ミスリルの剣

りっち

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未開の地で

73 フラスト① (改)

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 召魔獣との戦いに勝利したと思った矢先に、姿を消していたフラストが討伐隊の背後から近づいてきた。


 死力を尽くした討伐隊やウィル、ミシェルにはもう余力が残されていない。

 だからコイツは、俺が担当するしかねぇ……!


 俺の目の前で剣を抜き放ち、隠す気もないほどに強い殺気を放つフラスト。


「道を開けろ木偶。討伐隊が消耗している今のうちに有望な者を皆殺しにして来なければならんのだ。貴様の相手など時間の無駄だ」

「力ずくでどかしてみろよ。今度はボディブロー程度じゃ許してやる気はねぇけどなぁ?」


 軋む全身に鞭打って剣を抜き放ち、フラストの前に立ちはだかる。

 挑発した俺に対してフラストは激昂するでもなく、なんだか得心がいったような表情を浮かべている。


「そう言えば木偶には借りがあったな。なるほど、貴様が1人で俺を迎えたのは、自分1人でも勝機があると踏んだからか」

「勝機があるどころの話じゃねぇだろ。剣を抜いておきながら素手で転がされた木偶指揮官殿なんざ、俺1人でも釣りが来るぜ?」

「……くっくっく。酷い言われ様だな。事実1度は貴様に屈したのであるから、仕方の無い評価なのだが」

「…………?」


 なんだ? この余裕はどこからきやがる?

 防衛拠点で手を合わせた時は挑発に乗りやすく直ぐに激昂したってのに、今対峙している男は何を言っても動じねぇんだが?


 フラストの余裕をいぶかしんでいると、俺の背後から数人の足音が近づいてきた。


「フラスト将軍……! 貴様、現場指揮を放り出しておきながら、今更ノコノコと何をしに来たぁっ!」

「おやおや。随分とお怒りのようですな? せっかくの美人が台無しですぞ、聖騎士殿」


 フラストから視線を外せないので確認できないが、俺の後ろにやってきた中にパメラもいるらしい。

 戦闘中にも聞いたことがないほどの激昂した声を上げるパメラに、フラストはやはり余裕の態度を崩さない。


「パメラ? お前どうしてここに来たんだ? それも1人じゃないみたいだが」

「はっ! あの空気の中でコソコソと離れていくお前の姿は逆に目立っていたぞ? しかもそれがソイルであったのだから何かあると思うのが当たり前だ。だからまだ余力のありそうな者に声をかけて、こうして馳せ参じたというわけだ」


 尤も、フラスト将軍がいるとは思っていなかったがな、と苦々しげに吐き捨てるパメラ。

 ここはまだ未開地域の中だし、召魔獣との戦闘音に釣られてモンスターが集まってきたのだとでも思ったのかもしれねぇな。


「ほう? 木偶のおかげで聖騎士殿を誘き寄せる事が出来たということか。木偶にしては上出来だぞ、褒めてやろう。聖騎士殿の抹殺は最優先事項だからな」

「……フラスト将軍。貴様はいったいなにをしようというのだ? 私を抹殺するだと? 気でも触れたか?」

「俺はいたって平静ですよ聖騎士殿。俺はただ先ほどのモンスター討伐の手柄を譲って欲しいだけです」


 パメラを前にしても、フラストの余裕の態度に変化は現れない。


 聖騎士と言えば、冒険者とは一線を画するエリート中のエリートだ。

 消耗しているとは言え魔力の保有量も俺とは桁違いだって言うのに、それでも意に介さないとはな……。


 ……それほどまでに、禁忌魔法ってのは強力なのか?


「しかし聖騎士の貴女は魔法契約によって、聖教会に虚偽の報告を上げる事は出来ないのでしょう? ならば死んでいただくしかない、これだけの話ですよ」

「……なぜ軍関係者である貴様が、聖騎士の清廉の魔法誓約のことを知っている? 禁忌魔法に関してもそうだ。何故軍の人間であるはずの貴様が、聖教会の最高機密情報を知っているのだ!?」


 おいおい、聖教会の最高機密って……。

 この場にいる全員、あとで粛清されたりしねぇだろうな? とばっちりで粛清だなんて勘弁してくれよぉ?


「くくく、やはりサクションの事は漏れておりましたか。モンスターたちの餌にでもしてやろうと横着したのは失敗でしたなぁ」

「質問に答えろ将軍! 何故貴様が知りえるはずのない情報を幾つも知っているのだ! 答えによっては……!」

「答えによっては……なんです? 禁忌魔法の使い手である時点で粛清対象でしょう? 俺が今更何を言ったところで聖騎士殿の対応は変わらないはずだ」


 そうだ。フラストからみれば、聖騎士パメラに禁忌魔法の使い手であることがバレた時点で、パメラを殺すかパメラに殺されるか、その2つに1つしか選べなくなったんだ。

 詳しくは分からないがパメラは虚偽の報告を禁じられているらしいし、金や物で懐柔を図ることも出来ないみたいだからな。


 つまり、フラストには後が無いってこった。

 後が無くなったフラストは、この場で何をしてきても不思議じゃない。


「まぁひと言で申し上げるとすれば、聖教会も一枚岩ではないということですよ。聖騎士である貴女には信じられない話かもしれませんがね?」

「ば……かなっ……!? 聖騎士が……、教会関係者が軍に情報の横流しを……!?」

「さ、もういいでしょう。死に行く貴女にこれ以上の語りは無意味だ。始末しなければならない人数が多いのでね、そろそろ死んでいただきましょう」


 あくまで慇懃な態度のままで、ゆっくりと歩み寄ってくるフラスト。

 そのあまりの自然体な様子に、俺とパメラの緊張感が高まる。


「よほどその禁忌魔法ってのに自信があるのか? だがサクションの事はもう知ってるんだぜ? 何の対策もしてねぇとでも思ってんのか?」

「ふむ、半分正解だと言っておこうか。禁忌魔法というのはどれも禁じられるに値する強力な魔法なのだからな。こんな風に」


 歩きながら体内の魔力を高めていくフラスト。これがサクションの予兆か?


 サクションは一定範囲内の生物の魔力を無差別に吸収する魔法だったな。

 なら発動されても、効果範囲の外にさえ出ちまえば……。


「防衛拠点での借り、返させてもらうぞ木偶。『ブラッドシフト』」

「――――なっ!?」


 フラストが明らかにサクションではない魔法名を唱えた瞬間、目の前に歩み寄ってきていたフラストの姿が掻き消える。

 そして気付くと、俺の首筋目掛けてフラストの握る剣の刃が迫っていた。
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