32 / 100
大きな依頼
32 日常 (改)
しおりを挟む
念願だったミスリルの剣をガンツに打ってもらうことで無事に話がついた。
だが、やはり想像していた通りほぼ全財産を投じてしまった。仕事しないとミシェル達に食事を振舞うことすらできやしねぇ。
「悪い。このまま冒険者ギルドで仕事探していいか?」
「いいって言ったじゃないっ! むしろ楽しみよっ」
3人に断って、依頼を探しに冒険者ギルドに足を運んだ。
ギルドに入ると、受付で退屈そうに頬杖を付いているトゥムちゃんが、俺の顔を見て意外そうな表情を浮かべた。
「あれぇ? ソイルさん、もうお仕事されるんです? もう少しお休みになるかと思いましたよ?」
「あ~。ミスリルの剣を頼めたのは良いんだけど、おかげさんでスッカラカンになっちまってさ。えり好みはしないから、何か仕事回してくれっかな?」
Cクラス冒険者の普段の稼ぎと、ミスリルの剣がいかに高額であるかを知っているトゥムちゃんは、あ~……、と納得した様子で依頼書の束を持ってきた。
「げっ!? どんだけ俺に仕事振る気だよ!?」
「あはは~……。実はソイルさんが居ない間、嫌われ仕事が結構滞ってましたからね~」
嫌われ仕事かぁ……。下水の掃除だったり力仕事だったり、キツイくせに報酬は良くないから人気のない仕事なんだよな。
ま、だからこそ本当に困ってる奴の最終的な防衛線になってもいるんだけどよ。
「なので、やる気に溢れるソイルさんにはぁ……。それ系の仕事を消化してもらえると、ギルドとしてはと~ってもありがたいんですけどぉ……?」
涙目で上目遣いを作りながら、媚びるような表情を作るトゥムちゃん。まるで女優だな。
しっかし嫌われ仕事かぁ。そんなもんにミシェルをつき合わせていいもんかなぁ……。
って違うか。むしろミシェルとは縁がなさそうな仕事を見せる方が彼女の見識が広がるのかもしれない。
ちらりとグリッジに視線を送るが、コイツも口を出す気はなさそうだ。なら請けっか。
「おっけーだトゥムちゃん。マジで金欠だから3日くらい集中して仕事したい。出来そうなの全部紹介してくれ」
「さぁっすがソイルさん! お金のためなら仕事を選ばないその姿勢、とっても素敵ですよっ!」
「おい待てコラ」
「それじゃちゃちゃっと手続きしちゃうんで、少々お待ちくださいねっ」
軽く俺をディスりながら、大喜びでカウンターの奥に消えていったトゥムちゃん。
彼女が手続きをしてくれている間に、冒険者ギルドの依頼についてミシェルにも簡単に説明しておくか。
「ミシェル。俺がこれからこなすのは、街の人間の暮らしには欠かせないけれど、仕事の内容のせいでみんなに嫌がられている仕事なんだ。お前には結構キツイ仕事だと思うけど、こういう仕事もあるって事を……。って聞いてるのか?」
これからする仕事がどんな意味を持つかを知れば、キツい仕事にもやりがいが出ると思って説明をし始めたんだけど、ミシェルは俺の方を見もせずに、カウンターの奥で書類を整理しているトゥムちゃんを睨んで膨れている。
コイツ、本当にコロッコロ機嫌が変わって予想がつかねぇなぁ。
「聞いてるわよっ! それにしたってソイル、あの受付嬢と仲良すぎないっ!? 私と会ったときは面倒臭いですーって顔に書いてあったくせにっ!」
「あ、あ~……。あの時はなぁ……」
ミシェルの言葉に少しバツが悪くなる。
あの時の態度を今振り返ると、ミシェルに少し申し訳なくなってしまうなぁ。
済んだことは仕方ないと雑念を振り払って、ミシェルに返答する。
「そりゃイコンの街で活動してる冒険者なら、受付嬢と喧嘩してもいいことないからな。それにトゥムちゃんは結構な酒飲みでな。ちょいちょい酒場で一緒に飲んだりしてたんだよ」
「はぁ~っ!? ソイルって未だに私との夕食の約束を果たしてないのに、他の女とは簡単に酒を酌み交わしてるって言うのっ!?」
俺の返答がお気に召さなかったミシェルが、早口で捲し立ててくる。
けれど言われた俺は、ミシェルの言っている事がいまいちピンとこなかった。ミシェルとの夕食の約束……ってなんだっけ?
