ミスリルの剣

りっち

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ミスリルの剣

94 フラッシュオーバー (改)

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 体中の魔力を一点に凝縮し、体全体を擬似的な魔力枯渇状態に陥らせ、そこから一気に魔力を破裂させて超加速を得る。


 魔力が枯渇した状態の肉体には魔力の波及を妨げる要素は何も無く、肉体に沿って魔力が一瞬で広がっていく。

 魔力の破裂と共に加速する肉体は閃光のようで、襲撃者はおろか俺自身の意識さえ追いつかないほどの速度で、襲撃者たちに絶え間無く斬撃を浴びせている。


「くっ、そ……! まったく反応がで……! 早す、ぎる……!」

「これ、ブラッドシフトじゃないのか!? 苛速魔法以外でここまでの加速を得られる方法なんて無いはずだっ!」

「馬鹿野郎! ブラッドシフトならここまで連撃できるはずが……! これはブラッドシフトよりも厄介な何かだっ!」


 襲撃者は全員がフルプレートに身を包んでいるらしく、頭部ですら俺の剣を寄せ付けない。

 いくら超加速を得ても片手でしか剣を振るえない俺の斬撃は軽く、金属鎧を貫いて相手を仕留めるのは難しそうだ。


 硬い相手にゃ金属鎧の隙間から刃を通すってやり方がセオリーなんだが、盲いた俺には金属鎧の隙間を正確に突くことは難しい。

 ちょっとジリ貧かもしれねぇな……!


 相手を仕留められないまでも、ここで5人を釘付けにしておけばパメラとミシェルが状況を変えてくれるかもしれない。

 今は無駄でも斬りつけ続けていれば、俺の剣が金属鎧を切り裂いてくれることもあるかもしれない。


 そんな一縷の希望に縋って、今はただ全力でコイツらを相手するだけだ!


「うらああああああっ!!」


 襲撃者の口から出た苛速魔法ブラッドシフトの名。

 そしてミシェルの身柄を目的としていることから、コイツらはフラストの関係者である可能性が高い。


 禁忌魔法なんてヤベーもんを世の中に広めかねない連中だ。何の遠慮も要らねぇよなぁ!?


「おらおらおらぁっ!」

「ぐぅっ……! こっ、このままでは……!」


 空っぽの肉体に瞬く閃光。

 それはまるで真夜中に走るひと筋の稲光のようだ。


 閃光のような魔力の破裂が俺の体内で明滅し、俺の動作を一瞬だけ光のような速さにまで押し上げる技術。


 フラッシュ……。フラッシュ、オーバー……?


 俺に圧されて距離を取っている4人に向かって、不敵な笑みを浮かべてやる。


「禁忌魔法なんかと一緒にすんじゃねぇよ。コイツは『フラッシュオーバー』ってんだ。名付けたのはたった今だけどな」

フラッシュ……オーバー……?」

「『閃迅魔法フラッシュオーバー』、とでも名付けようか。魔法って言っちゃうのには抵抗があるけどな」


 ブラッドシフトは体の表面を膨大な魔力で覆って、その魔力を動かすことで筋力に頼らない高速動作を可能にしていた。

 しかしフラッシュオーバーは全く逆の発想で、極小の魔力を最高効率で運用する技術だ。

 ブラッドシフトのような燃費の悪さに悩まされない反面、魔力制御の難易度が凄まじく、俺自身も1度体験したことがあるからこそ再現が可能だっただけで、我流で開発に成功出来たとはとても思えない。


 だが相手が悪かったな。

 俺の魔力制御の先生は大魔法使い、ミシェル・ダインなんだよ。


 偉大な先生の名に懸けて、魔力制御にだけは失敗するわけにはいかねぇんだよぉぉっ!


「おっらあああああ!!」


 超難度の魔力制御を繰り返し、稲妻のような速度で斬撃を繰り返す。

 俺の攻撃力が低いのは重々承知。ならば手数で押し切ってやらぁ!


