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序章 始まりの日々2 マグエルを目指して
020 旅は道連れ (改)
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目が覚める。辺りはまだ明るくない。今日は流石に寝過ごさずに済んだみたいだ。
静かに体を起こして体調を確認する。
うん、昨日よりもだいぶ良くなったかな。
昨日は寝る前に適度……、いやちょっとだけ強めの運動をしたおかげか、頭も心もスッキリしている。
いや、野営や野宿続きで1週間くらいご無沙汰だったし、全然適度な運動じゃなかったかもしれないけど?
付き合ってくれた感謝とお詫びを込めて、ニーナが起きるまで頭を撫でておく。
「ん……、ダン……?」
暫く頭を撫でていると、我等がお姫様のお目覚めだ。
「おはようニーナ。良く眠れ、ンム」
「ちゅ~~っ」
挨拶の途中で口を塞がれる。これはまだ寝惚けてるかな?
ニーナは野営地みたいに安心できない場所での眠りは浅いけど、安心して眠れる場所だと結構お寝坊さんだ。
それに普段はあまり見せてくれないけれど、酔った時とか寝惚けてる時には、思い切り甘えてくる。
普段あまり甘えてこないのは、自分が甘える事が俺の負担になることを嫌っているんだろうなぁ。
つまり俺が頼りないのが悪い。
ニーナの好きにさせながら、ニーナを軽く抱きしめて頭を優しく撫でる。
彼女の気の済むまで好きにさせておこうと思ったら、鼻から下が溶けてなくなるかと思うくらい好きにされてしまった。
し、舌の感覚がないんですが……。
「昨夜はダンに1週間分取り立てられちゃったから、私も取り立てさせてもらっちゃったっ」
スッキリした顔でベッドから出ていってしまうニーナ。
えっ、ニーナさん。取り立てって、これで終わりっすか?
いや不満なんてないです。不満なんてないですけど、世間では生殺しって言うんですよ、こういうの。
ごく一部が過剰なほど元気になってしまったのは置いておくとして、2人とも大分疲れが取れてきて、アッチンを散策する足取りも軽い。
日本に居た頃はリア充爆発しろとか、人前でイチャつくバカップルは死ねばいいのにって思っていたけど、いざ自分が好きな人と歩いていると、周りなんて気にせずイチャつきたくなる気持ちが分かってしまう。
ニーナも今朝の取り立てで変なスイッチが入ったのか、奴隷の距離感を忘れて普通にくっついてくる。
ダメだ。爆発しそう、色んな意味で。って俺が爆発してどうする。
目的もなく散策してるだけなのに、ニーナと一緒ってだけで、なんでこんなに楽しいのぉ?
アッチンまでの道中は本当にキツかったけど、こうしてニーナと散策しているだけで全部報われたような気分になっちゃうよぉ。
「2人とも調子はどう? 護衛の件、考えてくれたかしら?」
何故かこの日の夕食から、ティムルが普通に同席するようになった。
ティムルが同席するようになって、今まで向かい合って食事を取っていたニーナが俺の隣りで食事するようになった。
顔が見れなくて残念なような、距離が近くなって嬉しいような。
「おかげさまで順調に回復してますよ。私たちは休暇中なので、邪魔しないでくれます?」
「そんな邪険にしないでよ~。気兼ねなく話せる相手がいるって、ありがたくってさぁ」
初日は奴隷として発言を控えていたっぽいニーナも、普通に会話に参加するようになった。
喧嘩してるんだかじゃれ合ってるのか、女性同士の会話は判断が難しいね。
「まだ出発まで日にちもあるし、野盗が討伐される可能性だってあるでしょう? 無理に私たちを説得しなくてもいいんじゃないですか?」
「野盗が討伐されても依頼を取り消したりはしないわよぉ。そこは安心してちょうだい」
引き受けた後に野盗が討伐されれば何もせずに5000リーフがもらえるわけか。そう考えるとかなり美味しいけど、そんな美味い話があるはずもないんだよなぁ。
「それに野盗が居なくなっても1人旅が危険であることには変わりないからね。出来れば請けて欲しいなぁ?」
俺は特に情報の確認はしてないけど、ティムルの言い分だとまだ野盗は健在ということかぁ。俺たちが出発する前に、誰か排除してくれよなぁ。
「そう言えば野盗ってどんな扱いをされるんだ? 討伐したらなんかもらえたりするの? あと、生け捕りと殺しちゃった場合の扱いの差とかあるのかな?」
ティムルにも野盗にも関わるつもりは無いけど、せっかくの機会なので聞いてみる。
「討伐出来れば勿論報奨金が出るわよ。でもリスクに見合った額とは言えないかもね」
もぐもぐと夕食を頬張りながら、野盗に関して簡単に説明してくれるティムル。
「排除した場合には何もなし。殺害に成功した場合はステータスプレートが証明になるわ」
「討伐に成功すれば胸からステータスプレートが排出されて、排出されたステータスプレートは内容の変更ができなくなりますしね。これ以上ない討伐の証拠でしょう」
ニーナの説明は俺に対してだな。ティムルの言葉だけだと俺のステータスプレートに変化があるみたいに聞こえちゃうから。
ニーナの言っていることが本当なら、人が死ぬと胸からステータスプレートが排出されるわけだ。
「生かしたまま捕らえれば奴隷として買い取ってもらえるけど……。大した額じゃないわねぇ」
んー? 個人で野盗討伐するメリット、全然ないな?