「そんな気軽に女と食事してる癖に、なんで頑なに私の夕食の約束から逃げてんのよーっ! いい加減私との約束果たしなさいよーーっ!」
「はぁ? 夕食なんて何度も一緒に取ってるだろ? 約束って何の話だよ?」
「初めて会った日に、お礼に夕食をご馳走するって言ったじゃないのっ! それをなんやかんやと理由をつけて逃げ回って、挙句の果てに覚えてないですってぇ~っ!?」
「……あ、あーっ!」
確かにそんな話をしたかもしれねぇ!
でもあの時の依頼を終えた俺は完全に意気消沈していて、ミシェルとの食事の約束なんて気にする余裕もなかったんだよな……。
言葉に詰まり黙りこむ俺と、そんな俺を見て怪訝な表情をするミシェル。
そこへ依頼の手続きを終えたトゥムちゃんが戻ってきてくれた。
「はいはーい。お待たせしましたー。ですが痴話喧嘩はギルドの外でお願いしますね~?」
「痴話ゲンカじゃねぇっての。……ってなんだその量!?」
トゥムちゃんに軽口を返したら、トゥムちゃんが抱えていたは依頼書の束にぎょっとしてしまった。
その書類の厚さは、どう見ても10や20じゃなさそうなんだが……?
トゥムちゃんは、こちらもどうぞと、持ってきた依頼書をリスト化して紙にまとめてくれたものを俺に渡してくれる。
「ソイルさん、これが仕事の一覧ですよ。大量に滞ってるので期限も順番も特に無しです。片っ端から片付けちゃってくださいね」
「え、ええ……? いくらなんでも溜まりすぎじゃねぇのかぁ……?」
「残念ですけどまだそれで全部じゃないんでーっ。余裕があったら追加受注もお願いしますよ~っ」
いつものふざけた調子ではなく、本気で懇願しているように見えるトゥムちゃん。
嫌われ仕事ってのは汚かったりきつかったりするわりに報酬が良くない。だけどその分安全で確実に稼げる依頼でもある。
それなのにこんなに大量に依頼が滞るなんて……。
「いやいや、他の冒険者はなにしてんだよ? いくらなんでもこれは……」
「こういう仕事って普段からソイルさんに任せっぱなしですからね。他の冒険者も嫌われ仕事なんてやってくれないんですよ。困ったもんですねぇ」
そもそもソイルさんが率先して仕事をしちゃうから、新人達には嫌われ仕事の仕方が分からない人も多いんですよ? と少し責めるように睨まれてしまった。
「ええ……、それって俺が悪いのかぁ?」
嫌われ仕事を率先して消化したら責められるって意味分からないんだが……?
まっ、いいか。トゥムちゃんに口答えしても仕方ない。今は仕事があることを喜ぶとしよう。
「それじゃ仕事のリストは持ってくぜトゥムちゃん? 終わったら報告に来るから」
「はいはーいお願いしまーす」
「あーもう! まだ話は終わってないわよっ!?」
「はいはいミシェル。時間が有限で依頼は大量にあるんだ。話は仕事しながらにしような?」
興奮するミシェルを宥めながら、滞っている仕事をこなしにギルドを後にした。
トゥムちゃんが纏めてくれたリストを見ながら、下水の掃除や外壁の補修、公園の整備から公共施設の草取りまで、安くてきつい仕事を淡々とこなしていく、……のだが。
旅で俺も成長出来たのか、それとも魔力操作を学んだおかげなのか、仕事がスイスイ片付いていく。
流石にダイン家の令嬢と使用人たちには手伝わせずに1人でこなしたけど、嫌で仕方なかった嫌われ仕事でも、これだけサクサク消化できるとかなり気持ちがいいもんなんだな。
きつくて辛いはずの嫌われ仕事も、みんなとの雑談交じりに楽しく消化できてしまう。
「それじゃ剣を受け取ったら、私たちと一緒にネクスに来て、私主催の夕食に参加するのねっ!?」
「ああ。約束するよ。あの時とは状況も違うしな」
「今度約束を破ったら絶対に許さないからねっ!? 呪文詠唱でソイルの内側から焼いてあげるんだからっ!」
「それをミシェルが言うとシャレにならねぇんだよっ!」
ミシェルが冗談を言っているのは分かるんだけど、あまりの剣幕にちょっと本気でビビっちまうんだよなぁ。
魔力感知が出来るようになったおかげで、以前よりもミシェルの実力をはっきりと感じ取れてしまうのもあるからな……。
