ミスリルの剣

りっち

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大きな依頼

32 日常 (改)

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 念願だったミスリルの剣をガンツに打ってもらうことで無事に話がついた。

 だが、やはり想像していた通りほぼ全財産を投じてしまった。仕事しないとミシェル達に食事を振舞うことすらできやしねぇ。


「悪い。このまま冒険者ギルドで仕事探していいか?」

「いいって言ったじゃないっ! むしろ楽しみよっ」


 3人に断って、依頼を探しに冒険者ギルドに足を運んだ。


 ギルドに入ると、受付で退屈そうに頬杖を付いているトゥムちゃんが、俺の顔を見て意外そうな表情を浮かべた。


「あれぇ? ソイルさん、もうお仕事されるんです? もう少しお休みになるかと思いましたよ?」

「あ~。ミスリルの剣を頼めたのは良いんだけど、おかげさんでスッカラカンになっちまってさ。えり好みはしないから、何か仕事回してくれっかな?」


 Cクラス冒険者の普段の稼ぎと、ミスリルの剣がいかに高額であるかを知っているトゥムちゃんは、あ~……、と納得した様子で依頼書の束を持ってきた。


「げっ!? どんだけ俺に仕事振る気だよ!?」

「あはは~……。実はソイルさんが居ない間、嫌われ仕事が結構滞ってましたからね~」


 嫌われ仕事かぁ……。下水の掃除だったり力仕事だったり、キツイくせに報酬は良くないから人気のない仕事なんだよな。

 ま、だからこそ本当に困ってる奴の最終的な防衛線になってもいるんだけどよ。


「なので、やる気に溢れるソイルさんにはぁ……。それ系の仕事を消化してもらえると、ギルドとしてはと~ってもありがたいんですけどぉ……?」


 涙目で上目遣いを作りながら、媚びるような表情を作るトゥムちゃん。まるで女優だな。


 しっかし嫌われ仕事かぁ。そんなもんにミシェルをつき合わせていいもんかなぁ……。

 って違うか。むしろミシェルとは縁がなさそうな仕事を見せる方が彼女の見識が広がるのかもしれない。


 ちらりとグリッジに視線を送るが、コイツも口を出す気はなさそうだ。なら請けっか。


「おっけーだトゥムちゃん。マジで金欠だから3日くらい集中して仕事したい。出来そうなの全部紹介してくれ」

「さぁっすがソイルさん! お金のためなら仕事を選ばないその姿勢、とっても素敵ですよっ!」

「おい待てコラ」

「それじゃちゃちゃっと手続きしちゃうんで、少々お待ちくださいねっ」


 軽く俺をディスりながら、大喜びでカウンターの奥に消えていったトゥムちゃん。

 彼女が手続きをしてくれている間に、冒険者ギルドの依頼についてミシェルにも簡単に説明しておくか。


「ミシェル。俺がこれからこなすのは、街の人間の暮らしには欠かせないけれど、仕事の内容のせいでみんなに嫌がられている仕事なんだ。お前には結構キツイ仕事だと思うけど、こういう仕事もあるって事を……。って聞いてるのか?」


 これからする仕事がどんな意味を持つかを知れば、キツい仕事にもやりがいが出ると思って説明をし始めたんだけど、ミシェルは俺の方を見もせずに、カウンターの奥で書類を整理しているトゥムちゃんを睨んで膨れている。

 コイツ、本当にコロッコロ機嫌が変わって予想がつかねぇなぁ。


「聞いてるわよっ! それにしたってソイル、あの受付嬢と仲良すぎないっ!? 私と会ったときは面倒臭いですーって顔に書いてあったくせにっ!」

「あ、あ~……。あの時はなぁ……」


 ミシェルの言葉に少しバツが悪くなる。

 あの時の態度を今振り返ると、ミシェルに少し申し訳なくなってしまうなぁ。


 済んだことは仕方ないと雑念を振り払って、ミシェルに返答する。

 
「そりゃイコンの街で活動してる冒険者なら、受付嬢と喧嘩してもいいことないからな。それにトゥムちゃんは結構な酒飲みでな。ちょいちょい酒場で一緒に飲んだりしてたんだよ」

「はぁ~っ!? ソイルって未だに私との夕食の約束を果たしてないのに、他の女とは簡単に酒を酌み交わしてるって言うのっ!?」


 俺の返答がお気に召さなかったミシェルが、早口で捲し立ててくる。

 けれど言われた俺は、ミシェルの言っている事がいまいちピンとこなかった。ミシェルとの夕食の約束……ってなんだっけ?