盗賊狩りをしてお金を稼ぐって異世界作品は多かった気がするけど、この世界ではまったく金にならないらしいね。
「なに? 野盗討伐に興味あるわけ? 正直お勧めしないわよ。割に合わないから」
大丈夫。そんな気は全く無いから。
「討伐には興味ないけど、俺たちが襲われる可能性はあるから聞いてみたんだよ。俺って最近旅を始めたばかりの世間知らずだからね」
世間知らずというか世界知らずって感じかもしれないけどね。
知らないと対処できない脅威ってのは意外と多い。なるべく色んな危険性を考慮できるように情報を収集しておきたいのだ。
「ってわけで、野盗が出るってのはよくあることなのかな?」
「んー、そこまで遭遇率は高くないけど、野盗の存在自体は珍しくないわね」
つまり滅多に遭遇する事はないだろうけれど、遭遇リスクを無視するのは危険だってくらいの脅威度かな?
今回は近くに野盗がいるのは確実なわけだから、普通に考えるよりもリスクは大きいわけだけど。
「強力な魔物を倒す力はなくても、人を殺す力は誰しもが持ってるものだから。稼ぐよりも奪う方が楽に思う人もいるのよ」
人を殺す力、ね。
対人戦はHPが機能しないので、魔物戦と比べて番狂わせが起こりやすい。
そんなものに積極的に手を出すほど酔狂じゃないけど、逆に考えると高LVの戦闘職を俺が倒せる可能性もあると言えるのか。
「つうかアンタ行商人なんだろ? 手持ちの金も無いのにアッチンに数日間滞在って、なにしてんのさ? 荷物を処分して路銀を稼ぐとかすりゃいいじゃん?」
「実は私の家って結構な大商会でね。旦那が取り仕切ってるんだけど、なまじ手を広げたせいで色々な人付き合いが大変なの。アッチンにはうちと懇意にしてる人が居てね。会長夫人の私がこうして出張って来たってワケ」
大商会の、会長夫人……?
ティムルって、思ったより大物なのか? 夕食の時にニーナと喧嘩ばっかしてるけど。
「お金に関しては多めに持ってきたつもりなんだけど、偶然良さそうな商材を見つけちゃってねぇ……。つい? アッチンにはウチの支店も無いから、追加でお金を出してもらうのも難しくってさぁ」
つい、じゃねぇわ。大商会とか言っておきながら、金の管理くらいちゃんとしろっての。
「ああ、ティムルさんはご結婚されてるんですね。ってそんな大きな商会の会長夫人が護衛もつけずに行商とか意味が分かりません」
だよねぇ? 大物なら大物で、俺たちと接点が出来るのは違和感があるよ。
「本拠地のあるマグエルには商会専属の護衛もいるんだけど、どうしても人数は限られててね。今回は空いてる人がいなくて、アッチンまで移動する別の商隊さんに便乗させてもらったの」
いくら護衛の数が限られてるとは言っても、ティムルって商会長の妻なわけだろ? そんなティムルに護衛をつけずに送り出すなんてありえるのか?
