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序章 始まりの日々1 呪われた少女
008 ニーナ (改)
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毎日兎を狩るだけの生活を繰り返し、支援打ち切りの日まであと20日。
日当平均150リーフの生活で、お金に余裕が出来てきた代わりに硬貨がかさばるようになってきたので、ちょうど宿に顔を出したラスティさんに相談してみたら、辛い現実が待ち構えていた。
「両替はどこのギルドでも可能ですよ。ですが手数料として、金額の1割を納める必要がありますからね」
えぇ。1割ってかなりボッタクリすぎじゃない……?
財布として使っている布袋がかなりの重量になってきている。今はリュックに入れているけど、歩くと結構音も出るから目立ってきてるように感じて気が気じゃない。
難民としてお役人さんたちに保護してもらってる現状はまだ安全だけど、支援が打ち切られた途端にカツアゲされる可能性は凄く高い気がするんだよねぇ。
いまや所持金は1000リーフを超え、銅貨が馬鹿にならない存在感になっちゃってるよぉ。
ちなみに村人レベルの方は昨日の終わりごろになんとか4に到達した。まずは馬車で見た男の子を基準としてLV7を目指すつもりだ。
旅人になればインベントリにお金を収納するようなことが出来るかもしれないし、両替はぎりぎりまで様子を見よう。高いからね。
森に赴き、すっかり習慣みたいになってしまった兎狩りを始める。
ここ最近は、突進を盾で受け止めてみたり、わざと噛み付きを食らってみたりと色々試してみた。
攻撃力はキューブスライムよりも高いと言うのは本当だったみたいで、噛み付きの時のダメージは本気で泣きそうになった。
突進を盾無しで受ける気にはとてもなれませんでしたよ、トホホ。
1日中兎を狩り続けたら、暗くなる前にステイルークに帰還しギルドで換金を済ませる。
村人LV4になったけれど、白兎との戦闘時間は殆ど変わった気がしないね。1日の報酬額が殆ど増えていないことも、それを証明してると思う。
レベルの扱いがどんなものなのかまだ確信は持てないけど、村人のレベルをいくら上げても攻撃力は上がってないっぽいかなぁ。
流石は初期職にして地雷職ってね。嫌われるわけだわ。
ん~。身体能力が上がらないなら、レベルにはいったいどんな意味があるんだろ?
報酬を貰って疲れた足取りで宿に戻ると、なんだかいつもと様子が違っていた。
なんだあれ? 宿の入り口の所で人が集まって、なんか話をしてるな。厄介事じゃないと良いんだけど。
……例えば今すぐここを引き払えー、とか? やめよう、縁起でもない。
「お、ダンじゃねぇか。頑張ってるようで何よりだ」
いつもと違う宿の様子に足を止めていると、直ぐ隣りから聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。声の主を確認すると、思った通りの人物がニカッと笑顔を浮かべていた。
「フロイさんじゃんっ。もうあっちのほうは片付いたの?」
ステイルークまでの道中凄くお世話になったけど、ステイルークに戻らずに慌ただしく開拓村へ戻っていったフロイさん。フロイさんがここに居るって事は、開拓村の仕事は終わったのかな?
しっかし、日が落ちていたので声をかけられるまでフロイさんに気付かなかった。フロイさんの方はすぐに俺に気付いたみたいなのになぁ。流石歴戦の兵士と思っておこう。
「いや前回と同じ。生存者の護衛だ。手続きが終ったらまたすぐに戻るわ」
俺の問いかけに、ちょっと疲れた様子で答えてくれるフロイさん。
「ただもう生存者の捜索は終了してるし、周辺の魔物調査が終われば帰って来れるだろうから、今月中には戻れるんじゃねぇかなぁ」
「へぇ? 俺の後にも生存者が見つかったんだ? そりゃいい知らせだね。本人はこれから大変だろうけど……、俺より苦労する人ってそうそう居ないでしょ?」
疲れたフロイさんを労って自虐ネタをかましてみたけど、どうやら不発に終わってしまったようだ。俺の言葉を聞いたフロイさんは複雑そうな表情を浮かべてしまった。
「いやぁ、それがちょっと面倒でなぁ……。ダンよりも大変なんじゃねぇかな」
は? 俺より大変って……。
あっ、まさか俺の他にもこの世界に転移して来た人が居たとかっ!?
