよ。私のためにごめんなさいなんて、絶対言わないから」


 俺が人を殺めたのは自分の責任です。俺の正しさは自分が証明します。

 貴方の罪を、私も背負いますと、ニーナは言ってくれている。


「……俺、弱くてバカだからさ。自分がやっている事が正しいのか、自分のやっている事が間違ってないのか……。すぐに分かんなくなっちゃうんだ」


 自分では慣れたつもりだったんだけどなぁ、こっちの世界の常識に。

 慣れたわけじゃなくて、目を逸らしてただけだったのか。


「これからもいっぱい迷うし、いっぱい間違えるし、いっぱい謝っちゃうと思うけど……。俺がどっかに行っちゃわないように、ずっと捕まえててくれる?」

「ぜーったいに、離してあげないよーだ」


 ぎゅーっ、と抱きしめてくれるニーナに安心する。


 なんかニーナに甘えてばっかりだなぁ俺って。

 でも今は余計なことを考えず、甘えさせてもらおうかな。


 この後ベッドの上で全力でニーナに甘え倒してから、気絶するみたいに眠りについたのだった。





 翌朝起きた時には、宿の朝食が終わっている時間だった。

 終わったものは仕方ないので、そのまま部屋でニーナと職業スキルの引継ぎ条件と、今後の育成方針について話し合うことにした。


「累積? 引き継ぎ? んっと、よく分からないけど、私は今のまま旅人で良いってことだよね? なら何も問題ないよ」


 しかしレベルが可視化されていないニーナには少し分かりにくい話だったみたいだ。というか現時点で話し合っても仕方ない内容だったかもしれないね。

 そんなことを考えていると、ニーナが俺の両頬に手を当てて俺の顔を覗き込んでくる。


「うん。だいぶ力が抜けたみたいだね。とりあえず心配なさそう」


 ニーナが俺の顔を、ぐにぐにと両手で揉みこんでくる。

 昨日はよほど余裕のない表情してたわけか……。


「その節はご心配をおかけしました。もう大丈夫だよ。ありがとうニーナ」


 ニーナが受け入れてくれるなら、きっと俺は大丈夫だ。

 大丈夫だから、今日も元気に新しい1日を始めるとしよう。


「さて、今日はどうしようか? 朝食は終わってるし、外で適当に何か食べる?」


 顔面マッサージのお礼に、俺も両手でニーナをもみもみと揉みこんでみる。

 揉んでる場所は顔じゃないけど、お礼って言ったらお礼なの。


「んっ……、そうだねぇ」


 少し肌を上気させながら、ニーナが今日の予定を考え込む。


「フォーベアの街はまだ見て回ってないし、ゆっくり見て回りたいかな。あとせっかく装備品を用意してもらったから、ダンが扱い方を教えてくれる?」

「おっけー了解だよ。でもニーナに言うまでもないと思うけど、フロイさんに教わった以上の事は教えられないよ。あんまり期待しないでね?」


 本日の予定が決まったので、断腸の想いでニーナから両手を離してフォーベアの街に繰り出した。

 目に付いた屋台を適当にハシゴしたり、街の外に出て2人で武器を振ってみたり、新しく服を買ってみたりと、ニーナとのフォーベアデートを思う存分楽しんだ。


 ここから更に北上すれば、今回の旅の目的地であるマグエルに到着する。馬車だと6日ほどで、徒歩だと10日ほどの距離だ。
 マグエルには、スポットと呼ばれる魔物の発生しやすい場所が近くにあるため、今まで通ってきた街よりも、街同士が少し距離が離れているらしい。

 ようやく見えてきた目的地に想いを馳せながら、本日のデートは終わりを告げた。


 デートを終えたら、宿に戻って夕食の時間だ。

 ニーナは昨日に続いて早めのペースでお酒を飲んでいる。気に入ったのかな?


「ニーナ。そのお酒気に入ったの? 昨日も飲んでたよね」

「んふふー。違いますよぉご主人様ぁ。昨日は色々あって酔いが抜けちゃいましたからぁ、飲みなおしてるんですよぉ」


 あれ? ニーナの目が据わっている? いつの間にか相当量飲んでる?


「ご主人様もぉ、すっかり元気になったみたいですしぃ。今晩から取り立てをぉ、始めさせていただきますねぇ」


 こ、今晩から取り立てられちゃうのぉ……!

 ニーナの言葉に思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。


「え、えーと? 取り立てを始めるのは吝かではないんだけど、それとお酒とどういう関係が?」

「むふー。ステイーダで私がお酒を飲んだときぃ、ご主人様が嬉しそうだったからぁ。今晩はぁ、それを再現してみようかなぁって?」


 あれ? あの時ニーナって結構酔ってたし、後日その話も振られなかったから覚えてないのかと思ってたよ。ハッスルして暴走してたところもバッチリ記憶されていると?

 考え込む俺に、ニーナは両手を大きく広げて俺の方に突き出した。それはまるで幼い子供が抱っこをねだるような……。


「ねぇご主人様ぁ。私、ちょっと立てそうにないですぅ。だっこぉ」


 って、マジで抱っこのおねだりかよっ!? ギリギリ奴隷なのは覚えているっぽいのに、酔っ払って甘えんぼモードに入っておられる……!

 急いでニーナをお姫様抱っこをして食堂を飛び出す。


 ちょ、ニーナさん。首に抱きつかないでっ。


「えへへぇ。ご主人様、だーいすきっ」


 ニーナさん待って! まだ部屋についてないから!

 くっ、部屋が遠い! ステイーダからアッチンに向かうよりも遠くに感じ……うおおおおお!
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