いぶかしむ俺から目を逸らしてティムルが、小さな声で気まずそうに呟く。
「……で、帰りに困ってるってワケね」
「ん~。無理があるような無いような……。既婚という点では加点ですけど、胡散臭さでは減点です」
ティムルの話を聞いたニーナがウンウンと唸っている。既婚が加点ポイントなの?
ティムルの言い分に大きな矛盾点は感じられないな。
どうしても分からないのは、俺たち2人に付き纏う理由くらいだ。
「あー! 大丈夫よニーナちゃん。私は旦那一筋だから。ダンを狙ってるとか、ないないっ!」
両手を体の前でバタバタと振りながら俺を全力で否定するティムル。
じゃあ護衛なんか頼むんじゃねぇっての。
「……ご主人様を譲る気はありませんけど、要らないと言われるのも腹が立つものですね?」
「俺もニーナ一筋だから怒んなってば」
俺の為にニーナが腹を立ててくれる事実は嬉しくて仕方ないけどねっ!
「ティムルってマグエルに拠点を構える大商人なんだよね? じゃあマグエルの不動産とか扱ってたりする?」
「へ? ええ、貸し家もやってるし、大工連中にも顔が利くけど……」
ティムルの思惑は分からないけれど……。
付き纏ってくるなら、こっちはこっちで利用させてもらおう。
「なに? 貴方達、マグエルに来るわけ?」
「ああ。俺たちはマグエルに長期間滞在しようと思っててさ。マグエルでは宿じゃなくて、家を借りようかなって思ってたんだよねぇ」
「……ご主人様。宜しいのですか?」
ニーナが心配そうに俺に確認してくる。
俺がティムルの話を引き受けるつもりなのを察して、俺の負担が増すことを懸念しているんだろう。
でも正直な話、俺達2人だけで移動するよりは安全じゃね?
非戦闘員でも土地勘のある人間と同行したほうが、ほんの少しマシなんじゃないかとも思うんだよね。
それに俺達みたいな少人数での旅では、人手が増えると出来る事も格段に増える。
アッチンまでの道中みたいに多少のデスマーチになっても、俺たちよりも旅慣れてるであろうティムルが音を上げるとは思わないし。
「ティムル。5000リーフに加えてマグエルで俺達の住居を世話してくれるなら、護衛の話請けてもいいよ」
新たな条件を提示しても5000リーフを遠慮したりする気は無い。俺達にはまだまだ余裕が無いのだから。
「でも何度も言う通り俺はそこまで戦える自信はないから。話が違うとかゴネられても知らないからね?」
「ええ。それで充分よ。恩に着るわ」
安心したように微笑むティムル。
何でこいつ、こんなに俺たちに執着するんだ? なんかこう、悪意も感じないしさぁ。
「フォーベアにはうちの支店があるから、フォーベアからは馬車を用意できるわ。2人が望むならマグエルまで一緒に乗せてあげることもできるわよ?」
「いや、俺たちは徒歩での旅を楽しんでるんでね。気持ちだけいただいておくよ。フォーベアに着いたら紹介状でも書いてくれたら助かるかな」
異世界に来たんだから、馬車にも少し乗ってみたい。
けどそれは、ニーナと一緒じゃないと意味がないんだよね。
「了解。一筆したためてあげるわ。それじゃ改めてよろしくね。それと今まで通り、出発までは夕食もご一緒させて欲しいわ」
まぁすっかり3人で夕食を取るのが自然になっちゃったし、そのくらいはね。
ともかく、これで家のアテは出来たかなぁ。
マグエルまではまだまだ遠いけど、到着すればすぐに家が借りれるかもしれないってのはありがたい。
仮にティムルに上手く騙されてたとしたら……、まぁ諦めよう。
フォーベアで元々の報酬を支払ってもらえれば、物件の紹介はあくまでおまけだ。無くなっても困るわけじゃないからね。
部屋に戻って、ニーナと2人っきりで話し合い。
ニーナは不安そうな面持ちで、ティムルの依頼を請けたことを心配してくれている。
「ダン。ティムルの話、請けて良かったの? ティムル自身の怪しさもあるけど、やっぱり野盗が心配だよ」
ティムル。やっぱお前、ニーナにも胡散臭いって言われてるよ。
殆ど俺の独断で決めてしまった、ティムルの依頼を請けた理由をニーナに説明していく。