フロイさんは1歩距離を詰めて、小声で教えてくれる。
「今あそこで人が集まってんだろ? あれな、生存者の扱いが難しくて相談してんだよ。あっと、生存者はあそこにいる、1番背の低い獣人の娘だ」
フロイさんが小さく指差す方向に目を凝らしてみるけど、俺の視力じゃ顔は確認できないな。
背が低くて、ロングスカートっぽいシルエットが1つある事しか分からない。
「開拓村の近くに隠れ住んでた獣人の一家だったみたいでよ。去年と今年の人頭税が未払いだったんだよ。まぁ、それは1年分の納税免除と支援金で大部分は相殺できたんだが、問題はなんで隠れ住んでいたかってことなんだよ」
そうだね。俺自身の人頭税もチャラにしてもらえたんだから、それが理由で大変って事はないんだろう。いや税金を免除されても俺は大変な状況だけどさぁ。
まぁ隠れ住んでいた理由なんて、パッと思いつくのはこれくらいだ。
「……犯罪者だった、とか?」
「いや、犯罪者じゃねぇ。しかし、だからこそ扱いが難しい」
残念。俺の予想は見事大ハズレだったようだ。
う~ん、犯罪者じゃないのに隠れ住む理由か。伝染病か何かで隔離されてたとかかな?
……でもそれなら、そんな人の近くで集まって相談なんかしないか?
「税金に関しちゃ全額ではねぇが解決したし、あと20日だったか? ダンと同じ期間保護することはできるんだがよ。その後生きていくのが難しそうでなぁ」
腕を組んで悩むような仕草を見せるフロイさん。
支援が打ち切られたら生きていくのが難しい? 村人ってだけなら、俺より大変とは言われないはずだ。
でも保護も支援も受けられるんだよな? なのに生きていけないってのはどういうことなのさ?
「お偉いさんも見殺しにするつもりは無いだろうが、かと言って自分のトコで世話するのも嫌なんだよ。だから押し付けあってんのさ」
見殺しにはしたくないけど自分が世話するのも嫌? つまり本人には非は無いけど近づきたくないみたいな理由があるのか。やっぱり病気関係かな?
「支援が終わったら生きていけないって、なんで? 村人の俺でもなんとか稼げて……、何かの病気なの?」
「流石に俺がベラベラ説明するわけにはいかねぇよ。恐らく支援期間が切れるまでアイツはここを出ることはできねぇだろうから、興味があるなら本人に聞いてくれや」
ここでフロイさんは他の兵士さんに呼ばれ、またステイルークを出ていった。
情報を寸止めして去っていきやがるとか最悪だよっ! 気になるじゃないかよぉ。
フロイさんの去っていった方向を恨めしげに睨んでいると、話し合いがどうなったのかは分からないけど、生存者っぽいシルエットは宿に入っていったみたいだ。
生存者同士、難民同士だし、話す機会はあるかな?
あまり話すと俺のボロが出そうで怖いけど、あんな風に寸止めされたら気になって仕方ないってのっ!
さてと、とりあえずここでつっ立ってても仕方ない。俺も宿に戻るとしようかな。
「あ、ダンさんちょうど良いところにーっ」
宿の入り口を潜ると、直ぐに声をかけられた。暗くて見えないけどラスティさんの声のようだ。
「ラスティさんが来てたんですね。なんか用です?」
この暗がりの中、みんなよく俺って分かるなぁ。蝋燭とかランタンの灯りだけだと、顔見えなくない? 照明器具欲しいよぉ。
「実は開拓村からもう1人生存者が見つかって。お互いを紹介しようと思ってたんですよ」
「おおっ、それは良い報せでしたね。俺の方は構いませんよ。あとは夕食食べて寝るだけですから」
本当はフロイさんから既に聞いているけど、ついつい今初めて知ったようなリアクションを取ってしまった。
別に疚しいことは何もないんだけど、フロイさんの話が不穏だったからさぁ……。
「それじゃちょっとだけお付き合いください。ほら、この人が生存者の1人のダンさんですよ」
ラスティさんに促されて後ろから現れたのは、とても可愛い女の子だった。暗くてよく見えないのに、それでも分かるくらいに可愛い。
髪の色は、栗色って奴? 肩にかからないくらいの長さに揃えられた髪、150cmくらいの身長で、スレンダー体系……というか、ちょっと痩せすぎに思えるくらいに痩せてね?
