ミスリルの剣

りっち

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未開の地で

61 禁忌 (改)

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「それじゃ引き続き看病は任せるよ。疲れたら交替するから遠慮なく声をかけろよ?」

「ええ、大丈夫です。お任せくださいっ」

「夜の見張りよりずっと気楽。ここは任せて」


 男から事情を聞いた俺とミシェルは、馬車の連中の看病を引き続きエマとトリーの2人に任せ、他のみんなとも情報を共有する為に馬車を後にした。


 火を囲みながら男に聞いた話をみんなと共有すると、やはりサクションと言う単語が出た瞬間にパメラとレオナが反応した。


「馬鹿な……。フラスト将軍がサクションの使い手だと……? 王国軍の将軍たるフラスト将軍が禁忌に手を染めているなどと、まさかそんなことが……」

「き、禁忌魔法って実在したんですか……!? 魔法使いを目指す者に対する寓話みたいなものなのかと……!」


 2人の反応に緊張感が走るが、他にサクションのことを知っている奴はいないみたいだ。

 スティーブもパメラとレオナの話を聞いたことで表情を引き締めたように見えたし、恐らくは初耳なのだろう。


 サクションに対して反応したのは聖騎士パメラ、そして魔法使いのミシェルとレオナか。正式に魔法を学ぶ奴に取っちゃ常識的な知識なのか?


「悪い。ここにいる人間の大半はサクションなんて初めて聞いたんだ。誰でもいいから説明してくれないか? 禁忌魔法なんて、名前からして如何にもヤバそうだしよ」

「ん、そうなのね。なら私から説明させてもらうわ」


 未だ衝撃を受けている様子のパメラとレオナに代わって、先に話を聞いていたために唯一冷静だったミシェルが解説を始めてくれる。


「魔法の中には、聖教会によって使用を禁じられているモノがいくつかあってね。それらを総称して禁忌魔法と呼んでいるの。そしてサクションはその禁忌魔法の1つなんだ」

「禁忌魔法サクション……。ってか、聖教会に禁止されている魔法……? そんなのあるのか……」

「ええ。危険度が高かったり悪用されやすい魔法は聖教会の名の下に使用を禁止されるの。奪命魔法サクションは危険度も高いし悪用もされやすい、最悪の部類に入る禁忌魔法の1つね」


 奪命魔法。命を奪う魔法か……。

 男たちの話を聞いた感じだと、一定範囲内にいる人間全てから魔力を奪う効果があるように思える。まさに奪命効果ってわけか……。


「しかし、俺はともかく、ダイン家の使用人であるスティーブすら知らない情報なんだな?」

「習得方法も聖教会に厳重に管理されているし、一般にはあまり知られていないみたいね。魔法を学ぶ者にとっては常識的な知識なんだけど」


 ふむ。ミシェルの説明を聞いたパメラも頷いているし、禁忌魔法が一般に知られていないのは間違いないんだろう。

 聖教会が習得方法から管理している辺り、相当やべーんだろうな。何がやばいのかはまだ分からないが。


「もしも勝手に習得し……、更には今回みたいに使用したことが発覚したら、いかなる理由があっても即粛清対象になってしまうほどの重罪なのよ、禁忌魔法って」


 いかなる理由があっても即粛清って……。

 禁忌魔法のヤバさはまだ分からないが、禁忌魔法を取り扱う事のヤバさはミシェルの説明で充分に伝わってくるな。


「だから魔法使いを志す者は1番始めに警告されるの。汝、禁忌魔法に触れることなかれ、ってね」

「……フラストの野郎が重罪人であることと、サクションに関わるのがヤベーってことは分かった。それでサクションってのは具体的にどんな効果がある魔法なんだ? つうか聞いていいのか?」

「そこは聖騎士として私が説明しよう。あまり禁忌魔法のことは広めるべきではないのだが、何も知らずにサクションの使い手に近づくわけにはいかん」


 俺の呟いた問いかけに、パメラが割り込んできた。

 聖騎士として、ね。つまりは禁忌魔法ってのは人類の脅威であるって認識なわけだ。やってらんねぇな?


「馬車の男の話で予想がついている者もいるだろうが、奪命魔法サクションは一定範囲内の生物から強制的に魔力を抜き取り、そして己の魔力に還元してしまうという禁忌魔法だ。流石に実際に目のあたりにしたことは無いが」

「強制的に魔力を……!? パメラ殿、サクションとやらを防ぐ手立てはっ!?」

「……無いのだよスティーブ殿。それこそが禁忌魔法たる由縁とも言えるのだが」


 防御不能の攻撃魔法ってか?

 確かにそんなの強すぎて、使用を禁止されるのも頷けるんだがよぉ。


「……そんなに強力な魔法だってんなら、教会がしっかり管理しながら運用する手もあるんじゃねぇのか?」


 防御不能の攻撃魔法と聞くと、確かに悪用された時のヤバさは理解できる。

 だけど現時点で聖教会にしっかり管理されているようだし、全面禁止ではなく聖騎士くらいは習得してもいいんじゃねぇの?


「特に……、召魔の門っつったか? 魔力で構成されてるあの渦の討伐にうってつけの魔法なんじゃねぇの?」

「そうもいかない理由は2つ。まずサクションに命を奪うほどの威力は無い。奪命魔法などとは名前倒れで、実際に奪えるのはあくまで魔力のみだ。ゆえに物量戦には不向きであると言える」

「相手の魔力を奪うサクションだけど、当然人の保有できる魔力量には限界があるのよソイル。あの渦の魔力なんて吸収してしまったら、きっと人の形を保つことは出来ないはずなの」


 パメラとミシェルが口々にサクションの欠点を挙げてくれる。

 命を奪うことは出来ないので、モンスター相手なら攻撃魔法が有用。しかも自分のキャパシティを超えて魔力を吸収しちまうと自分の身を滅ぼしてしまうってわけか。


「モンスター相手には欠点が目立つサクションだが、その分対人戦においては無類の強さを誇る。故に禁忌とされているのだ」

「具体的にどう厄介なんだ?」

「魔力が吸収される為に防御魔法でも防ぐことは出来ないし、サクションの効果範囲は術者を中心にして展開される為、効果範囲を避けて近接戦闘を仕掛けるのも難しいのだよ」


 命を奪えなくても、対人戦なら魔力枯渇を起こさせれば決着が着いたようなもんだ……。

 まさに馬車の連中みてぇに、数時間は動けなくなっちまいそうだ。


 そうなったら後は煮るなり焼くなり、どうとでも出来るってか……。

 殺傷能力が低いって言っていいのかこれ?


「それに複数人に魔力枯渇を引き起こさせる程度の魔力では、術者の自滅を狙うのも難しいのだ。対人戦に置いて無敵に近い効果を発揮するサクションが禁忌魔法に指定されるのも、これで理解できるだろう?」

「ちっ……、八方塞がりかよ?」


 魔力吸収の限界を狙うことさえ難しいのか。

 ミシェルとウィルの膨大な魔力を吸収させればあるいはと思わないでもねぇが、確証も無いのにそんな危険な手段は取れねぇし。


「遠距離からの攻撃魔法すら吸収されてしまうからな。本当に厄介な能力なのだ、禁忌魔法というのは……」


 お手上げと言わんばかりに、首を振って両手を上げて見せるパメラ。


「もしもフラストと対峙した場合は、サクションを発動される前に問答無用で切り捨ててしまう他無いかもしれんな」

「もしくは魔力を用いない遠距離攻撃、ソイルの弓による狙撃なんかも有効だと思うわ。というか、サクションを発動されちゃったら、他に対抗手段は思いつかないかも……」


 パメラとミシェルが口を揃えてここまで言うってこたぁ、下手すると討伐対象の指揮個体よりも厄介なんじゃねぇのか? フラストの野郎はよぉ。

 俺の弓による狙撃って言ってもな。フラストの野郎は一応しっかりと剣を学んでいるようだったし、撃ち抜けるとはちょっと思えないぜぇ?


「……人間相手に使うのは気が引けるがよ、ミシェルの呪文詠唱なんかでも対抗できないのか?」

「無理。サクションは魔法使いにとっては天敵みたいなものなの。魔力を用いる全てを無効化して吸収してしまうから」

「魔法使いの天敵か……」

「かと言って、サクションを使われたら剣士だって近寄れなくなるわけでしょ? 本当に参っちゃうわよねぇ……」


 パメラとミシェルに説明してもらったことで、サクションの万能性を痛感させられる。


 まさか未開地域に足を踏み入れた先で、対人戦について頭を悩ます事になるとは思わなかったぜ……。

 最善はサクションの発動前に殺してしまうこと。次善策は弓による狙撃か。心許無いねぇ。


 唯一の救いは、聖騎士であるパメラが証言してくれるってことで、フラストの野郎をぶった切ってもお咎めが無さそうなことくらいじゃねぇか。
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