「うん。でも野盗がいつまで居るか分からないし、1度撃退もされてる。だから既にこの地を離れてしまっている可能性もあるでしょ?」
自分で言ってて、フラグ感がビンビンするんだけどねっ。
「その場合、俺たちはいつまで経っても出発する事ができなくなっちゃう。無理矢理進むにしても俺たちは他の人と同行するのが難しいから、ティムルが去った後だと2人で進まなきゃいけない」
アッチンまでの道中で、俺が如何に無力かを思い知らされた。
まだまだ無力の俺は、使えるものは何でも利用するべきだと思うんだ。
「だけど今ならティムルと一緒に、3人で進むことが出来る。そう思ってティムルの依頼を請けることにしたんだよ。ティムルは俺たちよりも旅慣れてるだろうしね」
俺たちなんかに追っ手がかかってるとは思ってないけど、一応逃避行だからね。あまり長期間アッチンで足止めされるわけにもいかない。
「……結局どこかのタイミングで決断しなきゃダメ。先送りにしたら2人で進まなきゃいけなくなって、今ならティムルと一緒に進めて、フォーベアでは報酬も受け取れる……。だから悪い話じゃないんだけど、うーっ!」
頭を抱えて悶えるニーナ。
もし野盗と遭遇してしまったら。
もしもティムルが悪人で、騙されているのだとしたら。
ニーナが心配しているのは、きっとどこまでも俺のことだ。不測の事態が起きて、俺の負担が増すことを心配してくれている。
ニーナは自分のせいで徒歩での移動を強いられているのを、ずっと負い目に感じているだろうから。
唸っているニーナを抱きしめて頭を撫でる。
ニーナはこれが好きみたいだし、俺もこれをするのは好きだったりする。
「俺たちってさ。足踏みしてても何も解決できないと思うんだよね」
マグエルへの到着も、ニーナの呪いの解決策も、足踏みしてたらいつまで経っても辿り着けないんだ。
「リスクを無視しろって話じゃないけど、俺たちがリスクをゼロにするのって無理だと思うんだ。少なくとも今の俺たちでは」
リスクなんて背負いたくはない。
だけど無力な今の俺たちに、リスクゼロで出来ることなんて、何もない。
「ニーナとは偶然縁があって一緒になって、今凄く楽しくて幸せなんだ。だから俺はまた、ここで生まれた新たな縁を受け入れてみてもいいかな、って思ったんだよ」
ティムルは胡散臭さマックスだけど。悪意だけは感じないんだよなぁ……。
あれが演技だって言うなら、大商人には金輪際近寄らないで生きていこうと思うレベルだよ。
「縁、か……。私もダンに助けてもらったのに、ダンが誰かを助けようとするのを邪魔するのは違うね。私はダンのすることを後押しするべきだよね」
「ま、フォーベアまでは2人きりの旅路に、ちょっとだけ余計なものがついて来ちゃうけどね。フォーベアに着いたらまた、色々取り立てようよ、お互いにさ」
俺の言葉を聞いて、きょとんとするニーナ。
そして堪えきれないといった様子で、盛大に吹き出した。
「……ぷっ、あはは! なにそれっ? そんなに取り立てが楽しかったの?」
うんっ! すっごく楽しかったです!
ま、ニーナと一緒ならなんだって楽しいんだけどさ。
「あはははっ。それじゃ、フォーベアまで絶対に、無事に辿り着かなきゃダメだね。あははははっ」
ニーナがツボにハマってしまったらしい。
こんなに大笑いするニーナを見るのは珍しいなぁ。というか、初めてじゃない?
「あはっ。いいよダン。その話、乗ってあげる」
笑いを堪えながらも、ニーナは俺に同意してくれた。
ティムルの依頼を請けた事に納得したんじゃなくて、フォーベアでの取り立てに同意してくれたみたいですけどね?
「でもさぁ。今回はフォーベアまで2人きりじゃなくなっちゃうんだから、取り立てだけじゃあ足りないんじゃないかなぁ?」
へ? 取立てに同意してくれたんじゃ……。
ってニーナさん? どうして俺に獲物を見るような眼差しを送ってくるんですか?
「ふっふっふー。出発まで、いーっぱい前借りもさせてもらうねっ」
と、取り立てだけじゃなく、前借りだってぇっ!?
あ、ちょっと待ってくださいニーナさん。昨晩は1週間振りだったからあんな感じだったわけで、毎回あんな感じってワケには。
えっと、その、ちょっと待って?