「ま、ずい……! これ以上は鎧が……!」

「ええい! 後ろの連中はまだか!? なにやってやがるんだ!」


 馬鹿の1つ覚えのような斬撃にも効果が現れ始めたようで、何度も高速で剣を打ちつけられた金属鎧は凹み、ひしゃげ、鎧の体をなさなくなってきているようだ。


「ぐああっ、不味い……!」

「トーファの鎧が……! 全員でトーファを援護し……」

「む、無理だぁ……! 俺の鎧もイカレちまっ……!」


 相手の鎧の方がそんな状態なのに、未だ折れる気配も無い俺の剣。

 コイツもミシェル先生に用意してもらったものだったな。


 まったく、ミシェル先生には一生頭が上がらねぇぜ……!


「くたっ、ばれええええええ!!」


 いくら超難度の魔力制御とは言え、やっている事は単純で単調だ。

 何度も何度も繰り返すうちに流石に慣れてきて、やがて魔力の明滅の間隔は狭まり、豪雨のような間断の無い斬撃が襲撃者たちに襲い掛かる。


「あっ……!!」


 高速の切り上げを避け切れなかった襲撃者の兜が宙を舞う。


 曝け出される襲撃者の顔。

 目の見えない俺には相手の表情なんざ知る由も無いが、顔が曝け出されたということは剣が通るってこった!


「これで、終わりだぁぁぁっ!」


 全身の魔力を一点集中。

 この勝機を逃さず確実に仕留める為に、襲撃者のがら空きの頭部目掛けてフラッシュオーバーを発動す……。


「そこまでだソイル! 剣を止めろぉっ!」

「なっ!? パメラ!?」


 突然俺を制止するパメラの声に、慌ててフラッシュオーバーをキャンセルする。

 バックステップで前方の襲撃者から距離を取ってから、後方に意識を向けて魔力感知を実行する。


 ……なんだ? ミシェルとパメラの傍に3人分の魔力反応が……。

 まさかミシェルとパメラが拘束された!?


「ふぅむ……。パメラの報告を疑っていたわけではないんだけどね。まさか4人がかりでも圧倒されるとは思わなかったよ。おかげで装備をいくつかダメにしてしまったようだね」

「自業自得でしょう! このような真似をして、1歩間違えば死人が出ていてもおかしくなかったのですよ!?」


 聞いたことのない男の声に、食って掛かるようなパメラの言葉。

 なんだ? パメラが敬語で接する相手? 少なくとも拘束されてるって雰囲気じゃなさそうだが……。


「おっと、まずはこの状況の説明をさせてもらおうかな。マッツォたちは下がっていいよ」

「はっ! 失礼致します!」

「あ、アピオは残ってね? なんかノリノリだったし最後まで見届けたいでしょ?」

「ぐっ……。か、勘弁してくださいよぉ……。俺は立場上、こういう役割に慣れてるってだけなんすからぁ……」


 声を聞くに、呼び止められたのは俺を散々煽っていながら、戦闘には参加しなかった男のようだ。

 俺の事を散々煽ってきたさっきまでと違って、完全に萎縮してしまっているように感じられた。


「さて、まずは謝罪させて欲しい。ソイルさん、突然襲撃なんてしてしまって申し訳なかったね」

「…………は?」


 あまりにあっさりと襲撃について謝罪してきた男に、俺の理解が追いついてこない。


「こんな強引な手段を取ったのは、ソイルさんの実戦での能力を知りたかったからなんだ。稽古や訓練ではない、本気で死線に立った時の実力が知りたかった」

「……要は俺を試してたってことか? 目的はミシェルの誘拐じゃなかったのか?」

「それ危機感を煽る為の方便の1つさ。今回の襲撃の目的はソイルさん、貴方の真価を見極めることだったんだよ」


 俺の真価……?

 いや、それがなんだったにしても、なんで俺なんかが試される必要があるんだ?


 俺は万年Cクラスの落ち零れで、今となっては隻腕で盲目の木偶の坊に成り下がっちまってるってのに。


「いくら私自身の能力とは言え、復元魔法は無制限に扱えるような能力じゃないからね。君の怪我を治療する価値は果たしてあるのか、私自身の目で確かめさせてもらったんだ」

「……復元魔法? 自身の目で……ってことはアンタ?」

「名乗るのが遅れたね。私の名はハルフース。恐れ多くも聖教会で教皇を任されている者だよ」


 教皇ハルフース。

 復元魔法の使い手にして、聖教会のトップである教皇を務めている人物か……。


 どうやら聖教会までの旅路は無事に終了したっぽいけど、まさか教皇自身に襲撃される事になるとは夢にも思ってなかったぜぇ……。
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