「……ったく、逃げねぇって。ミシェルと食事するのが嫌なわけないだろ?」
「くっ……! またいきなりそういうことを言う……!」
「それにもう、急いで金を稼ぐ必要も無くなったんだしさ。食事くらい喜んで参加させて貰うよ」
Cクラスの俺が大金を貯めるために、今まではとにかく仕事の数をこなすしかなかったからな。
Bクラスともなりゃあ1回の報酬が金貨を越えることもザラらしいが、万年Cクラスの俺には縁のない話だった。
「……散々逃げ回った前科があるから、説得力が全然ないのよっ! もうっ」
まだ言い足りない感じのミシェルだったけど、俺の言葉を聞いて何故だか機嫌を直してくれたみたいだ。
落ち着きを取り戻したミシェルは、俺のこなしている仕事を改めて観察し始めた。
「……それにしても冒険者って、こんなに色々な仕事をしてるのね。掃除やら補修やら、それって別の人の仕事じゃないの?」
「さぁね。詳しい事は分からんよ。冒険者としちゃあ仕事を回してもらえるだけでもありがたいとしか思わないな」
掃除はともかく、壁や建物の補修なんて大工の仕事のようにも思えるけど、俺のような素人でもこなせるような仕事は他人に振って、職人たちはもっと重要な仕事をした方が有意義なのかもしれない。
しっかし以前と違ってサクサク仕事が消化できて、なんだか楽しくなってきたぜ。
「よしっ。思ったより早く終わったし、ギルドで新しい仕事回してもらうか」
「はぁっ!? ソイル貴方、これだけ働いてまだ仕事する気っ!? お金を稼ぐ必要もないって言ったばかりじゃないのっ!」
ミシェルは俺の言葉に驚愕して詰め寄ってくる。
お金を稼ぐ為にこんな仕事をするワケじゃないんだよなぁ。仕事を消化するのが楽しいだけなんだよ。
「まぁまぁ、もうちょっと付き合ってくれよ。俺って仕事が残ってると気になっちゃうタチでさぁ」
「き、気になっちゃうって……。貴方まさか、さっきの書類分全部消化する気っ!?」
俺の言葉に、ミシェルは信じられないといった表情を浮かべた。
でも確かに数はこなしたけどさ。まだ日も高くて休むには早くないか? お前が魔力操作を教えてくれたおかげで全然疲労もしてないしよ。
「ミシェル。嫌われ仕事って、街での暮らしのために必要な仕事なんだよ。これが滞ってるって事は、街に困ってる人が居るって事なんだ」
「ぐぬぅ~……。って、それじゃ見てるだけの私はなんなのって話になるじゃないの……!」
出発前に説明し損ねた嫌われ仕事の重要性を、このタイミングで改めてミシェルに伝える。
実際の仕事を目にしたあとだからか、俺の言葉をすんなりと理解してくれたようだ。
「だから余裕があればどんどん消化しておきたいんだ。イコンで暮らす人々の生活のためにもな」
「ならソイル。次から私にも手伝わせてくれないかしら? 街の人たちの為に必要な仕事なら、なるべく早く終わらせちゃった方が良いわけでしょ?」
「へ? ミシェルに嫌われ仕事を……?」
う、う~ん。どうしよう。ミシェルにこんな仕事させるのは、流石に結構抵抗があるな……。
「とりあえず……。あまり汚れない作業から手伝ってもらおうかな? いきなり何でもさせるわけにはいかないし」
言いながら、いいのかという意味を込めてチラリとグリッジとスティーブを見る。
そんな俺の視線に2人とも笑顔で頷いてくれた。自分の主人に汚れ仕事をさせるのに抵抗感は無いらしい。
誰からも反対されなかったミシェルは、上機嫌でやる気を見せている。
「私には仕事の勝手が分からないから、ソイルが私に指示を出してちょうだいねっ」
「そこは安心してくれ。分からないことがあればしっかり教えるよ」
「ふふふ、ソイルがいつもやってる仕事なんでしょ? だったら私も手伝ってみたいわよっ」
俺がやっている仕事だから、なんて言われると流石にこっ恥ずかしいんだけどなぁ……。
しっかし、冒険者でも嫌がる嫌われ仕事を率先して手伝う、貴族令嬢にして若き大魔法使いかぁ。
なんかミシェルって、どんどん完璧超人みたいになっていくな?