こ、この人って、俺の奴隷じゃなかったかなー? あ~れ~?
静かに体を起こして体調を確認する。
うん、昨日よりもだいぶ良くなったかな。
昨日は寝る前に適度……、いやちょっとだけ強めの運動をしたおかげか、頭も心もスッキリしている。
いや、野営や野宿続きで1週間くらいご無沙汰だったし、全然適度な運動じゃなかったかもしれないけど?
付き合ってくれた感謝とお詫びを込めて、ニーナが起きるまで頭を撫でておく。
「ん……、ダン……?」
暫く頭を撫でていると、我等がお姫様のお目覚めだ。
「おはようニーナ。良く眠れ、ンム」
「ちゅ~~っ」
挨拶の途中で口を塞がれる。これはまだ寝惚けてるかな?
ニーナは野営地みたいに安心できない場所での眠りは浅いけど、安心して眠れる場所だと結構お寝坊さんだ。
それに普段はあまり見せてくれないけれど、酔った時とか寝惚けてる時には、思い切り甘えてくる。
普段あまり甘えてこないのは、自分が甘える事が俺の負担になることを嫌っているんだろうなぁ。
つまり俺が頼りないのが悪い。
ニーナの好きにさせながら、ニーナを軽く抱きしめて頭を優しく撫でる。
彼女の気の済むまで好きにさせておこうと思ったら、鼻から下が溶けてなくなるかと思うくらい好きにされてしまった。
し、舌の感覚がないんですが……。
「昨夜はダンに1週間分取り立てられちゃったから、私も取り立てさせてもらっちゃったっ」
スッキリした顔でベッドから出ていってしまうニーナ。
えっ、ニーナさん。取り立てって、これで終わりっすか?
いや不満なんてないです。不満なんてないですけど、世間では生殺しって言うんですよ、こういうの。
ごく一部が過剰なほど元気になってしまったのは置いておくとして、2人とも大分疲れが取れてきて、アッチンを散策する足取りも軽い。
日本に居た頃はリア充爆発しろとか、人前でイチャつくバカップルは死ねばいいのにって思っていたけど、いざ自分が好きな人と歩いていると、周りなんて気にせずイチャつきたくなる気持ちが分かってしまう。
ニーナも今朝の取り立てで変なスイッチが入ったのか、奴隷の距離感を忘れて普通にくっついてくる。
ダメだ。爆発しそう、色んな意味で。って俺が爆発してどうする。
目的もなく散策してるだけなのに、ニーナと一緒ってだけで、なんでこんなに楽しいのぉ?
アッチンまでの道中は本当にキツかったけど、こうしてニーナと散策しているだけで全部報われたような気分になっちゃうよぉ。
「2人とも調子はどう? 護衛の件、考えてくれたかしら?」
何故かこの日の夕食から、ティムルが普通に同席するようになった。
ティムルが同席するようになって、今まで向かい合って食事を取っていたニーナが俺の隣りで食事するようになった。
顔が見れなくて残念なような、距離が近くなって嬉しいような。
「おかげさまで順調に回復してますよ。私たちは休暇中なので、邪魔しないでくれます?」
「そんな邪険にしないでよ~。気兼ねなく話せる相手がいるって、ありがたくってさぁ」
初日は奴隷として発言を控えていたっぽいニーナも、普通に会話に参加するようになった。
喧嘩してるんだかじゃれ合ってるのか、女性同士の会話は判断が難しいね。
「まだ出発まで日にちもあるし、野盗が討伐される可能性だってあるでしょう? 無理に私たちを説得しなくてもいいんじゃないですか?」
「野盗が討伐されても依頼を取り消したりはしないわよぉ。そこは安心してちょうだい」
引き受けた後に野盗が討伐されれば何もせずに5000リーフがもらえるわけか。そう考えるとかなり美味しいけど、そんな美味い話があるはずもないんだよなぁ。
「それに野盗が居なくなっても1人旅が危険であることには変わりないからね。出来れば請けて欲しいなぁ?」
俺は特に情報の確認はしてないけど、ティムルの言い分だとまだ野盗は健在ということかぁ。俺たちが出発する前に、誰か排除してくれよなぁ。
「そう言えば野盗ってどんな扱いをされるんだ? 討伐したらなんかもらえたりするの? あと、生け捕りと殺しちゃった場合の扱いの差とかあるのかな?」
ティムルにも野盗にも関わるつもりは無いけど、せっかくの機会なので聞いてみる。
「討伐出来れば勿論報奨金が出るわよ。でもリスクに見合った額とは言えないかもね」
もぐもぐと夕食を頬張りながら、野盗に関して簡単に説明してくれるティムル。
「排除した場合には何もなし。殺害に成功した場合はステータスプレートが証明になるわ」
「討伐に成功すれば胸からステータスプレートが排出されて、排出されたステータスプレートは内容の変更ができなくなりますしね。これ以上ない討伐の証拠でしょう」
ニーナの説明は俺に対してだな。ティムルの言葉だけだと俺のステータスプレートに変化があるみたいに聞こえちゃうから。
ニーナの言っていることが本当なら、人が死ぬと胸からステータスプレートが排出されるわけだ。
「生かしたまま捕らえれば奴隷として買い取ってもらえるけど……。大した額じゃないわねぇ」
んー? 個人で野盗討伐するメリット、全然ないな?
