ミスリルの剣

りっち

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ミスリルの剣

86 強行軍 (改)

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 ガンツが上機嫌で酒を呷り始めた頃、トゥムちゃんとミシェルが店内に戻ってきた。

 今の俺には彼女達の表情を窺い知ることは出来ないが、少なくともギクシャクした雰囲気は感じ取れない。恐らく険悪な事にはなっていないように見える。


「ミシェルちゃんから少し詳しく事情を窺いましたけど、治療するアテがあるそうですね、ソイルさん」

「らしいね。ぶっちゃけ俺もミシェルとパメラに任せっぱなしで、詳しいことは何も分かってないけどな。俺自身じゃどうにも出来そうもないから、大人しく2人に従ってんだよ」

「……慎重派のソイルさんが、随分と豪胆になったものですよねぇ」


 ため息混じりに零れたトゥムちゃんの言葉に、場の雰囲気が少しだけ軽くなったように感じられた。

 さっきまでの張り詰めたような感情は和らいでいるようだ。どうやらミシェルが上手く説明してくれたみたいだな。


「豪胆って言うか、開き直ってるだけだよ。俺自身に出来る事はねぇから、動いてくれるミシェルとパメラに丸投げしちゃってるだけだな」

「その開き直りこそが、今までのソイルさんに足りなかったものだと思いますけどねー? もっと早く開き直れていれば、ソイルさんもここまで苦労しなかったでしょうに……」

「ビルの野郎も人の話を聞かない奴だったからな。ソイルが頑固なのは師匠譲りってわけだ」


 面白そうに語るガンツの言葉に、思わず首を傾げてしまう。


 師匠が人の話を聞かないだって?

 むしろ過剰なくらいに情報収集をして、ありとあらゆる危険性を想定しないと気が済まない人だったって記憶しか無ぇんだが……。


「ま、ビルの野郎は常に開き直ってるような奴だったがよ。逆にソイルはガキの頃から開き直れず、つまんねぇ意地ばっか張ってやがったよなぁ?」

「う~、その話凄く聞きたいっ! 聞きたいんだけど、今はこっちにも余裕が無いのよ~っ!」


 ミシェルが苦悩を表現する為に、大袈裟に頭を抱えて唸っている。


「ガンツさんっ! ソイルの治療が終わったらまた顔を出すからさっ。その時子供の頃のソイルの話とか、ソイルのお師匠様の話とか聞かせてくれないかな?」

「お、おいミシェルっ。師匠の話ならまだしも、ガキの頃の俺の話なんざ……」

「了解だミシェル嬢ちゃん! 夜通し語ってやるから、さっさとその馬鹿を治療してやってくれよ! ソイルの結末がこれじゃあ、ビルの野郎も浮かばれねぇからなっ」

「あ? 師匠が浮かばれないって、そりゃどういう……」

「ガンツさん、トゥムさん。ソイルの怪我は私が責任を持って治療して見せますっ。だから2人ともまた会おうねっ。元気になったソイルも一緒にさっ」


 俺の言葉を遮って、ガンツとトゥムちゃんに再会を誓うミシェル。

 ミシェルの言葉に、トゥムちゃんもガンツも笑って俺達を見送ってくれたのだった。


 ガンツの店を出た俺は、やはり強制的に馬車に押し込まれて、そのまま直ぐにネクスに向かって出発する事になった。

 なんかネクスに向かう時って、毎回ダイン家の強行軍に巻き込まれてる気がするんだが……?


「はは。急かして済まんなソイル。だからそんな不満げな顔をしないでくれ」


 以前グリッジの強行軍に付き合わされたことを思い出して辟易してしまっていると、パメラが笑い声と共に謝罪の言葉を口にする。

 ちぇっ。視界が遮られているせいか、自分の表情に少し無頓着になっちまってる気がするぜ。


「別に怒ってるわけじゃねぇから気にしないでくれ。それより、この強行軍はパメラの都合なのか?」

「ああ。私の都合が半分、ソイルの治療の為が半分といったところだな」


 軽い口調で急ぐ理由を説明してくれるパメラ。


 どうやら俺とミシェルがガンツの店で話をしている間に聖教会から連絡が来たらしく、教皇ハルフースとやらが正式に俺に治療を施してくれると言ってくれたみたいなのだ。

 しかし聖教会の教皇ともなるとスケジュールも過密で、現在俺の治療の為に無理にスケジュールを調整している最中らしい。

 なので治療を受ける側の俺達は、教皇のスケジュールがいつ空いても大丈夫なように、なるべく早く聖教会に到着して待機しておく必要があるのだそうだ。


「教皇様にもソイルの働きは報告済みだからな。このままお前の感知能力が失われるのは惜しいと、復元魔法の使用を了承してくださったのだ」

「ま、まぁ俺くらい魔力が少ない奴ってのも中々いないだろうからな。俺と同じ魔力感知能力を持つ奴が出難いってのはあるかもしれねぇけど……」


 だけど、教皇自らが過密なスケジュールを調整してまで治療を施してくれるなんて、いくらなんでも買い被りが過ぎると思うぜ。


 そりゃあ怪我を治してもらえるのはありがてぇんだがよ。

 あんまり変な期待をされてしまうと、治療の後に幻滅されそうで嫌なんだがな。


「それと、ミシェル様が前回の旅のメンバーで集まりたいと仰ってくれているからな。その夕食会の時間を確保する為にも、まずは急ぎネクスに向かう必要があるのだ」

「へぇ? 聖騎士様のお前が、教皇様の都合よりもこっちの都合を優先してもいいのか?」

「無論だ。前回の別れはあまりにも味気無いものだったからな。苦楽を共にした友人たちとひと晩過ごすくらいは許してもらわんと、聖騎士なんてやってられんさ」


 どうやらパメラも俺が思っている以上に、あの時の旅を大切な思い出にしてくれているらしい。

 初めて顔を合わせた時は、堅物で融通の利かなそうな印象しかなかったパメラが、随分とまぁ砕けた雰囲気を纏うようになっちまったもんだぜ。

 聖騎士としては真面目で勤勉なパメラでいる方が正しい姿勢なのだろうが、友人としちゃあ今のパメラの方が親しみを感じられて悪くないと感じるな。


「はははっ。まぁその食事会の時間を確保する為に、ネクスでも1泊もせずに直ぐに出発しなければいけないのだがな。食事代だと思って諦めるさ」

「……おいおい。随分高い食事代になりそうじゃねぇかよぉ……」


 ダイン家の強行軍馬車の最悪の乗り心地を思い出してゲンナリする俺を尻目に、どこまでも上機嫌に笑うパメラ。


 はぁ~……。ここまで夕食会を楽しみにしているパメラに水を差しても仕方ない。

 食事会前後の強行軍は、甘んじて受け入れるしか無さそうだ。


「時間がかかっちゃったけど、これでようやくあの時の旅が終わるような気がするわっ」


 溜め息を溢す俺の横で、俺とパメラの会話に上機嫌で乱入してくるミシェル。


「全くソイルったら、食事の予定を毎回ダラダラ先延ばしにしてくれるんだから。ほんっと困ったものよね~?」

「ぐっ……! べ、別に今回は俺だけの都合じゃねぇだろうが……」


 からかうようなミシェルの言葉に、過去に何度も食事の予定をすっぽかしてしまったせいで反論できない。

 バツが悪くて口を噤んでしまった俺の様子に、ミシェルとパメラはいよいよ上機嫌に笑い声を上げるのだった。
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