隠れ住んでいたとかって話だし、もしかして満足に食べられてなかったのかな。
っと、いくら暗がりとはいえ女性を無言でじろじろ見てるのは失礼だよな、挨拶でもしよう。
「ああっと。ダンと言います。あまり出来る事はありませんけど、せっかく生き残った縁です。協力できる事があれば、気軽に言ってください」
100%の営業スマイルで爽やかに決めてみた。まずは友好的かつ紳士的にってね。
可愛い子だし仲良くなりたいけど、なんか厄介事らしいしな。適切妥当な距離感で接しましょうかね。
「……ニーナ」
ボソっとひと言だけ発し、少女は視線を逸らして黙り込んでしまった。
こりゃ相手のほうも距離を縮める気がなさそうかぁ。
「ニーナさんですね。了解しました。ここにいる間、宜しくお願いします」
名前を覚えたアピールと仲良くしたいアピールはしておく。かわいいは正義だ。
「ラスティさんがいるって事は、ニーナさんの担当はラスティさんです? 話をするなら、先に夕食を食べた方がいいですかね」
「いえ! ニーナさんのお話はもう終わってますので、私は直ぐに失礼しますっ」
両手のバタバタと左右に振りながら、もう帰るともうアピールするラスティさん。どうしたんだ?
怪訝に思っている俺の前で、更には突然ガバっと頭を下げたからびっくりしてしまう。
「そこで済みませんが、ダンさんにはニーナさんの案内を引き継ぎたいんですよっ。お願いしますっ」
んー? 難民扱いの俺が難民の案内なんてしていいものなのか? と言っても確かに大した案内はされてないかもな。ステイルークの案内くらいなら俺でも出来るのか。
にしたってラスティさんが初めて見るくらい動揺してるのはなんでなんだろ? 今日は何か早く帰りたい用事でもあるのかな?
彼氏とデート、とかだったら引継ぎ拒否してやりたいけど……、まぁいいや。
「構いませんよ。夕食の案内と施設内の説明くらいしか出来ませんけど、それで良ければ」
「た、助かりますっ! それじゃ私はコレで! ニーナさん。後の事はダンさんに聞いてくださいね、それではっ」
背後にいた女の子を俺の方に押しやって、ラスティさんは大急ぎで走り去っていった。
本当に焦ってる様子だったけど何かあるのかな? 突然の生存者の到着で予定が狂ってしまったのかもね。
まぁ今はラスティさんのことはいいや。仲良くなれるかどうかは別にしてもニーナさんも難民だ。助け合わないとな。
「それじゃニーナさん。食事を貰いに行きましょう。ついてきてください」
「…………」
返事はなかったけど、小さく頷いて大人しくついてきてくれたので問題ない。
宿に用意された夕食を受けとる時、ニーナさんは微妙に遠巻きに扱われているような気がした。
フロイさんが言っていた厄介な事情っていったいなんなんだろ?
同じテーブルについて、向かい合って食事をする。距離を詰める気は無いけど、別に嫌われてるわけじゃないんかな? 女心は良く分からないんだよぉ。
無言で食事をするのも楽しくないので、なにか無いかと話題を探す。
「食べながらでいいので、1つ聞いてください」
一応ニーナさんのお世話係みたいになっちゃったし、彼女にはこっちの事情を説明しておこうかな。頼りにされたけど力になれないんじゃお互い堪ったもんじゃないからね。
ニーナさんの視線がこちらに向いたのを確認して続きを話す。
「実は俺、今回の事のショックで記憶を失ってます。協力しますなんて言いましたけど、あまり頼りにはならないでしょうね」
後半はちょっと自虐っぽく軽い調子で言ってみたけどウケなかったようだ。
ってあら? ノーリアクションかと思ったら、なんだか驚いたような顔をしてこちらを見てくるニーナさん。
「……記憶が、ない? そっか、それで私を見てもそんな態度なんだね」
え、記憶を失ってなかったら誰でも知ってるレベルの存在なの? ニーナさんって。国民的アイドル的な? 確かに凄く可愛いと思うけど。
いやそれなら引く手数多で、押し付け合いになんてなるわけないか。
「ダンって言ったっけ。あまり私には構わない方が良いよ。私と関わるのはお勧めしない」
「そうなんです? まぁ記憶がないからそのへんの事情は気にしませんよ」
近づくなじゃなくて、近づかないほうがいい、ね。少なくとも俺に悪感情を持っているわけではなさそうだ。それなら遠慮は要らないなっ。ガンガンいこうぜっ?