だが、やはり想像していた通りほぼ全財産を投じてしまった。仕事しないとミシェル達に食事を振舞うことすらできやしねぇ。
「悪い。このまま冒険者ギルドで仕事探していいか?」
「いいって言ったじゃないっ! むしろ楽しみよっ」
3人に断って、依頼を探しに冒険者ギルドに足を運んだ。
ギルドに入ると、受付で退屈そうに頬杖を付いているトゥムちゃんが、俺の顔を見て意外そうな表情を浮かべた。
「あれぇ? ソイルさん、もうお仕事されるんです? もう少しお休みになるかと思いましたよ?」
「あ~。ミスリルの剣を頼めたのは良いんだけど、おかげさんでスッカラカンになっちまってさ。えり好みはしないから、何か仕事回してくれっかな?」
Cクラス冒険者の普段の稼ぎと、ミスリルの剣がいかに高額であるかを知っているトゥムちゃんは、あ~……、と納得した様子で依頼書の束を持ってきた。
「げっ!? どんだけ俺に仕事振る気だよ!?」
「あはは~……。実はソイルさんが居ない間、嫌われ仕事が結構滞ってましたからね~」
嫌われ仕事かぁ……。下水の掃除だったり力仕事だったり、キツイくせに報酬は良くないから人気のない仕事なんだよな。
ま、だからこそ本当に困ってる奴の最終的な防衛線になってもいるんだけどよ。
「なので、やる気に溢れるソイルさんにはぁ……。それ系の仕事を消化してもらえると、ギルドとしてはと~ってもありがたいんですけどぉ……?」
涙目で上目遣いを作りながら、媚びるような表情を作るトゥムちゃん。まるで女優だな。
しっかし嫌われ仕事かぁ。そんなもんにミシェルをつき合わせていいもんかなぁ……。
って違うか。むしろミシェルとは縁がなさそうな仕事を見せる方が彼女の見識が広がるのかもしれない。
ちらりとグリッジに視線を送るが、コイツも口を出す気はなさそうだ。なら請けっか。
「おっけーだトゥムちゃん。マジで金欠だから3日くらい集中して仕事したい。出来そうなの全部紹介してくれ」
「さぁっすがソイルさん! お金のためなら仕事を選ばないその姿勢、とっても素敵ですよっ!」
「おい待てコラ」
「それじゃちゃちゃっと手続きしちゃうんで、少々お待ちくださいねっ」
軽く俺をディスりながら、大喜びでカウンターの奥に消えていったトゥムちゃん。
彼女が手続きをしてくれている間に、冒険者ギルドの依頼についてミシェルにも簡単に説明しておくか。
「ミシェル。俺がこれからこなすのは、街の人間の暮らしには欠かせないけれど、仕事の内容のせいでみんなに嫌がられている仕事なんだ。お前には結構キツイ仕事だと思うけど、こういう仕事もあるって事を……。って聞いてるのか?」
これからする仕事がどんな意味を持つかを知れば、キツい仕事にもやりがいが出ると思って説明をし始めたんだけど、ミシェルは俺の方を見もせずに、カウンターの奥で書類を整理しているトゥムちゃんを睨んで膨れている。
コイツ、本当にコロッコロ機嫌が変わって予想がつかねぇなぁ。
「聞いてるわよっ! それにしたってソイル、あの受付嬢と仲良すぎないっ!? 私と会ったときは面倒臭いですーって顔に書いてあったくせにっ!」
「あ、あ~……。あの時はなぁ……」
ミシェルの言葉に少しバツが悪くなる。
あの時の態度を今振り返ると、ミシェルに少し申し訳なくなってしまうなぁ。
済んだことは仕方ないと雑念を振り払って、ミシェルに返答する。
「そりゃイコンの街で活動してる冒険者なら、受付嬢と喧嘩してもいいことないからな。それにトゥムちゃんは結構な酒飲みでな。ちょいちょい酒場で一緒に飲んだりしてたんだよ」
「はぁ~っ!? ソイルって未だに私との夕食の約束を果たしてないのに、他の女とは簡単に酒を酌み交わしてるって言うのっ!?」
俺の返答がお気に召さなかったミシェルが、早口で捲し立ててくる。
けれど言われた俺は、ミシェルの言っている事がいまいちピンとこなかった。ミシェルとの夕食の約束……ってなんだっけ?
