ミスリルの剣

りっち

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サイザス防衛戦

39 防衛拠点 (改)

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 エマとトリーに防衛拠点までの道や地形の説明を受けながら、補給部隊の護衛を続けた。

 道中は散発的にモンスターに襲われたものの、さほど強力なモンスターではなかったので怪我人も出さずに済んだ。

 そうしてひと晩ほど行軍し、無事に何の被害も出さずに、予定より早く防衛拠点に到着することが出来た。


「積み下ろしに関してはみんなの方が勝手が分かってるよな? 予定より早く到着したから、仕事が済んだら休んでていいぞ」


 部外者……ではないか。新参者の俺が細かく指示を出しても上手く現場は回ってくれないだろう。

 なので大雑把な指示だけ出して、あとは本人たちに任せてしまう事にする。


 補給物資を降ろし終えたら、本来の到着予定時刻まで、補給部隊には休憩してもらう事にした。


「ソ、ソイルさん凄いですっ! いつもはもっとみんなボロボロになるんですよ!?」

「そりゃ良かったな。俺が何をしたわけでもねぇけど」

「いやいやっ! 予定より到着が早くて休憩までもらえましたし、Bクラス冒険者って本当に凄いんですねっ!」

「ほらほらエマも。折角貰った休憩時間なんだから、ちゃんと休めって」


 興奮するエマを宥めながら、彼女の言葉に少し引っかかりを覚える。


 今回の依頼は俺に限らず、遠方から参加した冒険者は全てBクラス以上のはずじゃないのか? 

 なのに今のエマの様子だと、Bクラス冒険者と仕事をしたのは初めてみたいに聞こえるんだが……、いったいどうなってる?


「しかし低クラスの者しか居ないとはいえ、ちゃんと指示を出せば被害は減らせるのが分かった。これなら防衛任務も何とかやっていけそうだな」

「ソイルの指示も分かりやすかった。確かにこれならやっていけそう」


 はしゃぐエマとは対照的に、妹のトリーは冷静に俺の様子を観察していたようだ。

 なるほど、バランスのいいコンビなのかもな。


「ソイルって下積み長い? 低クラスの冒険者に伝わりやすい指示だった様に感じたけど」

「下積みが長いっつうか、Bクラスに上がったのが本当に最近なんだよな。だからBクラス扱いされる方が慣れてねぇんだよ」

「そっか。Bクラスに上がって間もないっていう点で、ソイルは拠点防衛の方に回されたんだね」


 俺の言葉に納得がいったかのように、うんうんと何度も頷いているトリー。


「Bクラスに上がってからは新人指導ばかり回されてたからな。おかげで指示出しが分かりやすく感じたのかもしれねぇわ」

「ふ~ん。だけど私達にとってはラッキーだった。ソイルの指示なら信用出来そう」


 補給部隊の護衛の道中で、トリーに信用してもらえる程度の腕は見せることが出来たようだ。

 組織立って動くにあたって、お互いの信頼関係は重要だからな。信頼を裏切らないように気をつけねぇと。


 しっかし、冒険者が上のクラスの冒険者に対して従順であるのは昔からだけど、それにしたって全く反発が無いことに驚くよ。

 最近の冒険者は主体性が無いとか、ハングリー精神が足りないなんて話を耳にする事はあるが、指示を出す立場からすると素直に耳を傾けてくれる事のありがたさばかりが身に染みるぜ。


 そんなことを溢す俺に、そうですねぇ……と若干苦笑いを浮かべながら答えるエマ。


「指揮を任される冒険者の中には、私達が低クラスだってことを意識しない人も少なくないですから。ソイルさんみたいに、率先して解体や後処理を教えてくれる人は少ないです」


 シミジミと呟くエマの言葉に、それも無理は無いんだろうなと思ってしまう。

 高クラスになれる奴ってのは、元々大きな魔力や才能を持って生まれてきた奴ばかりだからな。低クラスのことが理解できないんじゃなくて、弱者のことを理解できないんだろう。