「俺は日中の間は魔物狩りをしてるんで、もし用事があれば朝晩のどちらかにお願いします。ニーナさんも知り合いがいないのであれば、朝晩の食事をご一緒にどうです?」
可愛いは正義だからな。
少女に親切にする。男性としては呼吸するのと同じくらい、当然の行為でしょうよ。
「……ううん。ありがとう、気持ちだけ受け取っておく」
ニーナさんは一瞬だけ雰囲気を柔らかくしたものの、すぐに真剣な表情をして俺に告げる。
「ダン。私は呪われているの。呪われているからみんなに嫌われてる。だからダンも近付いちゃダメ」
「……呪い?」
それがフロイさんの言っていた面倒って奴? 近づいちゃダメって、移ったりするのかな?
極力他人の鑑定はしないようにしてきたけど、これはちょっと気になるな。
ニーナさんには申し訳ないけど、ちょっと覗かせてもらおう。
……あれ、なんか犯罪臭が。
ニーナ
女 16歳 獣人族 村人LV10
装備
状態異常 呪い(移動阻害)
ああ、ちゃんと鑑定できた。そして鑑定されたニーナさんにはやはり何のリアクションも無い模様。
しっかし移動阻害の呪いって……、なんだこれ?
黙りこむ俺に言葉を続けるニーナさん。
「そう、呪いよ。私は一定以上の速度で移動することが出来ない。全速力で走る事も出来なければ、馬車で移動する事も、移動魔法も使えないの」
ニーナさんが呪いのことを説明してくれるけど、いまいちピンと来ない。
移動魔法が使えないってのは分かるけど、乗り物にも乗れないし走ることも出来ないってどういう状態なんだ?
「この呪いは母さんが貰ったものでね。私にとっては生まれつきなの」
……母親から受継いだ先天性の呪いか。ニーナさん本人には何の落ち度もないってのが辛いな。
「今まで他の人に呪いを感染した事はないけど、遺伝する以上は感染ってもおかしくないでしょ。だから私達一家は、人里から離れて暮らしてたの」
犯罪者でもなく病気でもなかったけど、伝染病と大差なかったな。でも親子間でしか感染したケースがないなら、そう簡単に移るものでも無いんじゃないの?
しかしこの世界では呪いなんてオカルトが一般的なのか。
いや、一般的なら解呪の方法も確立されてるんじゃ?
「……呪いって、解くことは出来ないんですか?」
「呪いなんて滅多にある状態異常じゃないから、解呪出来る人は殆ど居ないの。もし見つかったとしても、私には対価を払うことは出来ないでしょうね」
呪いの存在は周知されてるけど、やっぱり稀なケースなのか。面倒だな。
ニーナさんはまるでどうでもいいことのように、淡々と告げる。その様子は、解呪なんてとっくに諦めてしまったかのようだ。
「なるほど。簡単な話じゃないのは理解しました」
でもまぁ、ニーナさん本人が諦めていたって俺の知ったことじゃないな。
「それじゃ今日はもう暗いですし、続きは明日にしましょう」
「…………え?」
俺の言葉がよほど予想外だったのか、驚いた表情を見せるニーナさん。
おお、鳩が豆鉄砲を食らったような顔ってこんな感じなんだ。
「日中の時間を無駄には出来ないので、明日はちょっと早起きに付き合ってください」
「え、えっ……?」
挙動不審になっていてもどこか可愛い人だなぁ。
夕食を食べ終わったので先に席を立つ。ニーナさんはなんだか混乱している様子だけど、今は放っておこう。
先天性の呪いねぇ。
他の人に感染させたことはないと言っていたから、普通に会話する分には安全でしょ。
俺に解呪が出来るかは分からないけど、少なくとも俺は様々な職業を探せるからな。解呪スキルを見つけられる可能性は他の人よりも高いだろう。
この世界で生きていく上で、誰もが知っているけど症例が少ない呪いっていう状態異常の情報を得られるメリットは大きい。
母親がどのようにして呪いを受けてしまったのか、今までどのようなことを試したのか。聞くべき事はいくらでもある。
なんてね。ニーナさんが可愛いから仲良くなりたいだけなんだ本当は。
男が頑張る動機なんて、可愛い女の子と仲良くなりたい、これだけで充分でしょ。
日当平均150リーフの生活で、お金に余裕が出来てきた代わりに硬貨がかさばるようになってきたので、ちょうど宿に顔を出したラスティさんに相談してみたら、辛い現実が待ち構えていた。
「両替はどこのギルドでも可能ですよ。ですが手数料として、金額の1割を納める必要がありますからね」
えぇ。1割ってかなりボッタクリすぎじゃない……?