盗賊狩りをしてお金を稼ぐって異世界作品は多かった気がするけど、この世界ではまったく金にならないらしいね。
「なに? 野盗討伐に興味あるわけ? 正直お勧めしないわよ。割に合わないから」
大丈夫。そんな気は全く無いから。
「討伐には興味ないけど、俺たちが襲われる可能性はあるから聞いてみたんだよ。俺って最近旅を始めたばかりの世間知らずだからね」
世間知らずというか世界知らずって感じかもしれないけどね。
知らないと対処できない脅威ってのは意外と多い。なるべく色んな危険性を考慮できるように情報を収集しておきたいのだ。
「ってわけで、野盗が出るってのはよくあることなのかな?」
「んー、そこまで遭遇率は高くないけど、野盗の存在自体は珍しくないわね」
つまり滅多に遭遇する事はないだろうけれど、遭遇リスクを無視するのは危険だってくらいの脅威度かな?
今回は近くに野盗がいるのは確実なわけだから、普通に考えるよりもリスクは大きいわけだけど。
「強力な魔物を倒す力はなくても、人を殺す力は誰しもが持ってるものだから。稼ぐよりも奪う方が楽に思う人もいるのよ」
人を殺す力、ね。
対人戦はHPが機能しないので、魔物戦と比べて番狂わせが起こりやすい。
そんなものに積極的に手を出すほど酔狂じゃないけど、逆に考えると高LVの戦闘職を俺が倒せる可能性もあると言えるのか。
「つうかアンタ行商人なんだろ? 手持ちの金も無いのにアッチンに数日間滞在って、なにしてんのさ? 荷物を処分して路銀を稼ぐとかすりゃいいじゃん?」
「実は私の家って結構な大商会でね。旦那が取り仕切ってるんだけど、なまじ手を広げたせいで色々な人付き合いが大変なの。アッチンにはうちと懇意にしてる人が居てね。会長夫人の私がこうして出張って来たってワケ」
大商会の、会長夫人……?
ティムルって、思ったより大物なのか? 夕食の時にニーナと喧嘩ばっかしてるけど。
「お金に関しては多めに持ってきたつもりなんだけど、偶然良さそうな商材を見つけちゃってねぇ……。つい? アッチンにはウチの支店も無いから、追加でお金を出してもらうのも難しくってさぁ」
つい、じゃねぇわ。大商会とか言っておきながら、金の管理くらいちゃんとしろっての。
「ああ、ティムルさんはご結婚されてるんですね。ってそんな大きな商会の会長夫人が護衛もつけずに行商とか意味が分かりません」
だよねぇ? 大物なら大物で、俺たちと接点が出来るのは違和感があるよ。
「本拠地のあるマグエルには商会専属の護衛もいるんだけど、どうしても人数は限られててね。今回は空いてる人がいなくて、アッチンまで移動する別の商隊さんに便乗させてもらったの」
いくら護衛の数が限られてるとは言っても、ティムルって商会長の妻なわけだろ? そんなティムルに護衛をつけずに送り出すなんてありえるのか?
いぶかしむ俺から目を逸らしてティムルが、小さな声で気まずそうに呟く。
「……で、帰りに困ってるってワケね」
「ん~。無理があるような無いような……。既婚という点では加点ですけど、胡散臭さでは減点です」
ティムルの話を聞いたニーナがウンウンと唸っている。既婚が加点ポイントなの?
