ミスリルの剣

りっち

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サイザス防衛戦

40 防衛隊 (改)

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 ニクロムと別れた俺は、今回補給部隊の護衛を務めたメンバーと共に、拠点のすぐ先の防衛ポイントに向かった。

 比較的疲労の少なく、先ほどまで休憩時間の取れていた補給隊と、前線で防衛を担当している者達を交替させる為だ。


 俺自身はエマとトリーの2人を馬に乗せて現場に先行することにした。


「モンスターが現れる未開地域と防衛ポイントの間は谷になってるんですよ」


 馬の上で振り返り、身振り手振りを交えて必死に地形の説明をしてくれるエマ。

 前線に到着するまでに、エマとトリーに地形の説明をお願いしたのだ。


「その谷に、まるで橋がかかっているかのような道が1つだけありまして。その道さえ守り切れれば、モンスターがこちらに溢れ出す事はないんです」

「おねぇが言ったように防衛範囲が狭いのも、低クラス冒険者だけで持ち堪えられた理由だと思う」


 エマの説明を流れるように補足するトリー。

 防衛範囲が狭くて戦力を集中できているおかげで、なんとか被害を出さずに済んでいるわけか。


「そんな場所の防衛に、高クラス冒険者を使いたくないっていう上の判断も理解はできる。理解はね」

「確かになぁ。実際に死者は出ていないみたいだし」


 被害も出ていないし、客観的に見て低ランク冒険者だけでも防衛に成功していると言えなくもない状況だ。

 だから高ランク冒険者を1人でも多く討伐隊に参加させて、1日でも早い事態の終息を狙うのは間違いではない……けどなぁ。


「けど流石にもう限界なの。最近はみんな余裕が無くなってきてる。死者こそ出てないけど、負傷者は多数だし」

「ちっ……。防衛に問題の無い戦力が駐屯している状態とか、よく言ったもんだぜ……」

「いつ決壊しても不思議じゃない。今まで補給部隊の護衛しかしていなかった私たちにも拠点残留を言い渡すくらいに余裕が無いんだと思う」


 悲壮感漂うトリーの様子に、思わずため息が零れてしまう。


「説明ありがとよ。要は2人パーティのEクラス冒険者の手も借りたいほどの状況ってこった」


 実力者から引き抜かれていけば、残ったのは実力の足りない未熟者達だけだ。それまでは防衛に成功していたとしても、いつ防衛線が崩れたっておかしくない状況のようだ。

 そんな状態なのに引継ぎすらまともに行わせない指揮官って……。悪いけど、命を預けたい相手じゃなさそうだ。


「100人を超える規模の防衛隊を組んでるってのに、もう少し上手いこと回して欲しいぜ、まったくよ」

「うん。だから来たばっかりのソイルには悪いけど、期待させて? 私もおねぇもまだ死にたくないから」

「死にたくないのは俺も同じだ。精々頑張らせてもらうさ」


 ウンザリする気持ちを抑えつつ、2人の案内で防衛ポイント目指して馬を走らせる。

 長距離の旅にもついてきてくれた馬だけあって、小柄な少女2人との3人乗りにも潰れることなく走ってくれた。手放すのが惜しい程度にはいい馬だぜ、お前さんは。


 馬で先行する俺達の後を追って、補給物資を運搬しながら更に5名の冒険者が徒歩で防衛ポイントに加わることになる。

 たった8名の交替人員だが、モンスターの情報が間違っていなければ余裕のはずだ。




「あっ、見えてきましたっ! ソイルさん、あそこが最前線ですっ!」


 前方を指差しながら、見て見てと俺を振り返るエマ。危ないから大人しくしてろっての。

 3人で馬で先行すること1時間弱、防衛戦の最前線に到着することができたようだ。


「うわぁ……。こりゃ思ってた以上に厳しい状況っぽいな……」


 しかし目の辺りにした惨状に、早速俺は頭を抱えたくなってしまった。


 その時戦闘は起こっていなかったが、場のあらゆる所から悲壮感が漂っていた。

 破損した木製の柵を疲れた表情で修理している若い冒険者。血を流して呻いている冒険者。自身も満身創痍でありながら、怪我人に肩を貸して後ろに下がっていく冒険者。


 パッと見た感じ、無傷で元気そうな者は1人として見つけられない。

 馬に乗って戦場を見て回る俺の姿を気にする余裕すら無さそうだ。


「そしてこれが、未開地域に繋がる唯一の道ってわけね」


 疲弊した冒険者たちのすぐ先に、エマとトリーが言っていた1本道が伸びていた。


 道幅は20メートル前後。まぁまぁ広い道になっているようだ。結構大型のモンスターも通れるくらいの広さがある。


 しかし片付けが放置されている死体を見るに、大型のモンスターが襲撃してきている様子は無いな。モンスターの目撃情報に誤りは感じられない。

 モンスターのやってくる方向が絞られていて、さほど強力な敵がいないのなら、俺でもなんとかなりそうかねぇ?