財布として使っている布袋がかなりの重量になってきている。今はリュックに入れているけど、歩くと結構音も出るから目立ってきてるように感じて気が気じゃない。
難民としてお役人さんたちに保護してもらってる現状はまだ安全だけど、支援が打ち切られた途端にカツアゲされる可能性は凄く高い気がするんだよねぇ。
いまや所持金は1000リーフを超え、銅貨が馬鹿にならない存在感になっちゃってるよぉ。
ちなみに村人レベルの方は昨日の終わりごろになんとか4に到達した。まずは馬車で見た男の子を基準としてLV7を目指すつもりだ。
旅人になればインベントリにお金を収納するようなことが出来るかもしれないし、両替はぎりぎりまで様子を見よう。高いからね。
森に赴き、すっかり習慣みたいになってしまった兎狩りを始める。
ここ最近は、突進を盾で受け止めてみたり、わざと噛み付きを食らってみたりと色々試してみた。
攻撃力はキューブスライムよりも高いと言うのは本当だったみたいで、噛み付きの時のダメージは本気で泣きそうになった。
突進を盾無しで受ける気にはとてもなれませんでしたよ、トホホ。
1日中兎を狩り続けたら、暗くなる前にステイルークに帰還しギルドで換金を済ませる。
村人LV4になったけれど、白兎との戦闘時間は殆ど変わった気がしないね。1日の報酬額が殆ど増えていないことも、それを証明してると思う。
レベルの扱いがどんなものなのかまだ確信は持てないけど、村人のレベルをいくら上げても攻撃力は上がってないっぽいかなぁ。
流石は初期職にして地雷職ってね。嫌われるわけだわ。
ん~。身体能力が上がらないなら、レベルにはいったいどんな意味があるんだろ?
報酬を貰って疲れた足取りで宿に戻ると、なんだかいつもと様子が違っていた。
なんだあれ? 宿の入り口の所で人が集まって、なんか話をしてるな。厄介事じゃないと良いんだけど。
……例えば今すぐここを引き払えー、とか? やめよう、縁起でもない。
「お、ダンじゃねぇか。頑張ってるようで何よりだ」
いつもと違う宿の様子に足を止めていると、直ぐ隣りから聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。声の主を確認すると、思った通りの人物がニカッと笑顔を浮かべていた。
「フロイさんじゃんっ。もうあっちのほうは片付いたの?」
ステイルークまでの道中凄くお世話になったけど、ステイルークに戻らずに慌ただしく開拓村へ戻っていったフロイさん。フロイさんがここに居るって事は、開拓村の仕事は終わったのかな?
しっかし、日が落ちていたので声をかけられるまでフロイさんに気付かなかった。フロイさんの方はすぐに俺に気付いたみたいなのになぁ。流石歴戦の兵士と思っておこう。
「いや前回と同じ。生存者の護衛だ。手続きが終ったらまたすぐに戻るわ」
俺の問いかけに、ちょっと疲れた様子で答えてくれるフロイさん。
「ただもう生存者の捜索は終了してるし、周辺の魔物調査が終われば帰って来れるだろうから、今月中には戻れるんじゃねぇかなぁ」
「へぇ? 俺の後にも生存者が見つかったんだ? そりゃいい知らせだね。本人はこれから大変だろうけど……、俺より苦労する人ってそうそう居ないでしょ?」
疲れたフロイさんを労って自虐ネタをかましてみたけど、どうやら不発に終わってしまったようだ。俺の言葉を聞いたフロイさんは複雑そうな表情を浮かべてしまった。
「いやぁ、それがちょっと面倒でなぁ……。ダンよりも大変なんじゃねぇかな」
は? 俺より大変って……。
あっ、まさか俺の他にもこの世界に転移して来た人が居たとかっ!?