ティムルの言い分に大きな矛盾点は感じられないな。
どうしても分からないのは、俺たち2人に付き纏う理由くらいだ。
「あー! 大丈夫よニーナちゃん。私は旦那一筋だから。ダンを狙ってるとか、ないないっ!」
両手を体の前でバタバタと振りながら俺を全力で否定するティムル。
じゃあ護衛なんか頼むんじゃねぇっての。
「……ご主人様を譲る気はありませんけど、要らないと言われるのも腹が立つものですね?」
「俺もニーナ一筋だから怒んなってば」
俺の為にニーナが腹を立ててくれる事実は嬉しくて仕方ないけどねっ!
「ティムルってマグエルに拠点を構える大商人なんだよね? じゃあマグエルの不動産とか扱ってたりする?」
「へ? ええ、貸し家もやってるし、大工連中にも顔が利くけど……」
ティムルの思惑は分からないけれど……。
付き纏ってくるなら、こっちはこっちで利用させてもらおう。
「なに? 貴方達、マグエルに来るわけ?」
「ああ。俺たちはマグエルに長期間滞在しようと思っててさ。マグエルでは宿じゃなくて、家を借りようかなって思ってたんだよねぇ」
「……ご主人様。宜しいのですか?」
ニーナが心配そうに俺に確認してくる。
俺がティムルの話を引き受けるつもりなのを察して、俺の負担が増すことを懸念しているんだろう。
でも正直な話、俺達2人だけで移動するよりは安全じゃね?
非戦闘員でも土地勘のある人間と同行したほうが、ほんの少しマシなんじゃないかとも思うんだよね。
それに俺達みたいな少人数での旅では、人手が増えると出来る事も格段に増える。
アッチンまでの道中みたいに多少のデスマーチになっても、俺たちよりも旅慣れてるであろうティムルが音を上げるとは思わないし。
「ティムル。5000リーフに加えてマグエルで俺達の住居を世話してくれるなら、護衛の話請けてもいいよ」
新たな条件を提示しても5000リーフを遠慮したりする気は無い。俺達にはまだまだ余裕が無いのだから。
「でも何度も言う通り俺はそこまで戦える自信はないから。話が違うとかゴネられても知らないからね?」
「ええ。それで充分よ。恩に着るわ」
安心したように微笑むティムル。
何でこいつ、こんなに俺たちに執着するんだ? なんかこう、悪意も感じないしさぁ。
「フォーベアにはうちの支店があるから、フォーベアからは馬車を用意できるわ。2人が望むならマグエルまで一緒に乗せてあげることもできるわよ?」
「いや、俺たちは徒歩での旅を楽しんでるんでね。気持ちだけいただいておくよ。フォーベアに着いたら紹介状でも書いてくれたら助かるかな」
異世界に来たんだから、馬車にも少し乗ってみたい。
けどそれは、ニーナと一緒じゃないと意味がないんだよね。
「了解。一筆したためてあげるわ。それじゃ改めてよろしくね。それと今まで通り、出発までは夕食もご一緒させて欲しいわ」
まぁすっかり3人で夕食を取るのが自然になっちゃったし、そのくらいはね。
ともかく、これで家のアテは出来たかなぁ。
マグエルまではまだまだ遠いけど、到着すればすぐに家が借りれるかもしれないってのはありがたい。
仮にティムルに上手く騙されてたとしたら……、まぁ諦めよう。
フォーベアで元々の報酬を支払ってもらえれば、物件の紹介はあくまでおまけだ。無くなっても困るわけじゃないからね。
部屋に戻って、ニーナと2人っきりで話し合い。
ニーナは不安そうな面持ちで、ティムルの依頼を請けたことを心配してくれている。
「ダン。ティムルの話、請けて良かったの? ティムル自身の怪しさもあるけど、やっぱり野盗が心配だよ」
ティムル。やっぱお前、ニーナにも胡散臭いって言われてるよ。
殆ど俺の独断で決めてしまった、ティムルの依頼を請けた理由をニーナに説明していく。
「うん。でも野盗がいつまで居るか分からないし、1度撃退もされてる。だから既にこの地を離れてしまっている可能性もあるでしょ?」
自分で言ってて、フラグ感がビンビンするんだけどねっ。
「その場合、俺たちはいつまで経っても出発する事ができなくなっちゃう。無理矢理進むにしても俺たちは他の人と同行するのが難しいから、ティムルが去った後だと2人で進まなきゃいけない」