「エマ。トリー。ここにもある程度物資が置かれているんだったよな?」

「あっ、はい。国から発せられた防衛任務ですから、物資は潤沢にあるんですよね」

「ははっ。そりゃ結構」


 絶望的な状況みたいだけど、物資が潤沢にあると聞くとワクワクしてしまう。

 俺はいつも節約することばかり考えて、ケチるのが基本だったからなぁ。


「なら2人で、ここに残ってる矢をありったけ持ってきてくれ。あと予備の弓も5本くらい頼む」

「は、はい。了解しました! 物資の置き場所は把握してますのですぐにご用意しますっ!」


 明るい時間。1本道。そして強力な個体の出現しない場所。

 こんな場所を守るのに剣を使う必要は無い。弓で片っ端から撃ち抜いてやる方が効率がいいだろう。


 2人が動き出したのを見送ったあと、悲壮感漂うこの場の連中にも声をかける。


「俺はこの拠点の防衛指揮を任される事になったソイルだ!」

「…………」


 突然の新参指揮官の登場にも、周囲の冒険者たちは反応を返して来ない。

 俺の顔を見るために頭を上げる元気すら無いのか……。


「今から日没までは俺がここの防衛を行う! だから1度全員下がって、日没まで休息を取ってくれ!」


 作戦を立てるにしても、全員疲弊しきっていて碌に動けそうも無いからな。

 まずはひと息ついてもらって、体と心に余裕を取り戻してやらないと。


「ま、待ってくれ! ちょっと待ってくれよ……!」


 しかしいきなり現れた俺の言うことなんて当然信用されるはずもなく、1人の少年が驚いて詰め寄ってきた。

 その少年すら足取りが覚束ないほどに疲弊しきっているのが分かった。


「ソイルって言ったか!? アンタいきなり現れてなに言ってんだよ!? ここを突破されたら皆殺しにされちまうんだぞ!? 誰だか知らねぇ奴1人に命預けられるかよ!」

「安心しろ。1人じゃない。拠点から人員が送られてきてるからな。間もなく到着するはずだ」

「どうせソイツらも低クラスなんだろっ!? 本当に任せられるのかよっ!?」


 よほど余裕が無いのか、俺に全力で食って掛かってくる少年。


 しまったな。エマとトリーに同席してもらっていたら、2人にも説得を手伝ってもらえたのに。

 どうやらいきなり失敗してしまったようだ。もっと色々気をつけないとダメらしい。


 気を取り直して、若い冒険者の説得を続ける。


「ここの防衛を担当してる奴等は疲れ切ってる。まずは1度休んで体勢を整えてくれ」

「だからっ! 休む余裕なんて本当にあるのかって……!」

「これでもBクラスだ。日没くらいまでは凌いでみせるさ」


 言いながら金属製の冒険者証を取り出し、若い冒険者に見せてやる。


「ビッ、Bクラス!? Bクラスが来てくれたのかよっ……!?」


 大きく目を見開いて、俺の冒険者証に食い入る少年。


 相変わらずBクラス冒険者証の効果は覿面で、さっきまでの剣幕が嘘の様に顔を綻ばせている。


「おーいみんな! Bクラスだ! Bクラス冒険者が防衛に加わってくれるんだってよ!」


 うげ!? なにいきなり大声で言いふらしてんだこいつは!

 いや、何も疚しいことはないんだけど、未だにBクラス扱いされるの慣れてないんだよっ!