「そんな気軽に女と食事してる癖に、なんで頑なに私の夕食の約束から逃げてんのよーっ! いい加減私との約束果たしなさいよーーっ!」
「はぁ? 夕食なんて何度も一緒に取ってるだろ? 約束って何の話だよ?」
「初めて会った日に、お礼に夕食をご馳走するって言ったじゃないのっ! それをなんやかんやと理由をつけて逃げ回って、挙句の果てに覚えてないですってぇ~っ!?」
「……あ、あーっ!」
確かにそんな話をしたかもしれねぇ!
でもあの時の依頼を終えた俺は完全に意気消沈していて、ミシェルとの食事の約束なんて気にする余裕もなかったんだよな……。
言葉に詰まり黙りこむ俺と、そんな俺を見て怪訝な表情をするミシェル。
そこへ依頼の手続きを終えたトゥムちゃんが戻ってきてくれた。
「はいはーい。お待たせしましたー。ですが痴話喧嘩はギルドの外でお願いしますね~?」
「痴話ゲンカじゃねぇっての。……ってなんだその量!?」
トゥムちゃんに軽口を返したら、トゥムちゃんが抱えていたは依頼書の束にぎょっとしてしまった。
その書類の厚さは、どう見ても10や20じゃなさそうなんだが……?
トゥムちゃんは、こちらもどうぞと、持ってきた依頼書をリスト化して紙にまとめてくれたものを俺に渡してくれる。
「ソイルさん、これが仕事の一覧ですよ。大量に滞ってるので期限も順番も特に無しです。片っ端から片付けちゃってくださいね」
「え、ええ……? いくらなんでも溜まりすぎじゃねぇのかぁ……?」
「残念ですけどまだそれで全部じゃないんでーっ。余裕があったら追加受注もお願いしますよ~っ」
いつものふざけた調子ではなく、本気で懇願しているように見えるトゥムちゃん。
嫌われ仕事ってのは汚かったりきつかったりするわりに報酬が良くない。だけどその分安全で確実に稼げる依頼でもある。
それなのにこんなに大量に依頼が滞るなんて……。
「いやいや、他の冒険者はなにしてんだよ? いくらなんでもこれは……」
「こういう仕事って普段からソイルさんに任せっぱなしですからね。他の冒険者も嫌われ仕事なんてやってくれないんですよ。困ったもんですねぇ」
そもそもソイルさんが率先して仕事をしちゃうから、新人達には嫌われ仕事の仕方が分からない人も多いんですよ? と少し責めるように睨まれてしまった。
「ええ……、それって俺が悪いのかぁ?」
嫌われ仕事を率先して消化したら責められるって意味分からないんだが……?
まっ、いいか。トゥムちゃんに口答えしても仕方ない。今は仕事があることを喜ぶとしよう。
「それじゃ仕事のリストは持ってくぜトゥムちゃん? 終わったら報告に来るから」
「はいはーいお願いしまーす」
「あーもう! まだ話は終わってないわよっ!?」
「はいはいミシェル。時間が有限で依頼は大量にあるんだ。話は仕事しながらにしような?」
興奮するミシェルを宥めながら、滞っている仕事をこなしにギルドを後にした。
トゥムちゃんが纏めてくれたリストを見ながら、下水の掃除や外壁の補修、公園の整備から公共施設の草取りまで、安くてきつい仕事を淡々とこなしていく、……のだが。
旅で俺も成長出来たのか、それとも魔力操作を学んだおかげなのか、仕事がスイスイ片付いていく。
流石にダイン家の令嬢と使用人たちには手伝わせずに1人でこなしたけど、嫌で仕方なかった嫌われ仕事でも、これだけサクサク消化できるとかなり気持ちがいいもんなんだな。
きつくて辛いはずの嫌われ仕事も、みんなとの雑談交じりに楽しく消化できてしまう。
「それじゃ剣を受け取ったら、私たちと一緒にネクスに来て、私主催の夕食に参加するのねっ!?」
「ああ。約束するよ。あの時とは状況も違うしな」
「今度約束を破ったら絶対に許さないからねっ!? 呪文詠唱でソイルの内側から焼いてあげるんだからっ!」
「それをミシェルが言うとシャレにならねぇんだよっ!」
ミシェルが冗談を言っているのは分かるんだけど、あまりの剣幕にちょっと本気でビビっちまうんだよなぁ。
魔力感知が出来るようになったおかげで、以前よりもミシェルの実力をはっきりと感じ取れてしまうのもあるからな……。