アッチンまでの道中で、俺が如何に無力かを思い知らされた。
まだまだ無力の俺は、使えるものは何でも利用するべきだと思うんだ。
「だけど今ならティムルと一緒に、3人で進むことが出来る。そう思ってティムルの依頼を請けることにしたんだよ。ティムルは俺たちよりも旅慣れてるだろうしね」
俺たちなんかに追っ手がかかってるとは思ってないけど、一応逃避行だからね。あまり長期間アッチンで足止めされるわけにもいかない。
「……結局どこかのタイミングで決断しなきゃダメ。先送りにしたら2人で進まなきゃいけなくなって、今ならティムルと一緒に進めて、フォーベアでは報酬も受け取れる……。だから悪い話じゃないんだけど、うーっ!」
頭を抱えて悶えるニーナ。
もし野盗と遭遇してしまったら。
もしもティムルが悪人で、騙されているのだとしたら。
ニーナが心配しているのは、きっとどこまでも俺のことだ。不測の事態が起きて、俺の負担が増すことを心配してくれている。
ニーナは自分のせいで徒歩での移動を強いられているのを、ずっと負い目に感じているだろうから。
唸っているニーナを抱きしめて頭を撫でる。
ニーナはこれが好きみたいだし、俺もこれをするのは好きだったりする。
「俺たちってさ。足踏みしてても何も解決できないと思うんだよね」
マグエルへの到着も、ニーナの呪いの解決策も、足踏みしてたらいつまで経っても辿り着けないんだ。
「リスクを無視しろって話じゃないけど、俺たちがリスクをゼロにするのって無理だと思うんだ。少なくとも今の俺たちでは」
リスクなんて背負いたくはない。
だけど無力な今の俺たちに、リスクゼロで出来ることなんて、何もない。
「ニーナとは偶然縁があって一緒になって、今凄く楽しくて幸せなんだ。だから俺はまた、ここで生まれた新たな縁を受け入れてみてもいいかな、って思ったんだよ」
ティムルは胡散臭さマックスだけど。悪意だけは感じないんだよなぁ……。
あれが演技だって言うなら、大商人には金輪際近寄らないで生きていこうと思うレベルだよ。
「縁、か……。私もダンに助けてもらったのに、ダンが誰かを助けようとするのを邪魔するのは違うね。私はダンのすることを後押しするべきだよね」
「ま、フォーベアまでは2人きりの旅路に、ちょっとだけ余計なものがついて来ちゃうけどね。フォーベアに着いたらまた、色々取り立てようよ、お互いにさ」
俺の言葉を聞いて、きょとんとするニーナ。
そして堪えきれないといった様子で、盛大に吹き出した。
「……ぷっ、あはは! なにそれっ? そんなに取り立てが楽しかったの?」
うんっ! すっごく楽しかったです!
ま、ニーナと一緒ならなんだって楽しいんだけどさ。
「あはははっ。それじゃ、フォーベアまで絶対に、無事に辿り着かなきゃダメだね。あははははっ」
ニーナがツボにハマってしまったらしい。
こんなに大笑いするニーナを見るのは珍しいなぁ。というか、初めてじゃない?
「あはっ。いいよダン。その話、乗ってあげる」
笑いを堪えながらも、ニーナは俺に同意してくれた。
ティムルの依頼を請けた事に納得したんじゃなくて、フォーベアでの取り立てに同意してくれたみたいですけどね?
「でもさぁ。今回はフォーベアまで2人きりじゃなくなっちゃうんだから、取り立てだけじゃあ足りないんじゃないかなぁ?」
へ? 取立てに同意してくれたんじゃ……。
ってニーナさん? どうして俺に獲物を見るような眼差しを送ってくるんですか?
「ふっふっふー。出発まで、いーっぱい前借りもさせてもらうねっ」
と、取り立てだけじゃなく、前借りだってぇっ!?
あ、ちょっと待ってくださいニーナさん。昨晩は1週間振りだったからあんな感じだったわけで、毎回あんな感じってワケには。
えっと、その、ちょっと待って?
こ、この人って、俺の奴隷じゃなかったかなー? あ~れ~?
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