「……えっ!? Bクラスがっ!?」

「と、討伐隊じゃなくて防衛に加わってくれるの……!? よ、良かったぁ……!」


 だけどその声を聞いて、周りの雰囲気が少しだけ軽くなったように感じられた。

 見ず知らずのBクラス冒険者が1人現れただけでこの様子。本当にギリギリの状況だったのかもしれない。


「ソイルさんっつったよな! アンタの指示にゃ従うから、俺達を助けて欲しいんだっ……!」

「元よりそのつもりで来たんだよ。俺の指示に従ってくれるのはありがたいけどな」

「宜しく頼むよ! ここにはBクラスどころかCクラスすらいねぇんだ! アンタだけが頼りなんだっ……!」


 始めに俺に突っかかってきたことも忘れて、若い冒険者はまるで懇願するかのように必死な様子で助けを求めてくる。

 見たところ怪我人も多かったし、次の襲撃には耐えられないと覚悟していたのかもしれない。


 馬で先行してよかった。手遅れになる前に到着できたようでひと安心だ。


「安心しろ。お前に頼まれなくたって、誰1人死なせるつもりはねぇよ」


 なるべく自信たっぷりに、俺が来たからもう大丈夫だと思ってもらえるような振る舞いを心がける。

 余裕の無いみんなに、少しでも安心してもらいたいからな。


 万年Cクラスの冴えないソイルは、一旦心の中に仕舞っとけ。


「俺と追加の人員でとりあえず日没までの防衛を担当すっから、怪我人の手当てと充分な休憩を取ってくれ。柵の修理は後回しにしていい。まずは休むんだ」

「あ、ありがてぇ……! やっと寝られるよぉ……!」


 休めと言われた若い冒険者は、心底嬉しそうに長い息を吐いた。

 死にたくないからと俺に突っかかっては来たものの、本音では今すぐにでも座り込みたいくらいに疲労しているだろう。


「おーい! 柵の修理は後回しにして休んでいいってよ! 怪我人に肩貸してやってくれ! みんな一旦下がって休憩していいってよっ!」

「やった……! よ、よろしくおねがいします……!」

「歩ける? 休んでいいんだって。下がろ?」


 柵の修理をしていた数名は、すぐに道具を放り出して怪我人に手を貸し始めた。


 みんな疲れを隠せていないけれど、休めると言われて力無くも笑顔を浮かべている。

 厳しい状況だったみたいだが、絶望している感じではないな。これならどうとでも立て直せるはずだ。


「戻りましたー! 弓と矢、大量にゲットできましたよー!」

「ゲットって言うな。無断で持ち出したみてぇに聞こえんだろうが。」


 防衛と修理を行なっていた奴等が撤退するのと入れ替わりで、弓と矢を積んだ荷車を引きながらリマとトリーの姉妹が戻ってきた。

 荷台の上には山のように矢が乗せられている。


 ……って、いくらなんでも多すぎねぇか?


「随分残ってんな? モンスターに襲撃され続けてる割にはよ」

「ん。あまり弓矢を扱える冒険者が居ないみたい」


 こんなに矢が余ってるのに、使い手が居なかったなんて勿体無ぇな。

 エマとトリーが2人がかりで運んできた荷車には、文字通り山のような数の矢が積み上げられている。これをいくら使ってもいいだなんて最高かよ?


「それに多少使えても乱戦になっちゃうとね。誤射の心配なく弓を扱えるってほどの射手は低クラスには中々……」

「……あー。誤射ね。ならしゃあねぇか」


 トリーの言葉に一瞬反応が遅れてしまう。

 トリーの言っている事は分かるんだけど、俺は低クラスの駆け出しだったからこそ、モンスターに接近せずに済む弓を練習したんだよな。


 低クラスなのになんで弓が使えないんだ? なんて発想は、落ち零れの思考そのものだったってわけか。


「まあいい。使い手も居ないってんなら、予備の弓の方も遠慮なく使わせてもらうとすっか」


 持参した弓を仕舞い、予備の弓の状態を確かめる。

 うん、ほぼ新品状態だな。これを好きに使っていいなんて信じられねぇよ。


 っと、万年Cクラスの落ち零れはさっき封印したばっかだろ。ケチ臭いことばかり考えるのは止めだ。今は矢が潤沢にあることを喜べばいい。


「エマ。トリー。お前たちは補給部隊が来たら物資の積み下ろしを手伝って、それが終わったら全員でこっちに合流してくれ。ここに居た連中は完全に限界だ。まずは俺たちで休息を取らせてやらねぇとダメだ」


 休ませないと動けないほどに疲弊している若い冒険者達だけど、逆に言えば死者さえ出さなければ回復して復帰してくれる戦力でもある。

 辛い状況でモンスターとの戦闘を繰り返していた彼らは、回復してくれたらかなりの戦力になってくれるはずだ。


「了解しましたっ! でも短時間とはいえ、ここをソイルさん1人で守るのって大変じゃ……?」


 Eクラス2人が合流して何が変わるもんでもねぇだろ、なんてデリカシーの無いことは言わないでおく。


 若者のやる気ってのは案外馬鹿に出来ねぇもんだ。

 やる気を削いだら実力を発揮できないし、やる気を促せば急成長してくれるやつだっているかもしれない。


「俺の事が心配だったら、物資の整理をさっさと片付けて合流してくれりゃあいいんだよ」

「そ、それはそうですけどぉ……」

「ほら、さっさと動けっての。トリー、エマの事頼んだぜ」

「うん。おねえの手綱はしっかり握っとく」

「ソイルさん!? トリー!? 私のほうがお姉ちゃんなんですけど!?」


 騒ぎ続けるエマを引っ張って、トリーも後方に下がっていった。


 荷車から安っぽい弓を手に取り、具合を確かめる。

 さてと。若者たちの期待を裏切らないよう、Bクラス冒険者としていっちょ頑張ってみますかねぇっ。
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