フロイさんは1歩距離を詰めて、小声で教えてくれる。
「今あそこで人が集まってんだろ? あれな、生存者の扱いが難しくて相談してんだよ。あっと、生存者はあそこにいる、1番背の低い獣人の娘だ」
フロイさんが小さく指差す方向に目を凝らしてみるけど、俺の視力じゃ顔は確認できないな。
背が低くて、ロングスカートっぽいシルエットが1つある事しか分からない。
「開拓村の近くに隠れ住んでた獣人の一家だったみたいでよ。去年と今年の人頭税が未払いだったんだよ。まぁ、それは1年分の納税免除と支援金で大部分は相殺できたんだが、問題はなんで隠れ住んでいたかってことなんだよ」
そうだね。俺自身の人頭税もチャラにしてもらえたんだから、それが理由で大変って事はないんだろう。いや税金を免除されても俺は大変な状況だけどさぁ。
まぁ隠れ住んでいた理由なんて、パッと思いつくのはこれくらいだ。
「……犯罪者だった、とか?」
「いや、犯罪者じゃねぇ。しかし、だからこそ扱いが難しい」
残念。俺の予想は見事大ハズレだったようだ。
う~ん、犯罪者じゃないのに隠れ住む理由か。伝染病か何かで隔離されてたとかかな?
……でもそれなら、そんな人の近くで集まって相談なんかしないか?
「税金に関しちゃ全額ではねぇが解決したし、あと20日だったか? ダンと同じ期間保護することはできるんだがよ。その後生きていくのが難しそうでなぁ」
腕を組んで悩むような仕草を見せるフロイさん。
支援が打ち切られたら生きていくのが難しい? 村人ってだけなら、俺より大変とは言われないはずだ。
でも保護も支援も受けられるんだよな? なのに生きていけないってのはどういうことなのさ?
「お偉いさんも見殺しにするつもりは無いだろうが、かと言って自分のトコで世話するのも嫌なんだよ。だから押し付けあってんのさ」
見殺しにはしたくないけど自分が世話するのも嫌? つまり本人には非は無いけど近づきたくないみたいな理由があるのか。やっぱり病気関係かな?
「支援が終わったら生きていけないって、なんで? 村人の俺でもなんとか稼げて……、何かの病気なの?」
「流石に俺がベラベラ説明するわけにはいかねぇよ。恐らく支援期間が切れるまでアイツはここを出ることはできねぇだろうから、興味があるなら本人に聞いてくれや」
ここでフロイさんは他の兵士さんに呼ばれ、またステイルークを出ていった。
情報を寸止めして去っていきやがるとか最悪だよっ! 気になるじゃないかよぉ。
フロイさんの去っていった方向を恨めしげに睨んでいると、話し合いがどうなったのかは分からないけど、生存者っぽいシルエットは宿に入っていったみたいだ。
生存者同士、難民同士だし、話す機会はあるかな?
あまり話すと俺のボロが出そうで怖いけど、あんな風に寸止めされたら気になって仕方ないってのっ!
さてと、とりあえずここでつっ立ってても仕方ない。俺も宿に戻るとしようかな。
「あ、ダンさんちょうど良いところにーっ」
宿の入り口を潜ると、直ぐに声をかけられた。暗くて見えないけどラスティさんの声のようだ。
「ラスティさんが来てたんですね。なんか用です?」
この暗がりの中、みんなよく俺って分かるなぁ。蝋燭とかランタンの灯りだけだと、顔見えなくない? 照明器具欲しいよぉ。
「実は開拓村からもう1人生存者が見つかって。お互いを紹介しようと思ってたんですよ」
「おおっ、それは良い報せでしたね。俺の方は構いませんよ。あとは夕食食べて寝るだけですから」
本当はフロイさんから既に聞いているけど、ついつい今初めて知ったようなリアクションを取ってしまった。
別に疚しいことは何もないんだけど、フロイさんの話が不穏だったからさぁ……。
「それじゃちょっとだけお付き合いください。ほら、この人が生存者の1人のダンさんですよ」
ラスティさんに促されて後ろから現れたのは、とても可愛い女の子だった。暗くてよく見えないのに、それでも分かるくらいに可愛い。
髪の色は、栗色って奴? 肩にかからないくらいの長さに揃えられた髪、150cmくらいの身長で、スレンダー体系……というか、ちょっと痩せすぎに思えるくらいに痩せてね?