 そんな才能に満ち溢れた奴らは、解体や後処理なんて気にしたこと無いだろうしな。初めて出会った頃のミシェルの様に。


「私たちだけで拠点の防衛なんて怖くて仕方がなかったけど……。ソイルさんに残ってもらえるのは凄く心強いですよっ!」

「俺にあんまり期待してもらっても困るんだがなぁ……」


 真っ直ぐな信頼を寄せてくれるエマに、ちょっとだけバツが悪く感じてしまう。


「高クラスから討伐隊に引き抜かれた結果、俺が1番高クラスになっちまったってだけだ。討伐隊からあぶれた落ち零れだと思えば大したことねぇだろ?」

「威張り散らすだけの高クラス冒険者よりもよっぽどいいですよっ。防衛隊のメンバーは低クラスばかりで大変だとは思いますが……、どうぞ宜しくお願いしますっ!」


 ガバッと頭を下げるエマと、それに合わせてペコリと頭を下げるトリー。

 妙に実感の篭った前半のセリフが気になるが……。同じように思われない様に精々気をつけるとしよう。


 任された以上は全力を尽くさせてもらうさ。将来性のある若い冒険者達の命を無駄に散らすわけにもいかねぇ。

 それに討伐に成功する前に拠点が落ちちゃ話にならないからな。頑張らないと。



「ここ、でいいんだよな……?」


 補給部隊の休憩時間が終わる前に、防衛指揮を執っている人間に指示を仰ぎに行く。
 

「勝手に入っていい」


 木製のドアをノックすると、入室を許可されたので中に入る。

 中には筋骨隆々で歴戦の戦士を思わせる、白髪の男が待っていた。


「防衛隊に配属されたソイルだ。Bクラス冒険者には最近なったばかりで日が浅い。イコンからの応援組の1人として協力させてもらいたい。よろしく頼む」

「そうか。よろしく頼む。私はこの拠点の防衛指揮を任されているニクロムだ」


 ニクロムと名乗った男は俺に目も向けずに、机の上に積み重なった大量の書類と格闘を続けている。

 そして面倒臭そうな態度を隠しもせずに立ち上がると、数枚の書類を俺に手渡し、またすぐに書類仕事に戻ってしまった。


「早速だがソイル。君にはこの拠点の防衛指揮を任せたい」

「……は?」

「今渡したのが防衛戦に参加している冒険者のリストだ。被害を出さないよう上手く回してほしい。詳細は任せる。以上だ」


 言うだけ言って書類にペンを走らせるニクロム。

 よく見ると両目には大きなクマが出来ていて、何日もまともに寝ていないのではないかと思わせる疲労感を漂わせている。


「い、いくらなんでもいきなりすぎないか……?」


 確かに拠点防衛の指揮みたいなことを頼まれてここに来たわけだが、着いた初日にいきなり任せられてもどうしろってんだよ……?


 それに俺の指示に従う奴等だって堪ったもんじゃないだろ。

 いくら拠点防衛とはいえ、土地勘すらない俺に従うのはリスクが高すぎるんだから。


「ニクロムだって俺の実力なんか把握してないだろ? 余所者の俺がいきなり防衛の指揮を執るなんて、いったい何の冗談だよ?」


 せめて信頼関係を築けたあとならまだしも……。

 若者の命を預かる指揮官をそんな簡単に余所者に任せるんじゃねぇってんだ。

 
「済まんなソイル。お前の言いたいことは分かるのだが、こちらも人手が足りていないのだ」


 しかし戸惑う俺に対して、感情を乗せない声でニクロムが謝罪する。

 そんな彼の言葉にはあまり気持ちは込められていないが、どうしようもない疲労感だけは嫌ってほど伝わってきた。


「この拠点の総責任者、私の上司に当たりこの拠点のトップに居る人なのだが……」

「最高責任者、司令官ってことか。そいつが?」

「高クラス冒険者を全て引き連れて、指揮個体の討伐に出向かれてしまってな。この拠点にはCクラスすら殆ど残って居ないんだ」

「うええ……!? ウッソだろ……!?」


 Cクラスすら殆ど残ってないって、話が違うじゃねぇかよぉ!

 これだからトゥムちゃんの持ち込む依頼は信用出来ねぇんだよ! 彼女にはなんの落ち度もないんだけどなっ!
 

「その分人数だけは多い。ソイルの采配に期待している」

「有無を言わせない感じっすか……。まぁいい。やるしかないならやってやるさ」


 エマやトリー、ここまで一緒に来た補給部隊の顔を思い出す。

 ここで俺まで投げ出すわけにはいかねぇか。腹を括るしかなさそうだ。


「それじゃ拠点に残る物資の状況とか今までどんな感じで防衛していたかとか、ニクロムが把握している範囲でいいので教えてくれ」

「物資についてはこっちに資料があるから、自分で確認してくれ」


 そう言ってニクロムが指差したテーブルには、大量の書類が乱雑に積み上げられていた。

 こ、これを1から確認しろってのかぁ……?


「それと今までの防衛についてだが、悪いが私も殆ど把握出来ていない。前任者はいきなり討伐隊に引き抜かれて引継ぎすら出来なかったからな」

「はぁ~……? なんっだよそりゃ……」

「済まんな。お前の負担は大きいとは思うが、是非とも被害を出さぬように頑張ってほしい」


 マージーかーよー……。恨むぜトゥムちゃん……。

 防衛拠点であるニクロムが事態をまったく把握していない? しかもそんなに余裕が無い状況を無視して討伐隊に人手を取られているとかありえねぇだろ。

 ニクロムにゃ悪いが、討伐隊を指揮してるって話のニクロムの上司、くっそ無能じゃねぇのかぁ……?


「…………」


 ニクロムはもう俺には興味が無いとでも言わんばかりに、机の上に積みあがった書類と無言で格闘している。

 ちっ、どう見ても余裕がある感じじゃないし、ここで粘っても意味が無いか。


 ざっと拠点内の物資の在庫に目を通し、防衛を担当する冒険者達のリストを引っ掴んで部屋を出た。


「悪い。移動中は資料を読ませてもらいてぇ。何か異変があったらすぐに呼んでくれていいから、移動は任せていいか?」

「平気。でもモンスターが出たらすぐに呼ぶよ?」

「それこそ平気だ。気兼ねなく呼んでくれや。じゃあ頼んだぜ」


 トリーに移動中の指揮を任せ、馬に揺られながら資料に目を落す。

 拠点防衛の最前線、拠点を出たすぐ先の防衛ポイントに向かいながら、冒険者達のリストに目を通した。


 ここにいるのは殆どがEとDクラス。Cクラスはそれぞれが別の仕事を割り当てられているようだ。


 ……これで被害が出ていないのは奇跡に近いな。

 どうやら最近まで指揮を執っていた冒険者はそれなりに出来る奴だったらしい。それゆえに引き抜かれちまったわけだが。


 っていうかよぉ。現状の把握からやらなきゃいけないなんて勘弁してくれや……。

 俺は新人の指導は経験あるけど、指揮なんてしたことないっての。


 こんなむちゃくちゃな現場で指揮を執らされるとか、いきなり大任が過ぎるってんだよぉ……。
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