「そんな気軽に女と食事してる癖に、なんで頑なに私の夕食の約束から逃げてんのよーっ! いい加減私との約束果たしなさいよーーっ!」

「はぁ? 夕食なんて何度も一緒に取ってるだろ? 約束って何の話だよ?」

「初めて会った日に、お礼に夕食をご馳走するって言ったじゃないのっ! それをなんやかんやと理由をつけて逃げ回って、挙句の果てに覚えてないですってぇ~っ!?」

「……あ、あーっ!」


 確かにそんな話をしたかもしれねぇ!

 でもあの時の依頼を終えた俺は完全に意気消沈していて、ミシェルとの食事の約束なんて気にする余裕もなかったんだよな……。


 言葉に詰まり黙りこむ俺と、そんな俺を見て怪訝な表情をするミシェル。

 そこへ依頼の手続きを終えたトゥムちゃんが戻ってきてくれた。


「はいはーい。お待たせしましたー。ですが痴話喧嘩はギルドの外でお願いしますね~?」

「痴話ゲンカじゃねぇっての。……ってなんだその量!?」 


 トゥムちゃんに軽口を返したら、トゥムちゃんが抱えていたは依頼書の束にぎょっとしてしまった。

 その書類の厚さは、どう見ても10や20じゃなさそうなんだが……?


 トゥムちゃんは、こちらもどうぞと、持ってきた依頼書をリスト化して紙にまとめてくれたものを俺に渡してくれる。


「ソイルさん、これが仕事の一覧ですよ。大量に滞ってるので期限も順番も特に無しです。片っ端から片付けちゃってくださいね」

「え、ええ……? いくらなんでも溜まりすぎじゃねぇのかぁ……?」

「残念ですけどまだそれで全部じゃないんでーっ。余裕があったら追加受注もお願いしますよ~っ」


 いつものふざけた調子ではなく、本気で懇願しているように見えるトゥムちゃん。

 嫌われ仕事ってのは汚かったりきつかったりするわりに報酬が良くない。だけどその分安全で確実に稼げる依頼でもある。

 それなのにこんなに大量に依頼が滞るなんて……。


「いやいや、他の冒険者はなにしてんだよ? いくらなんでもこれは……」

「こういう仕事って普段からソイルさんに任せっぱなしですからね。他の冒険者も嫌われ仕事なんてやってくれないんですよ。困ったもんですねぇ」


 そもそもソイルさんが率先して仕事をしちゃうから、新人達には嫌われ仕事の仕方が分からない人も多いんですよ? と少し責めるように睨まれてしまった。


「ええ……、それって俺が悪いのかぁ?」


 嫌われ仕事を率先して消化したら責められるって意味分からないんだが……?

 まっ、いいか。トゥムちゃんに口答えしても仕方ない。今は仕事があることを喜ぶとしよう。


「それじゃ仕事のリストは持ってくぜトゥムちゃん? 終わったら報告に来るから」

「はいはーいお願いしまーす」

「あーもう! まだ話は終わってないわよっ!?」

「はいはいミシェル。時間が有限で依頼は大量にあるんだ。話は仕事しながらにしような?」


 興奮するミシェルを宥めながら、滞っている仕事をこなしにギルドを後にした。


 トゥムちゃんが纏めてくれたリストを見ながら、下水の掃除や外壁の補修、公園の整備から公共施設の草取りまで、安くてきつい仕事を淡々とこなしていく、……のだが。

 旅で俺も成長出来たのか、それとも魔力操作を学んだおかげなのか、仕事がスイスイ片付いていく。


 流石にダイン家の令嬢と使用人たちには手伝わせずに1人でこなしたけど、嫌で仕方なかった嫌われ仕事でも、これだけサクサク消化できるとかなり気持ちがいいもんなんだな。

 きつくて辛いはずの嫌われ仕事も、みんなとの雑談交じりに楽しく消化できてしまう。


「それじゃ剣を受け取ったら、私たちと一緒にネクスに来て、私主催の夕食に参加するのねっ!?」

「ああ。約束するよ。あの時とは状況も違うしな」

「今度約束を破ったら絶対に許さないからねっ!? 呪文詠唱でソイルの内側から焼いてあげるんだからっ!」

「それをミシェルが言うとシャレにならねぇんだよっ!」


 ミシェルが冗談を言っているのは分かるんだけど、あまりの剣幕にちょっと本気でビビっちまうんだよなぁ。

 魔力感知が出来るようになったおかげで、以前よりもミシェルの実力をはっきりと感じ取れてしまうのもあるからな……。


「……ったく、逃げねぇって。ミシェルと食事するのが嫌なわけないだろ?」

「くっ……! またいきなりそういうことを言う……!」

「それにもう、急いで金を稼ぐ必要も無くなったんだしさ。食事くらい喜んで参加させて貰うよ」


 Cクラスの俺が大金を貯めるために、今まではとにかく仕事の数をこなすしかなかったからな。

 Bクラスともなりゃあ1回の報酬が金貨を越えることもザラらしいが、万年Cクラスの俺には縁のない話だった。


「……散々逃げ回った前科があるから、説得力が全然ないのよっ! もうっ」


 まだ言い足りない感じのミシェルだったけど、俺の言葉を聞いて何故だか機嫌を直してくれたみたいだ。

 落ち着きを取り戻したミシェルは、俺のこなしている仕事を改めて観察し始めた。


「……それにしても冒険者って、こんなに色々な仕事をしてるのね。掃除やら補修やら、それって別の人の仕事じゃないの?」

「さぁね。詳しい事は分からんよ。冒険者としちゃあ仕事を回してもらえるだけでもありがたいとしか思わないな」


 掃除はともかく、壁や建物の補修なんて大工の仕事のようにも思えるけど、俺のような素人でもこなせるような仕事は他人に振って、職人たちはもっと重要な仕事をした方が有意義なのかもしれない。

 しっかし以前と違ってサクサク仕事が消化できて、なんだか楽しくなってきたぜ。


「よしっ。思ったより早く終わったし、ギルドで新しい仕事回してもらうか」

「はぁっ!? ソイル貴方、これだけ働いてまだ仕事する気っ!? お金を稼ぐ必要もないって言ったばかりじゃないのっ!」


 ミシェルは俺の言葉に驚愕して詰め寄ってくる。

 お金を稼ぐ為にこんな仕事をするワケじゃないんだよなぁ。仕事を消化するのが楽しいだけなんだよ。


「まぁまぁ、もうちょっと付き合ってくれよ。俺って仕事が残ってると気になっちゃうタチでさぁ」

「き、気になっちゃうって……。貴方まさか、さっきの書類分全部消化する気っ!?」


 俺の言葉に、ミシェルは信じられないといった表情を浮かべた。

 でも確かに数はこなしたけどさ。まだ日も高くて休むには早くないか? お前が魔力操作を教えてくれたおかげで全然疲労もしてないしよ。


「ミシェル。嫌われ仕事って、街での暮らしのために必要な仕事なんだよ。これが滞ってるって事は、街に困ってる人が居るって事なんだ」

「ぐぬぅ~……。って、それじゃ見てるだけの私はなんなのって話になるじゃないの……!」


 出発前に説明し損ねた嫌われ仕事の重要性を、このタイミングで改めてミシェルに伝える。

 実際の仕事を目にしたあとだからか、俺の言葉をすんなりと理解してくれたようだ。


「だから余裕があればどんどん消化しておきたいんだ。イコンで暮らす人々の生活のためにもな」

「ならソイル。次から私にも手伝わせてくれないかしら? 街の人たちの為に必要な仕事なら、なるべく早く終わらせちゃった方が良いわけでしょ?」

「へ? ミシェルに嫌われ仕事を……?」


 う、う~ん。どうしよう。ミシェルにこんな仕事させるのは、流石に結構抵抗があるな……。


「とりあえず……。あまり汚れない作業から手伝ってもらおうかな? いきなり何でもさせるわけにはいかないし」


 言いながら、いいのかという意味を込めてチラリとグリッジとスティーブを見る。

 そんな俺の視線に2人とも笑顔で頷いてくれた。自分の主人に汚れ仕事をさせるのに抵抗感は無いらしい。


 誰からも反対されなかったミシェルは、上機嫌でやる気を見せている。


「私には仕事の勝手が分からないから、ソイルが私に指示を出してちょうだいねっ」

「そこは安心してくれ。分からないことがあればしっかり教えるよ」

「ふふふ、ソイルがいつもやってる仕事なんでしょ? だったら私も手伝ってみたいわよっ」


 俺がやっている仕事だから、なんて言われると流石にこっ恥ずかしいんだけどなぁ……。


 しっかし、冒険者でも嫌がる嫌われ仕事を率先して手伝う、貴族令嬢にして若き大魔法使いかぁ。

 なんかミシェルって、どんどん完璧超人みたいになっていくな?
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