隠れ住んでいたとかって話だし、もしかして満足に食べられてなかったのかな。
っと、いくら暗がりとはいえ女性を無言でじろじろ見てるのは失礼だよな、挨拶でもしよう。
「ああっと。ダンと言います。あまり出来る事はありませんけど、せっかく生き残った縁です。協力できる事があれば、気軽に言ってください」
100%の営業スマイルで爽やかに決めてみた。まずは友好的かつ紳士的にってね。
可愛い子だし仲良くなりたいけど、なんか厄介事らしいしな。適切妥当な距離感で接しましょうかね。
「……ニーナ」
ボソっとひと言だけ発し、少女は視線を逸らして黙り込んでしまった。
こりゃ相手のほうも距離を縮める気がなさそうかぁ。
「ニーナさんですね。了解しました。ここにいる間、宜しくお願いします」
名前を覚えたアピールと仲良くしたいアピールはしておく。かわいいは正義だ。
「ラスティさんがいるって事は、ニーナさんの担当はラスティさんです? 話をするなら、先に夕食を食べた方がいいですかね」
「いえ! ニーナさんのお話はもう終わってますので、私は直ぐに失礼しますっ」
両手のバタバタと左右に振りながら、もう帰るともうアピールするラスティさん。どうしたんだ?
怪訝に思っている俺の前で、更には突然ガバっと頭を下げたからびっくりしてしまう。
「そこで済みませんが、ダンさんにはニーナさんの案内を引き継ぎたいんですよっ。お願いしますっ」
んー? 難民扱いの俺が難民の案内なんてしていいものなのか? と言っても確かに大した案内はされてないかもな。ステイルークの案内くらいなら俺でも出来るのか。
にしたってラスティさんが初めて見るくらい動揺してるのはなんでなんだろ? 今日は何か早く帰りたい用事でもあるのかな?
彼氏とデート、とかだったら引継ぎ拒否してやりたいけど……、まぁいいや。
「構いませんよ。夕食の案内と施設内の説明くらいしか出来ませんけど、それで良ければ」
「た、助かりますっ! それじゃ私はコレで! ニーナさん。後の事はダンさんに聞いてくださいね、それではっ」
背後にいた女の子を俺の方に押しやって、ラスティさんは大急ぎで走り去っていった。
本当に焦ってる様子だったけど何かあるのかな? 突然の生存者の到着で予定が狂ってしまったのかもね。
まぁ今はラスティさんのことはいいや。仲良くなれるかどうかは別にしてもニーナさんも難民だ。助け合わないとな。
「それじゃニーナさん。食事を貰いに行きましょう。ついてきてください」
「…………」
返事はなかったけど、小さく頷いて大人しくついてきてくれたので問題ない。
宿に用意された夕食を受けとる時、ニーナさんは微妙に遠巻きに扱われているような気がした。
フロイさんが言っていた厄介な事情っていったいなんなんだろ?
同じテーブルについて、向かい合って食事をする。距離を詰める気は無いけど、別に嫌われてるわけじゃないんかな? 女心は良く分からないんだよぉ。
無言で食事をするのも楽しくないので、なにか無いかと話題を探す。
「食べながらでいいので、1つ聞いてください」
一応ニーナさんのお世話係みたいになっちゃったし、彼女にはこっちの事情を説明しておこうかな。頼りにされたけど力になれないんじゃお互い堪ったもんじゃないからね。
ニーナさんの視線がこちらに向いたのを確認して続きを話す。
「実は俺、今回の事のショックで記憶を失ってます。協力しますなんて言いましたけど、あまり頼りにはならないでしょうね」
後半はちょっと自虐っぽく軽い調子で言ってみたけどウケなかったようだ。
ってあら? ノーリアクションかと思ったら、なんだか驚いたような顔をしてこちらを見てくるニーナさん。
「……記憶が、ない? そっか、それで私を見てもそんな態度なんだね」
え、記憶を失ってなかったら誰でも知ってるレベルの存在なの? ニーナさんって。国民的アイドル的な? 確かに凄く可愛いと思うけど。
いやそれなら引く手数多で、押し付け合いになんてなるわけないか。
「ダンって言ったっけ。あまり私には構わない方が良いよ。私と関わるのはお勧めしない」
「そうなんです? まぁ記憶がないからそのへんの事情は気にしませんよ」
近づくなじゃなくて、近づかないほうがいい、ね。少なくとも俺に悪感情を持っているわけではなさそうだ。それなら遠慮は要らないなっ。ガンガンいこうぜっ?