「……ったく、逃げねぇって。ミシェルと食事するのが嫌なわけないだろ?」
「くっ……! またいきなりそういうことを言う……!」
「それにもう、急いで金を稼ぐ必要も無くなったんだしさ。食事くらい喜んで参加させて貰うよ」
Cクラスの俺が大金を貯めるために、今まではとにかく仕事の数をこなすしかなかったからな。
Bクラスともなりゃあ1回の報酬が金貨を越えることもザラらしいが、万年Cクラスの俺には縁のない話だった。
「……散々逃げ回った前科があるから、説得力が全然ないのよっ! もうっ」
まだ言い足りない感じのミシェルだったけど、俺の言葉を聞いて何故だか機嫌を直してくれたみたいだ。
落ち着きを取り戻したミシェルは、俺のこなしている仕事を改めて観察し始めた。
「……それにしても冒険者って、こんなに色々な仕事をしてるのね。掃除やら補修やら、それって別の人の仕事じゃないの?」
「さぁね。詳しい事は分からんよ。冒険者としちゃあ仕事を回してもらえるだけでもありがたいとしか思わないな」
掃除はともかく、壁や建物の補修なんて大工の仕事のようにも思えるけど、俺のような素人でもこなせるような仕事は他人に振って、職人たちはもっと重要な仕事をした方が有意義なのかもしれない。
しっかし以前と違ってサクサク仕事が消化できて、なんだか楽しくなってきたぜ。
「よしっ。思ったより早く終わったし、ギルドで新しい仕事回してもらうか」
「はぁっ!? ソイル貴方、これだけ働いてまだ仕事する気っ!? お金を稼ぐ必要もないって言ったばかりじゃないのっ!」
ミシェルは俺の言葉に驚愕して詰め寄ってくる。
お金を稼ぐ為にこんな仕事をするワケじゃないんだよなぁ。仕事を消化するのが楽しいだけなんだよ。
「まぁまぁ、もうちょっと付き合ってくれよ。俺って仕事が残ってると気になっちゃうタチでさぁ」
「き、気になっちゃうって……。貴方まさか、さっきの書類分全部消化する気っ!?」
俺の言葉に、ミシェルは信じられないといった表情を浮かべた。
でも確かに数はこなしたけどさ。まだ日も高くて休むには早くないか? お前が魔力操作を教えてくれたおかげで全然疲労もしてないしよ。
「ミシェル。嫌われ仕事って、街での暮らしのために必要な仕事なんだよ。これが滞ってるって事は、街に困ってる人が居るって事なんだ」
「ぐぬぅ~……。って、それじゃ見てるだけの私はなんなのって話になるじゃないの……!」
出発前に説明し損ねた嫌われ仕事の重要性を、このタイミングで改めてミシェルに伝える。
実際の仕事を目にしたあとだからか、俺の言葉をすんなりと理解してくれたようだ。
「だから余裕があればどんどん消化しておきたいんだ。イコンで暮らす人々の生活のためにもな」
「ならソイル。次から私にも手伝わせてくれないかしら? 街の人たちの為に必要な仕事なら、なるべく早く終わらせちゃった方が良いわけでしょ?」
「へ? ミシェルに嫌われ仕事を……?」
う、う~ん。どうしよう。ミシェルにこんな仕事させるのは、流石に結構抵抗があるな……。
「とりあえず……。あまり汚れない作業から手伝ってもらおうかな? いきなり何でもさせるわけにはいかないし」
言いながら、いいのかという意味を込めてチラリとグリッジとスティーブを見る。
そんな俺の視線に2人とも笑顔で頷いてくれた。自分の主人に汚れ仕事をさせるのに抵抗感は無いらしい。
誰からも反対されなかったミシェルは、上機嫌でやる気を見せている。
「私には仕事の勝手が分からないから、ソイルが私に指示を出してちょうだいねっ」
「そこは安心してくれ。分からないことがあればしっかり教えるよ」
「ふふふ、ソイルがいつもやってる仕事なんでしょ? だったら私も手伝ってみたいわよっ」
俺がやっている仕事だから、なんて言われると流石にこっ恥ずかしいんだけどなぁ……。
しっかし、冒険者でも嫌がる嫌われ仕事を率先して手伝う、貴族令嬢にして若き大魔法使いかぁ。
なんかミシェルって、どんどん完璧超人みたいになっていくな?
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる