ミスリルの剣

りっち

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未開の地で

60 事情 (改)

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「男性が1人、目を覚ましました。話をしたいと言っています」


 夜営の準備を進めていると、魔力枯渇を起こした連中の様子を見ていたエマが、目を覚ました奴がいる事を報告してくれた。

 話を聞きたいのは山々だけど、今ここを離れるわけには……。


「ミシェル様とソイル、話を聞いてきてくれ。ここは私とスティーブがいれば問題ない。若者たちも頼りになるからな」


 迷う俺に有無を言わせない口調で指示を出してくるパメラ。

 聖騎士である彼女に頼りになると言われた若者たちは、なんだか誇らしげな顔をしている。そんな暢気な状況じゃないんだけどなぁ。


「早く行け。ここを離れるのが危険だと思うのであれば、一刻も早く話を聞いて戻ってくればいいのだ」

「譲る気はねぇってか? 了解だよ、ったく。行こうぜミシェル」

「う、うんっ。みんな、ちょっとの間よろしくね?」


 正直言って、みんな俺を買い被りすぎなんだがなぁ……。

 そんなことを思いながら、ミシェルと連れ立って相手の馬車に乗り込んだ。


「あ、お待ちしてました。目を覚ましたのはあの人ですっ」

「了解。お疲れさんだ」


 馬車の中には入ると、看病役のエマが馬車に背を預けて座り込んでいる男を指差した。


 そんなエマに労いの言葉をかけて退席を促したつもりだったけど、エマもトリーも話を聞く気満々のようだ。

 まぁ、別に極秘情婦をやり取りするわけでもないし構わねぇか。看病役を追い出すのもちょっと横暴だった。


 魔力枯渇を起こしていた5人のうち、目覚めたのは報告通りまだ1名だけのようだ。

 だがみんな呼吸は静かになっていて、魔力枯渇の症状が軽くなっているのが分かった。


「……つうか狭いな?」


 ここは危険な未開地域だし、話をするのが馬車の中ってのは仕方ないだろう。

 だが馬車の中に9人も入ったら、流石にスペースが足りねぇっての。


 目を覚ましている男の前に腰を下ろすと、他の奴とぶつからないようにと、ミシェルがピッタリとくっつく感じで隣に座ってきた。

 それを見たエマとトリーもなぜか引っ付いてきた。暑苦しいんだよお前らっ!


「ソイル、真面目にやって? 今は彼の話を聞かないと」


 抜け出そうとする俺を、真面目な声色でミシェルが窘めた。


 くっ、確かにミシェルの言う通り、今は話を聞くのが最優先だったな……。

 だからミシェルの言い分は分かるんだけど、なんでお前まで俺の方を向いて抱きついてくるんだよっ!?


「……さっきも言ったけど、こっちはサイザスから派遣された討伐隊だ」


 色々な雑念を振り払いながら、座り込んでいる男に声をかけた。


「お宅らも、フラスト将軍の率いていた討伐隊のメンバーで違いないか?」

「間違いない。俺達も討伐隊の1人だよ、ソイルさん」

「あれ? 面識無いよな俺たち。なんで名前を?」

「討伐隊でアンタの名前を知らない奴はいないよ……。フラストが目の敵にしているからな」


 うっわマジかよ。本当に碌なことしねぇなアイツ。

 いつか名を轟かせる大冒険者になってやるとは思ってたけどよ、悪名は求めてねぇっつうの。


「改めて礼を言わせてくれ。全員が魔力枯渇で動けなかった俺達は、モンスターに殺されるのを待つしかなかった。助けてくれて本当に感謝している」


 男は起き上がれないまま軽く頭を竦めて、まるで会釈のような仕草を見せた。

 気にするなと軽く手を払って見せて、顔を上げてもらった。


「それで、アンタたちにいったい何があったんだ? なんで討伐隊と逸れて、水も食料も無しにこんなところで魔力枯渇を……」

「何でも何もねぇよ! アイツが……、フラストの野郎が……!」


 俺の言葉を遮った男は、叫んだ勢いで堰を切ったように話し出した。


 今までフラストは討伐隊のトップとして、どっしりと構えていたらしい。

 しかし今回援軍として大魔法使いのミシェルが、それも聖騎士であるパメラと共にここに現れたことでフラストは焦りを見せ始めたそうだ。


 今までは、討伐隊の記録なんて最高責任者の自分がどうとでも出来ると高を括っていたのが、貴族であるミシェルと聖教会所属のパメラにはフラストの理屈は通じない。

 2人にありのままの現状を伝えられては降格間違いなしだ。下手をしたら厳罰に処される可能性すらあった。


 焦ったフラストは討伐隊の参加者にも降格の可能性をチラつかせて、碌な休憩も取らせずに昼夜を問わず馬車を走らせ、未開地域を駆け抜けたそうだ。

 へっ、ケツに火がついてから焦っても遅ぇんだよ。


「ここまでは別に良かったんだよ。俺達だって降格は嫌だからな」

「……まぁ同じ冒険者して、その意見には同意しとく」

「多少キツい行程だろうと付いていく自信はあったんだ。だがフラスト、アイツはぁ……!」


 男は動けない体でも歯を食い縛りながら、話の続きを語り始めた。


 いくら高ランク冒険者の集団とは言え、無茶な行程では疲労も不満も溜まってくる。

 今まで悠長に構えていたくせに突然慌て出したフラストに対して、不信感を募らせる者も出始めていた。


 しかし幸か不幸かここは未開地域。モンスターたちの領域だ。

 ベテラン揃いの討伐隊はフラストに不満を覚えながらも、ここで討伐隊を率いるフラストと敵対するような愚行は犯さなかったそうだ。


 しかし男たちのパーティは疲労が限界に達し、このまま討伐隊について行くのが困難な状態に陥ってしまった。

 だからフラストに、1日でもいいから休みをくれと嘆願しに行ったらしい。


「するとあの野郎、俺が嘘をついている可能性もあるから、馬車の中を検分させてもらうとか言いやがってな。仲間が休んでいるこの馬車に、ズカズカと踏み込んできやがったんだ……!」


 馬車に乗り込んできたフラストは、馬車の中で疲労困憊の冒険者達を見て、たったひと言『役立たずは不要だ』とだけ言い放ち、両手を馬車の中に翳したらしい。


「あのクソ野郎が『サクション』と唱えた途端、馬車の中の全員の魔力があのクソ野郎に吸い取られちまったんだ……!」

「サクション……!? いえ、でもそんなはずは……!」


 フラストが使用した魔法に心当たりがあるのか、ミシェルが少し取り乱した。

 しかしそんなミシェルに気付かなかった男は、感情のままに語り続ける。


「そして俺を含めて全員が魔力枯渇でぶっ倒れる中、あの野郎はこう言ったんだ……! 俺に逆らう者は同じ目に遭わせてやるぞってなぁ……!」

「……つまりアンタらは見せしめに利用されたってわけか」

「ざっけんなよ!? 俺たちはあのクソ野郎に逆らったわけじゃねぇ! このままだと潰れちまうから休ませてくれってお願いしに行っただけだ! なのにあのクソ野郎……! 許せねぇ、絶対に許せねぇよ……!」


 そうして魔力枯渇を起こした男たちの馬車から物資だけを全て運び出し、男たちはここに放置されてしまったそうだ。


 モンスターの領域である未開地域。そこに魔力枯渇状態で放置されたら確実な死が待っている。

 それを承知であの男は、討伐隊の仲間を置き去りにしたんだ……!


 あの野郎、俺のことを躊躇なく斬り殺そうとしてきたあたりで相当に怪しかったが、完全に上に立たせちゃいけねぇクソ野郎じゃねぇかよ……!

 一刻も早く追いついて止めなきゃいけねぇってのに、ここでひと晩足止めされるのはかなり痛ぇな……。


 まったく勘弁して欲しいぜ。未開地域まで来たってのに、結局1番恐ろしいのは人間だなんてよぉ。

 この討伐任務、どうやらすんなり終わりそうもねぇかなぁ……。
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