「俺は日中の間は魔物狩りをしてるんで、もし用事があれば朝晩のどちらかにお願いします。ニーナさんも知り合いがいないのであれば、朝晩の食事をご一緒にどうです?」
可愛いは正義だからな。
少女に親切にする。男性としては呼吸するのと同じくらい、当然の行為でしょうよ。
「……ううん。ありがとう、気持ちだけ受け取っておく」
ニーナさんは一瞬だけ雰囲気を柔らかくしたものの、すぐに真剣な表情をして俺に告げる。
「ダン。私は呪われているの。呪われているからみんなに嫌われてる。だからダンも近付いちゃダメ」
「……呪い?」
それがフロイさんの言っていた面倒って奴? 近づいちゃダメって、移ったりするのかな?
極力他人の鑑定はしないようにしてきたけど、これはちょっと気になるな。
ニーナさんには申し訳ないけど、ちょっと覗かせてもらおう。
……あれ、なんか犯罪臭が。
ニーナ
女 16歳 獣人族 村人LV10
装備
状態異常 呪い(移動阻害)
ああ、ちゃんと鑑定できた。そして鑑定されたニーナさんにはやはり何のリアクションも無い模様。
しっかし移動阻害の呪いって……、なんだこれ?
黙りこむ俺に言葉を続けるニーナさん。
「そう、呪いよ。私は一定以上の速度で移動することが出来ない。全速力で走る事も出来なければ、馬車で移動する事も、移動魔法も使えないの」
ニーナさんが呪いのことを説明してくれるけど、いまいちピンと来ない。
移動魔法が使えないってのは分かるけど、乗り物にも乗れないし走ることも出来ないってどういう状態なんだ?
「この呪いは母さんが貰ったものでね。私にとっては生まれつきなの」
……母親から受継いだ先天性の呪いか。ニーナさん本人には何の落ち度もないってのが辛いな。
「今まで他の人に呪いを感染した事はないけど、遺伝する以上は感染ってもおかしくないでしょ。だから私達一家は、人里から離れて暮らしてたの」
犯罪者でもなく病気でもなかったけど、伝染病と大差なかったな。でも親子間でしか感染したケースがないなら、そう簡単に移るものでも無いんじゃないの?
しかしこの世界では呪いなんてオカルトが一般的なのか。
いや、一般的なら解呪の方法も確立されてるんじゃ?
「……呪いって、解くことは出来ないんですか?」
「呪いなんて滅多にある状態異常じゃないから、解呪出来る人は殆ど居ないの。もし見つかったとしても、私には対価を払うことは出来ないでしょうね」
呪いの存在は周知されてるけど、やっぱり稀なケースなのか。面倒だな。
ニーナさんはまるでどうでもいいことのように、淡々と告げる。その様子は、解呪なんてとっくに諦めてしまったかのようだ。
「なるほど。簡単な話じゃないのは理解しました」
でもまぁ、ニーナさん本人が諦めていたって俺の知ったことじゃないな。
「それじゃ今日はもう暗いですし、続きは明日にしましょう」
「…………え?」
俺の言葉がよほど予想外だったのか、驚いた表情を見せるニーナさん。
おお、鳩が豆鉄砲を食らったような顔ってこんな感じなんだ。
「日中の時間を無駄には出来ないので、明日はちょっと早起きに付き合ってください」
「え、えっ……?」
挙動不審になっていてもどこか可愛い人だなぁ。
夕食を食べ終わったので先に席を立つ。ニーナさんはなんだか混乱している様子だけど、今は放っておこう。
先天性の呪いねぇ。
他の人に感染させたことはないと言っていたから、普通に会話する分には安全でしょ。
俺に解呪が出来るかは分からないけど、少なくとも俺は様々な職業を探せるからな。解呪スキルを見つけられる可能性は他の人よりも高いだろう。
この世界で生きていく上で、誰もが知っているけど症例が少ない呪いっていう状態異常の情報を得られるメリットは大きい。
母親がどのようにして呪いを受けてしまったのか、今までどのようなことを試したのか。聞くべき事はいくらでもある。
なんてね。ニーナさんが可愛いから仲良くなりたいだけなんだ本当は。
男が頑張る動機なんて、可愛い女の子と仲良くなりたい、これだけで充分でしょ。
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